「さて、それじゃあ行くわね」
「ああ、頼む……と言うのも滑稽か。来い、西行寺!」
屋敷の中で弾幕戦を行う訳にもいかず、俺達は白玉楼の庭に出てきた。
丁寧に整えられた枯山水を眼下に、俺は西行寺と向き合う。俺が頼んだのはあくまで弾幕戦の練習だが……西行寺は異変解決に直結する弾幕戦だと勘違い『してくれる』らしい。
俺としてもその方が有りがたいので、それに合わせて気合の入った声を上げる。たとえ俺達のこの弾幕戦を誰も見る事なく勝敗が付いても、建前と言う物が重要なのである。……まあ、言ってしまえば茶番だが。
「ふふふ、そこまで威勢の良い田澤さんを見るのは初めてね。これは私も気を抜いてばかりはいられないかしら?」
西行寺は俺の雄たけびを受けて、おかしそうに笑みをこぼし……次の瞬間、無数の弾幕を放ってきた。
鮮やかに輝く虹色の弾幕は、俺を斜めに横切るような嫌らしい角度で迫ってくる。大小に分かれたそれらは微妙に速度が違うので、一度に大きく回避する事が出来ない。
しかし、それらより俺を驚愕させたのは……
「……スペルカード宣言が無かった、これで通常弾幕だと言うのか」
俺にとって既に神経を使うこの弾幕は、まだスペルカードですら無いのだ。
通常、弾幕戦における弾幕は後半に向かうにつれて徐々に難易度が上がっていく。勿論、個人的な都合や相性などの要因でこの通りにならない事も多いが……それでも最初の通常弾幕は回避が楽な部類に入る筈なのだ。
必死になって第一波を回避、続く第二波と第三波もぎりぎりで回避するが、その時点で俺の集中力は限界を迎えた。回避の追いつかない弾幕が目前に迫り、咄嗟にスペルカードを掲げる。
「とっ、特異『グレート・アトラクター』!」
魔力が重力異常を引き起こして西行寺の弾幕を圧し潰し、周囲に出現した俺の弾幕がそれに引き寄せられていく。
引き寄せあった弾幕は衝突の勢いで拡散、再び周囲を埋め尽くし、西行寺が新たに放った弾幕と相殺。初撃で決着と言う間抜けな結果になりそうだった俺の窮地を救う。
「あら、田澤さんのスペルカードも中々面白いわね。お返しに、私のスペルも見せてあげる……亡郷『亡我郷-宿罪-』!」
……再び俺は窮地に陥る事になる。俺の弾幕を見て楽し気に笑った西行寺は、今度こそ正真正銘のスペルカードを掲げたのだ。
俺の『グレート・アトラクター』は西行寺の弾幕に対する防御として発動した物で、攻撃のタイミングなど考慮していない逃げの一手だった。その上西行寺がスペルを重ねるように発動した事で、体勢が整っていない状態からの回避行動となる。
「うおっ、何だこの気持ち悪い軌道は……」
「気持ち悪いとは失礼しちゃうわ、ただの幽霊じゃない」
西行寺のスペルは弾幕と言うより、無数の幽霊を攻撃に用いる物だった。
彼女自身は直線的なレーザーを複数放つのみで、肝心の幽霊を操っているようには見えない。だと言うのに幽霊たちはグネグネとその身を揺り動かしながら俺に迫ってくるのだ。
「斜めに来るか揺り動くのか、どちらか片方だけにしてくれ……」
迫りくる幽霊たちを見据え、その軌道を何とか予測し、隙間に体を潜り込ませていくが如何せん数が多い。
その上西行寺の放つレーザーをも警戒しなくてはならないので、再び自力での回避が困難になる。すなわち、スペルカードでの迎撃を余儀なくされる訳だが……使えるスペルカードの数にも限りが有るのだ。まだ相手が一枚しか宣言していないと言うのに、二枚目を宣言するのは不味い気がする。
「って、迷える状況でも無かったな……恒星『プロミネンス・ジェネレータ』!」
後々の余裕が無くなるのは確かだが、そもそも今被弾してしまえば後が来ないのだ。
僅かな迷いを振り切った俺は二枚目のスペルカードを天高く放り投げ、それを媒体に魔法を発動。上空に太陽に見立てた巨大な魔弾を発生させ、紅炎型の拡散弾幕を降り注がせる。
炎を模した弾幕は迫る幽霊たちへの壁となり、彼らを一方的に打ち消していく。もしやすり抜けてくるのでないかと危惧していたが、そうはならずに安心である。
西行寺の放つレーザーに関しては強度が足らずに貫通されてしまうが、流石の俺も直線的な上に数もそれほど多くない攻撃ならば容易に回避できる。これで何とかやり過ごした……と思っていたのだが。
「そんなハイペースで良いの? まだ後が控えているわよー」
「なっ、これで終わらないのか!?」
西行寺のスペル『亡我郷』は俺の『プロミネンス・ジェネレータ』が効果時間を終了してもまだ展開されたままだった。
しかし冷静に考えれば当然の事か、制限時間が設定されているとは言え大方のスペルは使用者の集中が途切れる事で終了する。俺と西行寺、どちらがスペル発動時に平静を保っているかなど改めて問うまでも無い。
「畜生っ、天蓋『ダイソン・スフィア』!」
スペル終了の予測が外れた俺は、もはや完全に追い込まれていた。今回は迷う猶予すら与えられず、苦渋の決断を強いられる。
殆ど間を置かず発動した第三のスペル、『ダイソン・スフィア』。……だがこれには、この状況における致命的な弱点が有る。
「あら、太陽を囲う壁なんてねえ。如何にも意味深だけど……意味深なだけ?」
「こ、こんな事なら演出に時間をかけようなんて色気を出すんじゃなかった……!」
そう、準備から実際の攻撃に入るまでが遅いのだ。
先のスペルから太陽もどきを流用する、見た者から例外なく称賛を浴びる派手な弾幕なのだが……演出に手間をかけた結果、速度が犠牲になった。
一応、攻撃にさえ入ってしまえば開始の遅さに見合ったスペルとなるのだが。間違いなく、目前に弾幕が迫っている状況で迎撃に使う物ではない。
「……そう言えば、妹紅もパチュリーも敢えて発動を見逃していた節が有ったな」
焦りが極限まで到達した俺は、今の勝負に全く関係のない事さえ思い浮かんでくる始末。
これは一種の現実逃避か……って、この思考自体が現実逃避だ。今はそんな事に気を向ける余裕はない、何とか逃げ切らなければ……
あまりの必死さが功を奏したのか、集中力がおかしな形で戻ってきた。自分を遠くから俯瞰しているような妙な感覚に包まれた俺は、何も考えずただひたすら視界に入った弾幕を躱し続ける。
「た、田澤さん……妖夢が見たら泣きそうな表情になってるわよ」
「……」
「……最初のスペルカードで、ここまで死に物狂いの表情をされるとは思ってなかったわ」
やがて、西行寺の物とは明らかに性質の違う弾幕とレーザーが展開され始めた。
暫くしてから『ダイソン・スフィア』による物だと気づいた俺は、極度の緊張状態からなる集中から解き放たれ一息を吐く。
「どうだ、俺の回避技術も中々捨てた物じゃないだろう」
「え、ええ……本当にね。何がとは言わないけど、とにかく凄かったわ」
西行寺は何故か引きつったような笑顔で俺の言葉に返してきた。
どうやら俺の気合避けは西行寺に衝撃を与えるほどの物だったらしい。彼女ほどの実力者に認められるとは、俺も実力が付いてきたのではないだろうか。
『ダイソン・スフィア』によって展開されたレーザーの網と、無数に放たれる弾幕。
これは西行寺の余裕を打ち消して余りある物だったらしく、『亡我郷』はようやく終わりを迎えた。それでも西行寺は優雅さを崩さず弾幕を回避、俺を誘うように後方へ移動しながら反撃を放ってくる。
「さあ、ここからが本番よ。既に三枚のカードを使ってしまった田澤さんは、私の弾幕をどこまで回避できるかしら?」
「さっきの集中を引き出せば、ファイナルスペルまでも行ける筈だ」
「……が、頑張ってね」
見事な桜並木が立ち並ぶ庭に場所を移した俺達は、小休止のように牽制の言葉を投げかけあう。
西行寺の言う通り、スペルカードの使用状況は確実に不利だが……先程の回避でコツを掴んだ気がする。もしかしたら、次回以降は意外に楽になるかもしれない。
俺の自信に恐れをなしたのか、曖昧な笑みを浮かべる西行寺。
これは行けると確信した俺が残り二枚となったスペルカードを持ち替えると、西行寺はそれに合わせるように目を瞑った。
一体何事かと疑問を抱いた俺だったが……次の瞬間、西行寺の背後に強大な霊力の塊が顕現した。それはまるで屏風のような形状と文様を形作り、白玉楼の主を飾るに相応しい威容を以て俺を睥睨する。
「……成程、確かに『亡霊の姫』だ」
思わず小声で呟く。表情から普段の無邪気さを消し、温かみの感じられない幽玄な雰囲気と共に俺を見下ろす西行寺は、正にその異名通りの姿だった。
西行寺が懐から取り出した扇子を俺に差し向けると同時、巨大な魔弾が俺を襲う。
その影に隠れるようにして小型の弾幕が迫り、俺を幻惑するが……流石に先程のスペル程の難易度は無い。冷や汗をかきながらも弾幕を誘導し、眼前まで迫った瞬間その場を離脱。その合間に放たれる俺の弾幕を見て、西行寺はスペルカードを取り出した。
「亡舞『生者必滅の理-死蝶-』!」
新たに展開されたのは、通常弾幕と似通った大型の弾幕と蝶を象った無数の弾幕。
パターン自体はこれまでの通常弾幕とそう変わり映えしない物の、物量と速度、更には大小それぞれのコンビネーションが脅威。蝶を恐れて動きを停滞させれば、迫る大玉を回避不可能になると言う陰険な仕組みだ。
幸い、この類の弾幕に対する回避は得意な部類である。
大玉の動きを念頭に入れつつ自分に接近してきた蝶にのみ集中し、小刻みに横へ動いていく事で追い詰められる前に危険地帯を脱する。この繰り返しで、何とか危なげなくスペルをやり過ごした。
「やるわね。このスペルはこれでお終い」
スペルブレイクされたと言うのに、西行寺はまるでプレッシャーを受けていないように呟く。
……いや、事実プレッシャーなど感じていないのだろう。何せ、これでまだ二枚目なのだ。弾幕の迎撃にしか使えておらず、攻撃目的で使用できていない俺と比べれば主導権の面でもアドバンテージが有る。
その次に放たれた通常弾幕は、俺に生まれた僅かな余裕を打ち砕く物だった。
もう見飽きた感のある大玉で進路を塞ぎつつ、短剣のような弾幕を放つと言う単純な物だが……今までは割と隙のあった大玉が、それぞれの穴を埋めるように重なり合っている。
更に性質の悪い事に、短剣状の弾幕も俺の動きを制限するように交差しながら迫ってくる。二重に動きを制限された俺は、やがて完全に包囲されてしまう。
「無理は出来んな、素直に相殺を狙おうか。……星団『トレミー・メシエ45』!」
いよいよ俺の残りスペルカードが一枚になってしまう訳だが、被弾を回避する為にはやむを得ない。
スペルカードを掲げ、新たな弾幕パターンを発動。俺の魔法によって周囲から光を奪い、お粗末では有るが疑似的に宇宙空間を再現。そこで星に見立てた輝く魔弾を複数個展開し、それらを一発ずつ西行寺の弾幕に向けて発射する。
「……っ、なんて威力」
「ようやく、焦ってくれたな」
魔弾自体は、弾幕と呼ぶには心許ない数でしかない。しかし、その質量と速度によって引き起こされる衝撃は西行寺の弾幕を纏めて吹き飛ばす程の強力な物だ。
……とは言え、出せる限界にすると遊びのレベルではなくなる。弾幕戦のルールに沿った、避ける間もなく直撃と言う事態は有り得ないくらいの速度に落ち着いてはいる。
「さあ、このスペルの真価はこれからだ!」
発射した魔弾はそれぞれに設定された特定の位置で止まり、その場で撃墜不可能の障害物として留まり続ける。
そしてそれだけでは終わらず、全ての魔弾が所定の位置に収まった段階で次のパターンへ移行するのだ。
「星座、なのかしら? これは……」
「その解釈で間違ってはいない。まあ、そこに付いてはあまり深く考えないでくれ」
魔弾の群れは互いをレーザーで繋ぎあい、その中に西行寺を閉じ込める。
そして新たに発生した無数の弾幕が、動きを制限された西行寺に襲い掛かっていく。性質自体は『ダイソン・スフィア』とほぼ同様だが……これは更なる改良が図られた物。
一度展開した後はレーザーの軌道が変化しない『ダイソン・スフィア』と違い、このスペルは発動中にもレーザーの繋がりが変化し、永続的な安全地帯を作らない。つまり、迫る弾幕を回避しながらもレーザーの挙動を予測して動かなければならないのだ。
「厄介ね、このスペルには早々にご退場をお願いするわ。……華霊『スワローテイルバタフライ』!」
ここに来て初めて、西行寺の方が迎撃としてスペルを発動した。
西行寺が無数に放つ弾幕によって星団の檻は内部から破壊され、それに付随していた疑似宇宙の演出も終了。残りの弾幕も西行寺によって相殺されてしまう。そして、更に。
「また幽霊か、面倒な……!」
「あら、私も似たようなものなのだけどねぇ」
言ってしまえばグネグネ動くだけだった先程の『亡我郷』と違い、今度の幽霊は俺をしつこく追尾してくる。
そればかりか途中で拡散弾幕に姿を変え、俺に大きく回避する事を強制してくる。勿論その間も弾幕が止まる事は無いので、全方位に目を向けて動かなけれなならない。
撃墜する事が出来ず、いつまでも追尾してくる攻撃と言うのは思った以上にキツイ。
せめて単に追尾するだけなら迫る弾幕のみに集中しても良かったのだが、拡散も加わっているせいで接近させる事自体にリスクが有るのだ。
それでも暫くは何とか回避出来ていたのだが……
「ま、不味い……! ラストスペル、天体『ダーク・ネビュラ』!」
危うく被弾しかけ、咄嗟にスペルカード宣言を行う。スペルカードは宣言時の一瞬のみ、慣例的に被弾を帳消しにしてよいルールとなっているからだ。
これは見た目の美しさをも重視するスペルカードルールにおいて、華麗な反撃と言うシーンを演出する為ではないかと個人的に考察しているが……ともかく、ぎりぎりで俺の敗北は回避された。まあ、ラストスペルである以上は敗北を先延ばしにしただけとも言えるのだが。
発動した俺のスペル『ダーク・ネビュラ』は、可視光を吸収する魔弾を天文学的な単位で周囲に展開する。
こうだけ言うと問答無用の不可能弾幕のようだが、個別の目視が不可能な程に超小型の為、数の膨大さに比して占める面積は良心的だ。ちょうど、黒い雲が弾幕と幽霊を侵蝕していくように見えるだろう。
「桜の上に黒雲なんて、風情が無いわー」
「そう嘆く事は無い、安心したまえ」
見た目の美しさからはかけ離れた不気味な弾幕に、西行寺が不満げな声を上げる。
しかし、何も『ダーク・ネビュラ』は単に黒雲を作るだけのスペルではない。西行寺が心配せずとも、眼下の桜たちは眩い光に照らされる事になるだろう。
広がって周囲を埋め尽くしていた黒雲は、ある一定の範囲を境に一気に収縮へと転じた。
それと同時に黒雲中心部からは不可解な鳴動が起こるようになり、影の隙間から光と熱を伴った弾幕が漏れ出でる。
「私の弾幕が通らない……大人しく回避に専念しろと言う事ね」
「ああ、妹紅の言う所では耐久弾幕との分類に入るらしいな」
西行寺もこの現象を黙って見ていた訳ではなく、俺のスペルを打ち破ろうと弾幕を放ってくる。
だが、西行寺の弾幕の全ては展開された黒雲へと飲みこまれ俺へ届く事は無い。一瞬動きを止めた西行寺だったが、その性質に気付いて苦笑を浮かべる。
耐久弾幕と呼ばれる類のスペル発動中、使用者は一切の被弾をしない。相手はスペルの終了時間を迎えるまで、素直に回避し続けるしかないのだ。
時間経過に従って影の隙間から漏出する弾幕は激しさを増していき、やがては視界の大部分を占有する程の密度となる。
しかし流石と言うべきか西行寺はこの弾幕にも怯まず、刻一刻と変化するか細い安全地帯に身をすべり込ませ舞い踊るように躱していく。
……背後に顕現した屏風状の霊力は半実体を持っているらしく、それには数えるのも億劫になるくらい当たっているが、あれは別枠で考えよう。
「中々激しい弾幕ね……」
「そう言ってくれると俺としても鼻が高い」
西行寺はそう言って驚いたように呟くが、実の所激しさしかないスペルとも言える。
見た目の圧迫感は相当な物と自負しているが、冷静に周囲の状況を見られると小刻みな回避のみで乗り切られてしまう。その弱点を解消する為、段階ごとに大きくパターンを変えた演出になっているのだ。
弾幕の勢いがピークに達した所で、『ダーク・ネビュラ』は最終パターンに移行する。
黒雲中心部からの鳴動音と弾幕が不自然に止まり、再び黒雲が拡散していく。西行寺は戸惑った様子を見せるも、落ち着いて黒雲の範囲から逃れる。
「まさか、これで終わ……」
西行寺が言いかけた言葉は途中で遮られた。一時的に前後不覚を引き起こすほどの爆音と閃光を伴い、巨大な爆発が引き起こされたのだ。
この爆発自体は演出でしかないが、その衝撃は相手の動作を著しく制限する上に、これまで緩やかにしか拡散していなかった黒雲を凄まじい速度で吹き飛ばす。黒雲自体は弾幕として扱われるので、視覚と聴覚を大きく奪われた状態で迫りくる攻撃を回避しなくてはならない。
今の俺が作った弾幕パターンの中で、最も派手な上に最大難易度を誇る最後の切り札だ。これが当たれば俺の……!
「っ、はあっ!」
「……避けられた、か」
西行寺は両耳を塞ぎ片目を閉じた状態で、あえて黒雲に突っ込んだ。あまりの拡散速度によって生じた黒雲の切れ目に活路を見出したのだ。
まるで道を作るかのように黒雲は西行寺の後方へと流れていき、霊力の顕現たる屏風状の塊を打ち砕く。しかし、それは決着になんら影響しない事象でしかない。
「これがラストスペルとの事だったわね。決着、ついでにスペルブレイクよ」
「……参った、降参だよ。まさか、ここまで大差を付けられるとは」
ラストスペルを乗り切られた以上、俺の敗北は決定した。被弾が無くとも、スペルカードを使い果たした状況は勝負続行の権利を失った事を意味する。
……しかも、西行寺は今の弾幕に対してスペルカードを使用していない。俺は五枚全てを使用してしまったのに、西行寺は三枚のみ。それだけを見ても、俺の不利が分かると言う物だ。
「結局、君のラストスペルに到達する事は出来なかったな……」
「うふふ、私も負ける訳にはいかないわ。最後の弾幕を躱すのには、ちょっぴり本気を出したのよ?」
「それにしたって回避動作のみだろう……俺は君のスペルカードで恐慌をきたしていたと言うのに」
地面に降りた俺達は、たった今の勝負について語り合う。西行寺は最後に本気を出したと言うが、それは逆に言えば俺への弾幕に関しては本気ではなかったと言う事にもなる。
そんな弾幕に対して、俺は全力で回避し、更にはスペルカードの大半を迎撃に使わせられたのだから……
「やはり、向いていないのかね」
「そ、そんな事無いわ! スペルカード自体はかなり感心させられる見た目だったし、避けるのは経験を積めば慣れていくものよ」
「……経験に関しては、妹紅を先生にして半年ほど積んでいるのだがね」
「半年……スペルカードルールが制定されてから割とすぐね」
俺のぼやきに西行寺は慌ててフォローを入れてくれるが、それは地雷である。
相手にした人数が少ないと言うのは確かに大きい影響が有るだろうし、毎日行っている訳でもないが、それを踏まえても有数の実力者とかなりの長期間練習をしているのだ。
スペルカードルール自体はつい最近生まれた物で、各々による経験の差と言う物は高が知れている。だと言うのにいつまで経っても上達しないという事は、単純に見込みが薄いのだろう。
「まあ、良いさ。魂魄にも『男がやる物じゃない』と一蹴されたし……何も巧くなる必要なんてないのだ」
「そう拗ねないで、田澤さん……顔に悔しさが滲み出てるわよ」
「む? ああ済まない、見苦しい姿を見せたな」
「……意外に意地っ張りで負けず嫌いなのね、そう言う事は気にしない浮世離れした人かと思ってたわ」
西行寺は困ったように呟きながらも、何か面白い事を知ったとでも言いたげに笑う。
俺としては別に隠していたつもりもないのだが……ある程度は意識して超然とした人格を装っている部分も有るので、そこで判断していたのかもしれない。
妖怪退治屋として活動していた千年ほど昔から、専ら旅人を名乗るようになった今に至るまで、底を見られないようにはしている。傲慢な態度を取ろうとしている訳でも無いが。
「その類の指摘は今までにも何人かに受けているが……やはり、作り物めいて見えていたりするのか?」
「作り物……うーん、どこか不自然には見えるかもね。何だか演技をしているように見えると言うか……
でも、それは田澤さんの事をあまり知らないからだと思うわ。現に、さっきからの田澤さんを見ていると、素の感情表現も豊かじゃない」
「何だか複雑な評価だな」
本当に複雑だ。不自然、演技めいている、それらは八雲を筆頭に何人かに言われた事だ。
しかし同時によく見ると感情表現が豊かと言う評価も受けるとは……とりあえず、素直に喜ぼうか。『田澤昴』として行動する俺としては、かなり嬉しい言葉だ。
そのまましばらく雑談に花を咲かせていると、比較的近距離からの轟音が響いてきた。西行寺には何か他に感じる事が有ったのか、音の聞こえた方向を見て呟く。
「……あら、妖夢がやられちゃったみたいね。と言う事は、『次の』解決役が来るのかしら」
「ふむ、そのようだな。健闘を祈……ったら駄目か、俺は。ともかく、適度に頑張ってくれたまえ」
「あら、帰っちゃうの? お花見も兼ねて、私達の弾幕ごっこを見ていったら?」
「……うーむ」
ここまで来たら最後まで見届けたいのは山々なのだが、もし此処に来る者が博麗霊夢だとすれば俺にとっては少し不味い。
あまりリスクを冒したくも無いので、丁重に断ろうとしたが……覚えのある気配を感じて、止めた。時間と空間への干渉が起こった時に発生する違和感、これを引き起こす事の出来る者を俺は幻想郷で一人しか知らない。レミリアのメイド、十六夜だ。
「分かった、俺は縁側でぐったりとしている事にでもするよ」
「ふふっ、改めて聞くとおかしな表現。それじゃあ、死んだふりでもしていてね」
「君が言うと洒落にならんな……」
「だって本当なら生きた人間は此処に入れない筈なんですもの。あ、それを考えれば今から来る人は死んでいるのかしら」
「多分生きているだろうよ、結界を乗り越えてきたんだろう」
十六夜が俺と全く同じルートを通ってくるとも考えにくいが、少なくとも白玉楼に到達する為にはあの結界を通る必要が有るだろう。
十六夜は空間を操作する力を持っているが、それを俺の『扉』のレベルまで高めた転移には応用できないようだし、正攻法で来るしかない筈。
問題はどうやって結界を突破したかだが……まあ、この際それは深く考えなくても良いだろう。結果として乗り越え、白玉楼に辿り着いたのだ。
縁側でごろりと横になった俺を見た西行寺は吹き出すように笑いかけ、それを扇子で口元を隠しつつ堪えた。
どういう反応だと文句を言いたくなったが、その頃には既に十六夜の気配が間近に迫ってきていた。釈然としない物の、空気を読んで黙っている事にする。
「……全く、うるさい奴だったわ。死人に口なしって言葉を知らないのかしら」
「そんな言葉、冥界には無いわよ。死人が何も喋らないなんて、ただの空想でしょ?」
「っ! ……本物の黒幕のようね」
少しして、十六夜が遂に姿を現した。何か妙に苛立っているようで、ぶつぶつと呟いていたが、それに西行寺が反応した事で彼女の存在に気付く。
「幻想郷の春度を何故奪った? ……まあ、どんな理由が有っても関係ないけど」
「それはもちろん、冥界の桜を咲かせる為よ。後少しで、最後の桜が開花を迎えるの」
「そんな物の為に暖気を奪われたこっちの身にもなってほしいわ。おかげで桜も咲きやしない」
「桜のお花見なら、ここでも出来るわよ。あなたはまだお呼びでないみたいだけど、特別に『お迎え』してあげようかしら?」
「誰がこんな辛気臭い所で花見なんか。私は地上で花見がしたいの」
「あら残念。既におひとり様をご招待していますのに」
そこで西行寺は俺へと視線を向けた。釣られて十六夜も視線を動かし、俺を見つけて目を見開いた。
「ああ、弱いくせに無茶するから…… 春を取り戻したら彼の亡骸も紅魔館に持って帰ろうか、お嬢様かパチュリー様が有効に使ってくれるでしょう」
「あなたの主、聞いたことが有るわよ。吸血鬼の僕なんかよりは、桜の下に埋めてあげる方がよっぽど風流で人間的な死に方だと思うけどねえ」
「枯れてそうな桜の養分よりはマシよ」
いや、本人の前で死体の取り扱いを話し合わないでくれよ。そもそも、死んでいないと言うのに。
西行寺は相手に合わせているだけだと信じたいが、十六夜は……あれで結構天然な所が有るので、もしかしたら本気で俺が死んでいると勘違いしたのかもしれない。それはそれで、俺が死んだらそうしようと考えている事になるので恐ろしいが。
これこそ言い返したくなったが、勝手な事を話す訳にもいかない。
別に動いた所で何も問題は無いのだろうが、一応は西行寺に死体役を頼まれたので大人しく黙っておこう。西行寺は否定したが、死人に口なしである。
「あなたは春も桜も、亡骸も持ち帰る事は出来ない。私は必ず西行妖の封印を解いて見せる」
「亡骸はどうでもいいと言えばどうでもいいんだけど、春と桜は別よ。必ず地上で花見を、ついでにお嬢様へ献上するため亡骸も頂いていくわ」
何だかとても納得の出来ない会話をしつつ西行寺と十六夜は互いに構えあった。
今回の異変の首謀者である西行寺と、今回は異変を解決する側に回った十六夜。果たして、彼女達の衝突はいかなる終着を迎えるのか。
俺は精一杯死体になりきりつつ、美しい桜と彼女達の弾幕戦を眺める事にした。
スペルカードルールの解釈は独自の物となっております。