旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、花畑を超えて妖の地を踏む

 「では、花畑に出たのは妖怪では無く、花の守り神様だったと?」

 

 「ええ、そう言う事になります。それに考えても見てください。一度も向こうから危害を加えてきた事は無いでありませんか!

  祟られてもおかしくない無礼な行いをされながらも、自らの身を守る以上には力を使わないと言う、あの方の寛大な御心にはただ只管頭が下がる思いであります」

 

 「そう言う事でしたか……私達は何と愚かな事を」

 

 「確かに我ら人間は愚かであります。しかし、学び、次に活かす事もできるのです。この教訓を子々孫々まで語り継げば、きっとこの村は栄えていくでしょう」

 

 「ははあ。貴方様の御言葉や行いも、語り継いでゆこうと思います。さしあたり、報酬についてなのですが」

 

 

 妖怪少女を花畑に寝かせ『扉』から取り出した毛布をかけてやった後、妹紅を連れて村に戻り代表者達に結果を報告していた。

勿論戦闘になった事等は言わずほぼ全てがでっち上げで、妖怪少女の正統性や花畑に限らず自然を大事にするようにといった内容だ。

流石に爆音は村まで届いていたらしく、あれは何だったのかと問い詰められたが……守り神様の御力と言う事でごり押した。完全に嘘を吐いている訳では無い。

 

 意識して聖人の様に扱われるように振る舞い、根拠の無い詭弁を厳然たる真実のように語る事数十分。最終的に代表者全員が俺の言葉を信じてくれた。

後は放っておいても村全体に話が広まるだろう。直接あの妖怪少女に接した人達は疑念を抱くかもしれないが、守り神様と信じ込ませる事が出来れば後は容易い話だ。

念の為村を回り、それとなく相手は花の守り神様だったと言う話を流す。その後は拝まれつつ報酬の食料を持って村を出て、その足で花畑に向かう。

妹紅は花畑に向かう意図が分からないようで、俺の黒コートの袖を引っ張りつつ不安げな声で問いかけて来た。

 

 

 「ところで……どうして花畑に戻るんだ? そもそも、何であの妖怪の事を持ち上げて話したのさ。全然事実と違ったじゃない」

 

 「そろそろ起きてる頃だと思ってな、彼女も。毛布を回収するついでに、軽く事情を話しておこうと思う。

  後、彼女の性格上普通の人間が相手なら下手にちょっかい出さなければ何もしてこないだろうさ。守り神と言う事にしておけば、結果的にあの村の人達にも得だ」

 

 「田澤がやった事の意図は理解したけど……私、あの妖怪恐いよ」

 

 「安心するんだ、妹紅に攻撃はさせない」

 

 

 と言うより、あの妖怪少女は俺を目の敵にしてるだろうから妹紅には攻撃しないと思う。

人質をとるような性格にも思えなかったし、そこまで気を張る必要は無いだろう。そして、俺の言葉を聞いた妹紅は何故か黙ってしまった。流石に今の言動は気障だったか。

 

 暫く歩き、美しい花が咲き乱れる花畑に再び到着する。……それほど造詣が深い訳では無いが、今の季節には咲かない筈の花まで有るのは何なんだろう。

先程の戦闘、厳密に言えば魔力砲と銀の槍の相殺で発生した爆風でわりと酷い事になっているが、これはどうした物か。

 

 

 「あ、まだ寝てるみたいだね」

 

 

 妖怪少女は俺がかけてやった毛布にくるまり穏やかな表情で目を瞑っていた。燦々と降り注ぐ日光が花と少女を照らし、まるで1つの絵画のようだ。

 

 

 「さしずめ題名は眠れる獅子……いや、起きてるのに眠れるってのもおかしいな」

 

 「へ? いや、寝てるけど……」

 

 

 何を言っているんだ、とでも言いたげな顔をしている妹紅をとりあえず置いて少女に近付く。……本当に、こうしてる分には可愛いんだがなあ。

 

 

 「油断して近付いた所を攻撃するつもりだったのかもしれないが、無駄だ。起きているのはとっくに気付いてるからな」

 

 「すー、すー……」

 

 「ほら田澤、やっぱり寝てるじゃないか」

 

 

 鞘に入れたままの刀を『扉』から取り出し、少女に向かって叩きつける。

途端、毛布をはねのけ隠し持っていた日傘で攻撃を防ぎ、あまつさえ反撃もしてきた。予測がついていたので突いてきた日傘を左手で掴み、そのまま引っ張って奪っておく。

 

 

 「……どうして私が起きている事に気が付いたのかしら」

 

 「戦闘やら騙し合いをやってる年季が違うんだよ、年季が」

 

 「百年も生きられない脆弱な種族のくせに良く言うわね」

 

 「まあ、妖怪の君よりも確実に長生きしているとだけは言っておこう」

 

 「もしかして魔法使い? ……いえ、感じる力は確かに人間の物だわ」

 

 

 魔法使い、ねえ。この世界の魔法使いの定義は分からないから、何と答えれば良いのか。

この妖怪少女の口振りからすると、寿命を伸ばし老化を止めた存在なのだろうか。個人的に、魔法使いと言う称号は懐かしい物では有るのだが。

知らない物を下手に騙る訳にも行かないし、種族としての問題であれば尚の事『人間』を名乗っておきたい。

 

 

 「それはそうだ、俺は人間だからな。それと、別に君と戦う為に戻ってきた訳じゃない。村の人達はこの花畑に今後変なちょっかいは出さないと確約したと伝えに来た。

  君は花の守り神って事にしておいたから、下手な行動をしない限りは退治もされない筈だ。……君なら、大抵の相手は実力でどうにかできるとは思うが」

 

 「貴方は、私を退治しに来たんじゃないの? そもそも人間が妖怪を見逃すなんて」

 

 

 よほど屈辱的なのか、『見逃す』を口に出した辺りで一瞬だけ凄い形相になった。恐いから止めてほしい。

 

 

 「そんなにおかしい事か? 君が人間を殺したって言うなら、俺も全力で退治させてもらうが」

 

 「妖怪は普通、人間を襲い、喰らう物よ。私だって例外ではないけど?」

 

 「君は、何としても俺と戦いたいのか? 悪いが、その気は無い。

  それを言ったら人間だって植物やら動物やらに退治されないといけないだろ。生きるために他者を害さなければならないのは生命種全てが背負う業だ」

 

 

 楽しむ為に殺すとか、そう言う理由であったなら誰であろうと許さないが。

まあ、人間とは思考や本能の根本から異なるだろうし価値観を押し付けるのは良くないとも思う。この話はここまでにしておこう。

 

 

 「と言う訳で君と戦う気は全く無い。さっきも言ったけどな。ところで、この季節には咲かないような花が結構あるが、君の力なのか?」

 

 「ええ。本当なら正しい季節に咲いてほしいけど、中々今まで咲けなかったみたいだから。……落ち着いて考えると、私の方がこの花畑に酷い事をしちゃったわね」

 

 「む……!?」

 

 「わあ……!」

 

 

 周囲を見回して悲痛な表情となった妖怪少女は、労わるように近くの地面に触れる。その瞬間、触れた地面を介して周辺の花々に暖かな光が伝わっていく。

淡い黄金色に輝くその光は、まるで太陽の光のように花々に活力を与え、命を吹き込んでいく。その美しい光景に、思わず俺も妹紅も声を漏らしてしまった。

 

 

 「なんか、初対面の時と印象違うね。あの時は不自然な、不安になる笑顔だったのに。今のあんたは、まるで……」

 

 「まるで、何よ。私は妖怪、それ以上でも以下でもないわ」

 

 「なんだ、そう言う笑顔もできるんじゃないか」

 

 

 妖怪少女の花に向ける笑顔は、慈悲に溢れた聖母のような笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人助けに妖怪助け。良いことをすると気分も良くなるな」

 

 「……あの妖怪には、何だか必要以上に優しくしてるように見えたけど? また会いましょう、なんて再会の約束までされちゃってさ」

 

 「そうジト目を向けないでくれ。と言うか、あれってそんな色気のある話では無いだろう」

 

 

 妹紅の言い方だといかにもアレな感じだが、実際そんな良さげな物では無い。

殺る気の視線を向けられながら、にこやかに手を振られると言う不思議な体験をしてしまった。あの『また会いましょう』って次こそ倒すとか殺すとかそう言う意味だろ。

 

 

 「……真っ直ぐに向けられる分、今までよりは楽か」

 

 「ん、何か言ったか?」

 

 「ああ、彼女の名前が美しいと思ってな。幽玄なる香りなんて花を愛する彼女にぴったりだ」

 

 

 思わず口を滑らせてしまったので、妹紅の気を逸らせるであろう話題を出す。

あの妖怪少女は風見幽香と言う名前らしいのだが、実際にそう思った。そして、予想通りに妹紅は突っかかってきた。

 

 

 「ほら、やっぱり満更でも無いんじゃないか? あいつの前で言ってやったらどうだ」

 

 「ナンパにしか受け取られないと思うんだが……」

 

 「私もそう思う。多分だけど」

 

 「おい、それなら何で言わせるんだ」

 

 

 相手が相手だからなあ。笑って受け流してくれるような事も無いと思う。今日会ったばかりだが、大体の性格は把握したし。

 

 

 「ところで、そろそろ暗くなってきたよね。てんとを張って野宿の準備をしよう」

 

 「露骨に無視か」

 

 

 まあ、素直に誤魔化されてやるか。下手に話を続けて話題が戻ってきても困る。

近くに川のある丁度良さそうな平地を見つけ、陰陽術の応用で辺りの虫を逃がす。

陰陽術は妖怪退治にしか効果を持たない訳では無いし、こう言う事にこそ有効的に使うべきだろう。

 

 

 「前から思ってたんだけどさ。田澤って、どうやって陰陽術を覚えたんだ?」

 

 「どうやって、と言われてもな。概論を理解して、それを実践したとしか言えない」

 

 「誰でもそんな簡単に覚えられるなら、妖怪退治屋なんて職業として成立しないよ」

 

 

 そうは言うが、具体的にやった事と言えばそれしか思い付かないと言うだけで、何もすぐに出来た訳でない。その辺りの勘違いを正しつつ、テントを組み立てていく。

最初はやり方が全く分からなかった妹紅も、今ではすっかり手慣れた物だ。二人分のテントを協力して数分で組み立て、妖怪の接近を封じる御札を貼っておく。

俺は寝る必要があまり無いから夜でも警戒出来るのだが、一応の保険だ。早速報酬の食料から軽めの野菜を取りだし、妹紅には適当な小枝を拾ってくるように言う。

俺は『扉』から釣竿を取り出し、趣味と実益を兼ね川に釣糸を垂らす。妹紅と旅をしている間に、こういう分担も自然に決まっていた。

暫くして、妹紅は小枝を抱えて戻ってきた。

 

 

 「じゃあいつも通り、これに火をつけるんだね?」

 

 「ああ、頼む」

 

 「りょーかい。……それにしても、陰陽術で生み出した火で魚を焼くの何かイヤだ」

 

 「気持ちは分からなくも無いが、せっかく使える力だし無駄にするのも勿体無いだろう」

 

 「妖怪退治に使えているから、今のままでも無駄では無いと思うんだけど……」

 

 

 納得しきれていない様子の妹紅を尻目に釣竿を軽く揺らして魚を誘う。しかし、さっきから数十分は糸を垂らしているが中りがこない。

 

 

 「困ったな、野菜だけの晩飯になってしまう」

 

 「あやややや、この川で魚釣りとは無謀な……痛ぁ!? な、何ですかこれは!」

 

 「……」

 

 

 何処からか飛んできた、赤い頭巾のような物を被り黒い翼をはためかせた少女。得意気に話し掛けて来た所までは良かったのだが、テントに貼っていた御札が発動し弾かれる。

 

 

 「……君は妖怪だな? なら当たり前だ。妖怪の接近を封じる御札を貼っていたのだ」

 

 「私にそちらを害する意思はありませんし、出来れば外して頂けないでしょうか」

 

 「無理」

 

 「し、質問に答えて頂くだけで良いのです! まわりに大口叩いて出てきた以上、何も出来ないで帰るなんて恥ずかしすぎます!」

 

 

 良く分からない展開に妹紅は唖然としている。俺も状況が良く理解出来ないが、どうやらこの少女は俺達に質問したい事が有るらしい。とりあえず、話くらいは聞く事にする。

 

 

 「まあ、それくらいなら。答えられる範囲内でだけどな。俺は田澤昴と言う。君の名前は何と言うんだ?」

 

 「これはご丁寧にどうも。私は鴉天狗の射命丸文と申します。清く正しい、真実を求める記者なのです!」

 

 「……記者って、何だ?」

 

 「あやややや、人間にはまだ馴染みの薄い概念でしたかな? 瓦版と言うのは」

 

 「あー、妹紅。要するに情報を集めて一つの書き物にする人の事だ」

 

 「おや、そちらの田澤さんは知っておられるようで」

 

 「で、何を聞きたいんだ?」

 

 「ええ、魚が全くいない川に釣糸を垂らす人間を記事にしようと思ったのです」

 

 

 あ、この川って魚いないのか……俺の腕が悪い訳ではないんだな、良かった。って、そうじゃない。こんな失礼な記者に答える事なんてあるものか。

 

 

 「帰ってくれ、人を貶めるような記事を書く奴は感心できん」

 

 「そうだそうだ、田澤だって腕が悪いなりに頑張ってるんだ。大体三回に一回くらいは魚を釣れるようになったし」

 

 「そう言われましても、ネタとして関心を引けると思いまして。……田澤さん? 何やら引きつった顔をしておられますが、そこまでお気に召しませんでしたか」

 

 「もう良い、ネタでも何でも君の取材を受けてやるよ……」

 

 

 妹紅、それ、フォローのつもりなのか? それとも不満を吐き出しているのか? 射命丸とやらもナチュラルに失礼な奴だが、止めをさしたのは君だぞ、妹紅……

密かに自信を持っていた釣りの腕をさらっと否定され、もうどうにでもなれと思いつつ投げやりに答える俺。

……妹紅に悪気が無いって所が、地味にキツイ。

 

 

 「おお、許可が下りました! はい、それでは早速取材を始めさせて頂きます!」

 

 「どうぞ……」

 

 「ずばり、魚がいない川で釣りをしていた理由は!?」

 

 「魚が居ると思っていたから」

 

 「勘違いしていた、と言う事ですね! では次に、こちらの女の子とはどんな関係なんでしょうか!」

 

 

 釣りの話が一瞬で終わったが、すぐに次の話題にすり替えるのは流石記者と言った所か? と言うか、この切り替えの速さって最初からこっちがメインだったのでは……

いつの間にか取り出していた団扇で口元を隠してニヤニヤしながら聞いてくる姿を見ると、この考えもあながち間違っていないのではないかと思う。

 

 

 「弟子だ。色々教えながら、二人で都を取りあえずの目的地にして旅している」

 

 「ほほう、何を教えているのですか?」

 

 「君を目の前にして言うのには少し抵抗があるんだが、妖怪退治だ」

 

 

 ニヤニヤ顔のまま、射命丸の動きが固まった。何処となく挙動不審になりつつ、ぎこちなく問いかけてくる。

 

 

 「……もしかしてさっきの御札、自前だったりします?」

 

 「まあ、安上がりだしな。……別に、いきなり君を攻撃するとかは無いからそんなに警戒しないでくれ」

 

 

 人間で例えれば殺し屋だって公言するような物だろうから、警戒するなと言われても難しい物が有るとは思うけど。

 

 

 「とは言え、面倒臭いのも事実だしな…… そろそろ止めにしないか」

 

 「そんな事言わないでくださいよ! まだまだネタになってもらいますよ!」

 

 

 思ったより逞しいな、この記者。いや、記者だから逞しいのか? しかし、まだまだネタになってもらうって……やはり本音はそれか。

 

 

 「そっちの女の子、名前は?」

 

 「え、私? 藤原、妹紅」

 

 

 与し易い相手だと判断したのか矛先を変える射命丸。妹紅のフルネームを聞いた射命丸は、怪訝そうな表情になる。

 

 

 「はて、藤原? 人間の権力者にもそのような名字があったような……まあ、良いでしょう。『権力者の娘を拐かして旅する謎の妖怪退治屋に迫る!』次の一面はこれで決まりです!」

 

 「おい、ちょっと待て! 俺が妹紅を拐かすとは一体どういう了見だ!」

 

 「私が判断した事実を書くのが瓦版なのです。まあ、天狗の間でしか広まりませんし。人間の田澤さんにはそこまで害は無いですよ」

 

 「瓦版で害があるとか無いとかの話題になる事自体おかしいんだ」

 

 

 俺を悪く書かれるのは我慢すれば良いだけだが。妹紅まで巻き込むのは見逃せ無いな。軽く睨んでおくと、少し都合悪そうに返してきた。

 

 

 「そう睨まないでくださいよ。私だって瓦版大会で好成績を出すために必死なんです」

 

 「大会? そんな物が開ける程、大規模なコミュニティがあるのか」

 

 「こ、こみゅ? 大勢の天狗がいるのか、と聞いているのでしょうか? ええ、天狗は集まって社会を作っています。上に鬼がいて頭は上がりませんが」

 

 「鬼、か。伊吹と星熊とかの種族だな」

 

 「あれ、何故あのお二方を知っているのでしょうか?」

 

 「会って酒を振る舞った事がある」

 

 

 俺の言葉を聞いて、射命丸は何やら考え込んでしまう。射命丸が黙ったので会話しやすくなったのか、妹紅が話しかけてきた。

 

 

 「なあ、田澤。鬼って、あの鬼?」

 

 「どの鬼の事を聞いているのか分からないが……妖怪の代表格の鬼だな、俺が酒を一緒に飲んだのは」

 

 「妖怪退治屋がそんなので良いのかなあ」

 

 「妖怪退治屋を始めたのはお前と会ってからだしな。それに出会う妖怪を全て退治するような通り魔じゃないぞ、俺は」

 

 

 伊吹は攻撃を仕掛けてこそ来たが、そこまで気にしてはいない。

あれは鬼と言う種族では仕方の無い事だろうし、酒を飲んで文字通り水に流した。そのような話題で妹紅と会話を続けていると、射命丸が悩みながら問いかけてきた。

 

 

 「……田澤さん。鬼の方々に振る舞ったと言う酒は何でしょうか?」

 

 「ワインだが、それがどうした?」

 

 「伊吹さんと星熊さんが、どうしてもその酒が飲みたいと天狗をこき使うんです……あの味が忘れられないと、無茶な注文をしてくるんですよ」

 

 「日本酒とは製法が色々違うからな、上手く作れないのも無理はないか」

 

 「お願いします、天狗を助けると思ってそのわいんとやらを振る舞ってください! お礼はさせて頂きますよ!」

 

 「伊吹とか星熊にも久し振りに会ってみたいし、特に異存は無いな」

 

 「ま、待ってよ田澤。一から酒を造るなんて何年もかかるんじゃないの? それに、鬼とか天狗のいっぱいいる所なんて」

 

 「ワインなら一瞬で終わる。鬼や天狗だって逃げるくらいはどうとでもなる。大丈夫、俺が強いの知ってるだろう?」

 

 

 最後はおどけた風に言う。最悪、『扉』から城に逃げればそもそも戦闘を回避する事だって可能なのだ。

と言うより、社会を作るような妖怪なら人間を見た瞬間襲ってくるとかも無いだろう。強い妖怪こそ、普段は落ち着いている物だ。

 

 

 「まあ、ね」

 

 「よし、妹紅さんの同意も得ましたね! 掴まってください、飛んでいきます」

 

 

 そう言って両手を差し出してくる射命丸。見た目は少女でも妖怪だし、二人を引っ張るくらいどうと言う事も無いのだろう。だが……

 

 

 「引っ張るのは妹紅だけにしてやってくれ。俺、自力で飛べるし」

 

 「いや、強がらなくても良いですって。人間は飛べませんよ、ってええ!?」

 

 「何事も無いかのように飛ばないでよ……」

 

 

 魔力が回復しているし、飛ぶくらいは普通に出来る。

運びの悪魔『セエレ』の力を借りれば、実は射命丸の案内もいらなかったりする。あまり悪魔の力を借りたくは無いからやらないが。

比較的契約者に誠実な悪魔ではあるんだが、頼りすぎれば堕落する。

 

 

 「今すぐには無理かもしれないが、妹紅だって飛べる筈だ。それが出来るくらいの力を君は持っている」

 

 「そんな事言われても……」

 

 「鬼の知り合いですし、よく考えたら普通の人間な訳が無いですよね……」

 

 

 いや、飛んだくらいでこんな驚かれても困るんだけどな。時間を移動出来るとか、悪魔や堕天使、異教の神を召喚出来るとか言ったら卒倒しそうだ。

ともかく、射命丸の案内で鬼を頂点とした山の妖怪社会に向かう。ちなみに妹紅は俺に掴まった。妖怪に運ばれるのは遠慮したいらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おかしいな、勇儀。私、ここまで酔っぱらったの初めてだよ」

 

 「あれ、萃香もかい? そりゃあ、わいんが飲みたいとは思っているけど……まさか、酒を飲んで幻覚が出る程だったとはねえ」

 

 「もしかして、俺の事を幻覚だと思っているのか? れっきとした本物だ」

 

 「うーん、自分の事を本物って言う幻覚なんてよっぽどだ。流石にちょっと酒を控えようかなあ」

 

 「どうやら萃香も似たような幻覚を見てるみたいだね。うん、私もわいんはそろそろ諦める」

 

 「だから、本物だと」

 

 

 山の妖怪に不思議そうな視線を向けられたが、射命丸に連れられて伊吹と星熊の所に到着。

しかし、肝心の伊吹達は俺を見て酒を控えようだの諦めるだの、幻覚だと思い込んでいる。確かに人間の寿命から考えたら、有り得ない反応でも無いとは思うが。

 

 これ以上喋っても同じことの繰り返しになりそうなので、さっさとワインを造る事にする。

『ハーゲンティ』の力を発動し、伊吹達の杯に注がれている酒をワインに変える。手頃な水が近くに無かったし少し悪い気もしたが、日本酒がワインになれば流石に信じるだろう。

驚いている妹紅と射命丸を無視して、『扉』からグラスを取り出す。呆けたような表情の二人から杯を奪い、中身をグラスに移して返す。

 

 

 「ほら、飲みたがっていたワインだ。これで本物だと分かるだろう」

 

 「ごくっ、ぷはぁ~。……味覚までダメになったのか、重症だ」

 

 「いや、萃香。視覚もダメになってるのから逃げちゃいけない。さっきまで私達が飲んでいたのに、赤い色になってるよ」

 

 「どこまで疑り深いんだ……ほら、触れるだろう」

 

 

 いい加減うんざりしてきたので、頭や肩をポンポン叩く。それにびっくりしたのか伊吹は腕で払ってきた。当たれば痛いだけではすまないため、防ぐ。

本気で無いなら俺の素の力でも止めれない事は無い。特に魔力強化もしていない状態ではあったが、伊吹の拳がぽすんと軽い音を立てて俺の右手に収まる。

 

 

 「……本当に、本物の昴?」

 

 「最初からそう言ってるだろう。正真正銘、本物の田澤昴だ。星熊も分かったか?」

 

 「いや、だって、最後に会ったのは、何百年も前だよね」

 

 「そうだよ! 人間がそんなに生きる訳無いじゃないか!」

 

 「人間でも何千何百年と生きてる、例外なんだよ」

 

 

 実際には時間を移動したから、俺の主観では一年半程度しか経ってないが。何千何百を超えて生きてるのは事実だし、嘘ではない。

 

 

 「ち、ちょっと待ってください。田澤さんは、何百年も前にお二方と酒を飲んだのですか?」

 

 「ああ、そうだ。知っていて俺を呼んだのではないのか?」

 

 「人間と聞いてましたし、昔と言ってもせいぜい何年前とかだと思ってましたよ……」

 

 

 今更な質問をしてくる射命丸。どうやら伊吹と星熊は中途半端にしか俺の事を天狗達に喋ってないようだな。この二人だって俺を詳しく知ってる訳じゃないから仕方ないんだろうけど。

 

 

 「まあ、何だ。またワインを飲ませてやるって約束のような事もしてたしな。前のように、楽しく飲もう」

 

 「おう!」

 

 「再会は無理だと思っていたけど、嬉しいね!」

 

 「すっごい居心地悪いなあ」

 

 「安心してください妹紅さん、私もです。ああ、鬼とこんな深い関わりが有ると知っていたら変な取材はしなかったのに……」

 

 「……それは自業自得でしょ」

 

 

 俺達三人に置いていかれた妹紅と射命丸にもワインを渡し、酒盛りが始まった。噂を聞き付けた他の鬼や天狗達も集まり、徐々に豪勢になる。

 

 

 「ほら、鬼の酒だ! わいんのお返しだ、遠慮はいらないよ!」

 

 「頂こう。 ……ぶっ!? こ、これまた随分凄い物だな」

 

 「そーれ、飲め飲め!」

 

 「ここまで来て退く訳にもいかないしな、一気飲みと洒落込もうか。あれ、そう言えば妹紅が見当たらんな」

 

 

 アルコール濃度の高過ぎる酒を伊吹と星熊、その他の鬼や天狗にも囃し立てられながら飲む。

そんなこんなで奮戦していると唐突に妹紅が近くに居ない事に気付き、何処に行ったのか気になり辺りを見回す。すると……

 

 

 「まったく、父様も何だってあんな小娘に求婚したんだよって話だ! あげく月から迎えが来るとかなんとか……アホじゃないのか!」

 

 「小娘は妹紅さんもそうだと思うのですが……ま、まあまあ。落ち着きましょうよ。楽しく飲みましょうよ」

 

 「な~にが『輝夜』だよ、夜は暗いんだ。それとも何か、月とか星のように自分は美しいですーってか? 気取ってんじゃないよ!」

 

 「……妖怪の酒を飲ませたのは失敗でしたかな」

 

 

 うわあ……まさかの悪酔い。やけに目が据わっている上に、吐き出される言葉に一々脈絡が無くて怖い。

差し出された酒を飲みながらその様子を遠目に眺めていると、不幸な事に視線が合ってしまった。当然絡まれる。

 

 

 「田澤も田澤だよ、鬼と知り合いって、どっちも女じゃないか! その二人と飲んでる暇があったら、こっちに来て私と酒を飲め!」

 

 「取りあえず射命丸の言う通り落ち着けって。楽しまないと損なんだ」

 

 「お前はさっきから女の名前しか出さないな! そんなに私と飲むのが嫌か!?」

 

 「さっきからって、今初めて口に出したじゃないか……」

 

 「屁理屈こねるな! とにかくこっちに来れば良いんだ!」

 

 

 言うに事欠いて屁理屈とは……このままでは色々とアレなので、周りの鬼や天狗に断りを入れて立ち上がり妹紅の元へ向かう。

 

 

 「そうだ、最初からそうしてれば良いんだよ」

 

 「で、なんでそこに?」

 

 「悪いか」

 

 「悪いとは言っていない。……なんか、デジャヴ」

 

 

 妹紅の近くで腰を下ろして胡座をかくと、俺の両足に座ってもたれてくる。酒を飲んだせいなのか体温が妙に高い。酒の匂いも強いので正直離れてほしい。

しかしそんな内心を口に出す訳にも行かない。妹紅からの愚痴とも因縁ともつかない言葉の羅列に相槌を打っていると、暫くして寝息が聞こえてきた。

 

 

 「ああ、やっと静かになりましたね」

 

 「ふふふ、昴。随分懐かれてるじゃん。一体何処でどう知り合ったんだい?」

 

 「かなり長い間一緒に居なきゃ、こうはならないだろ? 私達妖怪に恐怖は抱いていたようだが、田澤への信頼で耐えていたようだしね」

 

 「一年と数ヶ月だな。森の中で妖怪に襲われていた所で会った」

 

 「命の危機を救って慕われたと。うーん、瓦版に載せるにしてはイマイチ陳腐な話題ですねえ」

 

 

 君はそれしか無いのか……

実際は少し事情が異なるが、そこまで詳しく伝える必要も無いだろう。妹紅の不死性に関わる事だから軽々しく言えないという理由もあるが。

その後も鬼や天狗にからかわれつつ酒宴は続き、途中で天狗の酒比べに巻き込まれ大変な目に遭いつつも。ハチャメチャな夜は更けていった。

 

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