まずは、状況を再確認する。先程の防戦に係る一連の魔法、そしてたった今伊吹に掛けた霧化封印の魔法。
これによって多少の魔力を消費し、更には回復したとは言え伊吹による打撃のダメージが残っており、俺は真に万全と言える状態では無い。しかし万全では無いと言うだけで、何も戦闘に支障をきたす程問題が有る訳でもない。
ここ最近は殆ど魔力を使用する事も無く、ましてや直接的に肉体を傷つけあうような戦闘などしていなかった。そこから少し傷が付いた所で、むしろ普段こうした戦闘になる時よりも恵まれたコンディションだろう。特に今は、俺の方も乗り気であると言うメンタル的な面での違いも有る。
「伊吹。先に一つ訂正しておく事が有る」
「なんだい、改まって」
「君は先程俺の本領を妖怪召喚と言ったが……それは間違いでは無い、しかし決して正しくも無いな」
俺は自分を更に高揚させる意味も込め、演技がかった台詞で宣言する。
これは自己陶酔によるトランス、それによる更なるメンタルコンディションの向上を狙った物では有るが……同時に紛れも無い本心であり、もし月での戦闘を見ていた八雲や藍も同じ事を考えていたなら、この機会にその認識を改めてもらいたい物だ。
「……『大地を縛る星の網』!」
「なっ、うわぁ!?」
即座に魔力を練り上げ、『我等』の片鱗たる魔法を構築。
時空干渉能力を重力操作術式に転用し、異界の法則を以て世界を攻撃する。局地的に発生した超重力は鬼の脚力によって叩き割られた地面を平坦に均し、伊吹すらも地に這い蹲らせた。
「なんだ、これっ……体が、重い」
「重力の講義は、後で八雲にでも受けてくれ。今は理屈よりも、君がこの網を断ち切れるかが問題だろう?」
「言ってくれるね……鬼の力を舐めるなよっ!」
伊吹は重力結界を解呪する事なく、その有り余る肉体強度を活かして無理矢理に体を起こした。
俺の知っている中では、この世界で今までにそれを成し得た者は一人も居ない。藍の式神が、『田澤昴』の同一魔法を抜け出してはいたが……彼の魔法は、厳密には『我等』の物では無いからな。
立ち上がった伊吹だが、その動作は緩慢な物。当然と言えば当然か、加減こそしているがそれでも通常の数十倍の重力を受けて尚まだ動けると言う時点で奇跡的なのだ。
「どうした、威勢の割に動きに精彩が無いぞ。馬鹿力だけでは無理も無いが」
「……ふ、ふふ、鬼が、力一辺倒の種族だと、思わないでよね」
俺の挑発を受けて伊吹は少しの間沈黙したが、やがて苦しみに堪える凄絶な笑みを浮かべながらも俺へ挑戦的な言葉を返してきた。
俺としてもこの魔法には少しでは無い自信を持っている事も有り、果たして伊吹がどのように突破を試みるのか興味深い。力の放出を続けつつもそれ以外の対応はせず、伊吹の行動を楽しませてもらう事にする。
「この圧し潰す力……きっと私の力と仕組みは似たような物なんだ。だったら、同じように、『密』を操って……!」
伊吹が腕を振るわせながらも、その手を俺に向かってかざす。
位置を指定して攻撃を発生させるタイプの呪術であれば、いかに重力結界と言えども俺への到達を防ぐ事は出来ない。直接的な妨害はしないが、すぐさまその場を飛び退いて回避。
どうやら俺の勘は当たっていたらしく、直後に俺の立っていた場所に放電を伴う黒球が展開された。
「どのような呪術かは知らんが、当たらなけば意味も……!?」
「やっぱり、ね!」
飛び退いた俺の体は、高所から落下していくかのように凄まじい勢いで伊吹が発生させた黒球に引き寄せられていく。
……いや、『かのように』ではなく物理的には実際に落下していると考えてよいのだろう。あの黒球は俺の重力結界にギリギリで打ち勝つ程の強烈な引力を発生している!
伊吹が漏らした言葉と起こした現象から察するに、彼女は自らの能力で『密』の黒球を生み出し、それによって重力結界の干渉をも超える引力を発生させたのだろう。ここまでの能力行使を咄嗟に行えるとは……
「流石だ、伊吹! だが、時間や空間に類する勝負で、俺と同じ土俵に立てると思うなよ!」
「くっ……!?」
黒球は発動した本人も巻き込んで引き寄せていたが、俺と伊吹が衝突する事になって得をするのは肉体能力で勝る伊吹だ。
その思惑に素直に引っかかる気は無い、空間干渉を行って伊吹の発生させた黒球……超密度の圧縮空気を元の状態に戻す。途端に引き寄せる力は消失したが、『落下』の慣性までは無くならない。俺は新たに重力魔法を自らに掛け、その勢いも改めて無にした。
「……まさかあの超重力に打ち勝つ程の引力とは。そして君も本当に丈夫だな」
「あちこちに体が引っ張られて、相当痛かったけどね……まだこれくらいなら平気平気」
ふわりと地面に降りた俺とは対照的に、伊吹は引き寄せられた勢いそのまま地面に落下し、全身でスライディングしながら無理矢理動きを止めた。
しかしそれによって擦過傷を負っていると言う訳でもなく、単に転んだだけとでも言わんばかりの元気さで俺に向き直ってきた。……月で逃亡した際に俺も似たような事をやったが、あの時は本気で死にかけたぞ。これが種族の差と言う物か。
「改めて、見事と言わせてもらおう。あの状況で引力による離脱と攻撃を発想できる思考、更にはそれを実行できる能力。流石は鬼だ」
「流石は私、だよ。……うん、中々気分が良いねえ、この台詞」
今の攻防には、本心から感動を覚えた。俺が単純な攻撃魔法として最も自信を持っている重力結界、これを打ち破る策と能力の応用。
少しの悔しさも顔を出し上から目線な褒め方になってしまったが、伊吹は満足そうに笑いながら軽口で返してくる。……何故か結界の向こう側から八雲が何か言いたげな視線を伊吹に向けているが、何なのだろうか。
「ん? あの重い感じが消えてるね」
「君は俺の重力結界を打ち破ったのだ。未練がましく同じ魔法には頼らないさ」
伊吹の問いかけに対し、特に隠す事でも無いので素直に説明する。
今の重力操作は真の意味で『本気』を込めた訳では無いが、それでも明確に攻撃の意思が有った魔法を打ち破られたのは事実。打算的な意味でも同じ行動を繰り返すメリットは少ないし……そんな芸の無い事をやっては、面白味も無いだろう。
「お、そんな事を言っていて良いのかな? そんなんじゃ、何時かは使える魔法が無くなっちゃうよ」
「もし仮に君が俺の魔法を最後まで突破出来るとしても、全て攻略し尽すにはこの星の歴史よりも長く時間がかかるだろうさ」
伊吹の挑発に対して俺も半分本気の言葉で応えつつ、すぐさま次の魔法を放つ体勢に入る。
元々力押しでは分が悪い上に、先程の迎撃で相当以上に『技』にも秀でている事を伊吹は示してしまった。自信の有る魔法とは言え一撃を入れるくらいでは何も起こせまい、少し自重を外して『魔法使い』の本領を見せる事にする。
「魔法と言えば、同業者でなくとも思い浮かぶのはこれだろう。火水風土、所謂四大元素を元にする属性魔法だ!」
魔法と言う概念が空想の物とされる外界においてさえ、ある程度の共通認識と化している感の有る『属性魔法』。
俺自身、日常生活で使う事こそ数あれど攻撃に利用する事は殆ど無いそれを、この場における一種のパフォーマンスとして大々的に行使する。
……攻撃として四大元素の魔法を使うのであればその属性を司るソロモン72柱の悪魔の権能を引き出してきた方が実戦的だし、本当にこのような運用は珍しい。魔法としては宣言した通りにポピュラーな部類なのだが。
頭の片隅でどうでも良い感慨に耽りつつも、即興で対伊吹の術式を構築する。
引き起こす事象は実に単純なので、内界に宿る『叡智の王国』を参照するまでも無い。故に詠唱の必要は本来無いのだが……ギャラリーを盛り上げる事も考えようか。
「かつてのパラダイムにおいて世界を構築していたエレメント! その流転により顕現する原初の破壊に慄くがいい!」
「ぱら……よく分からないけど、何だか凄そうだね!」
……伊吹はまだ興奮してくれたようだが、思ったより周りの反応は芳しくなかった。観戦している少女達の表情はごく一部を除いて白けており、八雲がらしくもなく済まなそうに声を届けてくる。
「……田澤さん、正直外してるわよ」
「……ええい、とにかく驚け!」
非常に居た堪れなくなり、半ば自棄になって魔力を必要以上に注ぎ込む。妹紅と、何故か目を輝かせたレミリアの応援に答える為に、無様な姿は見せられない。
属性魔法の一つ一つでは、伊吹に攻略されるのも時間の問題だろう。だが、それらを『全て』連続させればどうだろうか。如何に伊吹と言えど、対処できる数には限度が有る筈だ。
「うわ、わっ……何だ、天変地異かっ!?」
「ふむ、確かにそう見えない事も無いか」
大地は砕けて土塊となり、同時に地の底より吹き上がった高圧水流、大竜巻、天まで届かんばかりの火柱が、まるでこの世の物とは思えない悪夢の光景を作り出す。
砕けた土塊は水や風、火によって手の付けられない飛来物となって伊吹を襲う。更には火柱の輻射熱が水を大量に蒸発させ小規模な蜃気楼とも言える像の歪みが起こったり、その水蒸気が竜巻によって急速に冷却され空を不気味に覆う漏斗雲を構成するなど、最早天候操作と言っても過言ではない状況になっていく。
「……やはり、この場合は最初から天候改変を行った方が効率は良いのだろうな」
先程とは打って変わった反応を見せてくれるギャラリーに少しの満足感を覚えながらも、小声で呟く。
魔法使いとしての実力を分かりやすく誇示する為に属性魔法と言う過程を経たが、最終的な攻撃形態から考えるに天候改変の魔法を使った方が早かっただろう。
……まあ、この手の無駄も魅せる為には重要だ。七曜と言う体系の属性魔法を得意とするパチュリーには、僅かなりとも参考になる部分が有るのではないだろうか。
「何を考えてるか知らないけど、今まさに戦ってる私を見てくれないとはつれないねえっ……!」
「む……」
伊吹は素直に打ち破る事を諦めたらしく、回避行動を取る事なく突っ込んで俺へと接近してきた。
成程、確かに手っ取り早い対処法だ。この魔法が広範囲を無差別に占める物である以上、術者も攻撃範囲に巻き込んでしまえば自滅か強制終了のどちらかを強要する事が出来る。わざわざ自分で魔法を対処しなくとも、相手の方から消してくれると言う訳だ。
「しかし、そんな定跡は対策済みだぞ」
「っ……!?」
まあ当然ながら、そのような考えるまでも無い弱点を放置しておく訳が無い。いや、俺にとっては最初からそもそも弱点たりえないと言うのが正しいか。
俺は無造作に指を振るい、土の魔法で以て大地を隆起させる。今までの魔法攻撃と違うのは、大地を土塊として砕かず地殻をそのまま持ち上げた事だ。
目にも留まらぬ速度で地上まで引きずり出された地殻は、接近を拒む巨大質量の壁となると同時に……伊吹を下から打ち上げる鎚の役割も果たす。
伊吹は俺の引き起こした天変地異もどきから逃れる為、鬼の身体能力を活かした尋常ならざる速度で俺へ突進していた。
その状況で、急遽逆方向に転進するのは流石に無理が有ったのだろう。伊吹が表情を焦った物に変えた刹那、その小さな体は空に跳ね上げられる。
「ぐ、うぅ……まだ、だ!」
「……そのタフさは、本心から羨ましい」
しかし並の妖怪ならば意識どころか命まで奪いかねないようなこの一撃も、伊吹には苦悶の声を漏らさせるだけの結果となった。
伊吹は直撃を受けた箇所らしい左足を庇いながらも空中で体勢を整え直し、鎖に繋いだ鉄球を無茶苦茶に振り回して地殻を削り取っていく。
「今更壁を壊しにかかった所で遅……!?」
後ろから迫る脅威から逃れるのに、その行動は一歩出遅れている。そう判断した俺は軽口を叩こうとして、本日何度目か分からない驚愕に言葉を飲む。
伊吹は削り取った地殻、僅か宙に浮かぶ事になったそれらを蹴り、その勢いを受けて次の足場へ、そしてそれも同様に粉砕していくと言う凄まじい方法で加速し俺への再接近を試みていたのだ。
……しかも、片足を庇うと言うおおよそ最悪に近いコンディションで、である。事実上片足のみの脚力、それもバランスを非常に取りづらい状況だと言うのに、まるで誂えたかのように正確に俺へと近づいてくる。言語に絶するとは正にこの事か。
「だが、思ったようにはさせん!」
「……やっぱり、駄目だったか」
再び属性魔法の同時発動を行う。俺がかざした手からは先程の悪夢の再来とでも言うべき飛来物の群れが展開され、伊吹は焦燥感に満ちた呟きと共に接近を中断。
とは言え接近を諦めたと言う事は、防ぐにしろ躱すにしろ背後から迫る俺の魔法を何とか正攻法で対処しなければならない。それも今度は、前からも同種の攻撃が襲うと言う条件でだ。
「こんなに早く使う事になるとは思わなかったけど、昴相手にはやっぱり出し惜しみしてられないね……!
『百万鬼夜行』!」
伊吹は苦痛とも歓喜ともつかない声を上げながら、その身に宿す妖力を炸裂させた。全身から放出された伊吹の力は、爆発的な威力を伴って俺の魔法を迎撃する。
「弾幕……だが、数が多すぎるか! 成程、俺の魔法と同じく実戦用であるからこその禁じ手なのだな」
「い、一応スペルカードルール用に作ったんだけどねえ」
伊吹の迎撃、その攻撃形態は実に単純だ。これ以上は無いと言うほどに、弾幕なのである。
だがこの状況で持ち出した事からも分かる通り、その弾幕は遊びで用いる為の『突破させる隙』が事実上皆無に近い反則的な物。
百万と言う名を冠するに相応しいと人目で分かるような圧倒的多数の弾幕が、よりにもよって鬼の妖力で構成されているのである。これを反則と言わずして何を反則と言うのか。
俺の魔法と衝突した伊吹の弾幕は、最初の数秒こそ真価を発揮出来ず抑え込まれた。
単体での威力そのものは、流石に天変地異には敵わないと言う事だろう。しかし秒数にして二桁を超える頃、その形勢は逆転を始める。理由は、これも単純極まりない。数の差が大き過ぎるのだ。
俺の魔法に、潰されるのではなく『抑え込まれる』。これは逆に言えば天変地異を相手にしながら僅かに拮抗は出来る事の証明に他ならない。それが単発ならまだしも、視界全てを覆う程の量で展開され続けているのである。やがて土塊は砕け切り、水流は圧を消失、竜巻は形を崩して、火柱は拡散する。
「四大元素の力も凌駕するとはな。属性の力自体は際限なく追加出来るが……それでは面白味も有るまい。次に移行しよう」
「何だか余裕みたいだけど、私の弾幕にはどう対応するのかな!」
属性魔法を終了する旨を告げるも、特に伊吹が何か感じた風ではない。既に突破を終え、自らの切札級の攻撃を展開している最中なのだから当たり前と言えばその通りだ。
「ふむ。攻撃魔法で撃墜しても良いが、先の衝突とさほど変わらんのだよな。今度は趣向を変えよう」
凄まじい威力と数を併せ持った伊吹の弾幕だが、力尽くで上回るのもそう難しくは無い。周囲への被害を顧みて普段は自重している物まで扱えば、更にえげつない破壊を引き起こす事も可能だ。
とは言え、目に見える派手さと言う面でのアピールならば先程の属性魔法で達成出来たと考えてよいだろう。幾ら派手だと言っても、派手さの種類が似通っているのだから驚きはどうしても薄まる筈。新しい演出を披露して、更に観客達に沸いてもらおう。
「魔法とは何も特定の元素を操るしか能が無い物ではない。魔力を込め火を呼ぶと言うのもすぐに浮かぶ姿ではあろうが……これもまた、典型的な魔法使い像では無いだろうか」
勿体ぶった口上を並べつつ徐に指を鳴らすと、俺の寸前まで迫っていた伊吹の弾幕が突然に勢いを失い、まるでたった今重力の存在を思い出したかのように地面に落ちる。
その光景を見て伊吹は何か思い違いをしたのか、焦ったような怒ったような複雑な声色で俺を非難してくる。
「うぇ!? す、昴、さっき同じ魔法は使わないって言ったじゃん!」
「重力操作では無いよ、これは。ありとあらゆる投擲攻撃や飛び道具を無効と化す、『矢止めのルーン』さ」
見た目が少し似ている事は認めるが、伊吹の非難は的外れだ。
そもそも重力操作でこの弾幕を撃墜するならば、俺への到達を防ぐ為に瞬間的な超重力の展開が必要となる。要するに、弾幕どころか地面まで陥没する。
俺の言葉だけで一応自分なりの理解をしたのか、伊吹はしきりに首を傾げながらもそれ以上の抗議を止めた。むしろ、納得が行かなかったのは外野の魔法使い達だったらしい。
「ち、ちょっと待って。今のどこにルーン魔術を発動する要素が有ったのよ!」
「単純な話じゃないか? あの指鳴らしは単なる演出で、実際はルーンを書き込んだ護符でも持ち出してきたんだろ」
「……指鳴らしでルーン魔術を使った、と言う事自体はそれで説明出来るけど。
一番の問題は『矢止め』……かの北欧の主神が直接関わったとされるルーンを用いたと言う事じゃないかしら」
うむ、こう言う反応を待っていたのだ。ある程度魔法に造詣が深い者でなければ、俺がやった事の不可解さは真に伝わらないからな。
……東風谷がオカルト談義で盛り上がったのは今の俺と同じような心境だったからだろうか。少し形は違えど、今更になって共感を覚えた。
「どれも微妙に惜しく、しかし決定的に外れているな。
まず、指鳴らしがただの演出と言うのは認めよう。だが俺は護符など持っていない、全ては俺が脳内に思い描いたルーンによって引き起こされた結果さ」
「思い描いた、って……そんな単純な魔術ではないでしょう」
「何を以てそう判断するのかね、パチュリー。君だって、習熟した魔法の詠唱や儀式的動作を省く事は有る筈だ。
ルーン魔術を発動する上で、絶対に欠かせない事はルーンを刻む行為。それのみを突き詰め、最適化していけば……やがてはこの極地に辿り着く」
伊吹から視線は外さないまま、聞こえてきた議論に講釈を垂れる。返答自体はパチュリー達に向けた物だが、内容その物はこの場の全員に告げたい事。……俺も自分の技術を自慢したくなる時は有るのだ。
「……その技術だけで、ルーン魔術の大家を名乗れるレベルじゃない」
「それほどの極まった技術が専門分野じゃないなんて、頭おかしいぜ……」
アリスも魔理沙も、感動を通り越して気味の悪さすら覚えているようだ。
普段ならばこのような反応をされるのはあまり好きでは無いのだが、今回に限っては別。魔法使いの先達として、少しは威厳を見せておこう。
俺がおおよその理屈を言い終わった頃合いに、伊吹が改めて声をかけてきた。ここまで口を挟まなかったのは、先程納得しきれなかった部分まで考えを巡らせていたからだろうか。
「私には魔法使い連中が引きつってる意味を完全には理解出来ないけど……凄く高度で、そして厄介な魔法だってことは理解したよ。
と言うか『弾幕ごっこ』では無粋だからともかくさ、真剣勝負だったら最初っから使いっぱなしで良いんじゃないの? 様子を見てる限り、消耗が激しいって訳でも無さそうだし」
「当然の意見だな。俺は基本的に、必要に迫られなければ普段よく使用する魔法以外は使わないようにしているのだ」
これには理由が二つ有る。片方はいかにも小物っぽいもので、魔法に限らず『俺が出来る事』……すなわち手の内は極力晒さないようにしてきたからである。
尤も体術ならばともかく、魔法に関してはそれこそ『我等』が同胞のような規格外を相手にしない限りどれだけ使っても尽きる事は無いとの自負は有る。なので少し慎重に過ぎるきらいは有るが、これは俺の性格によるものなので如何ともし難い。
もう片方は、『使える魔法は無限に有っても魔力量は無限ではない』と言う現実的な問題が大きいシビアな理由だ。幾ら星の数ほどの魔法を修めているとは言っても運用できる魔力量には制限が有るので、使い慣れた魔法を効率的に用いるだけで十分に用は足りるのだ。
「……まあ、その自重は取り払う。俺は俺で好きにするから、君も勝手に楽しみたまえ」
「言うねえ。普段の昴ならこういう事はのらりくらりと避けちゃうから……私も心が躍る!」
伊吹は高らかに笑う。それは先程までの、所作にどこか幼さを感じさせる物ではなく。気配だけで並み居る兵を屈服させてしまうような、絶対強者としての威圧だった。
俺も思わず笑いが漏れる。伊吹の言葉ではないが、普段の俺なら口八丁手八丁でやり過ごすような状況。しかし今は、この力に対し正々堂々と正面から向き合い、完膚なきまでに叩き潰してやりたいと言う危険極まりない衝動で満たされている。
思考の中の冷静な部分は、今からでも搦め手で被害を最小限にしろと責め立てる。思考の中の諦観めいた部分は、日頃の弾幕戦における抑圧が解放されたのだろうと投げやりに言う。思考の中の自己顕示欲に飾られた部分は……
「俺は君達の誰よりも永くを生き、叡智の蔵書を蓄えた! それが果たして何を意味するのか、その身を以て味わうと良い、伊吹萃香!」
込み上げる衝動を敢えて制御せず、破壊的な感情を撒き散らしながら嗤う。半分はパフォーマンスとしての演技だが、もう半分は紛れも無い本心。
……こうして思うと、負けず嫌いの俺には実は最近ストレスが溜まっていたようだ。俺も相当に努力はしているつもりなのだが、弾幕戦では散々な戦績だからなあ。
「もう小細工は要らないね、そこまで言うのなら私の全力を前に膝を付くといいよ! 『ミッシングパープルパワー』!」
伊吹は掛け声と共に、天を突くほどの姿に巨大化する。しかも如何なる理屈による物か、鬼としての身体能力は巨体に比例して向上したらしい。
武器を併用したとは言え、伊吹は素の状態でも巨大質量の地殻を粉砕している。その上更に俺を踏みつぶす事も訳ないような体躯も獲得したとなれば、もはや単純な力比べでは並ぶ事すら出来ないレベルになったのは確実。……だが、それがどうしたと言うのだ。
「ふむ、叡智の深奥に連なる数々の魔法をまだ見せてやりたかったのだが。
君の姿に観客が目を奪われたままと言うのは我慢ならん、俺の出せる限りの力で以て君を打倒しよう」
俺にとって真の意味での全力とは『我等』の力と言う事になってしまうので、伊吹に応えて『全力で』とは言えない。
しかし『我等』ではない、人間の仮面を被る『俺』にとっての紛れも無い全力ならば出す事が出来る。この高揚した精神に乗せ、完全に自重を外した大魔法使いとしての力を披露してやろうじゃないか。
「……我が内界に宿る記述を励起!」
「お、その前口上は。遂に来たか、昴の十八番! 私はずっとこれを待っていたんだ、それを打ち破らないと昴を倒した事にはならないとさえ思っていたんだからね!」
詠唱を開始する。それと同時に、伊吹から喜色に満ち溢れた声が降り注いできた。
割と特徴的な文言故か、伊吹の前では僅か数回しか見せていないと言うのに俺が何をするのか予測が付いたらしい。だが……
「これは君の想像の更なる上を行くだろう。何故ならば、君達の誰にも未だ見せていない奥の手の一つだからな!」
悪魔を召喚する魔法では有るので、方向性自体は伊吹の思い描いた物と大きな違いは無い。それでも奥の手としていただけの掟破りな性質を持つ……『俺』の召喚魔法の、真の姿だ。
「『叡智の王国』の記述より、ソロモン72柱が内の序列7番と32番を優先抜粋! 続けて1番から6番、8番から31番、33番から72番までを参照、新規情報としてソロモン72柱の記述を強制混合!」
ソロモン72柱の悪魔、それらを7番の『アモン』、32番の『アスモデウス』を情報の核として無理矢理一つの存在として記述を纏める。
俺の内界に生み出された72柱の悪魔達が、悪魔らしからぬ悲痛な叫びを上げながらそのアイデンティティを失い『悪魔』へと合成されていく。核となった2柱もまた例外ではなく、あまりに多様な記述を盛り込まれたせいで名前と共にその存在を曖昧な物へと変えてしまう。
「汝は『アモン』にして『アマイモン』、『アスモデウス』にして『アスモダイ』、そして『デーモン』!
ありとあらゆる畏れと侮蔑、堕落と欲望の権化達よ。今こそ原初の渾然一体を取り戻し、遍く全てを飲みこむが良い!」
詠唱を続けながら愛用の刀を抜き放ち、斬り落とす勢いで左手に滑らせる。吹き出し、滴った血は『悪魔』となった悪魔達へのせめてもの供物だ。
「我が魔力と血肉を糧に、叡智の王国より現世に降臨せよ、『ネオ・ミソロジカル・クリーチャー』!」
召喚魔法を締めくくる最後の文句に『悪魔』への仮初の名前を付け加え、『扉』を開く。
その瞬間、蒼き空間の裂け目から飛び出す黒い爪。ようやく見つけた逃げ道を何としても離さないと言わんばかりに、その爪の主は必死に裂け目を広げていく。
「っ……」
伊吹が息を飲んだ。結界の外から、誰かの引きつった声が聞こえる。
空間の裂け目を広げ、その中より現れ出でたのは黒い龍。悪魔として……いや、神話における『悪物』の象徴としての怪物、ドラゴンだ。
「そんなっ、龍の召喚……!? 破壊と創造の最高神……!」
「ああ……そんな話も人里で聞いたな。まあ、この龍は勿論幻想郷で崇め敬われる『龍神』ではないよ」
「当たり前だよっ、かの龍神を使役するなんて馬鹿げた事が出来る筈が無い!」
伊吹が半ば茫然としながら叫ぶ。そこで初めて、幻想郷における『龍』の重要性を思い出した。
特にそこを意識してこの魔法を選択した訳ではないのだが、結果的にこの上なく目立つ物となったようだ。
「それはともかく、これが俺の出せる限りの力だ。伊吹、その黒龍に怯えているようでは俺を倒すなど夢のまた夢だぞ」
『悪魔』が空間の裂け目から胴体を胸の辺りまで出してきた所で、俺はそれ以上の進行を止めさせる。僅かに残った申し訳程度の冷静さが、この黒龍を完全に解き放つ事を躊躇させたのだ。
……見るだけで他者を廃人にする邪悪な眼光、一滴で地を万年にも渡って蝕む猛毒を滴らせる鱗、触れただけであらゆる物質を粉砕する牙など、明らかに使うべきでない能力にも概念的に封印を加える。本来の能力のおよそ九割は制限の範囲に入るが、それでも伊吹を打ち破って余りある力は残る。これは慢心ではなく、事実だ。
「……くうっ!」
伊吹は破れかぶれと言った様子で『悪魔』に殴り掛かる。
『悪魔』はここまで伊吹を認識していなかったらしく、彼女が上げた苦悶の声を聞いて不機嫌そうに悍ましい唸り声を漏らす。そして、それだけで伊吹の動きは止まった。
「な、なんだコイツの声……聞いてるだけで意識が遠のくっ」
「曲がりなりにも龍だし、悪魔としての頂点に立つ原初の蛇でもある。邪神としては最高位だろう」
……この星における尋常なる領域の神話体系では、と言う但し書きは付くがな。
そして『叡智の王国』から召喚されている以上、ソロモン72柱の悪魔と同じく厳密にはオリジナルその物ではない。好き勝手に記述を弄って生成したのだから、今更と言えば今更だが。
伊吹は『悪魔』の威圧を何とか振り払い、その頭部へ向かって新たに拳を振り下ろす。『悪魔』はそれに反応を見せなかった為、伊吹の狙い通りに攻撃が決まるが……
「……なんて」
伊吹は思わずと言った様子で小さく呻く。鬼の身体能力で放たれた、それも巨大化の恩恵を受けている状態の打撃。
およそ全ての生物が為す術もなく潰れてしまうだろう攻撃をその身に受けて、『悪魔』は痛痒さえ感じていないと言わんばかりに伊吹を睥睨するのみ。
「ここまでだな、伊吹」
「なっ、私はまだやれる……!」
「今から俺は一回だけ、こいつに指示を出す。それを受けてなお立っていられたら、君の勝ちで構わんよ。……『動いて良いぞ』」
俺の命令を受けて、『悪魔』はその身の束縛から解放される。『扉』から這い出る時は別として、俺はそれ以外の明確な動作を全て封じていたのだ。
他の悪魔を召喚する時は、そんな制約などかけていない。ましてや、能力の封印と動作の禁止を両立させる事など本来なら有り得ない。それでは呼び出す意味が無くなるからだ。では何故この『悪魔』に限ってはそれを行っていたのか……まあ、単純な話だ。
『悪魔』はその咢を広げ、歓喜するように吠える。
その咆哮はもはや音としてではなく衝撃波となって周囲に伝わり、巨大化した伊吹さえも後ずらせた。生じた僅かな隙に『悪魔』は胴体を撓らせ、胸から上を鞭のように動かして掬い上げるように頭部を伊吹にぶつける。
「がぁっ……!?」
巨大化した伊吹の体が宙に舞う。それを成し得るほど、『悪魔』の攻撃には衝撃が込められていたと言う事だ。
この時点で既に大勢は決したのだが、『悪魔』はすぐさまその首を上に向けて吐息を放つ。……吐息とは言っても、それを放ったのは龍。超常の神秘が世界の法則を侵し尽くし、通常の物理法則に沿えば良い所強烈な突風程度でしか有り得ないそれは、空間を歪ますほどの爆炎となって伊吹を襲う。
「もういい、攻撃を止めろ。伊吹を回収してやれ……丁寧にな」
爆炎の齎した勝敗の結果は確認せず、次の指示を出す。見なくても、分かり切っているからだ。
『悪魔』は俺の下した指示に従い、その吐息をすぐさま飲みこむ。続けて気絶して巨大化が解除された伊吹をその視界に入れると、彼女を不可思議な黒い波動に包みこんだ。
「う……?」
黒い波動は伊吹のボロボロになった肉体へ染み込むように取り込まれていき、傷を癒していく。それによって気絶から立ち直った伊吹が呻くと、『悪魔』は掌で伊吹を受け止めて地面に下ろした。
俺はこれで決着したと判断し、地面に下ろされた伊吹に向かって近寄りつつ声をかける。同時に、『悪魔』もその構成要素が分解され半開きになっていた『扉』の中に消えていく。
「わ、たしは……うう、久しぶりに胆が冷えた」
「回復した、筈だが、まだやるか」
「止めとくよ、私の負けさ。こうして情けをかけてもらわなくちゃ、今頃は話も出来ないくらいだったろうしね。
それに、酷く恥ずかしい事だけど……まだ震えが止まらないや。死ぬかもしれないって思った事は何度か有るけど、ここまで正面から圧倒されたのは」
言葉少なに問いかけると、伊吹は力なく笑いながら首を振った。……どうやら軽いトラウマを植え付けてしまった感も有る。
とは言え、そこに関しては俺を煽り続けた自業自得でもあると自己弁護しておこう。大人げなく舞い上がり過ぎた気もしてはいるものの、お膳立てをしたのは伊吹自身なのだ。面白がって協力した者達にも、これで少しは意思表示が出来ただろう。
息を吐きつつ、結界の向こう側に立つ八雲に視線を向ける。八雲は警戒するような呆れたような複雑な表情で何事かを呟いた後、維持していた結界を解除した。
「田澤ーっ! 何だったの今のは、私見たことないよ!」
「ん……そう言えば、妹紅には召喚までを、見せた事は無かったか」
結界が消え遮る物が無くなった事で、これまで観客として大人しくしていた妹紅が走り寄ってきた。
よくよく考えてみれば、悪魔の力を俺の魔法として発動する事は多いが、召喚魔法として運用するのは珍しい。今回は上を行く『奥の手』も見せてしまったが、一応悪魔召喚の時点で切札。見た事のある伊吹や八雲の方が例外と言えるか。
秘密から除け者にされていたと感じたのか、妹紅は少し険のある顔で向かってくる。詰め寄った妹紅が俺の腕を引っ張るように掴み……俺はそのままバランスを崩して倒れこんでしまう。妹紅を巻き込んで。
「う、うわあっ! ちょ、ちょっと田澤……顔が、じゃなくて全身が近い! 今は離れて!」
「済まない妹紅、もう体が限界だ。今ので魔力を使い切って、立てない」
「さ、さっきまで普通に立って動いてたのに!」
「やせ我慢、だったんだ。あの『悪魔』が消えたのは、俺が戻るよう命令したからじゃない、単なる魔力切れだ」
実を言うと、『悪魔』に二回目の指示を出した時点で既に気力で持ちこたえている状態だったのである。
見合った成果を期待は出来るが、あの『悪魔』の召喚は俺にとって諸刃の剣。伊達に奥の手ではなく、文字通りに『俺』の全力なのだ。大量殲滅には持って来いだが、威力を弱めると逆に負担が大きい。
では何故この状況で使ったかと言えば……目立ちたかったからと言う何とも言えない子供じみた理由である。
「……意識も、かすれてきた。迷惑を、かけるが、頼むから、俺を家まで、運、び」
緊張の糸が切れてしまったのか、一気に力が抜けていく。意識に断続的な空白が生まれるようになり、会話も儘ならなくなる。
「……凄いんだか抜けてるんだか分からない奴だぜ」
「あの龍は、私が何万年かけても到達できるか分からないような領域の魔法だけど……」
「魔力の管理って、初歩中の初歩よねえ」
魔法使い達の声を最後に、観客の少女達が何を騒いでいるかの判別も出来なくなってしまう。
これこそ自業自得では有るが、意識を深い闇に飲みこまれていく俺。一応妹紅に頼み込んだが、果たしてどうなる事やら。
……まあ、良いか。結果として伊吹を戦闘で心躍らせる事は出来ただろうし、最後がお粗末とは言え魔法使いとしての威厳を見せる事も出来た筈だ。俺も、久しぶりに全力で動く事が出来て……爽快感が有ったのは、確かだ。
「妹紅、伊吹……君、達も楽しんでくれたなら、幸い」
僅かに口元を緩ませながら、最後に呟く。妹紅の体温を感じながら、全力を出し切った心地よい疲れに浸り……無責任ながらも意識を閉ざした。
遅れに遅れて申し訳ございません。
これにて、萃夢想編は終了となります。更新が遅れ気味ですが、次回も楽しみにして頂けると嬉しいです。