旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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変則的な二部構成です。
今回も明るくない話となっております……


閑話・旅人と賢者の苦悩

 『歪みを刻まれた邪神』

 

 

 

 とある町の、とある小さな祭りにて。夕焼けが辺りを紅く照らす中のこと。

 

 

 「しかし、意外じゃの。こんな特技が有り、その上接客も並以上に出来るとは」

 

 「少し前まで、やろうかと思って準備もしていたくらいには乗り気だったからな」

 

 

 マミゾウは『仕事』が終わり後片付けに入った俺の様子を見に来て、唸る。

今回俺が占い師稼業の代わりに行う事になったのは、餅やカルメ焼きを主に取り扱う屋台の出店。要するに香具師の真似事だ。

 

 

 「いやはや、事前に聞いていたとは言え驚いた。おぬしがこんな事で嘘を吐くとも思わんかったが、ここまで堂に入った仕事ぶりだとはのう」

 

 「君の説明も良かったんだよ。有力者の紹介とあれば、それだけである程度は格が付くからな。全く無名の的屋と言う立場なら、ここまで堂々と出来ない」

 

 

 大した物だと言うべきか、マミゾウはこの小さな町の運営に僅かながら関われる立場らしい。町内会に対して俺の口利きをしてくれて、そのまま大した反対意見が出る事もなく。

時間限定かつ『お店ごっこ』のような規模とは言え、祭りに飛び入り参加が出来てしまった。軽く調べていた限りでは、この業種は縄張り争いがシビアなようなのだが。……まあ他の屋台も半分弱くらいは町の人のようだし、小さな祭りでまで競って枠争いをする物でも無いのだろうか。

 

 

 「……正直、あの様子を見る限りでは人付き合いに何も問題は無さそうに思えるのじゃが」

 

 「役割を演じると言うか、刹那的に魅力的な人格を騙るのは得意なんだ。嘘で塗り固めるのであれば、世に紛れる事は可能だ」

 

 

 嘘で塗り固めた上っ面だけの魅力的な人格、客観的に見れば『俺』もそう変わらない。

 

 

 「人の世では誰しも程度の差こそあれ嘘も方便で通っているとは思うのじゃが……何から何まで嘘と言うのは、本人が一番辛かろうな」

 

 「そこに俺は居ないも同然だからな。まあ、嘘を吐いているのは自分自身なのだから自業自得さ」

 

 

 マミゾウは慮ってくれるが、結局の所責任は俺にしかない。アイデンティティを自身で確立出来ず、しかしそれから眼を逸らして人格者を装い、その結果がこのザマだ。

 

 

 「騙す、化かす、嘘を吐く。ま、儂も似たようなもんじゃがの」

 

 「君にとっては、それこそが存在意義か? いや、どちらかと言えばそれによって引き起こす人間の恐怖こそが本質か」

 

 「その通り。じゃが、この人の世では中々大っぴらに恐怖を煽る事も難しくてのう。精々が微笑ましい怪談を童に言って聞かせてやるくらいよ」

 

 「……そうか。畏怖、恐怖、それによって綴られる物語。我も、それを存在意義に出来ていたのなら、どれほど……」

 

 

 『我等』や『我等』が同胞に関わる情報は、それだけで意思ある者を破滅させ得る猛毒だ。この点でだけ言えば、一部の性質の悪い妖怪にも似たような者は存在するが……

『我等』にとってそれは、獲物を狩る剣でも、自らを覆う鎧でも、潤いを齎す糧でも無い。負の思念による呪いでさえ無く、本当に存在意義とは何も関わりの無い、ただの真実だ。『人間は人間である』『妖怪は妖怪である』言ってしまえばこれくらいの軽さを伴って破滅を導く、理不尽の権化。

何を意図するでもなくただ存在する、いや、存在の痕跡が僅かに有るだけでも『我等』は周囲に狂気を伝染させ、決定的な破滅を呼ぶ。……レイラに付与した魔力が滅びを巻き起こしたように、何がどう転がっていくか俺にさえ容易には想像できない。

 

 いつの間にか、屋台の片付けが終わっていた。町内会から貸し出された軽トラックの荷台に道具を積み込み、幌を被せ、マミゾウを助手席に乗せて走り出す。向かう先はマミゾウの家だ。

 

 

 「話は変わるが、どうじゃ。人の世に紛れて働く、と言う所に自らの居場所を見つけられないかの?」

 

 「表面的に、楽しいとは確かに思える。しかしそれは、隣り合う虚しさを努めて無視した結果でもある。

  ……まあ、何と言うか。無意識的に、眼前の者が最も好ましく思うであろう人格で対応してしまうんだよな」

 

 

 これはもう自分でも分かりきった事なのだが。俺と言う、今の素を見せられるのはそれこそ事情を知るマミゾウくらい。

それ以外の者に対しては『俺』でも『田澤昴』でも無い、その場限りの仮面を被ってしまう。『屋台の店主』に対して陽気を求める者にはエネルギッシュに、神秘性を求める者にはミステリアスに、と言った具合だ。

 

 

 「俺が受け入れられる訳はない。その思いが強く焼き付いているから、俺ではない姿を見せようとする。実際に演じる。

  ……幾ら話が盛り上がろうと、どれほど好ましく思われようと、結局誰もが『俺では無い誰か』としか交流していない」

 

 「ほんに、難儀じゃのう。なまじ人付き合いが出来てしまうから、余計も内外の乖離が進んでしまうのか」

 

 

 八方美人と言えば人間らしくも聞こえるが、その実は自己が全く無い只の返答機だ。

最低限の意思は持っているから哲学的ゾンビともまた違うが、凡そそれに近い『人間モドキ』だろう。何しろ今のこの思考が果たして本当に自らの内にある物なのか、確信が持てない。

所詮は『田澤昴』を元にした架空の人物像を出力しているだけだ。

 

 

 「だがまあ、人間のフリをしたいと言う思いは変わらない。出来なくても破滅するだけだし、これからも努力を続ける」

 

 「……まずはその歪みをどうにかしてやらんとのう」

 

 

 マミゾウの呟きは、聞こえなかった体で流す。

今の俺が歪んでいると言うのを人間的な視点では認識出来るのだが……本質が邪神である我には、所詮一人の『人間』の破滅など些事でしかないのかもしれない。

人間でありたいと心の底から熱望しているのに、どこかでそれを他人事のように冷ややかに見る自分が居る。この二つが同時に並び立つ矛盾は、正しく異界の狂気たる所以か。結局の所、どれほど真似た所で精神構造は人間に似ても似つかないのだ。

……この結論こそ歪みだな。人間になりたい、今似ていないならこれから似せる、それだけで良い。

 

 程なくして、目的地に到着した。軽トラックを敷地に置かせてもらい、二人で『帰宅』する。マミゾウを先頭に、俺もマミゾウの家に上がりこむ訳だ。

ここ数日で慣れてしまった動きだが、冷静に考えると申し訳ないことこの上ない。一日単位とは言え仕事を紹介してもらい、更に居候までさせてもらっているのだから……

 

 

 「……迷惑しかかけていないのに、家賃も無し。これではヒモだ」

 

 

 玄関扉を閉めてぼそっと呟くと、マミゾウが大げさに振り向き。情感たっぷりに俺に縋りつきながら、まるで舞台女優か何かのように叫ぶ。

 

 

 「大丈夫よ、今の貴方はちょっと休んでいるだけなの! 私は貴方の事を信じているから!」

 

 「……君の演技力でそれをやられると生々しくなるなあ」

 

 「ふぉっふぉっふぉっ。儂も何だか本当にヒモを養っている気がしたぞい」

 

 「状況的にはあまり変わらないから耳が痛い……」

 

 

 いや、本当に。確かにマミゾウは最初から『場は用意しよう』と言っていたのだが……働くに限らず、住む場所までをも提供してくれるとは思わなかった。しかも自分の家にだ。

つまり俺は働く環境を必要な用具付きで渡された上に、住居すら厄介になっていると言う事。これほどの厚意を対価無しに享受している現状、これをヒモと言わずして何をヒモと言うのか。

 

 

 「持ち合わせが少ない、その上ここ数日で働き始めたような相手から金を取ったって仕方ないからの。

  おぬしの人柄や能力を少しは知っているつもりであるし、信頼を担保にした先行投資のような物よ。『この程度』でおぬし程の男に恩を売れると思えば、安い安い」

 

 「その信頼には、何としてでも答えよう」

 

 

 マミゾウは俺が必要以上に重荷を背負わないようにとの配慮か、自身の打算的な計画を明かす。

……虎視眈々と実利を狙ってはいるが、その根底に有るのは俺への信頼だと言う。裏切る訳にはいかない。

 

 

 「そこまで重く受け止めなくて良いんじゃがのう……儂が家に呼んだのは、おぬしへの親切だけじゃない。

  そもそも他の住居を手配する程の手回しは出来んかったし、不安定な今のおぬしに目の届かぬ所で不用意に動かれる訳にもいかん。近場に置いておけば、色々と利用しやすいしの」

 

 「成程。言ってくれれば俺の出来る範囲で協力はさせてもらうさ」

 

 「ふふふ。ま、こういう事じゃな。儂はおぬしを良いように使い、おぬしは儂の技能で得をする。それだけの軽い関係よ」

 

 

 これ以上玄関先で話し込む必要も有るまい、と居間に移動する。

夕方だが、まだ夜と言うにも早い時間だ。座卓の前に座り込んでみるが、マミゾウもまだ夜飯と言う気分でも無いらしい。そんな微妙な時間を潰すように、俺達はテレビの流す代わり映えのしないニュースをBGMにして雑談を再開した。

 

 

 「しかし君はよくもまあ違和感なく人の世に紛れられるな。化かすのが得意と言っても、幻想が薄れゆくこの世界で」

 

 「確かに、化け力を失って殆ど人間のようになってしまった同胞も数多見てきたのう。しかし、そこは少しのコツが有ってな」

 

 「参考までに、聞かせてくれないか」

 

 「うむ。おぬしも儂とは毛色が違うとは言え『騙る』力は持っているからのう、助言は出来るかもしれん」

 

 

 俺もかつては人間として不自由なく振る舞っていた訳だが、それにしても妖怪退治屋と言う超常の神秘を振るう者としての外面は必要だった。

更にここ最近の『現実』世界では、拠点を置いて本格的に留まるなど数年でさえ考えられない難易度だ。周囲の混沌を顧みず、精神操作や認識改変などを無節操に行えば、不可能と言う程でも無いのだが……マミゾウは、そんな事をせずとも上手くやっているのである。

 

 

 「まず、化かしに力を使うのは最小限に。身の証を立てる必要ができた時、他にどうあっても手段が無いとなればじゃな。

  ……これは既におぬしも分かっておるじゃろ? 偽造した運転免許証、魔法を使わずに身分の誤魔化しをする場合では中々の選択よ」

 

 「いちいち魔法で解決すると、余程気を遣わない限り小さな矛盾が集積していくからな。まあ、この免許証にも、番号や住所への認識阻害を付加しているが……」

 

 「それなら、儂と凡そ同じ事をしておるよ。儂も基点の立場を作る際にのみちょいと化かして、後は『年を取りつつ』その地に紛れて生活する。

  妖怪としての儂はそれだけではひもじいから、実害も正体も無い恐怖……今風に言えば『都市伝説』かの? それらを細々と流布してもいくが」

 

 「年を取りつつ? ああ、外見年齢だけを変化させるのか! しかし、それではいつか……」

 

 「じゃから、頃合を見て離れるのよ。実家の親の面倒を見なくてはとか、まあその類の理屈を付けてのう」

 

 「ふむ……」

 

 

 面白い発想だ、と素直に思う。かつての旅では俺も妹紅も外見年齢が進行しない事を隠す為、どれほど長くても数年も同じ所に留まってはいなかったのだが……

コロンブスの卵とでも言うべき、解決法である。自然に年を取らないのなら、自分で手を加えて老けているように見せれば良いのだ。それまでの誰も知らない新天地に移動すれば、経過年齢のリセットも容易なのだし。

 

 

 「ありがとう。参考になった。……しかし、俺の抱える問題の本質的な解決にはならないな」

 

 「真に障害となっているのはおぬしの内面じゃからの……如何に環境を整えた所で、肝心のおぬしがそれを活かせなければどうにもならん」

 

 

 そう。確かにこれは俺が幻想郷に戻らず、人の世界で生きていく上で参考になる手法なのだが……まず前提として在るのが俺は『狂気の邪神』である事実。

意図せずとも周囲を狂気で侵蝕し、自らも人間として活動するには不適に過ぎるパーソナリティしか持っていない。見た目による表面的な問題は、この際些細な物だ。

 

 

 「とは言え、あの再会した日に比べれば十分に人間らしく見える。着実に前には進んでおるよ。

  いくら『演じた』付き合いだとしても、実際に人間に混ざって経験を積まんことには話にならんからのう」

 

 

 マミゾウは厳しくも有るが、確かに此方を慮った言葉をくれる。

正直に言えば、自分自身では前に進んでいると思えないのだが……評価してくれるのは嬉しい。そしてマミゾウには常日頃から……と言う程長い付き合いでも無いが、感謝しているのだ。

 

 

 「最近は少し調子が良いんだ。君のおかげだな」

 

 「ほう? 確かにこうして小言めいた雑談はしておるが、特に調子が良くなるような事を言った覚えは無いぞい」

 

 

 マミゾウは俺の言葉に首を傾げる。他者の視点から客観的に判断すれば、正しい反応だろう。これはひどく主観的な要因だからだ。

 

 

 「君は、俺を『田澤昴』と呼ばない。俺を邪神と呼ばない。俺を秩序の破壊者と断じない」

 

 

 マミゾウの顔が強張った。これまで言及してこなかった部分を急に自ら明かし始め、内容も内容だから当然だろう。

しかし、感謝している事を伝えなくてはならない。俺はこれだけ救われているのだと、君にその意思が無くとも俺は平穏を感じられているのだと、伝えなくてはならない。

 

 

 「君は人間のフリをしている俺を、『人間』としてだけ扱ってくれるから。そうして会話している時は、少しだけ何かを忘れていられる。……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『邪神に刻まれた歪み』

 

 

 

 月の因縁が発端となり発生し、大衆に『永夜異変』と認識された水面下の争い。

異変終息から暫くの時が経ち、竹林の奥に隠れ住む医者の存在が人里で囁かれ始めた頃の事。幻想郷は、表面上、何も変わっていなかった。

 

 異変に関わった者達は一様に口を閉ざし、そこで何が起こったのか、何が明かされたのか、全ては秘されたまま。

当然、そこで幻想郷の住人が一人減った事など、知られる筈も無い。事情を知る僅かな者達の間では、大き過ぎる歪みを残す結果となっていたが。

 

 

 「……紫様。今日も引き続き、藤原妹紅は結界への破壊工作を行っています。

  無縁塚にて、同地と香霖堂より取得したと思しき外界の物品を用いて空間干渉術の展開を試みていた模様です。いずれかの段階で、月人の入れ知恵が有ったものと推測されます」

 

 

 幻想郷の何処かに存在する、境界の地において。

『策士の九尾』八雲藍は、主にして幻想郷の管理者たる八雲紫に、自らの見てきた『歪み』を報告する。藍の言葉を聞いた紫は、感情の読み取れない視線を向けると共に、揶揄するような口調で返す。

 

 

 「それで? 貴女はそれをみすみす見逃して来たのかしら、藍?」

 

 「御冗談を。止めさせるべく接近しましたが、弾幕ごっこで敗れてしまいまして。取りあえず今日の所は引き下がってきました」

 

 「貴女の方こそ、下手な嘘は要らないわ。弾幕ごっこで負けたくらいで、式をそこまで酷使する状況にはならないでしょう。……殺す気で攻撃されたのね、あの娘に?」

 

 

 藍の外面に異常な所は無く、すまし顔で立っている。

しかし式神を通して彼女の状態を正確に把握できる紫には、その内側で起こっていた激しい消耗を隠す事など不可能だった。藍は表情を崩し、観念したように話し始める。

 

 

 「……ええ。私の式さえも焼き尽くす、恨みの籠った炎を。妹紅の炎は命を力に転換する呪術の一形態ですが、それに加えて怨念をも燃料に用いていました」

 

 「妖怪の私が言えたことではないけど、そんなの邪法の典型みたいな物でしょうにねえ。……で、何で貴女はそれを誤魔化そうとしたの?」

 

 

 藍の言葉から、妹紅の使用した力が外道に属する術であることを見抜いた紫は他人事のように呟く。……そしてそのまま間髪入れず、笑みを浮かべて藍を問い詰めた。

 

 

 「紫様の式である私が、人里の守護者を気取る程度の術師に退けられた。それを口にするのが気乗りしなかったのです」

 

 「成程、お優しいわねえ。スペルカードルールを無視した攻撃を受けた事を知られれば、妹紅の立場が悪くなると思ったのね?」

 

 「……」

 

 「無理矢理聞き出す事も出来るのよ。無駄な手間をかけさせないでくれるかしら」

 

 

 藍は素知らぬ顔で嘯くが、紫はその戯言を無視して真実に踏み込む。

紫は既に、どのような事情で誰がどう動いたのか、殆どに見当を付けてしまっているのだ。それでも敢えて質問の形式を取ったのは、藍の反応を把握したかったからだろうか。

今度こそどうにもならないと悟った藍は、何かの当て付けのように皮肉を交えながら、妹紅との間に何が起こったのかを語る。

 

 

 「……そうですね。紫様の前には、全ての秘は暴かれ晒されてしまうものですからね。

  紫様の仰る通りの理由で、私は妹紅を庇いました。尤も妹紅の方は、紫様も私も一緒くたに憎み恨む対象となっているようですが」

 

 「殺されそうになったのに立場を案じて庇うなんて、優しいを通り越して愚かだと思わない?」

 

 「平和ボケした滑稽な姿だと言う自覚は勿論有りますよ。ですが、妹紅の憎しみの根底にある慟哭には、共感できる部分も有りましたから。……紫様も、理解しておられる筈ですよね」

 

 

 紫にその行動のおかしさを指摘され、そして藍自身も否定はしない。しかし藍は紫への問い掛け……と言うには確信を持った言葉を加えて、毅然と返す。

 

 

 「どうせ聞く者は私しか居ませんよ。私は紫様の式神(どうぐ)ですし、独り言のような物です」

 

 「……立場を揺らがせる訳にはいかないの。私は幻想郷の管理者、妖怪も人間も犯す邪神だと判明してしまったら看過は出来ない。ましてや、博麗の巫女が自ら決断した行動を妨害するのは」

 

 「霊夢の勘だって、そういつも当たる物では……いや、彼女なら有り得るのが何とも」

 

 「肝心の貴女も、信じきれない部分が有るのでしょう? 姿を消す前に彼が残した言葉を」

 

 

 紫は一瞬だけ遠くを見るような素振りをしたが、首を振って呟く。

そして藍も言葉に詰まった所を、逆に問い掛けて返した。紫も既に、田澤が邪神の本性を明かしてから消えるまでに藍へ残した言葉は把握している。

 

 

 「……正直に言えば、そうです。彼は最後、自嘲するように自らの出自を語り、そして人間としての過去は」

 

 「一つの星から妖怪を、怪異を殺し尽くした。その話が真実だとすれば、幻想郷にとっては明らかな脅威よ。

  勿論、滅ぼした相手の力量が低かったと言う楽観的な可能性も皆無では無いけれど……経緯その物が危険思想の塊ね」

 

 

 これまで妹紅と田澤を擁護してはきた藍だが、彼女も田澤を完全に信頼する事は最早出来なかった。

当然だろう。自らの同族を殺し尽くしたと言う過去を明かした相手だ、警戒を抱かない方がどうかしている。これまでの交流からある程度人となりを知っているつもりでも、心の何処かに恐怖が刻まれてしまったのだ。

……いや、恐怖『程度』ではない。尋常なる生命種を遍く狂わせる、宇宙根源的怪異の真骨頂。正気度を蝕み発狂へと至らせる害毒が、たかだか恐れを齎す程度で終わる訳が無い!

 

 

 「……あの一瞬、彼が空間の裂け目に身を沈める直前に、私は幻視したのです。

  数多の妖怪の返り血を浴び、恐ろしき笑みを浮かべて剣を振るう翁の姿と……無数の屍を踏んで佇む、異形の姿を……!」

 

 「藍……?」

 

 

 藍は最後に見た田澤の姿に言及した途端、自らを抱えこむように腕を交差させ、肩を掴んで震え始める。

自らの式神が見せた突然の豹変に、紫が思わず不安げに声をかけた瞬間。藍は頭を掻きむしりながら悲痛な叫び声を上げた。

 

 

 「ああ、思い出してしまった! 一度は忘却に封じた筈だったのに! 駄目です、紫様、逆巻く銀河は無慈悲、開闢原初の混沌が在ったのです、波の最期を看取らなくては!

  上階の富裕層は私を見下ろしていた、あの水辺は障害なのだ! あの回廊に蠢く赤子達もまた! 今すぐ寺子屋を馬車で駆け回るべきです、広場で逃げ惑う私達は襲撃されていたようで! 彼らを救え! 晩是石! 宙を飛んで助けを得て時計の中に逃げ込み消えた印の国の師を名乗る神秘家は藍の一面であり普遍の意識は集合で歪む光のような物であって結晶の三稜鏡であって」

 

 「落ち着きなさい、藍! もう口を開かなくて良い、考えなくて良いの!」

 

 「私だって不気味に思うでしょう!? あの金網には錠が無数に括られていたのです、幾つも、幾つも、幾つも! 墓標には人が座られていたし、光も聞こえた! 今思えばあれは葬送行進曲でした! だってそう思ったんですから、そうに違いないのよ! 私が知性に優れていることは紫様がよく知っている筈ですよね、三途の川を考えてください、お分かりですよね!?」

 

 「……眠れ、『八雲藍』!」

 

 

 紫は式神への絶対命令権を行使し、藍の意識を強制的に遮断させる。狂気に満ちた勢いは、嘘のように消え。静かに倒れ込む藍を、紫は壊れ物を扱うように静かに支えた。

 

 

 「……該当する記憶を抹消してあげたい所だけど。下手に確認すると、私も二の舞を演じる事になりかねないわね。期間を指定して、そこを全て改竄するしかないかしら」

 

 

 自分の腕の中で安らかな寝息を立てる藍を、紫は様々な感情が入り混じった表情で見つめる。

そうして何をするでもなく立ち尽くしていた紫だが、やがて動く気力が戻ったのか。藍を布団へ横たえてやり、自らは屋敷の縁側に腰かけて情報と思考の整理に入る。

 

 

 「……短期間の接触で、大妖怪すらもああまで狂わせる。藍よりも長く、もしくは深く接触した者は、これ以上の狂気を刻まれたと見做した方が安全ね。

  すぐに考えられるのは、妹紅。後は異変の最中に行動を共にしていた射命丸文、相対していた月人。あの時竹林に訪れていたらしき幽々子達に、交流を確認している風見幽香……」

 

 

 紫は自らの考えを羅列として口に出しながら整理する。元々喋りたがりではある紫だが、独り言を盛んに呟く癖が有る訳ではない。

少なからず精神的に衝撃を受けたのか、無意識の内に軽い多弁症のような影響が出ている。藍に比べれば、無視しても構わないほどの影響では有るのだろうが。

 

 

 「やはり優先するのは妹紅が確実か。藍に殺意を持って攻撃を仕掛けた事と言い、明らかに普段の理性的状態ではない。

  邪神の狂気に飲まれたのではなく、慕う者を奪われた無念から来た激情と言うならば、それはそれで対処が困難ではあるかしら。……両方、と考えるべきね」

 

 

 暫くの後に、紫は立ちあがった。妹紅を筆頭に対処するべき対象の脅威は判明した、式も倒れた今は自らの他に動く者は居ないと。

 

 

 「『最初から人間であれば良かった』か。そんな事……」

 

 

 幻想郷の歪みを取り除く賢者として動く、その前に。誰も見ていない、誰も聞いていない部屋で、紫は。

 

 

 「私だって、思うわよ」

 

 

 それは面倒を嫌って吐き捨てた言葉だったのか、言葉を残した者への願いに等しい言葉だったのか。

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