「っ、うう、む」
あまり気持ちの良い物ではない感覚と共に、俺の意識は覚醒した。
意識は有る物の特に何も思い浮かべてはいない、そんな曖昧な状態のまま天井を眺めぼうっとし続ける。
暫くして、ようやく周囲の状況に注意が戻ってきた頃には、意識を失う直前の記憶も戻ってきていた。
ふと自分を見おろすと、丁寧に敷かれた布団が目に入る。体を少し動かしてみると、どうやらコートも脱がされているらしい。誰かが……おそらくは妹紅が、気絶した俺を布団に押し込んでくれたのだろう。
だが布団は俺の家の物では無いし、天井も改めて見ると和風の造り。どちらかと言うと洋風な造りである俺の家に、このような和室は存在していない。
「……どこだ此処」
独り言が漏れるが、口が上手く動かずくぐもった声になった。
限界まで使用した魔力が八割方回復している事と言い、最低でも一日以上、長くて三日はこのまま寝たきりだったのかもしれない。
妹紅の家か、いやしかし彼女は俺を家に招く事に躊躇していた筈、などととりとめの無い事を考えながら体を起こす。
今ここで少ない情報を基に考えるよりも、動いて誰かを探した方が建設的だろう。俺を此処に置いてくれた誰かだって、俺が気絶から覚めたらすぐに動き始める事は織り込み済みの筈。
「……うむ。確か、来た事が有る」
布団をとりあえず敷きなおしておき、部屋の戸を開けて廊下に出る。すると、何だかつい最近似た光景を見ている事を思い出してきた。
徐々に戻ってくる記憶を頼りに廊下を進む。記憶の通りに廊下が続いている事、そして窓や軒先から見える外の景色が、俺の推測を確実な物にしていく。俺は話し声が聞こえる部屋の前で立ち止まり、戸を開けつつ挨拶した。
「おはよう、で良いのかな。妹紅、上白沢」
「ああ、起きたんだね。おはよう、寝坊助さん」
「おはよう、田澤殿。時間帯は朝ですが、貴方は二日間も眠りっぱなしだったのだ」
推測通り、と言うより会話が耳に入った時点で確信に変わっていたが、部屋に居たのは妹紅と上白沢。
此処は吸血鬼異変の際も風見との戦闘後に似たような経緯で訪れた、上白沢の屋敷。俺の家でも妹紅の家でもない理由がはっきりしない物の、チョイスとして理解は出来る範囲だ。
「二日、か。妥当な所だろうな」
「いや、妥当って……まあ良いや、こう言う事で一々田澤に突っ込んでてもキリが無いのはよく知ってるから」
「……事情は妹紅から聞いています。あまり無理をなさらぬよう」
俺が呟いた言葉に何とも言えない表情を浮かべる妹紅と上白沢。その反応は最早信頼を通り越して呆れに近い。
そんな二人を見ていると俺も微妙にばつが悪くなってきた。とりあえず現状の確認は出来たので、無理矢理に話題を変える。他にも聞きたい事は有るのだし。
「妹紅、結局あの後宴会はどうなったのだ?」
「ん、そっちからか。えっとね、誰から見ても成功だったと言える終わり方をしたと思うよ。
元々萃香とは田澤が居ない内に皆顔を合わせていたんだけど、宴会の後は目に見えて馴染んでたからね。二回も面白い見世物を出してくれた、って事なのかな」
「二回? ……ああ、霊夢だったか伊吹だったかがそのような事を口走っていたような気もする」
「風見が時間を稼いでる内に霊夢と萃香は弾幕ごっこをしてたんだよ。ぎりぎり、ほんの僅かな差で霊夢の勝ちだった」
妹紅に宴会のその後について尋ねると、概ね満足の行く結果になっていたらしい事が分かった。
あれで皆が白けていたとかになると俺の独り善がりな骨折り損と言う事になってしまうので、一安心。……しかし霊夢と伊吹の弾幕戦か。見たかった気もする。
「……最後の宴会、不満が無い訳では無いが。俺も目一杯楽しんだのは事実だし、そもそも最初の目的が伊吹に借りを返す事だったからな。終わり良ければ総て良し、としておこう」
「田澤を騙すような事になったのは、うん。ごめんとしか言いようが無い」
俺の言葉が責めるように聞こえたのか、妹紅は頭を下げた。
この辺りは根の素直さの影響と言うか……妹紅本人が折り合いを付ける為の儀式でもあるのだろう。とは言え俺も既に納得はしているのだ、あまり畏まられても困る。
「妹紅、田澤殿も困っておられるようだ。それ以上は逆に迷惑になるのではないか?」
「うう。確かに、何だか押しつけがましいかも……それに今更と言えば今更か」
「正直に言うならば、謝るくらいなら最初から、と言う思いも僅かには有る。
しかし、その選択を責めている訳では無い。語弊があるような気もするが、俺に悪戯を仕掛けるくらい妹紅の自由だろう」
上白沢が助け舟を出してくれたので、俺も意見を付け加える。
俺だって進んで悪戯にかかりたい訳ではないが、それを妹紅に強制出来る権利は無い。これくらい、可愛い物だし。
「そう言う訳で……あの時はともかく、今は何も気にしてはいないさ。伊吹が楽しんでくれて、ついでに他の皆も沸かせる事が出来たなら大成功なのだ」
本心からそう思う。想定から随分とずれた所に着陸したとは言え、目的は違えていない。
伊吹と他の少女達を楽しませ、そして俺の魔法使いとしての実力も少しアピール出来たのだ、およそ望みうる最良の結果では無いだろうか。
たとえ二日寝たきりであろうと、魔力さえ回復していれば体調には何も問題は無い。上白沢に感謝を言って屋敷を出た俺は、同じく屋敷を出てきた妹紅と雑談しながら家に向かう。特に予定は無いとの事なので、これ幸いと妹紅を家に誘ったのだ。
「思えば当然の話だなあ。俺が起きていないと鍵は開けられないよな」
「私もそれに気付かないまま運んできて……人里まで来て、あっとなっちゃって。夜中だったけど、慧音に頭下げて布団借りたんだ」
そもそも何故俺が自分の家では無く上白沢の屋敷に寝かされていたのか、それは実に単純な事だった。
俺が無様にも気絶していたので、家の前まで来ても玄関のドアを開ける事が出来なかったのだ。倒れる前は、我ながら無理な事を言ったものである。
「一緒に運んでくれた萃香が玄関の戸を蹴破ろうとしたんだけど、田澤の家って凄く頑丈だね。凹んだりしたけど、ついぞ壊れはしなかったよ」
「お、俺の新居に何て事を……と言うか、その口振りだと君も凹むまで黙って見てたって事だな」
「……酔ってたから、ごめんね、うん」
妹紅がさらっと続けた言葉に愕然とする。完全に意識を失った俺を運んでくれた事には感謝するが、その感謝を撤回するレベルの暴挙だぞ。
「……ああ、確かに靴跡が……本当に何という脚力なんだ」
「あの時は暗かったしよく見てなかったけど……ほんとだ、すっごい事になってる」
自宅前に到着した俺が早足に駆け寄ると、ドアのど真ん中に前衛的な装飾が拵えられていた。
あまりの出来事に思わず気落ちするも、実はそこまで悩むほど深刻な事では無かったりする。何故なら……
「……開けるぞ」
「ほんとごめん、直すのは私がやるから……って、あれっ!? 元に戻ってる!」
何もない土地にいきなり家を建てるような魔法が使えるのに、ドアだけの修復は出来ないなんて間抜けな事は無い。
持っていた鍵でドアを開けつつ、靴跡の刻まれた部分を魔法で修復。瞬時に傷一つない状態へ様変わりし、妹紅は素っ頓狂な声を上げた。……今更こんな地味な魔法に驚かれても、と言う気がしないでもない。普通に比較すれば、宴会で見せた数々の魔法の方が明らかに派手だろう。
どこか釈然としない気分になるも特に口出しはせず妹紅の反応をスルーし、二日ぶりの我が家に入る。
俺の後に続けて入った事を確認して鍵を閉めなおすと、妹紅は何故か頬を僅かに染めながら呟くように問いかけてきた。
「……そ、それで、話って何? 田澤の方から私を呼ぶのって珍しいよね」
「珍しい……まあ、家を建てたのが最近だからな。頻度的には仕方ないだろう。
そして何か期待してくれているようで悪いが……色気のある話では無いぞ。単に、この前の続きだ」
「期待って、そんな風には……ん、続き? って言うと、萃香と一緒に宴会をする前……ああ、外界旅行だね」
「思わぬ形で計画がずれ込む事になったが、かえって丁度良い時期になったかもしれん。外界でも、今の頃合なら旅行が盛んだからな」
桜が咲く時期はとうに終わり、初夏と言うにも少し時間が経っている今の時期。
流石に夏真っ盛りと言う訳ではないので、本格的な行楽シーズンはまだ先の話なのだろうが……富士山を目的としつつも登山は出来ないと言う俺達には、むしろこれ以上なく最適な日程の気もする。
「まあ私は外の事とか良く分からないから、そこは全部田澤に任せるよ。……あ、でもボロを出さないように勉強する必要が有るんだっけか」
「そうだな、最低限の一般常識は理解してもらわないと困る。
ただ、基本的に常に俺と行動を共にする事になるから、ある程度以上複雑な事であれば俺が補助も出来る」
結局は補助の仕方や内容も含めて教える事が有るので、本当に『最低限の一般常識』だけで済む訳でも無いが。
これに関しては八雲の意向だけでなく俺個人としても妥協は出来ない所であるし、そこまで複雑怪奇な事を教えるのでも無いから我慢してほしい。
玄関での立ち話にしては長くなり過ぎたので、一旦会話を切って妹紅をリビングに誘導する。
とは言え妹紅も俺の家には慣れているので、特に俺が何か詳しく指示する事もなく。互いの定位置となっているソファに意識せず腰かけ、向き合って話を再開した。
「とりあえず、外界での身の振り方について先に教えておく。まず外界で俺達が演じる立場だが、『田舎から出てきた観光客』だ」
「田舎……うん、まあ、そうだよね」
「何か誤解しているようだが、別に俺は外界と幻想郷を比べて馬鹿にしているのでは無いぞ。
妹紅にとって外界の物すべてが見慣れない聞き慣れない事象だろうから、それを纏めて『都会への驚き』と言う事にしてしまえばその時点で注意するべき対象が結構減るのだ」
これは外界旅行において大前提となる設定だ。走る車を見て驚く、と言うレベルの者は流石にいまどき居ないと思うが……誤魔化しにはなるだろう。
そして、大前提でありながらもこの設定その物はそこまで神経質に意識する必要は無い。誰かから聞かれた時にそれを意識して振る舞えば良いのだ。他者に納得させる為と言うより、俺達自身の心構えとしての趣が大きい設定と言えるだろう。
「特に何か演技をしなくてもいいから、この立場であると言う事は常に念頭に置いていてくれ。
たとえ誰かが根掘り葉掘りと聞いてくるような状況になったとしても、人見知りをするフリで時間を稼いでくれれば、俺が何とかする」
今から妹紅に外界における常識を全て教えて振る舞いを完全な物にさせる、と言うのは現実的では無い。
明らかにフォローが難しく自分で気を付けてもらいたい物を除けば、俺が対処する方が確実だし早い。そして、フォローを容易にするには振る舞う立場の共通認識を持ってくれると助かる、と言う事だ。
「まあ私が下手に喋るより田澤に任せる方が良いよね。悪いけど、頼りにさせてもらうよ」
「任せてくれ。それで、次だが……更に踏み込んだ設定だな。俺達の関係だ」
「関係? 別にそんなの……友人、で通るんじゃないの?」
「……そうもいかんのだよ、外の世界は」
妹紅は長年の経験と自信に裏打ちされた態度から、外見年齢よりも年上に見える事は確かだ。
時折、千年を超えて生きた術者に相応しい老獪な雰囲気を醸し出す事もあり、そこだけを見れば年齢不詳であやふやに出来る可能性も有るかもしれない。
しかし、そのような主観を排除して外見のみを判断基準にした場合……妹紅はどう見ても十代前半の姿。人によってはそれより下に見積もる事も有るかもしれない。
そこで俺が問題になる。外見年齢が二十代中頃、それも同性ではなく異性である。友人と言うには、少しどころではなく怪しく見られてしまう。これで俺の恰好がいつもの黒コート姿だったりしたら、もう疑惑を向けてくれと宣言しているような物だろう。
「なので、俺と妹紅は兄妹と言う事にする。田澤妹紅でも藤原昴でも構わんが、妹紅はどっちが良い?」
「たざっ……ちょ、ちょっと待って。なんでそんな名前にしちゃうの」
「む? 自分の名前に近い方が分かりやすいと思ったからだが……」
外の世界での具体的な設定として、名前を例に挙げると妹紅から良く分からない部分で物言いが入った。
どのような意図の発言か分からないので、素直に『そんな名前』にした理由を口に出す。しかし、どうやら妹紅にとってこれは的外れな答えだったらしく。
「そう言う意味じゃなくて、ああ、もう…… た、田澤だって何か思わないの!?」
何か、と言われても。特に思うことがあるならば既に気付いている。
「すまないが、本当に見当がつかない」
「ほ、ほら…… なんだか、その……家族、みたいじゃない」
「兄妹の設定だから家族を演じる事になる。そして実際に今の俺達の関係は、それに準ずる程に親しいのではないか?」
「……兄とか親とか以外でも有るでしょ、家族って」
……妹紅の小さく呟いた言葉が聞こえ、今更ながら妹紅の言わんとする事を理解した。要するに、なんだ、その。籍を入れた男女みたいだと言っていたのだろう。
俺は本当に兄妹だとしか考えが及んでいなかったが、そう言われるとどうしてもそちらに意識が偏る。流石に恥ずかしいと言うか、妙な居心地になってしまう。……もうこのまま気付かなかったフリを続ける事にしよう。
「あー、なんだ。互いにそのままの名前で親戚と言う事にする手も有るが」
「……それでいいよ、もう」
妹紅は少し拗ねて……と言うよりこれは呆れているのだろうか。俺の精神衛生上、これ以上は考えないでおこう。
何故か妹紅についてそのような関係を想像すると気持ちが逸ってしまうのだ。これが青娥とかなら単に寒気がするだけなのだが。
「それでは従兄妹と言う事にしよう。ここまで言っておいてあれだが、別にこの設定を大っぴらに吹聴する訳ではないけどな」
「それはまあ、普通だよね。私達従兄妹です、なんて会う人会う人に言ってたら逆に怪しいし」
「さっきから何度も言っているが、あくまでそれを意識しておくと言うだけだ」
数時間かけて、外の世界で振る舞う上で最低限確認しておくべきことを共有した。今すぐに外界旅行に出ても、問題は無い程度にはなったと言える筈だ。
しかし問題は無いと言っても、それは旅行その物を前向きに楽しめるかどうかとは別問題。周囲に迷惑をかけないように……この場合は八雲、ひいては幻想郷に対してだろうか、それは勿論大切な事なのだが。
せっかくの機会なのだから、自分達が楽しむ事も積極的に考えなければ損だ。
「と言う事で、八雲。妹紅に何か良い感じの服を見繕ってあげてくれ」
「……何が、『と言う事で』よ」
「悪い、だがこういう事で君以外に頼れる相手が居ないのだ」
俺の言葉を受けた八雲が、頭の痛くなる事を聞かされたとばかりに額を抑える。
俺は妹紅を連れて八雲の屋敷に移動していた。目的は旅行にかかる部分として、妹紅に外界風の服装を楽しんでもらう事。
自分の格好すら儘ならぬ俺に妹紅のコーディネートなど出来る筈も無いので、外界の事情に詳しくファッションなどにも明るい八雲に頼る他なかったのだ。
「そもそも外界での振る舞いに問題は……いえ、田澤さんが付いているなら問題は無いと信じておきましょう」
「あー、いや、その……私も、何でこうなったのか分からないんだけど」
俺の行動は妹紅にとっても突拍子も無い事だったらしく、八雲と顔を見合わせている。
しかし妹紅にファッションを楽しんでもらいたいと言う理由以外にも、服を変えてもらいたい理由は有るのだ。
「妹紅の格好はまだ奇抜と言う範囲で収まるかもしれないが、それでも外界の標準と比べれば特異で有る事に違いは無い。誰かに注目される要因は出来る限り取り除いておきたい」
「ああ……もんぺをサスペンダーで釣るなんて外の世界ではアバンギャルドに過ぎるわね」
八雲にもう一つの理由を言うと、すぐに納得がいったようだ。……しかし、この反応。幻想郷における自分の服装も外界では相当なレベルである事を棚に上げたような言動である。
「だからと言って俺では妹紅を可哀想な事にしてしまう未来しか見えん。いきなり妙な事を言っているのは分かるが、どうか頼む」
「一緒に服合わせでもして来なさいと言いたい所だけど、その為の服すら無いのよね……
分かったわよ、変に目立たれては私も困るし……適当に何か持ってきておくわ。ああ、頭が痛い……」
……厳密に言えば、俺も無難極まりない服を用意するくらいは出来るが。八雲に任せた方が確実に事故は起こらない筈なので、この方が良いだろう。
「私は田澤が選んでくれても良かった気がするけど……田澤の感性って独特だしなあ」
「今度こそはそのコートでもスーツでも無い服で行きなさいな」
「……むう。まあ流石に観光客としておかしくないようにはするさ」
服の話題が俺に飛び火してきた。二人ともそれぞれに俺のセンスが残念な部分を知っているので、対応も最早生暖かさすら感じさせる物である。
「ああ、それよ。観光とは言うけれど、わざわざ幻想郷を離れてまで一体何処へ行くつもりなのかしら?」
「少し富士山を見に行って来ようとな。登山まで行う予定は無いが、その周囲で妹紅に楽しんでもらう事くらいは可能だろうと」
「富士山、ねえ。以前も二人で僧侶の真似事をしていたようだけど、今回も何か関係有りそうね」
「……私もあまり人の事言えないけどさ、もう千年も前の事を軽く『以前』って例えるのは止めておこうよ」
雑談のような流れで八雲がそれとなく探りを入れて来たが、妹紅が意識してなのかそうでないのか微妙なラインで横やり。
「あら、どうしてかしら? 実際、そこまでの年数でも無いでしょうに」
「千年前が大昔じゃなかったら、いつからが古いって事になるんだよ…… ずれてるよ、その感覚」
「人間の時間感覚で考えたらそうでしょうけど、私達妖怪にとっては少しは懐かしいと言う程度の経過でしかありませんもの。 ……何よ、私が千年前を『以前』と言うことにそこまで不都合があって?」
「な、無いけどさあ……何でそこで睨むの」
何やら妹紅と八雲が面白い掛け合いを始めた。普段の胡散臭さはどこへやら、半目になって不機嫌そうに捲し立てる八雲が微笑ましい。
……しかし、まあ。妹紅はいまいち真意を掴めていないようだが、俺は八雲が言わんとする事も理解出来る。要するに、『古い』と評されるのは御免なのだろう。
時折自分の積み重ねた齢を話題にし、冗談のように自分を卑下する事も有る彼女だが……他人から、それも無意識に放たれる言葉には流石に反論したくもなる筈だ。それに加えて、言った妹紅自身、実は結構な長生きだし……
「……性格や振る舞い方の問題と言うのは理解出来るのだけど、こうも捉え方が異なる物なのかしらね」
「まあ、その、うむ。人間と妖怪の差異なのだろう、君が気にする事は無い」
俺に比べれば二人とも大差無い、とも言おうとしたがこれは何のフォローにもならないので止めておく。極端な規格外と比較された所で、慰めにもならない。
「……話を戻そう。富士山に行くのは、何か大いなる目的が有ったりしての事ではない。観光以外で強いて言えば、記念かね」
「おお、いきなり本題に……まあそう言う事だよ。私の果たすべき役割、その最後のけじめって奴でも有るかな」
「成程、その事ね。聞き及んでおりますわ、何でも例の壺の供養に成功したとか。それでは、結果報告と言う事かしら」
……どこから聞いてきたんだ、と僅かに気になる所では有るのだが。ここで下手に反応すると薮蛇になる可能性も有るので流しておく。
イワナガヒメに悪神云々言われた辺りまで知られていると非常に不味いのだが、それは今更どうしようも無いことであるし。今の所はそこまで知られていないと言う楽観的な前提で行こう。
「概ねその通りだな。見も蓋もなく言えば、それに託つけて遊んでくるという部分も否定できない」
「……貴方はともかく、妹紅は本来幻想の側に居る存在よ。そこを、くれぐれもお忘れ無きよう」
八雲は最後に俺達を交互に見つつ、幻想郷の管理者としての言葉で威圧し、跟を返した。
……そのまま投げやりに手を振り、言外にもう帰って欲しいと言う態度をとる八雲。やはり、俺の頼みは全体的に彼女を疲れさせる物のようだ。
「これでおおよそ問題は解消されたな。勿論まだ何かしら対応する事は有るだろうが、それは追々何とかしていこう」
「準備が完全に終わるまでには、まだもう少しかかるしね。うん、楽しみだなあ」
「最低でも二泊はするつもりだから、身近な人には伝えておくといい。俺はともかく、妹紅は二日も行方知れずになるとちょっとした騒ぎになりそうだし」
「……田澤の事だって、私以外にも誰かは心配するんじゃ無いの」
「何、家に居なければそもそも行方不明が通常化しているのが俺だ。玄関のドアに張り紙でもしておけば、むしろ普段より上等だろう」
「相変わらずの風来っぷりだなあ……」
俺と妹紅は散歩をしながら、旅行について語り合う。
妹紅も楽しみにしてくれているようだが、俺も心が踊る。これまでにない経験に、高揚を隠せない。飾らずに言えば、『わくわく』している。
妹紅との二人旅ならばこれまでにも数え切れない程に行っているが、今回は外界旅行と言う珍しい形式での物。妹紅との旅行では、どのような出来事が待っているのか、どのような物の見方に出会えるのか……考えるだけで楽しくなる。
そんな、心の底から込み上げる嬉しさに俺自身僅かな疑問を抱きつつ……この喜びを妹紅と共有出来る事を、素直に喜んだ。