「なあ、お前さん。近頃働きづめじゃったろ、気分転換に旅行でもどうじゃ?」
「旅行? と言うより、それほど働き過ぎてもいなかったと思うが」
一仕事を終え、家に帰ってきた所で。マミゾウは、唐突な提案をしてくる。
働きづめと彼女は言うが、実の所そうでもない。まず、俺は定期的に出勤して働くと言う訳ではなく、盛り場へ出店を出すと言う不定期の働きが主である。
あくまで祭りの期間中のみ働いている、と言うのがイメージとして正しい。そして、祭りと言うのは普段からそう毎日毎日近場で続くものではない。四季の変わり目や、季節が深まる頃には逆に連続し始めるが、そのタイミングから外れると正直仕事は少ない。
「まあまあ、そう言わずに。確かに、仕事その物で使う体力と言う意味では微妙だったのかもしれん。
じゃが、おぬしが何の努力もせず、単に祭りが来るのを待っていた訳ではないと……儂はこの目で見ているぞ」
「……それは、そうだ。一応はこれで食っていく必要が有るんだし」
大規模な催し物を行う会場に目星を付け、近くに張っていればそこそこのおこぼれは手に入る。
幸い、ここから軽トラを走らせれば一時間程度の距離に中々の大きさを誇る市民会館が存在する。そこだって連日のように行事が有る訳ではないが、幼稚園の合同お遊戯会から大学生の論文発表、会社員向けのセミナ等、かなりバリエーションに富んだお客さんが『来る可能性が有る』。
……流石に最初から物を買う気でいる祭りテンションの方々とは勝手が異なり、時間当たりの稼ぎは決して良くない。そこは根気と営業努力で何とかするしかない訳だが。
「ほらの? 息抜きも必要じゃよ。特におぬしの場合、人と関わる際には常に気を張っているようじゃしのう」
「……」
見抜かれていたか。隠すつもりも無ければ隠せるとも思っていなかったが。
出店の店主と言うこれ以上ないくらい客とのコミュニケーションが必要な環境でそれ、と言うのは酷く滑稽だろう。正直、現状の内面的に向いていないような気はする。
まあ、だからこその選択と言う向きは有る訳だが。人間として振る舞う修練と言うか。
ともかく、ここ最近気の休まる時間が無いと言うのは事実である。
原因が俺の中に根差す物である以上は、根本的な解決をしない限り何をしても張り詰めているのは変わりないが……この辺りで大きく環境や状況を動かしてみると言うのも良いだろう。
「……そうだな。見てみたい場所も、無い訳ではない」
「お? 興味なさげにしておいて、欲求はちゃんと有るんじゃないか。何処を見繕っておる?」
……ここまで目を逸らしては来たが、何時かは向かわなくてはならない場所。向かい合うべき者達が居る場所。
「諏訪の方に、少し交友が有った。そこを、一目でも見ておきたかった」
唐突に思えたマミゾウの提案だったが、彼女自身は俺がどう答えようと最終的には旅行に引っ張っていくつもりだったらしい。
俺が旅行に前向きで、目的地に関しても明確な対象があると分かると、すぐに移動の準備を整えていた。手間が無くて助かると笑うマミゾウには言いたい事も有るが、先延ばしにしていた行動の後押しをしてくれた事は感謝しなくてはならない。
「それにしても、以前おぬしが活動していた場所か。……そこは、例の?」
マミゾウと資金を折半し、船と電車を駆使して諏訪へ向かう俺達。そんな移動の道中、マミゾウは俺の顔を覗き込むようにしながら小声で問いかけてくる。
「いや、そことは異なる。俺がこの世界で足掛かりにしていた場所だ」
「……この世界? それは、どういう意味じゃ」
一瞬迷ったが、隠す意味も無いなと判断する。マミゾウは『現実』に折り合いを付けて過ごしているとは言え、本質的には明らかに『幻想』へ属する存在だ。
幻想郷の存在を知った所で何か不都合を起こすような要因が有るとも思えない。……何か問題が有ったとしても今更俺が知ったことか、と言う逆恨みの感情も思考を誘導する。
「とある結界により構成された、この『現実』と陸続きの異界。忘れ去られた者、幻に住まう者の楽園、『幻想郷』。そこが、少し前まで俺が居た場所だ」
「……そこから放逐されたと言うおぬしを前にしては、とても楽園とは思えんが」
「誤解を解いておくと、俺は放逐された訳ではない。あくまで俺自らが決断し、あの地を去った。
……良い場所だったよ。だからこそ、我と言う害毒があの美しき世界を狂気で犯してはならなかったのだ」
……八雲からの最後の扱いは危険物だったし、自分勝手な憎しみまでを完全に消し去る事は出来ないが。
我のような文字通り概念が異なる例外を除けば、客観的に見て行き場を失った全ての幻想の楽園だ。それは、今でも変わらない評価である。
「おぬしは……いや、何でも無い。お前さんがそう在るのなら、儂はそれを尊重するよ」
マミゾウは何かを言いかけて、止めた。何を言いたかったのか見当が付かない訳でも無いが…言葉を切ったと言う事は、俺がその先を気にするべきではないと言う事だ。
互いに言葉を発しにくい空気が流れるが、そんな雰囲気など知る由も無い電車のアナウンスが能天気に目的地が近付いている事を告げる。これ幸いと、新しい話題を振った。
「さて、そろそろ時間だ。降りる準備をするぞ」
「うむ。……その装い、未だに見慣れぬのう」
マミゾウは自らの和装を整え直し、そのままの流れで俺の服装に視線を向け、何とも言えない表情を浮かべる。
今の俺はチャコールグレーのスリーピーススーツを着込み、髪をオールバックにして、細いフレームの色付き眼鏡をかけると言う、何かを勘違いしているとしか思えないファッション。
勿論、理由も無く趣味で選んだ訳ではない。端的に言えば、八雲や東風谷を含め、知人に『田澤』と認識されないための変装だ。占い師稼業ではスーツも着ていたが、今のような威圧と表裏一体の存在感を醸し出すような物ではなかったし、髪やその他の小物も含めとても好青年とは程遠い姿を取る事が出来ている。
「ま、まあ仮にも生活を共にしている儂でさえ見慣れぬ程じゃ。少し関わりが有ったくらいじゃ見抜けぬだろうよ。……それにしてもお前さんは、化けるのが巧い」
「生憎と、虚構の他人として振る舞う才能だけは優れているようでね」
「……そのような皮肉を、他の者にも言えるようになれば一端なんじゃが」
自己破滅的な軽口は、マミゾウの正論で潰される。
こんな自嘲を身内にひけらかしておきながら、他人には素の自分で振る舞えない、なんてふざけた言い分だ。しかし、人間らしい振る舞いが分からなくなっている現状で中々思い切った事が出来ないのも確かでは有る。
「ま、焦る必要は無い。そもそも、本当の自分なんてそう分かってる奴おらんじゃろ」
「……それは、君もか?」
「そりゃ、大まかにこう言う性格ってくらいの自覚は有るがの。微に入り細に入り『こんな時はこう考えて』『こう言われればこう返す』なんてな」
「……そうか。そう言う、ものか」
マミゾウの言葉は、俺が無意識に持っていた観念を否定する物だった。
我はその性質上、人間として振る舞う際にはまずその振る舞う人間の行動パターンを全て再現してからそれを模倣する。あたかも物語の登場人物の設定を書き出し、それに自らを仮託するように。『我等』の演算能力を以てすれば、造作も無い事である。
だからこそ、『俺』の仮面が壊れた時に人間としての拠り所を失ってアイデンティティの崩壊へと直結した訳だが……そのシステム自体が根源的に不自然なのだ。自らの人格を、思考パターンを、完全に客観的な形で予測し、あまつさえ予めルーチンに組み込めるなど。
何か。何か、光明の一端を掴んだ気がする。
「ありがとう。とても、良い事を聞けたよ」
「そんな大層な事は言ってないんじゃがの……」
そうこうしている間に、電車は目的地へ到着した。少しばかり勇気を振り絞って降り、随分と訪れていなかった気のする商店街へと向かう。
「……注目、浴びてるのう」
「予測はしていただろう? 互いに」
……商店街を歩くが、感じる視線が凄まじい。
何しろ、威圧感有るスーツ男と堂に入った和服女性の二人組である。いつの時代の任侠映画から出て来たんだと言いたくもなるだろう。
「儂は別に視線を集める事は嫌いではないが。おぬしは問題無いのか?」
「ここでは地味めの好青年として振る舞っていたからな。こうまで注目を浴びれば、『占い師田澤』とはどうあっても結びつかないだろうさ」
「あくまで過去を見抜かれるのだけが問題って事か。ならば注目を浴びてこの姿を印象付けるのは理に適っておるな」
「君が合わせるようにそのファッションで来てくれたのも助かったよ。確実に、他者へ与える印象は以前と異なる」
「ヤクザとその愛……いや、儂は何も言わん」
マミゾウは気疲れしたように首を振る。……後で、何か礼をしよう。
「それで……ここで、何か他にする事は?」
「今、終わった。以前はあの東屋で占い師稼業をやっていて、周りの方々が元気かどうか知りたかったんだが……何ら変わり無さそうだ」
これなら、いつ消えても大きい騒ぎにはならないだろうし。
「……ああ、何だか疲れてしまったわ。あそこで休憩とさせてくれぬか」
「構わない。俺も、もう少しだけこの場所を眺めておきたい」
東屋の長椅子……かつて俺が占い師として腰かけていたそこに、別人として腰を落とす。
ここから見える風景は、変わらない。人が通り、店の者と親しげに声をかけ合い、そして物を買っていく。そんな平穏な光景が、感慨深い。
「……灰皿が有るって事は、そういう事じゃな。すまん、ちょいと一服させてもらうぞい」
「ご自由に」
マミゾウは俺に伺いを立てつつ煙管を取り出し、実に手慣れた様子で吸い始めた。……東屋で和服の女性が煙管を吸うって、本当に此処はいつの時代だ。
「いやあ、済まんのう。実は家でもおぬしの見てない所で吸ってはいたのじゃよ」
「君の家なんだし、俺が何か言う事は無い……吸いはしないが、特別嫌っている訳でもないし」
「あー、最近の若者はそんな感じじゃの。喫煙を積極的に排除する訳ではなく、かと言って決して好んでもいない。真に興味が無いと言うか」
世間の風潮的には確実に淘汰される流れじゃがのう、と呟きながら紫煙を漂わせるマミゾウ。場所、服装、そしてその風格が相まって、何とも言えない色気が有る。
「おぬしも、そんな立ち位置かの?」
「どうだろう。吸った事が無い訳では無いが、今でも続けているかと言うとそうでもないしな。
喫煙に関する興味が無関心を上回れば、あるいは……と言う所か。親の仇か何かのように嫌っている訳ではない」
「……仲間が出来るかと思ったんじゃがなあ」
少しだけ愚痴っぽくこぼして、マミゾウは灰皿に灰を落とした。
……何となく遠ざけていると言うだけだから、マミゾウが望むのなら一緒に吸っても良いのだが。とは言え、そんな如何にも同情や義務感で付き合っていると言う感じは本意ではないのだろう。
「まあ、今のおぬしが煙草を吸っていたらそれこそ周囲への威圧感が凄そうじゃ。儂の精神衛生的にも、頷かれなくて良かったのかもしれん」
「……それこそ極道の世界だ」
煙管を携え煙を吐き出す、グレーのスーツにオールバックの男。おまけに眼鏡はカラーレンズ。そして極めつけに、傍らには底知れない色気を漂わす和服の女である。
「一服も終わったし、あんまり此処に留まるのも良くはなさそうじゃな。そろそろ、移動した方が良いのでは?」
「ん、そうだな。商店街の方々に無駄な不安を煽りそうだし……」
いそいそと東屋を出て、来た道を戻る。商店街に関しては、平穏な光景と久しぶりに店主の方々を眺められたと言うだけで満足だ。これ以上を望む方が罰当たりと言うものだろう。
「次は、どこへ? 儂としては、気ままに歩くのも歓迎じゃぞ」
「もう二度と此処へ来ないかもしれないから、心残りは無くしておきたい。行ってみたい場所が有るんだ。……守矢神社と言ってな」
タクシーを捕まえ、神社の名前を伝えると、以後の展開は早かった。
僅かな緊張感を滲ませつつ親し気に話しかけてくる運転手と雑談していると、程なくして神社近くの駐車場まで到着する。
「ああ、運転手さん。帰りは良い、ここまで悪かったな」
「良い土産話を聞かせてもらったよ、元気での」
いつまでここに留まるか不透明だ。俺達のような二人組を待たせて神経を磨り減らせるのも忍びないので、御金を渡してこれでお別れとする。
心なしか素早く去っていたタクシーを眺めて、どちらからともなく呟く。
「……商売人としての根性かのう。少なくとも表面上は饒舌じゃったの」
「まあ、沈黙にこそ耐えられないと言う向きも有ろうが……タクシー運転手とは、大変だな」
「最低限の覚悟は有ろうよ。『本物』だって、いつ乗るか分からない」
「それはそうだろうがな」
「申し訳なさそうにしておいて、おぬしも割とノリノリだったじゃないか。やっぱり何だかんだ言って、人と話す事自体は好きな部類じゃろ」
「『話すだけ』ならな……」
もう何度も言っているが、架空の誰かとして適当に口を動かすのは得意だ。『俺』のアイデンティティが崩壊しているのも有って、余計に『誰か』として振る舞うのが好ましく感じられるし。
「ともかく、行こう。こうしていても意味が無い」
「はいよ。おぬしの話では、現人神の少女が居るんだったか?」
「今の時間も神社に居るかまでは分からないが、彼女の姿も見ておけたら良いなと思っている。どちらにしても、神の気配は感じられる筈だ」
「儂のような妖怪にも寛容な者であれば良いんじゃが……いざとなれば、化かしてでも逃げるぞ」
「その時は俺だって協力するさ。君まで巻き込んでおきながら、それでも頑なに『人間のフリ』を続ける気は無い」
長い石段を登りながら、ぽつぽつと言葉を交わす。
商店街からの帰りでは幾らか事情を説明したが、流石にタクシーの中では詳しく話せなかった。今の内に情報を共有しておこうと思い、分かるだけの事を伝える。
「建前上、タケミナカタを祀っているらしい。現人神の彼女曰く、本当はちょっと違うとの事だが」
「よりにもよって軍神か……ますます妖怪への風当たりが強そうじゃ。妙な事にならなければ良いが」
「これは少し下衆な話になるが、その神は現在信仰を失いつつある事で力を落としているらしい。
流石に本拠地たる神域では力を増すだろうが、精強なる武力を十全に振るえる状況ではないだろう。逃げに徹すれば、向こうも深追いは出来ない筈だ」
「仮にも軍神相手にそんな評価が出来る者はそう居るまいて……ま、そこまで言うならいざって時は任せるぞい」
……こう言う時に、『我等』の力は優秀なのだ。時間を止めて異空に逃げれば、たとえ勝てなかろうと離脱を止められる事は無い。
もし時間停止その物を妨害されるのであれば、それは相手が『我等が主』と等しき位階にある超越存在である事と同義。そうしたら無責任ではあるが、我にはどうしようもないので考える意味が無い。
「……そろそろだな。まあ騒ぎを起こす気は無いし、向こうも『参拝者』を無碍には出来まい」
「気付いたとしても気付かなかったとしても、か。それでは儂も気楽に行くかの」
石段を登り切り、境内へと踏み込む。途端、何か懐かしさのような気配を覚えた事に困惑する。
しかし、境内に入った瞬間止まっているのはそれこそ怪しい。礼をしたフリで誤魔化しながら、奥へと歩いていく。丁度、見知った少女が居た。
「……うわっと、ああ、し、失礼しました。参拝の方……ですよね?」
「……ああ」
竹ぼうきで落ち葉をかき集めながら何か口ずさんでいた東風谷は、近づいた俺達に気付き、ついで俺達の姿を確認して驚き、慌てて平静を取り繕う。俺もどう反応していいか戸惑ってしまい、思わず『役』に引っ張られたぶっきら棒な相槌で返してしまった。……余計に東風谷の緊張が高まる。
「え、えっと、ご説明とか、させて頂いても構いませんか? ここの神様のお話なんですけど」
「タケミナカタだろう? 大体知ってる」
「そ、そうですかぁ! それでは余計なお世話でしたね、申し訳ありません!」
遂に耐えかねたのか、東風谷は逃げるように去ってしまった。その後ろ姿を見送った後、マミゾウが小声で話しかけてくる。
「何もあそこまで脅かさなくとも良かったじゃろうに。可哀想に、あの少女も最後には軽く泣きが入っておったわ」
「……俺もやり過ぎたとは思ってるんだ、そこは勘弁してくれ。だが、ある程度は意識して距離を取らないと、いつ見抜かれるか分からん」
東風谷とは割と会話した回数も多い。間違いなく声は覚えられているし、背格好も同様だ。
髪型と服装、漂わす雰囲気で誤魔化してはいるが、もし近くから観察されれば隠し通すのは難しいだろう。初対面で近寄りがたい印象を強烈に植え付け、万が一にも『好青年』と合致させられないようにしなければならない。
「……そこまでして、過去の交友を無かった事にしたいのか?」
「……いや。本音を言えば、無かった事になんてしたくはないさ」
しかし、狂気を撒く邪神との関わりなど、一刻も早く断ち切った方が良いに決まっている。
だからこそ『人間のフリ』をして、更にはその上からかつての『俺』とは似ても似つかぬ仮面を被り直し、最後の未練を解消しようとしているのだ。
……その者にとっての『俺』を上書きし、『誰か』で最後を締めくくれるように。
ともかく、東風谷に対してはこれで良い。叶うならば、まだ聞きたい話も聞かせたい話も有ったが……もう、『俺』は戻ってはいけない。
東風谷が去っていった方向をぼうっと暫く眺めた後、本殿に向き直る。東風谷の話で未だにある程度の力を残した神が座している事は知っている。直接の面識は無いし、警戒されるような気配も封印しているからその点で衝突はしないと思うが……
自らの代行者である風祝を脅しているような男に、何も罰が下らないかと言うと別問題である。構えていた方が良いだろう。
「……とは言え、何を祈ったものか」
『我等が主』に仕える従者にして、自らもまた神の位階に据えられる『我等』が、関係の無い神に祈りを捧げると言う行為自体が滑稽な気もするが。
そんな身も蓋も無い考えが浮かび、思わず呟いてしまうと、マミゾウが特に深く考えた様子もなく言う。
「そんなの、無難に商売繁盛や健康祈願で良かろう。叶えるかどうかはまた別として、神は好き勝手に祈りを受けるのが役割じゃろ」
「ほう。何故、そう考えている?」
「何故って、神は信仰から利益を齎す性質を持っていると言うだけで、畏れを元に幻想の力を振るうって点では妖怪と変わりなかろう? 祟り神なんか、それが顕著じゃ。
神にとっては、祈りを捧げられると言う時点で目的は果たされているのよ。どんな祈りだろうと神に叶える義務は無く、逆に願っていけない祈りなど無い。妖怪も、神も、人も、そこは気楽に済ますものさ」
……。そうか。それで、良いのか。妖怪も神も変わりは無く、人は神に自分勝手な願いをしても良い。神は気楽に振る舞うだけで良い。
急に、気分が良くなる。我が背負う、『田澤昴』の記録、『我等』の狂気、『俺』の仮面。それらは……もしかしたら。
「……くくっ。感謝する、マミゾウ。君の、その言葉を聞けた事は、俺にとって正に天啓と言って差し支えないよ」
「ず、随分大きく評価してくれたのう。よりにもよって神社で、儂の言葉を天啓などと評するとは」
「今更だろう? ここの神様も、君にそう言われるのは納得いかない部分も有ろうさ」
「……確かに権威ある『神さま』には、到底受け入れられん思考じゃな。先に喧嘩を売ったのは、おぬしではなく儂か」
マミゾウは妖怪である自らの言葉を天啓とした俺に苦笑を浮かべるが、それを言うならそもそもマミゾウ自身が余程失礼だろう。
妖怪が神をこきおろしているのだ。向こうが俺達の正体に気付いているかは分からんが、客観的にはそちらの方こそ無礼極まりないと言えるのではないだろうか。
「……ありがとう、タケミナカタの仮姿でこの社に根を下ろす神よ。貴方の紡いだ縁で、俺は答えの一端に手を掛けたかもしれない」
言葉は自然に出た。祈りではなく、感謝だ。この神社の風祝たる東風谷を訪ねて、マミゾウと共にこの地を踏み。そこで得られた経験は、間違いなく千金に値する。
「さて。何か、お守りでも買っていくか? 東風谷には、悪い事もしたしな……」
「金を撒くと言うのも何か安直な気はするが、それ以外に誠意を見せる方法が無いと言えばそうでもあるしのう。まずはお賽銭じゃな」
財布から5円を取り出し、賽銭箱に放り込む。……少し迷った後、千円札も投げ入れた。
そのまま本殿を後にして、東風谷が去っていった方へ進む。流石に社務所を放り出してまで逃げるとは考えにくい。
「あ……先程ぶりです。おみくじにお守り、破魔矢も有りますよ」
予想は違っていなかったようで、社務所には東風谷が待機していた。
おみくじ等の一式が揃っているようだったのでこれ幸いと近づくと、東風谷は俺達の姿を見るなり先手を打つように話しかけてくる。
……まあ、仕方ないだろう。今更『好青年』としては振る舞えないが、このまま恐怖を与え続けるのも悪い。役を続けたままで、可能な限り謝っておく。
「ああ、嬢ちゃん。さっきは悪かったな。どうも俺はこの通り、ぶっきらぼうでよ」
「この人の事をそう怖がらないでやっておくれ。これでも可愛い所のある人じゃから」
「……おい、変な事言うな」
意識して、普段よりも低く響く声を出す。マミゾウもフォローしてくれるが……思わず素とも役とも付かない調子で突っ込んでしまった。
「うわあ、凄い……。お二人はもしや、あ、いえ、やっぱり何でもないです! 何か、お探しでしたか!」
「そうだな。お守り、破魔矢、一通りお願いしたい。そしてさっきは断ったが、ここの神様の事や神社の由来について聞かせてもらえないか」
「勿論大丈夫ですよ! ええっと、一通りと言うと、このセットですね。これだけ、頂けますか」
東風谷に示された分を財布から渡す。東風谷は手慣れた様子で紙袋に一式を詰め、それを持ったまま俺達の方に出てきた。
……他に対応する人が残っていないようだが、放置する形で良いのだろうか。説明を頼んだのは俺なので、指摘するのも変だが。
「先に物の方だけお渡ししますね。説明の間邪魔になってしまうかもしれませんが、お金を頂いてそのままとなるとトラブルの元になってしまうので……」
「構わんよ、これくらい重くもない」
「ありがとうございます。さ、それではご説明させて頂きますね!」
東風谷は自分のペースを取り戻した様子で俺達を先導していく。やはり、何だかんだと言って度胸の据わっている少女だ。
東風谷の説明は、俺にとっては彼女自身から聞いた内容も多い。とは言え実際に例を示されながら説明を受けると分かりやすさも違うし、マミゾウはとても興味深そうにしている。
「と言う事で、タケミナカタ様の神話は宗教戦争の寓話とも言えるのです。元々この地にあった信仰と外来の信仰、土着と中央の神話の対立ですね」
「シマ荒らしの繰り返しとは、身につまされるな」
「負けた側が惨めに晒されるのは儂らの渡世と変わらんのじゃな」
我ながら大人気ないが、役に沿った言葉をここぞとばかりに嘯く。マミゾウもノリノリで合わせてきたので、正に『本物』になった気分である。
「あ、あはは……えっと、お二人は勝利祈願とかご興味有りますか? もし宜しければ、準備をしますよ」
「おお。そりゃあ、縁起が良い」
「お願いするよ、お嬢さん。儂らにちょいと力を貸しておくれ」
「分かりました! それでは本殿で少しお待ち下さい、用意をしてきます」
東風谷は社務所の方へ戻っていった。俺達も言われた通り、本殿に上がらせてもらう。
「中々感心な娘じゃな。役目をしっかりと果たしておるし、『商売』も上手い」
「俺達に合わせて勝利祈願を提案してきたんだろうしな。厳つい者共に引かん度胸も有る訳だ」
本殿に立ち入りながら、東風谷について話し合う。あの真面目さと強かさはマミゾウにとっても好ましい物と映ったらしい。
……そうして、東風谷を待っていると。
「……遂にお出ましか。妖を威圧する風が吹き込んできおった」
「うむ。しかし、この神気は……?」
マミゾウが小声で呟いた通り、神聖な威光を伴った風が周囲を満たし始める。だが、俺はその風に再び困惑を覚える。……何だ? これを、この気配を、知っている?
……俺の疑問は、顕現した神威を『見た』瞬間に解決された。
「……っ!? そうか、この神気、そうか、君だったのか!」
見えるなんて素振りをすると面倒になるぞ、とマミゾウが警告してくる。『彼女』が興味深そうに俺を睥睨する。しかし、この良く出来た縁の廻り合わせに冷静では居られない。万感の思いを込めて、その名を呼ぶ。
「久し振りだな、八坂神奈子……!」
『彼女』は俺の言葉を聞いて目を見開く。
姿を見せる気が無いであろう『初対面』の人間に、知覚されたばかりではなく名前まで言い当てられたのだ。その驚きも当然と言えよう。
遥かな昔、この星に降り立ち初めて遭遇した他者。八意と並び、俺の旅の始まり、その象徴とも言える存在。八坂神奈子が、そこに居た。
変則的な風神録前日譚に入っていきます。合間に幻想郷の話も入りますが、宜しくお願いします。