決して明るくない話ですが、よろしくお願いします。
刀を振るい、慌てふためき逃げる怪異の首を落とす。慣性によって勢いの付いた胴と足も、止まる前に細切れに斬り刻む。
血しぶきが上がり、ぐちゃぐちゃの半液状と化した怪異の肉と臓物。それが人間と同じ赤色をしている事が酷く気に障り、恐怖の張り付いた顔を爆発魔法で消し飛ばしてやった。
ようやく一息がつき、額に浮かぶ汗を手の甲で拭う。
周囲一帯には忌まわしくもこの付近に縄張りを作っていた怪異の相応しき末路が転がっている。実にお似合いのことだ、と嘲笑を投げかけてやった。
……反応が返ってこない。死んでいようが、悔しがれ。泣き喚け。気分を害したので、全員が肉片になるまで何度も何度も踏み潰す。途中で足が疲労を訴え始め、更に怒りが募った。込み上げる感情を魔力に変換し、火炎を呼んで消し炭にする。
「ふ、うう」
思えば数時間、拠点からここまで転戦を繰り返してきたか。息を吐きつつ、ゆっくりと地に腰を下ろす。
この付近から怪異の気配が完全に消えた為、張り巡らせていた集中を少しだけ緩める。すると、これまで無視し続けていた全身の疲労が急に声を大きくし始めた。
「うっ、う、うう」
コートの内ポケットに忍ばせていたスキットルを取り出し、中の蜂蜜酒を一気に流し込む。
疲労感が軽い酩酊と共にぼやけていく。酩酊により尋常なる領域の知覚が鈍り、代わりに外なる界を俯瞰する力が増していく。高まった霊感を頼りに偉大なるYの御姿を脳内に思い描き、消費した魔力の回復に努める。
暫くそうしていると、ふと疑問が浮かんだ。厳密には、違和感と言うべきか。しかし、何に対してどのように違和感を覚えたのか、そこまでの理解ができない。
「む、うう」
未だに痛みを主張する腰を持ち上げ、瓦礫に手をかけながら立ち上がった。
改めて周囲を見渡す。どこまでも瓦礫と灰の広がる虚ろな世界。無残に崩れ落ちた城を思わせる、かつての幸せの証。もう何十年も見続けている光景だが、と伸ばした顎髭を撫でる。
……顎髭? 髭を、蓄えているのか、我は? いや、僕……私? 儂、いや、俺は!
咄嗟に顔を手で確認する。老化し皺の刻まれた皮膚、がらんどうの右目を覆い隠す眼帯。
片目だけの視界で体を見おろすと、纏っていたのはコートとは名ばかりの襤褸。かろうじてローブと好意的に表現できなくも無い、色褪せた布!
「俺は……!」
「俺はっ!」
気付くと、俺はテーブルに突っ伏しながら叫んでいた。
頭が重い。叫んだ自分の声ですら響いてくる程に。喉もからからで、それ以上の言葉は出せなかった。何とか上半身を持ち上げて、座っていた椅子の背もたれに寄りかかる。窓から差し込む日光が、酷く眩しい。
テーブルを見ると、多種多様な酒瓶が所狭しと転がっている。つまみの大根おろしが残っていたので、食べる。
転移魔法を発動させて暫く大根おろしを食べ続けていると、喉の渇きは癒えてきた。同時にこの状況に対しての記憶も戻ってくる。
「……」
実に単純だ。過度に酒を飲んで酔い潰れる、当たり前の人間の姿である。つまりこれは人間の行為であり、それを行う俺は人間であると言える。人間だ。
事実として、人間である『田澤昴』の行いを鮮明に追体験する事ができた。理論は結果をもって証明された。正しい。これからも『田澤昴』と言う人間になる為の行いを模索し続けなくてはならない。
さしあたり、次は夢の啓示に従うのが縁起も良いだろう。体調を整えたら、手始めに人里の妖怪を排除しようか。夢を現実に、と言った所だな。
「い、いや……何を、考えている?」
そこまで考えた所で、急に酔いが冷めた。彼らを、あのように? 夢で『田澤昴』がしていたように、首を落とし、肉を裂き、それを原型を留めない程に貶めると?
だが、それをしなくては人間になれない。人間、『田澤昴』には……
「『田澤昴』? では、俺は……? 『俺』は、一体、何なんだ?」
記号的には、明らかだ。『田澤昴』と言う人間のパーソナリティを組み込まれた、ウムル・アト・タウィルの一化身。『我等』の、人型の端末。
そして、その端末である一化身は、一体、何なのだ。自らの本性、『我等』と言う邪神を隠し、人間として振る舞う、この存在は。……『俺』とは、何に依っている?
『田澤昴』を完全に再現するのは、物理的にはそう難しい事ではない。
あの忌まわしき『ベリアル』の策略では、途中で奥底に戻ったとは言えほぼ完全にその力と精神性が引き出されていた。あの状態を自ら作り、更に『我等』としての記憶までをも完全に封印すれば、それでかの狂える救世主は『蘇る』だろう。
……しかし実際には、『俺』はそれを拒んでいる。『田澤昴』が引き起こすであろう災禍、それに苦しめられるであろう幻想郷の面々。そして、実に自分勝手なことに、『俺』は自らの消滅が怖いのだ。たとえ青年期の『田澤昴』で上書きされるのだとしても、果たして自分からそれを選べるのだろうか。
「完全な『田澤昴』になる事を恐れているくせに、彼の人間と言う要素に縋らなければ立てない。とんだ矛盾だ」
そもそも『俺』の存在意義とは、『田澤昴と言う人間として、彼が得られなかった幸福を掴む』というものだ。
だからこそ彼の精神性と記憶の……一部を引き継いでいたし、彼が望んだ幸せ、他者との交友に不適な『狂える救世主』を本能的に恐れている。
同様に、狂気をばら撒く邪神たる『我等』をも、その顕現を可能な限り避ける方向で振る舞おうとする。尤も、こちらは自らの本性、本質たる姿なので、上位の強制力が働けば完全に逆らう事は出来ないが。
「……なんだ。結局、最初から最後まで。人間になろうとする意思でさえ、他者から与えられたものでしかないじゃないか」
姿も、名乗る名前も、依って立つ願いも。全ては『田澤昴』からの借り物だ。こうして悩み、嘆き、自棄になる思考の流れさえ、大本にあるのは彼の思考パターン。
いや、そうでもないな。彼の思考パターンを完全に再現し、彼の願いを真に叶えるべく動くのなら、今すぐに『俺』は青年期の田澤昴にでも自らを書き換えるべきなのだ。まだ情報が足りていない、などと言い訳をしても……結局、今の自分が消えるのを恐れているだけ。
笑いながら、再び大根おろしに口を付ける。『田澤昴』の趣味嗜好と習慣、それを再現し続けることで彼になれる、よって人間になれると言う名案が、堪らなくおかしく思えた。
これで人間になったとして、結局のところ何が変わるのか。『田澤昴』の願いを中途半端に叶えて、再び人間として名乗って動いて、お気楽に過ごしていくのだろうか。実に滑稽だ。
「……田澤昴、扉を開けろ」
外から藍の声が聞こえた。ふと気付いて周りを見回すと、あれだけ明るかった室内が暗い。どうやら無意識のまま大根おろしを貪り続けていたようだ。
椅子を降りて立ち上がり、玄関に向かおうとすると、全身の血液が急に流れ出す錯覚と共に吐き気と倦怠感が巻き起こった。悪酔いは、まだ、残っていたようだ。
邪神とも妖怪とも言えない人間らしい姿に喜んでいるのか、客観的に無様としか言いようのない情けない姿を自嘲しているのか。
どちらともつかないまま引きつった笑いを漏らし、何とか体を引きずって玄関まで辿り着く。まるで全力疾走でもした直後のような体を晒しつつも、時間をかけてしまった自覚はあるので急いでドアを開けた。
「遅かったな……!? と、とにかく案内しろ」
藍は酷く不機嫌な表情を作っていたが、俺の姿を見て声が上ずる。取り繕うように高圧的な言い方をした後、俺を抱えるように押して家に上がり込んできた。
「お、落ち着いて。まずは落ち着いて、深呼吸を」
言われた通り、深呼吸をする。しかし、悪酔いしている体の方ならともかく、今更精神面が深呼吸程度で落ち着くとも思えんな。
「……悪いが、勝手に中に入らせてもらうよ。ほら、捕まって。その様子では、立っているのも辛いくらいだろう」
「……」
自力で居間まで戻るのは、それこそ這ってでもいかないと無理そうだ。藍に肩を支えてもらい、来た道を戻っていく。今度こそ情けなさで笑いが出た。
前回で場所を覚えたのだろう藍が居間に俺を引っ張っていくと、彼女は部屋に漂う臭気に反応したらしく小さく震えた。
……起きてから今まで気付いていなかったが、俺も新鮮な空気を吸ってからだと分かる。最早アルコールが蒸気として部屋を満たしているのではと思えるくらい、酷い酒臭さだ。
「こ、この密室でこれ程の酒を、それも一人で……鬼や天狗ならともかく」
「馬鹿だよなあ。これで人間になれる。なったとしてどうするかも知らないが。はははっ」
「し、支離滅裂だぞ!? 酔っている……だけ、でも、なさそうだが」
全てがおかしい。俺は人間になれば全てが元通りになる、そんな妄想に縋りつき、辛うじて正気を維持してきた。
だが、気付いてしまったのだ。人間になっても、状況が元通りになっても、その後に『俺』と言う存在の矛盾が待っている限り、遠からず破綻するのは目に見えている。
どちらにしても、『俺』と言うこの意思こそがノイズだ。それでは一体『俺』とは何だ。どうしてこんな存在が作られてしまったのだろう?
「最初から人間であればよかった。そうすれば、『人間を目指さなくて済んだ』のに」
「た、田澤殿……貴方は何故、そこまで強く、ひたすらに人間であることを望むのだ?」
「俺の大本、本性たる邪神がそうあれと命じたからさ。
だから邪神の一化身が人間として顕現した、それだけでしかないのさ。ただ、それだけが、俺の存在意義なんだ……」
藍の問いに、自分でも不自然なくらい素直に言葉が出た。同時に、名状し難い激情が迸る。
「そう、人間でありたいと言う俺の望みは……! 俺の心を満たし続けていた、全ての行動基準になっていた意義は、所詮『そう作られた』と言うだけなんだ!
だが、それに気付いて尚、俺にはそれしかない! たとえ全てが借り物だと改めて突き付けられても、正体が邪神だと示されても、こうして正気を掻き乱す程の感情さえ偽りだと気付いても! 『人間として在りたい』と言う願いは消えないのだから!」
他者の願いを自らの存在意義とし、成り代わろうとし、願いを果たせず、しかし縛られ続ける。
何もかもが中途半端で、その中途半端な行動の根底にある意思ですら自分から生まれたものではない。何より愚かしいのは、それを理解しながらも『変われない』ことだ。
「……田澤殿。貴方は、私達の策略とは無縁の立場で、人間で居たかったのだな……」
「気にする必要はない。邪神が人間を騙って身を潜めていたと言うのは紛れも無い事実。皆を騙していた報いをようやく受けたと言う所だろう」
……策略、か。まあ、それも気付いてはいた。前回の訪問時は、俺も色々と余裕がなく、大根おろしを生産・消費することに忙しかったので何も察せなかったが……
生憎、それ以降考える時間だけは残酷なまでに与えられた。流石に数日も間が空けば、あの時の藍に、ひいては八雲にどのような意図が有ったかは分かってしまう。この際に、俺と言う存在に首輪を付けておこうと言う所だろう。危険な野犬を獰猛な番犬に、という発想は管理者として当然の物だ。
「そして、この氾濫する激情も、狂気も。俺が最初から抱えていた矛盾だ。遅かれ早かれ、いつかは向き合わされていたのだろう」
何故このタイミングで、と言う身勝手な憤りは有るが仕方ない。そう言う巡りだった、と諦めるしかない。
いや、もしかしたら。向こうもそう意識していない、と言うレベルでは仕組まれてはいたのかもな。『ベリアル』に最初に仮面を砕かれた時。あそこで、矛盾を『意識して無意識に遠ざけていた』俺に楔が穿たれたのだろう。一度壊れた物は、直った所で壊れたと言う事実が消える訳ではない。
……更に言えば。八雲に会って、違和感を覚えた時。八雲に手を掴まれて、何かが込み上げた時。その時には既に。
「……くくっ。『完成された人間として振る舞う』機能に欠落が生じた、と言う所か? これまで数億年と主観の時間を生きてきて、ようやくここでその矛盾に『気付く』と言うのは」
「た、田澤殿……?」
ああ……そうなると。『俺』が『田澤昴』から引き継がれていなかった記録は、偶然消えていたのではなく。
俺が『完璧な人間』として振る舞うのに邪魔だから。人間としての弱点、『心の弊害』を排除する為に必然的に弾かれていたと言う事か。そして、『田澤昴』に近付こうとしてその記録を求めた『俺』は。
「ふふ、くくくっ、くはははっ。いや、実に、実に傑作だ。真実を求めて破滅する『外なる神』とは、一体何の冗談だ!?
出来の悪い悲劇か、それとも皮肉塗れの喜劇か! いずれにせよ脚本家は三流だな、見ているんじゃないかあ、ブラックメイド!」
「た、田澤殿! 落ち着いて、くれ! 正気に、戻ってくれ!」
「邪神だと言ったろう? これも俺なのさ。人間と言う仮面を剥いだ奥、邪神部分の『俺』! 正気度など、最初から存在しない!」
全てが空回りだった。
人間としてのパーソナリティを持たされた『俺』は、『我等が主』や『白痴の魔王』の無聊を慰める丁度良い駒だったのかもしれない。そう簡単には壊れず踊り続け、元々配下であるからシナリオ修正も容易。
「畜生! ああ、今分かったよ! 何故俺が最近、稚気じみた振る舞い、初々しい若者のような反応を『出来ていた』のか!
壊れた部分をあの『田澤昴』で補強していたのだからな、彼の精神性が表出しても当然だ! 結局、『俺』が変わった訳では無かった! 全ては彼のトレースでしか無かったのだ!」
「た、田澤昴は貴方だろう!? それにトレースって、何を他人事のように!」
「他人事なんだよっ! 所詮! 時空を司る狂気の邪神が、銀河宇宙の彼方よりの概念が、いきなり違和感も無く人間になれるか!?
貴様は宙に漂う細菌の真似が出来るのか、藍! それすら生易しい程かけ離れた存在になろうと言うのだ、自らの内に取り込み、精密なる分析の果てに、何とか上辺だけを取り繕うのが精々だったんだよ!」
宙に漂う細菌、で俺の中の若き『田澤昴』が反抗の叫びを上げる。
逆に『狂える救世主』たる最期の『田澤昴』は、心底まで『禁忌の叡智』に染まっているが故に何も反応しない。その程度の絶望的真実は、既に知ってしまっているのだ。
「……!? それ、では、貴方は!」
「かつて存在した人間を『演じている』だけさ!
『人間として幸せになりたい』と言う願いだけ与えられながら、所詮は他人をなぞるだけ!
しかし、その他人に縋らなければ、演じる事さえ許されない! ならば『俺』は、何なのだ!?」
最初に他者からの願いが与えられた。次にこの姿、力、考え方を多方面から流用されて顕現した。果たしてそれを確固たる独自存在などと言えるのか。
……いつだったかな、妹紅にこれを真っ向から否定する形で嘘を吐いた事が有ったな。ああ、妹紅。妹紅。妹紅、妹紅、妹紅妹紅、妹紅妹紅妹紅妹紅……!
「くそっ! この想いすら借り物だったのか!? あの時感じた温かさも、何もかも!? では一体、何が、何を、何だ!?」
妹紅を生意気に思ったことも、素直だと思ったことも、可愛いと思ったことも、頼れると思ったことも、怖いと思ったことも、意外だと思ったことも、愛しいと思ったことも。全て、全て、全て。
『俺』から生まれた想いでは、無い。
「あ、ああ、aaaaaaa'AAAAAAAAAAA! nGaaaaaaaa,ああああああああっ!?」
他にも、全てだ。そうだ。所詮『俺』が『田澤昴』の似姿であるだけならば、これまでの全ての旅路、そこに『俺』は居ない。『田澤昴』でさえ在りはしない。
俺はかつて八雲が評したように、絵空事めいた自動人形として、旅とは、交友とは名ばかりの。正しく『機械仕掛けの神』として、ただ独り善がりな劇を演じていただけだ。
所詮役割に付随しただけの『設定』を、自分が抱けた思いだと愚かにも勘違いして。
「っ! あ、ぁ、ああ!?」
ダメだ。発狂する。それが堪らなくおかしい。俺に正気度など存在しないのに。
この期に及んで『人間ならこの場合発狂するだろう』と言う演技を愚直に実行する『俺』には、もはや笑うしかない。
しかし、許可出来ない。『我等』の独り舞台に巻き込んで、これ以上の迷惑はかけられない。
全てを理解してしまった『俺』に込み上げる狂気、存在意義を掻き乱す矛盾。それらを無数の精神操作併用によって、『理解しながら理解を拒む』。何が起こったのかを全て認識しながらも、同時にそれらを只の情報として放置する。
「……ああ。危ないよ。今すぐ目を閉じて、耳を塞いで、後ろを向いて、走るんだ。
俺も、幻想郷は出ていくよ。力を蓄えて、この宇宙をも離脱する。それまでは、何とか正気の人間として自分を縛ろうと思う」
「な、なに、を……!?」
「持てる全ての手段を使えば、この自己矛盾を放置し続けて人間を演じ続けることも少しは出来る。
まずはこれ以上の迷惑をかけないように幻想郷を出ていく。この封印が決壊した時の影響が未知数だから、維持されている間にこの世界からも出ていく」
「あ、貴方はそれで良いのか! 私達の事情なんて無視した、貴方の主張は、意思はどうなのだ!?」
俺の主張、意思? そんなもの……
「良い筈、無いだろう。まだこの世界で、幻想郷でやりたい事は有った。……妹紅にだって、伝えたい事は残っていた。でもな」
自らの自己封印に加えて更にソロモンの悪魔達全てで自らに人間としての鍵をかけ、邪神部分の封印にかけてきた魔力の配分をおよそ九割ほどに跳ね上げる。
残した僅かな魔力で『扉』を開き、その中に身を沈めつつ呟く。
「『外なる神』に名を連ねし『我等』、『延命せられしもの』は。本来、破滅しか齎さない存在であるからして」
邪神としての『俺』を知った。それこそ、ローブに手に掛けた最初の状態に他ならない。
意図するにせよしないにせよ、いつその手がローブを取り払って奥に潜む者と眼が合ってしまうか分からない。ならば、離れるしかないだろう。
「俺が『演じている人間』の人格も、目に見える危険度と言う意味では『我等』に劣らずさ。
彼は人間でありながら時空を司る邪神に謁見する事が出来たが……彼は贄として全ての怪異の死を捧げたのさ。分かりやすく言えば、星一つの妖怪を殺し尽して願いを掲げた」
悲鳴のような、藍の息を飲む音。それを後ろに聞いて、誰に向けたものか分からない嘲笑が口元に浮かぶ。
これで終わったのだな、と、それこそ他人事のように自虐的な感想を抱きながら、俺は蒼い空間の裂け目を閉じた。
『扉』を潜り、通り抜けた先。幻想郷から離れ、接続先として繋げたのは、外界の自然公園。幾つか確保してある『安全な』転移地点の一つ。
……幻想郷から離れ、力を蓄えると言う目的のみを果たすなら、我が王国に閉じこもればいい。わざわざ外界に出てきたのは、やはり未練なのだろうか。思考だけは、客観的だ。
「世界の壁を貫く力が溜まるまで。最後にもう少しだけ、人間のフリをしてみようか」
今の『俺』を維持する手段も結局は時間稼ぎで、そう遠くない未来に破綻する急拵えの対応策だが……魔力が最大限に高まるまでの期間程度なら持つ。
少なくとも一年やそこらで崩壊する性質のものではない。むしろ、それだけの期間が経過する前に魔力が必要十分に達するだろう。矛盾の上に更に自己矛盾を重ねる無為さと言う最大の問題点を除けば、未練がましく人間の真似事をする猶予はあると言う事だ。
「さて。何をしようかな」
涙が流れるが、努めて無視した。
全て終わってしまったのだから、今更気にする意味は無い。そう強く自分に言い聞かせて、空虚に前を向く。
「何をしても良いか。どうせ、考えようと考えまいと、変わらない」
せめて警察のお世話にはならないようにするか、と最低限のラインだけ決めて、俺は往く先も分からぬ放浪を始めた。
大いなる虚無感に苛まれ無意味だと知りながらも、僅かな期待に情けなく縋り、みっともなく人間のフリを続けながら。全ての責任を放棄した、身勝手で無価値な逃避を。