旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、愛弟子を連れて現の山路を往く

 市街地から車を走らせ、巡る景色を楽しみながら富士山への道を往く俺達。

開け放ったウィンドウから吹き込む風に爽やかさを感じつつ、静かに旅の雰囲気を味わう。そんな中、外の町並みを食い入るように見ていた妹紅が感じ入ったように呟いた。

 

 

 「やっぱり、こうしてるのが一番懐かしくて、嬉しいな」

 

 「こう、とは?」

 

 「田澤と二人っきりで旅をしてる時間。今の私にとっての、原点みたいな体験だからさ」

 

 

 聞き返すと、妹紅は顔を俺に向けながら照れくさそうに言う。その答えは俺にとっても深く心動かす物であり、自然と表情が緩む。

 

 

 「俺にとっても、心に鮮烈に刻まれた思い出だ。妹紅と二人で旅をし、様々な幻想に触れて……それが無ければ、今の俺は居ないだろう」

 

 「そ、そう言ってくれるのは有り難いけどさ。田澤の方は、私と会ってなくても何だかんだで今の立場になってたと思うよ。

  田澤みたいな『大魔法使い』なら、遅かれ早かれ八雲の目に留まってただろうし。八雲と知り合ったら、そのまま幻想郷にも呼ばれた筈だ」

 

 

 思っている所を正直に語ると、何故か妹紅は苦笑しながらやんわりと否定してくる。

まあ、言いたい事は分かる。自分で言うと酷く傲慢な感じだが……俺ほどの『幻想』ならば、どのような紆余曲折を経たとしても最終的には幻想郷に招かれていただろう。

それが自発的な行動による物か、はたまた八雲に誘われたか、もしくは単に結界の認知する所になったのか。いずれにせよ幻想郷の存在を知り、僅かでもそこで滞在する機会が有ったのなら、そこからの流れは現状とほぼ変わらない物になると想像できる。だが、しかし。

 

 

 「立場だけならば、妹紅の言う通りになるだろうな。だが、俺の交友関係は今ほど広い物にはならず、それによって生じた『今の俺』は居ない」

 

 「交友関係って……そりゃあ、私は勿論、慧音とかとも今みたいな付き合いにはなってないだろうけど。そこまで大きく、田澤を変える要因になるのかな?」

 

 「なっていた、と俺は考える。……今の幻想郷で、全く妹紅が介在しない状況で知り合った存在と言うのはほぼ皆無だからな」

 

 

 断言出来る例外は、伊吹と星熊くらいだろうか。彼女らに関してはそもそも妹紅と会う前から知り合っているので、初対面での影響は全く無い。

森近とプリズムリバー三姉妹も、含める事は出来そうだ。最初の反応を見る限り、妹紅の交友関係に属する誰かに俺の話を聞いていた、と言う事は無さそうである。

 

 

 「……風見、射命丸、八雲。そう言えば、私が隣に居る時に会ってるね」

 

 「妹紅が居たからこそ起こった会話の流れも有る。俺一人では見逃してしまった出会いも数多く有るだろう」

 

 

 ……この中でも、八雲との邂逅時に妹紅が居たのはとても大きい。妹紅が隣に居てくれなければ八雲の発言に冷静さを維持出来たか、かなり怪しい。

勿論、面と向かって敵対し合う関係にもならないくらいには両者ともに『大人』だと思うのだが……今のような冗談を言い合える間柄にはならなかった筈だ。

 

 

 「それはそれで、また別の出会いが有ったんだろうけどなあ。まあ、今はそんな意味の無い事を考えててもしょうがないね」

 

 「ああ、目的地はもうそろそろだ。今すぐ降りる訳では無いが、楽しむ事を考えよう」

 

 

 会話をしている内に、車は五合目へ向かう専用道路に入っていた。行き交う車の数も目に見えて多くなり、妹紅はそれらを面白そうに眺める。

 

 

 「便利な世の中だよね、やっぱり。私の常識だと、富士山へ一度にこんな多くの人が集まるなんて有り得ないよ」

 

 「登ろうと気合を入れない事には訪れる機会も無いのは、昔とさほど変わらないが。ハードルは格段に下がっているな」

 

 「途中までとは言っても、自分の足を動かす事なく登れるんだから凄い事だよ。……少しは愚痴も言いたくなるけどさ、自分で登れよって」

 

 「……う、うむ」

 

 

 今に限れば、自分の足で登ってはいない訳だが。妹紅は何の力も持たないただのか弱い少女だった時に、八合目まで自力で登ると言う凄まじ過ぎる実績を持っている。

他人への恨み憎しみを糧に自分の命も顧みない、と決して褒められる物ではない気概を以て登山に臨んでいた訳だが、かなり上の方までを自分の足で踏破しているのは事実。五合目までを歩かずに辿り着く姿には、納得いかない部分も有るのだろう。

……なんて、偉そうな事を考えていた物の。よくよく思い返してみれば、俺も自力で麓から登り始めた事は一度も無かったりする。なんだか申し訳ない。

 

 勝手に気まずさを覚えつつも、運転を続ける。……すると外を眺めていた妹紅が、唐突に肩を震わせて笑いを堪えはじめた。

 

 

 「ふ、ふふふ……」

 

 「ど、どうした急に」

 

 「い、いや、ごめん。こっちの話で申し訳ないんだけど、今看板に書いてあったのが、ちょっと」

 

 

 一体何事かと問うと、妹紅は口元を抑えつつ斜め前方を指さす。

視線をそちらへ動かすと、そこには現在の道路名を示すプレートが掲げられていた。……その名も、富士『スバル』ラインである。

 

 

 「田澤の名前が急に出てきた物だからさ、ちょっと不意打ちだったよ」

 

 「……言っておくが、全くの偶然だぞ」

 

 「あはは、流石に田澤が命名した訳じゃない事は分かるよ。でも、なんか因果な物だねえ」

 

 「……コノハナサクヤも、まさか自分の山へと続く道に俺の名前が付くとは思わなかっただろうな」

 

 

 よりにもよって、自らに敵対する可能性さえある『悪神』の名前だ。正直、どう思っているのだろう。

……まあ、『昴』と言う言葉自体は割と常用的に使われる固有名詞である。俺の名前以外では殆ど用いられない、と言う物でもないのであまり気にすると自意識過剰か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中で妙な笑いを交えつつも、俺達は目的地に到着した。

駐車場はほぼ埋まっている有様だったが、運よく空いたスペースに潜り込む事が出来た。恰好や態度に何もおかしい所が無いのを最後に確認し、遂に降車。

 

 

 「わあ、本当に人でいっぱいだ」

 

 「うむ、これは壮観だな」

 

 

 車から降りた妹紅は、周囲を見回してその人の多さに少し圧倒されたようだ。富士山は並の人間が立ち入る事は難しい霊峰、と言う意識から見れば凄まじい光景の筈である。

俺は今更人の多さには驚かないが……やはり、観光地特有の活気に溢れた雰囲気には心動かされる。気楽に遊覧飛行と洒落込める幻想郷とは違い、外界では色々と手間がかかるので観光らしい観光は未だにしていなかったのだ。

 

 

 「……殆どの人が重そうな荷物を持ってるね。やっぱり、私達みたいにここまで来て登らないって言うのは少数派なんだ」

 

 「さっきも同じような事を言ったが、登ろうと思わなければここまで来ないからな。まあ、目的が違う者達もそこそこ居るみたいだ」

 

 

 妹紅はほぼ全員が登山者と捉えたようだが、実際はそこまででも無いだろう。

勿論登らない者が少数派である事は確かなのだろうが、俺達と同じようにこの周辺の散策を楽しもうとする人や、バイク乗り達のようにここまで来る事自体を楽しんでいるような面々も見受けられる。

 

 

 「まあ、周りを気にしててもしょうがないね。ここでぼうっと立ってるのも恥ずかしいし、そろそろ行こうか」

 

 「うむ。実は俺もこの辺りは良く分からんが、なるようになるだろう。別に人が集まる所に行く必要も無いのだし」

 

 

 色々と予定が追加されたが、一番最初の目的は『壺を供養した事の報告』だった。大勢の人の前で大っぴらに出来る事でも無いので、少数派になるのはむしろ望ましいとも言える。

 

 俺はひとまずこの辺りの店で休憩がてら何か買っていく事にした。妹紅を先導して、おそらく土産物店なのであろう建物に歩を進める。

妹紅は緊張からなのか、それとも『設定』を演じているのか……顔を伏せるようにしながら俺の後ろにぴったりくっ付いてくるが、外見の幼さを超えて挙動不審と言う程でもない。俺のような大の男がやっていたら恐怖を煽る事間違いなしだが、妹紅ならばやや人見知りの少女と言う微笑ましい姿に見えるだろう。

 

 

 「……混んでるね」

 

 「予測はしていた事だがな。長居する訳でも無いのだから、問題は無い」

 

 

 入店した瞬間、妹紅がぼそりと呟く。流石はこの国で一、二を争う観光名所の御膝元、言ってしまえば只の土産物店なのに人の数が尋常ではない。

 

 

 「それでも逸れると私は困るから、さ」

 

 「ん、おお、うん……」

 

 

 妹紅は再び小声で呟き、同時に俺の手を握ってきた。理にかなっている事では有るのだが、突然の感触に思わず間抜けな声を上げて無意識にその手を握り返す。

……我ながら何と初々しい、と頭の何処かで呆れた声が響く。その声に言い訳も出来ないまま、半分上の空で適当なポストカードやアクセサリー、幾つかの飲料を購入し店を出る。

 

 店を出てもまだ浮つきは収まらず、手を握ったままである事に気付かずに歩き続けてしまう。結局、妹紅が俺の服を引っ張って注意を促すまでそんな状況であった。

 

 

 「も、もう大丈夫だよ、こっちの方が注目浴びちゃうって」

 

 「……うむ、済まない」

 

 

 頬を赤くしながら手を振り払う妹紅に、格好悪く頭を下げる俺。

……しかし、本当にどうしたのだ。確かに予想外の動作には驚いたのだが、それをここまで引きずるのは冷静に考えると少しおかしい気がする。

幻想郷でも似たような事を何度か起こし、その度に平常を保とうと自戒している。初々しい……つまりは俺が妹紅に一定以上の好意を持っているが故に、無意識下で異性を感じていると言う認識も、ここまで来るとどこか疑問だ。

無論、全くその感情が無いとは、俺も言いきれないが。少なくとも主観で何万年以上の時を過ごし、女性経験自体もそれに比例するだけは有ると言うのに……行動に支障をきたすレベルまで感情を制御出来なくなる程なのだろうか。

 

 

 「……『田澤昴』か?」

 

 「ちょ、ちょっと本当に大丈夫? さっきから奇行が目立つよ」

 

 

 制御出来なくなる感情、と言う事で連想される可能性が口を突いて出た。

しかし客観的に見るとこれは上の空で少女を連れまわした挙句に、おもむろに立ち止まって自分の名を呟くと言う正に不審者の所業である。当然、妹紅もどこか引きつった笑顔で俺の様子を指摘してくる。

 

 

 「あー、本当に申し訳ない。少し魔法について考え事をしていたら、ついな」

 

 「確かに普段の田澤の集中を見てれば、言葉にしても意味が分からないくらい突飛な発想をしてそうだけど……外界まで来てるんだから止めてよ、私に集中してくれないと困るんだってば」

 

 「もう、大丈夫だ。一区切りは着いたからな、これからの行動で挽回させてくれ」

 

 「本当に頼むよ……」

 

 

 もしこれが『田澤昴』の影響による物なのであれば、八雲と霊夢の時と同じように対処できる。

ごく短時間であれば強く意識する事で無理矢理抑え込めるし、長期的には『田澤昴』の記録からその感情の元となる出来事を追体験する事で鎮める事が可能だ……と、思いたい。

八雲と霊夢の場合は『似ている』少女達と過ごした時間が影響しているのだと分かるが、妹紅に関しては現状で少しも見当が付かない。他に代案は無いので、これ以外に出来る対応も無いのだが。

 

 無意識の内にも一応は観光の事を考えていたらしく、俺達が辿り着いていたのは展望台だった。

とりあえずこれ幸いとカメラを取り出し、富士山を筆頭に数々の絶景を写真に収めておく。このカメラは周囲に溶け込むための偽装的な意味合いで用意していた物だったが、本来の使い道が出来るならそれに越したことはない。

 

 

 「……うん、やっぱり変わらないよ。建物とかは沢山増えたけど、ここから見える景色は変わらない」

 

 

 俺がカメラを構える方向に顔を向けて景色を眺めていた妹紅が、噛み締めるように言う。

どこか憂いを帯びたその横顔は、普段俺に見せるどの表情とも違う物。おいそれと言葉をかけてはいけない一種の不可侵性を感じ、俺も一旦カメラを下ろして静かに風の音を聴く。……結果的に周囲への気配察知能力が高まり、一つの発見をした。

 

 

 「変わりに変わった外界にも、変わらないで残り続けた景色が有るんだね。……どうしたの田澤? なんか、何とも言えない表情をしてるけど」

 

 「ん、ああ……。いや、とりあえず行っておいた方が良い場所が増えたなと」

 

 

 不思議そうな顔をした妹紅を連れて、展望台を降りる。再び先程の土産物店付近の広場まで戻ってきて、感じた気配を元に目的地へ向かう。

 

 

 「こんな端っこに一体何が有るのさ」

 

 「もう少し目につきやすい場所に入口を作っても良いのでは、と思える物だ」

 

 「はぐらかさないで教えてくれても……って、鳥居?」

 

 

 建物の隣に作られている小路。そこに入ると、意外な程あっさり鳥居が目に入る。そして、鳥居の向こう側にある所など、決まっている。

 

 

 「……すっかり見落としていたが、ここはイワナガヒメを祀る神社のようだ」

 

 「え、そうなの……? いや、確かに言われると神域としての気配は感じるけど」

 

 

 さっきこの付近まで歩いてきた時には、俺も妹紅も何も気付かなかった。

俺達の素性柄、むしろここに訪れている誰よりも神の気配などに鋭いと自負はしていたのだが……

 

 

 「……幻想郷では探るまでもなく神様ってそこらに居るしね。と言うか、石長姫とも直接会ってるし」

 

 「知らず知らずの内に、『自分で察知する』感覚が鈍っていたのだろうか」

 

 

 二人ともに自己弁護のような言葉を並べつつ、拝殿まで進む。

実際に来てみると中々に多くの人達が集まっており、どうやら隠れた名所と言う訳でもないらしい。いや、あれだけの人が集まる登山口のすぐ近くなのだから、よくよく考えれば隠れる筈も無いのだが。

 

 

 「やっぱり、気配その物は薄いよ。幻想郷で会った時に比べたら、格段に」

 

 「分霊にしても、ここまで気配が薄いのはな。……コノハナサクヤとの彼是だろうか」

 

 「慧音に聞いたことが有るけど、石長姫の山を削り飛ばしたんだっけか」

 

 「そこまでやったのかどうか俺は詳しく知らんが……」

 

 

 拝殿の前の列に並びつつ、小声でやり取りする俺達。

明らかに気配が薄い事に関しての考察をすると、妹紅からはとんでもない情報が返ってきた。俺はただ単に、領有権の問題でイワナガヒメが遠慮しているのかと思っていたのだが、思った以上に激しい理由が有ったらしい。

 

 

 「でも、まあ……もしかしたら、ここが一番、岩笠へ報告するのに相応しい場所なのかも」

 

 「彼を『呼び出した』環境を改めて再現するのは無理が有るしな。イワナガヒメには何だか色々と悪いが、少しこの場を借りさせてもらおう」

 

 

 話している内に順番が回ってきた。妹紅にお賽銭としての小銭を渡し、二人で拝む。

……第一の目標は岩笠へ因縁の決着を報告する事なので、イワナガヒメには少し後ろめたい気もする。とは言え彼女も俺達の事情に見当は付く筈なので、許してもらいたい。

 

 本当ならいつまでもこうして手を合わせていたかったのだが、生憎と順番と言う物があり俺達だけで独占する訳にはいかない。

やや名残惜しそうにしている妹紅を連れ、拝殿の前から去る。そのまま人の流れから少しだけ離れた所まで移動し、余韻に浸る事にした。

 

 

 「何だか最後は急かされるようで、ゆっくりとは伝えられなかったけど……ちゃんと報告したよ。貴方が帝と神様から任された務めは、全て果たされたって」

 

 「……うむ。これで本当に、全てが終わったのだな」

 

 「そうだね。蓬莱の薬が齎した不幸、それによって翻弄された人達……皆の願いと祈りは、叶えられたと思うから」

 

 

 妹紅は晴れやかな顔でそう言った。蓬莱の薬によって生じた、千年もの長きに渡る因縁は、今ここに当事者の手によって終結したのだ。

 

 

 「……現金な話で、皆には裏切るようで悪いんだけどさ。今となっては、少しは蓬莱の薬に感謝もしてるんだ」

 

 「感謝? 一体何故だ」

 

 「ふふっ、田澤に会えたからだよ。ま、慧音と会えた事も、もしかしたらそれ以上に嬉しい事だけどね」

 

 「心から通じ合える親友を得られたのなら、それはとても喜ばしい事だな」

 

 「あれ、もうちょっと違う反応を期待したんだけどなあ。顔を赤くするとか、複雑な表情になるとか」

 

 「……そんな所だろうと思ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達はその後五合目付近を見て回り、空が赤くなり始めた頃合を見計らって下山した。

本来の目的を達成した以上、ここから先は本当に単なる観光である。岩笠への報告も、流れに任せて適当に済ませた感は否めないのだが……

 

 

 「まだ外界に留まるんだったよね。夜はどうするの?」

 

 「一応寝る場所と食べる物は確保してある。……今のうちに謝っておくが、野宿と変わらないと言えばそうだ」

 

 「確保したのに野宿ってどういう事だよ……」

 

 

 夕暮れが差す車内の中、妹紅はこの後の予定を聞いてきた。現時点での計画を正直に伝えると、妹紅は何やら納得がいかない様子で呟く。

 

 

 「……今から行く所はキャンプ場と言って、語弊を恐れず言えば野宿を楽しむ為の場所だ。自然に触れ合い楽しむ、と言った目的だな」

 

 「わざわざ触れ合わなくたって、いつもそこにある物だと思うんだけどなあ。自分から出向いていかないと触れない自然って、それもう自然って言わないんじゃないの?」

 

 「ある意味真理では有るのだが、深く踏み込むと言葉の定義まで遡る事になるからな。納得できないなら夜にでもまた改めて語り合えるから、とりあえず今は飲みこんでくれ」

 

 

 キャンプ、行ってしまえば『野宿』をレジャーとして楽しめるのは、普段の生活がそれからかけ離れた余裕ある物だからだ。

俺の旅に対する価値観はまた別で独特な物だから、これにも例外は有るのだろうが……幻想郷に住まう妹紅には、あまりピンとこない娯楽だろう。

普段の生活が豪華絢爛に過ぎるレミリア辺りなら分かるのかもしれないが、彼女は彼女で元々の性質からこの類の趣味に耐えられるか不明瞭である。すぐに苛立って音を上げるかもしれないし、案外お気に召して楽しむのかもしれない。

 

 

 「……まあ、外界の文化はかなり幻想郷とは異なってるみたいだしね。私だって少しは野宿に覚えが有るから、嫌って訳でもないよ」

 

 「それもキャンプを選んだ理由で有るのだ。宿を取るとなれば、流石に俺達の見た目で同室には出来んし……そうなると、いざと言う時の対処がどうしても遅れてしまう」

 

 

 チェックインする時だけにでも兄妹と言う事にすれば不可能とまではいかないだろうし、最悪でも魔法で認識を弄れば何とかなる事ではあるのだが……

認識阻害も精神操作の一部であるし、余程の事態にならなければ使いたくない。キャンプで夜を過ごすのであれば何か有ってもすぐに俺が対応できるのだし、この方が手っ取り早い。

 

 

 「俺達が旅をしていた時のように、テントを二つ張る行為がどう取られるか分からんが……

  何か迷惑になるようであれば、間仕切りでも置いて一つのテントに寝る予定だからそこは勘弁しておいてくれ」

 

 「ああ、他の人の場所まで取っちゃうと流石にねえ。別に私は構わないよ、田澤がそう言う時に紳士と言うか奥手なのは知ってるから。普段は気障なのにね」

 

 「……」

 

 

 言い返したい気もするが、これに対してはどう反論しても面倒くさい事になるのが目に見えている。

黙っているのもそれはそれで意識している事が明らかなのだが、まだ自滅しないだけマシだろう。……妹紅に対しては確かに奥手と言われても仕方ない気はするが、総合的に見るとそこまででもないような。

 

 からかってくる妹紅も全く恥ずかしくない訳は無いのだ、と開き直れば俺の方も平常を保てない訳ではない。

暫く適当に受け流しているとやがて妹紅の方が限界になったらしく、拗ねた風を装ってそっぽを向き赤い顔を隠した。そんな姿を微笑ましく思いつつ、車をキャンプ場まで走らせる。

 

 

 「ここ、だな。少し用事を済ませてくるから、車で待っててくれ。あまり遠くへ行かないなら散策していても構わないが」

 

 「やる事ないし、ここで大人しくしてるよ。どうせすぐ戻ってくるでしょ?」

 

 

 駐車場に車を止め、歩いて受付まで向かう。キャンプ場の管理人と軽く手続きを済ませ、入場準備は終了。予約はしてあったので、この辺りはスムーズだ。

 

 

 「さあ、物を運ぶぞ。まさか適当に転移させて持っていく訳にはいかないからな」

 

 「ん、分かった。後ろの荷物だね」

 

 

 初心者の為にここから管理人がサポートするサービスも有るようだが、正直必要ではない。

そうなると後はもう自分達で勝手に始めて良い訳で、早速準備を進める。車のトランクに予め積んであったキャンプ用具を運びだし、丁度良さそうな場所まで移動する。

 

 

 「ああ、テントの数についてだが。他人に迷惑をかけない、常識的な範囲で好きに設営していいらしい」

 

 「曖昧だけど……ダメでは無いんだね。今更他人に迷惑かける野宿なんてしないし、大丈夫だよ」

 

 

 やや奥まった地点かつ適度に開けた場所が空いていたので、そこで互いにテントを張る事にする。

妹紅もここ数百年はテントなんて触っていない筈だが、流石に手際が良い。幾分か迷っている様子では有った物の、十分に早いスピードで組み終えていた。

 

 

 「ふむ、準備していれば良い時間になりそうだな。妹紅、少し早いが夕飯の支度をしよう」

 

 「分かった、手伝うから何をすれば良いか教えて。……何だか妙な気分だな」

 

 「妙って、何がだ」

 

 「田澤って、自分から何かを食べようとする事が殆ど無いからさ。夕飯に誘われるなんて凄い違和感が」

 

 「……まあ、確かにな」

 

 

 妹紅の突っ込みに自分でも納得しつつ、持ってきた荷物の中からクーラーボックスを取り出す。蓋を開け、内容物を確認させながら指示を出した。

 

 

 「このパック……透明な包みの中に野菜が入ってるから、おおよそ一口大くらいに切ってくれ。

  そして、こっちには肉が入ってる。まだ火は大きくならないが、用意はしておいてもらえると助かる」

 

 「面白い袋だね、肉とかはたき火でもして焼くの? まあ任せてよ、この包丁とまな板使えば良いんだね」

 

 

 妹紅には食べ物の下拵えを頼みつつ、俺はバーベキュー用のコンロセットを取り出して組み立てに入る。

土台を組み終えれば次は炭と着火剤の投入。しかる後に鉄網をかぶせ、コンロ本体横のスリットからジッポライターで着火……あ。

 

 

 「……これでは火が届かん」

 

 

 炭の漏れなどを防ぐため、当然ながらスリットは細い。無理矢理突っ込めば入らない事は無さそうだが、届いた所で炭と手がほぼ接触すると言う他の危険もある。

手先を魔力で守れば何も問題ない訳ではあるが、そこまでするくらいなら魔法で着火した方が早い。そして、この旅行ではどうしても必要になる物を除き出来る限り魔法を使いたくない。

 

 

 「森近からもらった物だし、どうしても使いたいが……」

 

 

 あまり悩んでいる時間はない。妹紅にこの間抜けな失敗が知られれば少しどころではなく恥ずかしいし、今の内に火を着けないとバーベキュー開始も遅くなる。

……鉄網を外し、着火剤を一つ取り出す。手に持ったそれを徐にジッポで着火し、すぐさま戻して鉄網を嵌めなおす。これはこれで危険だが、今は仕方あるまい。次が有るなら、その時はしっかり考えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺のちょっとした失敗は明らかにならないまま全ての準備は整い、無事にバーベキューは開始された。

妹紅の切ってくれた野菜や肉を焼き、それらを俺が予め作っておいた調味料で軽く味付けてから食べる。何ともワイルドだが、旨くて楽しい。

 

 

 「こう言う所も独特なんだなあ、外界って。最初から串に刺さってるけど、持ち帰って自分で焼かないと食べられない鳥肉……親切なのかそうじゃないのか分からないや」

 

 「これは外界でも日常的に食べる訳ではないな、こういう機会の為に用意してある商品だ。……いや、そうでもないか?」

 

 「どちらにしても、すぐ簡単に火が着く調理設備が有るのが普通って事でしょ? この肉焼き台だって、幻想郷では日常的に重宝するんじゃないかな」

 

 

 あれこれと会話しつつ、共に肉や野菜を味わう。

妹紅はパック詰めの焼き鳥に特に関心をもったらしく、不思議そうに眺めながら一つずつ口にしていく。普段はあまり話さないような話題なので、何だか面白い。

 

 

 「うむ、人里は調理の火を用意する所から大変な訳だしな……」

 

 「それこそ、外界の道具が運よく手に入った人達は楽そうにしてるけどさ」

 

 「……このくらいの道具なら、俺が身銭を切り詰めればそれなりの数を用意出来るが。八雲は、良い顔をしないだろうな」

 

 「……だよねえ」

 

 

 何だか世知辛い話になり始めたので、会話の流れを変える為にまだ開けていなかったクーラーボックスから飲み物を出して振る舞う。せっかくの機会なので、どうしても明るい物にはならない話題で話を続けたくはない。

 

 

 「そろそろ喉が渇いてきたんじゃないか?」

 

 「お、ありがとう。うん、口の中が脂っこくなってきたし頂くね」

 

 

 渡した缶ジュースを手に取って、中の飲料を流し込む妹紅。車内で使い方を教えていたので、特に困る事はないようだ。

 

 

 「うん、この飲み物美味しいね。田澤の……何だっけ。あの、シソの飲み物にちょっと似てる」

 

 「ふむ、味はそこまで近くない筈だが……清涼飲料水、と言う分類が妹紅には珍しいからだろうか」

 

 

 妹紅に渡したのはグレープジュースだ。味はシソと結構違うと思うのだが、甘味料で味付けされた酸味と言う部分で似ていると感じたのかもしれない。

 

 

 「……本当はお酒が飲みたいんだけどさあ」

 

 「ここでは我慢してくれ、少し離れてはいるが普通に人目が有るし……」

 

 

 俺はともかく、妹紅の外見で酒を飲んでいたら不味い事になる。目を付けられるような事は、したくない。

 

 

 「そこが不便だよなあ……まあ、これも美味しいからいいけど」

 

 「俺も飲まないし、他にもジュースは色々有るからそれで楽しんでくれ。何も酒を飲まなければ絶対に楽しめないと言う訳でもないさ」

 

 

 頬を膨らます妹紅に苦笑しつつ、新たな缶ジュースを見せる。

そうして少し機嫌を良くした妹紅と共に、用意していた食材が無くなるまでバーベキューを楽しんだ。




三月、もしくは四月にはペースが戻る筈ですのでどうかお待ちいただけると助かります……
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