旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、亡霊姫の過去と春の訪れを知る

 「……前座くらいにはなれた、と思っていたんだがなあ」

 

 

 縁側で横になりつつ、庭で行われている西行寺と十六夜の弾幕戦を眺めていた俺は思わず呟いた。

先程から半ば自棄になりつつ死体役を続行していたため、独り言も意識して止めるようにしていたのだが……それでも、ぼやきが口を衝いて出てしまう。

 

 十六夜は実に鮮やかな回避行動と巧みな状況判断、そして僅かなミスを補うスペルカードの使用により、まるで危なげなく西行寺の弾幕を攻略していく。

先程の俺はスペルカード五枚全てを使用して、それでも西行寺の四枚目には到達出来なかったのだが。十六夜はスペルカード一枚の使用で、俺が敗北した以降のスペルにまで踏み込んでしまった。

 

 

 「やるわねえ。メイド風情がここまで喰らいついてこれるとは思ってなかったわ」

 

 「ご託はいいから、続きを出しな。一日がかりの遠征になって、そろそろ私も苛々してきてるのよ」

 

 「あら、怖い。それではお言葉通り、進めさせていただくわよ。……幽曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ -神霊-』!」

 

 

 そして、何と言うか……弾幕が、弾幕なのだ。自分でも訳の分からない事を言っているとは思うが、それしか例えが浮かばないレベルで弾幕の密度が凄まじい。

これまでに使用した三枚のスペルも、俺が受けていたのは何だったのかと言いたくなる程の超絶な強化がされており、横から見ている時点で俺には無理だと確信できる。つまり俺を相手にしていた時の西行寺はまるで本気では無かったと言う事であり、それに形振り構わず全力を出しても敵わなかったのは……

 

 

 「……」

 

 「うぅ、怖い人間でした……って、ひぃっ! お、お化けっ!?」

 

 

 俺が自分の不甲斐なさに悔しさを感じていると、ボロボロになった魂魄が戻ってきた。

十六夜に相当やられたようで、さめざめと涙を流しながら何事かを呟いていたが……横たわる俺と目が合うと、腰を抜かして失礼な事を叫んだ。これは流石に口を開かないと面倒な事になりそうなので、小声で返答する。

 

 

 「君が幽霊を怖がってどうする」

 

 「ゆ、幽霊とお化けは違うんですよ! 一緒にしないでください!」

 

 

 俺の返答を受けて魂魄は『お化け』の正体に気付いたらしく、顔を赤くしながら捲し立ててきた。

幽霊があちこちに存在する冥界で……と言うより、自身も仕える主も霊だと言うのにお化けを怖がるとは一体どういう理屈だろうか。まあ、あまり深くは追及するまい。

 

 

 「大体、貴方がそんな格好でそんな顔をしてるから悪いんです! また幽々子様が毒でも盛ったのかと思ったじゃないですか!」

 

 「……死を操るって、随分物理的にやるようになったんだな」

 

 

 魂魄はそのまま俺に責任を押し付けてきたが、言葉の中にさらっと凄まじい内容が混ざっていた。

初対面の俺に興味本位で能力を使用するくらい、他者を死に誘う事への抵抗が薄い性格だとは知っていたが……最近の西行寺はそれに加えて直接的な手段まで講じるようになったらしい。割と危険ではないだろうか。

 

 ともかく、事情を説明しない事にはいつまでも話が続きそうだ。浮かんだ疑問や衝撃はとりあえず置いておき、簡潔にこれまでの経緯を伝える。

 

 

 「諸々の事情が有って俺と西行寺は弾幕戦を行う事になったんだが、あっさり……接戦の末に敗北してな。

  その頃には今戦っている少女の気配も近づいてきていたから、丁度良いと言う事で死体役を引き受けたのだ」

 

 「ほ、本当に弾幕ごっこをする人だったんですか。まさか男性でやっている方が居るとは……

  それにしても田澤さんは演技力も凄いんですね、苦痛に歪む断末魔の表情をあそこまで再現できるとは思わなかったです!」

 

 「……え、俺ってそんな表情をしていたのか」

 

 

 別に鬼気迫る雰囲気を出していたつもりは無いのだが、仮にも幽霊である魂魄がここまで言うのなら多少は恐ろしい顔つきになっていたのだろう。だからと言ってそれを喜ぶ気には微塵もならないが……

 

 

 「ま、まあそれは良い。そう言う経緯が有って今の俺は死体と言う事になっているのだ。あまり話しかけないでくれ」

 

 「別に死んでたって話は出来ると思いますけど……そこまで言うなら。と言うか、律儀ですね」

 

 

 魂魄はそれだけ言うと、部屋を出ていった。

俺と話す事が無い以上は留まっていても仕方ないと判断したのか、ボロボロになった服を換えに行ったのか、あるいは両方か。ともかく、再び俺は一人になった。

 

 

 「くっ、これも避けきるなんて……」

 

 「そろそろ降参かい、姫の亡骸!」

 

 

 俺が意識を二人の弾幕戦に向けなおすと、丁度先程のスペルが突破された所だった。

西行寺の苦渋に満ちた表情を見る限り、どうやら十六夜は反撃にスペルも使わなかったようだ。いよいよ以て俺には想像もつかない領域である。

……一日がかりと言う事で睡眠を取れていないのか、十六夜の口調が妙に荒い。元々紅魔館の面々や客に相対する時以外はそこまで敬語を使っている訳でも無いようだが……それにしてもここまでの言葉遣いを見た時は無かった。

 

 

 「……時間を止めて休めば良かったんじゃ」

 

 

 またもや独り言が出てしまう。俺としては時間へ干渉する事にあまりいい顔は出来ないのだが、小規模な時間停滞を引き起こす程度なら個人の自由だろう。

十六夜のスペルにはごく僅かに時間を停止させ、その間に弾幕を配置すると言う物も有るのだし。その合間に小休止を取るくらいなら別にルール違反でもない筈だ。

 

 

 「桜符『完全なる黒染の桜 -開花-』!」

 

 

 俺がどうでもいい事に頭を悩ませている間に、西行寺は次のスペルカードを宣言していた。

西行寺は自身で言っていた『咲いていない最後の桜』を背に、妖しい魅力を持った蝶型の弾幕を放つ。

 

 

 「……亡霊が蝶とは、いかにも辛気臭いわね。さっきからこんなのばっかりじゃないの」

 

 「美しいし、幻想的でしょ?」

 

 「可愛いとは思うけど、こんな大量に群がられてもおぞましいだけよ」

 

 

 俺であれば見た時点で諦めそうな弾幕を前にしながらも、軽口を交わすと言う余裕を見せる十六夜。

この実力の差は一体何なのか、同じ人間とは思えない。……ああ、俺の方こそ純粋に人間を名乗れる存在では無かったが。

 

 

 「小賢しい……! 幻符『殺人ドール』!」

 

 

 流石の十六夜も回避動作のみでやり過ごすのには限界が有ったらしく、スペルカードを宣言。

一旦時間を停止させ大量のナイフを周囲に展開、そのまま時間を動かす事で弾幕とする。西行寺からすれば、膨大な数のナイフが突然に現れ蝶の群れを引き裂いていくように見えただろう。

 

 

 「さっきのスペルもそうだったけど、一瞬でナイフをばら撒くって中々凄いわねえ。一体どんな仕掛けなのかしら」

 

 「種も仕掛けもありませんわ」

 

 

 うん、まあ……そうだろうな。時間を止めると言う事を除けば、単にナイフを投げるだけだから凄く地味だ。

一部始終を確認できる俺からすれば、懸命にナイフを準備する十六夜が滑稽にさえ見えてくる程だし。それが恥ずかしいのか、十六夜は俺を相手にする時にこの手のスペルを使用しない。

 

 十六夜の『殺人ドール』は蝶の群れを正面から強引に蹴散らし、西行寺にまで届いた。

西行寺は咄嗟に回避行動を取る物の、スペル維持との二重苦になりその動きは普段の精彩を欠いている。暫くは紙一重の回避を続けていた物の、集中力が途切れたのか被弾を……!?

 

 

 「……身のうさを 思ひしらでや やみなまし そむくならひの なき世なりせば」

 

 「スペルカード宣言……うまい事躱したわね」

 

 

 被弾した瞬間に西行寺はスペルカードを掲げていた。手法としては先の弾幕戦において俺がラストスペルを宣言した時の物とほぼ同様であり、被弾は帳消しとされる。

しかし、それよりも。俺が真に驚愕したのは……

 

 

 「馬鹿な、死を裏返す力……!? 彼女の能力は生から死への一方通行ではなかったのか!」

 

 

 西行寺がスペルを発動すると同時に、彼女が背にしていた『最後の桜』が開花を始めた。

本来の成長速度を無視し、目に見えて花開いてく桜は幽玄の美に溢れているが。開花と共に漏れ出す力は人を死に導き、そして反魂を行う物。これは『遊び』の限度を超えている!

 

 咄嗟に立ち上がり封印をかけようとしたが、桜の開花は八分咲き目前と言った段階で止まった。

満開にならなければ完全開放とは行かないのか、死に関わる力はその真価を発揮する事なく留まり続けている。僅かには漏れ出ているが、あれくらいなら常人でも気の持ち方次第で耐えれる程度の物。

 

 

 「しかし、あそこまで花が開けばいつ満開になってもおかしくは……」

 

 「その心配は無用ですわ。……あの子に、西行妖の封印は解けないの」

 

 

 予断を許さない状況に冷や汗が流れる中、背後に知り合いの気配が現れた。いつになく憂鬱な調子を伴った、八雲の声である。

外の世界においては別として、幻想郷の中で八雲が突然に姿を現す事は非常に珍しい事だ。少なくとも、俺の前にこういう登場をした事は今までにそう多くなかった。要するに、これはそれだけの重要事項と言う事なのだろう。

 

 

 「心配が要らないとはどういう事だ? そして八雲、君はあの桜の事を知っているのか」

 

 「あの桜、西行妖はとある人物の亡骸を楔にして封印が施されている。……楔たる本人には、封印を解放することは叶わない」

 

 「……本人、と言う事は。その亡骸とは、生前の西行寺そのものか」

 

 

 八雲は普段の胡散臭げな口調や訳の分からない話術を用いる事なく、静かに語る。そしてその内容も、八雲がそうなる事が納得できるくらいに重い物だった。

 

 

 「元々の西行桜は、単なる美しい桜。その美しさに心を惹かれた歌人が、自らの生涯をその桜の下で迎えた事から全てが始まった。

  彼は歌人として、あまりにも影響力を持ち過ぎていた。それは彼を慕う多くの者が同じくそこで死を望む程に。……多くの人間の死を望む心、そしてその精気を吸い続けた結果、やがてその桜は歪んだ変質を遂げてしまったの」

 

 「……受動的な死に場所ではなく、自ら死へと誘い込むように」

 

 「その通りよ。生の終焉をそこで迎えたいと思わせる程に美しかった桜は、その美しさを以て人を生の終焉へと駆り立てる妖怪へと変貌した。

  そして、その影響は更に波及していく。最初にそこで死を迎えた歌人、その娘は元々『死霊を操る』能力を持っていたのだけど……それを負の方向へと進化させ、『死を操る』能力としてしまった」

 

 「……」

 

 「それはまさしく西行妖と同じ能力。傍に居る人を緩やかに死へと誘う、一介の少女が背負うにはあまりにも重過ぎる力」

 

 

 俺の脳裏に、暗い光景が浮かぶ。満開の桜の下で、何かに導かれるように自尽していく人間達と、それを泣き顔で止めさせようとする少女。

しかし、その少女が歩く度、何かを言う度、あるいはただそこに居るだけで。その周りに集った者達もまた、一種の恍惚にも似た表情で死を迎えていく……

 

 

 「俺は何故、その悲劇を止める事が出来なかったのだ」

 

 「……こう言ってしまうと酷いけれど。これは田澤さんが私達と面識を持つ前の出来事、過ぎ去った事なのよ。

  自らの手が届く筈も無い領域にまで救いの手を伸ばせられると言うのなら、それは傲慢でしか無いわ。それとも、本当の意味での『神』にでもなったつもり?」

 

 「……ははっ。そうだな、そうだ、その通り、君の指摘は正しい。俺は決して、全能の神などではないのだ」

 

 

 俺の苦痛に満ちた呟きを聞いた八雲は、少し気分を害したように返答した。

それを受けて、俺は自らがどれだけ馬鹿な事を口に出したのか思い至る。そう、決して俺は全能神などではない。俺は『人間』なのだ。救世主の真似事をする程度しか出来ない、それさえも満足に行う事の出来ない人間に、自らが知り得なかった悲劇を止める事など出来る物か。

……そのくせ、自らの醜聞に関しては『我等』の力さえ使用して無かった事にしたのだから、愚かな事この上ない。

 

 

 「……話を戻すわ。父の愛した桜が人を殺す妖怪へと変貌した事、そして自らも人を死へと導く存在へと成り果てた事を嘆き疎んだ少女は、満開の桜の下で自らも自尽を遂げた」

 

 

 ……幾多の人々を死に導いた少女は、その罪と能力を背負いきる事は出来なかったと言う事か。『田澤昴』の罪とその末路をも知っている俺にとっては、どこか他人事とは思えない。

 

 

 「少女の亡骸は桜の下に埋められ、妖怪桜と少女の霊自身を縛る封印となった。

  妖怪桜が満開になり、人を死に誘う事が二度と無いように。少女の霊が転生し、再びその能力で周囲に悲劇をもたらす事の無いように……」

 

 「結果的には、自らの身を以て悲劇を止めたのか」

 

 

 やはり、どこか『田澤昴』と重なる部分が有る。まあ、少女の罪が外部からの逃れられない要因に依る物であるのに対し、『田澤昴』は。

最終的に正しく救世主となった彼の事を悪く言いたくは無いが、その罪は無知なる愚者の好奇心による物であり、それ自体は自業自得と言って差し支えない行為だった。

 

 

 「……待ってくれ。あの桜、『西行妖』から死を導く能力と同時に感じる、僅かな反魂の力はもしかして」

 

 「自尽した少女、『人間』西行寺幽々子の黄泉帰り。西行妖の死へと誘う能力は、唯一西行寺幽々子にとってのみ反魂の力として機能するの。

  私にも何故そうなるのかの理由は分からないけど……案外、西行妖が自らの封印を解き放とうとしているのかもね。尤も、満開になる事を目的としているのに満開にならないと発動しないジレンマだけど」

 

 「……君にも、分からない事が有るのだな」

 

 「以前にも言ったでしょう、私も私の能力も単なる妖怪の域を出る物ではない。手に負えない事象や存在だって有る。まあ、妖怪の中でなら最上位と言う自負は有りますけれど」

 

 

 今は明るく振る舞っている西行寺だが、その背景には悲劇が在ったと言う事か。しかし、そうなると……

 

 

 「今の西行寺に、生前の記憶は無いのか」

 

 「そうね、それこそ私の知れる範囲の事ではないけど……痛みと苦しみに満ちた記憶は消え去っているわ。あれだけ疎んでいた能力を、気軽に使うようになったくらいだし」

 

 「せめてそれは止めて欲しいんだがな……剣術指南役と言う少女に聞いた話だと、最近は毒殺もやり始めたらしいしな」

 

 「自分が亡霊になってからは、本能的に人の死への忌避感が無くなったのかもねえ」

 

 

 西行寺が生前の記憶を引き継いでいるなら、まさかあんなに軽々しく死を操る力を人に向けないだろう。

彼女自身が望んだのか、あるいは閻魔あたりの配慮なのかは分からないが、それらを全て忘れ去った状態で『生まれ変わった』と言う事か。

 

 

 「でも、まあ……幽々子がここまでやるとはね。

  確かに最近は西行妖の下に眠る亡骸に興味を持っていたみたいだけど、幻想郷の春度を集めてまで満開を見ようとしていたとは」

 

 「彼女はそれと気付かずに遠回しな『自殺』をしようとしていた事になるのか。と言うか、知っていたなら止めろよ……」

 

 「最初に言った通り、あの子にはどうやっても封印は解けないから。もし大々的に外部の協力者を招き入れて封印を解こうとしていたら、流石に介入したわよ」

 

 

 八雲が呑気にも聞こえる事を言ったので、苦言を呈してみたが。八雲には八雲なりの公算が有って見逃していたらしい。

 

 

 「そうでなければ、事情を知らない者達にとってはこれが『異変』となるでしょう?

  幻想郷の春を奪い冬に閉ざすと言う異変、前回の紅霧異変から時期も良い頃合だし、人間に任せておきましょうとね」

 

 「西行寺自身も相手取る人間も、本質は何も知らないまま異変を起こし、解決すると言う訳か」

 

 「そう言う事ね。……さて、特に何事もなく終わりましたし。用事は済んだので帰らせてもらうわ、私が此処に居た事は他言無用でお願いします」

 

 「え? お、おう」

 

 

 八雲はふと庭に視線を向け、人目を憚るように呟いたかと思うとすぐさまスキマの中へと消えていった。

声をかけてきた時と同じく、あまりに唐突な去り方に思わず間抜けな声を出してしまう。……少しして、『何事も無く終わった』と言う言葉の意味に気付いた。

 

 

 「……そりゃそうだよな、幾ら何でも数分以上展開され続けるスペルと言うのは有り得ないか」

 

 

 八雲の語る西行寺と西行妖に関わる秘話に引き込まれ、すっかり西行寺と十六夜の弾幕戦が意識から抜けていた。

俺が庭に目を向けて確認すると、既に弾幕戦は終わっていた。大きく服を裂かれ、腕で体を覆い隠している西行寺を、十六夜が良い笑顔で何事か責めていると言う色々と危ない光景が広がっている。

……西行妖が満開に至る事は無く、異変も解決されたと言う意味で『何事も無く』と言ったのだろうが。俺としては結構反応に困る事態なんだけど。

 

 死体役を任されていた事もあり、果たして俺が動くべきなのか迷ってしまったが……苛立っていた十六夜が何をするかも怖いので、それを止める意味も込めて声をかける事にした。

 

 

 「十六夜、よくやったな。これで異変は解決だ」

 

 「……っ!? 貴方、死んだんじゃ」

 

 「死んでないって……彼女に弾幕戦を挑んで負けたのは事実だが、命を取られた訳ではないよ」

 

 

 二人の下に歩み寄りながら声をかけると、十六夜は正に幽霊でも見たような表情でナイフを構えてきた。

どうやら十六夜は、冗談ではなく本当に俺が死んだと思っていたらしい。苦笑しつつ、誤解を解くべく説明する。

 

 

 「それならなんであんな勘違いするような倒れ方をしていたのよ……」

 

 「まあ、負けたと言う事で死体役を頼まれたからだな」

 

 「……そう、この亡霊が悪いと言う事ね」

 

 「ちょ、ちょっと待って! 私はもう十分責められたじゃない!」

 

 

 しかし俺の説明で更に笑みを深めた十六夜は、構えたナイフを西行寺に向けなおした。

西行寺はこれまで何をされたのか、涙まで流して必死に首を振る。俺としてもまさかこの説明からこの対応になるとは思いもしなかったので、慌てて付け足す。

 

 

 「待ちたまえ、十六夜。死体役と言う言葉を使ったのは彼女だが、ああやって横になったのは俺が自主的に行った事だ。何も彼女が指示した訳ではない」

 

 「……ちっ、難を逃れたわね」

 

 「春も暖気も返すって言ってるのにー」

 

 

 な、何だか今日の十六夜は本当に気が立っているようだな……西行寺も不憫だ。

 

 

 「確実に戻ってくるって保証は有るの? 単なる安請け合いかもしれないわよね」

 

 「そうだとしても、一旦は戻らないと確認も出来ないでしょう。異変は私の負けで終わり、それでいいからまずは帰ってよ」

 

 「……まあ、確かにお嬢様も心配だしね。桜が咲いてなかったら、酷いわよ」

 

 「しくしく」

 

 

 十六夜は一通り言いたい事を言い終えたのか、ようやく西行寺を見逃すようだ。

十六夜は服に付いていた汚れを軽くほろった後、マフラーを翻し白玉楼の出口に向かって歩いていく……途中で足を止め、俺に顔を向けた。

 

 

 「あ、そう言えば貴方の能力をすっかり忘れていたわ。わざわざ飛んでいかなくても、瞬間移動が出来るじゃない」

 

 「……行先は、紅魔館か?」

 

 「ええ、お願いしますわ」

 

 

 体の良いアシとして扱われているような気もするが、西行寺も早い所遠ざけて欲しいと言うような視線を向けてくる。

別に拒否する理由も無いので、俺は素直に受け入れる事にした。内界に宿る記述を励起し、『セエレ』の力を俺の魔法として発動する。

生じた黒い風が十六夜の姿を覆い隠し、拡散した後には何も残らない。十六夜は空間を跳躍し、生と死の結界さえ飛び越えて紅魔館に転移したのだ。

 

 

 「ああ、酷い目にあったわ」

 

 「異変を起こしているんだから、それは自業自得だろう……と言うか、何か羽織りたまえ」

 

 「……うーん、確かに男性に見せるような姿じゃ無いわねえ」

 

 

 十六夜の姿が消え、西行寺は安堵の溜め息を吐く。それに対して俺も言葉を返すが、その際に西行寺の白い腕が視界に入りかけ、思わず顔を背ける。

……フランの時もそうだったが、弾幕戦では結構服がボロボロになるんだよな。皆も、俺のコートとまではいかずとも多少は服に防御力を持たせて良いと思うんだが。

 

 フランの事が頭に浮かび、同時にその時彼女にした対応も思い出した。とは言えあのコートはもう無いし、そもそも丈が小さすぎる。ならば……

 

 

 「このコートで良ければ、体を隠す布にでもしたまえ。勿論、嫌なら捨て置いても構わないが」

 

 

 俺は来ていたコートを脱ぎ、顔を背けたままで西行寺に向かって放り投げた。

サイズ的には確実に西行寺を超える物だし、着る事に抵抗が有っても巻き付ける程度で体は隠れる。俺が着ていた服なんて触りたくないと言われれば、それまでだが。

 

 

 「あら、有りがたいわ。ちょっと、使わせてもらうわね」

 

 

 拒否されたら恥ずかしいってレベルじゃないよな、等と内心で微妙に気が気でなかったが、その心配は無用だったらしい。

西行寺は礼を言いつつ受け取ってくれて、コートを帯のように広げて自らの服に括り付けた。俺の予想通り、腕で隠さずとも十分にボロボロな服は隠れている。

 

 

 「……上着を脱いだ田澤さんって何だか新鮮だわ。今までずっとこのコートを着ていたのよね」

 

 「いやまあ、ずっとと言っても常にそれを着の身着のままにしている訳ではないぞ。

  休む時は勿論脱いでるし、定期的に洗浄と縫い直しを行っている。君の前に姿を見せる時は確かに着たままの姿だったが」

 

 

 西行寺はコートを外した俺の姿を見て、驚いたとでも言いたげに言葉を漏らした。

以前外の世界で八雲にも似たような事を言われたが、俺の外見イメージは黒コート姿で固定されているらしい。自分でも納得は出来るが、改めて考えてみると複雑だ。

 

 

 「何だか、本当に普通の人って感じねえ。この黒コートがほんの少しだけ威圧的な雰囲気を出していたけど……それが無くなると、どこにでも居る青年って感じ」

 

 「そ、そこまでか……」

 

 

 言われて自身の服装に目を下ろす。無地の白シャツに、黒いズボン。これで説明が終わるくらい、実に特徴の無い姿である。

 

 

 「で、でもでも! ほら、幻想郷だとその服は珍しいし、そこまで没個性的って訳じゃないわ!」

 

 「……その珍しさを加味しても、第一印象が『どこにでも居る青年』なんだろう?」

 

 「外見よりも中身って、よく言うじゃない」

 

 「それ、外見には目を向ける所が無いと言っているのと同じだぞ……」

 

 

 別段自分の外見に興味は持っていない俺だが、流石にここまで言われると少し恥ずかしくなってくる。

思えば同じ男性である森近も中々にセンスの良い服装をしていたし、顔立ちも俺と比べるまでもなく整っていた。と言うより、俺の知り合いに美男美女が多すぎるのだ。並の風貌である俺ではあまりにも……

 

 

 「って、なんで君にコートを貸した事からこんな話になったのだ。そこまで俺の姿が見苦しいと言うなら、それは返してもらうぞ」

 

 「見苦しいとは言ってないわよぉ……」

 

 

 コートが無い事でここまで言われるのなら、お望み通りコート姿に戻ってやろうじゃないか。そんないかにも大人げない理論で詰め寄ると、西行寺は困ったように呟く。

 

 

 「わざわざ俺が君を見なければコートが無くとも問題は無い筈だ。やはり、要らないだろう」

 

 「そう言われても、私だって恥ずかしいの。白玉楼に戻ったら返すし、誤解させる言い方になったのは謝るから許してよう」

 

 「……まあ、一度貸した物をすぐに返せと言うのもアレか」

 

 

 ……考えてみれば、服とは言えないにしろ女性の着物をはぎ取ろうと言う行為に近いのだから、非常識だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂魄も交えた三人で最後に軽く花見を楽しみ、俺は白玉楼を後にした。

異変が解決された今、もはや転移魔法を使わない理由はなく。俺は『扉』の出口を人里付近に繋ぎ、冥界から幻想郷の地上へと一息に帰還する。

 

 

 「おお、これは……本当に、一気に春が戻ったな」

 

 

 『扉』から体を出した俺は、一変した周囲の環境に驚く。異変が解決されたのはつい先程だと言うのに、猛吹雪は僅かに花の香りを乗せた涼風に取って代わられていた。

太陽の穏やかな日差しも降り注ぎ、気温も人肌に丁度良い具合になっている。流石に積もった雪が全て解けるのはまだ時間がかかりそうだが、それも遠い未来の話ではないだろう。

 

 

 「おお、仙人様! 見ての通り、一気に春が訪れたのですよ!」

 

 「もしや、貴方の御力で冬を吹き飛ばしたのでは」

 

 「あ、あー。俺がやったのは異常な冬をもたらしていた存在を突き止めた所までだ。実際に解決したのは、人里から遠く離れた洋館の者だったよ」

 

 

 そよ風を浴びながらゆっくり歩いていると、人里から除雪を共にした若者達が走ってきた。

喜色満面と言った様子で俺の前に走りこんできた彼らは、息を切らしながらも嬉しそうに声を発する。流石にこの期に及んで嘘を吐くのにも抵抗が有るので、無様に敗北したと言う事実のみを隠して真実を説明した。

 

 

 「洋館……そう言えば、給仕服の女性が時々買い物に来ていますね」

 

 「……この春をもたらしたのは、正に今君が思い浮かべた彼女だな」

 

 「ええっ、あの銀髪の方ですか!? なんで吸血鬼に従っているかも分からない、あの綺麗な人が」

 

 「いや、逆に言えばそれだけの実力が有るから吸血鬼に買われてるって事じゃねえのか。

  大体、見た目か弱そうなのに俺達が束になっても敵わない人ってのは身近にも居るじゃねえか」

 

 「た、確かに。慧音先生に、妹紅さんも……」

 

 

 どうやら十六夜は人里に訪れた事が有るらしく、その際に彼らも姿を見た事が有ったようだ。

十六夜が異変を解決した事に驚く者と、すぐに納得する者は凡そ半々と言った所。順当な割合か。

 

 

 「ああ、妹紅さんと言えば……仙人様が吹雪の原因を捜索しに行ったと伝えたら、何故か頭を抱えてましたよ」

 

 「要領を得ない返事しかしてくれませんでしたが、どうも仙人様が心配みたいで。へへ、早くお姿を見せてやったらどうです」

 

 

 ……おそらく、妹紅はこれが異変による物だと俺よりも早く気づいていて、それに俺が挑む事になった状況を危ぶんだのだろう。

弟子に強さの面で身の安全を心配される師匠と言うのも格好付かないが、弾幕戦においては完全に実力が逆転しているので何も言えない。事実、結果としては負けて帰ってきている訳だし。

 

 

 「わ、分かった。急ぐことにしよう」

 

 「慧音先生の家に居るとの事でしたから、行くならそこですよ」

 

 「あの妹紅さんがやきもきしている様子ってのも珍しいですからね、俺達としても落ち着かないもんですよ」

 

 

 徐々にからかいのような調子を帯びてきた若者達の提案に、俺は軽く頭を下げてから走り出した。

弾幕戦において俺に過保護な節もある妹紅だ、あまり長い時間心配させたままにすると後が怖い。

 

 西行寺が起こした、『春を奪う』と言う異変。俺は全体的にどうにも締まらない形で関わったのだった。

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