旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、制止した夜に禁忌の片鱗を語る

 傍らに妹紅が立っている。俺の重荷を共に背負ってくれている。たったそれだけの事が、酷く嬉しい。

『俺』の奥底から込み上げてくる感情が、先程まで心に立ち込めていた絶望と言う暗雲を振り払っていく。

 

 

 「今なら行ける。未だに体は本調子ではないし、魔力も殆ど戦闘には使えないが……俺と、妹紅の二人なら!」

 

 「二度も、嬉しい事を言ってくれるね! 田澤の体、少し預かるよ!」

 

 

 俺の言葉に笑みを浮かべた妹紅がそう言うなり、再び背後の翼が爆炎を巻き起こす。

俺の意思に依らず……と言うより、完全に妹紅の制御で運用されているらしい。媒体こそ俺の肉体だが、この炎を操っているのは内なる妹紅の魂だ。

しかし攻撃において俺が全く意味を成していないかと言えば、そうでもなく。俺の存在そのものが呪術への付加要素と働き、爆炎はレイセンの弾幕を不気味に呑み込む不可思議な挙動を取る。

 

 

 「ちょっと、こ、この炎って……!? な、なんで貴女がそいつに協力を!?」

 

 「悪いねウドンゲ。田澤とは輝夜の奴にも劣らない浅からぬ縁が有って、倒させる訳にはいかないもんで」

 

 「そいつの正体を知っていてそんな事をしてるんですか!? 師匠も、そいつに消されて!」

 

 「……永琳が? それは確かに気になるが、田澤が考えも無くそんな事をする筈はない。あ、ちなみに『まつろわぬ悪神』ってのは石長姫から直接聞かされてるよ」

 

 「そ、そんなあ……ひえええっ」

 

 

 妹紅はここまでほぼ万全に近い状態で辿り着いたようで、度重なる激戦で消耗していた俺達とは攻撃の出力が桁違いである。

加えて二人は知り合いらしく、その上レイセンは何故か妹紅に対して委縮している様子。俺や射命丸に攻撃するのとは勝手が違うのか、見る見る内に攻撃の密度が薄まっていく。

……月でも見た、レイセンの臆病な方の面か。いざ戦闘になれば幾らでも凛と振る舞えるのは先程から嫌と言うほど思い知ったが、それでも精神的に弱気な部分は完全に解消されている訳ではないらしい。

 

 

 「月を弄ったのはお前らだろ、それについての報いは受けてもらう。まあ安心しな、輝夜の奴が時間の方の異変は解決してる最中みたいだし、知り合いのよしみで手心は加えてやるよ」

 

 「今しか、まつろわぬ昴を倒すチャンスは無かったのにぃ!」

 

 

 妹紅の巻き起こす爆炎が、遂にレイセンを打ち据える。それと間を合わせたかのように最後の時間干渉波が放たれ、時間は完全に正常なる運行へと戻った。

 

 

 「今度こそ、このタイミングは逃さん……!」

 

 

 すぐさま俺も精神を修復する作業に戻る。

『俺』の人格を再構築し、『田澤昴』の残留思念を奥底へと深く深く封印。『我等』や『田澤昴』による狂気の影響を排除し、急ごしらえではない普段の『俺』を取り戻す。

……何度も精神侵蝕を経験し、二度も消滅を覚悟させられながらも、何とかここまで辿り着く事が出来た。正に満身創痍の末に勝ち取った……縋りつけた、勝利である。

 

 

 「……実に……長い。二度と経験したくない夜だった……」

 

 「何だか分からないけど、お疲れさま。……ウドンゲも色々気になる事言ってたし、説明してくれるよね?」

 

 「う、うむ。説明は、するが」

 

 

 『俺』を何とか取り戻し、忌々しい時間異常も掻き消えた。そうなると、何よりも優先してやらなければならない事が有る。

 

 

 「八意を、連れ帰らなければ……」

 

 

 『我等』と『田澤昴』がその思惑と憎悪の果てに異空へと追放した、八意××。

それこそ取返しの付かない事のなる前に、彼女を一刻も早くこちらの世界に連れ戻さなくてはならない。

 

 疲労困憊の体に鞭打ち、『扉』を開く。もう魔力は意識を維持する最低水準くらいしか残っていないのだが、一方通行になろうが仕方ない。

『扉』の奥の異空間では、ある程度は魔力に頼らずとも行動が出来るし……最悪でも、何とか八意を助け出した後に睡眠を取って魔力回復でもしてくればよいのだ。

 

 と、そこでレイセンから掠れ切った声が上がる。動くのも精一杯と言った風体であるが、よくも気力が持つものだ。

 

 

 「ま、待ちなさい……師匠を、どうする、つもり!?」

 

 「……この際、君にも事情を説明した方が良いだろうな」

 

 

 あまり事情を知る者は居て欲しくないのだが、レイセンの場合このまま放置しておく方が要らぬ厄介事を引き寄せてくれそうである。

……そして、説明するのであれば一回で全てを終わらせた方が良いだろう。射命丸も、連れて行った方が後の面倒が無くていい。口約束では有るが、あとで説明するとは言ってしまったし。

 

 

 「射命丸……あの天狗を正気に戻してやってくれ。そうしてくれたら、八意も責任を持って救い出すし、君にも俺と言う『悪神』の事を説明しよう」

 

 「あんたがそれを実行するっていう、保証が無いわ」

 

 「保証が無いのは確かだが、協力しなくては実行する可能性が皆無と言う事で妥協してもらうしかないな。

  どちらにせよ君がそうしてくれなくては、俺は君達にとって利益となる行動を取るつもりは無いぞ。それとも、君のほんの少しの溜飲を下ろす為に、師匠の帰還を台無しにするかい?」

 

 「……実質、拒否権は無いって事ね」

 

 

 本来ならわざわざこんな取引紛いの事をせずに連れて行っても良かったのだが、そのような『善意』は逆にレイセンの警戒を招きかねない。

考え過ぎな対応では有るだろうが、こう言う形にして『レイセンが自発的に選んだ』と言う形をでっち上げる方がやや安全だろう。……半ば以上強制して、何が自発的だと言う向きも有るだろうが、これで中々『選ばせる』と言うのは心理的に馬鹿にならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここは……田澤の、異空間の中の城?」

 

 「な、成程。外側から少し覗かせてもらった事は有りましたが、実際に入るとこんな感じなんですね」

 

 

 正気を取り戻した射命丸にレイセンを背負ってもらい、俺達は『扉』の中の異空間に足を踏み入れた。

この場に完全に足を踏み入れ、そしてその上で周囲の光景を確認したのは彼女達が初めての筈だ。……月から逃がす時、八雲達はこの空間を経由したのだから見ている可能性は有るか。

 

 

 「随分と……瓦礫だらけの廃墟ね、あんたみたいな悪神には、丁度良い光景なんじゃないの」

 

 「……ウドンゲ、お前さっきから何でそんな田澤に悪態ついてばっかりなんだ」

 

 「あれ? そう言えば妹紅さん、いつの間にか田澤さんから離れてますね……」

 

 

 レイセン、妹紅、射命丸。各々が思い思いに言葉をもらし、勝手に会話する。このような声がこの地に響くのは、果たして幾星霜ぶりか。

 

 

 「んん? わ、ほんとだ。ついさっきまで、あの空間の裂け目を潜るまでは田澤に憑いてたのに」

 

 「……それは大した事じゃない。今は八意を迎えに行く事が先決だ」

 

 「大したって……いや、確かにそこまで気になる訳じゃないけどさ」

 

 

 ……この空間は『俺』の内界でもある故に、憑依していた妹紅はあくまで別個体として分離される。

肉体ではなく心や魂、もっと詳しく言えば『情報』そのものがここでは実体として行動する事になるのだ。無駄な不安を煽るだろうから言わないが、ある意味この『扉』を境にして体と言う物質は情報そのものへと変換されている事になる。

 

 

 「……結局、なんで田澤があんな死にそうになるくらい戦ってたの? 軽くで良いから最初に教えてくれよ」

 

 「今回の時間の異変が、俺の『存在』を脅かした。迫る消滅の危機を回避するため、必死に戦ったと言う事だ。……更に詳しい説明は、八意も揃ってからだな」

 

 

 妹紅の疑問はもっともであるが、ここで詳細に説明すると二度手間になる。今は、状況を理解するための最低限度の情報を与えるに留める。

 

 『我等』と『田澤昴』が八意を追放した場所は、この瓦礫の城の世界をも飛び越えた、更なる異空。

『俺』に与えられた、我が主権の及ぶ範囲。瓦礫の城、叡智の王国。その領域すら超越した、『第一の門』へと繋がる最果の時空である。

……とは言え、『俺』が『俺』を取り戻したその瞬間から、八意はその時空より我が王国へと呼び戻している。ひとまず、この世界は尋常なる生命種にとっても有害足り得ない場所だ。一応の安全は確保されている。

 

 

 「この場所って、田澤さんの……仙界みたいな物なのでしょうか。話を聞いてる限り、どうにも仙人や魔法使いと言う自称すら怪しいんですけれど……」

 

 「仙術によって作られた物ではない、と言う単純にして最も大きい問題を除けば、仙界と考えても機能的には差し支えない。この世界は、俺の手足の如く支配された王国だ」

 

 

 ……これは、厳密には嘘だ。自由に、思い通りに動かせるのは、あくまで『我等が主』によって賜与された権威の範囲に於いてのみ。

もし完全に俺の意思によって改変される世界なら、まず最初にこの瓦礫の山をどうにかしている。まあ出来たとしても、『田澤昴』の罪の記憶として、完全には消し去るつもりも無いのだが。

 

 ともかく、八意の居場所を俺達の近くに設定するくらいは何の苦にもならない作業である。特に動作もなく、軽く頭に思い描くだけで場所の概念は崩壊を起こし、八意は俺達の近くに現れる。いや、『そもそも近くに居た』事になったのだ。

 

 

 「……あら。思ったよりも、早かったのね」

 

 「し、師匠! ご無事ですかっ!?」

 

 「何とかね。後数万年あの外宇宙に放逐されたままだったら、流石に危なかったかしら」

 

 「が、外宇宙……?」

 

 

 八意は、積みあがった瓦礫の山の一つに腰かけて城を物憂げに見上げていた。

周囲に接近した俺達の気配に気づき、彼女はゆっくりと瓦礫の山から降りてくる。……少なくとも、見た目には目立った負傷は無さそうだ。

 

 

 「ええ、異様な星の大海で頭の痛くなる外見の何かを屠り続けていたわ。あの単調な作業を続けていたら、退屈で精神がどうにかなっちゃいそうね」

 

 

 正直、放逐した異空も、そこで八意を襲ったであろう者共も、普通は『異様な』『頭の痛くなる』程度で形容できる概念では無いのだが。

まさか都合の良い事に全ての事象について理解に失敗したと言う訳も無いだろうし、無数の智識と強靭な理性によって可能な限り禁忌の叡智を濾過して認識したと言う所だろう。……口で言うのは容易いが、実にとんでもない事である。

 

 

 「途中から急にこの瓦礫の広がる世界に転移させられて、事態が変わったのだろうと落ち着いていたけど。

  田澤さんの様子、そしてウドンゲのその醜態から見るに……私達は勝負に負けたけど、試合には勝ったと言う所ね。まあ、上出来じゃないかしら」

 

 「う、醜態って……これでもこいつは追い詰めたんですよぉ。妹紅さんの要らぬ横やりが無ければ、今頃は倒せていたのに」

 

 「そうなると、私は今もあの場所で肉体労働に励んでいた事になるわね。ウドンゲ、これは田澤さんの介入が起こった中で、最良とは言えずともベターな展開なのよ」

 

 

 ……八意達の真の狙いが未だ掴めていないので、果たしてどういう経緯で会話が成立しているのか分からない。

とは言え、どう転んでもまずは俺の方が謝らなければならないだろう。時間の異変については俺としても言いたい事が山ほど有るが、人をあの最果の異空に放逐した所業……絶対に、許される事では無い。

 

 

 「八意。済まなかった」

 

 「頭を下げられる理由が……思いつかない訳ではないけど、特に気にしてはいないわ。私も、可能性として覚悟はしていた事だし。『理解して』いるわ」

 

 「……恩に着る」

 

 

 ……頭の良い人は、話も早すぎて困る。こう言いきられてしまっては俺の方が食い下がるのもおかしな話だ。言外に込められた意図は理解した、と言う視線で返しながらひとまず退く。

 

 

 「それでは、本題に入ろう。『俺』の事情の説明だ。だがその前に……何故、君達が今回の『異変』を起こしたのか。それを教えてはくれないか」

 

 

 先に済ませておくべき用件は終わったので、いよいよ本題に入る。しかし、向こうの事情も聞いて情報交換しなければ、互いに不都合が出るだろう。

一刻も争うと言う緊急事態からは抜け出したので、これ以上認識の不一致が有る状態でやり取りを続けるのは非効率的でしかない。

 

 

 「……師匠?」

 

 「私から説明させてもらうわ。まず、少し気になっている事が有るのだけど……田澤さん、貴方は今回私達が起こした『異変』を、異常な時間の展開と認識していないかしら?」

 

 「うむ。俺は君達があの忌々しき停滞した夜を生み出した元凶と判断して、踏み込んだ訳だが」

 

 「……先に言うと、それは勘違いよ。確かにその現象は私達も認識していたけど、私達が起こした『異変』はそれではない」

 

 「……何だと」

 

 

 八意が嘘を言っているようには見えず、その場限りの誤魔化しとは到底思えない。

すると当然、俺は見当違いの怒りをぶつけ、挙句『俺』の仮面の崩壊と共に生じる暴走を無関係の者達に押し付けたと言う事になる訳で……

 

 

 「話の腰を折る事になるが、もう一度言わせてもらう。……本当に申し訳ない事をした、君には出来る限りの力を貸す事を誓おう」

 

 「……気持ちは分かるし、一応受け取っておくわね。では話に戻るけど……私が今回使った術は天文密葬の法。地上と月の経路を切り、地上を大きな密室にすると言うものよ」

 

 「地上と月の? 物理的要因による外界式の宇宙利用に影響が出てはいないようだし……そうか、月の都による接触の排除が目的か」

 

 「相変わらず、田澤さんは話が早くて助かるわ。姫……輝夜を月に連れ帰らせないための、ひいては私達が月の干渉を振り切るための方策ね」

 

 

 俺達の情報交換は実にスムーズに進む。今回の異変において、八意達が起こした事象は月と地上を繋ぐ幻想側の経路を遮断すると言う物だったようだ。

月の都の技術ならば、物理的な手段でも地上に降り立つ事は容易なのだろうが……幻想側の経路に干渉できなくなれば、少なくとも幻想郷に立ち入る事は出来なくなる。幾ら降りてきた所で、骨折り損のくたびれ儲けになる訳だ。……うん?

 

 

 「……八意。俺の方も、今のを聞いて君達の認識について聞きたい事が出来たんだが。

  君は幻想郷を覆う二つの結界、その効力と及ぶ範囲について、どこまでの情報を得ている?」

 

 「二つの結界……正直な所、田澤さんに比べたら何も知らないと言っていいでしょうね」

 

 「うむ、そうだろうな……八意、君が天文密葬法とやらで引き起こした現象は、既に博麗大結界に包括されている現象だ。

  『現実』と『幻想』の境界が分かたれ、その上更に『幻想郷』は一つの異界として成立している。君達はおそらく、博麗大結界が張られる前に竹林に隠れ潜む事になったのだろうが……今はもう、物理的にも概念的にも、幻想郷は外部から侵入出来る場所ではない」

 

 

 実は色々と例外も多かったりするのだが、今は敢えて言う事でもないだろう。

少なくとも、『地上の』幻想ではない時点で侵入の余地は非常に狭い。それでも尚月が介入を試みてくるなら、八雲が何がしかの対策を取る筈だ。

 

 

 「……どうやら、私達は誤解に誤解を重ねていたようね。互いに問題が有ると言う事で、手打ちにしましょう」

 

 「……うむ。残る問題は、時間を弄った愚か者が何処の何者か。まあ誤解も解けた事だし、これはひとまず置いておくか」

 

 

 俺と八意は互いに顔を見合わせ、ばつの悪い苦笑を浮かべる。

思い込みや認識不足、それらが積み重なって今回のような無駄な衝突が起こったのだと理解してしまったからだ。

残る問題、時間についての異変も気にはなるが、本題に入ると言ってからさっぱり事情を説明していないのでそれこそ体裁が悪い。

 

 

 「……さて。今度こそ、俺についてか」

 

 

 意識して、振る舞いを変える。

人間を名乗る旅人としてでもなく、遥かな知識を誇る大魔法使いとしてでもなく……とある概念の極点に立ち、一つには邪神とさえ語られた絶対存在として。

 

 

 「程度の差こそあれ、射命丸以外の全員はとりあえず認識しているようだが……俺は、神だ」

 

 

 口にすると実に滑稽だと、いっそ笑いさえ浮かんでしまいそうになりながらも、厳かに語る。

これは、俺にとって最大限に隠匿すべき事実だ。しかし、もはや隠し通す事こそ不利益になってしまうのであれば、仕方が無い。これは、果たすべき義理でもある。……禁忌の叡智に関わる分野については、また別の話だ。あれらは、『知らせてはならない』知識である。

 

 

 「……妹紅さんには田澤さんが直接伝えたと考えられますけど、月の二人が知っているのは何故ですか?」

 

 「とある一件でコノハナサクヤに見抜かれ、そこから天津神の連中には広まったようだ。レイセン、君が俺を『まつろわぬ』と呼べたのもその繋がりだろう」

 

 「それだけでは、無いけどね。あんた、依姫様を通じて天照大神様と対面しているでしょう? その時に違和感を感じたと、神託が有ったのよ」

 

 「……その時点で、か。ならばどの道、俺の本性が暴かれるのは時間の問題だったかもしれんな」

 

 

 確かにあの時、アマテラスとも対峙した訳だが。あの場で『我等』に由来する力は、せいぜい『扉』くらいのものだ。

確かにあれは空間を捻じ曲げる性質から警戒を招いても仕方ないとは思うが、流石に神の御業とまで見られるほどの物ではないように思える。

……いや、『扉』その物ではないか? 悪魔にも属性が傾いているとは言え正真正銘の神を『内界から』呼び出した、その事こそが追究の隙を招いたのかもしれない。

 

 

 「それで、悪神と言うのは……一体、どういう?」

 

 「天津神や月の連中、それらによる平定を拒んだ服従しない神だからさ。文字通り、『まつろわぬ』昴と言う訳だ。

  千年を生きた妖怪ならば知っている筈だ、射命丸。天津神が、高天原よりも外に輝く星々と倶に天を戴く訳がないと」

 

 「……まさか、貴方の名前の『昴』って」

 

 「ああ、そっちは特に深い意味はない。別に俺は六連星の神って訳じゃないし」

 

 「な、何でそこで微妙に外してるんですか!?」

 

 

 殆ど蚊帳の外であろう射命丸に詳しく説明する形を取りつつ、意図的に誤解を招くような表現を混ぜる。

『外から来た』と言うのは事実であるが……星々とは、真の意味で比喩表現でしかない。そして名前の由来に関しては、もはやあらゆる平行世界において存在可能性が零となった『田澤昴』の両親に聞くしかないだろう。つまり、永遠に謎と言う事だ。

 

 

 「ちょっと、待ちなさいよ。それだとあんたが単なる反抗的な神ってだけみたいじゃない。

  天照大神様が疑問を呈し……月の調査の結果、最終的な結論として辿り着いた『悪神』としての性質。荒魂と言うレベルを超えて人に仇成す側面が、確実に存在している筈よ」

 

 「……隠す気は無い、安心したまえ。少し、口にするのに心構えが必要と言うだけだ」

 

 

 レイセンがくってかかる。月人達がどの程度まで神としての俺を知っているのか判別し難いが、どうやら邪神と評するに足るだけの情報は手に入れているらしい。

……伝えるつもりは確かに有るが、面倒な事をしてくれたと言う感情はどうしても抑えきれない。邪神としての性質……『我等』の所業の一部。それを語るのは、人と交友を育みたい『俺』にとっては枷にしかならない。

 

 

 「……先程から、レイセンが散々言ってくれている通り。神としての俺は、全ての意思ある者に対して害毒となり得る。

  俺の力の根源は、世界を蝕む狂気。接触、いや、認識する事さえも禁忌の超越存在。この世界のありとあらゆる存在の連綿と紡がれた歴史、それら全てを『存在するだけで』無意味に凌辱し得る」

 

 「何だかスケールが大き過ぎて正直信じられないんですけど……結局、田澤さんはどのような力を持っているのです?」

 

 「時間と空間の支配。この宇宙の開闢原初、その遥かな以前より全てを見据えてきた事による無限の叡智。厳密には『俺』はその神の人間としての化身であり、それに相応しくあらゆる力を制限しているがね」

 

 

 遂に。俺は、自らの神としての性質を、明かす。

時間と空間と言う、世界を構築する概念そのもの。その運行を司り、支配する、文字通りの『神』。……更に詳しい事を言えば、『我等』はあくまでその『神』の侍従長と言う立場な訳だが。

 

 

 「時間、と、空間……? ですが、それは咲夜さんも行える事ですよね」

 

 「だから言っただろう、人間に相応しく力を制限していると。神としての権能を最大限に振るえば、全ての歴史を俺に都合よく書き換える事だって容易だ」

 

 

 ……事実、これは実行してしまった事だし。この世界は、既に『我等』によって改竄されている。

 

 

 「そ、そんな……! 貴方、何を言っているのか分かっているの!? もしそれが本当なら、自分は龍神様をも超えると言っているような物よ!」

 

 「……『俺』はともかく、『我等』……神としての俺なら、超えているだろうな」

 

 「そんな超越者が、たかだか幻想郷で起こった時間の異変で、潰れてしまうのですか?」

 

 「……ああ。そこが疑問だったのか。もしかして、君達は全員同じ事を思ったのかな?」

 

 

 射命丸が血の気の引いた顔で訴えてくる言葉に、一つ合点がいった。

確認のために皆の表情を見回すと、妹紅もレイセンもその奥に隠された意図こそ違えどほぼ同じ疑問を抱いた事が分かる。……八意は、そうでもないようだ。彼女は本当に、『禁忌の叡智』に関わる事以外は理解を終えているらしい。

 

 

 「『神』としての俺には、この異変は何の弊害も齎さない。精々が、何か起こったようだと興味を抱く程度だろう。

  だが、それこそが『人間』としての俺にとって致命的となる。俺は人間として生きる為に、本来持ち得る魔力の大半を使って神としての側面を封印している。だが、『神』としての俺が外に興味を持てば……その封印も、長く続くものではない」

 

 「……封印と言うのは、悪神としての自分を嫌っているから?」

 

 「少し、違うな。俺は『神』としての自らの一面を、嫌っている訳ではない。少々罰当たりだが、その力の一部を便利な道具として扱えるのは恵まれているとさえ思う。

  だが、俺は人間として生きたい。神として畏怖されず、崇められず。人間としてのこの意思を、人格を、保持し続けていたい。……一度『神』としての俺が完全に開放されてしまえば、今の俺のアイデンティティは全て消えてしまう」

 

 

 ある時顕現した『我等』の一化身が、『田澤昴』との契約により、彼を模して人間の人格を生み出した……『俺』はそう言う存在だ。

『我等』という存在が、人間として振る舞う為に作った仮面。その仮面はある程度の自由の元に持ち主を動かせる権利を得たが、もしも持ち主に捨てられてしまえばそれでお終い。

 

 

 「直接的な肉体の死と、神としての一面の解放、どちらかを選べと言われたら俺は喜んで死を選ぼう。それはある意味で、絶対存在ではない『人間』であることの窮極の証明だからだ。

  ……まあ、人間としていつまでも存在していたいし、望んで死にたくもないけれど」

 

 「田澤さんが頑なに人間を名乗るのは、そのような理由が有ったのですか。まあ、神と言うだけならともかく、龍神様を超えるとか言い出したら流石に幻想郷でも白眼視されるレベルですしねえ」

 

 「……疑われたい訳ではないが、よくこの程度の説明で信じてくれるな。仮にも悪神だなんて言われてる奴の言葉だぞ」

 

 「少し前にも言いましたよね? これでも私は貴方の事を信じているのです。少なくとも、人間としての田澤さんが真摯な人だと言うのは知っているつもりですから」

 

 「……一番信じているのは、当然私だけどな。この中で一番付き合いが長いのは私なんだ」

 

 

 少しの反発も有ったものの、割とあっさり俺の言葉を受け入れた射命丸。

それについて問うと、恥ずかしくも嬉しい反応が返ってきた。……そして、それに対して面白くなさそうに水を差す妹紅。可愛い。

……さて、次は。ある意味、ここからが本番と言える。

 

 

 「レイセン。君にも信じてもらいたい事が有る」

 

 「何よ。悪神である事を認めておいて、今更」

 

 「確かに俺は天津神からの主観においてのみならず、客観的に見て害を持つ神である事に違いは無い。

  しかし、矛盾するようだが……『神』としての俺も、決して積極的に災禍をばら撒くような存在ではないんだ」

 

 「言ってる事の意味が分からないんだけど?」

 

 

 射命丸については元々の親交も手伝って、受け入れてもらうのは比較的容易だった。

だが、レイセン……俺の事を多少なり知った上で、更に敵対的な存在には、これだけでは必要不十分だ。そして今の信頼関係では、情に訴えるのも効果は薄いだろう。別方面からのアプローチを取るしかない。

 

 

 「他者や道理を貶め害する力を持っているが、それを振るって嗤うような精神構造はしていない。

  ……言葉は悪いが。『神』としての俺にとって、この世界のほぼ全ての生命種は『認識に値する』レベルでは無い」

 

 「……理屈は分かったけど。はいそうですか、なんて信じられないわよ。第一、あんたは地上人に肩入れしてるじゃない。それって興味を持ってるって事じゃないの」

 

 「先も触れたが、まず君が認識している『俺』は悪神としての俺と完全には同一ではない。君がどう言おうと、『俺』は人間として生きているつもりだ。

  そして、君が信じられないと言う部分についてだが……もし悪意を持って災禍を広めていたのなら、月も地上も今頃は因果律の崩壊した狂気の異界と化している。大人しく人間として地上に隠れ住んでいた、そこから俺の姿勢を分かってほしい」

 

 「……」

 

 「それでも信じられない、と言うなら君の師匠による監視を甘んじて受けよう。君が頼れる中で、最も優れた実力者だろう?

  今回は時間の異変により『悪神』としての俺が僅かに顔を出したが、『俺』の状態でなら殺し合いで八意を完全に上回る事は出来ないようだ」

 

 

 『我等』が評する所によると、八意は『俺』を状況次第で上回り得る能力を持つとのこと。

状況次第で、との枕詞が付くと言う事は圧倒的な実力差が有る訳ではないのだろうが。少なくとも八意は俺の監視が可能で、しかも場合によっては鎮圧も行える。

 

 

 「……はあ。分かったわよ、とりあえずはそれで納得をしてあげる。師匠と、教官たちに免じて」

 

 「教官……そうか。綿月姉妹にも迷惑をかけているなあ……」

 

 「教官たちには本気で感謝しなさいよね。豊姫様と依姫様が上手い事取り成してなかったら、あんたが脱走してから数十年後には月からの討伐隊が地上を制圧していたわよ」

 

 

 ……知らぬ間に恐ろしい事が起こりそうだったようだ。もしそれが現実の物となっていたら、俺は疫病神とか言うレベルではない。

 

 

 「……参考までに、月では脱走から係る一連の俺の扱いはどうなったのだろうか」

 

 「私は真実を聞かされたけど……豊姫様が周囲には誤魔化したから、あんたは逃亡の際に回復まで数万年を要する手傷を負ったって事になってる。

  その状態で地上と言う穢れた牢獄に自ら逃げ込んだんだから、月への連絡通路さえ監視しておけばわざわざ追いかける必要は無いって依姫様が主張して、概ねそれが通ったわね」

 

 

 成程。最後の会話で豊姫が冗談交じりに言っていたように、俺の処理に成功したとまでは流石に吹かせなかったようだが。

月が警戒を緩める程度には、俺の現状を大いにでっち上げてくれたようだ。元々月人は地上を穢れた場所として触れたがらないし、積極的な干渉は余程の事が無い限り起こらないだろう。

 

 

 「まあ、その数万年後に向けて、あんたの事を研究してたんだけどね。……先の話になるだろうけど、いつか対策に目途が付けば攻めてこないとも言い切れないわよ」

 

 「……」

 

 

 ……いつかは誤解を解きに行かなくてはならないようだ。と言うか、コノハナサクヤは『服従はしないが抗う事もない』って認識してくれていたようだったのに。もしかして、それは伝わっていなかったんだろうか。

 

 

 「ウドンゲ。月人が鎮圧に来ると言うのは、それこそあまり気負う必要の無い事じゃないかしら? この幻想郷には既に結界が有ると今聞いたばかりじゃない」

 

 「そ、そう言われればそうかも……」

 

 「それに輝夜を……姫を隠している以上、私達にも月からの介入は好ましくない。目的は違えど、敢えて協力し合わない利点が無いわ」

 

 「う。別に見逃すのが嫌だって言ってる訳じゃないですよお、師匠……さっき納得してあげるって答えたじゃないですか」

 

 「何でこの状況で見下し気味……貴女って臆病なくせに妙な所で傲慢と言うか、調子に乗りやすいわよね。

  ともかく、納得したならこれ以上田澤さんに必要以上の敵意を向ける必要も無いでしょ。個人的に好きになれないって言うなら、そこまでは干渉しないけど」

 

 

 ……優しいのか冷たいのか良く分からない八意のフォローが入る。ともかく、これでレイセンへの説得も完了したと言えるだろう。

俺の事を直接信用してくれた訳ではなく、八意が認めているからと言う理由が大きいのは少し悲しくも有るが。『邪神』としての一面を知っている相手に対して、個人的に嫌うと言う程度に収めてくれると言うのはむしろ有り難いと思うべきだ。

 

 ひとまず、今回の異変について、人間と言う『俺』を脅かす当面の問題は去った。これまで張り詰めていた緊張の糸が完全に切れ、すぐ後ろの瓦礫に凭れるように倒れ込む。

 

 

 「わ、わ! どうしたの田澤、まだ何か悪い所でも!?」

 

 「いや……心配しないでくれ妹紅。むしろ懸念していた危機が消えたからこそ、力が抜けたんだ」

 

 

 過剰反応して俺を支えるように走り寄ってきた妹紅へ苦笑で返す。何となく格好悪い姿を見せている事が落ち着かないが、肉体と精神両方の疲労が凄まじく、腰が抜けたようになってしまい思うように動けない。

本当に動こうと思えば魔力で幾らでも良いように出来るが……そこまで切羽詰ってもいない。大人しく、妹紅にされるがままになる。と、その前にしなければならない事が有るな。『扉』を開く事自体は今の状態でも容易いが、だからと言って俺だけここに残って後の皆を放り出す訳にもいかない。

 

 

 「この空間での時間経過は、外に影響を及ぼさない。済まないが……暫く、ここに留まっていてもらえないか」

 

 「別に構いませんよ。正直な所、私も少し休みたいですし。……色々と頭の整理もしたいですし」

 

 「私も問題は無い。ウドンゲ、貴女もそれで良いわね?」

 

 「そこまで先手を打たなくても……断って私だけ外に戻されても今は逆に困りますよお」

 

 

 問うと、射命丸と八意からすぐさま好意的な返事が返ってくる。レイセンについては、まあ。この言い方だと、反対する気は無かったようでは有る。

……妹紅の答えは無いが、馬鹿正直に再度問いかけると言う無粋な事はしない。何ともむず痒い物だが、これが言葉にせずとも分かると言う奴だろう。

 

 これからも確認するべき事や、異変の後始末など、多数の懸案事項が残っている。

それでも一先ずは危機を乗り越えられた事を喜ぼう。俺は自らの命運が紙一重で繋がった事の幸運を噛み締めながら、王国の空を見上げた。




永夜抄編は、後一話で終わります。
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