旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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活動報告とは何だったのか、と言わんばかりの遅れっぷりで申し訳ありません……


旅人、宴にて祭り上げられ小鬼と踊る

 もう何度目かと数えるのにも億劫になる、例の宴会の日が訪れた。

ただ、今日は何か妙な胸騒ぎを覚えると言うか……いつもとは違う気配を感じる。そろそろ大詰め、もしかすると今日で遂にこの異変に決着が付くのではないだろうか。

 

 

 「……アリスを騙した以外には特に何も出来なかったな」

 

 

 博麗神社へ向かう為に家で準備をしつつ、俺は小声で呟く。

妹紅に大口を叩き、実際に幻想郷の各地を巡って行動したは良い物の、それに伴う結果は非常にお粗末だった。

流石に行き当たりばったりのやり方では、と思い直して新たな工夫も交えながら情報攪乱に勤しんだのだが、関係者に会わなければ意味は無い。アリス相手に卑怯な勝負を挑んだ事が、この三日間での最大にして最後の功績である。

 

 と、そこで呼び鈴が鳴った。妹紅だろうと特に疑問もなく考え、玄関に向かいドアを開ける。

 

 

 「ごきげんよう。わざわざ私が迎えに来てあげたのよ、感謝しなさい」

 

 「……え?」

 

 

 思わず間抜けな声が漏れる。ドアの前に居たのは、優雅に日傘を傾ける風見だった。

今まで何だかんだと機会が無かったので、風見に俺の家を紹介する事は出来ていなかった。つまり風見は場所を知らない筈なのだが……まあ、誰かが教えたのだろう。その事自体には、特に不審な事は無い。

おかしいのは、風見自身が口に出している『迎えに来た』と言うこの状況である。そこそこの友人関係を築かせてもらっていると考えてはいるが、家が近い訳でもないのに宴会まで連れ合って向かう程の仲でも無い筈だ。

 

 

 「……貴方、何か失礼な事を考えてない? 深読みするのは結構だけど、理由は単純よ。妹紅が霊夢に捕まってて、伝言ついでに代わりを頼まれただけ」

 

 「捕まって……ああ、宴会の準備か」

 

 

 唐突な出来事に対する思考、それに付随する警戒が顔に出ていたようで、風見はつまらなそうに言う。

しかし、その単純明快な説明は俺の疑問を解消するに十分な物だった。これまでにも俺と妹紅は宴会の開始時間よりも前に神社へ向かい、準備の手伝いをしている。今回は妹紅が何らかの要因で先に神社へ向かう事となり、手が離せなくなったのだろう。

 

 

 「君は毎回もう少し遅く神社へ来ていたような気がするが……よく妹紅と出会う機会が有ったな」

 

 「貴方は毎回毎回、杓子定規に同じ行動をするのね」

 

 

 呟いた言葉は皮肉で返された。だが、言われてみれば当然の話でもある。例え予定に沿った行動をした所で、実際には同じ経緯を辿る事の方が珍しい。そもそも明確にパターンを見つけられる程風見を観察していた訳でも無いのだ。

 

 

 「偶然って一言で説明が付くのだけど、私が何故そう動くに至ったか理屈が必要かしら?」

 

 「悪かった、馬鹿な事を言ったよ」

 

 

 風見は何だかいつもより毒舌な気がするが……純粋に迎えに来てくれた相手を訝しんで見た俺の自業自得だろう。

 

 

 「分かれば良いのよ。こんなくだらない事で時間を潰す方が余程馬鹿だし……さあ、中へ入れなさい」

 

 「お、おいおい。時間を潰すのが馬鹿らしいと思うなら、何故俺の家に入る必要が有るのだ」

 

 「今戻っても宴会準備を手伝わされるだけ。何で私がそんな事をする必要が有るのよ」

 

 

 迎えに来たと言う最初の台詞から明らかに矛盾した言葉が飛び出したので、面食らってしまう。そして、さも正論を語るように続ける風見に、俺は引きつった苦笑が浮かんだ。

 

 

 「君も大概傍若無人だな……」

 

 「私に並び立つ者が居ないのだから、当り前よね」

 

 「……その自負が確かな実力に裏打ちされている事は知っているからな、そう言われると言葉も無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、風見の要求を跳ね除ける事は出来なかった。俺は妹紅と霊夢に後ろめたさを感じながらも、風見に付き合って少しの時間を潰す。

 

 

 「へえ……外観は平凡な一軒家って感じだけど、こんな仕掛けがねえ」

 

 「魔法使いだからな、自分の拠点には色々と仕込みたくなる物さ」

 

 

 俺はシソジュースを振る舞い、世間話をしつつこの家の『立地』を語る。

我ながら現金な物で、自分の自信の有る分野に関しては饒舌になる。最初の毒舌もどこへやら、非常に心地よい会話の流れを作ってくれる風見に釣られ、いつの間にかそれなりの時間が過ぎていた。

 

 

 「日が落ちている……そろそろ良い頃合かしら。もう、終わっている事でしょう」

 

 「うむ。この時間なら、少なくとも準備は終わっているだろうな」

 

 「ええ、全て終わっているでしょうね」

 

 

 風見が空を見て呟いた事で、俺も遅ればせながら当初の目的に思い至った。

……準備の終わりどころか宴会の始まりも過ぎていそうなくらいだと言う事にも同時に気付く。誘ったのは風見の方とは言え、それをここまで長引かせたのは俺。正直、かなり気まずい。

一応急いだと言う意思表示はしなければと小賢しい事を考え、風見を伴って転移魔法を発動。普段は景色を楽しみながらゆっくり飛行していくのだが、今はそう悠長な事をしていられない。

 

 

 「すまない、少しやむを得ない事情が有って遅れた……うん?」

 

 

 転移が完了し、博麗神社境内に到着。すかさず『事情』を誤魔化しながら謝罪を入れるが……周囲の様子が想像と違う。

ルナサ達の音楽が響く下、酒の入った大騒ぎが行われている物だと思っていたのだが、そのどちらもが無い。いや、皆無と言う訳では無いのだが、明らかに普段よりも抑えられた盛り上がりだ。その割に、俺に気付かない程には酒を飲んでいるようなのだが。

 

 これまでの宴会では勝手気ままに騒いでいた少女達が、静かに談笑している。

そんな妙な状況に疑問符を浮かべながら、もう一度口を開こうとすると……隣に居た風見が大声を上げる。

 

 

 「さあ、役者は揃ったわよ。もう準備は出来ているんでしょうね?」

 

 「お、丁度良い所に。ついさっき、こいつと霊夢の弾幕ごっこが終わった所だ。……果たしてアレを弾幕ごっこと呼んでいいものか、私には疑問が有るがね」

 

 

 風見の声に反応し、魔理沙が笑いながら隣を指さし……って、伊吹!? 何でもう姿を見せているんだ!?

 

 

 「私にはどうも加減が難しいんだよねえ。ちょっと鬼の力を見せてやれば強すぎるって言うし、弾幕に専念すれば数が多いって言うし。でも、楽しかったとは断言するよ」

 

 「あのラストスペルは流石に堪えたわよ……紫とは別方向に無茶苦茶なばら撒きだったもの」

 

 「紫を引き合いに出さないでよお……並べられると私まで胡散臭いって言われてるようで落ち着かないんだよね」

 

 「酷いわ、貴女はそんな事を思っていたの? 大体、私ほど正直者な妖怪は居ないわよ」

 

 「今、早速嘘を言ってるじゃん」

 

 

 俺が状況を把握できず黙り込んでいる間に、伊吹と霊夢……だけでなく何故か八雲まで混ざって和気藹々としている。

これまでの宴会には八雲は一切参加しておらず、伊吹だって姿を見せてはいなかった。ならば考えるまでも無く、前回からの三日間で面識が出来たと言う事になるのだが、それにしても訳が分からない。

 

 

 「風見、君は何か知っている様子だが、これは一体……」

 

 「ふふ。貴方は以前、『道化を気取る』と言っていたわよね? 良かったじゃない、この上なく願いは叶ったわよ」

 

 

 最初に発した言葉の内容と言い、いかにも事情を知っていそうな風見。内心の焦りを隠しつつ説明を求めると、風見はとてもにこやかな笑みで不吉な事をのたまう。

いよいよ以て混乱の極地に落とされる俺だったが、続けて聞こえてきた声にハッとなる。

 

 

 「尤も、お間抜けなピエロとしてだけど。貴方はトリックスターとして振る舞いたかったんでしょうけどね、大魔法使いさん?」

 

 「アリス!? そう言う事か、口止めはしていなかったから……!」

 

 「流石に理解が早い……まあ、思い付いた通りだと思うわ」

 

 

 してやったり、と言う表情で皮肉ってくるアリス。

言葉の内容と、アリスがそれを伝えてくると言う事で予想は付いた。俺はこの僅かな数日で、欺く側から欺かれる側になっていたのだろう。しかし、そうなると……

 

 

 「妹紅、伊吹……君達もグルって事か」

 

 「あ、あはは……」

 

 「う、嘘は吐いていないよ。だって、あれから昴と話してないもん。うん、問題ないね」

 

 

 俺の知らない所で姿を見せる所か弾幕ごっこまでしていたらしい伊吹は、明らかに俺を欺く側に加担している。

そして妹紅も、この状況で何も知らなかったなどと言う事が有り得る筈は無い。何故か今日俺を迎えに来なかった事と言い、どう考えても……

 

 

 「……君達全員、よってたかって俺を騙す算段を立てていた訳だ」

 

 「元々は貴方がしていた事よ、自業自得ね」

 

 

 アリス……よほど俺に弾幕ごっこで負けたのが悔しかったのだろうか。しかし、卑怯な手段だったとは自認するが、一応はルールの範囲内で付いた決着だ。

どんな形であれアリスの方も負けを認めたのは事実だし、そこからこうして復讐を狙うと言うのは幾ら何でもやり過ぎではないのだろうか。

 

 

 「別に今回の事は私が企てた訳じゃないわ。ある意味で、私達こそ黒幕とは言えるのかもしれないけど」

 

 「私、達だと?」

 

 「最初の黒幕……そこの鬼や妹紅を焚き付けたのが、私達。元々の『異変』に、更なる内容を付け加えさせたの」

 

 

 俺の表情から内心を読み取ったらしく、アリスはいかにも心外だと言わんばかりの口調。

白々しい……とは、確かに俺が言えた事では無いんだよな。素知らぬ顔で宴会の参加者を騙していたのは、俺の方が先だ。

 

 

 「私が貴方に負けた後、霊夢や魔理沙達もそれぞれ疑いあって犯人の可能性を潰していってね。そんな中……」

 

 「あー、アリス。ようやく田澤の鼻を明かしてやれるからって、一々回りくどいぜ。もっとシンプルにいけよ、その調子じゃ終わる頃には夜更けだな」

 

 「……八雲紫、お願いするわ」

 

 

 熱が入ったアリスは演技がかった動作で説明を続けようとするが、苦笑した魔理沙がその滑稽さを指摘する。

アリスは常の冷静さを取り戻したのか、やや顔を紅くして口を閉じる。そして、唐突に八雲へネタばらしの役割を放り投げた。

 

 

 「あら、そのまま話していてもよかったのに」

 

 「一番適役でしょう、殆ど貴女が企てたようなものなんだから」

 

 

 ……ああ、うん。この展開に深く考える余裕が無かったが、この場で居るのが最も不自然な者と言えば八雲を置いて他に無い。

しかもこんな策を企てる意地の悪さ、それを俺に知られずに遂行する知力と、お誂え向きに能力が揃っているな。

 

 

 「ご不満のようですし、それ以上機嫌が悪くなられる前に説明しましょうか。

  とは言っても、強いて内容を簡略化しなければならないほど複雑な物でもないのですが」

 

 「この時点で回りくどいぞ」

 

 「……霊夢たちが『犯人』を探す過程で、アリスの貴方に対する誤解が皆に周知されたのです。

  『田澤昴は弾幕ごっこにおける有数の実力者であり、強者の傲慢を以て不動のまま相手を下す』とね。まあ、他の者は当然疑問を持ちます」

 

 

 ……八雲は元々の口調が回りくどいから、この手の解説にあまり向いていないのでは無いだろうか。

これならアリスが解説を続けていてもあまり変わらなかったような気もするが、ここで更にケチを付けると収集が付かないから止めておこう。

 

 

 「その疑問が疑惑に変わるのも、そう時間のかからない事。多くの衝突を経て容疑者が絞られていた事も有り、矛先は貴方に近しい妹紅へ向かいました」

 

 「……ん? さっきは聞き流してしまったが、アリスは俺との弾幕戦の経緯を皆に広めたのか? それは何と言うか、推奨されない事なのでは」

 

 「確かに異変を建前として弾幕ごっこを行った以上、負けた側が勝者に不利益になる情報を明かすのはマナー違反ですけど。

  最初にその誤解が明らかになった時点では、未必の故意ですら有りませんでしたし……田澤さん、貴方に『推奨されない事』を指摘する権利が有るのかしら?」

 

 「……済まない、失言だった」

 

 

 八雲の語るこれまでの流れに、思わず声が出てしまうが。

強さの印象を伝える事が、まさか俺への不利益になるなどアリスは思っても居なかっただろう。そして、俺は非難出来る立場では無かった。

 

 

 「結局は妹紅も打倒された所で、興味を持った萃香が姿を現し……後は、分かるでしょう?」

 

 「面白がって野次馬をやっていた君が、良いように話をややこしくしたと言う訳だな」

 

 「身も蓋も無く言えば、そうなるかしら。でも、大まかに筋書を書いたのは萃香よ」

 

 「な、何だと?」

 

 

 そう言えば、アリスも『焚き付けた』と表現していた。二人の言い分が正しいのであれば、最初にこの状況を望んだのは伊吹と言う事になる。

 

 

 「……結局は俺も異変に踊らされていただけ、と言う事になるのかね」

 

 

 裏切られて晒し者にされているような気もする……と言うか、状況だけを見たらその認識で間違っていないだろう。

しかしこれは異変と言う『遊び』で、伊吹は人間を困らせる妖怪であり、俺はそれに相対する人間と言う役割を持っているのである。振り分けられた役割で気に入らない事が起こっても、本気で怒るのは余裕の無さを露呈するだけの振る舞いだ。

アリスに対して『踊れるだけ踊れ』なんて言ったのだし、俺にも言葉への責任と言う物が有る。

 

 ……まあ単純に、少女達の遊びで気に入らない事が起こったからと機嫌を悪くする大の男は凄く格好悪い。

 

 

 「う、勘違いはしないでね。私は昴を馬鹿にするつもりなんて無いんだよ。……でも、こう言う機会でもなければ昴は戦ってくれないよね?」

 

 「……ああ、合点が行った。以前力比べがしたいと言っていた割にそんな様子がまるで無かったから、気を抜いていたよ」

 

 

 決まり悪そうに伊吹がかけてきた言葉で、おおよその事情が分かった。

以前と言っても月での騒動まで遡るが、その際に伊吹は何やら不穏な事を言っていた覚えが有る。これまで伊吹本人から直接的に勝負を挑まれてこなかったが、逃げ場の無い状況でそれを持ち出してくるとは……

 

 風見についても似たような事を言えるのだが、伊吹達『鬼』との勝負ともなれば周囲に大きな影響を及ぼす戦闘になることは必至。

模擬戦ならむしろ積極的に受けても良いくらいで有るものの、伊吹はそんな生温い物では満足してくれない筈だ。俺もそこまで身を張りたくは無いので、普通に頼まれても煙に巻いていただろうが……この割と四面楚歌な状況ではそうも行くまい。

……弾幕戦を挑んできている、と言う事は罷り間違っても有り得ないし。

 

 

 「しかし、そうなると……『分かっていた』者達は俺への罪悪感よりも面白い見世物への楽しみが勝ったんだな」

 

 

 最後にこのくらいの嫌味は許されるだろう、と主に視線を妹紅に向けて呟く。

風見は喜び勇んで協力を申し出る情景が目に浮かんでくる程なので最早言う事も無いが、妹紅さえも俺を騙す側に回ったのは密かに衝撃だ。接触を避けるというだけの消極的な物だが、それでも時間稼ぎの隠蔽工作に手を貸したと言うのは事実。

 

 

 「引っ込みがつかなくなっちゃったんだよ、挑発されて……」

 

 「妹紅って、普段は飄々としてるくせに貴方を引き合いに出すと途端に扱いやすくなるわよ。

  『田澤が見かけ倒しでないと証明できるのか』なんて煽ったら、『実際に確かめれば良いだろ』なんて言っちゃって」

 

 

 俺の嫌味を受けて、妹紅は頬を掻きながら視線を逸らす。妹紅の発言だけでは今一要領を得なかったが、面白そうに続けた霊夢の言葉で事情を把握。

 

 

 「いくら売り言葉に買い言葉だったとは言え、自分から提案した以上は田澤の本領発揮が出来る環境を整えないといけないからさあ……」

 

 「異変終了後の余興、すなわちエキシビションマッチとして今回の決闘を計画したと言う事ですわ」

 

 

 八雲が何故か自信満々と優越感に満ちた瞳で説明を閉める。

納得はいかないが、疑問自体は全て解決した。以前から俺と勝負がしたいと考えていた伊吹と、俺を見返したかったアリス、そして単純に面白がって囃し立てた者達の利害が一致してこうなったのだろう。

 

 

 「……逃げる訳にも行くまいよ。策に嵌められてこうなった以上、素直にこの状況を受け入れなければな。

  それに……俺としても、実力に疑問を持たれたまま『理屈だけの大魔法使い』と思われるのは、少し癪に障る」

 

 「私はそんな事を考えて勝負を挑んだ訳じゃないけどね。でもまあ、昴と弾幕ごっこをした事が有る奴ほど強さに疑問を持ってるみたいだよ」

 

 「……うん、改めて聞かされると、とても悲しい」

 

 

 要するに、弾幕戦だけで見ると俺は文句なしに弱いと言う事。

自覚はしているしそこはもう認めているが、他の人に正面から伝えられると……一応俺も最低限のプライドは有るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情は分かったし、腹もくくった。

俺の方がその気になれば、向こうは全ての準備を終えている事も有り展開は速い。風見と入れ替わるように伊吹と八雲が前に出てきて、他の少女達は酒と肴を持って呑気に野次などを飛ばしてくる。

 

 

 「流石にお二人が好き勝手するには、少し不安が有る場所なので。私の方でちょっとした結界を張らせて頂きます」

 

 「おお、気が利くねえ紫。これで心おきなく戦えるよ。

  ついさっきも霊夢とおもいっきりやっちゃったけど、あれは弾幕ごっこだったから……ふふふ」

 

 「……程々に頼むぞ、これでも俺は一応人間なんだからな」

 

 

 八雲の言葉を受けて、伊吹は俄然やる気を出したようだ。八雲の張る結界ともなれば、戦闘で発生する流れ弾などはシャットアウトされる筈。

俺としてもその点は有り難いと思うのだが、伊吹の様子を見る限り本当に全力を出してきそうで怖い。いくら八雲と言えども、流れ弾ならともかく伊吹の全力がまともに衝突するような事が起これば相当な負担が有るのでは。

……自分の心配が先か、俺はその『相当な負担』と正面から向き合う事を決定付けられているのだし。

 

 

 「さ、始めよう! そろそろ皆待ちくたびれただろうし……私も、これ以上は我慢出来ないよ!」

 

 「……こんな事になるとは思っていなかったんだがなあ」

 

 

 今更戦闘を回避しようなどとは思わないが、ぼやきくらいは許してほしい。つい先程まで酒を楽しむ気でいたのに、いきなり鬼との全力勝負に駆り出されているのだ。

 

 

 「昴はあんまり乗り気じゃなさそうだね……私も悪いとは思うけど、ひとつ我儘に付き合っておくれ」

 

 「まあ、君には借りが有るしな。これで全て清算すると言う事で、良しとするさ」

 

 

 ……軽口を叩き合いつつも、俺は急速に意識を戦闘時の物に切り替えていく。

我慢出来ないと言うのは言葉通りのようで、伊吹からは思わず後ずさりしてしまいそうな威圧感が放たれ始めた。これが恐るべき『鬼』としての伊吹の気配か。

 

 

 「……そう言えば、大昔も昴とはこうして向き合ったね。あの時は力比べなんて言えるような物じゃなく、文字通り一ひねりにされちゃったけど」

 

 「懐かしい事を覚えているな。確か、初めての人さらい、だったか」

 

 「感慨深いね。……うん、あの時からどれだけ私が力を付けたか、存分に刻んでやるよ」

 

 

 俺がその言葉に軽口を返す事は出来なかった。回避行動を取る間もなく伊吹の拳が眼前に迫り、魔力防壁の展開を強制されたからだ。

しかもその一撃で魔力防壁は罅割れ、間髪入れず放たれた二撃目で完全に崩壊。並の妖怪の攻撃など比にならない衝撃が俺を襲う。……そして、これは。

 

 

 「どう? 前はあっさり避けられちゃったけど、今のはそうも行かなかったでしょ」

 

 「意趣返し……と言うよりはリベンジか」

 

 

 この攻撃は、単なる突進だ。ただ、ひたすらに速く重い。駆け引きや小手先の技術など、全て力尽くで潰してしまう程に。

大昔に伊吹と相対した時も初撃はこれとほぼ変わらなかったが、その時は単なる回避動作のみでやり過ごせる他愛ない物だった。それが、今となっては……

 

 そして、俺には悠長に驚愕している時間も与えられない。衝撃に弾き飛ばされた俺に、伊吹は鎖に繋がれた鉄球を投擲してくる。

 

 

 「ぐ……! 二度も良いようにはやられんよ!」

 

 

 宙に弾かれた状態なので、回避行動は満足に行えない。魔力防壁では先の二の舞になると判断し、両手に魔力剣を生成して体勢を立て直しつつ迎撃する。

鬼の腕力で以て放たれた、超重量の鉄球。いくら身体能力を魔力で強化しているとは言え、元々が人間である俺にとって正面から打ち破るのは分が悪いと言うレベルではない。しかし、接触の瞬間に勢いを受け流すように魔力剣を振るい、その軌道を俺から僅かに逸らす。

 

 

 「流石の剣術だねえ、よくもまあ精確にやってのけるよ」

 

 

 伊吹の褒めるような呆れるような声を聞き流しつつ、すぐさま牽制として魔力剣を投擲し返す。攻撃としての狙いは少しも無い、追撃を防ぐ為だけの苦し紛れだ。

当然、伊吹は顔色一つ変えず。挙句、虫か何かを払うように素手で魔力剣を弾いてしまった。……流石にここまでとは思わなかったが、動作を一つ潰したと言う意味では結果オーライだ。

 

 

 「んー、私も本気を出してないからこう言うのも悪いんだけどさ。もうちょっとやる気出していいよ? 昴の本領って、月でも見せた妖怪召喚じゃん」

 

 「妖怪……まあ認識として間違いでは無いか。しかし、そこまですると本当に周りの被害が」

 

 「……うーん、周りを気にする余裕を無くせばいいのかな」

 

 

 伊吹が退屈そうにかけてきた声に意見するも、どうやら余計に苛烈な攻撃を誘発する結果となってしまったらしい。

伊吹は物騒な事を呟きながら、力強く地面を踏みしだく。次の瞬間、まるで地震でも起きたのかと錯覚するほどの揺れが起こり、思わず俺は体勢を崩す。

 

 

 「良いよ、私が嫌でもそう言う気分にさせてあげるからさ」

 

 「い、今更ながらなんて馬鹿力だっ!」

 

 

 伊吹は今の衝撃で削り取られた土塊を持ち上げ、それを再度投擲して攻撃に転用。土塊と言っても伊吹どころか俺すら覆い隠して余りある体積であり、先程のような対応は不可能だ。

仕方なく魔力で爆発を引き起こし、迫る土塊を粉砕。続けて魔力防壁を最大限まで強化して展開する……と同時に凄まじい衝撃によって叩き壊された。

 

 

 「流石に単純過ぎたかな。でも、昴も迂闊だよね? さっきと全く同じ事をするなんて……っ!?」

 

 「言っただろう、二度も良いようにはやられないと!」

 

 

 伊吹は粉砕された魔力防壁の中に留まっていた俺に拳をぶつけるも、それはまるで霞のように掻き消える。

それもその筈、伊吹が攻撃したのは俺が用意した囮の式神。本物の俺は土塊の破壊に紛れて姿を隠し、式神に意識を誘導させるようあからさまに魔力防壁を展開していたのだ。

 

 

 「なんだこれっ、動けない!?」

 

 「さあ、少し早いが終わりにさせてもらう!」

 

 

 式神の役割はこれだけではない。実体が暴かれた後は触れた物を縛る魔力の鎖として機能する、設置式の罠でもあるのだ。

鬼の力が加わればそう長くは維持できないだろうが、それでも数秒身動きを封じれば十分だ。俺は新たに生成した魔力剣を即座に構え、致命的な隙を晒している伊吹に袈裟斬りを仕掛ける。

 

 

 「ふふっ、なーんてね」

 

 「なっ……」

 

 

 だが、先の焼き増しのように俺の攻撃も虚しく空を斬り、伊吹の姿が霧散する。

まるで俺と同じ仕込みをしたのではないかと思えるほどに一致した光景だが、霧となっていく伊吹を見て俺は重要な事を思い出す。

 

 

 「そうか、自らを霧の姿にする能力……! まさかこの一瞬で変化するとは!」

 

 「ご名答。でも分かったからって対処は出来ないと思うよ?」

 

 

 これは、厄介極まりない。ほぼ瞬間的に姿を切り替えられる以上、伊吹が視認した攻撃はまるで無意味な物と言わざるを得ないだろう。そして、更に深刻なのは……

 

 

 「ほらほら、昴はどう切り抜けるのかな」

 

 「ぐっ、流石に卑怯じゃないのか、これは!」

 

 

 伊吹は霧の姿で俺に接近し、通り過ぎざまに拳や足と言った体の一部分のみを実体化させて一方的な接近戦を仕掛けてくる。

性質の悪い事に霧の姿では魔力防壁をもすり抜けるらしく、接近を妨害する事すら出来ない。コートの内側、もっと言えば俺の体内に侵入してこないのはせめてもの情けだろうか。それをやられたら本当に終わってしまう。

 

 

 「こんな事も出来るよー」

 

 「うわっ、これ一体何をどうやってるんだ!?」

 

 

 しかしその手段以外は自重する気は無いらしく、伊吹は何やら霧になったまま不可思議な力で俺を掴み上げ空中戦に移行。

それも地上と同じく戦いとは言えない一方的な……いや、先程よりも酷い。常に接触している状態なので、攻撃に対して抵抗の動作を取る間すら無いのだ。何とか振り切ろうともがくが、今の俺は鬼の力による拘束を全身に受けているような物。普段の伊吹なら体格差からまだやりようも有るが、全身を覆われていては少しも動けない。

 

 

 「くうっ、舐めるな……!」

 

 「お?」

 

 

 だが、動けないと言う程度ならまだ何とかなる。俺は全身に魔力を纏い、自爆覚悟でそれを爆発させる。

物理的な攻撃をほぼ全て無力と化す霧の姿だが、これ程の魔力が注ぎ込まれた爆発を超至近距離でぶつければ無傷では済まない筈。最悪これさえも無意味だったとしても、爆発の中心地で全く隙を見せないと言う事は無いだろう。

 

 

 「う、うわっ」

 

 「ぐっ……が、あっ」

 

 

 伊吹も俺がここまで思い切った方法を使ってくるとは思っていなかったのか、拘束が解ける。

自爆の衝撃で思うように飛行魔法を発動出来なかった俺はそのまま地面に衝突するが、少なくとも拘束されていた際のダメージに比べれば何という事は無い。

 

 

 「や、やるねえ。あの状態の私に手傷を負わせるなんて」

 

 「……君に手傷を与える代償がこれでは、割に合わんな」

 

 

 必要最低限の回復魔法で体勢を整えると、伊吹も動揺から立ち直ったのか実体化した状態で俺に向き合う。

その姿を見ると服に軽い焦げ目が出来ており、伊吹本人にも少しの傷が見受けられるが……その成果を引き出すまでに俺は相当な痛手を受けている。

そもそも伊吹は手傷と表現したが、あれくらいでは何も痛痒を感じていないだろう。先の自爆は精神的にこそ衝撃を与えたかもしれないが、とても有効な攻撃とは言えない。

 

 

 「……だが、これで分かった。如何に霧になろうとも、本当に何もかもすり抜けると言う訳では無いのだな」

 

 

 そう、この事が分かったのはとても大きい。もし霧の姿で完全に無敵になられるのであれば、対処手段はもうごく僅かにしか残されていなかった。

しかし実際には、大量の魔力使用かつ意表を突いたとは言え単なる爆発魔法でもダメージに成りうる。魔法ならばある程度の効果は見込めると言う事だ。効率が悪いのでやりたくは無いが、過剰に魔力を注ぎ込めば剣でも傷を付けられるのかもしれない。

 

 

 「うーん、私も知らなかったなあ……紫なんかはインチキで私を元に戻しちゃうしね、力尽くで無理矢理攻撃を当てられたのは初めてだよ」

 

 「……ふむ、その手が有ったか。何も馬鹿正直に霧になった君を相手にする必要は無い」

 

 

 伊吹が漏らした言葉、それは俺にとって何とも単純な解決方法を示してくれる物だった。

正面から力押しも可能だとは分かったが、元が規格外の力を有する伊吹相手では魔力切れのリスクも跳ね上がる。丁度魔法ならば効果を発揮できると分かった所だし、厄介な能力は封じさせてもらおう。一方的な展開を是正する策なのだ、文句は有るまい。

 

 先程まで接触した状態がある程度長く続いていた事で、伊吹の能力の分かりやすい一片……『霧化』については仕組みまでを理解した。

仕組みが分かれば、それは俺の魔法として再現が可能と言う事。まだ俺自身を霧とするには情報が足りないが、逆の工程を行う事でピンポイントな解呪魔法としてなら運用出来る。

 

 

 「え、いくら昴でも言った次の瞬間にそれが出来るなんて事は……有ったみたいだね、うん」

 

 「伊達に魔法使いは名乗っていないと言う事だ」

 

 

 先程の一方的な攻撃は軽くトラウマになったので、解呪魔法の構成を脳内ですぐさま組み上げ伊吹に掛ける。

伊吹は苦笑しながら再び霧になろうとするが、俺が掛けた解呪魔法が発動して強制的に実体へと引き戻す。まだ構成が甘いのか半実体で僅かな拮抗時間が存在しているが、少なくともあの悪夢のような連撃はもう不可能だ。

 

 

 「……いくら魔法使いって言ってもこれはさあ」

 

 「俺の力が見たかったんだろう、その身で感じる良い機会じゃないか。喜びたまえ、君は宣言の通り、俺をその気にさせたぞ」

 

 

 割と命の危険まで感じる攻撃に晒されたからか、心臓は脈打ち、徐々に精神も興奮してきた。

ここまでくれば、俺もどうにも乗り気ではない等と冷めた事は言っていられない。どうせ既に宴の肴に使われているのだ、今更冷静な姿を見せた所で滑稽だろう。精々力いっぱい踊らさせてもらうさ、鬼との直接戦闘と言う得難い機会、本気で楽しませてもらおう。

 

 さあ、反撃の時間だ。

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