旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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閑話・外界の伝説と旅人の裏話

 「わー、凄い! ホントに百発百中よ!」

 

 「だから言ったでしょ、学校ではかなり話題になってるって。噂だと女子だけじゃなく男子も結構来てるってよ」

 

 「と言う事ですが、実際どうなんでしょうか先生!」

 

 「はは……具体的な事は言えませんが、御贔屓にさせてもらっていますよ」

 

 

 とある商店街の中にある小型の東屋に、黄色い声が響く。

二人の女子高生が占いを受け、結果に歓声を上げているのだ。それに微笑みながら返すのは、きっちりとした黒スーツで装う『好青年』。

 

 

 「えー、良いじゃないですかあ。名前は分からないかもしれないですけど、どういう雰囲気の人が来てるとか」

 

 「これでも一応はお客様を相手にする仕事なので……勝手に言いふらしたりは出来ないんです」

 

 「ま、当然でしょ。ほら、先生を困らせたら次から占ってくれないかもよ」

 

 「そ、それは嫌だ……先生、お気を悪くしないでください!」

 

 「……あんた、喋る度に印象悪くしてるような気が」

 

 

 陽気な女子と冷静な女子の二人組は、占いに満足した様子で東屋を後にした。残るのは、占い師である好青年……田澤昴である。

 

 田澤が一息を吐く間もなく、東屋には新たな客がやってくる。

占い、客の悩みについて軽いアドバイスをし、その後また新たな客が現れる……この繰り返しは既に二時間近くも続けられており、その様子から田澤の評判は広まりつつある事が窺える。

 

 

 「……そろそろ、かな」

 

 

 東屋への客足が遠のく頃には、既に辺りは薄暗くなり始めていた。田澤は今日の営業を切り上げようと考え、用意していた飲料に口を付けつつ店じまいの準備を始める。

 

 

 「お、先生。そっちは終わりかい」

 

 「ええ、お先に失礼させていただきますね」

 

 「丁度良かった、ちょっとこっちに来てくれ先生」

 

 

 八百屋の店主が店仕舞いを始めた田澤に声をかけ、自分の店の前まで呼ぶ。

田澤が作業を止めて八百屋まで歩いていくと、店主は棚に残っていた水菜を差し出した。

 

 

 「帰るならこの水菜持っていってくれ。半端に余しちまってな」

 

 「それは有り難いですが……売り物でしょう?」

 

 「なーに、頑張ってくれてる先生に差し入れって事よ」

 

 

 田澤は一旦遠慮するが、店主の言葉に考えを改めたらしく。照れくさそうに笑いながら、差し出された水菜を受け取った。

 

 

 「それでは、頂きます。今日はおつまみを一品増やしてみますよ」

 

 「おお、そう言えば酒屋の大将が驚いてたぞ。親戚に随分と大酒飲みが多いんだって?」

 

 「そうなんですよ。一升瓶を二、三本も飲んで平気な顔をしているような酒豪が勢揃いしてますので、お土産も大変です」

 

 

 田澤の言葉に反応した店主が、『親戚』について問う。それに対して田澤は苦笑交じりに説明するが……これでも控えめな紹介だと言うのが恐ろしい所である。

 

 

 「かーっ、そんな飲んだら朝起きれねえよ。正月とか、大変だろう」

 

 「祝いの席は、凄いですね。本当に平気な人、後から記憶を無くす人、色々入り乱れてますし……」

 

 「先生は上手い事片付けに回って深酒を躱すタイプに見えるな。そうだろ?」

 

 「そこはご想像にお任せします、と言う事で」

 

 「お、意外にイケる口だったり……」

 

 

 店主の言葉は、突然吹いた突風に遮られた。大の大人達が一瞬体をふらつかせる程のそれは、二人の関心を引く。

 

 

 「春一番には、少し時期遅れですかね」

 

 「夏が近づいて低気圧がうんたら、って奴かも……お?」

 

 

 店主は不思議そうに辺りを見回し、その視線を一方で止め呟く。釣られて田澤をその方向に目を向けると。

 

 

 「む、以前の少女か」

 

 「なんだ、早苗ちゃんを知ってるのかい?」

 

 「え、ええ。少し前、占いを受けに来てくれた事が有りまして」

 

 

 そこに居たのは、僅かな神気を漂わせる緑髪の女子高生。田澤が以前、永きを生きた旅人としての立場で助言をした、現人神の少女である。

少女は中途半端に店仕舞いをしている東屋の前で所在なさげにうろうろしていた。恐らく、田澤に用事が有って訪れたのだろう。

 

 

 「神社の子って言っても、やっぱり先生の占いは気になる物なのかね」

 

 「……神社か、成程。あ、その神社の名前とか、祭神とか分かりますか?」

 

 「ん? あー、俺はその辺りまで詳しくなくてよ。……と言うより先生、あの子また占いをしてもらいたくて来たんじゃないかい?」

 

 

 どうやら店主は少女の事について田澤以上には詳しいらしい。

それでも知っているのは、名前と僅かな家庭環境。商店街に来る客、それも女子高生との交友関係ともなれば妥当な所だろう。

 

 

 「そうですね……別に今すぐ帰る必要は無いですし、あの子を占うくらいはしていきます」

 

 「お、そうか。それじゃ一旦水菜は預かっておくよ、野菜を持って占いってのも格好付かないだろ」

 

 「はは……お願いします」

 

 

 田澤は先程受け取った水菜を店主に返し、そのまま東屋へと引き返す。

少女は途中で田澤の気配に気が付き、目が合うと軽く会釈した。……しかし、その表情には微妙にふてくされた様子が見える。

 

 

 「お久しぶりですね。今日も居ないのかと思いました」

 

 「すいません、営業日は不定期な物でして。しかし今日会えたと言う事は、ようやく縁が結ばれたと言えるのでしょう」

 

 「縁って言葉で正当化しようとしてませんか、それ……まあ、いいです。今日こそは、貴方とゆっくりお話が出来るのですね」

 

 

 少女がふてくされていたのは、田澤と入れ違いになる事が有ったからのようだ。

田澤は困ったように笑いながら誤魔化すが、少女は溜め息で返す。しかし本当に気分を害していると言う訳でも無いらしく、少女は改めて田澤に向き直った。

 

 

 「ええ、そうなりますね。とは言え、そちらは大丈夫でしょうか? 門限とか、そう言った物が有ったりはしないのでしょうか」

 

 「ここで一時間も話し込むような事にならなければ大丈夫です」

 

 「そうですか、それなら時間に気を付けておけば良さそうですね」

 

 

 田澤は途中で終わっていた店仕舞いの準備を止め、営業中としての体裁を戻す。そのまま少女を東屋の中に誘導し、自らは占いを行う際の定位置に腰かけた。

 

 

 「……さて、それでは始めようか。まずは君も解決したい疑問が有るだろうから、一通り質問をしてくれて良い。勿論、すぐ本題に入っても構わないが」

 

 「や、やっぱりいきなり気配が変わりますね。え、えっと、それでは。幾つか、聞きたい事が有ります」

 

 

 田澤が単なる占い師としての仮面を外すと、少女は面食らったようにどもる。知っている事とは言え、二度目ではまだインパクトも大きいのだろう。

 

 

 「一つ目の質問です。貴方も、何か神様に仕えておられるのですか?」

 

 「……『も』、と言う事は。君は、神に仕える奇跡の代行者、と言う事なのだな」

 

 

 少女の質問に、田澤はごく親しい者以外には分からないような動揺を見せた。

言葉を選んだフリをして間を誤魔化した田澤は、逆に少女の素性へと見当を付ける。少女は自らの立場を見破られた事に目を丸くするが、気を取り直したように追及する。

 

 

 「確かにそうですけど……私の質問に答えてください」

 

 「超常の神秘を振るう立場ではある、とだけ。すまないが、この分野についてこれ以上の詮索はしないでくれ」

 

 

 田澤は苦し紛れな答えで返すのが精一杯。『正体』に触れる質問ともなれば、田澤もはっきりと明言は出来ないらしい。

 

 

 「……分かりました。それでは次の質問ですが、貴方はその神秘の力をどうやって維持しているのですか。

  以前の、お互いをテレポートさせた力なんて……今のこの世界で、そんな凄い力を使える人がまだ残っているとは思いませんでした」

 

 「どうやって、と言われてもな。休息を取れば回復する、そう言う物でしかないが」

 

 「そ、そうなんですか。私達とは随分仕組みが違うようで……」

 

 

 少女の次なる質問に、田澤はぶっきらぼうとも取れるような言い方で返す。しかし、これに関しては本当に答えた以上の理由は無いので、特別な意図が有っての物でも無いのだろう。

 

 

 「……君、隠す気が無いのかもしれないが、先程から自分の事情を少しずつ漏らしているぞ。大体の背景は分かってしまったが」

 

 「ええ!? で、では。私がどのような者なのか、当ててみてください」

 

 「神に仕え、その神秘を振るう奇跡の代行者。力の維持、そして俺の答えに対する反応も合わせて考えれば……仕える神共々、その奇跡は信仰を糧に発動する物か。

  感じる神気、そして今までに漏らした言葉も総合すると。君は未だにある程度の『力』を残した神の従者、現人神たる巫女。そうなると、君は信仰を失いつつある神の為、俺に相談をしに来ていると言う事になるな」

 

 

 田澤が複雑そうな表情で忠告すると、少女は慌てながら逆質問する。

それに対して田澤が長々とした言葉で考察を披露すると、少女は神妙な顔になって呟いた。

 

 

 「……本当に凄いですね。さっきはああ言いましたけど、私がここで貴方に会えたのは本当に何かの縁が有ったのかもしれません」

 

 「それは、俺の考えが間違っていないと判断して良いのだな」

 

 「はい。貴方の仰る通り、私はとある神に仕える現人神。役職としては、風祝です」

 

 

 田澤の確認に少女は大きく頷き、朗々と自らの立場を語る。自分の力、そしてその拠り所にかなりの自負が有るらしい。

 

 

 「風祝……成程。現代で現人神となれる訳だ。なら、君が心配している者はその『神』か」

 

 「そうなります。話が伝わるなら早いです、何か良い方法って無いのでしょうか」

 

 「俺が何か言って即解決、なんて事になるなら苦労は無いだろう……このご時世、新たに信仰を集めるのも一苦労だからな。あまり大々的にやれば、良からぬ印象も持たれるし」

 

 「ですよねえ……変な宗教に勧誘している、なんて言われたりすると悲しくなります。本当に、本当の神様なのに……」

 

 

 何やら少女には少女なりの悩みも有るらしい。田澤はそれに共感を覚えたのか、優しい調子でアドバイスを始めた。

 

 

 「とりあえず今すぐに出来る事は、君自身がその神を信じ続ける事だ。

  勿論、俺に言われなくともそのつもりだろうが……何があっても信仰し続ける、その心構えだけで君自身も救われる」

 

 「それは、まあ……当然です。私が信じなくてどうするんですか」

 

 「当然だからこそ、重要な事さ。何においても、これは優先される。

  ……その神の力になる、と言うだけでは無いぞ。君が神に仕える風祝である以上、その信仰は自らの力をも高める。その高まった力で起こす新たな奇跡によって『自分自身に』更なる信仰を生み……」

 

 「自分の中で、どんどん信仰を増やしていくと言う訳なのですか。まるで永久機関ですね」

 

 

 どこか実体験にすら思える程の真に迫った口調で、田澤は少女に助言。少女は目から鱗が落ちた、と言ったように感心する。

 

 

 「信仰に限らず、想いの力に際限は無い。そもそもが形而学的な概念なんだ、通常の物理法則に縛られはしないさ」

 

 「おお……なんかジーンと来ました、その言葉。ゲームか何かでも出てきそうな台詞ですね!」

 

 「ゲームって……いや、君が感動してくれるのは良いんだが。これを実行しないと意味は無いんだぞ」

 

 

 田澤の言葉は、少女にとって些か気障に過ぎたらしい。内容と言うよりも、言葉の上っ面にのみ感心が向いている風である。

 

 

 「分かってますよ、有り難く参考にさせて頂きます。……でも、貴方自身にも興味が湧いてきました。御名前を教えて頂けませんか?

  学校の友達も、ここの人達も、先生としか呼んでないようですけど……それだと何か他人行儀な気がします。せっかく秘密を打ち明け合ったんですから、この際名前も教え合いましょうよ」

 

 「俺って何か秘密を打ち明けたか……? まあ良い。俺は田澤昴、君の名前は?」

 

 「私は東風谷早苗と申します。守矢神社と言う所で、先程言った通り風祝をしております」

 

 

 少女は田澤の発言の内何かが琴線に触れたのか、嬉しそうな様子で自己紹介を提案する。それに答えて田澤が名乗ると、少女も笑いながら自らの名を田澤に伝えた。

 

 

 「祀っている神の名を聞くのは、野暮かね」

 

 「建前上は、タケミナカタと言う事になっています。本当は、ちょっと違うんですけど」

 

 「まあ……そこまで名の知られた神が、存在を危うくするレベルまで信仰を失う世の中は想像したくないな」

 

 「最近はよっぽど神話マニアの人でもないと、分かってくれませんよ? あ、でもゲームで神様の名前だけ知ってるって友達は増えてきたかな」

 

 「それは名前だけを引き継いだ別の神になってしまう危険性も隣り合わせだが、完全に忘却されるよりは良いのかもしれんな」

 

 

 田澤と早苗は神様談義に花を咲かせる。互いの話す内容は、絶妙に相手の興味を引く物だったらしく。二人の会話は途切れる事なく数十分も続いた。

 

 

 「……ふふ、本当に楽しいです。こういう会話が出来る人は周りに居ませんでしたから」

 

 「友人と共有できる内容では無いし、仕える神にはもっと言えない事か」

 

 「そうですね、良い意味で気安く話せる相手は貴重です。私の場合、他の趣味もあまり友達と合わないので」

 

 

 そんな中、嬉しそうとも切なそうとも取れる表情で呟く早苗。俯き、少し落ち込んだ様子を見せる早苗だったが、良い事を閃いたと言わんばかりに顔を上げる。

 

 

 「……そうだ! 田澤さん、私と同じく奇跡を振るう貴方なら共感してくれる筈です! ちょっと待っててくださいね」

 

 

 早苗は自分のバッグを漁り、とある雑誌を取り出す。田澤が何事かと視線を向けると、早苗は意気揚々と解説を始めた。

 

 

 「アトランティスにUFO、オーパーツにフリーメイソンと言ったメジャーなネタは勿論のこと、クロンベルク旅館やリジー・ボーデン・ハウス等の怪奇スポットも特集する、これ程有名なオカルト雑誌も無いでしょう!」

 

 「……君の趣味って、もしかして」

 

 「あ、別にこれだけが趣味って訳では無いですよ。他にもロボットアニメが好きですし、最近はリバイバル放送されてるドラマも見ますね」

 

 

 妙に生き生きしだした早苗に対し、田澤は何とも言えない愛想笑いで返した。

奇跡を振るうと言う事に共通点が存在する趣味なのかと疑問を抱いたらしい。それを口に出さないのは、田澤なりの気遣いなのか。

 

 

 「……最近のオカルトは、よく分からないな。何か、気を引かれた物は有るのかい?」

 

 「あ、やっぱり田澤さんもお好きですかー? ふふ、それなら私の一押しを教えてあげましょう。ちょうど、この雑誌にも特集記事が有るんです」

 

 

 田澤の質問に答える早苗の口調は、もはや馴れ馴れしいと言えるほどの物。よほど、この状況が楽しいようだ。

 

 

 「サン・ジェルマン伯爵伝説の亜種ともされる物ですが、通ならこっちを語れる方がクールなんですよ。その名も、『シュバルティア・ゾラ』伝説です!」

 

 「ふむ……聞いたことが無いな。ただサン・ジェルマン伝説の亜種ならば、それも不死身の者か」

 

 「ええ、数々の奇跡を起こしたと言う点でもほぼ同様です。ただし、彼のエピソードには面白い点が幾つも有るんですよ。

  まず、自分から不死身だと名乗ったと言う記録は無いんです。それでは何故不死身と言う伝説が有るかと言うと、明らかに同一人物を示す記録が数十年単位離れて何個も有るからなんです」

 

 「確かに珍しいな。その手の伝説は不死を騙る詐欺師の物も紛れているから、自分から名乗ると言うパターンが多い筈だが」

 

 「そう、そうですよね! そう言う突っ込みをしてくれる人を待ってたんです! 後はですね、これは後世の創作と言う意見も多いんですが、何と彼は妻と共に旅をしていたらしいんです。

  こちらの彼女も不老で、同じく奇跡を起こしたようですね。しかし、伝説の途中からこっちの方の記録はぱったり消えるんですよ。だからこそ、創作だったんじゃないかと言われるんですが」

 

 「妻が居たと言うのがどうであれ、周囲に女性の影が多少有ったのは事実なのだろうな」

 

 

 早苗が語るオカルトに、適度に相槌を打つ田澤。早苗は更に解説を続けようとして……今の時間に気付いたようだ。

 

 

 「実際どうだったんでしょうね。顔立ちは異国風でも言葉は流暢、立ち振る舞いも堂々とした物だったと言う事なんですが……って、時間がそろそろ危ないかも。

  す、すいません、急で悪いですけど私そろそろ帰ります。あ、その雑誌はもう読んだのでプレゼントしますよ。今度は時間を気にせずオカルトを語り合いましょうね!」

 

 「そ、それは何か違うのではないか?」

 

 

 早苗は嬉しそうに手を振りながら、慌ただしく東屋を出ていく。此処に来た当初の目的を忘れ去っているような言動に田澤は突っ込みを入れるも、その声が届く事は無かった。

 

 

 「……嵐のような少女だったな。正に風祝と言った所か」

 

 

 田澤はあっという間に帰った早苗に、苦笑を漏らしつつ一人で冗談をこぼす。

暫くそのまま余韻に浸っていた田澤だったが、ふと早苗が残していったオカルト雑誌をめくり始めた。

 

 

 「シュバルティア・ゾラ……これか。雑誌の性質からして鵜呑みにするのは気が引けるが」

 

 

 田澤も、この類の伝説に興味は有るらしい。それとも、『オカルト雑誌を読む』と言う行為自体に別の意味を見出しているのだろうか。

 

 

 「『名前は彼自身が名乗った物、もしくは常に黒衣で装っていた事に由来するとも』。

  『この伝説は西欧を中心とする物だが、我が国にも黒仙人が妖怪から村を救うと言う伝説が有り関係も噂される』。……いや、それは飛躍してるだろう」

 

 

 田澤は雑誌の記事を見ながら勝手な事を呟いていく。記事の内容を本気にせず、僅かな笑みを浮かべながら娯楽として楽しんでいた田澤だったが……とある文章に目を向けた途端、その動きが固まる。

 

 

 「『行動を共にしていた女性、妻とされる彼女は美しい青髪だったとされる』。

  『文献に残っている彼女の描写を総合すると、アジア系、特に古代中国の出身と考えられる』。……ん?」

 

 

 黒衣で装い、大昔の日本で村を救う。それに加えて西欧で『青髪の中国女性』と行動を共にし、奇跡を起こしていたと言う不死身の男。田澤は暫く無言で考え込み、やがてひきつった声で呟く。

 

 

 「シュバルティア・ゾラ……シュバル・ティアゾラ。シュバル・タゾラ、スバル・タゾラ……まさかな。単なる偶然の一致だろう、きっと……」

 

 

 妙に自分と符合する要素の多い伝説に、田澤は冷や汗を流しつつ気付かなかったフリをした。

たとえ伝説と言う不確実な形であれ、自分の行いが後世にまで語り継がれているのは気恥ずかしい物が有るらしい。

 

 

 「……それに、件の『青髪の女性』と夫婦呼ばわりとは。何だか、想像するだけで妙な寒気が」

 

 

 田澤の脳裏に浮かぶのは、かつての弟子でもある邪仙の姿。その女性と自らを伝説が語る所の関係に当てはめて、田澤は表情を複雑にする。

 

 

 「まあ、伝説はあくまで伝説だ。後はもう、何も考えないでおこう……」

 

 

 結局田澤は逃避的に悩みを先送りにした。とは言え、広まってしまった伝説を消すなど容易な事では無い。

今更どう対応しようと意味が無いと言う点では、考えるだけ無駄との結論も間違いでは無いのかもしれない。

 

 田澤はやけに疲れた様子で手早く店仕舞いを完了させた。

再び好青年の仮面を被り直した田澤は、八百屋の店主から差し入れである水菜を受け取り駐車場へと戻る。

 

 

 「今日の稼ぎは……ふむ、いつも通りと言った所だな。そろそろ貯金も良い具合か」

 

 

 車に入った田澤は占い稼業で得た利益を計算し、満足そうに呟いた。そのまま更に考えを

巡らせ、今後の予定を立てていく。

 

 

 「旅行に必要な分は貯まったから、後は八雲に了承を取らないとな。流石に妹紅まで連れていくとなると、事前に必要な事も多いし……」

 

 

 どうやら田澤の貯金は、以前に妹紅と口約束のような形で計画された富士山旅行へ使われるらしい。尤も、最大の問題は金銭面以外の場所に有るのかもしれないが。

 

 

 「後は……俺自身の遠出にも使ってみるかね。幻想郷でのキャンプ生活は十分に堪能したし、こっちでのテント泊も面白いかもしれん」

 

 

 続けて単身での旅行にも意欲を見せる田澤。幻想郷で自宅を建てたと言うのに再びキャンプ生活を計画する辺り、良くも悪くもやはり『旅人』なのだろう。

 

 

 「近い所で行けば守矢神社と言うのも気になるが……東風谷に呼ばれるまでは、自分から出向いていかないのがマナーだろうな」

 

 

 そして、田澤はつい先程知った『守矢神社』にも意識を向ける。

早苗の口振りから個人としての人格を持った神が実際に存在すると分かった以上、興味は湧くらしい。しかし田澤は、自分の好奇心と自重を天秤にかけ今回は保留を選択したようだ。

 

 

 「……今確認しておく事はこのくらいか。そうしっかりと目的が有る訳でもないしな」

 

 

 田澤は最後にそう呟くと、独り言を止める。車を走らせた田澤は、駐車場から出て一路町外れへ。

元々人気が少ない地域、鬱蒼とした森が広がる山間まで移動した田澤は、そこで更に人払いと認識阻害の魔法を念入りに使用。周囲から完全に人目が消えた事を確認した上で、トンネルの中に『扉』を開き、車ごとその中に突っ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これでよし、と」

 

 

 外界から消えた田澤の姿は、『扉』から繋がる異空間の中にあった。

灰まみれの瓦礫と墓標が無数に散らばるこの場所には、元々田澤の持ち物が雑多に並んでいるのだが……最近はそこに黒のセダンも追加されたらしい。崩壊した城のような建造物の眼下に置かれた車は、かなり奇妙である。

 

 

 「餅はまだまだ残って……いや、西行寺に出す事を考えると足りないかもしれんな。今のうちに作っておこう」

 

 

 車を降りた田澤は近くに置かれていた餅の容器に目を向け酷く場違いな事を呟き、そのまま餅作りの準備を始めた。

一面に瓦礫が広がる世界で臼に蒸した米を置き、杵を持ち出すスーツ姿の男はもはや奇妙を通り越して前衛芸術の様相である。

 

 しかし当の本人はその事に気付いていないのか、あるいは気付いていても自分一人だからと無視しているのか。

例え妖怪の賢者であろうと思考停止に陥り、新聞記者であれば訳も分からずシャッターを切るような光景の中、田澤は臼に向かって杵を振り下ろし始めるのであった。

 




次回からは萃夢想の時系列に入る事になりますので、よろしくお願いします。
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