旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、神代を超えて平安なる地を踏む

 「伊吹、もう少し速度を落としてくれ。着いて行けない訳じゃ無いんだが、この体勢で走るのはキツいんだ」

 

 「んー? ああそうか、昴は背が高いもんな」

 

 

 伊吹に手を引っ張られて走っているのだが、身長の違いからどうしても中腰気味なのだ。この状態で走るのは流石に疲れる。

……客観的に見て、幼女に引っ張られる大の男と言う図は色々マズイと思う。果たしてこの場所に俺達と遭遇するような人が居るか微妙だが。

 

 

 「まあ、そろそろ私達が拠点にしている洞窟に着くよ。それまで我慢して欲しいな、皆には私から説明するから異国の酒を沢山作ってくれよ!」

 

 「無から生み出す訳じゃなくて水を変化させるから、そこまで大量には用意出来ないかもしれないぞ」

 

 「川が近くにあるから水の心配なら無用だよ」

 

 

 俺の知っている伝承では鬼はかなりの大酒飲みとの事なので、不安があったが杞憂らしい。酒が足りないとか言われると困る、と思っていたのだが。

 

 

 「それなら構わないんだが。それにしても、何人いるんだ? あまり大勢なら色々問題があると思うんだけど」

 

 「二人だよ。星熊勇儀と私、伊吹萃香だね」

 

 「なんだ、思っていたより少なかったな」

 

 

 伊吹の口振りから、もう少し多いと想定していたんだが。とは言え鬼に限らず、妖に属する人外の存在が集団行動をとると言うのも考えにくいか。

……大規模なコミュニティを形成していたとしたら、神奈子はこの山を勧めなかっただろう。伊吹達には合計三人でも十分多いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊吹に連れられ目的地らしい洞窟に到着。小川のせせらぎが聞こえ、穏やかな木漏れ日が差し込む、素朴だが中々風光明媚な土地だ。

神奈子の神社とはまた違った神秘的な光景に心動かされていると、額から角を一本生やした金髪の少女が洞窟から不思議そうな顔で出てきた。

 

 

 「お、萃香。どこ行ってたかと思えば、人を襲ってきたのかい? やるじゃないか」

 

 「いや、そう言う訳じゃないんだよ。勝負を挑んだけど、逆にやられちゃってね。

  それで話をしてみたら中々面白い人間でね、異国の酒を作れるって言うし連れてきた」

 

 「異国の酒? ああ、いやいや、その人間が萃香に勝ったって?」

 

 

 疑わしげに俺を眺める鬼の少女。伊吹と違って幾分かは女性的な体つきをしている。この少女が件の星熊勇儀だろう。

俺が少女を見返しながら自己紹介でもしようとしていると、いきなり殺気。勘に従い即座に抜刀、かなりの速度で迫ってくる脅威に向けて刀を突きつける。

 

 

 「……へえ、これは驚いた。鬼の瞬発力に反応できる技量も素晴らしいけど」

 

 

 金髪の少女が首筋に刀を突きつけられ、殴りかかるモーションで止まる。伊吹より更に素早かったが、それでも反応出来ない速度ではない。

とは言っても、今のはこの少女にとっても全力では無さそうだ。とりあえず戯れに軽く力をぶつけようと言った所なのだろう。

 

 

 「ここまで近くに来てようやく気付いたけど、この刀相当な妖力を持ってるね。人間が鍛えたとは思えない刀だ。どこで手にいれたんだ?」

 

 「魔導の叡智……君達には鬼の知識と言い換えた方が分かりやすいか。ともかく、そう言う存在がもたらした製法を元に俺が打った」

 

 

 鬼の知識と言い換えるのは正直かなり意訳している気もするが、人間にとっての超越存在がベースとなっている情報と言う意味では間違ってはいない。

鬼は嘘を嫌うと聞いた事は有るが、今のは意図的に真実を省いただけだ。……少なくとも、こんな詭弁で自己弁護する程には真実を伝えたくはない。

 

 

 「結果的には自分で打ったのかい、凄い人間だね」

 

 「で、俺は君のお眼鏡にかなったかな」

 

 「うん、これなら萃香が負けたって言うのも納得だ。私は星熊勇儀。あんたの名前は?」

 

 「田澤昴だ」

 

 「田澤か、よろしく。さっきはいきなり殴りかかったりしてすまなかったね」

 

 「そうだよ勇儀。私が嘘をついたとでも思ったの?」

 

 「そういう訳じゃないけど……鬼に勝った人間なんて聞いて、力比べをせずにはいられないじゃないか」

 

 「それはそうかもしれないけどさー」

 

 「ところで、異国の酒を作れるとの事だけど、どうやるんだい?萃香は今すぐにでも飲めるかのように喜んでるけど、流石に無理だろう?」

 

 

 星熊はこっちに向き直って言う。萃香より幾分大人らしい外見通りと言う事か、比較的冷静なように見える。力比べがしたいって理由で殴りかかられはしたけど。

 

 

 「いや、普通に作る訳じゃないさ。えっと……神通力? それに近い物を使うんだ」

 

 

 実際は悪魔の力だから神通力と全く異なるのだが、魔法とも少し違うし妖術と言う訳でもない。

諸々の事情で詳細を説明する訳にはいかないし、俺の従えている悪魔の中には元々神だった存在も居る。今回も、完全に嘘と言う訳でもない。

 

 

 「神通力……」

 

 「……萃香、あんた凄い人間を連れてきたね」

 

 「まあ、あまり気にしないでくれ。聞こえはともかく、やる事は他者の力を借りているだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし、この辺りでいいかな。さー、異国の酒ってヤツを見せてくれ!」

 

 「ついでに此処に留まる気はないかい? 田澤の人柄なら、酒は不味いって事は無いだろうしね」

 

 「作る前から期待されるのは有り難いが……旅がしたいからな、悪いが、留まるのは遠慮させてもらうよ」

 

 

 寿命という意味でなら十分過ぎる程時間があるんだけど、まだ全然この地を歩き回ってない。

思えば、地上に来てからまだ一度も人間に会っていない。親しい間柄になっても圧倒的に生きる時間が違う。それでもやはり、人間に会ってみたいのだ。

一応は、俺も人間だし。

 

 

 「まあ、やりたい事があるならしょうがないさ。……人間がいつまでも鬼の近くにいる訳もないしね」

 

 「……だよね」

 

 

 急に二人とも暗くなってしまう。普通は襲ってくる人外相手に近付きたがる人間は早々居ないだろうと思ってしまったが……

別に俺が彼女達を嫌っている訳でもないし、暗くなられても困る。酒の話題を振って、この雰囲気を誤魔化す事にした。

 

 

 「さて、川辺から水を汲んでくるよ。君達も手伝ってくれると嬉しい」

 

 「そう言えば水を酒に変えるって言ってたね」

 

 「へえ、面白いね。勿論手伝うよ」

 

 

 二人とも快く引き受けてくれた。空の酒樽を数個使って川の水を汲む。

流石は鬼と言うべきだろうか、どう考えても持てそうにない大きさと重さなのに軽々運んでいく。

 

 

 「……この量を本当に飲むのか?」

 

 「勿論。異国の酒なんて初めて飲むしねー」

 

 「その、わいん? 私達が飲んでる酒よりも酒精が薄いって言うじゃないか。だったら酔うために量を多くしないとね」

 

 「……普通の人間が飲むための酒だし、一杯で鬼が満足できるなら逆にマズイか」

 

 

 ウィスキーを直接出しても喜んで飲めそうだなと思いつつも、面倒が増えるだろうから口には出さず心の中で思うだけにしておく。

気持ちを切り替え、従えた悪魔の力を引き出す。水をワインに変える能力を持つ悪魔で『ハーゲンティ』と『ザガン』が該当したが、今回は『ハーゲンティ』の力を借りる事にする。

……実は『ザガン』にはトラウマがあって、あまり呼び出したくない。

強制力を持たない契約で呼び出した時があったのだが、俺の身体中の血液をワインに変えるという正に悪魔の所業をやらかしてくれた。

咄嗟に魔力で屈服させ元通りにしたから助かったが、あの時は本気で死にかけた。

 

 これ以上思い出すと体が震えて来るので即座に思考中断。改めて『ハーゲンティ』の力を引き出す。

人知を超えた悪魔の錬金術を使い、樽に入った大量の水をワインに変える。

本来なら生贄や供物を捧げる等の儀式を行う手間が有るのだが、とある事情でその制限は俺に存在していない。

 

 鬼の味覚までは分からないので、無難なワインをつくる事にする。酒樽の中に入った水が一瞬輝いた後、赤ワインに変貌。

 

 

 「随分あっさり終わるもんなんだね……って何だこりゃ、血の色してるよ!?」

 

 「そう言う酒なんだ。嫌なら透明に近い色合いの酒もあるけど」

 

 「す、萃香、鬼が人間の酒相手に負けたなんて笑い話にもならないぞ」

 

 「そうだね……負けるもんか!」

 

 

 思った以上に赤ワインに驚いていた彼女達だったが、やがて躊躇した自分が情けないと言わんばかりの勢いで飲み始めた。

……手持ち無沙汰になったので、俺もワインを飲む事にする。

流石に彼女達の私物であろう杯を勝手に使うのは抵抗が有ったので、神奈子の神社で過ごした数日で回復した魔力を使い『扉』を開く。

取り出したワイングラスに赤ワインを注ぎながら、最近妙に女性と酒を飲む機会が増えている事に首を傾げた。

 

 

 「ふふん、わいんめ、鬼の恐ろしさを思い知ったかー!」

 

 「その程度で私達に勝てると思ったのかい?」 

 

 

 数十分後、伊吹と星熊の二人はワインの入っていた酒樽に向かって勝ち誇っていた。

でもなんか……子供っぽい。特に伊吹の見た目は間違いなく子供だし。それを見咎めたのか静かに飲んでいた俺に伊吹が絡んでくる。

 

 

 「おうおう、なんだ昴ー。子供っぽいとか恐くないとか思ってるんじゃないだろなー。 もう百年は生きてるんだぞー、鬼は恐いんだぞー!」

 

 「伊吹、逆効果だ」

 

 「なんだとー」

 

 

 顔を赤くして必死に凄んで見せる伊吹だが、子供が癇癪起こしているようにしか見えない。

鬼としてのプライドも確かにあるんだろうけど、これだと本当に逆効果だ。

 

 

 「まあ、そう怒るなって。酒は楽しく飲まないと損だ」

 

 

 仁王立ちになっている伊吹の肩を軽く叩き、座らせてから新しいワインを差し出す。

酒で釣られるなんて思うなよー、なんて言ってるが早速飲んでるから説得力が無い。星熊にも新しいワインを出して、酒宴は再開するのだった。

 

 

 「ところで昴ー。あの刀、なんて銘なんだ?」

 

 「いや、特に銘は無いが」

 

 「だったら私の名字を貸してやるよ。星熊なんてどうだ」

 

 「いーや、それよりも伊吹って方が良いに決まってるね!」

 

 「星熊だ!」

 

 「伊吹!」

 

 「盛り上がっている所悪いが、俺はこの刀に名前を付ける気は無いぞ」

 

 

 この刀は名前が無い事に意味がある刀だから、銘を付ける気は無い。

それを伝えてもなお、どちらの名前を付けるかで言い争いを続ける二人を見て若干微笑ましくなった。

その後も旅の内容を話せとせがむ伊吹に対して、これまでの世界で起こった出来事を多少脚色して話したりしつつ。

 

 

 「またわいんを飲ませてくれよー! 昴ー!」

 

 「いつかまた会おう、田澤!」

 

 「お前達も、元気でな。……後、出来れば二人で呼び方を揃えて欲しかった」

 

 

 ワインを振る舞った結果、何だかやけに意気投合した気がする。しかし飲む前にも言ったが、ここに留まる気は今のところ無い。

人里を探して山を降りるつもりだが、見付けられなかったり受け入れられなかったりしたら……その時は、頼る事になるのかもしれない。

そんな事を考えながらも、取り合えずは伊吹と星熊に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うーむ、予想以上に質素な生活してるなあ……」

 

 

 山の険しい道のりをのんびり5日程かけて降り、神奈子が言った『中央』とやらに進む事8日。

観光客でもやらないぐらいあちこちの景色を眺めながら歩いた為にやたら時間がかかったが、何とか小高い丘までやって来て人びとが生活している様子を見下ろしながら呟いた。

 

 

 「これは村って言うよりムラだ」

 

 

 竪穴式住居とか、貝塚とか、全体の規模とか。流石にこれはちょっと……遠慮したい。我ながら贅沢な事を言っていると思うが。

この世界が俺の元居た世界と極めて似た歴史を辿っていると考えて、縄文時代に近いと仮定。

全く同じ歴史を辿る訳が無いとしても、ここが極端に遅れていると言う訳で無ければ大体の文明レベルは見当が付く。そして最も俺が気になる事は。

 

 

 「中央とやらはまだしも、どこもかしこも国取り合戦やってるんだろう……」

 

 

 事実、神奈子がそうだった。

主権を広げる為や単に領土を拡大する為等、思惑は色々あるんだろうが、ゆっくり旅をして永住の地を見付けたい俺には少し迷惑だ。

旅の最中は鬼一人に勝負を挑まれるより、クニどうしの争いに巻き込まれる方が厄介だ。魔力がほぼ万全になった今、どちらに遭遇しても死にはしないと思うが……

ゆっくり一人旅なんてしてる状況では無くなるかもしれない。こう言う事では人間の方が人外より遥かに怖いのだ。

 

 ……せめて社会がそれなりに安定している時代までは転移したかったな。

まあ、こんなに俺の元居た世界と近いとは思っていなかった。多少は未来に見当がつく事を喜ぶべきか。

しかし、時間のみの転移ならば今の回復した魔力で行えるが……ゆっくり旅がしたいのに『扉』で時間をポンポン移動するのは何か違う気もする。

だが、この時代じゃ出歩く事も容易に出来そうに無い。

 

 

 「よし、人の生活が安定している時代まで転移する。これで時間移動は最後にしよう」

 

 

 妥協案と言うか自分を誤魔化すためと言うか、取り合えず誓いを立て口に出す。

人の生活が安定している時代、この時間軸から近くなら奈良時代か平安時代辺りだろうか。少なくともこの時代よりは旅しやすい筈。

周囲の気配を探って誰も俺を見ていない事を確認し、魔力を集中して一旦城へ繋がる『扉』を開く。

深い青色の空間の裂け目が生まれる。円上に開いたそこに身を滑り込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の存在する空間を介し、再び地上を訪れる。具体的にどの程度の時間を移動したのかは分からないが、現在地は奥深い森の中だ。

しかし、月に訪れた時代から神奈子の時代へ転移した時は魔力のほぼ大半を消費したが、今回は比較的消費が少ないな。移動した『距離』が短いのだろう。

 

 何はともあれ、日光が遮られ僅かにしか明かりの入らない暗い森の中を進む。

前回と違い、魔力を使いきった訳ではないので心に余裕を持ちながらの行程だ。本来なら辺りの薄暗さで簡単には進めないだろうけど、このくらいは魔法でどうとでもなる。

 

 

 「それにしても、俺はこの世界に来てから森とか山に変な縁が出来てしまった気がするな」

 

 

 なにしろ半分以上は山で行動してるぞ、しかも寝ないでぶっ続け。

神奈子の神社では酒を飲んだり睡眠を取ったりと、比較的休息を取っていたけどそれからはなあ。

まあ別に食事をする必要も、睡眠を取る必要も無いから完全に気分の問題なんだけど。

 

 しばらく歩き続けたが、相変わらず代わり映えのしない風景に退屈していると。

 

 

 「妖気? それとこれは……人間、なのか? どこか気配がおかしいが」

 

 

 結構遠くの方にだが、明らかに人外だと言える気配と、人間の気配を感知した。

詳しい事は分からないが人外と人間が相対している状況は、あまり穏やかでは無いだろう。俺は気配を感じる方向へ走り始める。

 

 魔法も使って移動速度を速め、乱立している木々に速度を緩められながらも全力で向かう。

かなり視界の開けた場所まで来た俺が目にしたのは、考えていた中で最悪の光景だった。

 

 

 「畜生ッ!」

 

 

 何故もっと早く来れなかったのかと、思わず自分へ向けた罵りの言葉が出る。

俺の目に飛び込んできた最悪の光景とは…… その小さな体の全身から血を流し、自分の周囲を赤く染め、うつ伏せに倒れている少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「流石に……キツかった、か」 

 

 

 自分の特性を活かし、独学で妖怪退治の修行に山へ来ていた私……藤原妹紅は呟いた。

御札を使った陰陽術の真似事で近くの村を襲った人食い妖怪を退治したまでは良いんだけど、防ぎきれなかった攻撃もかなり多かった。

結果、今のように地面に這いつくばる事になっている。

 

 

 「攻撃は……及第点かな。避けるのは、まだまだ」

 

 

 全身から血が流れ、体がどんどん冷たくなっていく。

普通の人なら確実にパニックになるであろう状況だけど、私は冷静だ。『何十回と』死に至る時の感覚を味わえばいい加減慣れもする。

気持ちの良い感覚では無いし、あまり味わいたくも無いんだけど。

 

 

 「次はもっと……避ける練習をする必要があるか。攻撃される度に死んでたら、面倒臭くてやる気がでない」

 

 

 反省会はここまでかな、この体はそろそろ限界みたいだ。後数分もしないで死ぬだろう。

 

 

 「畜生ッ!」

 

 

 帰ったら反省会かね、と考えていると、初めて聞く男の声。おかしいな、この辺りに人が居る筈は無いんだけど。

入り組んでいる上に妖怪まで出没する山の中に居た男に少し興味があったけど、もう顔を上げて確認する気力も残っていない。

まあ良い、数分の辛抱だ。それだけあればこの体は死に、そして再生する。

 

 

 「今、助けてやる!」

 

 

 ん? 助けるって言ったって……ああ、そうか。私が不死だって事を知らないんだ。

なら、当たり前の反応かな。でも下手に治療されても困る。中途半端に死なないのが一番辛いしと考えて、私の事は放っとけと言おうとしたけど。

 

 

 「今は静かにしているんだ。体力が失われる」

 

 

 口を手で遮られ、壊れ物を扱うかのように優しく抱き上げられて仰向けにされる。視界に入ったのは、黒い異国風の長衣を纏った黒髪の男だった。

手には液体の入った、見たこと無い材質の容器を持っている。

 

 

 「これを飲むんだ。君の体を治してくれる」

 

 

 戸惑っている内に容器のふたを開けて差し出してきた。

治すとは言っても所詮気休めに決まっている。それにどんな怪我でも治してしまう薬なら既に飲んでる。

どうせ飲まないでいれば死ぬだろうからと、無視して動かない事にする。

 

 

 「って、モゴッ!?」

 

 

 私が動かないのをもはや動く気力も無いと勘違いしたのか、焦った風に喉へ注ぎ込んできた。

ち、ちょっと待って! 分かった、飲むから! 肺の方に液体が入りそうなんだって! 少し待ってと身振りで伝えるけど、どうやら気付いてない。

 

 

 「少し待てって、言ってるでしょ!」

 

 

 男の顎に勢いをつけた拳を入れる。……殴ってから、言葉にはしてなかった事に気付いた。

ま、まあこいつが言葉を止めてたんだから自業自得よね。立ち上がり、悶絶している男の元へ……立ち上がり? 殴る体力も残ってなかった筈じゃ?

慌てて体を確認すると流れていた血が止まっているし、活力が溢れてくる。

 

 

 「その様子だと、ちゃんと回復したみたいだな」

 

 

 薬を無理矢理飲ませてきた男は、顎を押さえつつ不機嫌そうに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「その様子だと、ちゃんと回復したみたいだな」

 

 

 せっかく貴重な薬を使って死にかけていた少女を助けたのに、何故か殴られた。

とは言っても薬自体の損失は殆ど気にはならない。俺自身の傷やダメージは魔法でいくらでも回復出来るからだ。

旅をしていた最中、忘れるぐらい昔に城の倉庫へ放り込んだ物だし、有効活用出来て良かったとも言える。

 

 

 「あんた、名前は? 私は妹紅。……藤原妹紅」

 

 「俺は田澤昴だ。……ん、ふじわらの? もしかして君は」

 

 「まあ、それはどうでも良いだろ。それより、さっき私に飲ませた薬はなんだ? こんな一瞬で傷を治す薬なんて私は一つしか知らないけど、それとは違う」

 

 「これに匹敵する薬なんて一つ知ってりゃ十分だと思うけど…… ってそうだ、君を攻撃した奴は何処に行った!?」

 

 「妖怪なら私がもう退治したよ。そんな警戒しなくてもいいさ」

 

 

 今更ながら人外の気配が消えている事に気付くと、思ってもいない答えが返ってきた。

そんな危険な事をして、死にかけながらも特に何も感じていない風に振る舞う藤原に声を荒げる。

 

 

 「退治って、倒したって死んだら意味無いじゃないか! 恩を売るつもりじゃないが、俺が来なかったら死んでたんだぞ!」

 

 「別にあんたが来なくたって死んでなかったよ。私は不死身なんだ」

 

 

 は? 今、なんて……

 

 

 「はあ。もう一度言うけど、私は不死身なの。肉体がどんなに破壊されても再生するんだ。だから別にあんたが薬を使う必要も無かった」

 

 「だが、君は人間だろ? 不死身だなんて……」

 

 「ちょっとした出来心で不死身になってね。証拠見せる?」

 

 

 出来心で不死身って、そんな気軽になれるものじゃ無いだろう……

はっきり言って信じられないが、短刀を取りだし今にも自殺しそうなので信じるフリをする。

 

 

 「分かった、分かったから。さらっと自殺しようとするのは止めてくれ、心臓に悪い」

 

 「あまり信じて無いように見えるけど、そう言うなら止めておく」

 

 

 しぶしぶ短刀を仕舞い込む藤原。思い止まってくれたようで一先ず安心だ。

 

 

 「で? あんたは何者なんだ。妖怪が出没するこの山に一人で居るのも変だし、 大怪我を一瞬で治す薬なんて大層な物を見ず知らずの私に差し出せるのもおかしい」

 

 「旅人だな、一言で表せば。旅をしているんだからこの山に居てもおかしくないし、異国の霊薬を所持していてもおかしくない。何処にも変な所は無いな」

 

 「……」

 

 「そう言う君こそ、何でこの山にいる? 妖怪退治と言ってたが、君の親はこんな無謀な事を許してるのか?」

 

 「……私にもう親はいないよ。とっくに死んだ。

  この山で妖怪退治をしてるのは、他にする事が無いから。死んでも再生するとは言え、飢えるとキツいから食い扶持を得るためでもあるけど」

 

 

 あれ? もしかして本当に不死身だったりするのか? 適当に嘘を喋っている風には見えないんだが……

 

 

 「すまない、悪い事を言った」

 

 「今更気にしてる訳でも無いし、別に良いけどね。

  ところであんた、これから何処へ行くつもりなんだ。旅人の割りに荷物が少ないけど」

 

 「実際は荷物もたくさんあるぞ、見えないだけで。後、ここから近い人里にとりあえず向かおうとしていた」

 

 

 旅人、のところで疑惑の視線を向けてくる藤原。ああ、信じてなかったんだな。

 

 

 「近い人里、ね……良ければ案内するか? 今私が泊まっている村なんだけど」

 

 「そうしてもらえると有り難いが、泊まっている? 住んでる訳じゃないのか」

 

 「私は不老でもあるから、あまり長く一つどころに留まらないようにしてる。5年たっても姿が変わらないなんて不気味だろ?」

 

 「そうか……そう言われればそうだな。何で今まで気付かなかったんだ」

 

 

 永住の地を見つけるとは言っても、外見が老けない俺は一般人に紛れるには少し無理が有るだろう。

 

 

 「と、ところで君はどのくらいの時を過ごしてきたんだ?」

 

 「60年だね、だいたい。あんたよりも人生経験豊富だよ」

 

 「いや、60年だったら俺の実年齢からすると一瞬だぞ」

 

 「何バカな事言ってるんだ、不老不死じゃあるまいし」

 

 「確かに不死でこそないが、不老だぞ。千とか万は超えて生きてる。君よりも人生経験豊富と言う事だな」

 

 「はいはい凄いですね。急いで村に連れて行くから医者に見てもらえ。手遅れかもしれないけど」

 

 「何気に失礼な事をさらっと言うヤツだな、藤原……」

 

 「呼ぶなら妹紅の方にしてくれ。藤原って呼ばれるのはどうもね」

 

 俺の抗議も華麗にスルーし、先頭に立って歩き始めるふじ……妹紅。まあ無理に信じさせたい訳でも無いからどうでもいい事ではあるんだが。

 

 しかし、不老だと周りから不気味がられるってのは考えた事無かったな……何故今まで考え付かなかったのか。

今までは常に旅してきた上に『人間』としては行動していなかった。だから関係無い事ではあったけど、人間として永住の地を探すとなると結構重大な問題だ。

急に旅の目的が達成困難になった事を感じ頭を抱えながら、とりあえず不老不死の少女に案内されて人里へと向かった。

 

 

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