旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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非常に申し訳ありません、前回更新からこんなに時間が経ってしまいました……


旅人、制止した夜に禁忌の片鱗を晒す

 竹林の中にひっそりと佇む、今回の異変の元凶が待ち構えているであろう屋敷。

その中に突入を果たした俺と射命丸は、散発的に襲い来るウサギの弾幕を跳ね除けながら奥へ奥へと進んでいた。……そう、『散発的な』迎撃なのだ。敵の本拠地に侵入していると言うのに、手応えが薄い。

 

 

 「私達の襲来を迎撃するにしては、妙に手薄ですね。手間がかからなくて有り難いと言えばそうなんですけど」

 

 「兎どもの様子も、万全には見えんな。先手を打った者が、居たか」

 

 

 人類、ではなく、妖怪兎たち。彼ら彼女らは疲弊した様子がありありと見えて、明らかに全力を十二分に発揮していると言う風ではない。

動いている者達でこの有様なのだから、裏には戦闘が行えなくなっている負傷兵も相当量居ると見て良いだろう。それは即ち、既に激しい戦闘が行われた後と言う事である。

 

 

 「……ここまでに遭遇しなかった、となると選択肢として後はもう霊夢さんくらいしか残ってませんよ」

 

 「だろうな」

 

 

 ……霊夢。博麗霊夢。接触する可能性について、覚悟はしている。

実際に対面して、果たして『田澤昴』がどのようになってしまうかは正直未知数だが。異変解決に関わる上で関わりはほぼ不可避だと分かり切っているので、ある意味動揺は薄い。

予め予測出来ているなら、対処のしようが無くとも心の準備くらいは可能だ。

 

 

 「霊夢さんがここまで来ているなら、後はもう解決は時間の問題とも思うのですが……」

 

 「万が一、が無いとは言えん。……自分の命運を、他者へと完全に委ねる度胸も無い」

 

 「まあ、動かずにはいられないですよね」

 

 

 確かに彼女の実力であれば、任せてもそう間違いは無いだろう。だが、俺の心情として、それで任せっきりにする余裕も無いのだ。

いくら信用のおける実力者が動いているとは言え、自分の存在に関する危機が迫っているのに何もせず泰然としていられる者が居るのなら見てみたいくらいだ。自分で解決に導ける力が無いならまだしも、手段も方法も有るのに動かないなど俺には無理である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎の攻撃を躱しながら気配を感じる方へ進む内、空間に対して封印に近い仕掛けが施されているに出た。

ついに黒幕がその時空干渉能力の片鱗を見せたと言う事であり、『我等』のざわめきと共に『俺』も感情の昂りを自覚する。……後、少しで、このふざけた茶番を終わらせる事が出来る。

 

 

 「……あまり造詣の深くない私でも感じ取れるくらい、妙な結界が張り巡らされた場所ですね」

 

 「黒幕も近い。準備を頼むぞ」

 

 「ええ、私はいつでも大丈夫ですよ」

 

 

 空間に対しての封印は、実力者とは言え完全に専門外である射命丸でさえ察知が出来るものだったらしい。

……襖の並んだ板張りの通路が見渡す限りに続くと言う明らかにおかしい光景が作られているので、そもそも察知するまでもなく妙な場所なのだが。

 

 

 「……戦闘音も近いか。どうやら、ついに最前線へ追いついたようだ」

 

 「そのようですね。……解決を第一に考えるなら、先程のような無茶はしない方が得策だと思います」

 

 

 射命丸の言う無茶とは、もしかしたら共闘の可能性も有った相手に不意打ちから大立ち回りを演じた事だろう。……いや、どちらかと言えばそれその物よりもそこで発生した『老化』を伴う戦闘行動か。

俺は最終的にはあれが最善だったのだと考える事にしたが、射命丸はそう捉えてはいない様子。確かに客観的に見て、あの場で負った悪影響が大きい事も否定は出来ない。文字通りの意味で、時計の針を進めてしまった。

 

 

 「どうなるかは、その時にならなければ分からんがな」

 

 「……本当に、気を付けてくださいね」

 

 

 俺の焦燥も理解してくれている射命丸は、忠言を聞き流す態度にも真摯に向き合ってくれる。

……まあ、気を付けるさ。さっきから精神が妙に平静を維持しているのが、不気味でしょうがない。嵐の前の静けさと言うべきか、そのような不吉さを感じる。

蝋燭の火が燃え尽きる寸前の、最後の輝きとはなってほしくない物だ。安定しているのならその内に決着を付けるべく、移動の速度を速める。

 

 

 「……ああ、師匠にしかられるぅ」

 

 

 妙な通路を進んだ末に辿り着いた、激しい戦闘の痕跡を残す場所。そこでは、ボロボロになったブレザーとウサミミが特徴的な少女が何事かをぼやいていた。

恐らく霊夢に敗北したのであろう。既に負傷しているなら話は早いと、すり抜けざまに追撃を加えていくべく速度を緩めず接近していくが……途中でその外見と声に、記憶が反応する。

 

 

 「……レイセン? 月兎人間である君が、何故ここに」

 

 「げ、げっとにんげんって何よ? て言うか、あんた達も侵入者ね!」

 

 「ほう、興味深い事を。君が仕えるならば依姫か豊姫か……いずれにせよ、ここは月の拠点か」

 

 

 かつて月に囚われた際、見知った者。月の防衛隊に属する兵、レイセン。彼女とここで再会するとは正直驚いたが、それ故に得られた情報も大きい。

地上のウサギらしき者も多く見かけてはきたが、まさか月兎まで備えていたとは。……後ろに控える下手人がほぼ月人で確定した。時を止めている者が依姫であるならば、現状での打倒はかなり厳しい。

 

 

 「いきなり名前を呼んでますけど、どこかでの知り合いですか?」

 

 「あ、そっちもおかしいわね。きょ、教官たちの名前をも知っているし、まさか遂に月からの使者が来てしまったのか……」

 

 「ふむ? 月の使者が来ると都合が悪いような口振りだな。……どうやらこのふざけた夜が、月の総意による物では無さそうで安心したよ」

 

 「私の質問にも答えてくださいよお……」

 

 

 射命丸のこぼした問いを聞きつけたレイセンが、焦ったように俺を指差してくる。

『来てしまった』との言い方からは、月の増援を喜ぶニュアンスは見受けられない。最悪の全面戦争と言う可能性は否定出来るようだ。

状況が有る程度把握出来たので、問いかけを無視する形になっていた射命丸にも事情を説明する事にする。

 

 

 「ああ、済まないな。以前に話した事が有っただろう? 月での捕縛と逃走劇、そこで関わりのあった『月のウサギ』さ。

  ……久しいじゃないか、レイセン。君にもいつか礼を言おうと思っていたのだ、君のその『狂気の瞳』が無ければあそこで逃走を敢行出来る程の魔力は引き出せなかったよ」

 

 「……!? ……っ!」

 

 

 ……そして、そのままの流れでレイセンにも半分皮肉の入った『礼』をしたのだが。

一瞬の間をおいて俺の正体に気付いたらしい彼女は、その表情を酷くこわばらせて体を反転、やたらめったらに弾幕をばら撒きながら開いていた襖の一室に飛び込んでいく。その鬼気迫る様相に呆気にとられ、俺達は思わず彼女の逃走を見過ごしてしまった。

 

 

 「……随分と嫌われてるみたいですね」

 

 「まあ、確かにあの反応も理解は出来るが……」

 

 

 些か、過剰ではないだろうか。元々超危険人物扱いされていた罪人が、月の監視と捕縛を振り切って『脱獄』したのだから警戒は尤もなのだろうが……

仮にも兵士として一定以上の実力を持ち、結果はどうあれ異変解決時の霊夢にも勝負を挑んだ彼女が、凶悪犯であるだけの俺に対してあそこまで必死になって逃げるものだろうか? ……割と臆病な部分もある少女だったので、全く無いとも言い切れんが。

 

 

 「と、ともかく追いかけましょう。気配からして、黒幕の居る場所に逃げてるみたいですし」

 

 「うむ、止まっている余裕は無い」

 

 

 考える事など動きながらでも出来る。それに、この疑問は異変解決に直接関係するような物でもなく重要度は低い。時間をかけるだけ無駄だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……不味い、ですね。田澤さんは平気かもしれませんが、私にとってこれは結構キツイものが」

 

 

 レイセンの逃げ込んだ通路を進んでいく内、俺達は更に奇妙な光景に遭遇する。

明らかに室内では有り得ない程の長さを見せつける通路は、最早気にする程の事でも無い。……通路の横を飾る大窓から差し込む月の光。それは月の魔力に対して殆ど依存していない俺でさえ異常を感じ取れるくらいに、不気味な怪しさを持って降り注いでくる。

 

 

 「……普段の満月でも私達妖怪は力を増しますが、この月はやや欠けていると言うのに体を蝕む程の力を与えてくる。まるで、別物ですよ」

 

 「時の異変に、月の異変か。月を介して時間の秘奥を簒奪しようとでもしているのか?」

 

 

 太陰暦に象徴されるように、月の満ち欠け……月の運行は時の運行とも強い関わりを持つ。

『時が進むから月も進む』と言う因果を捻じ曲げ、『月の改変により時の改変を行う』と言う術でも行使しているのかもしれん。月人には異常に発達した『魔導科学』とでも言うべき超技術が有る、何をしでかすかは分からん。

 

 

 「……俺も、刻限は近い。これが最後の機会か」

 

 

 月の異変その物に影響を受けた訳ではないが、俺の比較的安定していた精神状況も再び揺れ動きが目立ち始めた。

本音を言えば平静を維持したままで下手人と対峙したかったが、ここまで保ってきただけでも御の字か。恐らくこれ以降は崩壊が進む一方だし、この機会を逃すと本当に後が無い。

 

 ……そしてそこに与えられた、文字通りのラストチャンスか。遂に逃げたレイセンと、下手人の気配が間近に迫る。

 

 

 「ですから! 本当に危険なんです! あの二人組は所詮地上人、どうせ姫様に敵いはしない、だから結局は師匠も負けたフリで通したんでしょう!? でも、『アレ』は違うんです!」

 

 「理解してもらいたいなら、その要領を得ない説明を止める事ね。まあ、言いたい事は分かったけど……」

 

 「分かったならお願いです、師匠の術でこの空間を閉じてください! 外に出た兎の報告では、あの地上人も竹林に戻ってきたようですし!」

 

 「……どうやら遅かったようよ。あれが、ウドンゲの言う『まつろわぬ昴』でしょう?」

 

 

 何事かを必死になって陳情していたレイセン。そして彼女の要望を聞き流しつつ、いち早く此方を察知し鋭い視線と弓を向けてくる銀髪の女性。……ふむ、こっちは本当に久しいな。

 

 

 「初めて会った時も、君に弓を向けられたな。懐かしいぞ、八意××」

 

 「生憎、貴方のような翁と会った事は……!? まさか、昴って、田澤昴!?」

 

 

 今の俺の姿と記憶の中の俺の姿は合致しないらしく、レイセンと同様に一度は俺の言葉を切って捨てた物の。

どの要因が直接の引き金になったのかははっきりしないが、八意はすぐに俺の正体に感づいたらしく僅かに目を見開きながら声を上げる。

 

 

 「××って……師匠の月での名前、でしたっけ? あいつがそれを知る機会なんて……って、なんで師匠もあいつの名前を!?」

 

 「私達は以前、月で直接言葉を交わした事が有る。……そうね、流石に驚いたけど。まあ、数十億年も経てば姿も変わるかしら」

 

 「な、何だかさらっと凄まじい単語が出てきた気がしますよ!?」

 

 

 色々と状況を把握しきれなくなってきたらしいレイセンが素っ頓狂な声を出した。

しかし、そうか。あの原初の出会い……ひいては『この世界』に訪れてから、そこまでの時間が経過しているのか。俺自身はその大部分を時間移動でスキップしているので、主観的には二千年弱ほどしか体感していないが。

……八意、彼女も相当に厄介だな。忌々しいが、それだけの年月を生きれば時の秘奥の一端にも手が届くか。

 

 

 「……田澤さん、数十億年って、もはや仙人や魔法使いですら信憑性が無くなりますよ」

 

 「仙人って、そんな馬鹿な。あのね妖怪、こいつは……っ!」

 

 

 不都合な事を漏らしそうになったレイセンに有無を言わさず弾幕を叩き込み、お喋りを強制的に中断させる。

……レイセンは八意に向かって俺の事を『まつろわぬ昴』と説明したようだ。その言葉自体は月人に服従しない田澤昴、と言う意味にも解釈できるが……種族の話から続けて、となると看過できない。俺の正体を、表層的にでも知っている可能性とも取れるからだ。

 

 

 「……八意。まさか君との再会がこのような形になろうとはな」

 

 「私も、貴方と再び語らう機会が訪れるのを心待ちにしていたのだけれど……どうやら、互いに時期が悪かったようね」

 

 「君が何故、幻想郷に居るのか……その疑問はこの際捨てよう。俺が聞きたいのは一つだ。どうして、このような術を?」

 

 「護らなければならない方が居る。そのために、この術が必要なの」

 

 

 八意の理性的な人格に関しては信用出来るので、言葉での解決が図れないかを試みる。

しかし帰ってきた答えは、もはや説得など意味を成さないと理解出来てしまうほどに決然たる意思を感じさせる物。……信念の元に、相容れぬか。

 

 

 「豊姫から事情は聞いている。例のカグヤとやらを囲っているのだな? それもおそらくは、月人から」

 

 「……私の方も、聞いておきたい事が有るの。田澤さん、私に協力してくれないかしら? 地上の密室を完成させ、月との経路が完全に遮断された事さえ確認出来れば、それ以上は何もしない」

 

 「前提で不可能なのだよ、八意。君のその術が、『俺』と言う存在を蝕む。

  ……それこそ、『まつろわぬ』姿を引きずり出される程にな。勿論、君が今すぐにこの術を解くと言うのなら、協力する事に何の障りも無いが」

 

 「それであれば、不干渉でも構わない。術の効力が保証される、後数刻の時間で良いの」

 

 「……無理だな、今の俺に数刻と言うのは絶望的に長過ぎる。『俺』と言う存在には、文字通りに一刻を争う時間しか残されていない……!」

 

 

 事実だ。崩壊が抑え切れぬ最終段階に入り、ふと、根拠の無い確信が俺の脳裏に浮かぶ。すなわち、完全な破滅までは後三十分も無いと。

余命を悟るとはこう言う物か、と自嘲混じりの焦燥が込み上げてくる。事此処に至って、なおも言葉で解決を図る余裕は無い。三十分と言えども、きっかりその時間で終焉を迎えるのではなく、時の針と共に徐々に崩壊が進んでいくのだ。つまり、現時点での判断力を仮初にでも維持していられるのは持って十分と少しくらいだろう。

 

 八意に対する俺の返答は事実上の交渉決裂を示す物となり、それ以上の問答は起こらない。

何とか持ち堪えたらしいレイセンを含めたこの場の全員が戦闘態勢に入り、ついに最期の激突へ。……しかし、まずは。

 

 

 「我が王国にまつろわされし怪異ども、異相の悪魔『ダンタリオン』よ。月の兎『レイセン』を我が傀儡とし、その瞳を捧げさせよ!」

 

 「っ!? く、う、ううぅっ……」

 

 

 俺が自ら心理防壁を解除していたとは言え、以前にレイセンの『狂気の瞳』は『我等』の狂気を無理矢理引き出す事に成功している。解放が可能なら封印も行える筈と考え、その力を精神操作によって支配しようと企んだのだが……

 

 

 「き、効かないわ! 私の認識を都合の良いようにずらそうとするなら、こっちも『今の私』で波長を固定するまでよ!」

 

 「……『ダンタリオン』、使えぬ奴め!」

 

 

 『狂気の瞳』を支配するべく放った力は、肝心の瞳その物によって跳ね除けられてしまう。

これが通れば、少なくとも更なる時間稼ぎは出来たのだが……ある程度予測もしていた事とは言え、思わず苦悶の声が出る。結局は、正攻法で行くしかないか。

 

 

 「……射命丸、先とやる事は同じだ。数十秒持ち堪えてくれ、その後ならば決着はどのようにも付けられる」

 

 「む、無茶な事はしないでくださいよ……」

 

 

 時間の余裕が無いので、様子見や狂気の侵蝕などを考えている暇は無い。館突入前の戦闘よりも更に効率のみを突き詰め、完全に『叡智の王国』によるアンチスペルに特化した戦術を執る。

 

 

 「師匠、昴の方をお願いします! たぶん、私では手も足も出ません……!」

 

 「単純に生きた年数だけ考えても私と同等だしね。戦闘能力は殆ど見なかったけど、その類まれな知識は知っているし……良いわ、その天狗を引き離していなさい」

 

 「……ちぃっ」

 

 

 レイセン達はそれぞれの認識から、すぐさま俺の封殺を狙ってきた。

流石に俺が行おうとしている事を正確に見抜いた訳ではないと思うが。射命丸とのやり取りから、俺が何か致命的な事を、ある程度の準備時間を置いて発動しようとしているとは察知されてしまったようだ。

……口に出して指示しているのだから、ある意味当然でも有る。予め魔力か何かでパスを繋いでおいて念話、と言うのが結果論的な理想手段だが、今更後悔しても遅い。そんな事を悠長にやっている余裕も無かったと言えばそうでも有るし。

 

 軽く見る限り射命丸はレイセンよりも力量が上なようで、本来であれば戦闘をしながら俺への援護を行えるだけの余裕も有っただろう。

しかし、八意の存在がその仮定を無意味な物とする。あくまで対処はレイセンに任せるらしく射命丸へは牽制程度の攻撃しかしていないが、それが厄介に過ぎる。

 

 

 「っ、田澤さん!」

 

 

 八意の放つ矢は、俺への援護に動こうとする射命丸を最低限の威力で封じ込める。

狙いを付けているようには見えない自然体で、強行突破を試みれば急所に被弾する軌道の矢を射ってくるのだ。……その気になれば急所狙いを徹底できると言わんばかりのその行動に、射命丸は焦燥と怒りの入り混じった表情を見せる。

 

 

 「……作戦変更だ! 射命丸、君はレイセンに集中しろ! 俺は俺で何とか持ち堪える!」

 

 

 とは言った物の、これではジリ貧どころの話ではない。今の俺には、アンチスペルによる一撃必殺に頼らなければ勝ち目が皆無と言えるほど余裕が無い。

逆に情報の収集さえ済んでしまえば文字通りの瞬殺も可能なのだが、射命丸がそれまでの時間稼ぎを一手に引き受けてくれない限り悠長に『叡智の王国』を開いてなどいられない。……まあ、もし射命丸の動きが封じられていなかったとしても、八意が本気で攻撃してくれば即殺される可能性が濃厚だが。

 

 

 「私はまだ交渉をしたいと思っているのだけど、田澤さんの方は譲れないみたいね」

 

 「……先程も言ったが、俺の要求する必須条件はこの忌々しい術を今すぐに解除する事だ。それが為されないのなら、交渉の余地は無い!」

 

 

 現在俺の方が立場的に不利なので、上位者側の交渉要求を蹴る事はかなりナンセンスだ。だが、これに関しては譲る譲れない、で語れるレベルではない。

 

 

 「私の術が貴方に不利益を与えているらしい事は承知した。でも、姫を守る為にこの術を解く訳にはいかず、田澤さんを優先する理由も無い」

 

 「……ほら、結局は相容れないだろう? 互いに交渉の余地は無いのさ」

 

 

 この状況、普段ならば話を長引かせて何とか時間稼ぎを試みただろうが……相手が悪い。射命丸をこれ見よがしに足止めしている事と言い、下手に策を弄じればあっという間に潰されかねない。

精神的に余裕が有り、かつ悪魔や魔法の力も十全に扱えるコンディションでなら八意にも口八丁で相対出来たかもしれないが、無い物ねだりをしても仕方が無い。開き直って直接勝負に持ち込み、戦闘中の接触で何とかアンチスペル発動までこぎ着けるしかない。

 

 

 「……貴方との再会は、もう少し楽しい物になると思っていたのだけど」

 

 「俺も、そうなる事を望んでいたのだがな!」

 

 

 これ以上は本当に時間の余裕が無い。出し惜しみなど出来ないので、自身の魔力使用も解禁し全力で攻撃魔法を運用する。

時間や空間操作に直接関わる魔法であれば流石に自殺行為となるが、限界まで残り三十分以下と迫った今、それ以外の魔法であれば最早使おうと使わまいと大差ない。むしろ、ここまで来ると魔力を温存する意味が無い。

 

 これまでは魔法発動の為の媒体としていたマジックアイテムを、自身の魔法へのブーストとして使用。

単体でも俺の下級魔法くらいは容易に賄えた魔力を一気に注ぎ込み、更にこれまで消費を忌避してきた自身の魔力も加え、いつぞやの宴会で披露した規模の属性魔法連撃を叩き込む。

 

 

 「古代の力のコピー……を模した、オリジナル? 随分と回りくどい事をするのね、形而上のまま運用する事も貴方なら可能でしょうに」

 

 「……っ」

 

 

 八意が何に対してどのような理解をしたのか、呟いた言葉からだけでは判別し難いが。少なくとも彼女なりに俺の魔法がかなり効率の悪い事をしていると見抜いたらしい。

……まるで普段の俺が幻想郷の魔法使い達へそうしているように、だ。しかも彼女の場合、おそらく魔法は本業どころか知識の一分野と言ったくらいでしか無いように思えるのだが……

 

 八意は迫りくる四大元素の暴威に相対しながら、その平静極まりない貌を崩さない。

彼女は徐に取り出した矢を弓に番え、それらに自らの魔力を付与し、恐らくは呪言か何かの類であろう文句を発する。

 

 

 「幾千幾万の光の系譜、転生輪転の果てに無限遠を垣間見よ」

 

 

 そうして弓から放たれた矢は、八意の真の攻撃を誘発する儀礼的な物でしかなかった。

矢に込められた魔力は一条の光線となり……すぐさま二つに分岐、これを繰り返して数瞬で視界を覆い尽くさんばかりの超広範囲制圧射撃となる。

 

 

 「ぐ、涼しい顔で……!」

 

 

 燃え盛る炎も、湧き上がる水も、荒れ狂う風も、圧し潰す土も、一切合切を引き裂いていく光の帯。

伊吹の時のように物量差に負けて拮抗の後に圧し負けるのではなく、そもそも最初から威力が桁違いな為に敵わないと言うどうしようもない結果だ。

 

 しかし、戦闘者としての俺の本領は単なる魔法砲台ではない。陰険に策略を組み立て、他者の力を発揮させず潰し、最小の力で以て仕留める事こそが最も得意とする戦術である。

矢避けのルーンを脳内に構築し、俺その物を護符として利用。あまりに派手な為に意図せずして目晦ましになっている八意の攻撃に紛れて後ろからの奇襲をかける。

 

 

 「……驚いたわね。さっきのお遊びではともかく、今は隙間を設けていない筈なんだけど」

 

 

 が、八意は奇襲の可能性も十分に警戒していたようで、俺の斬撃に対して僅かな遅れを見せつつも反応。

抜き出した矢を使い捨ての簡易な片手棒として扱い、それを代償として俺の攻撃を凌いでしまった。……驚くのはこっちの方だ。込み上げる焦りを何とか皮肉に変え、挑発として表に出す。

 

 

 「矢を咄嗟に杖術で扱えるとは、見た目に似合わず泥臭い手段にも長けているようだな」

 

 「褒め言葉として受け取るわ、田澤さん。でも、上からの目線で評する余裕が今の貴方に有るのかしら?

  ……無いけれど、私の平静を崩し、そして策の結実までの時間を稼ぐ為にはそれを装う事が必要なのよね」

 

 

 ……薄々分かってはいたが、やはりこうして策を完膚無きまでに見抜かれると辛い物が有る。単純に戦術上の有利が消えるだけでなく、精神的なペースでさえも向こうに握られてしまう。

 

 

 「協力してくれないと言うのなら、それでも構わないけど。貴方に時間は与えない、朝まで眠っていてもらうわ」

 

 「……ふん。最悪の場合は、君に鎮魂歌でも所望しようか」

 

 

 果たしてその頃に、『俺』に静まる魂が有るのかどうかは疑問だが。どちらにしても、最期まで足掻かせてもらう。

今の俺ではどうあっても八意相手に正面から勝負を仕掛けて勝てる見込みは無い。唯一の例外はアンチスペルによる攻撃だが、情報の収集が遅々として進まない。情報量が他の誰よりも膨大な上に、そもそも収集自体が落ち着いて行えない。

つまり直接戦闘による状況打開は度外視しなくてはならない。こうなれば、時間的にもコンディション的にも、残された手段は限られるのも事実。……あまり好きなやり方ではないが、仕方が無い。どうせ先程レイセンにもやってしまった事だ。

 

 

 「我が王国にまつろわされし怪異ども、八意××を屈服させろ!」

 

 

 召喚魔法として発動出来ればそれが最善だったが、実体化させる際には『扉』を開かなくてはならず、空間魔法に制限のかかっている今の俺にとっては実質的に使用不可。

故に多少威力が落ちるのは承知の上で、悪魔達の能力を俺の魔法として発動する。口に出したのは曖昧な文言だが、発動候補の悪魔達は選別してある。いずれも精神干渉や記憶操作、人格改造などの非戦闘的かつ成功すれば目的達成まで直結する能力の者どもだ。

 

 

 「……。祓戸の大神等 諸諸の禍事 穢有らむをば祓へ給ひ清め給へ」

 

 「なっ……!?」

 

 

 八意が硬直したのを見るに、効果が発揮されなかった訳ではない。俺の方も、一瞬だけ八意の精神とリンクする感覚は覚えた。

だが彼女は如何な精神構造によってか十数柱にも及ぶ悪魔の精神干渉から自我を護り切り、祓詞の応用で自らの内面に生じた不自然な精神の動き……『穢れ』を祓いきってしまう。

 

 

 「穢れを超越した身で、数多の穢れを従える。そしてその心に広がる無数の異空の海……やはり、貴方は『宙』からの」

 

 「くそがっ、余計な事に智慧が回る……!」

 

 

 一瞬繋がった精神リンクが悪手となってしまったか、八意の方も一連の攻防で『俺』の情報の決して浅くない部分を掠め取っていったらしい。

『俺』の……『我等』に関する正体に気付いたにしては動揺が薄い為、『禁忌の叡智』の領域にまで触れた訳ではないようだが。決して許容は出来ない範囲まで、俺が『この世界』の住人では無い事にまで……!

 

 

 「田澤さんが本調子であれば、私も本当の全力で以て当たらなくてはならなかったでしょう。

  ですので、この機会は逃さない。姫を護る為、貴方にはここで果ててもらう。……本当に、残念だわ」

 

 

 気付かれてはならない事に気付かれた動揺と、遂に仮初の安定すら保てなくなった『俺』の自我が混ざり合い、冷静さが完全に崩れる。

縋っていた『田澤昴』の仮面と、『我等』の本性が急速に顔を覗かせ始め、世界に対する害毒たる狂気が眼前の障害に対して激しい憎悪を呼ぶ。

 

 

 「たかだか数十億の歴史を驕る小娘が……! 彼の願いは未だ途上、ここで潰える事など許されじかし!」

 

 

 もはや『俺』に主導権は無い。氷が解けゆくように雲散していく意識の中、どれだけ叫ぼうと我が体は『田澤昴』と『我等』の意思に従って不可逆の破滅を招かんとする。

 

 

 「果てるのは我ではなく貴様だ! 我等が王国に繋がれ、永劫の墓標としてその身を晒せ!」

 

 

 『俺』の悪足掻きたる妨害も苦にせず、『我等』は八意の背後に蒼き空間の裂け目を穿つ。……空間操作が行われた為、『俺』の意識は更に加速して融け出していく。

これならば、一か八かで、時間を動かした方が、まだマシだろうに。

『田澤昴』の、怪異に対する憎悪が主導的なのか、八意を打倒する選択肢に引きずられてしまっている。

そして、これは。駄目だ。アンチスペルよりも、取返しが付かない!

 

 

 「永劫の墓標……異空間への接続! 私を孤立系へと放逐するつもりね……!」

 

 「鍵を持たぬ貴様には門は開かず! 導く『我等』無くしてはおぼめく幽冥のものどもに融け往くのみ! その後に貴様の名を刻ませてもらおう!」

 

 

 単純にして窮極の、最悪の『攻撃』。

対象を『扉』の奥の異空間へと飛ばし、その後は閉じて放置。

『我等』の赦しが無ければ出入りの出来ない地で有るが故に、対象は永劫の牢獄に追放されるも、同然。

 

 『我等』は、その手を八意へと翳す。あらゆる原理を凌辱する異界の冒涜的な法則が、対抗を許さない不可思議な圧力となって、唾棄すべき触手めいたその腕を伸ばす。

 

 

 「……私を排除したところで、地上の密室は破られない」

 

 「何を訳の分からぬ事を。忌々しきこの術を構成する要素の一切合切を駆逐し尽してくれるわ」

 

 

 止めろと願う俺の叫びを、他ならぬ俺自身が夢か幻のように感じながら。八意の姿は『扉』の奥の異空へと飲みこまれ、そして消えた。

 

 

 「そ、そんなっ!? し、師匠っ!」

 

 「我等が時の秘奥に触れた愚かな怪異に然るべき裁きを下したまでの事。……あやつの智識は、放置しておくには些か危険に過ぎる物でも有った故」

 

 

 ウサギの叫びに返す。我等の化身を脅かす程の時間操作に加え、化身と同格、もしくは状況次第で上回り得る能力。一つの宇宙の創生と終焉に等しい時を与えれば我等の位階にすら到達しかねないあの存在は、早々に芽を摘まなくてはならない。

 

 ……もう、内面も『我等』に、そして『田澤昴』の憎悪に染まりつつあるか。果たして『俺』は本当に人として行動していた事が有るのか、それさえも確信が持てない。人間としての人格を構成する 最後の仮面が、その残滓が、消えていってしまう。

彼の、想いが。彼の、最期の願いが。『俺』の、これまでの旅が。こんなにも呆気無く、唐突に終わりを迎えてしまうのか。全てを泡沫の夢と諦めるには、あまりにも未練が有り過ぎた。語らいたい者が居た。やってみたい事が有った。知らなくてはならない何かが残されていた。……もっと、深く接したかった、共にまだ見ぬ明日を旅したかった、彼女が。

 

 

 「ぬ……?」

 

 

 何かが変わる気配を感じた。我にのみ感じ取れたと言う類ではなく、鴉と兎も阿呆面を晒して周囲を見回す。そして、次の瞬間。

 

 

 「がっ、ぐ、ああaaaaa'aaaa!?」

 

 

 眠っていた時の流れが、急速に動き出す。忌々しき永遠に縛られていた夜が、その戒めから解き放たれて尋常なる領域へと回帰してゆく。

 

 

 「これは、姫様の力……! 紛い物の永遠は、あいつらの仕業だったのね!」

 

 「aaaaaaaa'NGaaaaaaaaaaa,gaaaa、ぐ、うっ、な、に……?」

 

 

 紛い物? あいつら? 落ち着いて考える余裕はないが、異常な時の流れが是正されていくのは分かる。

そして、『我等』は異常な時の流れに励起されて化身より……『俺』の奥底より浮上した。時が正常な運行に戻り始め、脅威と見定めた八意も消し去った今、これ以上顕現し続ける必要性を感じなかったらしい。

 

 

 「ぐ、ああっ!」

 

 「た、田澤さん!? ……ああもう、一体何が起こっているの!?」

 

 

 再び引き起こされた、永遠を打ち崩す力の波。それに打ち祓われた訳でも有るまいが、頃合と見たのか『我等』は自らの意思で『俺』の奥底へと再び沈んでいく。

 

 

 「だ、が……足りん! こ、これでは……!」

 

 

 そう、『俺』にとっての問題はまだ解決していない。

第一に、『我等』からこれ以上の侵蝕を受けないとは言え融け出した『俺』の人格は何も修復されていない事。

第二に、『田澤昴』の憎悪と言う、ある意味では『我等』よりも性質の悪い意識が変わらず残されている事だ……!

 

 

 「だ……ダンタリオン! 『ダンタリオン』ッ!」

 

 

 僅かに戻ってきた意識の主導権へと必死にしがみ付き、何とか『田澤昴』の憎悪を逸らすべく悪魔の力で小細工を弄じる。

先程の焼き増しだが、これ以上に効果的な手段は無い。いや、これ以外に取れる手が無いと言うのが正しいか。彼の怪異に対する憎悪は最早アイデンティティの根幹とも言うべき物で、それその物を操作する事は危険極まりない。故にその憎悪の上辺、怪異を怪異と認識する段階で誤認させ、無理矢理人間への強迫観念を喚起させる。

……しかし、それでも、まだ足りない!

 

 

 「お、れが……消えては、いみが、ない!」

 

 

 『田澤昴』の憎悪の矛先を逸らす事には何とか成功。とは言えそれは問題の内の一つを先延ばしにしただけで、『俺』の人格を取り巻く状況は何も好転していない。

『不吉な放浪者』たる彼を解き放つ事は許されない。いかにそれが『田澤昴』が辿り着いた最期の姿であったとしても、この世界に、幻想郷に災厄を齎したくはない。『俺』が彼を律するより他に無い!

 

 

 「く……う、うう」

 

 

 三度、停滞した夜を打破する力。レイセンの言葉を信じるならば、姫様……おそらくカグヤがこれをやってくれている事になる。

何故そんな状況になったのかまでは生憎見当が付かないが、少なくとも俺にとってはこの上ない支援と言える。これが無ければ、『俺』は今頃完全に消滅していただろうから。

 

 集中を続ける。『田澤昴』の暴走を全力で引き留めながら、散逸した『俺』の意思の回収を急ぐ。

『我等』の侵蝕が無くなった事により魔法行使には幾分余裕が出来たが、それでもコンディションは最悪に近い。現在『ダンタリオン』に配分している魔力が尽きれば、その時こそ全ての終わりだ。

 

 

 「な、何だか分からないけど……姫様の力で苦しんでるみたいね! 師匠の敵っ!」

 

 「や、やめてくれ……いま、だけは!」

 

 

 俺の葛藤など、他者には与り知らぬ事である。特にレイセンの場合、俺が八意を手に掛けたも同然なので、この機を逃さんとばかりに憎しみの籠った弾幕を放ってくる。

受けるしかない。受けて、それでも集中を続けるしかない。我が内界は酷く不安定な状態にあり、戦闘行動に移せる余裕は魔力的にも精神的にも皆無だ。醜く乞い、迫りくるその紅い弾丸を前にただ立ち尽くす。

 

 

 「止めますよ、それはっ!」

 

 「くっ……妖怪! 邪魔をするな!」

 

 「あややや、先程までは田澤さんとの戦闘を避けていたと言うのに随分と威勢が良くなって。 ……いや、正直、気持ちは分かりますけど」

 

 

 レイセンの攻撃は、間に割り込んできた射命丸の暴風によって防がれた。……彼女にも憎まれ役を負わせてしまっている。礼を言いたいが、今は一刻も早く『俺』を立て直す事が先決だ。

 

 

 「まつろわぬ昴……月の平穏をも脅かす邪神! 弱っている今を逃せば、もう次のチャンスはないのに!」

 

 「っ……色々と気になる台詞ですが……」

 

 「ともかく、あんたなんかに構っていられない……! 師匠の為にも、絶対に、昴を!」

 

 

 レイセンの叫びは射命丸に戸惑いを作り、そしてその怒りが限界を凌駕する力を生む。

パワーバランスが逆転し、レイセンの乱射する紅い弾丸は射命丸の暴風の盾を貫いてしまう。

 

 

 「しまった……! 田澤さん!」

 

 「……ぐ、おっ」

 

 

 レイセンの弾丸は盾を貫き、そして俺へと角度を変えて殺到。

俺のコートが防具として非常に優れているとは言え、魔力を全く流していない状態なのでその防御力は普段よりも格段に低い。レイセンの力が跳ね上がっている事も手伝い、かなりの衝撃が突き刺さる。

それでも、何も対応する事は出来ない。ここで防御や迎撃に魔力を回してしまっては、全てが水の泡だ。

 

 

 「よし、効いてる……! このまま押しきれば!」

 

 「私を無視するとは良い度胸ね、月の兎っ!」

 

 「っ…… あの邪神を庇うなんて、知らぬ事とは言え何て愚かな! それとも、地上人はこいつを崇拝でもしてるのかしら!」

 

 

 レイセンめ……さっきから知られたくない事ばかりをペラペラと。これでは例えこの場を乗りきっても、別の問題は避けられない。

……それにしても、ここまで邪神邪神と、そうまで評されるようなヘマをしてきただろうか。いや、八意を『扉』の奥に追放した所業については分かるのだが、『俺』の正体を邪神と評せる程に情報を得ているのは、片手で数えられるくらいの筈だ。

 

 

 「……よし、あと、もう少しで」

 

 

 四度めの時間干渉波が放たれ、遂に尋常なる時間の到来が目前に迫る。

時間の流れが元に戻れば戻る程、『俺』の主導権は強まる。未だに予断を許さない状態ではあるが、『俺』の人格を修復し、『田澤昴』を封印しなおす準備は着実に進んでいる。これならば、まだ……!

 

 

 「回復は許さない! ここで絶対に仕留める!」

 

 「こ、このっ……! まだ力を残していたなんて!」

 

 

 しかし、俺が希望を見いだせたのはその瞬間で終わりだった。

レイセンは『俺』が正気を取り戻そうとしている事に不都合な誤解をしているようで、俺の呟きに過剰反応。

ここを逃せば後が無い事を本能的に理解しているのか、対峙している射命丸が思わず焦りを口に出すほどの文字通りの全力で以て最後の妨害を試みてくる。

 

 

 「幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)!」

 

 

 レイセンがその瞳を紅く、眩く輝かせ、解き放った弾幕。おそらく元々はスペルカードであったのだろうそれは、純然たる殺意に溢れた回避不能の攻撃だった。

全方位に多種多様な無数の魔弾をばら撒き、その軌道は僅かな逃げ道も用意してはいない。更に俺にとって何の当て付けと言うのか、狂気を誘発する波長までも同時に発生させているようで、ここまでは何とか順調だった『田澤昴』の封印作業が急におぼつかなくなる。

 

 

 「……これは、覚悟した方が良いのやもしれぬな」

 

 

 弾幕に関しては、射命丸が完全に対処できないと言う事は無いだろう。しかし真に脅威となる狂気の波長は、彼女の手に負えない物だ。

レイセンが自らの後先も考えずに放ったこの攻撃は、時間異常と同等の『俺』に対する致命的な毒。……いわば、『俺』へのアンチスペルと言った所か。

 

 

 「ぐ、ぐ、ぐ……」

 

 

 これを無視する訳にはいかず、修復作業を中断して心理防壁を築く。

そうなれば当然襲い来る狂気の波長を防ぐ事で手一杯となり、徒に魔力が消費されていく。『ダンタリオン』に配分する魔力が生命線である以上、それが尽きぬ内に修復を終わらせなければならないのに。

 

 

 「あや、や……頭が、くらくら、と」

 

 「終わったら戻してあげるから、今はそこで狂っている事ね」

 

 

 そして、最悪のタイミングで。防御を引き受けてくれていた射命丸が、遂に陥落してしまった。

彼女も狂気の波長にあてられ、あらぬ方向へと無意味に突風を巻き起こし続けるだけの人形へと堕ちてしまう。

 

 

 「まつろわぬ昴! 師匠の仇を取らせてもらうわ!」

 

 「……」

 

 

 魔法を使って、弾幕を迎撃する事は出来る。しかしそれは魔力を著しく消費する行為であり、心理防壁や『ダンタリオン』への魔力配分が尽きた瞬間に『田澤昴』の憎悪は『俺』を再び飲みこんでしまうだろう。

かと言って、素直に受ければ更にどうしようもない。スペルカードルールに則った、ある程度の安全は保障されている『遊びを入れた』攻撃ではないのだ。身体強化を行えていない今の俺がこの無数の魔弾に呑み込まれれば、幾らコートが有るとはいえただの肉片になってしまう事は明らかだ。

 

 迫る魔弾を見て、狂う射命丸を見て、怒りに染まったレイセンを見て。最後に俺が見る光景が、最期に俺の見た幻想郷がこんな救いようのない物である事に、涙が溢れる。

もう、見たくはない。瞳を閉じ、せめて『俺』として死を迎えるべく、全ての魔力を戦闘行動を度外視して運用。心理防壁と『ダンタリオン』に文字通り残り全ての魔力を注ぎ込み、僅か数瞬ほどではある物の常の『俺』を急ごしらえで再構築する。

 

 

 「……さようなら」

 

 

 呟いた言葉は、誰へも届く事はなく。無数の弾幕の下、無意味に掻き消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はず、だった。

 

 

 「『パゼストバイフェニックス』!」

 

 

 夜の黒を引き裂き、美しく、温かく輝く炎が吹き上がり俺を包み込んだ。

何も対策せずに火に包まれたと言うのに、苦痛は少しも無い。それどころか、凍えきった肉体が陽光に照らされたかのように、そこはかとない安堵感と不思議な心地よささえ覚える。……いや、これは錯覚ではない。『誰か』が狂気の波長を共に受けてくれているかのように、心理防壁にかかる負担が大きく減少している!

 

 俺の背には、いつの間にか力強く燃え立つ火の鳥の翼が展開されていた。

翼がはためくと爆風が巻き起こり、レイセンの弾幕の悉くを撃墜。この炎の力、いや、何より、炎から感じる魂は!

 

 

 「何を勝手に諦めちゃってるのさ。居なくなるなんて、許さないよ」

 

 

 声が、響く。心に直接届くその快活な声に、万感の思いが込み上げてくる。

俺に宿った炎。憑依してきた魂。それは俺が、言葉を届けたかった……最後に一目でも会いたいとさえ願った、『愛しき』……!

 

 

 「田澤が辛いなら、私は苦痛を分かち合いたい。私だって、田澤を助けられるんだ」

 

 

 魂が同居している今なら、瞳に映らずともその存在を間近に感じ取れる。

煌めく銀の長髪をひらめかせ、凛とした赤い眼で前を見据える、命の炎を従えた不滅の少女!

 

 

 「ありがとう……! 力を貸してくれ、妹紅!」

 

 「……へへっ、勿論。田澤が初めてその重荷を任せてくれたんだ、こんなに嬉しい事はないよ!」

 

 

 バケモノと評していた『田澤昴』すら、息を飲んだ気がした。

俺を『見て』、笑う妹紅。その姿はまるで……女神と見まがうほど、可憐で美しい物だった。

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