旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、訪れぬ春の謎を追い空を目指す

 「……いい加減冬は終わってくれないかね」

 

 

 『冬』の寒空の下、猛吹雪が吹き荒れる幻想郷。俺は人里に積もった雪を魔法で片付けながら誰に聞かせるでもなく呟いた。

冬であれば雪が降り積もるのは当然で、それに対して不平不満を並べる気はない。しかし暦の上では確実に春、事実外界では桜が咲き始めている……どころか咲き終わっている地域さえ有ると言うのに冬の開ける兆しが全く見えなければ、愚痴の一つくらい出ると言う物。

 

 

 「仙人様、ありがとうございます。……あれ、魔法使いとお呼びした方が良いんでしたっけ」

 

 「ああいや、どちらで呼んでくれても構わないよ。そこまで拘っている訳ではないし」

 

 

 共に除雪していた里の若者達の助けも有って、疲労感はそこまで無い。

まあ、そもそも直接体を動かしている訳ではないのだが……役割分担をして、自分の仕事のみに集中出来る環境は個人的に楽だ。

 

 

 「今回の冬は長いですね。このまま寒さが終わらなければ、いつかは死者が出るかも……」

 

 「……いざとなれば俺が暖気で里を護ろう。しかし、いつになったら春が来るのやら」

 

 

 外界と比較なんて事は出来ないにしろ、この若者達も長すぎる冬に疑念を抱いているようだ。

訝し気に空を見上げ、今後を憂えて表情を暗くする彼ら。俺もそれに釣られ、空を見上げて溜め息を吐く。……その時、妙な物が視界に入った。

 

 

 「む、あれは?」

 

 「どうしました、仙人様」

 

 「何か、桜のような物が見えたような気がしたんだが」

 

 「……言われてみれば、時折花びらがちらつきますね」

 

 

 俺が見たのは、吹雪に混ざりつつ舞っている桜の花びら。目の錯覚かと思いつつ伝えてみると、彼らも同様の物が見えるらしい。

 

 

 「この寒さの中、開花している桜が有るのでしょうか」

 

 「いや、つい最近も見回ってみたが花をつけている木々は見当たらなかった。……これはおかしいな」

 

 

 青年の呟きを否定するも、特に気を落とした素振りは無かった。彼自身、本気で言った訳ではないようだ。

とは言え、桜の花びらが舞っているとなると何処かでは開花していると判断するのが普通。これが冬の真っただ中だから、ややこしくなっているのだが……

 

 

 「少し、調べてみよう。異常に長い冬と謎の桜、これは何かの関係が有るのかもしれん」

 

 「おお、心強い……」

 

 

 今の所原因に見当は付かないが、それはこれから調べれば良いのだ。

この異常気象を解決する方法が分かるかもしれないし、これ以上黙っている訳にもいかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふうむ。観察する限りでは、やはり地上に桜の姿は無い……となると、上か」

 

 

 桜が混ざった吹雪と言う何とも不思議な現象を体験しつつ空を飛び回ってみるが、どこにも開花した桜は見当たらない。

だとすれば開花しているのは地上では無い場所と言う事になり、地底から桜の花びらが吹き上がってくるとも考え難いので、残る可能性は上空だ。

 

 

 「そう言えば、天界と言う場所が有るらしいと聞いたことも有るな」

 

 

 もしかすると、そこで咲いた桜が地上の吹雪に混ざっているのかもしれない。

一定の高度までは飛び上がるほど気温は下がるが、雲を超えてしまえば雪は降らない。地上にこれ程の猛吹雪が吹いている以上、案外上空の方が温かい可能性もある。

 

 一応の予測を立てた俺は、雲の無い高度を目指して一気に上昇する。

本来であれば人間には耐えられない速度で低圧環境に突入するが、それは今更の話。愛用の黒コートと肉体に流した魔力が環境変化と移動に伴う突風の影響を抑える。

十数秒で、俺は立ち込める雲を眼下に見下ろす位置に到着していた。

 

 

 「花びらが増えた、と言う事は目指す場所も間違って無さそうだな」

 

 

 上空に移動してみると、雲の下よりも花びらの割合は格段に増えた。

そして、これまでは吹雪に混ざって舞い散るだけだった花びらが、どの方向から来るのかもはっきりと分かった。この花びらが吹いてくる方向、風上に向かえば良いだろう。

 

 

 「……桜を見付けたら、次はこの異常な冬の原因を探らなければな。よくよく考えれば桜を発見した所で、猛吹雪は何も解決しない」

 

 

 むしろ何故今までそれに気付かなかったのか。ひらひらと舞う桜の花びらに浮かされていたのかもしれん、呆けていたつもりはないがもっと気を引き締めよう。

 

 改めて、俺は吹いてくる花びらを頼りに行動を再開した。

地上が猛吹雪に閉ざされているせいで上空の方が比較的暖かいとさえ感じられ、優雅な桜吹雪と壮大な雲海を眼下に望むその光景は正に絶景……だったのだが、その内嫌でも気が抜けなくなってきた。

 

 

 「攻撃的になった妖精……そうか、この一連の異常は『異変』か」

 

 

 何処からともなく現れた妖精が、俺を見るなり弾幕を放ってくる。

平常時の妖精であれば、ここまで攻撃的な対応はしてこない。一部の例外を除いて、直接相対すれば向こうから逃げ出してしまうのが普通だ。紅霧異変の際に射命丸が考察していたが、この変貌こそ異変の証明とも言えるだろう。

 

 あまり弾幕戦は得意でない俺だが、流石に妖精の攻撃で撃墜されてしまうほど弱くは無い。

弾幕を掻い潜りながら俺も迎撃、威力を落とした無駄に派手な弾幕を放って牽制する。直接撃退するのは気が引けるのでそれ以上の追撃はせず、妖精達が動きを止めた隙に飛行速度を速めて振り切る。

 

 

 「むう、次から次へと……」

 

 

 しかし振り切った先にもまた妖精の集団。一人一人の攻撃は俺の知る実力者達と比べ物にならないほどお粗末だが、物量が脅威だ。

左右上下に前方後方、あらゆる方向から妖精が現れ俺一人へ向けて弾幕を放ってくるとなれば、瞬間的な密度は妹紅の弾幕にも匹敵しかねない程。つまり、俺にはとてもキツイ。

更に間の悪い事に妖精達も神経が図太くなり、俺のこけおどし弾幕に動じなくなってしまった。徐々に余裕が失われ、回避が難しくなってくる。

 

 

 「そろそろ、厳しいか」

 

 

 実を言えば、この程度の攻撃にならどのような対応だって出来る。魔法で全てを一瞬の内に撃墜する事も可能だし、恥を捨て置けば『扉』での逃亡だって可能だ。

だが、この長い冬が単なる異常気象ではなく異変だと気付いてしまった以上、それは好ましいやり方ではない。幻想郷における異変とは、妖怪と人間共にルールに沿った決闘を求められる。俺がそれを乱して無理矢理押し通れば、反則だろう。

 

 とは言え、現実問題として何らかの対応をしなくてはならない。このままでは被弾も時間の問題だ。俺にも一応プライドが有るので、この妖精達に打倒されてしまうと言うのは避けたい。

……しかし、なあ。今の所、異変解決の際に適応できる決闘法は『スペルカードルール』しか知らない。これは本来女性や若い者達が行う決闘であって、俺のような大の男がやっているのを未だかつて見たことが無い。

その上今回は仮にも異変解決をする立場で、誰に会うとも知れない状況。妹紅やパチュリーに付き合い、異変に関係なく内輪で細々とやっているのとは訳が違う。

 

 

 「……ええい、このまま妖精にやられると言う方が癪だ!」

 

 

 少し迷った挙句、俺は苦渋の決断をした。妖精に黙って撃墜されるという結果は避けたいし、ルール違反を犯す気も無い以上、選択肢は一つしかない。すなわち、スペルカードルールに則った異変解決である。

 

 俺は攻撃の威力を少し強め、弾幕戦において通常弾幕として用いている物に切り替える。

急に反撃が強くなった事に驚いたのか、一瞬だけ妖精達の手元が狂った。その機会を逃さず、俺は『扉』を開いてカードを数枚取り出し、その内の一枚をすぐさま掲げる。

 

 

 「特異『グレート・アトラクター』!」

 

 

 俺のスペルカード宣言と同時に無数の弾幕群が展開、それを複雑な軌道で引き寄せる重力異常が発生する。

弾幕同士の衝突で分裂していくと言う特性も合わさり、指数関数的に増えていく俺の弾幕。僅かな時間で、相手の弾幕ごと妖精達を追い払う事に成功した。

 

 

 「……やはり、どうにも恥ずかしいな」

 

 

 妖精達を追い払い、安全を確保出来た事は素直に喜ぶべきことなのだが。少女達の遊びに堂々と混ざったのも事実なので、恥ずかしさが先に立つ。

そして、その恥ずかしさを押しとどめる間もなく、次なる妖精達が編隊を組んでやってきた。何という猛攻だろうか。

 

 

 「……こうなったら、とことんまで恥は捨ててやる」

 

 

 先程から独り言が止まらない。恥ずかしさを何とか誤魔化そうと言う心の動きだろうか、と現実逃避じみた事を考えつつ……俺は再び弾幕に挑んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ、ようやく手掛かりらしき物が見えてきたぞ」

 

 

 十数分後ともなれば、恥ずかしさと弾幕の難易度に俺は憔悴しきり。

周囲に妖精の気配は感じられなくなり、いかにも怪しい巨大な結界を視界に捉えた物の、既に精神的な疲労感が酷い。

もうこの際諦めて帰ってしまおうかと言う考えさえ浮かんできたが、一応の使命感がそれを抑える。これが異変である以上、やがて博麗霊夢や魔理沙が動きだすのだろうが……人里の者達にああ言った手前、何もせず成り行きを見るのも気が引ける。

 

 

 「しかし、弾幕戦なら確実に俺では解決不可能なんだよな……」

 

 

 自分でもかなり情けない事を言っているとは思うが、事実なのだから仕方がない。

パチュリーとの共同研究の為に紅魔館を訪れる際、稀にレミリアや十六夜と弾幕戦をする事も有るのだが……よくてスペルカードの三枚目に到達するかどうか。

そんな俺が異変の首謀者の下に辿り着けた所で、返り討ちにされるのは火を見るよりも明らかだろう。相性が云々の問題ではなく、単純に俺が弱いだけなのでどうしようもない。

 

 考えれば考える程悲しくなってくるので、これ以上は意識しない事にする。

最初から負ける事だけを考えて勝負に挑むのも嫌だし、相手にも失礼だろう。勝てないなら勝てないなりに、せめて盛り立て役くらいにはなってやる。

 

 

 「……当初の意気込みからはだいぶズレてしまったが、まあ何とかなるだろう」

 

 

 異変だと言うのなら、いずれはやがて解決されるのだ。確かに猛吹雪は人間の命を脅かしかねない程だったが、それでも今すぐに死人が出るような規模ではない。

本当に危なくなるまではまだ時間が有るし、そんな事になる前には誰かが解決しているだろう。それが幻想郷の滑稽でもあり、余裕でもある姿だ。物騒な事は多いが、本質的には平和なのである。

 

 気分を入れ替えた俺は、空中に具現化した結界の入り口に向かう。

少し調べると、この結界は現世と冥界を隔てる性質を持っている事が判明した。要するに『あの世』の入口、生と死の概念を分かつ強大な結界だが……

 

 

 「空間を繋ぐのは俺の得意分野だ」

 

 

 俺が手をかざすと、具現化した結界に水面に触れたような波紋が起こる。

そのまま体を潜り込ませると、強大な結界はまるでただのトンネルのように隔てた向こう側へ俺を導いていく。

普段は『扉』を使って結界自体を踏み越えているが、今回のように正面から突破する事も出来る。この場合は結界の向こう側へ直接移動できるので、素直に追走したい時はこの方が便利だろう。『扉』は一度行った地点にしか開けないし。

 

 そのまま飛行し続け、結界を突破する。繋がった先はどこなのか確認するべく、周囲を見回すと。

 

 

 「……そう言えば、帰って来てから顔を見せて無かったな。すっかり忘れていた」

 

 

 結界を抜けた俺の前には、上が見えない程長い石段。周囲の雰囲気もそうだが、俺はこの光景に心当たりが有る。暫く会っていない知人、西行寺が住まう白玉楼へ繋がる階段だ。

そして、ここに来て更に桜の花びらは数を増した。つまり今回の異変の首謀者、もしくはそれにかなり近い位置に居るのは西行寺で確定だろう。何故彼女がこんな事をしたのか、それは分からないが。

 

 とりあえず、以前に何度か訪れている場所と言う事で大体どこへ向かえば良いのか想像はつく。

更に言えば、『扉』を使った転移も可能と言う事だが……それは流石に止めておこう。これはあくまで『遊び』に近い物、その前提を崩すような無粋な真似はしたくない。

 

 おおよその予定を立てたところで、俺は石段を頼りに白玉楼を目指す。

妖精の猛威も凄まじい事になってくるが、開き直った俺の敵ではない。解決不可能とは分かっていても、せめて西行寺の目前くらいまでは行きたい。何もない道中で妖精にやられてリタイアと言う呆気ない終わりを回避する為、必死になって弾幕を見切り、大人げなくスペルカードを多用する。

何だか、スペルカードルールで戦うことの恥ずかしさを気にしている余裕が無くなってきた。

 

 

 「止まれ、そこの男!」

 

 「む……?」

 

 

 独り言を呟く余裕もなく飛び続けていると、急に声をかけられた。妖精では有り得ない力を感じた事も有って、意識をそちらへ向ける。

 

 

 「まさかとは思ったけど、やはり生きた人間か。驚いたが丁度良い、あなたの持つなけなしの春を……って、あれ? 全然春度がないや、この人」

 

 

 現れたのは、携えた二振りの刀と傍らに浮かぶ幽霊が目を引く短い銀髪の少女。

緑を基調としたベストとスカートで装っており、全体的に生真面目そうな印象を受けたが……最後によく分からない事を言ってきた。

 

 

 「なんだ、春とか春度とか……まあ良い。一応は自己紹介から入ろうか、俺は田澤昴と言う人間だ。君は西行寺の娘か何かかね」

 

 「ええっ!? 違いますよ、そんな恐れ多い身分では有りません! 私は魂魄妖夢、お嬢様の剣術指南役です!」

 

 

 どうやらこの少女は幽霊としての性質を持っているようなので、西行寺の親類関係かと聞いてみたが……凄い勢いで首を振られた。

そのまま暫く見ている俺の方まで申し訳なくなるくらい顔を赤くして、わたわたと慌てていた少女だが。わざとらしく咳払いをして俺を睨み、言葉を続けた。

 

 

 「……ごほん。お嬢様の名前を、何故知っている? ここに生きた人間が来れることもそうだが、お嬢様を知る人間など考えられない」

 

 「考えられないと言われても、俺は彼女と知り合いだからな。ここ数百年は訪れていなかったが、以前はそこそこ白玉楼にも顔を見せていたぞ」

 

 「す、数百年などと隠す気も無い嘘を吐くな! 人間だと言うのならそれこそ有り得ない、そんな虚言を弄する男の話など信用できない!」

 

 

 魂魄と名乗った少女の問いに答えるが、俺の言葉をホラだと感じたらしく怒り出してしまった。

ここ最近はあまり見られなかったある意味懐かしい反応が感慨深く、思わず苦笑が浮かぶ。しかしそれを見た魂魄は馬鹿にされたと思ったようで、有ろうことか刀を抜いて直接斬りかかってきた。

 

 

 「も、もういい! 真実は斬ればおのずと分かる事だ!」

 

 「何っ!? おい君、弾幕戦は……」

 

 「スペルカードルールは、あなたのような男性が選ぶ決闘法では無い! まだ適当な言葉で誤魔化すか!」

 

 「話を聞いてくれよ……」

 

 

 突然の事に驚いてしまい、回避する余裕が無かった。咄嗟に『扉』を開いて愛用の刀を取り出し、魂魄の振るった二刀、長剣と短剣を鞘で一気に受け止める。

魂魄は俺が行った迎撃、その一連の流れに何か驚愕を覚えたらしく、すぐさま飛びのいて距離を取った。階段の上下に分かれ、俺を見下ろしながら魂魄は言う。

 

 

 「私の剣を、刀で防ぐとは……あなたも剣士でしたか」

 

 「厳密に言えば、剣士と言うより魔法使いなんだがね」

 

 「空間を裂く魔法を扱い、更には剣に覚えがある……やっぱり危険だ、あなたはここで斬る!」

 

 「おかしいだろ、その結論……」

 

 

 あまりにも短絡的と言うか、攻撃的な解釈しかしない魂魄に思わず呆れ声でぼやく。

どうやら『俺を斬る』と言う結論がまず最初に有って、後の考えは全てそれを補強するように動いているようだ。まるで辻斬りの思考である。

なんとか説得しようと口を開きかけるも、それを隙と見て再び斬りかかってくる魂魄。流石にここまで取り付く島もない対応をされるのは珍しいので、俺としてもどう対応するべきか困る。

 

 

 「くっ、本人と同じく嘘くさい剣筋だ!」

 

 「悪かったな、正攻法で相手を圧倒できる程の才能は無かったんだよ」

 

 

 魂魄は自らの振るう二刀がことごとく往なされる事に苦渋の表情を浮かべ、否定的に断じる。

刀による俺の防御は、相手の長所を潰し無力化すると言う戦術に終始する。そもそも全体的に、相手に長所を発揮させないと言うのが俺の戦略なのだが……確かに卑怯にも見えるだろう。

個人的に弾幕戦が苦手な理由は、体に染みついたこの習慣が抜けきらないと言うのも一因ではないかと考えている。相手に全力を出させた上で、俺も全力で返すと言うのがどうも慣れない。

 

 

 「これ程の剣を振るう才能を持ちながら、非才の身と嘯くとは何たる慇懃無礼……!」

 

 「無礼も何も、才能の低さを時間でカバーしたと言うのは事実だ」

 

 

 いい加減俺も色々と疲れてきたので、とりあえず無力化してから落ち着かせる事にした。

魂魄の隙を突き、鞘で短剣を持つ手を殴打。衝撃で短剣から手を離した事を視認し、すかさず滑らせるように刀を抜く。続けて長剣を持つ手首を掴んで拘束し、首筋に刀を突きつけた。

 

 

 「申し訳ございません、幽々子さま。貴女をお守りする役目を果たせず、ここで散る私をお許しください……」

 

 「潔いのは感心するが、何で俺が君を殺すみたいな話になっているんだ……」

 

 「賊に敗れた私の命運など分かり切っている。しかしお嬢様をかどわかせると思うなよ、あの方の死を操る力の前には生きた人間など無力なのだから」

 

 「だから、そんな事を考えて来た訳ではないって」

 

 

 これ以上の抵抗が出来ないと悟ったのか、魂魄は全身から力を抜き、悲壮かつ神妙な顔で人聞きの悪い事を言い始めた。

その誤った認識を正そうとするが、覚悟を決めたような瞳で俺を見据え、更に見当違いな言葉を続ける魂魄に溜め息が出てしまう。何だか、先程から溜め息とぼやきしか出ていない気もするな……

 

 これはもう俺が口で何を言っても無駄だろうと思い、とりあえず事実として交友関係を見せる事にした。

一応は異変解決の体裁を取り、使用を自粛していた転移魔法を解禁する。魂魄を拘束した体勢のまま『セエレ』の力を発動し、白玉楼の中に居る西行寺の下へ直接移動。

 

 

 「あら? 随分と懐かしい人が来たわねえ。どうしたの、妖夢と新手の二人舞でも研究していたの?」

 

 「互いに刀を持っている状況を見て、よくそんな発想が出てくるな……」

 

 「ゆ、幽々子さまっ! 危険です、お下がりください!」

 

 

 転移した場所は、見事な桜が立ち並ぶ通り。そこで桜をぼうっと眺めていた西行寺は、俺達を見ると不思議そうに声をかけてくる。

相変わらずのどこかおっとりした雰囲気と言葉に、思わず力が抜ける。対して魂魄は悲壮を極めた表情で、西行寺へ必死に呼びかける。……いや、今の会話は明らかに交友関係を示唆する物だっただろう。

 

 

 「もう何百年前になるのかしら? 田澤さんの作る餅が待ちきれなくなって、そろそろ此方からお迎えにあがろうかと思っていた所よ。紫から帰ってきてるって事は聞いたし」

 

 「ああ、済まない。正直に言えば、冥界の存在をすっかり忘れていたんだ」

 

 「酷い話だわ。でも、今来てくれたって事は御餅を持ってきてくれたんでしょう?」

 

 「いや、まあ……有るには有るけど。今回訪ねた用件は別だぞ」

 

 

 西行寺はとても嬉しそうな表情で餅の有無を聞いてきた。俺との再会よりも優先されている気がして複雑だが、忘れていた俺にあまりぐちぐち言える事ではない。

そして、親しげに会話する俺と西行寺を見た魂魄は目を白黒させて俺達二人を見比べている。流石に事情を理解したようなので、掴んでいた腕を解放してやった。

 

 

 「えと……あの、幽々子さま。もしかして、この方とはお知り合いなのですか?」

 

 「そうよ、知り合い。悲しいことに、数百年で忘れられちゃう程度の間柄だったらしいけどねぇ」

 

 「それに関しては本当に申し訳ないと思っているから、あまり責めないでくれ……」

 

 

 魂魄のおずおずとした問いかけに、西行寺は笑みを俺に向けながら答える。実は割と根に持ったらしい。

 

 

 「で、ですが彼は自らを人間と名乗って……確かに異常な程の魔力は感じましたが、気配も人間の物です」

 

 「そう、見た目も気配も人間。それなのに妖怪以上に長生きしてるのよ、不思議でしょう?」

 

 「はあ……異常な人間と言う事ですか」

 

 「そうね、とてもとても異常な男の人なの」

 

 「おい、それはニュアンスが違うだろう」

 

 

 そのまま補足を入れる西行寺だったが、明らかに悪意を持った返し方をしている。

異常な人間と俺の事を称した魂魄にも言いたい事は有る物の、西行寺の思いもよらなかった毒舌に口をはさむ。

 

 

 「だって…… 帰って来てからも数ヶ月顔を出さず、その理由がただ単に忘れていただけってのは流石に言いたい事くらい出てくるわ」

 

 「……それを言われると返す言葉は無い」

 

 「だからね、許して欲しかったらそれなりの誠意が必要だと思うの。例えば、御餅とか」

 

 「分かった、俺の用件よりもまず先にそちらを済ませよう……」

 

 

 まあ、毒を吐かれるのは俺の責任だ。すっかり忘れていたのだから、友人甲斐の無い男だと思われて当然なのである。

それを餅で許してくれると言うのだから、これは感謝するべきだろう。……何だか良いように弱みを使われたような気もするが、今は敢えて気にしない事にする。

 

 『扉』を開き、繋がる異空間に保管していた餅のセットを引っ張り出す。

俺自身、時々は餅を食べるのでこの類の準備は常にしてあるのだ。勿論、一番充実しているのは大根おろし関連のセットだが。

 

 

 「ああ、懐かしいわ! 田澤さんの作る御餅って、きな粉も餡子も相性抜群ね!」

 

 

 皿も取り出し、その上に乗せて差し出すと西行寺は至福の表情で早速一個を食べ終わ……って、きな粉付きも餡子付きも既に無い!?

 

 

 「わあ……確かに美味しそうです。すいません、私も頂いて良いですか?」

 

 「な、何気に図々しいな君……まあ、別に構わないが」

 

 

 俺が内心で驚愕していると、興味深そうに近寄ってきた魂魄が高揚した口調で餅を求めてくる。

つい先程まであれだけ警戒して斬りかかってきたと言うのに、随分と切り替えの早い少女だ。しかし美味しそうと言ってくれる事に悪い気はしない、苦笑しつつ同じように餅を差し出した。

 

 

 「ああ、本当に美味しいですね。意外です、料理なんてするような姿には全く見えないのに……」

 

 「俺のは単なる趣味が高じただけだ。自分の好物に偏って特化しているから、全体的に料理が得意と判断されるのは困る」

 

 

 俺が差し出した餅を両手で受け取り、軽くお辞儀をしてから口に持っていく魂魄。……口調も態度も急に丁寧になったな。

それでもどこか失言に聞こえる事を口走っているが、これくらいは個性の範囲内だろう。魂魄の意図しているであろう内容を素直に受け取り、いつだったか妹紅にした物とほぼ同じ説明をする。

 

 

 「田澤さんに満漢全席は求めてないから大丈夫。田澤さんが得意な美味しい物を、作れる分だけ作ってくれれば良いの。私はそれで幸せよ」

 

 「そこまで正面から言ってくれると、気恥ずかしくもなるな。だが、ありがとう。これからも励む事にするよ」

 

 「……うふふ、こう言っておけばもっと沢山作ってくれるかと思って」

 

 「思っても言うなよ、そういうのは……」

 

 

 真剣な顔で真面目に俺の事を評価してくれたかと思えば、すぐにその雰囲気を崩して無邪気に笑う西行寺。やはりどこか掴み所のない女性だ。

 

 そのまま特性のシソジュースも差し出し、餅をつまみつつ三人で暫く歓談していたが……何処かから、唐突に爆音が鳴り響き始めた。

何事かと全員が顔を見合わせたが、それとほぼ同時に理由が思い至った。魂魄がいち早く立ち上がり、爆音の下へ向かおうとするが。 

 

 

 「ふ、不覚! 今すぐに向かわなければ……って、白楼剣が無いよぉ」

 

 「あ、あー。申し訳ない、俺のせいだ。それについては補償する」

 

 

 二刀の内の片割れ、短剣は石段においての衝突で俺が弾きそのままになっていた。

俺が勝手に転移に巻き込んだ負い目も有るので、魔法を使って手元に呼び寄せる。特に損傷の無い事を確認し、頭を下げながら手渡した。

 

 

 「あ、こちらこそどうも……何だかさっきから色々お手数おかけします」

 

 「謝る必要は無い。それより、急いで迎撃に向かった方が良いのではないかな」

 

 「……はい!」

 

 

 感覚を確かめるように二刀を振るった魂魄は、力強く返事をして侵入者への対応に飛び出していった。良くも悪くも、真っ直ぐな性分なのだろう。

その一所懸命な姿が少し眩しく思え、目を細めつつ魂魄が去った方向を何とはなしに眺めていると、西行寺が優しく笑いながら彼女の事を評し……同時に、俺に目的を思い出させる発言をした。

 

 

 「何事にも全力になれるのは妖夢の良い所なのよね。適度に力を抜く余裕が無いとも言えるけど……あれ、そう言えば田澤さんの用件って何だったの?」

 

 「……あ」

 

 

 魂魄との思わぬ衝突、西行寺との久しぶりの再会、そして二人と共に楽しんだ歓談。

これらですっかり頭から抜け落ちていたが、俺がここに来た当初の目的は、異変に関係の有りそうな西行寺に弾幕戦を挑む事だった。勝利の可能性は極めて低いと自覚していたが、それでも一応は勝った場合の想定も有り、真実を問いただし内容によっては異変を止めさせるつもりも有った。

 

 しかし今更思い出しても遅い。おそらくさっきの爆音は異変を解決しに来た博麗霊夢や魔理沙が起こした物だろうし、さっきまで当の本人と寛いでいた俺が今になって異変解決を掲げても顰蹙を買うだけだ。

 

 

 「ど、どうしたの? そんなに頭を抱えて」

 

 「……まあ、その、何だ。断ってくれて勿論構わないのだが、弾幕戦の練習に付き合ってもらえないかなと思って」

 

 

 結局、当初の目的と微妙にかすっている気がしないでもない妥協案でお茶を濁す事にした。

目前まで侵入者が迫っている事が分かり切っている状況で提案するには、非常識に過ぎる物だが……俺にも体面と言う物が有って、人里の青年達にああ言ってしまった以上ある程度の動きをしておかないと都合が良くない。

 

 

 「……ふふっ、そういう事。分かったわ、付き合ってあげる。異変解決のつもりだと勘違いするかもしれないけど、それは勘弁してね」

 

 「恩に着る……」

 

 

 西行寺は俺の事情に大体の見当を付けてしまったようだ。

俺の勝手な事情に気を使わせる事になるとは、本当に申し訳ない。しかし、正直に言えば非常に助かる事も事実。

 

 苦笑気味に笑う西行寺と、うなだれるように頭を下げる俺。

そこはかとない申し訳なさに満たされつつ、俺は西行寺と『異変解決に勘違いされるかもしれない』弾幕戦の練習を始めた。




スペルカードルールは本来大の男が行うような物ではないのですが、それしか知らないと言う事で選択肢が無かった田澤。道中はかなり恥ずかしさを堪えていたようです。
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