「流石に天狗はすばしっこいわね」
「速度で我々に敵う存在はいないと自負しております。加えて、私は速さに特段の自信が有りますので」
射命丸とレミリアの弾幕戦は、現状では射命丸の若干有利で展開されている。
レミリアの放つ弾幕を素早く的確に回避し、その速度で様々な方向から撃ち返す。尤もレミリアもそれで封殺されるような者ではなく、危なげなく躱しながら反撃を狙っているようだが。
「速度、なんてねえ。これを言うと私も自分の事を卑下しているようで癪だけど、咲夜の前ではどれだけ速くても意味なんて無いのよ」
「……時間停止、ですか。本当に止めているのか私には確認のしようが有りませんが、単純に認識外の転移をしてくるだけでも厄介ですね」
射命丸の、かなりの自信を伴った宣言。それに対しレミリアは酷薄に笑いながら、俺と対峙している十六夜を指して言う。
確かに、相性は決して良くない。止めるのは十六夜の意思なので、完全に思考が追い付かない速度で沈めれば問題無いのだが……十六夜だってそれは理解しているだろうし。少しでも危険を感じたら一旦止める筈で、しかもこれはスペルカードルールによる決闘なので認識出来ない攻撃による一撃必殺は認められない。
……そして、何よりも。
「……俺が言えた事では無いのだが。時間操作に関わる能力の使用、この異変の間は控えてくれないか」
「本当に言えた事じゃないわね。無理よ、そんな一方的な要求は聞けないわ」
駄目で元々、と言う事でお願いしてみたのだが……当然の如く冷たい答えが返ってきた。
これに関しては本当に俺のエゴでしかないので、断られて当たり前である。この要求が受け入れられるのなら、そもそも先程の俺の弁明も通っていただろう。
「それにしても、何だか本当に今夜の田澤は変ね。普段も真面目なんだか変わっているんだか良く分からないけど……」
「私に時間停止を使うなって言う要求も、いつもは上から目線での言い方なのに。今のはまるで懇願だわ」
「……それだけ窮まっているのだ、私は」
言って、すぐさま口を押さえる。無意識に口を突いて出た一人称が、普段の物ではない事に戦慄を隠せない。
……自分の意識下では、そこまで侵蝕は進んでいないと判断していたのだが。どうやら本当に時間は残り少なく、『俺』の仮面を取り繕う事に全力を注がなければならないようだ。
「……ともかく、俺にも事情が有るのだ。十六夜、君なら理解も出来るのではないか? 停止した時に巻き込まれた俺がどのような状況に陥るかを、君は知っているだろう」
「何故か不機嫌になっているわね。今回の貴方の変な振る舞いに関しては大体理解出来たけど、それで納得するかは別の話よ。
結局何で不機嫌になるのか、何で今は時間操作も拒み弾幕も撃てないのか、それを説明してないじゃない。まあ今更になって口を回し始めても、聞く気は無いですけれど」
「私も咲夜も、機会は与えた。……最初の挨拶はともかく、問答無用で弾幕ごっこを仕掛ける普段からは、かなり大人しくしていたのよ? それを蹴ったのは田澤、貴方よ」
……そうだよな。事情を詳しく説明もせず欺瞞に満ちた者が、一方的に信じてもらおうとは虫が良すぎる。
言葉で解決を狙っていたのなら、俺もしっかりと話すべきだったのだ。話をしたくないのならば、言葉での解決など諦めるより他は無い。
「……田澤さん。貴方が何を言おうと誰が何を言おうと、私は今回貴方を信じると決めましたからね。貴方も私を信頼してくださると助かります」
「済まない……いや、ありがとう射命丸。君が今回の異変で俺を頼ってくれた事、その期待には何としても応える」
射命丸はそれでも俺を信じてくれる。……今になって立場を翻しても筋が通らない事を気にしているだけかもしれないが、救われると言う物だ。本当に、彼女の信頼をも裏切れない。
これ以上言葉のやり取りをするつもりは向こうに無いらしく、レミリアは弾幕攻撃を再開。十六夜も口を閉じ、先程の焼き増しのような光景が再び繰り広げられる。
「……このままだとジリ貧かしら。咲夜、一旦交代と行くわよ」
「分かりましたわ、お嬢様。……幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』!」
しかし焼き増しと言うと、レミリアが若干不利な状況で膠着するのみ。それを嫌ったレミリアは流れを変える為か、十六夜との選手交代を図る。
レミリアの指示を受けた十六夜は、スペルを発動して射命丸の行動を妨害しながら戦場へ急接近。入れ替わるようにレミリアがその場を離脱し、俺の監視の役割を担う。
「くっ、単純に数が多いだけで当てられると思わないでください……っ!」
「そう言っても、いつものペースが乱れてるわよ」
十六夜のスペルは、彼女お得意のナイフ大量投擲弾幕だった。しかも普段の物よりも数が多い上、射命丸を狙ってその軌道を微妙に修正しながら飛んでいく。
そこそこの速度で放たれる大量の誘導弾、それもつい今まで対峙していたレミリアとは毛色の違うスペルと言う事で、流石の射命丸もやり難さを隠せないようだ。動作でこそ危なげなく回避しているように見えるが、その表情には焦りが浮かんでいる。
「助けに行きたいって顔してるわね。まあ自分でも分かってるとは思うけど、止めておいた方があの天狗の為でもあるわよ」
「……」
「普段の田澤でも、ぎりぎり負担の何割かを背負えるかってくらいなのに。今の突いただけで倒れそうな貴方じゃあ、出て行っても射命丸のお荷物になるだけでしょうね」
分かっている。現状では俺が何かを手出しするよりも、射命丸一人の方が余程効率が良いのだ。
それを認められないからこそ、それでは申し訳が立たないからこそ、絶対に隠されている筈の最善手を探しているのだが……
「落ち着いて見切れば、こんな物……」
「あら怖い。申し訳ございませんお嬢様、援護をお願いします」
「分かったわ、下がりなさい咲夜。紅魔『スカーレットデビル』!」
地力の違いか程なくしてパワーバランスを自分の側に傾かせ始めた射命丸だが、十六夜はすぐさまレミリアと交代し体勢を立て直す。
吸血鬼の能力の本領発揮か、射命丸の全力にも迫りかねない速度を以て吶喊したレミリアは無数の弾幕をばら撒き十六夜の一時撤退を支援。同時に、射命丸の逃げ場を奪う。
「夜を統べる女王たる私こそが最優! 速度で僅かに遅れを取るならば、代わりに最強の体術を見せてやろう!」
「……天狗の速度と鬼の筋力、それを併せ持つなんて反則ですよねえ」
……吸血鬼の身体能力は天狗と鬼のそれに匹敵する物だと言う。射命丸の漏らす通り、純粋なスペックでこれ以上に恵まれた存在もないだろう。
尤も一つの分野のみで比べるならば、それぞれに全力の勝負では後塵を拝すらしいが……競技ならともかく、実際に相対すれば速さと力なんて分けては考えられない物だ。
射命丸は自慢の速度で危険地帯の離脱を試みるも、今のレミリアを完全に振り切る事は出来ない。
二人の距離その物は徐々に離れていくが、弾幕を回避出来なければ意味は無いのだ。射命丸が苦し紛れに放つ反撃も、レミリアのスペルによる圧倒的な物量の前には心許ない。射命丸もこの回避を続けた末の結果を悟ったのか、スペルカードを構えるが。
「射命丸っ! 君のスペルは温存するんだ、防御は俺が引き受ける! ……特異『グレート・アトラクター』!」
これを動かず見過ごす訳にはいかない。叫びつつ俺は持ち出してきた魔導具の内の一つ、使用者の魔力使用を肩代わりする杖を掲げる。
普段ならば俺から引き出されていく筈の魔力だが、今回は杖に予め込められていた物がその代用となる。杖に誂えられていた宝玉が輝きを失うと同時に重力異常を伴った弾幕群が展開され、レミリアのばら撒いた弾幕と相殺。
全てをこれで打ち消す事は叶わなかったが、この間にスペル自体の制限時間を迎えたのかレミリアの攻撃は散発的な物となった。
「相方の危機にスペルを使用する事は君、達が先にやった事だ、文句は無い、だろう……!?」
「それは、無いですけど」
「……本当に調子が悪いのね。まあ何度も言ってるけど、今更手心は加えないわよ」
魔力を引き出す事による侵蝕が無くとも、魔法を使用した事自体による精神への影響は有る。
これは予め想定していた事なので、覚悟も出来ていた。不安定に傾き始めた自らの衝動を努めて客観的に観測しつつ、全力で反動を抑え込む。
「田澤さん、そんな無理をなさらず……私だけでも防御は出来ますよ」
「……些か無茶な事をやったと言う自覚は有るが、無理はしていない。戦術的に見ても、君のスペルは攻撃にのみ回すべきなんだ」
たった一回のスペル発動で満身創痍の様相を呈している俺を見かねて、射命丸は休息を促してくる。
しかしその意見は受け入れられない。確かに効率は俺より格段に高いだろうが、勝負を左右する『切札』を防御に回していてはジリ貧になってしまう。ただでさえ向こうは二人でスペルを用いてくると言うのに……せめて防御は俺が引き受けるくらいでないと、スペルカードの枚数だけ見ても単純に不利なのだ。
「……一面で、真実では有りますね。私のスペルを防御で使い切ってしまえば、勝ち目は非常に薄くなる」
「乱発は出来んが、俺も要所要所でスペルを使う事は可能だ。君は回避に専念し、スペルは彼女達を追い込む為にこそ使用してくれ」
魔力の肩代わりに使える魔導具は残り数個と言った所だが、元々スペルカードの総数もその程度である。
次の勝負が有ればキツくはなるが、今の危機的状況を乗り越える前からそんな事を考えていても仕方がない。選手交代しての直接勝負が実質的に不可能である以上は、スペルの割り込みくらいでしか貢献する手段が無い。
……その貢献も、スペルの防御を一時的に補助すると言うくらいでしかないのだが。
「……よくもまあ、あのブン屋がここまで粘ること」
「『記者』の私としては、らしくない事をしている自覚は有りますがね。今回は色々と背負っちゃった物が有るので」
「その荷物がもう少し軽かったら、私達も更に苦戦していたのでしょうけれどもね」
半ば感心したように呟くレミリア、何とか気丈に返す射命丸、皮肉を言う十六夜。
……恐れていた最悪の事態である。俺の防御支援も焼け石に水と言った成果しか出せず、射命丸は徐々にその気力を削られつつある。まだ俺達のスペルが尽きた訳では無い物の、絶え間ない攻撃の矢面に立っている射命丸は常の余裕を持った表情が遂に失われてしまった。
俺の方もスペルを連続して発動していく内に狂気の衝動を抑え込む事が困難になっていき、魔導具自体は残っているがこれ以上は本当に何も手出し出来ないと言う状態まで陥ってしまう。大した成果も出していないくせにこれでは、もはや救いようが無いな。
「……本当に済まない。俺は君の速さを縛る事しか出来なかった」
「何をらしくもなく弱気な事を言っているんですか。申し訳ないと思っているのなら、それを雪ぐ活躍をしてくださればよいのです。私はそれをお待ちしていますよ」
「……ああ」
射命丸の叱責、鼓舞、期待。それすら最早、俺の精神を不安定にさせる物だ。
……結局何一つ射命丸が頼ってくれた事に報いれていない。そして、遂に終焉が目前に迫ったようだ。
「……これ、は、不味い」
「ですから、それを気にするのなら……って、田澤さん!? 何です、その瘴気!?」
異常な時間の影響や外部からの精神的圧迫、諸々の要因が遂に『俺』の仮面を本格的に浸食し始めた。
魔法の発動を外部からの魔力起動によって行うなどと言った小手先の技術で何とか破滅の時を先送りにしてきたが……この異常な時間の中で『俺』を維持する事は、もう不可能。
自力で時間を正常に戻せない以上、『俺』が『我等』に呑みこまれていく事は不可避の運命だ。
「……しゃ、めいまる。君の……期待に、報いなければ。私も、消え、たくはない。まだ、諦めないよ。我、ではなく俺は、往生、際が、悪いの」
「ちょ、ちょっと……正気の振る舞いには到底見えませんよ!
口調も何だか変ですし、そもそもその瘴気! 我々天狗にも怖気を感じさせるその気配は!? 普段の田澤さんに戻ってください!」
「それ、は、異変が解決す、るまでは無理かも、な。だから、こそ、先に踏み、込まなければ」
射命丸に答える。『俺』の仮面の崩壊は止められないが、問題を先送りにする手段は……抜け道は、存在する。
この状況でスペルカードルールによる決闘を続行し、仮にも田澤昴と言う外面を取り繕いながら存在を長らえさせる方法は、有る。
「俺は『田澤昴』。賢人であり英雄、救世主たる大魔法使い……」
『我等』の中に存在する『彼』の情報、その狂気。他の狂気が俺と言う個体を蝕み尽す前に、自らそれへと踏み込み同一化する。
勿論、危険極まりない行為だ。結局の所『俺』の仮面が侵されている事に変わりは無く、むしろ狂気を積極的に受け入れているのだから。
「世界を破滅させた大罪を背負い、灰に満ちた虚ろな地を歩く不吉な放浪者……瓦礫の城に君臨し、怪異を抹殺し続ける生命種の王……」
だが。『俺』と言う意識に、人格に、少しでも主導権が有る状態でそれを引き込めるのなら。
かつての『ベリアル』の一件のように、『俺』の仮面を壊された訳では無いのなら……答えはどうなるか?
『我等』に浸食される事が避けられないのなら、逃げていても仕方ない。逆転の発想だ、一番リスクの少ない狂気に自ら踏み込めば僅かでも時間が稼げる。狂気が完全に俺を飲みこむまでは、その狂気こそを武器としてやるのだ。
「『俺』、は! 無限の叡智を携え、滅びの運命をも改竄した魔導師! 『田澤昴』!」
いつの間にか手元に現れていたとある魔導書を左手で掴み取り、構える。
『我等』の浸食は止められなかったが、『俺』が完全に消滅するまでにはまだ至っていない。『俺』が本当に消える、その時までは……意地汚くも、生き足掻いて見せる!
「何か格好いい事叫んじゃって、今更になって随分気合入れてきたわね」
「格好いいってお嬢様、それは幾ら何でも……え? お嬢様、私の目に狂いが無ければ、ですが……彼、何だか風体が変わってません?」
「んー? そんな事は無いと思う、け、ど……」
俺の叫びを受け、随分と対称的な反応を見せてくれる主従コンビ。
そんな中、十六夜は俺の姿に違和感を覚えたらしく。常の彼女らしからぬ、平静さを崩した声色でレミリアに慌ててて確認を取る。
「た、田澤さん? な、何だか随分とダンディになったと言うか……お年を召されたように見えるのですけど」
「咲夜ぁ! あれ、風体が変わってるとかってレベルじゃないわよ!? もはや年齢が違うじゃない!」
射命丸も含め、この場に居る全ての者が俺の姿に同一の変化を認めたようだ。
……すなわち、外見年齢の急速な増加。これは狂気に満ちた最期の『田澤昴』、その仮面でパーソナリティを取り繕った影響だろう。
青年期の『田澤昴』を模した人格で構成されている『俺』の外見が、同時期の彼とほぼ同様の物である事と理由は等しい。外見までを含めて、ひとつの『仮面』として記録されているのだ。
「……ふむ。しかし、完全に『あの』姿と言う訳でもないか」
自らの手に視線を落とし、同時に口元に生える刈り揃えられた髭を撫でる。
鏡は持っていないし、わざわざ魔法を使ってまで自分の顔を見る余裕も無いので簡易な確認となるが、老齢と言える程に外見が変わっている訳では無いようだ。射命丸の評価と併せて考えるに、おそらく壮年と中年の中間、やや壮年よりと言った所だろうか。
これは『俺』がどれだけ『田澤昴』に侵蝕されているかの度合になりそうだ。二つの仮面を強制的に混合させている副作用が、外見にも分かりやすく現れているのだろう。この先も『老化』が目に見えて進んでいく筈だし、老人の姿に近付くにつれて『俺』の内面も『田澤昴』に取って代わられていく。
完全に『田澤昴』の……色褪せ擦り切れたローブを纏う隻眼の老人の姿になった時が、今度こそ……
「もしかして、何万年を超えて生きていると言う田澤さんの真の姿はそれ、と言う事だったり……? 確かに普段の田澤さんよりも明らかに威圧感とか風格が有りますが……」
「ご想像にお任せする。そもそも、それは今気にするべき事ではないだろう」
俺の今の姿を見て、何やら妙な考えに至ったらしい射命丸を諭す。その誤解も無理もないとは思うが、決して余裕のある状況では無い現在は冗談の一つも飛ばせん。
「ま、まあ? その姿には、驚いたけど……今更変身なんかしちゃって何をするつもり? 貴方の頼みの綱の天狗はもうお疲れのようよ?」
「そうだな。だからこそ、俺がやる。俺にも余裕は無いから、一撃で決める」
「あら……今度はやけに強気になったわね。それが出来ないから、今ここまで苦労しているんでしょうに」
驚いてはいるらしいが、それが勝敗に影響する訳など微塵も無く。レミリアは冷静に俺達の不利が何も好転していない事を指摘してくるが、俺はそれに対して普段であれば嘘でも言わないような宣言をする。
当然レミリアもおかしさしか感じないらしく、嘲笑を通り越した苦笑で返すのみ。
「……射命丸。これが通れば、俺達は勝てる。俺に、任せてくれないか」
「通らなければ、を聞くのは野暮ですよねえ…… 私も積極的に攻めに回るのはもう難しいです。お任せしますよ、田澤さん。あの小娘の肝を冷やさせてやってください」
自分でもこれ以上は出来ない、と言う認識が有るからだろうが……射命丸は俺の事を止めず、任せてくれた。
普段の俺のスペルカードルールにおける勝率の低さを知っていて、それでも捨て鉢にならず俺に任せてくれたのだ。……その信頼には絶対に答える。俺も本当に後が無いし、『禁じ手』を躊躇いはしない。
「……叡智の王国より偉大なるYに我が血肉を捧ぐ!」
……踏み込む狂気、『俺』を取り繕う仮面として『田澤昴』を選んだのは他にも理由が有る。
彼の性質と能力を再現しながら彼の術式を扱う……これにより、可能な限り『我等』の浸食を抑えつつ『スペルカードルールに沿った』勝利を引き寄せる魔法を発動出来る!
「スペルカード宣言! 魔力集中、術者選択、強化改変、『Red Magic Ver.6』!」
「なっ、ちょっと、レッドマジックって……!?」
魔力の肩代わりは、左手に構えた魔導書……『叡智の王国』が担う。
改竄され、無かった事になった歴史において『田澤昴』が新たに書き加えた記述、それを利用した魔法。……レミリア・スカーレットへの致命的なアンチスペルを、即席でスペルカードとして発動する。
狂気の魔力で構成された無数の紅い弾幕が、規則性と不規則性をランダムに再現しながら複雑怪奇な軌道でレミリア達を襲う。
レミリアはその弾幕の動きに……と言うよりスペル名の時点でパターンに見当を付けていたらしく、初見のスペルで有りながら迷い無い回避行動に移るが。
「……くっ!?」
「無駄だ、レミリア。君がこの時点で対応出来ないと言う事は、勝敗は決まった。これは、そう言うスペルだ」
少しの間を置いてこのスペルの恐ろしさに気付いたらしいレミリアへ冷酷に告げる。
『Red Magic Ver.6』はモチーフこそレミリア自身が使用する『レッドマジック』だが、同時にレミリアの全ての実力を含めて上位互換に位置する『必殺技』だ。
もしもレミリアが『あの時』の何十倍以上もの実力を付けていたなら流石に話も変わるが、そうでないのならあらゆる抵抗が無意味。何故なら、その『何十倍以上もの実力』こそがこの魔法なのだから。スペルカードルールに沿った弾幕として少しの改竄を加えたが、その真価は失われてなどいない。
「す、こし歯応えのある隠し玉を持ってたからって、そんなホラを……」
レミリアは必死になって弾幕の間をすり抜けるが、秒以下の単位で余裕の残る範囲は消えていく。
その状況でまだ減らず口を叩ける、その余裕は大した物と言えるか。全く、見上げた根性の吸血鬼だ。
「信じようが信じまいが、結果は変わらんよ。十六夜の介入も、誤差の範囲だ」
「……言ってくれるわね、魔法使い! 幻符『殺人ドール』!」
俺の言葉に憤慨したのか、十六夜はスペルを発動させて弾幕の只中に飛び込みレミリアの救援へと入る。しかし、それは悪手だ。
「う……これが、あの田澤の弾幕!? まるでお嬢様のような、いや、もしかしてそれ以上に……!」
「さ、咲夜! スペルが続いている内にもう一度離脱しなさい! このままでは共倒れよ!」
「……すいません、お嬢様。それも、無理のようです。スペルの維持も、もう」
十六夜がそう呟いた瞬間、最後の弱弱しい抵抗も掻き消えた。『殺人ドール』は術者の集中が限界を迎えた事で強制終了し、紅の魔弾が主従を討つ。
「あ、ああ……っ!」
「ぐ……負け、ね」
魔弾は確実に二人を射抜き、俺達の勝利を明確に示す。
無駄に魔力を使用する余裕は無いし、負けを認めた相手を甚振る趣味も無い。俺は『Red Magic Ver.6』を終了させ、射命丸に向き直る。
「……勝った、な。少し、休んだら……先へ、進もう」
「え、ええ……まさか田澤さんがこんなスペルをお持ちとは夢にも思いませんでした。
出来るのならばもっと早く使って欲しいくらいでしたけど……今の田澤さんを見る限り、そうもいかない物なんでしょうね」
「まあ、な」
実際には、使おうと思えば普段の『俺』でもやれるのだが……他者の自負を正面から打ち砕く攻撃だし、性質上の理由から発動させた時点でほぼ勝利が確定する。
それは遊びの決闘法であるスペルカードルールとして基本的に破綻している。実力を可能な限り均し、互いに遊びとして楽しむ為のルールなのに……相手の実力を問答無用で超える、など白けて堪らないだろう。
それを自覚していながらも今使用したのは、一応はスペルカードルールの体裁を取れる事が大きい……尤も一番の理由は、絶対に負けられないから、だが。
「いたたたた……こっぴどくやられたわね」
「何だか私の技を真似されてすっごい複雑なんだけど……負けは負けだし。とりあえず帰る事にするわ、その内解決してる事を祈るわよ」
先程までは敵意を全面に出して向かってきていた二人だが、流石に心得た物。
スペルカードルールで負けを認めたら、それ以上は勝者に食い下がらない。当たり前と言えば当たり前の作法では有るのだが、今はそれを素直に行ってくれる事が有り難い。
ひとまずの労いも兼ねて一言でも礼を言っておこうと、口を開いた。
「塒で寝ていろ、薄汚い怪異め」
例大祭では何とか深秘録は手に入れられました。妹紅を自機として操作出来る事に感動しまくりです。
……ラスボスは、田澤が会ったら一瞬で発狂してしまいそうな人でしたが。