旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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今回、田澤について微妙に残酷かもしれない描写が有ります。
軽く流して詳細な描写はしていませんが、苦手な方は一応ご注意を。……今更な気もしますが。


旅人、静止した夜に眼を狂気で曇らす

「いやあ、田澤さんがあんな攻撃的な言動をするとは思いませんでしたよ。ストレートだと流石に心に来る物が有りますねえ」

 

 「……まあ、奇跡的な勝利に浮かれたのだろう」

 

 「一度は言ってみたかった、って感じでしょうか? 田澤さんにもそのような願望が有るとは、少し意外です」

 

 

 竹林を更に奥へと向かう俺達。射命丸のやけに浮足立ったような振りに、苦し紛れの誤魔化しで返す。

……あの直後。俺は自らがとんでもない侮辱を言い放った事を認識した瞬間、言動と行動、表情までをも最大限に意識して作り、あたかも勝利に酔った小物がつい軽率になった体を演出した。

それでも誤魔化しは効かないだろうと半ば諦めていたのだが、ここで幻想郷の少女達が弾幕ごっこの際実にエキセントリックな皮肉の言い合いをしている事が妙な形で功を奏す。普段の俺からは想像もつかないであろう直接的な拒絶に二人とも動揺しているようだったが、その内容自体には特別にショックを受けている様子は見せなかった。

 

 薄汚い、と言う部分を弾幕で傷や焦げの付いた自らの外面を指していると受け取ったらしく、それは俺が原因だろう、と逆に皮肉を言い返すくらいの気力をも見せてくれた程である。

 

 

 「……実際に口に出して、あまりしっくりは来なかったがな。せっかくだし、この異変中はこう言うスタイルで行くか」

 

 「たまには良いんじゃないでしょうかね、田澤さんは普段がかなり真面目ですし。こういう時に毒を吐いていくくらいでないと、潰れちゃいますよ」

 

 

 あくまでこれは演技のような物で、これからもこの類の発言が有るかもしれないと言う事をさりげなく宣言しておく。

無意識の言動まで常に気を張る事は現状では難しく、更に侵蝕が進めば押し隠す事は事実上不可能になっていくだろう。ならば消極的な対応では有るが、今の内に適当な理由を付けて保険をかけるしかない。

 

 射命丸も、好意的に受け取ってくれている、ように見える。『田澤昴』の怪異に対する異常な嫌悪感がそうさせているのかもしれないが、どこかその言動が白々しくも見えてしまうのだ。

……まだ客観的であると信じたい『俺』の判断でも、先程僅かに漏れ出た『我等』の瘴気や『田澤昴』の言動に警戒されている可能性は非常に高いと思える。俺に対して意識しているかどうかは別として恐怖を抱き、それを顕在化させない為に興奮気味な多弁になっているのかもしれない。

 

 

 「……」

 

 「だ、黙り込まないでくださいよお。チームで異変解決なんて滅多に無い機会なんですから、こう、何と言うか、雰囲気を堪能しましょうよ」

 

 「あ、ああ、済まない」

 

 

 ……しかし、本当に不味いな。

無意識の内に明らかに『田澤昴』の影響を受けた反応が出てしまう、これがここまで早く目立つ物になるとは流石に想定していなかった。

少なくともレミリア達との戦闘の間は『俺』が完全に主導権を握っていられると思っていたのだが……『田澤昴』の狂気は、最早今の俺には制御など出来ない物だと考えるしかない。『俺』の意識を、仮面を、僅かにでも引き留め続ける事に集中し続けなければならないだろう。

出来なければ、破滅するだけだ。

 

 

 「……しかし、見れば見る程田澤さんとは思えない程の威圧感ですね。いや、外見がそもそも思いっきり違うんですけれども」

 

 「これくらいの見た目の変化、君達妖怪にとってそこまで意外か?」

 

 「い、いや……なんでそこで不思議そうにするんですか。そりゃあ意外ですよ、妖怪が人間のように老いていくのは大変に時間がかかる上にとても珍しい事なんですから」

 

 「まあ。それもそうか」

 

 

 幸いな事に、俺の方から話題を振らなくても射命丸が場を繋いでくれる。

この会話で常に『俺』を意識し続ける事で、何とか侵蝕を遅らせたい。戦闘、ひいては魔法の発動が無ければ、現状ではそこまで急激に狂気が襲い掛かると言う訳では無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このまま『犯人』の所まで何事も無く進めれば良いのだが、と思いつつ進んでいた物の。

下手人の気配の有る場所を目前に控えた所で、進行上無視できない場所に騒ぎの気配を感じてしまう。射命丸も同様に感じ取ったようで、俺に対して判断を促すように視線を向けてくる。

 

 

 「おそらく、私達以外の……それこそ霊夢さんや魔理沙さん達のような方々の衝突でしょうね。どうします?」

 

 「……漁夫の利を取れるのであれば、それが望ましい。しかし、ここでまず向こうの決着を待ち、それから勝負を挑むとなると、時間が長引く事は避けられない」

 

 

 今の俺にとっては、時間こそが全てにおいて優先される。もし仮に、このまま全ての意識を『俺』の維持にのみ向け続けたとしても、数時間……最大限楽観的に見積もって半日が限度と言う所だろう。

勿論動けば動く程侵蝕を速める事になってしまうのだが、その行動で起こす結果次第ではリスク以上のリターンも期待出来る。果たして、どう動くべきか。迷う時間も、無駄には出来ない。

 

 

 「……戦場へ急速接近、それぞれに強襲を仕掛ける事で一気に一網打尽にする。これが考え得る限り最も効率的だ」

 

 「な、なんだか横から手を出して卑怯な感じですけど……それに、スペルカードルールではその類の不意打ちは推奨されませんよ」

 

 「完全に厳禁と言う事が明言されていないならば良いだろう。先ほどのレミリア達もやっていたが、あくまで『挨拶』だ」

 

 

 これで倒れるようなら、そもそも戦場に立つ資格が無かったと言う事で諦めてもらおう。

……本当に最も理想的なのは、この戦闘をスルーして『犯人』の拠点に突入する事なのだが。尋常な手段ではどうあっても隠れて突っ切るのは無理だし、気配遮断の魔法も現状ではどのように作用するのか未知数だ。……成功しても、根は真面目である射命丸に難癖付けられる可能性は高いし。

今はまだ、その信頼を捨て去る程に形振り構わない行動はしたくない。

 

 

 「……今回の異変は本当に非常事態ですからねえ、多少の事には目を瞑りましょう」

 

 「有り難い」

 

 

 一応の理解は示してくれた射命丸と共に、今まさに戦闘が行われているその場へ突っ込む。

相手がこちらに反応する前、俺達も相手の場所のみを大まかに確認した段階でスペルを放つ。

 

 

 「岐符『天の八衢』!」

 

 「恒星『プロミネンス・ジェネレータ』!」

 

 

 魔力の肩代わりを行える魔導具の数も残り少なくなってきたが、使わなくては攻撃も出来ないので渋る訳にもいかない。

とは言え『俺』のスペルよりは、叡智の王国によるアンチスペルに配分した方が良いのではと思わなくもないが……使わなくて済むのであれば、その方が良い。

 

 

 「なあっ、うわっ」

 

 「ここで乱入!?」

 

 

 俺達のスペルが戦場に炸裂し、対峙していた者共の焦りの声が聞こえる。

しかしどうやら一網打尽とはならなかったようで、手応えが無い。これで直接勝負を決められれば最善だったのだが、そう上手くいかないとは薄々予想していた。

 

 

 「まあ、良い。動揺しているのは確かだ、更に畳みかけるぞ」

 

 「ええ、やりかけで手を抜くつもりは有りませんよ」

 

 

 続けて指示を出し、追撃を開始する。そこで初めて、相手を確認したのだが……

 

 

 「……ちょっと、焦り過ぎましたかね? 私達」

 

 「……ぬう」

 

 

 俺も射命丸も、『相手』は二人のみだと早合点していた。

だからこそ俺達二人のスペルで十分に効果を上げられると判断し、そうならなくとも動揺させた相手と一対一に持ち込めると考えていたのだが。

 

 

 「……随分と失礼な事をしてくれるのね、『大魔法使い』さん」

 

 「おまけに射命丸も……うん? 実力的に田澤の方がおまけか?」

 

 「ひ、卑怯な! 剣術も卑怯くさい感じですが、まさか弾幕ごっこでもルールに関わる部分で卑怯だとは!」

 

 「あらあらー。ちょっと本気を出してほしいって事かしらね?」

 

 

 ……アリスと魔理沙、魂魄と西行寺。俺達やレミリア達もそうであったように、全員が二人組のチームで行動しているようだ。

つまり、俺と射命丸は四人に向かって二人で喧嘩を売った事になる。しかも彼女達の反応を見る限り、どうあってもこのまま三組入り乱れた戦闘とはならなそうだ。

 

 

 「……元々引けない勝負だ、やるしか有るまい!」

 

 

 一瞬諸々の要因でたじろいでしまったが、そんな時間的余裕は無い。すぐさま体勢を立て直し、『時間稼ぎのための』攪乱に入る。

 

 

 「やると言いつつ逃げ回って……え? な、何かおかしくない?」

 

 「た、田澤が老け面にっ!?」

 

 

 相手の反応は無視する。射命丸にちらと視線を向けると、僅かな逡巡の後に頷いて同じく攪乱行動に移行。

こちらの目的や狙いまでを完全に理解した訳ではないようだが、俺が何かを……『先程のようなスペル』を放つ準備をしようとしている事は大まかに察してもらえたようだ。

 

 

 「……なんだか、危険ね。妖夢、全力を出して田澤さんを撃墜しなさい!」

 

 「田澤さんに、全力? ……分かりました、人鬼『未来永劫斬』!」

 

 

 ……西行寺よ、君はやはり勘が良い。だが、その勘の良さこそが今は。

 

 

 「……まずは、避ける事が先なのだがな」

 

 「っ、田澤さん! これは貴方では避けられないわ、時間稼ぎは私が引き受ける! 『幻想風靡』!」

 

 

 俺が呟くと、射命丸が咄嗟の判断でスペルを発動。

それと同時に瞬間移動かと見まがう程の加速で踏み込んできた魂魄の刀が、無数の剣閃を生みだす。

 

 成程、確かにこれは俺一人では何も出来ずに被弾していただろう。

しかし射命丸が自らの切札を躊躇せず使ってくれたおかげで、乗り切る目が見えた。魂魄のスペルによって作られた斬撃の壁は、視認不可能な速度で飛び回る射命丸によって掻き消されていく。

 

 

 「……おかしいわ」

 

 「ああ、変だぜ。射命丸が時間稼ぎに回れば、当然だがあいつは満足に攻撃へ参加出来ない」

 

 「残る一人が状況を打破する手段を持っていないと成り立たない戦術だけど、肝心の田澤は……」

 

 「……幽々子じゃないが、嫌な予感がするな。丁度先程の仕返しもしたいし、ここで不確定要素は消していく事にするぜ」

 

 

 ……流石にこうもあからさまにやれば怪しまれもするか。どちらにしても俺達の目的は、四人の猛攻を乗り切る事で変わらないが。

 

 

 「魔砲『ファイナルマスタースパーク』!」

 

 「く、っ……! 田澤さん、あれは自力で頼みます!」

 

 「……よかろう」

 

 

 魔理沙がスペルカード宣言すると共に、周囲に漂う魔力が凄まじい振動を伴いながら彼女の所持する小型八卦路に充填されていく。

流石の射命丸も、魂魄の最大級スペルとアレを同時に相殺する事は不可能のようだ。俺もそこまで無理をさせようとは思っていない、新たに覚悟を決めつつ『叡智の王国』を開く。

 

 

 「……叡智の王国より偉大なるYに我が血肉を捧ぐ。魔力集中、術者選択、強化改変、『ファイブカード・ジャックポット』!」

 

 

 叡智の王国より新たな魔法をスペルカード扱いで発動する。これもまた、無かった事になった歴史において『田澤昴』が作り出したアンチスペルの一つだ。

叡智の王国に宿りし狂気の魔力が自立行動を行う四体の分身を生み出し、それら全員が先手を打って魔理沙へ膨大な量の弾幕を叩き込む。

 

 

 「……ん? これはフランの……? 何だ田澤、勝てないからって遂に他人のスペルを勝手に借用し始めたのか」

 

 

 確かに耳に痛い所なのだが、魔理沙には言われたくないような気もするのは何故だろうか。

……ともかく魔理沙の方も充填が完了したようで、四人の俺が放つ弾幕へ向けて極大魔力砲の照射を開始。そのあまりの衝撃に空気が轟音を立てて揺らぎ、魔力砲の外周部分は集束を維持できず多方向に分離していく。しかしその分離した魔力でさえも弾幕の体裁をとってばら撒かれるので、厄介な事この上ない。

 

 

 「……強化改変した物とは言え、やはり本人以外に使用しては真価が発揮出来んか」

 

 

 魔理沙の極大魔力砲は、俺の分身四体全員の弾幕と衝突しながらもその威力を維持し続けている。元々の出力が桁違いなので、幾ら此方の弾幕が無尽蔵と言えども勝負にならない。

だがそれはある意味当たり前のことで、そもそもこの『ファイブカード・ジャックポット』はフランに対するアンチスペルなのだ。難易度その物は魔理沙の最大級スペルにも一応は食らいつける程になっているが、元々はフランを徹底的に妥当する以外の用途は度外視して構築された魔法。

戦術や思考を含め、あらゆる保有能力が違い過ぎる魔理沙には、致命的な攻撃とは成り得ない。

 

 

 「だが、問題は無い」

 

 

 そう。問題無い。実に単純な話だ。

 

 

 「……人間『霧雨魔理沙』、半人半霊『魂魄妖夢』、両名の弾幕戦における全ての情報を収集、閲覧を完了」

 

 

 これまでスペルの迎撃と時間稼ぎを射命丸と四体の分身に任せ、俺自身は観察に徹していた理由。

これこそが勝負を確実に決める為の策であり、正面衝突した場合に最もスピーディに決着を付けられる最善の方策。すなわち、叡智の王国によるアンチスペルの構築である。

 

 

 「射命丸、良くやってくれた。離れろ」

 

 「え、ええ……」

 

 「……! 妖夢っ、あれを使わさせては駄目よ!」

 

 「とうに遅いわ、亡霊姫! 魔力集中、術者選択、強化改変、『マゼラニック・ストリーム』! 二重詠唱、『盈月落華幽咽斬』!」

 

 

 俺の攻撃、その真価に寸前で気付いたらしい西行寺だが、もはや妨害は不可能。

俺はたった今新たに生み出された二つのアンチスペルを高速で詠唱し、それぞれ対応する少女に向けてスペルカード扱いでぶつける。

 

 

 「なあっ、今度は! 正面から堂々とパクってくるとは、盗人猛々しい奴だ!」

 

 「こ、この剣技はお師匠様……? いや、違う、これは私の剣……!?」

 

 

 分身を一体に集約し、そちらで『マゼラニック・ストリーム』を。そして本体の俺はスペルの副産物として生成された魂魄の二振りの贋作で以て『盈月落華幽咽斬』を放つ。

『マゼラニック・ストリーム』はベースのスペルと同じく、見掛けとしては単純な魔力砲だ。しかしその実体は極めて微細かつ精密に構成された弾幕群であり、同じ方向に向けて直進させているからそう見えているに過ぎない。よって……

 

 

 「……!? その威力の魔砲がぐにゃぐにゃ曲がるなんて卑怯だぜっ!」

 

 「君がいつか辿り着く境地だ。頭の片隅にでも置いておきたまえ」

 

 

 単純な魔力砲の体裁をとっていたスペルが、その恐ろしき牙をむく。

魔理沙の『ファイナルマスタースパーク』相殺に必要な最低限の威力を残し、残りの大部分は衝突を避け途中で分離。スペル維持に精一杯の魔理沙を囲い込むように、無数のレーザー状となった弾幕群が湾曲軌道を描き星型弾幕を撃墜しながら止めを指す。

 

 

 「う、ああっ……!」

 

 「魔理沙っ!?」

 

 

 ……意識しているのかどうかは分からんが、アリスは意外に冷静だな。

魔理沙を庇って諸共に無駄死にするかと思っていたが、まあいい。どうせ遅いか早いかの違いだ。

 

 

 「さて」

 

 

 攻撃を仕掛けたのは魔理沙に対してだけではない。

魂魄へと放ったアンチスペル『盈月落華幽咽斬』の本質は、端的には身体強化魔法である。しかしパターン化された剣術をその場に応じて自動で実行するよう、自分自身の動作を制御する操作魔法としての面も備えており、それによって剣に関する魂魄の才を本人以上に引き上げて再現する事を可能にする。

 

 

 「こ、これはっ! 貴方の剣では有りませんね!?」

 

 「それがどうした」

 

 「ど、どうしたって…… そう言われると、困るの、です、がっ!」

 

 「集中しようがしまいが結果は変わらんぞ、小娘」

 

 

 普段の俺であれば届きようのない、恵まれた才と鍛錬からなる流麗な剣筋。無才の身から闘争の果てに辿り着いた我の剣術とは、確かに明らかな違いを有す物であろう。

叡智の王国により転写され、改編された事により有り得ざる高みへと登った魂魄の才。それを元の持ち主を討滅する用途で作り変えた、魂魄に対してのみ効果を発揮する猛毒。二心を抱かされた忌むべき刃。

 

 

 「これで、終いだ」

 

 「うぅ……!」

 

 

 まるで暗夜を切り裂くが如く振るわれる紫銀の煌めき。異常な強化に依るその眩惑的なまでの乱舞が、純粋な研鑽から生まれた剣技を無へと帰す。

半人半霊のスペルによる剣閃とそれにより発生していた弾幕、それら全てが我が振るう二刀によって打ち消され、斬り裂かれ、返しの太刀による迎撃の憂き目にあう。

 

 

 「そ、そんな……魔理沙のスペルを、あそこまで簡単に」

 

 「それも妖夢の本気まで向けられながら、片手間とはね。……貴方、本当に『田澤さん』?」

 

 

 残心の構えからゆっくりと身を起こすと、各々の相方からの驚愕に満ちた視線を向けられる。それにしても、この亡霊は随分とおかしな事を言うものだ。

 

 

 「はははっ、我が、俺が『田澤昴』でなければ誰だと言うのだ? 俺こそが田澤、その我が怪異を打倒する、そのどこにも疑問を抱くべき事など……っ!?」

 

 

 突如として右目に激痛が走り、脳を黒い閃光が灼く。全く意識していなかったタイミングでの強烈な痛みに、思わず体を屈めて悶絶。

頭を掻き乱す壮絶な熱に耐えながら痛みの走る目へと手を当てると、粘着質な半固体が嫌な生暖かさと鉄の匂いを伴って俺の手を伝う。……これ、は。

 

 

 「ひ、ひぃ!? お、おば、おばばばお化けぇ!」

 

 「っ……中々のものを見せてくれるわね」

 

 

 右の視界は痛みと共に赤とも黒とも白ともつかない原色に塗り潰され、残る左の視界が映すのはべっとりと手に付着した血液と白みがかった半透明のゲル。

 

 

 「大丈夫ですかっ!? ま、まさか魔法での無理が祟ってそこまでの負担がかかったと言う事……!?」

 

 「何も問題は、無い。瞳が潰れたと言う事は叡智を得たと言う事だ。かの北欧の神格もそうだ。失う事は、得る事だ。問題ない。延命せられしものに捧げる対価だ。失った瞳に変わり暗黒の宙を見通す智慧の眼を得たのだ。時を超える秘法を。裁きの力を。更なる階梯への。新たなる供物へと繋がる。その頭を捧げよう」

 

 

 そこで青ざめた顔で『俺』を見上げながら体を揺さぶってくる天狗……射命丸、が、視界に入る。

今、『俺』は、何を口走っていた? 何をしようとしていた? 丁度、射命丸を抱きかかえるように……、否、不自然にその細い首へと伸びていた腕を全力を込めて抑える。

駄目だ。もう、俺個人の精神力では、怪異に対する殺衝動を……

 

 

 「我が王国にまつろわされし怪異ども、異相の悪魔『ダンタリオン』に命じるっ!」

 

 

 我が目に映る全ての魑魅魍魎を、俺の怪異に対する認識を、愛しく尊き人類への想いへと書き換えろ……!

 

 

 

 「あ、あああaaaAAAaaaAAAAAA!!!!!!」

 

 「た、田澤さんっ!」

 

 

 人類を守れ。人間を愛せ。怪異を守れ。妖怪を愛せ。怪異を殺せ。妖怪を滅せ。怪異を守れ。殺せ。守れ。殺せ。殺せ。守れ。守れ。守れ。人間を守れ。妖怪を愛せ。人間を殺せ。人間を守れ! 妖怪を殺せ。妖怪を愛せ。人類を滅せ。人類を愛せ。愛せ。愛せ。護れ。人間を。妖怪を。怪異を。人類を。守れ愛せ殺せ滅せ守れ愛せ殺せ滅せ守れ愛せ殺せ滅せ守れ愛せ殺せ滅せ守れ愛せ殺せ滅せ守れ愛せ殺せ滅せ守れ守れ愛せ殺せ守れ愛せ殺せ滅せ守れ愛せ殺せ滅せ滅せ愛せ殺せ滅せ……

 

 

 「あ、あぁああっ! 人間『西行寺幽々子』、人類『アリス・マーガトロイド』、両名におけるおける全ての全てを全て閲覧!」

 

 

 全身を駆け巡る嫌悪感、心に煩く囁き続ける声。もはや何が現実なのか幻覚なのかも判別出来ないまま、唯一目的意識として残っていた戦闘の早期終結に向けて半ば無意識で体を動かす。

 

 

 「魔力選択術者改変強化集中! 『反魂蝶 -狂咲- 』、『ぶるぶる人形座の怪宴』!」

 

 

 人間である西行寺幽々子嬢を尋常なる死の輪廻に戻す因果の解放である。人類であるアリス・マーガトロイド嬢を火刑に処し罪を贖わせる人形裁判である。

我が魔力によって冥界の妖怪桜を支配、春の欺瞞と冒涜的な陽光によって開花を誘発。結果は満開の齎す封印解除。我が魔力によって無数の紙人形を操作、陣の形成と冒涜的な振動によって儀式を展開。結果は魔女裁判の強制執行。

……ではない!

 

 

 「う、お、おお、お……! 術、式中断! 割込詠唱、『アウト・オブ・ブルーム』、『ストリング・イグニッション』!」

 

 

 特定個人に対する絶対的な即死魔法と化していたアンチスペルを発動直前で何とか停止させる。

ぎりぎりで踏み留まった最後の理性で瞬間的に書き換えを行い、スペルカードとしての弾幕魔法に上書きする。

とは言え、アンチスペルとしての性質が消えた訳ではない。記述された二人の情報に基づき、相手を確実に打倒せしめる理想的な弾幕パターンが展開される。

 

 

 「避け、られない……!?」

 

 「きゃあっ!」

 

 

 散った桜の花びらを象る魔弾の群れが西行寺の回避動作すらも先読みして命中、燃える糸をモチーフとしたレーザー状の弾幕がアリスの人形を機能不全に陥らせながら勝負を決める。

……情報の収集を止められず、発動を許した時点で、このスペル相手に勝ち目はない。一応誰に対しても同様に効果を発揮するものではないと言う建前で使っているが、実質的にルール違反と見て間違いないな。今更、止められないが。

 

 

 「われ……俺、の! 勝ちだ、先へ進むぞ、文句は無いな!?」

 

 「そ、そんな高圧的に……ああ、待ってくださいよ」

 

 

 果たして本当に『正気の理性』なのかはもう今の『俺』には分からないが、現時点では『田澤昴』の狂気に完全に沈んだ訳ではない筈。

しかしいつまた発作的に狂気へ飲みこまれるか不明な以上、タイムリミットは音を立てて目前に迫ってきている。一方的に勝利を宣言しそれ以上は視線を向ける事さえ無く、息を飲む少女達を置いて下手人の屋敷へと飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「流されてきてしまいましたけど、その眼、その体。大丈夫とは言わせませんよ」

 

 「……」

 

 

 愛しき人類……ではなく、天狗であり怪異である射命丸に声をかけられる。

確かに、これはもう誤魔化しは効かないだろう。興奮から上から目線の言葉が出た、と言う程度ならば普段の我からそこまでかけ離れた事でも無いが。ならば滅するべきでは?

突然異常な速度で老化が始まり、他人からは理解不能な言葉と動作を繰り返し、あげく何の前兆も無く突然に片目が破裂したともなれば……これで何も不審を抱かなければ、その方が余程狂気的だ。

 

 

 「……正直に言おう。もう、破滅が近い。後数時間……悪ければ数十分で、俺は」

 

 「死を迎える、と言う事でしょうか。この異変を解決しない限り」

 

 

 ただ俺が死ぬだけならば、まだ良い。尊いのだから護らなくては。問題は、その過程で真なる『田澤昴』が解き放たれてしまう事だ。

この幻想郷にとって、私の存在は害悪だ。異相の大公爵による精神操作が途切れれば、その瞬間にこの地へ災厄を齎すだろう。

……それだけではない。俺は彼との契約、彼の願いにより生まれた仮面だ。嫌だよ、父さん、母さん。我の最期の叫び、それを無に帰しては……彼の人生は、何のために。

 

 

 「……そこまで猶予が無いと言うのであれば、今は何も聞きません。言葉を交わす時間も惜しいでしょう」

 

 「……恩に着る」

 

 「で、す、が! 終わったら洗いざらい、私が満足するまで独占取材に付き合ってもらいますからね! 逃げないでくださいよ!」

 

 

 そこでわざとらしくあざとく、儂に釘を指してくる少女。言外に放たれたメッセージを受け取り、最後に向けて覚悟を決める。

……何としても、『俺』に戻らなくては。先程から精神に走るノイズが、最早自覚出来るまでに表面化してきている。咄嗟の判断で『田澤昴』その物に精神操作魔法を発動した事であの場は乗り切れたが、魔法発動その物による狂気の誘発、それに加えて消えたくない、こんなのは嫌だ! 我の怪異を憎み恨んで保たれてきた歪んだ自我が矛盾により崩壊を始めている。

俺は、『田澤昴』に縋る事で仮面の消滅を先延ばしにしている。そんな中、縋る先の私が消えては最早フェイルセーフにさえ成りはしない。どちらにしてもこの精神操作の解除は出来ないので、『終わるまでに』やり切るしかないが。

 

 

 「……ああ。君の取材欲が尽きるまで、存分に」

 

 

 翼を抉れ。汚らわしい人類に向けて、最大限の愛おしさを込めて返す。天狗にはこの数刻……数年間? 共に怪異を打倒してきた恩が有る。今すぐにでも抱きしめてやりたい。

……もう深奥の自我ですら侵蝕が酷いな。人間を愛して怪異も愛す、それで今は良いじゃないか。良いのだ。良い。何も問題は無い。時を戻せば、万事は解決するのだから、良い。問題ない。

 

 俺は怪異を伴い、夜を駆ける。目指すは月下に聳える屋敷、時を弄ぶ愚かな主。

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