旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、村を巡りて花の地を踏む

 不老不死を名乗る銀髪の少女、妹紅。彼女に案内され、山の麓にある小さな村にやって来た。

この文明レベルでの村と言う事で少し疑問が浮かび、妹紅に尋ねる。この類の疑問は村に入る前に解消しておいた方が得策だろう。

 

 

 「妹紅、君はどのような待遇を受けている? 妖怪退治を要求するくらいだ、良いにしろ悪いにしろ普通の扱いをされている訳では無かろう」

 

 「頭の固い人がいない訳じゃ無いけど、基本的に皆良い人だ。田澤が泊まっても問題ない筈さ。

  妖怪退治は私から言い出した事だし、村の人じゃないからって理由で爪弾きされる事は無いと思うよ」

 

 「……ほう」

 

 

 俺は妹紅が不当な扱いを受けていないかとの意図を持って質問したのだが、予想とは違った答えが返ってきた。この時代の村は排他的な物だとばかり思っていたから、意外だ。

 

 妹紅は思わず声を漏らした俺に訝しげな視線を向けていたが、詳しい追及をする気は無いようだ。

そのまま二人で村の中に足を踏み入れると、不安気な様子で会話している数人の男達が目に入る。男達は妹紅を見つけると、驚きと喜びの表情を浮かべて近づいてきた。

 

 

 「おお、本当に無事だったのですか!」

 

 「だから言っただろ、私一人でいいって」

 

 「今だからこそ言いますが、妖怪を無傷で退治できる程の力を持っているとは中々思えませんで……ところで、隣の方は?」

 

 「一応旅人の、田澤昴だって。ちょっと妄想癖があるみたいだけど、後は真面目なヤツだよ」

 

 「妄想癖って言い方は止めてくれ、俺は事実を言っただけだ。それに、正真正銘の旅人だ」

 

 

 男達と二、三会話をして警戒を解いた所で、妹紅が俺の住居が何とかならないかと口添えしてくれた。

タイミングを見計らって自分から切り出そうと思っていたのだが、想定していなかった援護射撃である。

元々村人では無いとは言え、少なくとも俺よりは村に受け入れられている彼女からの紹介と言う事で与える印象も良かったらしい。

村人も多少は条件を付けた物の、快く俺を受け入れてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が訪れ、村全体に静寂が降りる。この時代には照明器具は勿論、油の確保事情の問題で蝋燭などと言った物すら辺境の村には満足に存在していない。

その上、下手に村の外を出歩けば妖怪に襲われる可能性が非常に高いとなると、夜に行動しようとする物好きは皆無である。

 

 掘っ建て小屋のような簡素な物とは言え一軒家を借りる事が出来た俺は、暗がりの中魔法で最小限の明かりを用意しつつ御札製作の作業をしていた。

周辺に妖怪が出没していたと言う事は、この村は常に妖怪の脅威に晒されている事と同義。そこで、旅の妖怪退治屋を名乗ろうと言うアイデアが浮かんだのである。

平たく言えば、この村に益を齎せる人物だと手っ取り早く周知出来る手段の下準備だ。今の待遇に不満が有る訳では無いが、出来る限り村人に好感は持たせておきたい。

そんな考えの下、『扉』を介して取り出した紙や筆と言った小道具と俺の魔力を用いて退魔の符を量産していたのだが……

 

 

 「魔力……いや、霊力? この気配は、妹紅か」

 

 

 村の中から魔力に近しい何かの感覚を察知する。気配から察するに、使用者は妹紅だろう。しかし適当に使っているようで、制御されている様には思えない。

特に妖怪が出た等の騒ぎも起こってないのに力を使う状況が分からず、かと言って放っておくのも気がひける。緊急事態と言う可能性も否定は出来ないのだ。

 

 

 「行ってみるか」

 

 

 行ってみて何も無ければそれで良し、何か有ればすぐ対応すれば良い。そう判断して借家を離れ、力を感じる方に歩き出す。

 

 力を使っていた事から少し考えづらいが、誰かの家に居候しているのかと考えていた。

しかし予想に反して妹紅も俺と同じく一軒家を借りているらしく、これにはかなり驚いた。俺はこの時代に偏見を持っていたのか、と思いつつ妹紅の力を感じる家の前に立つ。

 

 

 「妹紅。夜分遅くに失礼する」

 

 

 辺りは既に寝静まっている。妹紅が起きているのは予測出来るので、抑えた声で呼び掛ける。

俺が声をかけた後少しの間を置いて力の気配が止まり、妹紅は戸を開けずにやや警戒した声色で返答してきた。

 

 

 「何だ、こんな遅い時間に。そもそも田澤に私の仮屋の場所を教えてないけど」

 

 「妖怪が出たと言う訳でも無かろうに、力を使っていたから気になってな。しかも制御が利いてないようだし、尚更だ」

 

 

 俺の返事を聞いて妹紅は驚いたようだ。軽く息を飲んだ音がしたと思うと、中途半端に戸を開けつつ続けて質問してきた。

 

 

 「何で私が御札の力を鍛練していた事を知っている? 上手くいって無い事まで……」

 

 「特に隠蔽もしていない、垂れ流すだけの力なんて判別は容易だ。……もしかして、君の妖怪を退治したと言う力は独学で手に入れた代物か」

 

 「悪いか」

 

 「悪いとは言っていない。もし良ければ、君に基礎くらいは教える事が出来るが」

 

 「……田澤、お前って陰陽師だったのか?」

 

 「まあ、陰陽術が使える事と陰陽師である事は別だけどな」

 

 

 この言葉を聞いて、妹紅は何やら悩み始めた。

素直に学ぶか断るか、それに迷うくらいにはプライドが高い少女だと言う事は見当が付いている。強制する訳にもいかないので、黙って決めるのを見ている。

 

 

 「……聞かぬは一生の恥とも言うしね。私の一生なら永遠に恥って事だし。それに、自分でも限界を感じていた所だ」

 

 「分かった。出来る限りの事を教えよう」

 

 「じゃあ、立ち話はここまでに。家の中に入ってくれ。……変な事したら大声出すからな」

 

 

 ああ、警戒していたのはそう言う事か。別にそんな自分から居心地悪くするような事はしないんだが……そもそも、無理矢理は嫌いだ。

 

 妹紅の後に続き、平屋に入る。最低限の家具や荷物しか置かれていないために殺風景だ。俺の仮屋だって似たような物だし、そもそもこの時代の村は全体的にこんなものか。

 

 

 「最初に確認しておきたいんだが、君は本当に不老不死なんだな?」

 

 「ああ。蓬来の薬ってヤツを飲んでからな。元は普通の人間だったけど」

 

 「不老不死に、蓬来? 何処かでそんな話が有ったような…… かぐや姫、だったか?」

 

 「た、田澤はあいつの事を知ってるのか!?」

 

 

 妹紅の言葉に記憶の奥底が反応する。呟いてから『蓬莱』と『薬』に繋がりは無かったかもと思ったが、妹紅が掴みかかってきた。

 

 

 「あいつが月に帰ってから50年近くになる。なのに何で知っている? それに、蓬来の薬なんて一握りの人間しか知らない筈の事だ!」

 

 

 いや、知らない筈って言われても。俺の記憶が間違っていなければ、不死の薬の事は元の物語にしっかり書かれていたんだけど。

真実は細かい所が違うのだろうか、それとも平行世界は事情が異なると言う事か。変な誤解を与えて警戒され信用を失うような事になっても困るので、慎重に言葉を選ぶ。

 

 

 「だから言っただろう、俺は不老だと。当時は都に居たんだ、色々な噂は嫌でも耳に入るさ」

 

 「……なら、私の父様の事も知ってるのか」

 

 「さあ、そこまでは覚えていないな。藤原と言う苗字自体は聞いた事が有るが。

  噂になっていたのは美しい女性が貴族達を手酷くフって、不死の薬を帝に渡して……ん? もしかして、お前が飲んだって言う薬って」

 

 「そうだ。山に捨てられる所だった薬を奪って飲んだのが私だ。あの女は月に帰ったのに不老不死になっても意味が無いって後から気付いたけどね」

 

 「彼女が帰って無かったら、何をする気だったんだ」

 

 「殺す」

 

 

 激情を秘めた危険な瞳で淡々と言い放つ妹紅。

 

 

 「復讐心から来る憎しみを否定はしないが、達成はお勧め出来ない。

  生きる気力が抜けた後は虚ろになる、長い間憎しみ続けていたら尚更だ。まあ、復讐に成功して明るくなったヤツも知ってるけど……」

 

 「今更そんな事を他人に言われても、どうこうするつもりは無いけどね」

 

 

 そうだろうな。言われて考えを変えるくらいなら、あんな危険な瞳はしないだろう。

俺としても一応注意はしたが、そこまで熱心に説得する気はない。もうひとつだけアドバイスをして、この話題は切り上げよう。

 

 

 「復讐はしょうがないとして、他に何か趣味を持った方が良い。

  君の話を聞いていると、既に復讐は果たす見込みは無いのだろう? 今はまだ良くても、数百年も生きれば肉体では無く精神が死を迎える」

 

 「趣味? それに復讐を頭ごなしに否定しないんだね。今まで何人かに話した事があるけど、新鮮な反応だ。それと田澤……あんたは本当に不老なのか?」

 

 「何回も言っているだろう。まだ信じてくれてなかったのか」

 

 「どのくらい生きてるんだ? 良ければ、教えてくれないか」

 

 「それも言ったんだが……千とか万は超えて生きていると」

 

 

 俺の言葉を聞いた妹紅はなんとも言えない表情になった。真偽を図りかねているのだろう。

 

 

 「俺の事は今はどうでもいいだろう? お前の力の話が先だ」

 

 「どうでもいい訳じゃ無いけど……確かにこれだと話が進まないな。何を教えてくれるんだ?」

 

 「御札を使った陰陽術の基礎と、手っ取り早く能力を上げる方法だな」

 

 「陰陽術の基礎は分かるとして、手っ取り早く能力を上げるなんて胡散臭いな……」

 

 「命を燃やして、それを力に変える。普通なら危険過ぎて使わないし、使うにしても多用する類の物では決して無いんだが」

 

 「へえ、私にはお誂え向きじゃないか。詳しく教えてくれ」

 

 

 陰陽術は俺の専門では無いが、他人に教えられる程の知識は有ると自負している。そして『人を導く』のは俺の本質レベルで得意な事だ。

万が一にも不老不死が自称だと困るので、陰陽術を教える過程でそれとなく妹紅の性質を確かめる。するとどうやら、人間でありながら実体が魂の方に移っているようだ。

成程、これならば魂を直接害するような呪詛でも無い限り肉体の損傷は問題にならないのだろう。それにしても、地上で出会った初の人間が不老不死とは何たる皮肉か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妹紅に初めて陰陽術を教えた日から一年近くが経過、俺と妹紅は二人で旅を再開する事になった。

居心地の良い村だったし、妖怪退治を一手に引き受けた事で信頼を集めていた俺達を引き止めてくれる人は多かったが、これ以上留まる訳にはいかない。

あまり長い時間居て、肉体が成長しない事に気付かれれば厄介なのだ。これまでの評価が反転し、俺達が妖怪扱いされる可能性も高いだろう。

しかしだからと言って何も残さず出て行くのも気が引ける。世話になった礼として俺が最大限に力を注いだ護符を渡し、村には退魔の結界陣を刻んだ。

 

 

 「……私と一緒の時機に旅を再開するとは聞いていたけどさ。なんで私の行く方向に田澤がついて来るんだ?」

 

 「まだ教えてない事が沢山有るからな。まあ、嫌ならここでお別れにしようか」

 

 「……中途半端になるのも困る。暫くは気にしないでおいてやるよ」

 

 

 名残惜しい気もしないではないが、二人で村を出た。

とりあえず行きたい方向やら何やらは妹紅に決めさせて、俺は助言役になる事にする。妹紅は人に引っ張られるよりは引っ張る方が性に合っているみたいだし、この配役が丁度良い塩梅だろう。

 

 

 「妹紅は何処に行きたいんだ?」

 

 「私? とりあえず都の方に行って見るかなと思ってる。今どうなってるか興味があるし」

 

 「ならば当面の目的地は決まりだな。休みをとりつつ、ゆっくり行こう」

 

 

 都の位置が分かれば『扉』を使って一瞬で移動出来るし、俺が従える悪魔の中には場所が分からなくとも移動する力を持っている『セエレ』が居るが……

妹紅には前に行った事があると言ったが、あれは場を乗り切るための嘘だ。それに転移能力を多用すれば、せっかくの旅なのに何とも風情が無い。

 

 

 「なあ田澤。私、これまで通り妖怪退治をしながら旅を続けようと思ってるんだけど、どうだ?」

 

 「ん、良いんじゃないか。妹紅の訓練にもなるし、金も稼げる。一石二鳥だな」

 

 「そこまで上手くは行かないと思うよ」

 

 

 少し苦笑しながら返してくる妹紅。初対面の頃と比べれば素直に感情を出すようになったが、一年間そこそこ行動を共にしていてこれは遅いのかもしれない。

 

 

 「妖怪と見たら何でもかんでも退治するのは止めておいた方が良い。退治するのは人間を襲った奴をそれ相応に、そして報酬を確約させてからだ。ただ働きは最も良くない」

 

 「田澤の考えの方がどうかと思うけど……」

 

 「何もしてない罪の無い妖怪を退治する訳にはいかないし、ただ働きは俺達のためにならない。どこもおかしいところはないな」

 

 「初めて会った時にそう言われた時も思ったけど、田澤がその流れで言う事ってやっぱりどこかおかしい気がする」

 

 「まあ、とりあえず心に留めておいてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妹紅との二人旅は特に問題が起こる事も無く、比較的順調に進んでいる。

街道やらが整備されている訳ではないので進行速度は遅いのだが、それもまた旅の一興だろう。

 

 

 「ん、人の気配がする。そろそろ新しい村に着くみたいだ、今日は泊まれるかもしれないな」

 

 「ふーん。 ……泊めてくれる人達だと良いけどね」 

 

 

 三ヶ月近く旅を続けていて四つの村を通ってきたが、泊めてくれる所は無かった。やはり最初の村が特別友好的だった、と言う事らしい。

旅と言うのが一般的ではない時代だからそうそう宿屋は無いし、余所者が二人で来ても怪しんで泊めてくれる人もいない。

俺はまだ日本人的な黒髪と風貌だからそこまで酷い扱いは受けないのだが。妹紅は白髪のせいで、呪われてるだの妖怪との忌み子だの散々に言われてしまうのだ。

結局今まで村に泊まれた事は無く、『扉』を通して引っ張り出した野営セットで野宿をしている。

 

 

 「また今日も『てんと』で野宿になると思うけど」

 

 「あまり暗くならない方が良い、そう言う悲観的思考は悪い結果しか持ってこないんだ」

 

 「田澤は楽観的過ぎる気もするよ。色々な人から避けられてるのに……」

 

 「その言い方は何となく凹むから止めてくれないか…… まあ、何千何万と旅をしていれば色々な事に慣れる物さ」

 

 

 妹紅には俺の能力と共に過去についてもある程度話している。聞きたがっていたから、当たり障りの無い部分だけ教えておいたのだ。

流石に『別の世界』に関わる事について話すのは無理なので、そこは誤魔化して説明したが。

 

 

 「……今更こんな事を言うのもおかしいけど、田澤には感謝してる。田澤が居なかったら何十年後にかは話し相手も目的も無く、山奥を彷徨うだけだったと思うから」

 

 「どうした、唐突に。らしくないぞ? それに感謝してるのは俺の方もだ、妹紅。君が居なければ旅は寂しい物になっていただろう」

 

 

 旅をしながらも頻繁に生じる暇な時間や休憩の時間。

これ等の空いた時間を使って陰陽術や火の力を教えているのだが、これが中々楽しい。自分の技術や考えを誰かに伝えると言う事が今まで殆ど無かったから新鮮だ。

 

 

 「自分でも唐突だとは思うんだけどもね。ふとそう思ったら、ぞっとしたんだ。 ……うん? 何やら向こうの村が慌ただしいね」

 

 「何かあったみたいだな、祭りとかには思えないし。もし妖怪に関する騒ぎだったら、初仕事の機会だぞ」

 

 「それ、不謹慎な気がする」

 

 

 妹紅にジト目を向けられながらも、小走りで村に向かう。

別に走っても走らなくてもあまり変わりの無い距離ではあるが、気分の問題だ。妹紅の速度に合わせて数分走ると村の全体像が目に入ってきた。

この時代の一般的な村で、広さや人の数も今まで通ってきた村と大差無いと思われる。

 

 村の入口付近には数名の大人がいたが、俺達を警戒する余裕も無いのか近付いても深刻そうに会話を続けるだけで反応が無い。

このままでは埒が開かないので、少し大声を出し明るい調子で話しかける。

 

 

 「やぁ、そんな暗い顔を付き合わせてどうしたんだい? 旅の妖怪退治屋なんだが、話を聞かせてはくれないか」

 

 

 親しみやすい口調の中にも多少の威厳を意識して言ってみると、村人達は驚いた表情を向けてきた。

突然話しかけられた事もそうだろうが、それだけでもなさそうだ。やはり妖怪絡みの話だったのだろう。警戒心を与えないように人当たりの良さそうな笑顔を浮かべておく。

ちなみにこういう場面では妹紅は俺の横にぴったりくっついて喋らない。慣れた相手とは軽い冗談や皮肉も言い合えるようだが、初対面の相手とはそうもいかないらしい。

なので、交渉事は全部俺が担当するようにしている。 ……まあ、人生経験が豊富とか言うレベルではない俺が担当するのは当たり前だろうけど。

 

 

 「妖怪退治屋!? 本当か!」

 

 「ああ、本当だ。その様子だと妖怪に関わる何かに悩まされているんだろう?」

 

 「実は……」

 

 

 要約すると。

ここから近い小高い丘の上にある花畑に妖怪が現れ、遊びに行った子供が怖い目に合わされ泣きながら帰ってきたのが発端。

村の力自慢が懲らしめようと農具を持って数人で入っていったら、次の日彼等はボロボロになって村の近くに放り出されていたらしい。

そんな事が起こった物だから村人達は不安でしょうがなく、どうする事も出来なかったと。

 

 

 「このままじゃ村を襲ってくるかもしれないって話してた所なんだ。俺達の村で用意出来る物では報酬として足りないかもしれないが、どうか頼む!」

 

 「分かった。一応村の代表者の意見も聞いて、それから報酬は決めさせてもらう。今の所はこの条件でどうだ?」  

 

 「受けてくれるのか! 有難い、着いてきてくれ!」

 

 

 男達はもう全ての問題は解決したとでも言わんばかりの勢いで俺達を村に案内する。

その上機嫌な様子を見て村人達は不思議そうな視線を向けてくるが、男達はこの人が花畑の妖怪を退治してくれる偉い方だと触れ回り村のテンションが変になる。

もうこれで安心だの、あの妖怪もおしまいだの、息子を泣かせた罰だの、狂喜乱舞。あの細身の男に何が出来る、とでも言いたげな人は少ししかいなかった。

……うん、君達は冷静な判断をしていると思うよ。それにしても、余程鬱屈した感情が溜まっていたのだろうか、この村の様子を見るに。

 

 村長らしい人の家に連れてこられ、暫くすると村の有力者らしき数人が集まってくる。

会議みたいな事をやって村の物事を決めるしくみを作っているようだ。寄合に近い方式なのだろうか。

 

 

 「妖怪退治をしてくれるとの事ですが、本当ですかな?」

 

 「ええ、本当です。これでも自分の実力には自信を持っていまして、右に出る者はいないと自負しております」

 

 「隣に連れている面妖な娘は――」

 

 「弟子です。そのような暴言を吐くのであれば、こちらにも考えがありますが」

 

 

 案の定、妹紅に不気味そうな視線を向けながら質問してくる輩が出た。

軽く威圧しながら返答し、黙らせる。こう言う事は早めにはっきりさせておいた方が良い。放っておくと後の火種になりかねない。

 

 その後色々話し合い、報酬は1週間程度の食料で手を打った。

俺の城には食料が豊富に有るし、決して良いとは言えない筈の食糧事情に打撃を与えるような事はしたくないのだが……

タダ働きすると言う噂が広まれば舐められる原因になる。面倒になるので、それは避けたい。

そして、住居を報酬として話題に出さなかったのは至ってシンプル。奇異の視線を向けてくる人がいる村では、妹紅も泊まる気が起きないだろう。

 

 先に決めておくべき事は決めたので、早速妖怪が出ると言う花畑に向かう。時間を潰す理由も特に無いし、一応は初仕事なので真面目にやろうと考えたからだ。

 

 

 「……確かめたい事も有るしな」

 

 「どーした、田澤? いきなり独り言なんて」

 

 「いや、今から会う妖怪について考えていた事があってな。人間を襲ってはいても、殺していないって所に少し疑問を持ったんだ。

  人食い妖怪なら普通は自分の縄張りに入ってきた人間を逃がすような事はしない筈。数人なら敢えて見逃したとかもあるだろうけど、全員が生きてるからな」

 

 「普通の人間でも逃げ出せるような妖怪なら、こんな騒ぎにはならないだろうしね」

 

 「そういう事だ。だから俺は、その妖怪にとっての禁忌に村人が触れて制裁を受けたんじゃないか、と思う」

 

 「もし本当にそうだとしたら自業自得じゃないか?」

 

 「基本的に人間が妖怪から受ける害ってのは自業自得か理不尽かのどちらかだよ。

  攻撃されて当然の事をしたのかもしれないし、訳の分からない理由で攻撃されたのかも」

 

 

 この自業自得か理不尽か、と言うのは妖怪の成り立ちに起因しているのだろうと考えている。まあ、どんな物事も大体この二つの要因に纏められるとは思うが。

元々妖怪とは、理解し難い物を何とか分かりやすくしようとの人間の思いから生まれた。それは例えば勧善懲悪の思想からであったり、自然災害であったり、異国の人間であったり。

これはあくまで大元の話なので、全ての妖怪に当てはまるかと言われれば返答に困るけど。

……と、ここまで賢しらに思考してきたが。俺が旅してきた世界の情報から纏めているので、この世界の妖怪には全然関係無い可能性もある。

そうなったらかなり恥ずかしいので、確信が持てるまで詳しい所まで口に出したくは無い。

 

 

 「おーい、田澤。戻ってこい」

 

 「ん、ああ……。長々と思考に集中するのは悪い癖だ、直したいとは常々意識しているんだが」

 

 「これだけ長くいればいい加減慣れるけどさ、最初の頃は無視されてるのかと思ったよ。外見からは何かに集中しているように思えないし、行動が止まる訳でもないし」

 

 

 そんな会話を続けているうちに、四季の花が咲き乱れる色鮮やかな花畑が現れた。日光を受けて美しく輝く色とりどりの花々に、俺と妹紅は一瞬言葉を失う。

 

 

 「これは……凄いね。凄いとしか言えないんだけど、言葉の学が無いのかな」

 

 「こう言う物は言葉で飾らなくたって、素直に感じたままを言えば良いのさ」

 

 「そうね、下手に言葉を重ねると本来の美しさが覆われてしまうもの」

 

 

 突然会話に混じってきた、若葉を思わせる艶やかな緑色の髪の少女。……そして恐らくは、件の妖怪。

妹紅は驚いた様子だが、この花畑に来たときから誰かが居る事には気付いていた。妖力をかなり抑えているようで、たった今まで彼女が妖怪だと言う事は分からなかったが。

 

 

 「えっと、村の人? 此処は危ないから、すぐに戻った方が良いよ」

 

 「それは知ってるわ。そう言う貴方達こそ妖怪が出る事を知っていて、何で此処に来たの?」

 

 

 まさしく咲き誇る花のような笑顔を浮かべながら、問い返してくる少女。しかし、その笑顔の奥に意識して見ないと分からない、底知れぬ威圧感を持っている。

妹紅はそれに気付かなかったのか正直に目的を話そうとするが、まさか妖怪を前にして妖怪を退治しに来たと言って警戒されない筈は無い。

妹紅の頭に手をのせ言葉を止めさせて、さりげなく誤魔化す。とは言っても柔らかい表現を使うだけで、伝える内容はあまり変わらないが。

 

 

 「俺達はその妖怪と話がしたくてこの花畑に来たんだ。君は今、時間が有るかな? 暇が無いならまた時間を改めて来るけど」

 

 「ふふ、その言い方だとまるで私がその妖怪みたいね。

  それに、文字通りにただ話をするだけには聞こえないわ。誤解を招くような言い方には気を付けた方が良いわね、貴方」

 

 「さっき妹紅が、ああ、こっちの娘が、危ないからと言っただけなのに妖怪が出ると返したのは、心当たりがあるからじゃないか?」

 

 「そんなの村に住んでれば、誰だって知ってる事でしょ? 言いがかりは止めてほしいわね」

 

 「俺は心当たりがあるかと聞いただけで、君が妖怪だなんて一言も言って無いぞ? それに、君が村に住んでるなんてのは嘘だな」

 

 「あら、その根拠は?」

 

 「そんな妖力を持っているなら、並みの妖怪なんて簡単に蹴散らせるだろう? わざわざここに来た村人が、村を脅かす妖怪と交戦してないなんて考え難い」

 

 「……なんだ、最初からバレてたのね。それならこんな回りくどい事しないで攻撃してくれば良いのに。怖じ気づいた?」

 

 

 表面上は浮かべていた穏和そうな笑顔が、温かみを感じさせない冷たい笑顔に変わる。妹紅も事情が分かったようで、俺が作って渡していた御札を取り出し構える。

 

 

 「妹紅、御札はしまって俺の後ろに。今の妹紅では敵わない。それに、まだ会話の途中だ」

 

 「会話の途中……? まあ、田澤がそう言うなら」

 

 「まだ会話を続ける気があったの? 呑気な物ね」

 

 「言っただろ、俺達は話をしにきたって。それに君だって無駄に人を傷付けたくは無いんだろ?」

 

 「別に? 弱い人間なんて生きようが死のうが興味ないだけよ。

  ここの子達を苛める子供がいたから叱ってやって、その後煩い蝿が来たから払っただけ。蝿を潰して自分の手を汚すなんて馬鹿らしいわ」

 

 「ここの子達……花か。君は花の妖怪なのか」

 

 「さあ、自分が何処でどうやって産まれたかなんて覚えてないし、興味も無いわね。私は花が好きで、花にはのびのびと育ってもらいたい。それだけよ」

 

 「……なら、退治する必要も無いな。妹紅、帰るぞ」

 

 

 ここまで聞いた分では、特に外道な妖怪と言う訳では無いようだ。人間に危害を加えてはいるが、ちょっかいを出さなければ暴れる訳でも無い筈。

 

 

 「え、いや、ちょっと!? 初仕事をいきなり放棄はマズイよ! 退治しないと!」

 

 「最初に言ったよな? 罪の無い妖怪を攻撃はしないって。人死にも無い、花を苛めたって言うなら原因は村の方にある」

 

 「確かにこの花を傷付けるのはどうかと思うけど。村の人達が攻撃されてるんだし、それは悪い事だろ」

 

 「なら、妹紅。もし自分の子供が妖怪に襲われたとして、その妖怪を追い払ったから報復に殺されるって悪い事か?」

 

 「その喩え、何となく嫌なんだけど……悪い事って言うより、酷い事かな」

 

 「自分の子供の部分を花に、妖怪の部分を人間に変えて、あの少女の立場で考えるとどうだ?」

 

 「酷い事をしてる、ね……」

 

 

 よし、妹紅も納得してくれたようだ。

村に帰って適当に誤魔化して報酬を貰おう。花畑の守り神だったとでも言えば何とかなるだろ、やってる事としては間違ってないし。

 

 

 「……待ちなさい。調子の良い事言って逃げようとしたってそうはいかないわ」

 

 「本心を話したんだが」

 

 「嘘ね。人間が妖怪の価値観を理解出来る筈が無いし、見逃すなんてもっと考えられない」

 

 

 やれやれ。疑り深い少女だ。別に俺からすれば人間も妖怪もあまり違いは無いんだが。

それに理解出来ない価値観なんてのは、実の所そんなに無いものだ。理解したいか理解したくないか。これが俺の経験上は殆どだ。

 

 

 「君がそう思ったとして、どうするつもりだ? この花畑を傷付けるのは避けたいんだろ?」

 

 「人間を相手にするのくらい、この子達に被害が出ないように力を抑えていても簡単よ」

 

 「……」

 

 

 一瞬だけ俺の魔力と殺気を全身から解き放ち、妖怪少女を威圧する。戦いたくは無いので、あくまで脅しだが。

 

 

 「これでも力を抑えていてどうにかなると思うか? 戦闘になれば此処が……」

 

 「凄い力ね、今まで妖怪でもそれ程の強さを持った相手には出会わなかった。いくら人間でも強いヤツには興味があるわ、絶対に逃がさない!」

 

 「えっ……、流石に予想外の展開だ」

 

 

 冷たい笑顔を引っ込めて、闘争本能むき出しの獰猛な笑みとともに突進してくる少女。あんまりな展開に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。

 

 

 「田澤っ!」

 

 「妹紅、離れているんだ。今の彼女が妹紅に狙いをつける事は無い!」

 

 

 指示を出しつつ、妹紅を退避させる。俺に目標を定めている今、妹紅は眼中に無いだろう。戦闘に巻き込まないよう妹紅の居る側とは反対の方向に避け、少女を誘導する。

突進の勢いのままに放たれる少女の拳。空気を裂く末恐ろしい音を立てるソレだが、只速いだけの攻撃に当たるつもりは無い。

しかし少女は回避される事も予測していたらしく、無駄の無い動きで追撃を仕掛けてくる。そのしなやかな体の動きは厄介極まりない。

魔法による防御はこの至近距離では間に合わないと判断。えげつなくフェイントを交えながら頭を狙ってきた生身の凶器を、魔力で強化した右手で受け止める。

 

 

 「くうっ、鬼に匹敵するんじゃないのか、これは……!」

 

 「へえ、鬼とも戦った事があると言うの? ますます面白いわね!」

 

 

 こっちは面白くない。受け止めた瞬間に体重移動して勢いは受け流したが、一瞬全身を衝撃が走った。

腕力も瞬発力も伊吹や星熊と比べて僅かに劣ってはいるが、戦闘の駆け引きが巧い。彼女らは素直に全力をぶつけて来たが、この少女は相手の追い詰め方を熟知している。

先ほど受け止めた一撃以外は全て躱しているが、回避の幅が徐々に狭まってくる。武器を『扉』から引き出してくるにしても中々その隙を与えてくれない。……ならば!

 

 

 「せえいっ!」

 

 「きゃあっ!? ……不思議な体術ね、やってくれるじゃない」

 

 

 攻撃に合わせて少女の片腕と襟首を掴み、後ろへ倒れ込むように体勢を崩しつつ少女の腹に足を押し当てる。

そのまま俺の背中を地面に接させて後転運動のような動作で作った回転の勢いに魔力で強化した脚力をプラスさせ、少女を遥か後方へ投げ飛ばす。

柔道で言う巴投げをベースにしているが、身体能力の出鱈目さに頼っている為に技とは言えない。形だけ真似た強引な物だが十分に効果を発揮してくれた。

 

 

 「人間は妖怪に比べて身体能力が劣ってるんだから、小手先の技術を使わないと勝てないのさ」

 

 「冗談。本気で無かったとは言え私が力を込めた拳を真っ向から受け止めたり、とても小手先とは言えないわね」

 

 

 投げ飛ばされた草原から悠然と立ち上がりながら俺に返してくる少女。拾い上げたのか、手には今までの戦闘では持っていなかった日傘。……何で今の状況で日傘?

 

 

 「本当に、ここまでとはね……私も、全力を出して相手をしてあげる」

 

 

 その言葉と共に、俺に向けて日傘を構える少女。同時に目に見える程の妖力が日傘の先端に集束していく。……不味い、流石にアレは身体能力だけで対処出来る物では無い!

ちらりと周囲を見回し、位置状況を確認する。妹紅に攻撃が当たる可能性が有り、最悪村まで届いてしまう可能性が有る以上回避は選択出来ない。防ぐしか無いだろう。

 

 意を決して魔力を集中させる。重力を操作する魔法で攻撃を押し潰そうとも考えたが、花畑に被害が出る可能性は避けたい。村にとっても少女にとっても、それは不幸な事だろう。

……俺の内界に宿る術式を参照。魔力によって記述を励起。限定的に『銀の槍』を構成、召喚。

 

 

 「さあ、吹き飛びなさいっ!」

 

 「その結末を大人しく受け入れる気は無い!」

 

 

 少女の日傘から放たれた、極彩色に輝く巨大な魔力砲。妖力そのものをエネルギーとして打ち出すその外見は端的に言って恐ろしい。

向かい来る魔力砲に対し、右手に構えた銀の槍を投げ放つ。投じられた俺の槍は、銀色に輝く火炎と雷撃と言う矛盾に溢れた存在へと変質する。

そのまま少女の放った魔力砲とぶつかり合い、火炎は弾かれ拡散し、雷撃は軌道を曲げられながらも、魔力砲を構成する妖力を浸食していく。

破壊と浸食の均衡状態が僅かに続いたが、遂に魔力砲も銀の槍も自らの存在を維持出来ず爆散。爆風と熱波が撒き散らされる。

 

 そんな中高速で迫り来る少女の殺気。咄嗟に反応して鞘に入ったままの刀を『扉』を介して取り出す。そのままカウンターの要領で刀を振り抜き、刹那の後に鈍い激突音が辺りに響く。

丁度鍔迫り合いの形で交差する事になった武器の向こう側から、あの爆発の中を突っ込んできた少女は面白い物を見たとでも言いたげな表情で呟いた。

 

 

 「あら、どこから出したのかしら、そんな刀。今ので隙を見せるだろうと踏んで、これで止めを刺す心算だったのだけど」

 

 

 くそ、いい加減にしてくれ。俺にお前と戦う気は無いのだ、今の魔力砲すら囮扱いってどれだけ執拗に攻めてくるつもりだ。

そもそもこれ以上暴れれば……と言うより既にお前の大切な花畑がヤバいだろう、どれだけ冷静さを失ってるんだこの少女は。

 

 出来る限り少女を傷付けない方向で終了させたかったが、このままではジリ貧になってしまう。

俺の本質である属性、その一部を劣化コピーさせた身体加速魔法を使用。後ろに回り込み、急激な速度上昇に反応出来ない少女の首筋へ魔力を込めた手刀を当てる。

 

 

 「うっ……!?」

 

 

 防御を続けてきた俺がいきなり積極的な攻撃に移ったせいか、流石の少女も意識の空白が出来たらしい。

ある意味奇襲に近い一撃を急所に受け、これまでの攻防が嘘と思える程に呆気なく意識を失った。崩れ落ちる少女を抱え、一息吐く。

目を瞑ってれば、可愛いのになあ…… 怖い笑みが消えて、穏やかな寝息を立てる少女を抱えながら場違いにもそう思いつつ、走り寄ってくる妹紅に手を振った。

 

 

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