旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、止まらぬ宴に更なる波紋を呼ぶ

 「おお、今日はまた一段と人が多いぜ。一体、今更誰がこんなに人を呼べたんだ?」

 

 「賑やかな方が良いとの事だったから、知り合いに声をかけてきた。迷惑にはならないだろう?」

 

 

 前回の宴会から三日ほど、今日もまた博麗神社にて宴会が開かれる。

開始直前と言った夕暮れ時、現れた魔理沙は前回よりも参加人数が増えている事に僅かな驚きのような声を漏らした。俺はそれに答え、自分が呼んだのだと明かす。……まあ、レミリア達が新たに連れてきたパチュリーのように、全員がそうだと言う訳ではないのだが。

 

 

 「へえ、あんたか。まあ、あっちこっち出歩いてるみたいだし顔見知りは多いんだろうな。……私もどこかで見たような気がする奴等ばかりだが」

 

 「……やはり、広いようで狭いな」

 

 

 俺は今回、宴会を盛り上げてくれそうな者や個人的に呼びたかった相手に予め声をかけてきた。

ここに居る者を除けば、そもそも知り合いの数は絞られてしまうのだが……あまり数が増えても収拾がつかなくなるし、逆にこのくらいで丁度良いのかもしれない。伊吹と俺達の計画に巻き込んでもいるし、少し後ろめたい所も有る。

 

 

 「……それでは、次の曲をお聞きください」

 

 「お聞きくださーい!」

 

 「騒ぐのは歓迎だよ、こっちも負けないくらい音を出すからね!」

 

 

 ふと聞こえた声に視線を動かすと、そこではルナサ達が楽器を構えて聴衆を相手にしていた。俺が呼んできた中で、声をかけた時点でもっとも乗り気だった三姉妹である。

 

 

 「確かにあいつらは丁度良いかもな。こういう場には、正にうってつけだ」

 

 「話を聞いてみたら、チケットやその他の販売関係は彼女達の管轄する所では無いんだな。

  とりあえず、ここでの興行における報酬等は全て俺で持つ事にしたから、君達は心置きなく楽しんでくれ」

 

 「えらく羽振りが良いな……私だったら手っ取り早く弾幕ごっこで言う事を聞かせてるぜ」

 

 

 物騒な事を言いつつ、魔理沙は皆が騒いでいる方へ歩いていった。しかし俺も魔理沙のあの類の言動には慣れてきたもので、特に動揺する事は無く。

後で休憩時間にでも入ったら彼女達に改めて声をかけておこうと考えつつ、新たに呼んできた次なる人物の下へと向かう。……彼女に関しては、微妙に早まったかと思ってしまっているのだが。

 

 

 「来るのが遅かったじゃない? 何か用事でも有ったのかしら。例えば……この怪しげな霧と、何か企む事でも有ったとか」

 

 「……君を体の良い誤魔化しのように扱ってしまっているのは謝るから、今だけはこの宴会に付き合ってくれ」

 

 

 升に注いだ酒を傾けつつ、俺を見据えて何とも言えない視線を向けてくる風見。

俺は宴会の裏にある事情を説明してはいなかったのだが、どうやら自力で気付いてしまったようだ。たった一回、それもまだ数時間と居ないだろうにこれとは恐ろしい。

 

 

 「まあ、私は別に良いわよ? その分、貴方への貸しが増えるだけの事だし。茶番を楽しむのも一興ね」

 

 「君に楽しんでもらいたいと言うのは嘘では無い。確かに茶番のように見えるかもしれないが、心から堪能してくれると嬉しい」

 

 「……全く、そう真剣に言われても。とりあえず適当に花見酒と洒落込む事にするわ」

 

 

 風見は俺の表情を見て毒気を抜かれたように溜め息を吐いた。そのまま視線を近くの樹木に向け、そこで言葉を切る。

……風見は花見酒と言うが、既に夏と言って良い季節だ。少し前までは盛大に桜が咲いていた博麗神社境内だが、今はもうその木々も花を落とし緑の葉が茂っているのみ。流石に花見には無理が有ると思うのだが。

 

 

 「……何か言いたげね。黙ってないで話したら?」

 

 「ああ、うん。花は、咲いていないと思ったんだが」

 

 「あら、数千年を生きる大魔法使い様ともあろう御方が随分とくだらない事を言うのね。

  花が無ければ花見を楽しめないなんて、まるで目の前しか見えない人間みたいじゃない。ああ……貴方は、人間になりたいんだっけ?」

 

 「……なりたいのではなく、既に人間のつもりだ。しかし、成程。君の楽しみ方は理解した、要するに雨月のような物だな」

 

 

 俺の漏らした言葉を聞いて、呆れた様子で吐き捨てる風見。

とは言えそれで俺も理解が出来た、風見はかつて咲き誇った満開の桜を想像して楽しんでいるのだ。かなり風流である、俺もすぐにそれくらい理解出来る程度の文化人になりたいものだ。

 

 

 「……相変わらず、鈍いんだか鋭いんだか分からない男ね、貴方も。こうして見ているのに、貴方に合う花は視えてこない」

 

 「なんだ、花占いか?」

 

 「そう単純な物でも無いつもりだけど……他人に理解させる気もないから、その認識で構わないわ」

 

 

 俺に合う花か。今までそんな事は考えた事も無かった。まあ、常に自分の事を花に例える男と言うのも何だか微妙な気はするが。

少なくとも、俺にとって新鮮な考え方では有る。これは風見だからこその発想なのだろうか。しかし花に関して並々ならぬ知識と情熱を持っている筈の風見でさえ、俺に合う花が思い浮かばないと言うのは……

 

 

 「視えてこないからこそ、貴方を見ていると退屈しないんだけど。次はどんな姿を見せてくれるのか楽しみだわ」

 

 「どんな姿と言われてもな、俺は自然体で居るつもりなのだが」

 

 「自然体でそれだから面白いのよ。……私はこのまま会話を続けてもいいけど、貴方には何か役目でも有るんじゃない?

  既にこの宴会の意味に気付いている私と言葉を交わしても意味は無いでしょう。あそこで何も知らずに騒いでいる巫女達を煽った方が有意義なんじゃないかしら」

 

 

 そう言うと風見は俺から顔を背け、升に口を付けた。俺を嘲るような口調だが、内容は気遣いとも取れる物。風見なりに、思いやってくれているのだろうか。

 

 

 「別に意味の有る無しで会話する相手を選んでいる訳では無いが……その心遣い、有り難く受け取るよ」

 

 「私がいつ配慮なんてしたって言うのよ、変な評価はしないでほしいのだけど」

 

 

 不機嫌になった風見に苦笑で返すと、殺気の入った視線を向けてきた。しかし言い分が可愛らしい物なので、その視線さえ微笑ましく思える。

『配慮』の詳細を語ってやろうかとも考えたが、これ以上踏み込むとそれこそ殺気だけでは済まなくなりそうである。降参と言った具合に手を振りつつ、俺は素直に風見から離れて霊夢達の下へ歩く。

 

 ……他には森近も誘っていたのだが、彼には断られた。

むしろ外の世界の話を肴に飲まないかと逆に誘われ、正直それも魅力的では有ったのだが、流石に伊吹との約束を放ってしまう訳にはいかない。それにしても、伊吹が『人集め』している宴会に誘われても断れると言うのは、何気に凄まじい精神力なのではないだろうか。

 

 

 「あ、田澤さん。プリズムリバーとも交友が有ったんですってね、少し驚いたわ」

 

 「彼女達は有名な楽団なのだし、俺と面識が有ってもおかしくは有るまい。驚くような事など何も無い」

 

 

 歩いていくと、俺に気付いて振り返った西行寺が悪戯気に笑いながら話しかけてきた。

何だか嫌な予感がしたので、断定的に言葉を連ねて話題を終わらせようとしたが、西行寺は更に話を続ける。

 

 

 「今さり気なく言い換えたけど、『面識』じゃなく『交友』よ。

  ただの顔見知りではなく、仕事の依頼をするだけの関係でもない、そこそこに深い間柄のようじゃない?」

 

 

 ……何というか、西行寺は揚げ足を取るのが凄く得意だな。見た目のおっとりした印象とは異なり、意外に弁舌に長ける女性である。

 

 

 「……何を根拠にそんな事を」

 

 「その言い方自体が既に認めているようにも思えるのだけど……田澤さんの納得が行くように説明するなら、彼女達の『呼び方』かしらねえ」

 

 

 苦し紛れの俺の台詞は、もはや西行寺にとって突っ込むにも値しない物らしい。

しかし西行寺がわざとらしく首を傾げながら発した言葉は、俺には良く理解が出来なかった。

 

 

 「呼び方って、まさか下の名前で呼んでいるから親しい、とか言うのか? 流石にそれは安直だと思うが」

 

 「あ、上手く伝わらなかったようね……まあ、それならそれで良いわ。プリズムリバーに直接聞いた事が早いかも」

 

 

 やはり西行寺の言いたい事が分からない。とは言え、彼女達『三姉妹』とそこそこには深い関係が有ると言うのは事実だ。

西行寺は何かしらの要因から俺達の関係の一部を見抜いたのだろう。その判断材料が何かと言う事については、生憎理解が及ばなかったが。

 

 間が良いと言うか悪いと言うか、その時丁度三姉妹の演奏が終わった。どうやら長めの休憩時間に入るようであり、もしかしたら今日の演奏はこれで終わりなのかもしれない。

彼女達を楽団として雇ったのは名目上俺なのだが、気が済むまで好きな演奏をしてほしいと頼んだだけで、何か厳密なタイムスケジュールを組んだ訳でも無いのだ。報酬も『この宴会で自由に飲み食いしてよい』と言う物で、いかにも身内的である。

 

 

 「相変わらず見事だったわよ、とても満足できたわ……って、今回は私が呼んだ訳じゃないけどね」

 

 「……どうも。褒めて頂けると、嬉しいです」

 

 「私達も、まさか博麗神社で演奏する事になるとは思わなかったわ。とってもハッピーね!」

 

 「スバルさんには感謝しないとねえ。これはプリズムリバーの名を、ひいては私の名前を皆に知らしめるチャンス……ふふふ」

 

 

 西行寺はここぞとばかりにルナサ達へ声をかける。

それに応じてルナサは僅かに笑みを浮かべ、メルランは相変わらずの高いテンションで返し……リリカは、何気に計算高い事を呟いていた。

 

 

 「そう、それよ。『スバルさん』なんて、随分と親しげな感じで呼ぶのね。貴女達と田澤さんは、会ってから数ヶ月も経っていないくらいでしょうに」

 

 「え? う、うーん。まあ、この呼び方がしっくり来るのよ。私にも理由は分からないんだけどさ」

 

 「……あの、それは私達の事情ですので、聞かれてもあまり詳しく答えられないと思います」

 

 

 リリカの漏らした俺の名を例に挙げ、西行寺は更に追及する。問われたリリカは困った表情で曖昧な返答をし、ルナサはそれ以上の深入りを防ぐように防衛線を張るが……

 

 

 「あら、詳しく言うのが憚られるような事情が有るの? それは失礼したわあ、野暮だったかしら?」

 

 

 ……西行寺相手には、悪手だった。元々が生真面目なルナサは、この類の舌戦に向いていないようだ。

さて、どうしようか。ルナサが何とか追及を避けようとしたのは、俺と『四姉妹』の関係や、レイラの事をリリカがトラウマとして思い出さないようにと考えたからだろう。俺としても深く突っ込まれると困る所なので、話題を逸らしたいのだが……どうやったら、上手く煙に巻けるだろうか。

 

 西行寺に反撃の要素を与えない為に短い言葉で、からかおうとする意思を完全に払うようなインパクトのある発言。果たして何を言えば良いかと内心で悩んでいると……

 

 

 「ここまで聞かれたら、仕方ないわねー。実を言うと、スバルさんは私達のお父様なのよ!」

 

 「ぶっ……!?」

 

 「ちょ、ちょっとメルラン姉さん!?」

 

 

 短い言葉で、インパクトもある。狙い通りでありながら、どこか俺の思っていた物とは違う衝撃発言がメルランの口から飛び出した。

思わず俺は吹き出し、リリカもあまりに突飛な姉の発言に困惑しながら声を上げる。……ちらりとルナサを見ると、放心したように動きが固まっていた。まさかここでそれを言うとは、と言う表情である。

 

 

 「え、ええ……? お父様? 田澤さんが? 貴女達の?」

 

 「そうなの、これは語るも涙、聞くも涙の深ーい訳が有って……とても悲しいお話だから、私の演奏でぐるぐるハッピーになりながら聞けば丁度良いわね!」

 

 

 流石の西行寺もまるで想定外の事だったのか、メルランの言葉をオウム返しするのみ。

メルランはわざとらしく悲し気な声色で語った後、語調を一気に変えてトランペットを吹き始めた。

……言うまでも無くトランペットは口が塞がるので、とても話など出来ない。メルランはルナサに手を差し向けているので、どうやら彼女に話を代行しろと言いたいようだ。

 

 

 「え、えっと、その……まず、お父様と言うのは、比喩表現で……私達に、えっと……そう! 演奏を教えてくれたのが、スバルさんと言う……」

 

 「え、そんな訳ないじゃん……じゃなかった。そうそう、ルナサ姉さんの言う通りよ!」

 

 

 いきなり矛先を向けられたルナサは、どもりながら必死に誤魔化しを並び立てていく。

リリカは一瞬素で呟いたが、ここは話題を逸らした方が面倒にならないと判断したのか、すぐにルナサに同調。この辺りの機転の速さは、リリカの特徴だ。

 

 

 「な、なんてこと! それでは、貴女達の演奏の師は、田澤さんだったって言うの!?」

 

 「そ、そうです。田澤さんに教えてもらったんです」

 

 「くっ、田澤は芸能にまで長けていたと言うのか! 咲夜、帰ったら我が紅魔館でも楽団を作るぞ、手始めに田澤とあの騒霊達を雇え!」

 

 「直ちに、お嬢様! 幸い、私の極秘情報網により、彼は大根おろしで容易に買収が可能であると判明しておりますわ!」

 

 「流石は我が至高のメイド、愛しているぞ咲夜!」

 

 「ああ、勿体無きお言葉!」

 

 

 西行寺はまるで舞台女優のような身振りと口調で大げさに驚愕をアピールし、レミリアと十六夜はこれまた演技のようなやり取りを始めた。

え、なんだこの反応。確かにこの場で嘘と断言までは出来ないが、とても信憑性に欠けるこの内容でよくもここまでテンションが上がる……ああ、メルランのソロ演奏!

 

 

 「酒を用意するだけでなく、楽器も……! 何てことだ、これじゃあ幹事として何一つ力が及ばないぜ!」

 

 「今度からの宴会には必ず呼ぶわ! 妹紅は妹紅で準備を手伝ってくれるし、何なのこの師弟!」

 

 「……何だか心の底から熱い感情が芽生えて来たわ。喘息なんて気にしない、これからは全力でスペルを……ごほっ! 唱え、ごほっ、ごほっ!」

 

 

 うわあ、なんだか大変な事になってきた。しかも冷静に考えれば、『数ヶ月前に会った』ルナサ達に、どうやって俺が演奏を教える事が出来たのか明らかに不審じゃないか。

そんな単純な事にすら考えが及ばない程、メルランの演奏は皆を高揚させているらしい。……いかん、徐々に俺にも影響を及ぼし始めた。前回の件から対策を講じてはいたが、それでも完全に素面を維持する事は難しいようだ。周りに比べれば確実に正気に近いレベルであるのがせめてもの救いか。

 

 

 「時々私の花畑でも演奏をしている時が有ったけど……トランぺッターだけだとこうなるのね」

 

 「おお、助かる。君は冷静なようだな」

 

 「……そうでもないわよ? 踊らされるようで癪だから、堪えてはいるけど……本当は、貴方と拳をぶつけ合いたくて堪らないもの」

 

 

 呟きながら歩いてきた風見、落ち着いたその雰囲気に安心しかけるが……よくよく見ると、その瞳は異常に爛々と輝いている。

どこか扇情的にさえ見える動作でゆっくり俺の眼前に差し出した両手は、果たして一体どう言う意味なのか。意図が不明だが、理解したくない。一応風見なりの理由で感情のままに行動する事を拒否しているようだし、下手に刺激しないようにしておこう。

 

 

 「……それはいずれ、他所に迷惑のかからないような所で互いに限度を超えた負傷はしないようにやろう」

 

 「そうね。加減を誤れば、どちらもただでは済まないでしょうし。……ああ、でもこの昂りは何とかしたいわね。演奏も、止めさせたら?」

 

 「うむ、そうしよう……おーい、メルラン。もう終わりだ、これは師匠命令であるぞ」

 

 「……貴方も、微妙におかしくなってるわね」

 

 

 風見を何とかやり過ごし、そのまま彼女の提案通りメルランのソロ演奏にストップをかける。皆のリアクションを見るに、このままだとハイテンションを通り越してしまうだろう。

 

 

 「スバルさんの命令なら仕方ないわねー。でも、皆も小さい事は気にしないようになったみたいだし、これで十分ね」

 

 

 ……予想はしていたが、あれ以上の追及を避ける為にわざと一人で演奏を始めたようだ。

『お父様』発言だけではごく短時間しか効果が無いだろうし、ルナサの『演奏の師』扱いも、普通に考えれば信憑性が薄い。精神を極度に高揚させる演奏で冷静な判断力を奪うと言うのは、一応理には適っている。

まるで他者の扇動だが、自分の能力の有効な使い方を熟知していると好意的に受け取っておこう。あくまで俺も助けられた側なのだし。

 

 

 「ああ、演奏が……今のリズム、心のうねり、新しい人形のアイデアが閃きそうだったのに」

 

 「残念だけど、これでおしまーい。今のままでも、まだまだハッピー気分は止まらないでしょ?」

 

 

 声を聞かないと思っていたアリスだが、彼女は彼女でトランス状態に陥っていたらしい。

精神の高揚は、間接的に魔力の増幅に繋がるが……その状態が続くと危険なので、やはり止めて正解だったようだ。

 

 

 「……何だか、刀を振りたい気分です」

 

 

 ほっと一息を吐いていると、やけに澄んだ響きを伴った声が響いた。見ると、西行寺の隣で魂魄が俯いている。

順当に考えてメルランの演奏の影響を受けたのだろう。しかし主である西行寺すらテンションが妙な事になっているのに、それを抑え込む事が出来るとは……風見並の自制心と言う事だろうか、凄い物である。

 

 

 「じきに落ち着いてくるさ、後少しだけ堪えてくれ」

 

 「……ええ、落ち着かせてもらいます」

 

 

 咄嗟に後ろへ飛びのく。瞬間、俺の居た場所を刀が通り過ぎていく。この一閃が誰による物かなど考えるまでもない。

 

 

 「やっぱり、斬れませんか。真実は、まだ遠い……」

 

 「お、おいおい。危ないじゃないか……っ!?」

 

 

 残心の構えを取りながら、ゆっくりと魂魄が顔を上げる。その瞳は普段の色と異なり、異様な赤に染まっていた。

 

 

 「妖夢は感受性が強いから、きっと素晴らしい演奏に浮かされちゃったのね。……今の踏み込みは中々良かったわよ、妖夢ー!」

 

 「幽々子さまに褒められるとは……嬉しいです。頑張ります、頑張ってこの男を斬ります!」

 

 「い、一番テンションがおかしい!」

 

 

 自制心が強いと言う評価は撤回である。他の誰よりも精神が高揚した結果、一周して静かな狂気に発展していただけの事らしい。

元々が素で辻斬りじみた発想をする魂魄なだけに、余計に話が通じない状態になってしまったようだ。これはもう危ないと言うレベルを超えている。

 

 ルナサを呼ぼうとしたが、寸での所で思いとどまる。

以前に俺も体験したが、メルランの『躁』の音色と同時にルナサの『鬱』の音色の影響を受けると、余計に精神が安定性を失うのだ。だからと言ってリリカを加えた三人同時の演奏は、精神に影響を及ぼさない物だし……デメリットは無いが、平常に戻す効果も期待出来ない。

 

 

 「ふふっ、良いじゃない。私も自分の衝動の代替として楽しめるし……他の『皆』も、こう言う騒ぎは好きなのではないかしら?」

 

 

 焦りながら対応を考えていると、風見が笑いながら言った。

自分の衝動とは、魂魄の行いに対して言っているのだろうが……『皆』と言う言葉には、明らかに別の意図が込められている。この場でそれに気付いているのは、俺達以外には可能性として西行寺かレミリアだけだろう。

 

 

 「そうだそうだー! 田澤の剣術は凄いんだぞ、弾幕ごっこならともかく、刀でそんなひよっこに負けるもんか!」

 

 「……妹紅、せめて君には冷静で居て欲しかったよ」

 

 

 風見の言葉に触発されたのか、妹紅がやおら立ち上がり此方に向かって叫んできた。

紅潮した頬にどこか焦点が合っていないように見える視線、微妙に噛み合っていない発言と言い、もはやメルランの影響なのか酒に酔ったせいなのか判断が付かないレベルである。

 

 

 「おお、演奏の次は決闘か! いやあ、つくづく田澤はエンターテイナーだぜ!」

 

 「次はって、まだ演奏は聞いていないけど……でも、興味は確かに有るわ。初見の、それも一瞬で私の人形操作を見破った魔法使い……その決闘と言うのはね」

 

 「でも彼って弾幕ごっこでは時間停止を使わない私に手も足も出ないくらいの……あ、その為の刀?」

 

 

 何だかさっきから地味に馬鹿にされているような気もするが、そこは敢えて聞かなかった事にしておく。……ここまで来たら、もうこの流れに乗ってしまおう。

動機が不純な者ばかりだが、俺達のこの騒ぎを見て楽しんでいる事は間違いない。ならば俺に出来るのは、更に彼女達を盛り上げる事だ。伊吹に協力してこの宴会を仕掛けると決めた時から、道化に徹すると決めていたのだし。

 

 開き直れば、少なくとも表面上はどこまでも役者になれるのが俺である。意識して自信に満ち溢れた態度を演出し、気障な口調と動作で魂魄を含めた皆に宣言する。

 

 

 「そこまで期待されているのであれば、仕方有るまい。魔法こそ我が最大の力だが、剣の腕にも多少の自負は有る。来たまえ魂魄、何時ぞやの続きをしようじゃないか」

 

 「……空を斬るには五十年、時を斬るには二百年。時空を割る貴方に未だ届かないのも自明の理。だが私とて、その一端くらいには手をかけて見せる!」

 

 

 言い終えると、魂魄は二刀を構えて一息に俺の懐まで飛び込んできた。

真剣勝負であれば、この時点でカウンターを仕掛けるのが俺の常套手段なのだが……今回はあくまで魅せるための試合。迎撃も、それに応じた物となる。

 

 

 「……っ、例の刀では無い!?」

 

 「君が二刀流でくるなら、こちらも二本だ」

 

 

 犬走の時と言い、すっかり模擬刀としての使われ方が定着してきた赤い魔力剣を両手に展開。魂魄が俺を挟むように振るった両刀をそれぞれ受け止める。

 

 

 「そうか、魔法使いで剣士と言うのは、こういう事も出来るのね……」

 

 「別にあの刀でも良いんだが、あの時の完全な焼き増しと言うのも面白くないだろう? こっちの方が派手で、見栄えも良いしな」

 

 「……見栄えで武器を選んだこと、後悔させてやるっ!」

 

 

 俺の言葉を挑発と受け取ったのか、魂魄は両方の手に力を込めてきた。体格から来る絶対的な筋力の差が有るとは言え、仮にも剣士の全力だ。

魔力で身体能力を強化すれば別だが、素の状態の俺では完全な無視も出来ない。しかし対応する為に力を込めなおした瞬間、手ごたえが無くなる。

 

 

 「もらった!」

 

 

 力の行き場を失った俺は、たたらを踏むように前へ体勢が崩れる。魂魄は俺に力の押し合いをすると見せかけ、いざ俺がその土俵に立つと途端に力をゆるめてバランスを崩しにかかったのだ。だが……

 

 

 「搦め手にしては素直過ぎるぞ、せめてもう少しは押し合いを演じるべきだったな」

 

 「くうっ……」

 

 

 魂魄が俺の首筋めがけて打ち込んできた長刀を、視線を向けないまま魔力剣で弾く。

力を込めた瞬間だったから、体勢が崩れると言っても最小限の物。この手法は相手がしばらく全力を出し続けている時に行うからこそ効果が有るのだ。……まあ、最初からこう来るだろうと予想していたので、最大限に手を尽くしたとしても結果は同じになっただろうが。

 

 

 「さあ、これで終わりじゃないだろう?」

 

 「当然だっ!」

 

 

 右手の魔力剣を突き出すように構えながら言うと、魂魄は大きく気合を入れるように叫びながら、俺の懐めがけて飛び込んでくる。

しかし速度こそ目を見張る物は有るが、これでは最初の一撃と何も変わらない。同じ攻撃に対してまで素直に付き合う気は無いので、手早く二刀を迎撃。そのまま魂魄本人に対しても反撃を加えるが……まるで蜃気楼でも斬ったかのようにその姿が掻き消える。

 

 

 「幻術、いや、途中までは確かに実体が……っ!?」

 

 

 感じた殺気に反応し、魔力剣を振り切った状態から更に腰をひねる事で無理矢理背後を視界に入れる。その時、正に魂魄の剣は俺の背を切り裂く直前だった。

俺は非常に不安定になった体勢を逆に利用し、自ら転ぶように足を滑らせる事で魂魄の目測をずらす。生じた僅かな隙間によって紙一重の回避に成功する中、俺は意趣返しの為に策を仕掛けた。

 

 

 「っと、危ない危ない。……ふむ、君の半霊を一時的に実体化させたと言う事か。さっきの小細工と言い、正面から来ると見せかけて中々やるな」

 

 「貴方の嘘くさい剣筋に対抗する為には、私もその領域に踏み込まなければね」

 

 

 躓いたように体が宙に浮かんだ状態から、軽業師のような挙動で距離を取る。

一旦の安全を確保してから魂魄を見ると、先程のタネが分かった。魂魄の傍らに浮かぶ特徴的な半霊が、うっすらと彼女の姿を取っているのだ。

 

 

 「俺に対抗する為に、搦め手か……この場合、その判断は誤りだったぞ。

  君は君の剣を、迷いながらも真っ直ぐな刀を振るっていれば良かったのだ。下手に小細工の領域に踏み込むから」

 

 「こうなるのだ」

 

 「きゃあっ!?」

 

 

 魂魄の後ろから突然現れた俺が、正面の俺に集中して無防備になっていた彼女に足払いを仕掛ける。

どうやら魂魄はこの状況がまるで予想外だったらしく、反撃らしい反撃も見せる事なくあっさりと転ばされてしまった。未だに目を白黒させている魂魄に、後ろから現れた俺が魔力剣を突きつけつつ言う。

 

 

 「剣の応酬はともかく、分身なんて搦め手はそれこそ魔法使いの分野だ。戦術に組み込む程度なら勧めるが、それに頼り切った戦闘は止めた方が良いぞ」

 

 「え、え? まさか、貴方も分身を」

 

 「……仮にも自分で『永きを生きた魔法使い』と名乗るのだから、それくらいは出来ないとむしろ名前負けだろう」

 

 

 今魂魄に話しかけているのは厳密には俺を模した式神であって、魔法で生み出した分身と言う訳では無いのだが……やっている事は殆ど変わらないので、完全に嘘を吐いている訳でも無い。

 

 これだけ分かりやすく無力化されたのだ、これ以上の戦闘続行はしないだろう。俺は式神を還し、地面に座り込む形となった魂魄を引っ張り起こしてやる。

 

 

 「う、何だか最後のは納得がいきません! もう一度、もう一度だけ斬らせてください!」

 

 「気持ちは分からなくもないから、君が剣術や体術だけで来るなら俺もそうしよう。

  ただ、それはまた次の宴会の時にでもな。せっかくの宴会なんだ、君だって剣を振るう以外にも楽しむ事が有るだろう? ……あと、その頼み方はとても物騒だからな」

 

 

 今回は随分と拍子抜けな結末になってしまったが、あの状況からでも魅せる事に拘った勝負は出来た筈なのだ。

それを大人げない反撃であっさり終わらせてしまったのは、俺にもメルランの演奏の影響が有ったからか……って、これでは彼女を言い訳に使っているだけだな。魂魄の事を言えない程度には、俺も自制心が足りなかったのだと反省しよう。

 

 しかし、弾幕戦とはまた違った、こうした試合形式の直接戦闘と言うのは俺の性に合っているようだな。

元々がこんな感じの戦闘スタイルだし、普通の模擬戦に遊びを入れるくらいなら俺にも余裕が有る。弾幕戦以上に各々の戦力差が明確に出てしまうが、宴会を盛り上げる芸と考えるならその問題は大きい物では無い。

この宴会の期間中だけ、俺も少し楽しませてもらうとするか。……相変わらず少女の中に大の男が混ざっていると言う構図が変わっておらず、その上直接斬りかかると言う余計に悪化しているように見える状況は、もう今更気にしないと言う事で……

 

 

 「……どうしよう、やっぱり森近と飲んでいる方が気楽だったのかね」

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