西行寺の起こした異変の影響もすっかり消えた幻想郷。ようやく季節は春を迎える……事はなく、既に梅雨明けの気候である。
尤も、全く春の気配が無かったかと言うとそうではなく。博麗神社での酒盛り以降も、多少は花見らしき事が出来たのだが……落ち着いて楽しむ間もなく過ぎたのは確かである。
「今年は桜見が少ししか楽しめなくて残念だったね。異変だから、早く解決しなかった私達も悪いと言えばそうなんだけどさ」
「うむ……最初は単に冬が長引いているだけかと思ってしまったからな」
そんなある日の事。身の回りに余裕が出来た俺は、妹紅を連れて自宅へと歩を進めていた。八雲は例外として、初めて他人を家に招く事になる。
これは、最初に伝えて招くなら妹紅だろうと言う判断による物だ。他にも親しい者は居るし、いつかは全員に教えたいが、長年の付き合いがある妹紅が無意識的にも優先された。
「へえ……これが田澤の家か。飾り気は無いけどしっかりしてるね」
「豪奢な作りにする技術も趣味も無かったからな。とは言え、俺が自宅に求めていた機能は全て持たせる事が出来たから満足だ」
人里の片隅まで歩き、自宅の前に到着した。妹紅は感心したように呟き、その表情を楽し気な物とする。
「なんだか結界に似たような、妙にねじれた空間が出来てるけど……これも田澤の求めた機能?」
「その通り。まあ、それは少し後に説明させてくれ。出来れば、実物を先に見せたいんだ」
妹紅も流石に鋭く、詳細を見破るまでにはいかずとも、空間干渉が引き起こされている事にこの段階で気付いた。
弟子の成長と言う物に俺も嬉しくなりながら、妹紅を家の中へ案内する。……何だか不思議な気分だ、妹紅を連れて『自宅』に入ると言うのも。今までは俺が妹紅の家に行ったり、更に遡れば互いにテント生活だったからなあ。
玄関に入り少し周囲を見回した妹紅は、面白そうに笑いながら俺をからかってくる。
「あんまり家具は置いてないんだね。田澤らしいけどさ」
「らしいって……俺にどういう印象を持っているのだ」
「どういうも何も、田澤はあまり周囲に物を置かないでしょ。一緒に旅をしてた時も、荷物は全部『扉』の中に放り込んでたしさ」
「……否定は出来んな」
否定出来ないどころか、完全に事実である。デメリットがほぼ皆無な上に容量は無限、どこでも使えて、おまけに分類すら必要ない。本来の用途からはかけ離れているが、これ程楽な収納スペースも無い。
「机や椅子は別としても、タンスとか本棚とかは置くだけ無駄だもんね。靴箱すら無いのは少し驚いたけど」
「俺にとって、家は荷物置き場では無いんだよ。静かに過ぎゆく時間を優雅に楽しむ場所なのだ」
「その優雅に楽しむ時間を今日は共有してくれるって訳だね。ふふっ、ありがとう」
そう言って、妹紅は綺麗に笑う。……こう、不意打ちのように純粋な笑みを見せられると俺としては動揺する。
何だか最近、妹紅と過ごしていると時折ドキッとしてしまう事が増えてきた。俺を見た目通りの若者とし、妹紅を一番親しい異性とすれば分からなくもない意識ではあるが……『俺』が今更そんな純朴な反応を見せるようになるとは、一体どういう事だろうか。
込み上げてきた恥ずかしさを誤魔化す為、俺は意識して気障な言葉を返す。
「妹紅とは秘密も共有している仲だからな。俺としても、一緒に居て心安らぐ相手だと思っているよ」
「あ、急にそういう風に言い出すって事は……田澤、照れたんだね?」
しかし、赤面する妹紅を狙った俺の言葉は期待通りの効果を見せず。そればかりか、何故か俺の内心にまで見当を付けられてしまった。
「田澤は照れたりすると、私の方も恥ずかしがらせて誤魔化そうとするからね。そう言う意地っ張りな所、可愛いと思うよ」
「……君は最近、可愛げがなくなってきたな」
どうやら、この手法は既に明らかになっていたようだ。先ほどとは意味の違う笑みを浮かべて俺を上目づかいに見る妹紅へ、苦し紛れの台詞を吐く。
「ふふ、ごめんね。でも、私だって田澤の事を見てるんだ。いつまでも子ども扱いされてばかりじゃないよ」
ふむ。軽んじているつもりは全く無いが、仮にも師匠と言う事で無意識に上からの目線で触れている部分は有ったかもしれない。
一見関係の無いように見える先程の反撃だが、対等の立場として見て欲しいと言うアピールでも有るのかもしれん。……意識するとそれこそ恥ずかしくなるが、真摯に対応しなくてはなるまい。
「……正直、一番に弟子として見てしまうと言う所は否定できないが。一人の女性として付き合えるよう、努力する」
「な、何だか『一人の女性』って言われると、それはそれで段階を飛ばしたような気になるけど……そうだね。そう見てくれると、嬉しい」
……なんで妹紅と二人っきりになるとこう、むず痒いと言うか、我ながら初々しいと言うか、そんな方向に話が進むのだろう。
先程も考えた疑問を再び思い浮かべつつ、気持ちを取り直し改めて家の説明を開始する。
「とりあえず、内装や部屋その物に関しては特に言うべき事はない。
基本的な居住空間……と言っても、人里のそれと比べれば差異も有るな。まあ、調理場や作業スペース、寛ぐ部屋に風呂とか、それらを揃えているよ」
「お風呂? 水を溜め込んでる様子は無かったけど……って、田澤の家だしね」
「魔法でどうにでもなる、と言う事だな。後は来客との対応も考えているから、客間や応接室はそれなりに広く作ってある」
「田澤を訪ねて歩き回る人達も稀に居たね、そう言えば」
「……稀って言うなよ」
我が家の基本的な構造や機能を説明すると、妹紅は今気付いたと言った様子で呟く。しかしその内容はナチュラルに俺の意気を消沈させる物であり、思わず顔が引きつってしまう。
俺が家を建てた理由としては、用件が有る人との窓口になるだろうとの考えも大きいので、そこを否定されると前提から無意味のようになる。更には俺の交友関係がとても狭いようにも聞こえてくるので、止めて欲しい。
「せ、説明を続けるぞ。次は、俺がこの家に持たせた最重要な機能についてだ」
「それってもしかして、さっきの空間のねじれ?」
「ああ。着いて来てくれ、驚いてくれると思う」
無理矢理話題を戻した俺は、妹紅を人里側の玄関から見た『裏口』へ案内する。
以前の八雲の時もそうだったが、妹紅も先程の玄関とそう変わらない出入口が有る事に疑問を持ったようだ。
「裏口にしては、かなりしっかりした感じだけど……外の世界の家も、こんな造りだったりするの?」
「皆無と言う訳では無いだろうが、裏口を玄関と同じ規模で作ると言うのは外界でも珍しいと思う。まあ、これはそもそも裏口では無いんだ」
「それってどういう……わあ」
『裏口』の扉を開けると、そこに広がるのは緑豊かな自然の姿。妹紅も流石に予想していなかったようで、目を大きく開けて感嘆の声を漏らす。
「ちなみに『此処』は妖怪の山の付近だ。人里側の玄関は人間が、山側の玄関は妖怪が入りやすいようにしている。この区分はあまり意味が無さそうだとも、最近思い始めたが」
「ちょ、ちょっと待って。今頭の中を整理するから…… えっと、家ごと空間転移したって事?」
「家の中に主観を置けば、見かけ上はそうだな。実際は少し違うが……詳しく説明しても大丈夫か」
さらっと流してしまったが、妹紅にはとても分かりづらい解説になってしまったようだ。
以前の八雲はほぼ完全に仕組みまで理解してしまったから、ついその時と同じように説明してしまったが……アレは八雲が特別だっただけで、普通はもっと言葉を重ねないと伝わらないだろうと今更気付く。
とは言え、あまり興味が湧かないのであれば詳しく説明しても申し訳ないので、妹紅に確認を取ってみる。
「だ、大丈夫だよ。うん、頑張って理解する」
「そうか……大まかに言えば、二つの家の空間を重ね合わせているんだ。外から見れば一目瞭然だが、俺の家は人里と山の付近、両方に建っている」
「この建物と同じ物が、山の近くにも建ってるんだね」
「……うーん。『この建物』と言う表現についてだが、両方とも同一存在なんだ。
これは説明が難しいが、敢えて言うならば……家その物は俺の『扉』と同じように異空間に繋がる裂け目、家の中は繋がった異空間と考えてもらっても良いかもしれない」
「何となく分かったかも。家って事で先入観が有ったけど、田澤の家は建物って言うより結界が本質なんだね」
「確かにそうなる。参考にしたのも、博麗神社の仕組みだからな」
「あ、最初からそう言ってくれればもっと分かりやすかったかな。要するに、幻想郷の博麗神社と外界の博麗神社みたいな感じで、人里の家と山側の家って境を作ってる訳だ」
最初はあやふやだったようだが、少しの説明で概ねの事を理解した妹紅。
流石に長年の経験は伊達じゃないと言う所か。……俺や周りの妖怪達の年齢もアレなので考えが回らなかったが、普通に考えて千年以上経験を積んだ術師とか凄まじいと言う言葉でも収まらない程の存在だしなあ。
「一か所にしか家を建てないとなると、俺の行動範囲的には不便でも有るし。だからと言って常駐しない建物を無駄に点在させても迷惑だろうから、こういう形を取った」
「正直、邪魔になるだろうしね」
今の所、山に用事が有る訳では無いので扉を閉める。そのままリビングまで戻り、互いに机を挟んだ対面の椅子に腰かけた。
「家に関して教えておく事はこれくらいだな。これから幻想郷に居る時で、出歩いていない時は意識して此処に居るようにするよ」
「それは助かるよ、事前の連絡が無いと田澤に会えない事って結構多かったし」
「……妹紅に限らず、俺の都合で勝手に会いに行くって感じだったからな」
「私は田澤が来てくれたら出来る限り予定を開けるようにしてるけど、どうしても外せない用事とかも有るからね」
今までは俺の気が向いたときに友人を訪ねていくと言うスタンスで、相手側の都合は考慮していない自分勝手な形だった。
その際に相手の都合が悪ければ縁が無かったのだろうと考えて、素直に別の場所へ移動していたが……風見の件が良い例で、相手の方が俺に都合を聞きたいと言う状況も有るだろう。
それを解消する為にも、家を建てるのは必要な事だったのだ。
「さて、話は変わるが。妹紅、外界に出て富士山に行く計画、いよいよ形が見えて来たぞ」
「あ、本当に? ここまで長かったなあ」
「済まないな。せっかく外界にまで出て旅行をするのだから、しっかり観光が出来るように色々と準備をしていたのだ」
「準備? それって前にも言ってた、八雲に許可を取るとか?」
「いや、どちらかと言うと旅行その物に関してだな。具体的には、資金調達だ」
「……あー。馬車を取るにしても、道中の宿を取るにしても、幻想郷の通貨は流石に持ち込めないよね。
と言うか田澤、何をしてお金を稼いでたの? 外界から妖怪が殆ど消えたんだったら妖怪退治屋は出来ないよね。まさか餅売りの出店でもやってたとか」
「魔法を使って、ほんの少しだけ精度の高い占いをやっていたよ。まあ、ト術と言えば概ね間違わずに伝わるか」
……ふむ、しかし、出店か。一定位置に留まらない事も不自然ではないし、旅行を兼ねて動く際はそれも良い手法かもしれん。
問題は同業者との兼ね合いだが、それに関してもいざとなれば誤魔化しは容易だ。占いを主とすれば、大金を稼ぐ必要もそれほど無い。
「ト術で、ねえ。田澤って本当に器用だなあ……」
「これに関しては妹紅も、今から数ヶ月もかければかなり精確な占いが出来るようになると思うが」
たった今の時点でも、妹紅の持つ知識や技術なら陰陽五行説を応用した相性占いくらいは非常に高いレベルで行える筈だ。単純に、自分も出来ると言う事に気付いていないだけだろう。
「って、ずれ始めたな。話を戻すが、外界に適応した方式で旅行を行えるだけの資金は集まった。
妹紅の都合が付くのであれば、日時を教えてくれ。俺もそこに予定を合わせよう。……ただ、外界での注意点に関しても予め教えておきたい。出来ればあまり直近にはしないでくれると助かる」
「ああ、そうだよね。流石に外界で問題を起こせば八雲も怒るだろうし……田澤に迷惑をかけないためにも、しっかり覚えておかないと」
これに関しては疎かにしてはいけない所だろう。本当にどうしようもなくなれば精神操作等も使えるとは言え、そのような事態を回避するように努力した方が建設的である。
幻想郷は外界で言う明治時代には博麗大結界によって完全に隔離されたらしいし、妹紅の言動から見ても今の外界に関する知識はかなり薄いと判断するべきだろう。せっかくの外界旅行を心置きなく楽しんでもらう為にも、ある程度の知識と振る舞い方は教えておく必要が有る。
「私は今日明日と特に予定は無いし……田澤さえ良ければ、今から教えてもらえれば」
妹紅がそこまで言った時、『人里側』の戸が叩かれた。何やら尋ね人は力いっぱい叩いているらしく、その音はかなり大きい響きを伴っている。
俺と妹紅は顔を見合わせ、互いに首を傾げながらも玄関に向かい戸を開けた。
「仙人、魔法使い、田澤昴の家は此処だ。どうかしたのだろうか、何か用事でも……って」
「す、萃香!?」
「おー。本当にここは昴の家だったんだ。妹紅と一緒に出てきたって事は、お邪魔しちゃったかねえ」
てっきり俺は人里の人間かと思って応対したのだが、扉の向こうに立っていたのは伊吹だった。
伊吹は俺のすぐ後ろで素っ頓狂な声を上げた妹紅を見て、からかいの言葉をかけてくる。確かに誤解を招く状況かもしれないので、それとなく事実を教えておく。
「少し打ち合わせる事が有ってな。確かに話し合いは途中で止まってしまったが、邪魔と言う程でも無い。それより、君の方こそ何か用事が有るんじゃないか」
「ん、そうだった。用事って言うほど具体的な物でも無いんだけどさ、聞いてほしい愚痴が有るんだよ」
「愚痴? まあ、私は良いけど……以前の山の時は、お世話になってるからね」
「俺も異存は無いぞ。むしろ君に感謝の気持ちで外界の酒を用意していたから、ここで会えて助かったくらいだ」
伊吹は何やら気落ちしたような表情で俺達にぼやく。俺も妹紅も以前に伊吹には頭が上がらないような助けを受けている為、快くその言葉を受け入れる。
「ああ、お酒かあ……うーん、嬉しいけど今は余計にやるせなくなるなあ」
「ちょっと、大丈夫? あんたが酒をもらって喜ばないなんて天変地異の前触れみたいな物じゃないか」
「……妹紅の言い分は大げさだとしても、俺も気になるぞ。本当に、何が有ったんだ?」
俺が口にした、酒と言う言葉にも芳しい反応を見せない伊吹。妹紅はまるで重病人を気遣うかのような素振りで伊吹に触れ、俺も内心でかなりの衝撃を受ける。
鬼と言う種族上、そして本人の性質的にも相当な酒好きである伊吹が、酒と聞いてやるせない等と言うとは到底信じがたい状況である。これは果たして、愚痴と言う段階に収まる悩みなのだろうか。
「何が有ったか、って言うと単純なんだけどさあ。ほら、今年って冬が異常に長引いて、やっと落ち着いて春が来たかと思えばあっという間に過ぎていったじゃない。
夜桜見物と洒落込みながら酒が飲めるって楽しみにしてたんだけど、こんなあんまりな季節の流れが悔しくて悔しくて。あまりの悲しみに酒も数升ほどしか喉を通らないくらいだよ」
「十分飲んでるんじゃ……ああ、君からすればとんでもない事態か」
俺であれば数升も飲めば、魔力による強制的な酔い覚ましが必須となる状況に陥ってしまう。しかし伊吹ならば升と言う単位は酒を飲む際の最低単位くらいの物なのだろう。
……改めて数量を考えると末恐ろしいな。鬼の方よりは飲めないと標榜する射命丸でさえ、宴会の時には一人で樽を空にするくらいの酒豪だし。文字通りの意味で人間業では無い。
「そ、その悲しみには同情するけどさあ。私達でも、それこそ愚痴を聞く事くらいしか出来ないよ」
「愚痴さえ聞いてくれれば良いんだよ……一人で飲むのは寂しいから、二人を誘いに来たって言うのも有るんだけどね」
「あ、一応飲むつもりでは有るんだ」
「そりゃそうだよ、飲むのもやるせないけど、飲まなきゃもっとやってられないもん」
「何とも見事な酒狂いの台詞だ……」
何だかんだと言いつつも、伊吹は酒を飲みに来たようだ。尤も、自棄酒を煽ると言う普段の伊吹からは想像もつかない理由のようだが……それで気が紛れるのなら、俺は快く付き合おう。
「……んー? 萃香だって、地上に知り合いは居るんじゃないの? 私達の他にも、それこそ山の妖怪とかさ」
「ああ、天狗とか河童とか? それも考えたんだけどさ、あいつらが委縮しちゃうかなと思ってねえ。建前上、今でも私はあいつらの上司だし」
妹紅は伊吹に対して山の妖怪との交友関係について問うが、彼女なりにそちらへ行く事を躊躇う理由が有ったらしい。
前回のような明確な目的が有る時ならまだしも、単に愚痴を吐き出すだけの為にかつての部下に絡みに行くのはプライド的にも許さないのだろう。
「俺達は一応その類のしがらみは無い関係だからな。まあ、気楽に楽しもう」
「そうさせてもらうよ、昴」
「……うーん」
俺は意識して明るい振る舞いをし、伊吹を励ます。そんな中、頬に手を当てながら何かを考え込んでいた妹紅がふと呟く。
「夜桜見物は来年を待たないといけないけどさ。一人で飲むのが寂しいなら、宴会でも開けば良かったんじゃ? 人集めなんて、萃香の得意分野でしょ」
「……あっ!? た、確かに、何でそんな簡単な事を思いつかなかったんだろ」
「前の時は世話にもなったし、宴会の数合わせくらいなら協力出来るよ。萃香だって、『しがらみの無い関係』が私達だけだってのは困るんじゃない?」
妹紅の提案はどうやら、自分で宴会を開けと言うある意味単純極まりない物のようだ。
しかし地上での知り合いはそれこそ山の妖怪が大部分だろうに、いきなりそれは難度が高いのではないだろうか。
「人集めが得意分野とはどういう事だ? 地上での知り合いと言ってもそれこそ山の妖怪が大部分だろうに、得意と言っても限度が有るのでは」
「あれ、田澤も私の能力って知ってるよね。密と疎を操れば、妹紅の言う通り人集めなんて思いのままさ」
「何? 君の能力って、物理的な事柄にのみ作用する物では無かったのか」
「どういう考えで言ってるか分からないけど、十分物理的じゃん。人を萃める、要するに『宴会に人を密にする』だけだからね」
「……そんな言葉遊びみたいな理屈で応用が利くのか」
俺が今までに見た伊吹個人の能力は、自らを拡散させて霧にしたりと言うくらいの物。
密と疎と言うのは、あくまで『物体』のみにしか適用されないのだと思い込んでいたが……ある種概念的な部分まで範囲内とは、中々に凄まじい物である。
「まあ、君が望むのならば協力するぞ。先程も言った通り、前回の恩を返さなくてはと思っていた所だしな」
「お、助かるねえ。私の方こそ感謝するよ」
「協力するって言っても、萃香が人を集めれば後は……田澤がおつまみを用意するくらい? 私が力を貸せる物って何か有るかな」
「そんなの深く悩まないで良いよ、協力するって言ってくれた事自体が嬉しい。
宴会に参加してくれればそれで十分さ。ま、どうしても気になるって言うなら、何か場を盛り上げる芸の一つや二つしてくれると有り難いけど」
妹紅も伊吹への協力には積極的である。むしろそのせいで自分に何が出来るのかと考え込んでしまったが、伊吹が笑いながら励ます。
「それじゃあ……早速準備に取り掛かろうかね」
「君も気合が入っているな。行う場所と言うか、集める人員に見当は付いているのか?」
「地上に上がってきてから、霧になって色々幻想郷を見回ってきたけど。その中で、最近面白いと感じた連中を集めようかな。
ただ、幾ら私の力でもそいつらに全く関連の無い場所に集めれば警戒はされちゃう。だから全員を関連の有る場所に、後は私は姿を見せないでいようかと思う」
「姿を見せないって、霧のままで宴会を見てるの? お酒も飲めないしおつまみも食べられないんじゃ」
「いや、霧のままでもやろうと思えば飲み食いできるよ。それに、いつもの宴会と思ってた所で誰も知らない妖怪がいきなり音頭を取ったら怪し過ぎる」
「賑やかに騒ぐ皆を見て、楽しむと言う訳か。君がそれで良いならば、その要望に沿うよう努力しよう。所で、集めたい場所と連中とは?」
伊吹はこの短時間で凡その計画を立てたらしい。余程楽しい宴会に飢えていたのだろうと微妙に可哀想に思いつつも、その詳細を聞いてみる。
「場所は博麗神社。二人とも流石に知らないって事は無いよね? 集める連中は、そこの巫女が最近の異変で蹴散らした妖怪とかが中心かな」
「……そ、そうか。確かに、彼女らにとっては普段の宴会の延長線上になるだろうな」
どうやら、伊吹の開きたい宴会とは主に博麗神社で行われている物と大差ない催しになりそうである。
となると、最近面白いと感じた連中とは異変に関わった者と言い換える事も出来そうだ。気持ちは分からなくもない。
……博麗神社の宴会について考えると。元々幻想郷には揉め事が起こっても酒を飲んで水に流すと言う風潮が有るとは言え、曲がりなりにも敵対した相手と何度も何度も宴会を開いているのは面白い。
前回の西行寺が起こした異変においては、解決したのは十六夜だと言うのに何故かその交流が霊夢にまで及んでいるのだ。そして今回、少し違った形とは言え伊吹も参加する事になると考えれば……人妖問わず引き付ける、不思議な才能と言うか魅力と言うか。
今回、本当に『人を集める』のは果たして伊吹なのだろうか。
「私は良く知らないけど、田澤から聞く分には事あるごとに宴会してるみたいだね」
「そうなんだよ、人間も妖怪も亡霊も一緒になって騒いでる宴会が何度も何度も有るんだから。あれほど混ざりたくてしょうがない宴会も無いねえ」
ふと気が付くと、妹紅と伊吹が会話をしていた。どうやら俺の意識が思考に集中していた事には気付かれていないらしい。
微妙に申し訳なくなりつつも、さもこれまでの話を聞いていた風な体で復帰する。
「俺達はその宴会に普通に参加して、適度に場を盛り上げるだけで良いのだろうか」
「うん、そうだね。うんと賑やかにしておくれよ。……人と妖が共に笑って酒を酌み交わす、そんな喧騒が地の底にまで届くと良いな」
「萃香……」
俺の確認に対して、伊吹はどこかしんみりとした表情で呟いた。
伊吹にとって、博麗神社の宴会は単に自分が参加するだけでなく、地底の同胞にも知らせたい物らしい。更に言えば、呼び戻したいと言う意図も有るのだろうか。
……正直、その辺りの事情は俺にはよく分からない。無粋な事を言えば、地底の妖怪が大挙して地上に戻ってくれば大変な騒ぎにもなる筈だ。しかし、それはこの際置いておく事にしよう。あるべき姿に落ちつき、決して悪い事にはならない。何故か、そんな確信が有るのだ。
「任せてくれ。あまり大々的にやるとそれこそ怪しく見られるだろうが……ギリギリの範囲まで盛大にしてみよう」
「昴……ありがとう!」
「勿論、私も精一杯やるよ。実を言うと、宴会芸なら『捨て身』のとっておきが有るんだ」
「捨て身か……妹紅がそこまで滅私に努めるならば、俺も恥を捨てていかなければなるまい」
「……恥? 田澤、何か勘違いしているような」
妹紅はどうやら伊吹の為に全力を尽くす意気込みで居るらしい。ならば俺も変に恥ずかしがっている場合では無い、下品にならない程度に道化役を買って出ようじゃないか。
「生憎今すぐには思いつかないが、宴会が始まるまでには必ず何か考えておく」
「……二人のような人間と交友を持てたのは私にとって本当に有り難い事だよ。精神的な面も勿論そうだけど、二人は私達鬼を忘れないでいてくれるからねえ」
「そりゃあんたの事なんて忘れたくても……って、そうか。私達は、死なないからね」
「そう。他の人間は、世代が移る度に私達の事を忘れていく。私達が地上を離れたって言うのが一番の理由では有るんだけど、今では鬼の存在自体がお伽噺さ」
「……気に病むな。今回の宴会で、俺達以外の人間にもその存在を知らしめれば良い。鬼の実在に、伊吹の存在に気付くまで、何度も何度も繰り返せば良いのだ」
「……気が楽になったよ。昴の言う通り、我ら鬼の名が再び轟くまで、何回でも人を萃めよう」
僅かに憂いを帯びた表情になった伊吹を励ます。俺の協力で古くからの友を導けるなら……それはとても嬉しい事だ。心から、そう思う。
「それなら、宴会はいつから始めるの? 繰り返すとは言っても連日連夜ぶっ続けってわけには行かないし。
一回や二回で全員が気付くとは考えにくい以上、期間はそれなりに長く見積もる必要が有ると思うんだけど」
「時間はたっぷり有るけど、だからと言って先延ばしにする理由も必要も無いしねえ。
うん、早速今日の夜から始めようかな。まあ、二人に何か用事が有るならまずはそっちを済ませてからで良いよ」
「少なくとも俺に差し迫った用事は無い。妹紅はどうだ?」
「私? うーん、夜にやるんだったら寺子屋とも両立出来るから、問題は無いよ」
「よし! 良いね良いね、早速わくわくしてきちゃったよ。それじゃあ、早速人を萃めておくかな。
多分、私の能力に影響された誰かがその内呼びに来るだろうから……夜になったら、博麗神社でまた会おう!」
そう言うと、伊吹はたちまち霧へと姿を変え、俺達の前から去って行った。言葉通り、『人集め』に行ったのだろう。伊吹の口振りから推測すると、人集めとは一種の精神干渉になるようだ。
……物理的に引力を発生させて各地から面子を集めるなどと言う間抜けな光景が一瞬思い浮かび、妙な笑いを溢してしまう。咄嗟に咳払いで誤魔化し、妹紅に向き直る。
「……暫くは、外界旅行に関するアレコレはお預けかね」
「仕方ないよ、もともと萃香がこの機会を作ってくれたような物なんだし。その恩人を無視したら、仇で返してるような物だ」
「俺もそう思う。まあ、旅行前の景気づけと言う事で……ここで羽目を外すのも一興かもな」
あくまで伊吹の願いを叶える事が前提だが、それでも俺達が楽しんではいけないと言う道理は無い。そもそも、俺達が楽しむ事こそ伊吹の願いに通じる筈だ。
俺と妹紅は互いに笑いあって……暫くの間は忙しくなりそうな宴会、その為の準備を始めるべく各々に『作戦』を練り始めた。