俺と妹紅は一通りの計画を立てた後、一旦家を出て人里を出歩いてみる事にした。
伊吹は『誰かが呼びに来る筈』と言っていたが、そもそも現時点で俺の家を知っている者はほぼ皆無と言ってよい。妹紅と伊吹を除外すると後はもう八雲しか居ないので、実質的に誰も来ないと考えるべきだ。
それならば、それとなく人里を出歩き人目を引く方がまだ可能性も高いと言う物だろう。どうしても声をかけられなければ、自分達で偶然を装い博麗神社へ向かえば良いのだし。
「お、こんな所で会えるとは私も運が良いぜ。田澤、酒を用意してくれ」
「……いきなりなんだ、藪から棒に」
果たして俺達の狙いは、いとも容易く達成された。空から唐突に現れた魔理沙が、俺の顔を見るなり酒を要求してきたのだ。
……狙っていた事とは言え、何だかこうまで話が上手く行くと妙な気分になる。これも、伊吹が『人を集めた』影響なのだろうか。
「あんたの酒が必要な時点で分かるだろ、今日の夜は宴会をするんだよ」
「宴会って……なんでまた?」
「そんなもん、飲みたくなったからに決まってるぜ。珍しく霊夢も乗り気だったし、大勢集めて盛大にやるつもりだ。妹紅も来いよ、人は多い方が賑やかで良い」
魔理沙以上に事情を把握しているが、あえて惚けて反応を見る俺と妹紅。
そんな俺達を不審に思う素振りもなく、魔理沙は垢抜けた笑みを浮かべて宴会に招待してくる。微妙に罪悪感を覚えつつ、俺は予め決めていた小芝居を打つ。
「俺は別に構わないが。妹紅はどうする」
「うーん。まあ、行ってみれば意外に楽しいかもね。私も参加するよ」
「よし、酒と二人の参加は確保されたぜ。それじゃあ先に博麗神社に行っててくれ、私はもう少し誘う奴等が居るんでな」
参加の意思を伝えると、あっさりと俺達から離れて飛び立っていく魔理沙。突然現れて、突然去っていくその姿に些かの苦笑が漏れる。
「……忙しい少女だな。確かに、あれ以上俺達と会話する必要も無かっただろうが」
「もし私達が何の事情も知らなければ面食らってる所だよね。あれ、もしかしてもう少し慌てて見せた方が良かったのかな」
「別にそこまで深く考えなくても良いだろう、そのせいでわざとらしくなっては元も子もない」
向こうも怪しんで俺達を見ている訳ではない、自然に振る舞うのが一番だろう。ここで凝った演技をした所で、特に何かメリットが有る訳でも無い。
「とりあえず、言われた通り先に行って待っていよう。盛大にやるのだから、俺達も向こうで準備をしなければな」
「そうだね。博麗の巫女だけに任せるのは流石に気が引けるし」
宴会で行う事の予定は既に立て終えているし、後は実地での用意を残すのみ。
それとは別に、単純に会場設営の準備も手伝わなければいけないだろう。向こうは知らないにしろ、俺達が今回の件を誘導したような物なのだ。放っておくのは後ろめたい。
俺と妹紅は今頃準備に追われているであろう霊夢を手助けするべく、人里を後にして博麗神社へと飛んだ。
「これでよし、っと。感謝するわ、まさか宴会の用意を手伝ってくれる奴が居るなんて……ちょっとした感動よ」
「今までの宴会は霊夢一人で準備していたって事? あいつら勝手だなあ……」
「でしょう? おまけに後片付けまで私の仕事なのよ、幾ら私の神社とは言えもう少し気を使いなさいよと言いたくなるわ。まあ、聞く耳持たないんだけどさ」
俺達と霊夢が博麗神社境内にて宴会の準備を整え終えた時には、空は既に黄昏へと変わっていた。
霊夢は改めて俺達を見て、複雑な感情が混じった溜め息を吐く。その言葉の内容に妹紅が反応すると、霊夢は更に同情を誘う事をさらりと言ってのける。
幾ら何でもそれは文句を言って良いのでは……って、言った上で無視されているのか。彼女達の性格上悪意が有って押し付けている訳では無いのだろうが、少なくとも面倒事に進んで手を貸す気も無いと言う所か。
「君達、楽しんで酒を飲み交わす割には妙な所でドライだよな」
「自分が良ければ、って考えだからね。だからこそ私も気兼ねなく振る舞えるし、結局はお互い様になるのかしら」
「当人同士が納得してるなら、私が横から口を出す権利は無いけどさ。この宴会の手伝いくらい、無理矢理に人を引っ張ってきても罰は当たらないと思うよ」
「あら、それなら今度からはあんたに働いてもらうわ」
「良いよ、私も参加する時ならね」
「……あっさり頷かれると、それはそれで私にも罪悪感が。お人好しって言われない、妹紅?」
「これくらいでお人好しって、その基準は緩すぎると思う……」
……さっきから思っていたのだが、どうやら妹紅と霊夢はこれが初対面と言う訳ではなさそうに見える。
俺が幻想郷に来る前から交友が有ったのか、それともここ最近になって関わりが生まれたのか。そのどちらかは分からないが、深く追及する必要も権利も無いだろう。妹紅の交友関係は、俺が口出しするような物ではない。
そのまま雑談に花を咲かせる妹紅と霊夢を横目に見つつ、なんとなく境内を囲む森を眺めていると、魔理沙と見知らぬ誰かの気配が近付いてきた。
「お、もう準備終わってるのか。霊夢の奴、本当にいつになくやる気だしてるな」
「この丁寧な仕事ぶりは……霊夢だけの働きじゃないわ。ほら、誰か居るじゃない」
「ん、妹紅? 先に行けとは言ったが、準備まで手伝ったのか。ご苦労な事だぜ」
勝手な事を言い合う声の方向へ向き直ると、そこには金髪の少女が二人。
一人は勿論魔理沙、もう一人はまるで人形のようにも見える姿の魔法使い。会話の雰囲気から考えても、この魔法使いは魔理沙の友人なのだろう。
「ご苦労な事と思うのなら、君も少しは手伝ってやれば良いだろう」
「ああ、妹紅が既に来てるならあんたも居るか。ほれアリス、こいつが例の男だぜ」
「……どうも。魔理沙からお噂はかねがね。私はアリス・マーガトロイド、魔法を少々嗜んでおります」
魔理沙に声をかけると、彼女は俺の苦言を逸らすように隣の少女へ話題を振った。
話題を振られた少女は俺に視線を向けると、ややわざとらしい遜った口調で頭を下げてきた。流石にこれを無視して魔理沙への追及を続ける訳にもいかないので、とりあえず言葉を返す。
「これは丁寧にありがとう。一応名乗りを返そう、俺は田澤昴。まあ、魔法使いだ」
「ええ、聞き及んでいました。何でも、数千年以上を生きる大魔法使いだとか」
「……ん? 確かに事実だが、それを魔理沙に言った事は無かったような」
「あんたの弟子は師匠の事について喋りたがりだぜ。真偽不明な事ばかりだがな」
少女、アリスの言葉に疑問を浮かべると、魔理沙が情報の出所をあっさり漏らした。どうやら妹紅が教えていたと言う事らしい。
しかしまあ、別にこれは隠している訳でも何でもない。自身で口にする事もある内容なので、俺の与り知らぬ所で広まっていても当然の物か。……ところが、続くアリスの言葉に俺は衝撃を受ける。
「神をも名乗るとは、それはそれは素晴らしい魔法使いなのでしょうね」
やはり慇懃な態度で、敬意に見せた皮肉を言うアリス。
何故初対面でこんな態度を取られているのかも疑問だが、それ以上に意識を向けなくてはならないのは、俺を『神』と呼んだ事だ。
それは天津神の一部と、妹紅以外には知られていない筈の事。あれだけ固く口止めしたのだし、妹紅の様子からして流石にこれを他人に漏らすとは考えられない。天津神がわざわざこの事を広めるとも考えにくい。
内心で驚愕の極地に追い込まれながらも、アリスの口振りに僅かな違和感も覚えた。まずは冷静に、そこを突く事にする。
「神を『名乗る』なんて、いつ俺がそんな事をしたと言うのだ。それは絶対に有り得ないと断言できるぞ」
そう。『俺』が神を名乗るなんて事は無い。妹紅にさえも記憶操作を選択肢に入れた程の秘密なのに、自分から明かす等と言う事は有り得ないのだ。
「え? 魔理沙、話が違うじゃない。田澤昴は自分の魔法の腕前に驕り高ぶって、神と自称する程のアレだって……」
「……ぷぷっ、いやあ済まないアリス。もしかしたら、誤解させるような言い方になってたかもしれないなあ」
「あ、あんたねえ……! 何だってそんな訳も分からない嘘を吹き込んだのよ、おかげで恥をかいたわ!」
……ああ、成程。魔理沙が俺の事をわざと曲解させて説明したんだな。しかし俺もアリスと同様に、何故そんな嘘を吐いたのか理解できない。
俺に対する単なる嫌がらせとも考えられるが、見る限り魔理沙と言う少女はその類の陰湿なやり口は好まない性分に思える。俺を嫌っているなら、面と向かってそれを伝えてくるだろう。
「落ち着けって、これには宴会を盛り上げようと言う私なりの計画が有ったんだぜ?」
「……ろくでもない事だろうけど、一応聞いてあげる」
「私が呼んできた面々の中で、田澤との交友がないのはアリスだけだったんだ。それで、お前は意外に好戦的だろ?
ちょっと話を脚色すれば、賑やかな事になるかなと思ったんだよ。事実、憤ったのかいつもより持ち運ぶ人形の数を増やしてたしな」
「あら、そうなの? 流石魔理沙ねえ、私の事をよく理解しているわ。今からこの憤りを貴女にぶつけてあげるから、覚悟しなさい」
ほ、本当にろくでもない理由だった。要するに、アリスにわざと誤解させて俺へ嗾けようとしたと言うのだ。
何故そんな事をしたのかと問えば……『面白そうだったから』と言う答えが返ってくるんだろうなあ、きっと。
何処からともなく小型の人形を複数呼び出したアリスに苦笑しつつ、割って入るように魔理沙へ問いかける。
俺にとってはあまり触れたくない部分を蒸し返す事になるが、これは神経質になってしかるべき疑問である。
「なあ、魔理沙。他にもアリスに誤解させる言葉なんて色々有っただろうに、何故わざわざ俺の事を神を自称するだなんて教えたんだ? 些か無理のあるチョイスだろう」
「ん、別になんとなくだぜ。実際に効果も有ったんだから、結果的に正しい選択だったと言う訳だ。……あー、もしかしたら香霖の戯言が無意識にこびりついてたのかね」
「香霖、森近の事か。彼の戯言とは一体?」
「あんたの名前が神を現すとかどうとか。田澤昴って言う文字は、紆余曲折を経て天地を統べる神を示す事になるんだとよ」
「へ、へえ……知らなかった」
一体どういう解釈をすればそんな事が読み取れるんだ……俄かには想像も付かない。
しかし安心したのも事実、こう言うと森近には悪いが彼の思考はかなり飛躍する。魔理沙の様子から見ても、それこそ『戯言』としか受け取られていないようだ。
何故かニアミスしているのが微妙に末恐ろしい物の、歴とした物的証拠の下にそう判断された訳で無ければ恐れる必要も皆無。それこそ思い上がった言動になるが、数千年以上を生きた魔法使いとしてある意味当然な畏れられ方とも言えるだろう。
「その反応、やはり香霖が言っていたのはいつも通りの事だった訳だな」
「もしかしたら本当にそう言う意味が有るのかもしれないが、少なくとも俺はそんな意図は無いと思う」
「なんだ、もしかしてその名前って自分で名乗り始めた訳じゃないのか?」
「まあ、親が名付けた名前だよ。自分で自分の名前を決めるって、その方が珍しい事ではないか」
「……そうか? 香霖の奴だって、今の名前は自分で決めた物だった筈なんだが。あまり珍しくは無いと思うぜ」
むう、まさか森近はそのせいで考え違いをしていたのだろうか。『田澤昴』と言う名前を俺自身が名付けたと思い、そこから謎の解釈をしていったのかもしれん。
確かに『名付ける』と言う行為は呪術的に大きな意味を持つ。名前が本質を縛ると言う本末転倒気味な現象も起こりうる程だし、そう考えれば魔法使いを始め術者の類が自分自身に命名するのは全く有り得ないと言う程でも無いのか。
……『俺』も、自身を『田澤昴』として定義するべく名乗っているような物だしな。
魔理沙とのやり取りが一段落つくと、タイミングを見計らっていたのかアリスが声をかけてきた。とりあえず魔理沙への追及は後回しにしたらしい。
「……ええと。さっきはこの馬鹿のホラを真に受けて失礼な態度を取ってしまい、申し訳ないわ」
「む、気にする事は無い。別に機嫌を損ねたりはしていないよ」
「そうは見えるけど、一応礼儀としてね。……数千年以上も生きたと言う割には、超越者じみた人格では無さそうだわ」
「どういう意図で取って良いか分からんが、それを鼻にかけても見苦しいだけだからな。心情的には人間のつもりだし」
「それは流石に無理が有ると思うけど……貴方、元人間の魔法使いって所かしら?」
「概ねそんな所だ」
俺としては断固として人間を名乗りたいが、この場で頑なにそう主張した所で受け入れられない事くらいは分かり切っている。
俺の種族に対する解釈としては妥当な落としどころでもあるので、曖昧に頷いておくくらいが丁度良いだろう。『田澤昴』に関しては、殆どその通りでも有る。
「ん、少し立ち話している間に人が集まってきたな。そろそろ始めるか」
周囲を見回していた魔理沙が唐突に呟いた。言われて俺も確認すると、確かに先程より人数が増えている。
概ねいつも通りのメンバーだが、まあ予想通りか。……薄い、俺でも意識しなければ気付かない程の妖霧が漂っている。つまり、これで『全員』が揃ったと言う事だな。
「えー、今回集まってもらったのは他でも無い、酒を飲むためだぜ。ま、誘った奴が全員来たって事はお前らも乗り気なんだろ? それでは乾杯」
「あんたに言われなくたって、もう飲んでるわよ?」
「一応は幹事だし、形だけはやっておこうと思ってな。ま、後は各自持ち寄った酒を飲むなり田澤を強請るなりして好きにやってくれ」
魔理沙が開始の音頭を取るが、霊夢を始め集まっていた面々の殆どは既に酒に口を付けている。
しかし魔理沙はそれに対しても特に反応を見せず。良く言えば自由に、悪く言えば丸投げと言った言葉で締めた。さりげなく俺の扱いが物騒なのは、もう気にしない事にしよう。
本格的に宴会が始まり、騒ぎも大きくなり始めた。妹紅と合流した方が俺達の目的に都合が良いだろうと考え動こうとすると、アリスに声をかけられる。
「そう言えば、魔理沙から貴方が多種多様な酒を持っていると聞いたけど……それは、嘘じゃないのね?」
「ああ、種類だけなら大抵の物を取り揃えているぞ。おつまみも有るし」
「それなら早速一品お願いしても良いかしら。とりあえず、ブランデーを。コニャックが有るならそれで」
「とりあえずでブランデーとは君も中々……コニャックなら有る。銘柄は一つしかないが、飲み方に指定は有るかい」
「ストレート。ロックフォールも付けてくれると有り難いわ」
「……本当に君達は酒豪だなあ。少し待っていてくれ、軽いおつまみを作る」
アリスからの要望を受け、コニャックとロックフォール、すなわちブルーチーズを用意する。
この二つなら直接出しても十分だと思えるのだが、それだと個人的には芸が無い気もする。そこで『扉』の中に干渉、ロックフォールで即席のおつまみを作成。本当は直接手作りしたい所だが、一時的とは言えこの場を離れるのも気まずい。
「ご注文の品と……これは俺の勝手なプレゼントだ。要らなかったら、食べなくても構わない」
今俺が作ったのは、焼いたガレットに刻んだロックフォールを乗せただけの簡易な物だ。
とは言えブルーチーズとしての風味を目立たせる為には、このようなシンプルな物の方が良いだろう。
「『作る』って……今のは遠隔操作魔法と空間操作魔法の組み合わせ? さらりと見せつけてくれるわね」
「え、嫌味に見えたなら済まない……」
「ふふっ、冗談よ。でも、本当に凄い魔法使いなのね、貴方」
所詮は小手先の技術だ、と返そうとしたが止める。やっている事こそ地味だが、使用している力自体は『俺』にしか扱えない物。
それなのに謙虚ぶった返答をした所で、それこそ嫌味にしか聞こえないだろう。しかし何も言わないのも、それはそれで傲慢に見えるかもしれないので……話題の矛先をアリスに向ける。
「君の方こそ、遠隔操作の魔法に長けている。先程人形を呼び出した際の様子から見るに、かなり手馴れているじゃないか」
「あら……そう、見えるかしら。具体的にどのあたりが、手馴れていると感じさせた部分?」
「必要最低限かつ、効率の良い操作系統を確立させている部分だな。
常に直接操るのではなく、命令に沿わせてある程度までは自動的に行動させ、かつ人形に人形への命令を出させる事で自身の負担をも軽減している」
「……さっきの一瞬でそこまで見抜かれるのね、何だか恐ろしいわ。まあ、別に隠している訳でも無いから良いんだけど」
人形に限らず、何かを連続的に遠隔操作する為には指令を出さなければならない。これは当然操る対象全てに行う必要が有るので、数が増えれば増える程飛躍的に難易度は高まる。
アリスは単純に魔力配分が上手いと言うのも有るが、人形操作の上で発生する煩雑さを解消する画期的な手法を取っているのだ。他の魔法はどうなのかまだ分からないが、少なくとも人形遣いとしての技術は凄まじい物が有る。
「今の所は、完全な自立行動を行える人形を作る事が目標かしらね。まだ周期的に私自身が直接指示を出さないといけないから、その意味では不完全なのよ」
「それは人形に意思を持たせると言う事か?」
「おのずとそうなるでしょうね。人形が私に文句を言って来たりしそうで逆に面倒になる気もするけど……まだ目途も立っていないのに考えても仕方のない事だわ」
……俺はその類の行為は意図的に避けてきたんだよな。無意識の内に、『俺』自身を見ているような気になるからかもしれない。
俺を模した式神が見かけ上はそれに近い事をしているが、あれの思考は俺のトレースなので完全な自立行動かと言うと違う。俺が考え行うであろう事を、あたかも意思を持っているかのように振る舞うだけだ。
「……まあ、魔法に関する話も中々有意義だけど。今は、このお酒を堪能させてもらうわね」
「あ、ああ。済まない、何だか引き留めるような形になってしまったな」
「いえいえ。その内また話しかける事になるでしょうから、よろしくお願い」
そう言うと、アリスはコニャックとロックフォールに口を付けた。表情を見るに満足はしてくれているらしいので、これで良いだろう。
俺としても頼まれればアリス以外にも酒を渡さなければいけないし、場を盛り上げる役目もまだ残っている。騒ぎからは離れた所で飲みたいらしいアリスと別れ、今度こそ妹紅を中心として盛り上がっている所へ歩いていく。
「あら、丁度良いところに来たわねえ。妹紅さんが、何やら派手な事をやってくれるそうなのよ」
「……え、幽々子様。もしかしてあの少女とも知り合いなのですか?」
「随分今更な事を言うのね、妖夢。あの子は田澤さんの弟子だし、妖夢より何倍も年上よ」
近づく俺に気付いた西行寺が声をかけてきた。どうやら今から妹紅が『宴会芸』を始める所らしい。
妹紅は捨て身の芸だと言っていたが……果たしてどのような物なのだろうか。俺も何をするかは聞いていないので、結構気になる。俺の出番が来た時に参考に出来る事も有るかもしれないので、皆の様子も含めて確認しよう。
「えーと、早速で悪いけど私は言葉を長々と連ねるのはあまり得意じゃない。だから無言で黙々と進める事になる、そこは予め了承してほしい」
妹紅はやや早口に注意事項を伝えると、周囲の反応を待たずに空中に飛び上がった。
境内に居る俺達からはぎりぎり表情が見えるくらいと言った高度まで移動した妹紅は、そこで一気に力を解放。妹紅の背には、燃える不死鳥の翼が展開される。
「うぐぐ、夜の世界を真紅で彩るのは私の特権なのに……」
「まあまあ、私はお嬢様こそ最も美しき紅だと存じておりますから」
夜空に燃え立つ炎の煌めきは、俺達の心を奪って余りある物だった。
黒との対比で一層鮮やかさを際立たせる赤色は、力強さだけでなくどこか儚い幽玄の美さえ感じさせる。……そのせいでレミリアは妙な対抗意識を持ち始めたようだが。
妹紅は俺達の息をのむ表情が目に入ったのか、僅かに口元を緩める。そのまま妹紅は炎の翼を羽ばたくかのように動かし、火の粉を撒き散らす。
少し危ないのではないかとも思ったが、これは弾幕戦における物と同じように演出に重きを置いた火のようだ。僅かな熱は感じるが、火傷するほどではない。
まるで本物の不死鳥が現れ羽を落としているかのような、見事な光景が神社に広がる。
「……大丈夫ですよ、お嬢様」
「何がどう大丈夫なの、咲夜ぁ……」
……まあ、この二人には触れないであげるのが優しさだろうか。敢えて言うならば、レミリアと妹紅では同じ『紅』と言っても色の具合が異なるような気はするのだが。
羽ばたきは徐々に強さを増していき、降り注ぐ火の粉も周囲を紅く染め上げていく。
見かけ上は最早炎のシャワーの中に居ると言っても過言ではないような状況になった中、妹紅は唐突に翼を止め力を集中させ始めた。次は何をするのかと見ていると……妹紅の体は業火に包まれ、爆発した。
「な、なあっ……!? 妹紅っ!」
体に重く響く衝撃音を伴い、花火もかくやと言った勢いで爆炎が空中に広がる。思わず取り乱し、爆炎の中心部へ突っ込むが……そこで、気付いた。
「ああ、『捨て身』ってそう言う……」
「御名答。と言うか、とっくに分かってたと思ったんだけどね」
妹紅の声が何処からともなく響いてくる。気の抜けた俺が地面に降り立つと、それとタイミングを合わせるように爆炎が集束。目の前に炎が逆巻いたかと思えば、そこには妹紅が立っていた。
「おおー! 何だ今のは、とんでもない迫力だった! 爆発はロマンだよな、やっぱり!」
「繊細な火の羽根から、一気に爆発へと……静から動、中々風流なんじゃないかしら!」
「お前は風流さに欠けてるしな、霊夢」
「あんたには言われたくないわよ、年がら年中動いてばっかのくせに」
魔理沙と霊夢は微笑ましいくらいに興奮している。年相応の少女にしか見えないその様子に、思わず苦笑が漏れる。
「うふふ……『妹紅っ!』ですって。やっぱり田澤さん、とてもとても妹紅さんの事を大切に思っているのねえ」
そこで、わざとらしく低い声を出した西行寺が俺をからかってきた。
どうせそう来るだろうと見当は付いていたので、冷静に返す。……何故か魂魄が目を回して西行寺に倒れこんでいるのだが、一体どうしたのだろうか。
「目の前で愛弟子が爆発炎上したらこうもなるだろう……と言うより、横の魂魄はどうしたんだ」
「ああ、爆発に驚いたのと妹紅さんが再生したので気絶しちゃったみたい」
「爆発の規模は抑えたんだけど……そこまで驚かせちゃったのか」
「妖夢が怖がりなだけだから気にしなくて良いわよ。むしろもっと驚かせてやって」
「それは可哀想な気がする……」
……まあ、ふて腐れて横になっていた俺を見て『お化け』と勘違いするくらいの少女だからなあ。
しかし、人がいきなり爆発してその後何事も無かったかのように炎から復活してきたら、これこそ正しい反応にも思える。妹紅が不老不死と知っているかどうかでも変わるのだろうが。
「うーん、これは良い賑やかしになったな。酒も進むってもんだ……おーい、アリス! 何をそんな所で澄ましてるんだ、こっち来て飲めよ!」
「まあ、別に良いけど。今の爆発と蘇生にも聞きたい事が出来たし」
「素直に寂しくなったって言えよ。ほら、酒もより取り見取りだぜ」
「……そこで俺を見るのは流石に止めてくれないか、何だか俺の存在意義が酒しかないように思えてくるし」
魔理沙は興奮しながらも、さり気なく周囲に視線を巡らして会話からあぶれていたアリスを見つけ声をかける。
この辺りを見る限り、魔理沙は普通に気を利かせる事の出来るタイプに見えるのだが……ならば俺の扱いも一考してはくれないだろうか。敬えとは言わないが、せめて酒呼ばわりは止めてほしい。
「聞こえてきた話だと、その子は貴方の弟子なのでしょう? それにしては魔法使いと言う様子では無いけど、だとしたらこの生きていないように見える雰囲気は何?」
「お、初めましてだね。私は藤原妹紅、田澤の弟子なのは本当だけど、教わったのは主に陰陽術だよ。初対面で私の不死を見抜けるなんて中々見る目が有るね、魔法使い」
「……爆発からの復活なんて見たら誰でも分かると思うぜ」
アリスは妹紅の素性や能力に疑問を抱いたらしく、不思議そうに質問してくる。それに対して俺が口を開く前に妹紅自身が返答、事情を簡潔に説明する。
「まあ、元々は普通の人間だったんだけど。ちょっとした出来事で、不老不死になっちゃって。その後田澤と会って、弟子になったって所だね」
「人間が不老不死に……例の薬は実在したと言う事かしら」
「なんだ、詳しいね。確かに私は蓬莱の薬で不老不死になった。……何やら興味が有るみたいだけど、所有するだけでもお勧めしないよ」
妹紅とアリスの会話も他所に、宴会は盛り上がっていく。
先程の妹紅に触発されたのか、レミリアが天に届かんばかりの真紅の十字架を生み出したり、十六夜が『タネ無し手品』を披露したりと皆を沸かせる。
結局俺が用意した芸を今日見せる事はなく、夜は更けていった。何だか寂しいが……どうせ数日後にまた宴会が開かれるのだ。伊吹の目的が達成されるまでは続くのだし、その時の為に残しておこう。