旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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*6月15日追記
今回の最新話は第三話目に挿入投稿した『微笑ましき日常』となります。章編成の都合上、目次における見かけの最新話と齟齬が生じておりますので、この話を以前も読んだと言う方はご注意ください。


旅人、流浪の身を改め宴にて友を想う

 西行寺によって引き起こされ、十六夜によって解決された異変から数日が経った日の事。

あれだけ積もっていた雪が早くも姿を消し始めた人里で、俺はとある出来事から達成感を覚えていた。

 

 

 「これでもう、誰にも住所不定やら浮浪者とは言わせない」

 

 

 人里の片隅、適度に開けた空き地。そこに建てられた『家』の前で俺は腕を組みながら呟く。そう、俺は遂に我が家を手に入れたのだ。

……手に入れたと言うと僅かな語弊も有るか。この家は設計から建設に至るまで俺一人で全てを行った物であり、その過程に他人の手は一切加わっていない。せいぜい土地を譲ってもらう際に人里の者と交渉を行ったくらいだ。

 

 

 「早速大々的に宣伝を……いや、滑稽なだけか。知り合いには教える事にして、後は徐々に浸透していくに任せよう」

 

 

 達成感、興奮、喜び、それらに満たされた俺は思わず誰彼かまわず家の存在を広めようとしてしまったが、すんでの所で思い止まる。

ある程度以上に力を持った仙人、あるいは魔法使いと思われている俺だが、別にそれによる特筆すべき立場が有る訳でも無く、そもそも知名度が低い。各地を巡る旅や人里の者達との交流で最近は俺の顔を知っていてくれる人も増えてきたが、レミリアなどの有名人に比べれば微々たる数だ。

そんな俺が『家を建てた』と大声で触れ回った所で、俺を知らない人にはどうでもいい情報としか受け取られないだろう。知っている人にとっても馬鹿のような行いに見える可能性が高い。

 

 

 「まずは、妹紅や上白沢あたりから知らせていくか」

 

 「あら、その前に教えるべき相手が居るでしょう? 例えば、土地の管理者とかね」

 

 「……何処で、と言うより何時この家を知ったんだ。建設に取り掛かったのも十数分前だぞ」

 

 

 落ち着いて順当な選択をする俺だが、後ろからの唐突な声に思わず顔が引きつる。

異変の際にも白玉楼で似たような事をされたが、今回はその時と違った意味で驚いてしまう。何しろ、たった今建てたばかりなのでまだ誰も存在を知らない筈なのだ。

 

 

 「人里で空間をも歪ます大魔法が使われているようでしたから、様子を見に来たの。別に貴方を追い回すストーカーになった訳では有りませんからご安心を」

 

 「……決して妙な事に能力を使わないでくれよ、八雲」

 

 

 振り向いた俺の視界に入ったのは、当然ながら八雲。どうやら、俺が家を建てる際に使用した魔力を警戒して出向いてきたらしい。

 

 

 「妙に所帯じみているとは言え、見事な魔法でしたわねえ。見る間に家が完成する様は中々楽しめましたわよ」

 

 「別に君を楽しませたくてやった訳では無いんだが」

 

 「まあ、本題は別に有ります。ひらたく言ってしまえば、税の徴収みたいな物ね」

 

 「……俺は幻想郷の者達が住民税を支払っている姿なんて見た事が無いぞ」

 

 「何も金品の取立てではない、物のたとえですわ。

  人里に住まう人間が妖怪の恐怖と隣り合わせにあるように、この幻想郷における幾つかの義務を果たして頂こうと思いまして」

 

 

 出向いてきた所までは特に意図しての物では無かったようだが、俺が家を建てた事を知ってからは目的が生じたようだ。

八雲はいつになく愉快そうに笑いながら、俺を見据えてくる。その雰囲気、そして言葉の内容から厄介な事になりそうだと判断した俺は、溜め息を吐きつつ提案した。

 

 

 「……話が長くなりそうだな。立ち話でする内容でも無さそうだし、とりあえず上がっていけ」

 

 「ご招待、有りがたく頂戴しますわ」

 

 

 家に上げると言う行為はこの場合プラスにもマイナスにもなり得る。

すぐに考えられるデメリットとしては自宅と言うパーソナルスペースに踏み込まれる事だが、これは逆に自分の陣地に引き込んだと捉える事も出来る。……まあ、今の提案は単に立ちっぱなしで話をしたくないと言う横着な理由による物だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八雲が語った内容は、概ね理解は出来る物だった。

これまで人間を名乗っていながらも一つ処に定住する様子を見せない俺だったが、人里に家を建てた事で完全に『人間』としての立場を選んだと判断。それに伴い、幻想郷における人間としての役割を負ってもらう必要が出来たと言う。

 

 

 「旅人を名乗り、自由気ままに徘徊していたようだけど……このタイミングで人里に家を建てた、それはすなわち『人間の守護者』としての意思表示でしょう?」

 

 

 俺と向かい合う形でテーブルに座った八雲は、俺が差し出したシソジュースに口も付けず、不気味な笑顔と共に確認を取ってくる。

以前外界でも同じような状況が有ったが、その時と同じく形式だけでも『人間に恐怖を与える妖怪』としての振る舞いだろう。ただ、俺がこの家に持たせた意味合いはそれだけでは無いんだよなあ。

 

 

 「まあ、な。これからも今まで通り出歩くつもりではあるが、人里の者達との接点を明確にしていく目的が有る。……『此方側』にはな」

 

 「此方側? どういう意味かしら、まさか他にも拠点を用意したとか」

 

 「……うーん、これに関しては実際に見てもらった方が早いな。付いてきたまえ」

 

 

 八雲は不思議そうに声を漏らすが、口頭で説明するよりも分かりやすく伝えられる方法が有る。

俺は自分のシソジュースを一気に飲み干してから席を立ち、八雲の前に立ってとある場所まで案内する。

 

 

 「……裏口? 先の玄関と殆ど変らない体裁を取っていますけれども」

 

 「ああ、此方も玄関なんだ」

 

 

 俺が八雲を連れてきたのは、入ってきた玄関からほぼ反対の位置にあるドア。

八雲はこれがこの家の裏口と思ったようだが、ドア周囲の様子に違和感を覚えてもいるようだ。俺は言葉少なに返しながら、ドアを開ける。

 

 

 「……本当に見事な物ね。空間をも歪ませていたのは、この為だったの」

 

 「その通り。人間側の窓口として人里に、そして妖怪側の窓口として妖怪の山付近に。それぞれの場所で家を『重ねた』」

 

 

 ドアの先、俺達の目に入ったのは人里の空き地では無い。どこか厳かな雰囲気を湛えた山を間近に望む、緑溢れた自然の姿である。

今外に出れば、そこは間違いなく山の麓。幻術でそう見せかけている訳ではなく、本当にその場所と繋がっているのだ。ある意味、この家は転移装置と見做す事も出来るだろう。

 

 

 「重ねた……この有りよう、博麗神社を模倣したのかしら」

 

 「む、鋭いな。正解だよ、博麗神社における幻想郷と外の世界の接触を、そのまま応用させてもらった」

 

 

 八雲は俺の僅かな説明から大方の仕組みを理解してしまった。

勿論彼女自身が結界の扱いに長けていると言う事も大いに影響しているだろうが、それにしても流石に頭の回転が速い。

 

 

 「この建物を結界の基点として扱い、空間に干渉する事で二点間の距離を論理的に零とする。俺は自然豊かな秘境にも家を用意したかったから、この手法は一石二鳥と言う事だ」

 

 「……如何に小規模とは言え。博麗神社、ひいては博麗大結界の構造を単独でこうも簡単に再現するとは」

 

 

 八雲は何やら頭を抱えるようにして愚痴っぽく呟く。

幻想郷を幻想郷として成り立たせる重要な結界を模倣されるのは、個人的に思う事も有るのだろう。口調からは、悔しさに近い感情も僅かに感じ取れる。

 

 

 「まあ、空間操作に関してはそれなりの自負も有る。遠くから見ただけだから、完全再現とは行かなかったが……元々そこまでするつもりも無かったしな」

 

 

 俺としては文句なしに自慢出来る数少ない分野なので、少し饒舌になった。

何だか八雲に対する当て付けにも聞こえるようになってしまったが、これに関しては『我等』の事情も有り俺としても譲れない部分である。

 

 

 「……ひとまず、貴方の結界適正は置いておきましょう。それで、これが意味する事は」

 

 「俺は人間の側にも立つし、妖怪とも友好関係を築く。要するに、今までと立場は変えないと言う事だな」

 

 「……やたらと黒い衣装を好むし、貴方って実は蝙蝠の妖怪なんじゃないの?」

 

 「失礼な、両者の架け橋と言ってくれ」

 

 「定位置を持たない橋とは、とんだ欠陥品ですこと」

 

 「それについては自覚が有るから、こうして拠点を用意したと言う訳さ」

 

 

 八雲からは当初の不気味な雰囲気が消え去り、俺を半目で見ながら地味に責めてくる。

結局は今まで通りという俺の曖昧な選択に呆れているのか、先程自慢気味になった空間操作の説明に対する反撃か……おそらく、両方だろう。時折、八雲は意外な所で子供っぽさを垣間見せる事が有る。俺もあまり人の事を言えないが。

 

 

 「それでは何故わざわざ家を? これまでより両者に近付いた、とは言っても結果的にそう大きな違いは無いでしょう」

 

 「テント暮らしをしていると、周囲の目が冷たくてな。阿求ちゃんの本には住所不定と書かれ、紅魔館のメイドには浮浪者と言われ、散々な扱いだ。

  俺としても念願のマイホームと言う奴を建ててみたかったから、そろそろ頃合だと思ったのだ。幸い、魔法を駆使すれば特に他人の力も時間もかからずに済む」

 

 「……本当に所帯じみてるわねえ」

 

 

 もはや八雲からは呆れの感情しか見えない。想像以上にしょぼい理由を聞かされてゲンナリしているのだろう。

 

 

 「……大体の事情は分かりました。結局田澤さんは、人間を名乗りながら妖怪とも親しく接すると言う八方美人路線を崩さないと言う事ね」

 

 「八方美人……そう取られても仕方ないか。だが、これが俺の、『田澤昴』の在り方だよ」

 

 

 ……そう。『田澤昴の』在り方だ。外界における八雲との接触、その際に無意識に口を衝いて出た言葉。記録の復旧を進めていった結果、ある程度の推測が出来た。

これは『俺』が両者との交友を求める事に、少なからず影響を与えているだろう。未だ詳細は分からないが、新たに復旧した記録も含めて現段階までの考察をそろそろ纏めておくべきか。

 

 

 「そこで自信を持って頷かれると私としては皮肉も言えないわねえ。一応好意的に見れば、友好的な霊夢みたいなものだし……まあ、せいぜい頑張りなさいな」

 

 

 俺の葛藤と、それに付随する思考は八雲にも読み取られなかったようだ。

八雲はもはや呆れた様子を隠さず、これ見よがしに溜め息を吐きながら投げやりに言う。続けて、何かを思い出したように瞬き。

 

 

 「ああ、霊夢と言えば。今日の昼から、博麗神社で宴会が有るわ。花見も兼ねてとの事だったけど……果たしてあれが本当の花見かしらね」

 

 

 遂に来たか、と俺は目を瞑る。これまでは関わる機会を意図的に排除し、常に自らを遠方からの傍観者としていたが……俺の立場や交友関係的に、いつまでも逃げられる訳は無い。

この時を避けられないと分かっていたからこそ、対策はかなり前の段階から用意してあったのだ。俺がどれだけ蓮子の幻影を克服出来ているのか確かめる意味でも、そろそろ顔を合わせるべきだろう。俺は少しどもるようにしながらも、参加の意を示す。

 

 

 「そう、か。博麗神社……博麗霊夢。分かった。少しお邪魔させてもらおうか」

 

 「あら、私は何も貴方を招待した訳では有りませんわよ? 単に世間話を振っただけですけども」

 

 「……だったら最初から言うなよ」

 

 

 八雲のあんまりな返しに思わず顔が引きつる。確かに宴会に来ないかと言われた訳ではないが、普通この流れは誘われたのだと思うだろう。

 

 

 「情報と広告は分かちがたい物だから、誤解を招くのも仕方ないかもしれないわね。あ、そうそう。広告と言えば……」

 

 「ああ、分かったよ。要するに君は、君が差し向けたと思わせないで参加して欲しいんだな。いや、これは俺の無責任な解釈だがね」

 

 

 八雲が得意げに語り始めたが、おおよそ言いたい事は分かった。意趣返しの意味も込め、すぐさま割り込んで止める。

 

 

 「……理解が早くて助かりますが、最後まで話させて欲しいのですけど」

 

 「君が素直に話せば、こっちだってそれ相応に対応するさ」

 

 

 八雲は何とも言えない表情で俺を見てくるが、自業自得である。妙な話術でからかおうとするから、こうして反撃を喰らう事になるのだ。

 

 

 「……幽々子に話を通してあるわ。あの子に呼ばれたと言う事で出向いてください。そろそろ、田澤さんとの面識を霊夢に与えておかないといけません」

 

 「別に俺の事を知らずとも、向こうには何の問題も無いと思うが……」

 

 「それでは田澤さんに霊夢との面識を持ってほしいと言い換えましょう。大した違いは有りませんけどね」

 

 

 俺に、か。確かに全体としての意味は殆ど変らないが、その言い方だと博麗霊夢よりも俺へ向けた意図が強い言葉になる。本当に面識が必要なのは、俺の方だと八雲は言っている訳だ。

その点については他ならぬ俺自身も認める所。争いを遊びとして昇華させた今の平和な幻想郷に、『妖怪退治屋』としての俺は酷く不釣り合いだ。だからこそ、現状のシステムの象徴とも言える博麗霊夢とも交友を持っておけと言う八雲なりの気遣いでも有るのだろう。

俺と博麗霊夢には、幾つか共通する部分も有る。妖怪を正面から打倒し得ると言う点や、彼らとの交友関係が広いと言う点。人間でありながらこの二つを両立させている存在は、幻想郷にもそう多くない。もっとこじつけて言えば、幻想と現実の両方に接する貴重な存在でもある。

八雲にとっては、これらも懸案事項のような気もするが……そこまで深くは考えまい。今はただ彼女の気遣いを素直に受け、そして俺自身の問題にも解決の糸口を見つけよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……おいおい」

 

 

 どうやら自身は参加しないらしい八雲を見送った後、俺は少しの間を置いて博麗神社を訪れた。しかし、そこに集まり始めている面々を見て、とある事に気付いてしまう。

 

 

 「参加してるの女性だけじゃないか……博麗霊夢の件以前に、単純に気まずいぞ」

 

 

 集まっている者達は皆、女性。見知った顔ぶれが多く居るとは言え、それでも明らかに俺が浮く事は避けられない状況である。

焦った俺は、咄嗟に石段を下りて身を隠す。そのまま暫く悩み続けた結果とある結論に至り、すぐさまそれを行動に移そうとするが。

 

 

 「い、今からでも妹紅を呼んで……」

 

 「あら、数日振りね。どこから宴会の事を聞きつけたのかしら?」

 

 

 俺が転移魔法を使おうとした矢先、涼やかな声がかかる。

声の聞こえた方向、石段の下を見ると、そこには大き目の日傘を持った十六夜。驚くべきことに、傍らにはレミリアも居る。

 

 

 「あ、ああ。西行寺に呼ばれてな。と言うかレミリア。いくら日傘が有るとは言え、君はこんな時間帯に外に出て大丈夫なのか」

 

 「ん? 前にも言わなかったかしら、直射日光にさえ当たらなければ身を焼かれる事は無いわ」

 

 

 慌ててレミリアに問いかけるが、どうやら本人は大して苦にもしていないらしい。

こう言うと十六夜に悪いが、たかが日傘を差す程度で日光を克服できる吸血鬼とは……かなり凄まじい事なのではないだろうか。

 

 

 「それより、此処に居るって事は田澤も宴会に参加するんでしょう? くくくっ、丁度良い。今日は酒にも肴にも困らなそうね」

 

 「一体どういう意味だ……」

 

 「色々な意味で、よ。これまで私と田澤が酒を飲む時は、ホストとゲストの関係だったけど。今回は互いにゲストだからね」

 

 「お嬢様、立ち話は境内でも出来ますわ。……貴方も、こんな中途半端な所に居ないでさっさと登ったら?」

 

 

 レミリアには妙な期待の眼差しを向けられ、十六夜には急かされる。どうあっても、『今から妹紅呼んでくる』と抜け出す事は出来無さそうな状況である。

 

 結局妹紅を呼ぶ事を諦めた俺は、観念してこのまま宴会に飛び込む事にした。

少なくとも西行寺に呼ばれたと言う最低限の大義名分は有るのだ、ここまで来たら後はもう開き直るしかあるまい。

十六夜とレミリアを伴い、俺は再び石段を登った。すぐさま隠れた先程とは違い、今度は俺も堂々と境内に入る。中々見事な桜が並ぶ境内、ひときわ大きな樹の下で既に花見を楽しんでいるらしい魔理沙、西行寺、魂魄、そして……

 

 

 「はあ、また面倒なのが増えたなあ……って、隣の男は誰?」

 

 「……初めまして。俺は田澤昴、旅人を名乗らせてもらっている人間だ」

 

 「ふーん、あんたが……まあ良いわ、この際一人二人増えようが同じ事だし」

 

 

 博麗霊夢。俺に蓮子の影を投げかける存在。ぶっきらぼうに声をかけてきた彼女に対し、俺は面白味のない定型文で返す。

……博麗霊夢を視界に捉え、声を交わした瞬間、やはり俺の中に名状し難い感情の氾濫が起こる。しかしそれは意識して押し隠す事ができる程度には収まっている事も事実だ。少なくとも現状では、問題ない。

 

 

 「ちなみに、私が呼んだのよー。田澤さんなら、団子づくりだってお手の物よ」

 

 「君に団子を作って渡した事は無かったと思うが……まあ、作れるけど」

 

 

 西行寺がさりげなくフォローを入れてくれる。これは博麗霊夢に向かって、と言うよりこの場の全員に向かっての物だろう。

尤も、内容自体は彼女の願望が大いに反映された物だが……俺が団子も作れるのは事実なので、特に否定する事なく流しておく。このタイミングで会話に入ってくれたのも有り難いからだ。

 

 

 「なんだ、こいつってお前の家の料理人か何かなのか?」

 

 「料理と名乗れるほど幅広くは作れない、って言うのが田澤さんの自論よ。でも、花見酒の肴には最適な物を作ってくれる筈だわ」

 

 

 既に酒を飲んでいたのか、少しだけ頬を紅潮させた魔理沙が俺を指差しながら西行寺に問いかける。

意図してなのか違うのか、西行寺はそれに対して微妙にずれた答えで返す。その言い方だと、俺が料理人に近い立場で白玉楼に雇われていると取られる恐れが有ると思うのだが……

 

 

 「後はプリズムリバーも呼んでいたんだけれど……あいつらは賑やかしだし、別に待ってる必要も無いわね。さあ、始めましょう!」

 

 「なんであんたが仕切るのよ。まあ、どうでもいいけど……ほら、肴を出せるって言うなら何か出してよ」

 

 

 西行寺が開始の音頭を取り、宴会が始まる。博麗霊夢はそれを溜め息を吐いて見逃し、そのまま俺に肴の要求をしてきた。

……『初対面』の大の男だと言うのに、ここまで遠慮なく接することが出来ると言うのも凄いな。妖怪を傍若無人に蹴散らしておいて、人間の大人には気弱になると言うのもおかしいかもしれないが。

 

 

 「う、うむ。団子は生憎今すぐには出せないが……お通しと言う事で、今はこれで勘弁願いたい」

 

 

 餅であればストックが有るのだが、団子は丁度切らしていた所だ。

西行寺はどちらでも構わないと言ってくれるかもしれないが、他の者達に宴会での餅がどれだけ受け入れられるか未知数でも有るので、とりあえず無難な物を『扉』から取り出す。

既に皿に乗っている状態のそれを並べていくと、十六夜が最初に反応を示した。意外……でもないか、彼女自身紅魔館で給仕係を務めているのだから。

 

 

 「トマトスライス? また、随分と無骨なカットね……この荒削りされた白い粉は、塩かしら」

 

 「ああ。酒には合うと思うが、もし不味かったら言ってくれ。別の物も有るには有る」

 

 「これは誰が作っても、極端に不味くなるなんて事は無いでしょうに」

 

 

 俺が並べたのは塩を振ったトマトスライスだ。甘味も酸味も塩味も、自己主張し過ぎると言う事は無いのでどんな酒にもそれなりには合う筈である。

 

 

 「塩なんて、一体どこから……ああ、お前は外から幾らでも持ってこれるか。

  と言うか、最初から切ってあったが何時から作ってたんだよ。あまり長期間放置した物は流石に遠慮したいぜ」

 

 「トマトスライスなら問題ない、『扉』の中では時間の流れは無いも同然だ。そして塩については概ね間違ってはいないな。同じように、外から仕入れた酒も有る」

 

 「な、なに? 外の酒だと? ……今回の宴会は当たりかもしれないな」

 

 「いつもの宴会は外ればかり提供して悪かったわね」

 

 

 塩と言う言葉に驚いたようなリアクションを見せる魔理沙。そう言えば幻想郷には海が無いし、岩塩が有ると言う話も聞いたことが無い。……え、どうやって塩を手に入れているんだ?

 

 

 「ね、咲夜。言った通りでしょ、今日は酒にも肴にも困らないって」

 

 「お嬢様の御目利きには感服いたしますわ」

 

 「……うう、幽々子さま。私がせっかく作ってきた料理の印象が薄れてしまいますよお」

 

 「大丈夫よ、妖夢。あなたの役どころはいつもそんな感じだから」

 

 「ひ、ひどいです……!」

 

 

 外の酒と言う単語に反応したのは魔理沙だけでは無かった。この場に居る皆が色めき立ち、各々に好き勝手なことを言い始める。……悪かったな、魂魄。代わりと言ってはアレだが、君の分は少し多めにするよ。

 

 

 「外の酒って、私も興味はあるけど……実際に飲むまでは何も言えないわよ」

 

 「ふふん、霊夢。こう言うのは、珍しいってだけで十分に魅力的なんだよ。外の世界、それも『仙人』をも名乗る田澤の出す酒なんて期待できるじゃない。

  ワイン、日本酒、麦酒。この辺りが出てくるのは当然として……哺乳類の死骸とか、霊長類の生き血とか、隠し味になってたりしない!?」

 

 

 唯一博麗霊夢のみが冷静な意見を出すが、その彼女もよくよく見ると瞳が期待に輝いている。

そんな博麗霊夢へレミリアは何故か自慢げに自論を語り、続けて俺に物騒な期待を向けてきた。酒の種類はともかく、そんな隠し味は流石に……

 

 

 「いや、一応俺も人間だからな……それは無理が有る。まあ、血に見立てたこれで許してくれ」

 

 「わ、綺麗な真っ赤……ああ、『ブラッディ』ね」

 

 「飲み比べた時は無いが、酒に混ぜるなら血よりも美味い物だと思うぞ」

 

 

 俺が出したのは真紅の液体。勿論これは血液による色ではなく、トマトジュースによる赤色だ。ジンとトマトジュースのカクテル、『ブラッディサム』である。

 

 

 「実を言うと、これらの材料は特別に高級な物を使っている訳では無いのだが……それでも不味いと言う事は無い筈だ」

 

 

 無意識に予防線を張りつつ、グラスに注いだそれらを皆に渡す。

ジンもトマトジュースも外の世界の一般生産品を使用していて、用意した全ての合計でも数千円程度。博麗霊夢や魔理沙は知らないが、レミリアや西行寺が普段飲むような酒には到底敵わない値打ちの代物だろう。

しかし俺だって適当に混ぜ合わせて作った訳ではない。趣味で飲むからこそ拘り、それは並の妖怪をも上回る年月の積み重ねが有る。口にこそしなかったが、それなりの自負は有るのだ。

 

 

 「へえ、これは中々……ジンのキツイ口当たりが和らいでるぜ」

 

 「うん、後味もさっぱりしてて良いわね」

 

 

 魔理沙と博麗霊夢には好評のようだ。自然と口元に笑みが浮かぶ。だが当然と言うべきか、良い評価だけでも無かった。

 

 

 「そうかしら、私は何だか匂いが苦手だけど……それに、お通しでトマトを出して、お酒にもトマト?」

 

 

 西行寺は申し訳なさそうにグラスを置く。ジンに対してかトマトジュースに対してなのか、あまり好みでは無かったようだ。

確かに両方ともに、単品では結構癖のある飲料である。だからこそカクテルとし、両方の長所を引き立たせる為の『ブラッディサム』なのだが……どうしても口に合わないと言う事は有るだろう。

 

 

 「すまんな、トマトが重なっていると言う所までは考えが回らなかった。口に合わなかったのであれば、無理に飲まなくて構わない」

 

 「ごめんなさいね、合う人が飲めば美味しいんだろうなとは思うんだけど……」

 

 

 西行寺は口直しと言う事なのか、トマトスライスを口に運ぶ。こちらは普通に食べられるらしい。

そのまま魂魄が用意してきていたらしい酒に移行、どうやら西行寺は洋酒よりも日本酒の方が好みのようだ。

それなら次はその方面で見繕おうか、と考えているとレミリアがグラスを傾けながら問いかけてきた。

 

 

 「それにしても『ブラッディ』でサムの方が出てくるのは珍しい気もするわね。メアリーの方が一般的な感じがするけど」

 

 「……ああ。少し前までは好きだったんだが、つい最近何故か口に合わなくなってね。別にウォッカが嫌いになった訳では無いんだが」

 

 

 『田澤昴』にとって、名前の縁起がこの上なく悪い。理由は、ただそれだけに尽きる。

 

 

 「さて、次は日本酒でいこう。この純米吟醸……って、何だか俺が仕切っている感じだが、良いのだろうか」

 

 「良いの良いの、幹事ってのは酒と肴をいっぱい用意してくる奴の事を言うんだから」

 

 「そんな意味だったか……?」

 

 

 気を取り直して新たに酒を取り出したが、唐突に申し訳なさが込み上げてくる。今更ながらに確認を取るが、博麗霊夢は満足そうに笑いながら次を催促。まあ、場を貸し出している者がこう言うのなら問題ないのだろう。

 

 

 「では、改めて……これは純米吟醸にあたる酒だ。幻想郷の銘酒と比べれば霞む部分も有るかもしれないが、そこは外界の酒と言う希少性でご理解を頼む」

 

 「なんだかさっきからやたらと低姿勢だな、そんなに安酒を出してるのか?」

 

 「いや、外界における俺の稼ぎのおよそ三割……って、これは言っても仕方がない。決して安くはない、むしろ高級な部類には入るんだが」

 

 

 魔理沙が俺の言葉に突っ込みを入れてくる。安酒と言われれば自信を持って否定出来るくらいに高価な酒だが、幻想郷の銘酒、特に鬼が振る舞った酒と比べれば格が落ちる。

ここに居る皆がそれ程の酒で舌が肥えていれば、流石に分が悪いと思ったのだが……言い方が卑屈に過ぎれば、飲む前の段階から悪印象を与えるだろう。これは俺の悪い癖か。

 

 

 「うむ……そうだな。これは高級な酒なんだ。少なくとも外界に置いてはトップクラスの酒だ、味わって飲んでくれ」

 

 

 自信を持っていないように見せた物を提供するのも失礼なので、卑屈な言い方は改める。

そもそも外界における占い師稼業で得た金を相当に注ぎ込んで買ってきた酒なのだ、これでは金を無駄に使ったと言っているような物である。

 

 

 「ついでに、つまみとして冷奴もどうぞ。お好みの付け合わせに辛味噌、ポン酢おろしも有るぞ」

 

 「この前の餅もそうでしたけど、田澤さんって意外に細やかな物を作りますよね……」

 

 「冷奴ねえ、ちょっと時期がずれてる気もするけど、美味しいから歓迎よ」

 

 

 そろそろトマトスライスも皆食べ終わる頃だったので、続けて冷奴を出す。何時ぞや妹紅と射命丸に振る舞われた物を再現した物で、辛味噌はアレンジである。

魂魄は何とも複雑そうな顔で冷奴にポン酢おろしを合わせ、西行寺はいつの間にか一通りの組み合わせを食べ終わっていた。……この二人は、相変わらずだな。

 

 

 「……澄んだお酒ね。するりと喉に入ってくるわ」

 

 「冷奴との相性も抜群だな。私としてはもう少し濁りのある酒の方が好きなんだが、まあ贅沢は言うまい」

 

 

 徳利に移した酒を飲んだ博麗霊夢は、その口当たりに驚いたようだ。幻想郷では機械の加工が入らない酒がほぼ全てなので、外界の酒とは違う部分も多い。

辛味噌を乗せた冷奴を食べながら複雑そうな顔で呟く魔理沙を見るに、その違いで疑問が浮かぶ者も居るのだろう。しかし、濁り酒と言うなら外界にだって有る。

 

 

 「それならどぶろくを……」

 

 「どぶろくだったら神社でも醸してるし、要らないわよ。外のお酒だからこそ、って物を出してもらいたいわね」

 

 

 『扉』を開き、中に手を突っ込んだ所で博麗霊夢からの制止が入った。

普段から日常的に飲める物なので、わざわざ今回飲むつもりはないと言う事らしい。

 

 

 「どうせだったら珍しいお酒、さっきみたいな洋酒でも良いわ。こいつら、たんまり溜め込んでるくせに自分達のパーティー以外では滅多に出さないのよ」

 

 「自分の所で飲める酒なのに、ここで飲んでも面白くないじゃない」

 

 

 レミリアと十六夜を指さしながら、博麗霊夢は続けて言う。

それに対してレミリアは、理解は出来るが自分本位な理屈で返した。ううむ、それを考えると皆の需要は結構バラバラなようだな。

 

 

 「……とりあえず皆、好みの酒を教えてくれ。

  種類によってはその物を用意出来るかもしれないし、そうでなくとも風味が近い物は出せると思う。それに合わせて、旨いと思う肴も付けるぞ」

 

 

 もうこの方が早いと思う。それぞれ好みが微妙に異なると言うなら、最初から共通した物を出さなければ良いのだ。

俺が皆を見回しながら伝えると、十六夜は何故か対抗心を持ったようだ。しかし彼女はすぐに表情を苦笑に変え、傍らのレミリアに問う。

 

 

 「貴方もそれなりに精通してるわね……お嬢様は、何になされますか」

 

 「そうねえ……千年物の古酒なんて飲みたいのだけれど?」

 

 

 レミリアは俺を見ながら、いかにも愉快そうに言う。表情から察するに、俺をからかう意図での発言のようだが……

 

 

 「分かった。ブランデー、ウイスキー、どっちが良い?」

 

 「え、ほんとに有るの? 冗談のつもりだったんだけど……」

 

 「千年くらいなら、『今すぐ』作れる」

 

 「ああ、咲夜と同じような……それにしても千年の時間操作とはね。それなら、ウイスキーでお願い。肴も任せるわよ」

 

 

 レミリアは俺の言葉で十六夜の能力を連想したようだ。確かに、時間操作が出来る十六夜なら俺と似たような事が出来るだろう。

俺は気を取り直し、『扉』の中に保管しておいたウイスキーの時間を一気に進める。一応、このウイスキーは俺が西洋を旅していた時に樽ごと入手した本物の超古酒なのだが……流石に千年前とまではいかない。

 

 

 「君は運が良いぞ、千年物の超古酒の封開けを飲めるのだからな」

 

 「……そう考えると肴を合わせるのも勿体無い気がするわね。まあ良いわ、田澤の能力を考えれば何時でも飲めるでしょうし」

 

 

 俺がグラスに注いで差し出したウイスキーを見て、レミリアは一瞬たじろぐ。しかし俺を見て決意は固まったようで、グラスを受け取った。

 

 

 「むむ……す、凄い甘さね。最初の口当たりからは想像もつかない……って、本当に甘い! 美味しいけど、甘過ぎよ!」

 

 「……と言う事で、肴は酸味をチョイスしてある。大根の柚子胡椒和えに、生ハムをトッピングしてみた」

 

 

 レミリアは芳香を楽しみ、優雅にグラスを傾けたが……想像もしていなかった味に慌てる。対して俺は予測が付いていたので、予め準備していた肴を渡す。

 

 

 「これも……美味しいわね。咲夜の料理とは違って、なんかいかにも力技って感じの盛り合わせだけど」

 

 「そりゃあ本職には敵わんよ、こう言う分野は年月だけで巧くなるって物でも無いからな」

 

 「まあ、咲夜は自慢のメイドだし。当然と言えば当然ね。……甘味に衝撃を受けたけど、これってちゃんとウイスキーの風味も残ってるのね」

 

 

 適度な酸味と噛みごたえのある肴で口直しをしたレミリアは、ウイスキーの風味を冷静に味わえるまで落ち着いたようだ。改めてウイスキーを口に運び、満足したように呟く。

 

 

 「なんだ……宴会って言うよりこいつの酒場みたいな様相を呈してきたな。だが面白い、私には鈍くさい芋焼酎を頼むぜ」

 

 「あ、私は苦くないお酒なら何でもいいです」

 

 「妖夢は剣を振ってるくせにそんな所が優柔不断なのね。田澤さん、私と妖夢には甘口の日本酒をお願い。何ならさっきのでも良いわよー」

 

 「……ジントニックでも、頂こうかしら」

 

 

 レミリアの様子を見た皆は、一斉に俺へ『注文』をしてきた。先程のレミリアのように突飛過ぎる事はなく、どれも個性が表れているオーダーだ。

幸い、それらは俺のコレクションで全て用意が可能な物だ。俺の感性の話になるが、それぞれに合う肴もストックが十分に残っている。これは皆を喜ばせてやらなければなるまい。

 

 

 「うんうん、やっぱり貴方は幹事向きだわ。酒も肴もこんなに用意して……私の手間が省けて良いわね!」

 

 

 言葉の内容に突っ込みたくなるが、博麗霊夢も喜んでいるようだ。感情の深い所を揺り動かされつつも、意識して平静を装い声をかける。

 

 

 「なんだか複雑な評価だが……役立てたなら何よりだ。それで博麗霊夢、君はどんな酒が飲みたい?」

 

 「なんでフルネーム……別に霊夢で良いわよ。うーん、さっきのは甘口だったから今度は違う風味の……日本酒以外でも構わないわ」

 

 

 普段からフルネームで思い浮かべているせいで、咄嗟に口に出した呼び名もそれに引きずられてしまった。妙な顔になった彼女……霊夢は、俺の問いに答えて自分の要望を口に出す。

 

 

 「それなら、これはどうだ。適度な苦みと爽快な風味が特徴の『シャンディ・ガフ』だ」

 

 「あ、確かに香りが爽やかね。ありがたく頂くわ……んー、すっきりした味!」

 

 「お、おい。注文は私が先だっただろ、なんで霊夢が一番乗りなんだよ」

 

 「何よ、文句有るの? 場所を提供してるのは私、当然飲む権利も優先して回ってくるのよ」

 

 「理不尽だぜ……」

 

 

 微笑ましい言い争いを始めた霊夢を見て……蓮子の姿が脳内にちらついては、消える。

完全に払拭する事は未だ出来ないようだが、態度に不自然な物を出さず振る舞えると言う事も分かった。流石に長時間の接触には無理が有りそうだが、宴会の際に軽く会話するくらいならば苦でも有るまい。

 

 霊夢と魔理沙のやり取りを見て笑う皆、そこに混ざっている事に僅かな感慨が浮かび……俺は見事な桜を眺めつつ、口元に笑みを浮かべた。




宴会シーンは、妖々夢における各エンディングの設定を雑多に混ぜ合わせているので、ご了承ください。
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