旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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永夜抄編の開始となります。よろしくお願いします。


旅人、静止した夜に呻き体を引き摺る

 「……よし。何とか、『田澤昴』としての主観を保って記述を終える事が出来たか」

 

 

 妹紅と外界旅行をしたあの初夏から早数ヶ月。夏の終わりを迎え、僅かに残っていた暑さも確実に消え始めた頃。

随分と間が空いてしまったが、ようやく新たに『田澤昴』の記述を書き進める事が出来た。俺は幻想郷の自宅の中で、ひとまず伸びをしながら呟く。

 

 

 「さて、休憩は終わりだ。集中力が残っている間に考察まで書かなければ」

 

 

 物語部分は終わったが、対する考察……最近は備忘録と言う方が実体に合っているような気もしてきたが、それまで書き終えて完成となるのだ。

記憶の補助と言う意味でのメモは俺にとってあまり必要ではないが、書く行為によって考えを纏めている部分も有るので安易に欠かして良い物でもない。頭の中に既に形作られている曖昧な思考の集合を、ペンを通して鮮明な物としていく。

 

 ……筈だったのだ。

 

 

 「……っ、ぐ、あ、ああっ!?」

 

 

 突如、全身を貫く強烈な不快感が降りかかった。筆記途中でペンを落とし、体の平衡感覚も失って椅子から床に転げ落ちる。

途中で頭をどこかにぶつけたが、その痛みはまるで泥に触れたかのように実感が無い。床に這い蹲っている筈なのにまだ何処かへ転げ落ちているような、吐き気を伴う苦痛に刹那とも永劫とも取れぬ時間を彷徨い続ける。

 

 

 「あ、ああ、あ……っ」

 

 

 自分を意識する事さえ叶わぬ程の苦痛が、逆に俺を正解へと辿り着かせた。

この感覚は、覚えが有る。十六夜によって時間を停止させられ、その範囲に入っている間に覚えるあの不快感。

 

 

 「じ、かん干渉……! これほ、どの力が……」

 

 

 不味い。『俺』の持つ半端な耐性では。『我等』の封印を弱めなければ。十六夜の力とはこれほどの物だったのか。

 

 

 「あ、あああaaaaaaaaaa,aaaaa,Nn’gaaaaaaaaa」

 

 

 完全に解き放てば、それは『俺』の自死に他ならない。ままならない意識の中、必死に魔力による封印の度合いを緩めていき、何とか時の異常に耐性を拮抗させる。

 

 

 「……っ、はあ、はぁ、っ」

 

 

 意識が、戻ってきた。『我等』の影響によりその内に潜む狂気が顔を覗かせ始めたが、あのままでは人間としての仮面に障害を負いかねなかった。

 

 

 「時を、戻し、てっ……!?」

 

 

 ……前言撤回だ。負いかねない、ではなく既に手遅れだったらしい。

問題の根本的解決を図るべく力を使うが、再び俺の体を侵す名状し難き不快感に中断を余儀なくされる。

 

 内面に潜り現状をすぐさま精査し、思わず背筋が凍る。『我等』の封印が想定していない形で解放、接合されて『俺』を侵蝕している。

どうやら異常な時間と言う『我等』が最もその力を増す領域において、普段の精神力も集中力も発揮出来ないまま苦痛から逃れるように急拵えしたのが良くなかったらしい。

元々『俺』も『我等』の一面であり、俺の心象はともかく両者共に敵対している訳でも何でもない。ただ、水分子が互いに集まろうとするように、本来有るべき自然な姿へ回帰しようとしているだけだ。

 

 

 「……不味い、これでは『我等』に由来する力は地雷だぞ」

 

 

 現状でも緩やかに侵蝕されていると言うのに、時を操る……すなわち『我等』の力を引き出す事は均衡を自ら崩す事に繋がる。

同じ理由で、空間を操る力も使用を控えなければならない。そして、その二つを封じられた状態で、この異常な時間を正さなければならないのだ。

 

 

 「最悪の、状況だ……」

 

 

 使用が危ぶまれるのは何もこの二つだけではない。『俺』の性質上、全ての魔法が『我等』に由来するとも言えるのだ。何しろ、俺の魔力の根源は、それら『宇宙根源的怪異』その物なのだから。

 

 

 「……だが、やるしかない。俺の魔力を使わずとも、神秘を引き起こす術は有る……!」

 

 

 『我等』の侵蝕を受け狂気に染まり始めた思考を何とか研ぎ澄ます。

要は、自らの体外に存在する魔力を対象に、外部からの干渉によって操作出来れば良いのだ。それくらいの方法も心得ず、大魔法使いなどとは名乗れん。

……しかし、実践的に使用した事は流石に無い。『全くの平常時に』、問題なく扱えると言う事を確認しているくらいだ。魔力切れで真に命の危険が迫る状況についての対策は有るのだが、魔力が残っているのに魔法を使えないと言う状況は本当に想定外だったのだ。

 

 

 「……月でも、似た状況では有ったが」

 

 

 魔法を使えなかったが精神状況は万全だったので、余裕が有った。対して、今の俺には存在を賭けたタイムリミットが存在する。

 

 狂気と焦燥が綯交ぜになった感情に急き立てられるまま、何もかもが分からない外へ飛び出そうとすると、家の玄関戸が荒々しく叩かれた。

……これは、山の方か。体を引きずるようにしながら、普段の倍以上の時間をかけて移動。体重をかけ、寄りかかるようにしてドアを開ける。

 

 

 「だ、れだ」

 

 「私です、射命丸です……って、田澤さん!? 貴方、もうこんなにあの月の影響を受けてしまったの!?」

 

 

 玄関の先に立っていたのは、険しい表情の射命丸だった。しかし彼女は俺の様子を見た途端、血相を変えて焦りながら俺の体を支える。

 

 

 「月、だと……?」

 

 「家の中で遭遇してしまったのね、それでは状況が分からないのも仕方ないか……

  見なさい、あの常よりも美しく怪しい満月を。あれが妖怪に齎す危険性は、既に貴方が身を以て知ってしまった筈よ」

 

 

 射命丸に引っ張られるようにして外に出て、彼女が指差す方の月を見る。……確かに少し欠けた奇妙な姿だが、俺にとってはそれだけだ。異常な時間の影響は、少しも感じられない。

 

 

 「……俺には、あれはただの月だぞ。俺がこうなっているのは、忌々しくも何処ぞの愚か者が時を弄んだからだ」

 

 「へ? ま、まあ田澤さんは自称人間ですので月はそうなのかもしれませんが……

  時を弄んだって、それでそんなになっている方が変じゃありませんか。私も気味が悪いとは思いますけど」

 

 「……ふむ、妖怪と俺に害をなす二重の異変か。まったく、本当に」

 

 

 そこで、ふと気付く。異常な時間と言った物の、射命丸はこうして普通に俺と会話が成立している。俺のみが拮抗して時間停止の影響を受けていない、と言う訳ではないようだ。

 

 

 「……射命丸。君が確認している、時の異常の根拠は?」

 

 「数刻が経過して尚、あの月は少しも位置を変えず夜が明けません。

  我々妖怪にとって満月とは、人間にとっての太陽が降り注ぐ真昼間のような物です。ちょっと伸びるくらいであれば、むしろ有り難いのですが……これがいつまでも続くとなると、危険です」

 

 「時間ではなく、時刻と言う概念の停滞? 小賢しい真似をしくさりやがって、馬鹿が」

 

 「な、なんか怖いですよ? 言葉も乱暴ですけど、雰囲気が……」

 

 「……ああ、すまない! この夜を止めると言う行為に憤慨してしまって、少し落ち着けていないようだ」

 

 「そ、そうですか。何だか情緒不安定気味ですね……って、そんな立ち話をしている場合では有りません。

  田澤さん、私と共に異変解決に向かいましょう。私にとっても貴方にとっても、この異変は止めなくてはいけない。勿論既に解決に動いている者も居るでしょうが、待っているだけでは不安です」

 

 「そう言う事なら、俺としても歓迎だ。俺一人では……ルールを破る以外に糸口が無いからな」

 

 

 何処の愚か者がこんな身の程知らずの真似をしてくれたのかは分からんが、どちらにしても幻想郷で起こった異変は所定の決闘法に沿って解決されなくてはならない。

スペルカードルールであれば、その時点で基本的にはもうアウトだ。言うまでも無い事だし言いたくも無いが、俺は弾幕戦において弱い。正規の方法で勝てないのならば、前回アリスを騙くらかしたように口八丁で条件を有利にするか、単純にルール違反するしかない。

 

 

 「君なら、実力に信頼がおける事を知っている。あくまで人間の俺をサポートすると言う形で、弾幕戦に参加してもらえるだろうか」

 

 「そのつもりです。私一人でも動こうかと思っていたくらいなのですが、やはり『人間』の存在が在るに越した事は無いので。勿論、信頼出来ると言うのも有ります」

 

 

 射命丸の提案に同意、俺の方からも頼みが有ったがそれについても最初から考えていてくれたようだ。

射命丸は『人間』の存在によって異変解決の体裁を整えたい、俺はこのふざけた状況を打開する為の協力が欲しい。射命丸の言う通り、両者の利益と思惑は一致している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 危機的状況下での保険である魔導具の幾つかを持ち出しつつ、家を『人里側』から出る。

射命丸は妖怪の山から『山側』の俺の家までの距離を移動してきた訳だが、少なくともその付近では異変に関わるような何かは発見出来なかったとの事。

俺としてもこの異変による人里への影響が気になっているので、何か手がかりが無いかの捜索を兼ねる安否確認を最初に行う事にした。

 

 

 「……結界が張られてありますね。人里でこれ程の術を、田澤さんより先に使用しているとなると慧音さんでしょうか」

 

 「そうだろうな、何時ぞやの異変の際に用いられていた物ほどの強度は無いようだが」

 

 

 外に出ると、人里に起こっている普段との違いを早速発見した。

違いとは言っても悪い物では無く、それは人里を外から来る危険より守る為の対策。逆に言えば、おそらく術者であろう上白沢がこの異変にはそれだけの脅威が有ると判断した事の証明でも有るが。

 

 

 「あの時の結界は田澤さんも妹紅さんも協力しておられましたからね。慧音さん一人では、流石にそこまでは荷が重いのでしょう」

 

 「……そう、だな。妹紅が、居ない」

 

 

 射命丸が何気なく呟いたその名前に、酷く心を揺さぶられる。『田澤昴』から見た、炎の翼を持ち体を燃やしながら黒髪の少女と殺し合う姿……彼曰くの『化け物』としての恐怖が俺を苛む。

 

 

 「……どうしました? また、発作でしょうか」

 

 「あ、ああ……立ち止まっていても仕方ないし、早くやる事を終わらせよう」

 

 

 心配そうに俺を見る射命丸へ、感情を押し殺しつつ返答。立ち止まっていても何も起こせない、今気にしていた所で解決は出来ない物であるし止まっている余裕も無いのだ。

 

 外面を取り繕って何とか普段通りの振る舞いに戻しつつ、人里を回る。

どうやら現時点ではそれほど問題になっていないらしく、俺達が予想していた程には騒ぎになっていない。……まあ、本来真夜中の時間帯であるし、妖怪はともかく人間はごく一部の少数しか気付いてすらいないのだ。

 

 

 「考えてみれば当然でしたね、夜になって寝た人間は朝にならないと普通起きませんし……それでも目覚める程、異常に長い時間が過ぎたと言う訳でも有りませんから」

 

 「月が普段よりもその力を増しているとは言っても、人間にはそれこそ直接は関係しないからな」

 

 

 月の影響で……と言うと、まあ人体に全く影響しないとも言い切れないのだが。

しかし月の魔力となれば、ごく普通の一般人には影響は皆無と言って良いだろう。少なくとも力の暴走の危険性さえ有る妖怪と比べれば、誤差のような物だ。……逆に言えば、影響を受ける者は普通の人間には当てはまらないと言える。

 

 

 「本当によく分かりませんね。これ程の異変を起こせる者であれば、人間に非ざる者だと思うのですが。

  妖怪にとってこれは不利益にしかならない行為ですよ。そして、人間にとっても特段に有益な物ではない……太陽が昇らない事を考慮すれば二次的に有害ですら有る。一体どんな考えの下にこんな事を」

 

 「さあな。自らの利益など考えない破滅的衝動の持ち主かもしれん。何れにせよ、早々に見つけ出して完膚無きまでに叩き潰せば解決する話だ。理由など、動機など、推察するだけ無駄だ」

 

 「……本当に怖いですよ? どうしてしまったのです、田澤さん」

 

 

 射命丸の問いは聞こえなかったフリで誤魔化す。俺としてもこの意識の不安定さは自覚しているのだが、今は下手に説明する方が余計に狂気の領域へ踏み込んでいきそうで躊躇する。

 

 嫌に剣呑な雰囲気が流れてしまったが、気にしている余裕は無い。手掛かりのアテがもう一つくらいしか残っていないので、そこへ直行する事にする。

 

 

 「おお、田澤殿……そして射命丸か。組み合わせは疑問だが、聞きたいであろう事は見当が付くぞ」

 

 「話が早いな、上白沢。この異変を起こした者について何か少しでも思い当る事は有るか?」

 

 

 俺達が向かったのは上白沢の屋敷だ。この結界を張っている以上は異変についても認識していると言う事だし、話は出来るだろうとの判断だったが的中のようだ。少しの時間も惜しいので、挨拶もそこそこに本題へ入る。

 

 

 「少しでも、か。……何故このような異変を起こしたのかは分からないが、確実に関わっているであろう者の居場所は分かる。

  ここから見て、あちらの方角へ直進すると良い。暫くすると竹林が見えてくるから、その中に入り込むんだ。迷いやすい場所だが、田澤殿なら気配で向かうべき方向が分かる筈だ」

 

 「……本当に話が早いな」

 

 

 ……頼りにしていたのは俺なのだが、まさかこうもあっさりと居場所が分かるとまでは流石に思っていなかった。

先にこの異変を認識したであろう上白沢なので、俺や射命丸とはまた違った情報を提供してくれるだろうとは考えていたが……

 

 

 「私や田澤さんでも察知できていなかった事を、一介の半妖である貴女がこの短時間で居場所まで知っている……以前から『犯人』と交友が有ったと考える方が無難よね?」

 

 「その通りだ。しかし誓って言うが、私に後ろめたい事は無い」

 

 「まあ、貴女が人間にも不都合が起こる異変を容認するとは思えませんしねえ……」

 

 

 射命丸の詰問を、上白沢はすぐに認める。何処ぞの愚か者と知己であったとは度し難いが、彼女を責めるのはお門違いだ。性格上、そのような者と協力関係にあるとは到底考えられないし。

 

 

 「ですが、あの方角にある竹林と言うと……妹紅さんの家に近い、と言うより正にその場所ですよね」

 

 「ああ、そちらで説明した方が早かったな。妹紅の家の有る竹林を目指せば問題ないよ」

 

 「……っ!?」

 

 

 妹紅。竹林。今までも普通に捉えていたそれらのワードが、突然に牙をむく。

奥深い竹林に建つ、妹紅の住まう家。俺も何度も訪れている、その場所。黒髪の少女モドキと銀髪の少女モドキが殺し合っていた、あの、恐ろしき燃える竹林……!

 

 込み上げてくる名状し難き衝動を必死に抑える。この真実は、今の俺にとっては正気を侵す毒だ。全てを元通りにしてから、改めて考えれば良い。

 

 

 「……それ、では。すぐに竹林に向かおう、一刻も早く解決しなければな」

 

 「場所が分かった以上、ここに留まる意味は無いですからね……慧音さんもお気をつけて」

 

 「うむ。人里は私が責任を持って守るから、二人は彼女達を懲らしめてやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行魔法の発動でも『我等』の侵蝕は発生してしまったのだが、他の魔法に比べれば微々たる物。これであれば使わない方が逆に非効率的なので、射命丸と共に竹林の中を飛ぶ。

 

 

 「……さっき、彼女達って言ってましたね。慧音さん、本当にどこでどうやって知り合ったのでしょうか」

 

 「この竹林に隠れ潜んでいる者共のようだから、妹紅を通して顔を合わせた事でも有るのかもな」

 

 

 上白沢の言っていた事は正しかったようで、竹林に踏み込むと同時に何かを覆い隠す結界の存在を察知した。今の所は散発的に妖精の襲撃が有るくらいなので余裕は有り、射命丸を先導しつつ言葉を交わす。

 

 

 「まあ、それ以外となると今はちょっと思いつかないですかね。……先程田澤さんが仰っていた通り、考える意味は無いと言えばそれまでですが」

 

 「それで解決に繋がるなら幾らでも考えてやるがな」

 

 

 愚か者が時を弄った理由など、考える必要は全く無い。居場所は分かったのだから、直接止めに行けば良いのだ。

 

 

 「動機を考えるのは新聞を書く時で十分ですかね……っ!?」

 

 「……ちっ」

 

 

 俺達の会話は予期せず中断を余儀なくされた。先ほどからの妖精など、比にもならない物量を伴う弾幕が周囲一帯を諸共に巻き込んで展開されたのだ。

射命丸は持ち前の反応速度を活かして弾幕の間隙を縫うように回避、俺は華麗な回避など最初から諦め全速力でその場から離脱する事で危機を乗り切る。

 

 

 「あら残念、出来ればこれで仕留めたかったんだけど」

 

 「御冗談を、お嬢様。気付きさえすれば回避は容易な甘い弾幕だったではありませんか」

 

 

 襲撃の下手人は、レミリアと十六夜の主従コンビ。会話の内容から考えるに、今の攻撃は自分達に注意を向けさせる為の奇襲だったのだろう。

 

 

 「……何をする、レミリア。この非常時に、血迷ったか」

 

 「血迷ったのはそっちでしょう。永遠の夜とは魅力的だけど、それで困る者も居るのだからねえ」

 

 「……単に時を止めるのではなく、時刻と言う概念その物への干渉なんて、そんな大それた事が出来るのは貴方の他に居ないでしょう?」

 

 

 ……そう言う事か。俺が最初この時間干渉を十六夜の蛮行だと誤解したように、彼女の方もこの異変を俺の手に依る物だと判断したのか。

俺もそう誤認していた事もあり、その誤解自体には真っ向から反発出来ない。『我等』の狂気に影響された好戦的な人格を意識して抑え込み、冷静さを努めて取り繕いながら自己弁護を試みる。

 

 

 「その認識は誤りだ。この異変に、俺は少しも関わっていない。むしろ非常に害を受けていると言う所で、今から犯人を懲らしめに行く所なのだ」

 

 「口ではどうとでも言えるわよね。それに前回の異変で、未遂で有耶無耶になったとは言え私達を騙そうとした前科も有るし」

 

 「貴方は割と話が通じる方だと思っているから、叩き潰す前に言葉で説得しておいてあげるわ。

  今すぐにこの時間の異常を元に戻しなさい。悔しいけれど、貴方ならば私にも解除が叶わなかったこの異変を正す事が出来る筈。犯人で無いのなら、まずはそれをするのがあらゆる意味で建設的よ」

 

 「そ、それもそうですね……田澤さん、何だかさっきから辛そうですけど、真っ先に取るべき事はこの異変そのものを止める事ですよ。犯人を懲らしめるのは、それからでも出来ます」

 

 

 ……! 不味い、これ以上ない正論だ! だが、今の俺には、それが出来ない……!

 

 

 「……諸事情により、不可能だ。本当に、申し訳ない」

 

 「しょ、諸事情って……異変を解決するのには所定の決闘で、と言うのを気にしているのであれば気にする必要無いですよ。

  このまま放っておけば幻想郷その物を揺るがしかねない以上、超法規的措置と言うのも事後承諾が降りる筈です。と言うより、降りなかったら私が全力で文句言ってやりますよ」

 

 「本当に、能力的に、不可能なのだ。やるやらない、ではなく出来ないのだ」

 

 「私達の誰よりも永く生きて、叡智の蔵書とやらを蓄えた大魔法使い様が、出来ないって?

  時間操作も空間操作も、私を遥かに超えるレベルで行える大魔法使い様が、能力的に不可能だって? ……面白い冗談を言えるようになったのね、田澤」

 

 「決まりね。田澤にはそろそろ一度痛い目を見てもらいましょう。弾幕ごっこで負けてまで強情を張るようなら、私の人を見る目がそこまでだったと言う話だし」

 

 

 畜生! 反論したいが、出来ない! 自分でも筋の通らない事を言っている自覚は有るのだ、これではどう言い返した所で逆上していると見られるだけだ!

そして更にもどかしい事に、全ての理由を正直に説明する訳にもいかない。時間が足りないと言うのも有るが、それを明かすと言う事は『俺』の特異性……『時の運行その物に強く関係する』と言う部分を知らしめる事に他ならない!

……結局は、エゴによる自業自得か。

 

 冷や汗を流しながら押し黙る俺を見たレミリア達は、首を竦めつつ弾幕を放ってくる。

先ほどの挨拶代りの奇襲とは違い、明確に被弾させる意図の有る攻撃。そして今の俺は、普段扱う見かけ倒しの弾幕すら満足に放つ事が出来ない……!

 

 

 「……風符『天狗道の開風』!」

 

 

 必死に回避行動に入ろうとした矢先、突如巻き起こった竜巻が弾幕を吹き飛ばした。

一瞬何が起こったのか分からず困惑する。いや、射命丸が迎撃してくれたと言うのは分かるのだが、この状況で何故俺に味方するような行動を取ってくれたのか……

 

 

 「射命丸……何故、俺を庇うようなスペルを」

 

 「何故って……協力関係に有るから当然よ。そりゃあ、私だって今のやり取りで少なからず貴方に不審の念は抱いたけど。

  それを差し引いても、貴方と行動を共にする価値は有ると踏んだのよ。こんな異変を起こすような人間ではない、と言うのが私の下した結論。……あのお嬢ちゃん達よりは、貴方を知っていますしね」

 

 「……ありがとう」

 

 

 焦燥と狂気に追い立てられていた心が落ち着いた、ような気がした。今のこの状況で、それ以上に嬉しい言葉は無い。

 

 

 「邪魔するの? 貴女の新聞もう取らないわよ?」

 

 「それはご勘弁。ですが、私も真面目に田澤さんへ協力しているので」

 

 「……成程、強者に諂っている訳でもないか。良いわ、こっちは二人だし田澤相手ならハンデが必要よね」

 

 

 レミリアのふざけた問いに、笑みを浮かべながらも毅然と答える射命丸。

その反応を見て、レミリアは決断にかける信念を悟ったようだ。射命丸『を』敵と見なし、スペルカードを取り出し戦闘態勢に入る。

 

 

 「言いたい事は分かりますけど、私に任せてください。今の田澤さんは、本調子ですら無いんですから」

 

 「……足手纏いになるだけとは、情けなくて、震えてくるな」

 

 

 普段ならば最低限の時間稼ぎくらいは出来るだろうし、射命丸のサポートに徹すれば相乗効果で戦力を底上げも出来た筈なのだ。

しかし迎撃も出来ず、放たれた弾幕に関しては本当にただ避けるだけしか出来ないとは……射命丸に全て押し付ける事しか出来ないとは。

 

 

 「咲夜、一旦下がってなさい。私がこの天狗を相手するから、田澤が妙な事をしないように見張っていてね」

 

 「分かりましたわ、お嬢様」

 

 

 どうやら一気に二人で向かってくる事はせず、俺に対しても勝負が付くまでは積極的な攻撃はしないらしい。……有り難いと思うしかないんだよな、今は。

 

 

 「何だかさっきからの様子を見ていると弾幕すら撃ってこないようだけど……

  何を企んでいるのか分からない所が有りますから、監視させて頂きます。弾幕ごっこのルールを無視はしない、と言うくらいは信じているわよ?」

 

 「……ルールに沿った行動であれば、見逃してくれると言う事かな」

 

 「まあ、ルール違反でなければ咎める必要は無いわね。別にあの天狗に助太刀しても良いのよ?」

 

 

 今の俺が満足に弾幕も撃てない事を薄々悟っていてそれを言うのか。

しかし、状況次第では本当にそれを視野に入れた方が良いだろう。一応持ち出してきた魔導具の中には魔力消費の肩代わりとなる物も有る。結局は『我等』の力に由来する魔法を使っている事に変わりないので、侵蝕は進むだろうが……自らの魔力を絞り出すよりはマシだ。

問題は、彼女達にそれをしていると『犯人』に辿り着くまでに魔導具を使い切ってしまいそうだと言う事か。そして……

 

 

 「勿論、その時は私もお嬢様に助力するけど。まあ貴方のスペルカードが、どこまで通用するかは敢えて考えないでおきますわ」

 

 

 ……本当に、言ってくれる。俺自身認めるしかないのが、これ以上なく屈辱だ。

スペルカードルールによる決闘である以上は、俺の攻撃もスペルカードによる物でなければならない。だが、俺のスペルは。

 

 

 「『田澤昴』の真実も知れず、『我等』に回帰する時が来たのだろうか」

 

 

 思わず、弱気な呟きが漏れる。

それでも考える事を止める気は無いが。最後まで足掻く事を止めなかったのが、彼なのだ。射命丸も力を貸してくれていると言うのに、諦める訳にはいかない。

 

 

 「……そうだ。俺は……我は、田澤昴。賢人であり英雄、救世主たる大魔法使い……!」

 

 

 自らを鼓舞する為、今度は意識して呟く。『田澤昴』の味わった苦痛は、逆境は、こんな物では無かった。彼を引き継ぐ『俺』が、尋常なる壁に屈してどうする。

 

 何か有る筈だ。ルールを破らず、侵蝕も最低限に抑え、それでいて彼女達を打倒出来るだけの方法が。

それを見つけ出すまでは、済まないが射命丸に任せよう。見つけ出して、彼女に預けた負担を俺が再び背負えば良い。そして、そのまま『犯人』まで突き進めば万事解決だ。

 

 

 「止まった夜も、歪な月も。俺の時間が尽きるまでに、全て元通りにしてやる」

 

 

 何か有った時にすぐにでも行動へ移れるよう、体勢を整えながら……俺は、この異変を絶対に止めると言う決意を改めて確固たる物とした。

 




東方新作で遂に……嬉しいですね。
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