海へと還り、海より帰る。

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薄汚れた石畳の地下道に、俺の靴音だけが響いていた。アーチを描く天井も、支える壁も、レンガで組まれている。

 

 左右の壁から生えた燭台だけが灯りであり道標。それがぽつぽつと、果ての見えない奥へと続いていた。

 

(やれやれ。やっと呼ばれたと思ったら穴ぐら探検とはね)

 

 これまでは教団施設外で代理人と話を進めていた。こちらから接触を図ろうとすると、どうやってかは知らないが行く先々で現れ、諸々の話をつけて帰っていく。

 

 だから実際に教団施設に足を踏み入れるのは今回が初めてだった。

 

 地上で受けた視線を思い出す。姿が見える見えないに関わらず、どれもこれも刺すような視線だった。牽制だろう。

 

(こっちは穏健派だと聞いたが、ありゃ嘘だな)

 

 異分子とは言え、縁もゆかりも無い教団施設でほぼ丸腰の俺。もう少し愛想があってもいいだろうに。

 

(……まぁ『上』がアレじゃあなぁ)

 

 いわゆる上層部の連中には蒼静公司(ビジネス)として話はつけた。どうせアレも『上』の代理だろうが、契約は契約だ。俺の権限で済む範囲で、いくつかサービスもしてやった。

 

 だと言うのに、地下で得た情報は商品として取り扱わないことを『強制的』に条件付けられた。

 

 応接室に入った瞬間から違和感はあった。魔術も呪術も専門外でさっぱり分からないが、反故にすると俺の身体は爆散するらしい。ふざけんなよ、マジで。

 

 そのあと別室で、現場を担う連中と話をさせられた。雑談の中で受けたいくつかの質問は、俺個人の品定めだろうか。特にお咎めなしということは、お眼鏡に適ったようだ。

 

(…………おっ、やっと終点か)

 

 何も考えることがなくなって、文字通りただ歩く機械となった俺の前に、ようやく終わりが見えた。

 

 片開き、輝く真鍮の丸いドアノブ、白く塗られた戸板に、板チョコレートのような凹み。ごく普通のドアだ。

 

(待て待て。普通すぎるぞ)

 

 この重々しい雰囲気なら錆びかけた鉄だとか苔むした木だとかの観音開きが相場だろうが。そもそも古い地下道なら扉自体無いことも多々あるというのに。

 

(ノブのくすみも戸の汚れも無し。んん……。なんか家ん中みてぇな……っ!?)

 

 直感的な危機感に振り向いた。だが地下道に変化はなく、点在する燭台の火が揺らいでいるだけだった。

 

(気のせいか……? ま、考えても仕方ねぇ)

 

 ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを押し開けた。 

 

 

─────────────────

 

 

 照りつける太陽。日差しの割に気温の変化は感じられない。白い砂浜。足を取られる感覚はない。青い海。寄せて返すも潮の匂いはしない。

 

 扉を抜けるとそこは砂浜だった。夏の海が広がっていた。だがそこに生まれるはずの感覚だけが抜けていた。さながら夏のホログラム。

 

「これが心象風景ってやつか」

 

 地上でいくつかレクチャーは受けていた。今は見えないが、この地下室の天井、壁、床には魔法陣が無数に掘り込まれているらしい。

 

 それらが『対象』を呼び起こすための因子をこの世界から長期に渡って収集、蓄積し、機が熟すと『対象』の心象風景を映し出す、らしい。

 

 逆に言えば景色に変化が起きなければ『対象』は存在しない。この変化が観測されたという報せを受けて、俺はここに来たというわけだ。

 

 少し離れた所に『対象』は横たわっていた。まだ眠っているようだ。近づいていくと、『対象』の頭の少し上、地面に突き刺さっている黒い刀が目に入った。柄も刀身も黒一色。こいつが以前使っていた得物だ。今はただ主人の目覚めを待つかのようにそこに立ちつくしている。俺はその主人のすぐ隣で腰を下ろした。

 

 死装束を思わせる白い着物。砂浜に広げた腰まで届く黒髪。以前とほぼ遜色のない顔立ち。魔導人形で再現された『対象』は、確かに俺の記憶を繋いでいた。

 

(というか、いつ起きるんだ……?)

 

 確かに目覚めたとは言われてなかったが、さて。逡巡ののち、その頬に触れようと手を伸ばした。するとそれを止めるかのように『対象』の眉が動き、ゆっくりと目を開いた。

 

 寝起きのていでゆっくり上体を起こし、目の前の海を眺めること数秒。虚ろだった瞳に赤い光が宿る。二度三度と瞬きし、口元に手を当ててうつむいた。

 

「あれ? 私、どうして……」

 

「よォ」

 

 俺の声で肩が跳ねるのを見て、思わず笑いそうになった。恐る恐るといった様子でこちらに視線を向けてくる。

 

「……リリオ?」

 

「正解」

 

「これは……一体……」

 

「その前に。お前、自分の名前言えるか?」

 

「名前……?」

 

 目覚めた対象に、いの一番にやれと言われたのが名前の確認だった。それは万が一、別の対象だった時の早急な対処のためと、

 

「私は──」

 

 生前にあったその名に全てを還すため。

 

「私は、鼓(つづみ)──」

 

 俺の目を見てはっきりと名乗った姿に、少し安堵した。自らの名を口にする対象(それ)は、確かに今『鼓』になった。

 

「───です?」

 

 首をかしげるその姿に肩透かしを喰らう。

 

「そこは自信持てよ」

 

「いや、えぇ……? ちょっと待って下さい」

 

 こめかみに指を当てて何やら呟いている。腑に落ちない表情のままこちらを向いて、

 

「でもあの時、私の人格は消滅しましたよ。コアだって、あれは私そのものではなかったですし」

 

「半分はな」

 

「半分?……まさか」

 

 慌てた様子で手のひらを見つめている。無理もない。こいつらは自分の体を元の持ち主に返すのが、一番の望みだったからだ。

 

「まぁ落ち着けよ。あん時半分は借りてたって意味だ。今のその体は正真正銘、別モンだ。見てくれは似せてるが、それ以外に前の体は何にも使っちゃいねぇ」

 

「でも、どうやって……」

 

「お前の『魂』を引き戻した」

 

 鼓は、こいつらは、戦闘データの回収のために、未覚醒で運用されていたコアと、最低限エレクトリアとして見せかけるための外部AIとの間に偶然発生した人格──というのは建前で。

 

 実際は偶然を装って発生させられた人格だった。

 

 目的とされていた戦闘データの回収は、もはや副次的なものに過ぎず、この件自体が全体像の一部でしかない。

 

 そういう裏があると知ったのは、こいつらが消滅した後だった。我欲に従順な人間(カス)共が、更に上のカスの手のひらの上で転がされ、終いには鼓たちもカス共も、一部を除いて全員死んでいた。

 

 なぜ俺が知ることができたか。蒼静公司(ウチ)が一部取り持った案件が組み込まれていたからだ。引き際をわきまえて生き延びたとてウチも所詮はカス。そこで飼われている俺も、結局はカスだった。

 

 とにかく鼓たちは、コアですら自分のものではなく、この世に完全な、自分という概念のための拠り所がなかった。

 

 ただ一つ、その『魂』を除けば。

 

「……タマシイって、魂ですか?」

 

「言いてぇことはわかる。俺も別に最初(はな)からアテにしてたわけじゃねぇよ」

 

「私の魂……」

 

「それしか掴めそうなモンが無かった」

 

「私にもあったんですね……そんなものが」

 

「簡単に信じたなオイ」

 

「そんなロマンじみた嘘、あなたが言うわけないじゃないですか。リリオが言うなら、あったんでしょう」

 

 鼓は宝物のように、胸のうちにあるであろう魂に向かって手を重ね、微笑んでいた。

 

 良かったな。お前の、お前だけのものがこの世界にもあったってことだ。

 

 それが嘘ならクソみてぇな嘘だ。そんな嘘、俺はつかねぇよ。ただ俺は全てを伝えてないだけだ。自分がカスの片棒を担いでいたことを。

 

 お前らと同じように過ごしていたのに、俺がどうやって生き延びたのか聞いてこないのは、気づいていたからなんだろう。

 

 俺だけがお前らとは違う、普通のエレクトリアだったという事を。

 

 罪滅ぼしだと自分でも思う。気づいた時には後の祭り。カス共にとっちゃあ、もとより俺なんざ、取るに足らない無力なゴミだった。

 

 でもあのまま放っておくことが出来なかった。許せなかった。自分勝手に生み出して、自分勝手に殺した奴らを。

 

『──僕が大人になって、この家を出ることが出来たら、その時は一緒に来てくれる?』

 

 睦樹。本当ならお前を生き返らせるべきだったのかもしれない。そうしなかったのは、お前のための復讐を終えたあの時に、無意識にお前を諦めていたからなんだろう。

 

「ところで、ここはどこなんですか?」

 

 あたりをきょろきょろと見回して、鼓は不思議がっていた。その一言で現実に引き戻される。この場に関係のない思念を、頭を振って散らした。

 

「ここは、お前の魂を呼び戻した魔響教団の、ねぐらの一つだ」

 

「魔響、教団? その方々が私を……。宗教団体か何かですか?」

 

「実際は宗教団体じゃあねぇな。まぁ俺は教団員じゃねぇし、確かなこたぁ言えねぇが」

 

「はぁ」

 

「まぁ〜〜………………保護団体、的な?」

 

「何やら誤魔化そうとしていませんか?」

 

「う、嘘じゃねぇよ。ただここも一枚岩じゃねぇからな。これでもアタリを引いたんだぞ」

 

「アタリ? ハズレもあるんですか。ますます分かりませんね」

 

「詳しいこたァ教団のやつらに聞いてくれ」

 

「はぁ。じゃあ、まぁ、そうさせていただきますが……」

 

 鼓はあとを濁しながら、先ほどの無垢な瞳と打ってかわり、今度は憂うような視線を辺りに這わせた。最後にポツリと、

 

「私だけ、なんですね……」

 

「ん……。そうだな。お前以外は、そもそも儀式のための媒体が揃わなかった」

 

「少しさみしいです」

 

「悪ィな」

 

「あ、いえ、すみません。責めてるわけじゃないんです」

 

 慌てて手を振って否定する鼓は、困ったような笑顔を浮かべていた。

 

「でも、これで良かったんですよね」

 

「あァ?」

 

「体は元の持ち主に戻ったわけですから、これで元通りです」

 

「元通り?」

 

「それに私たちが消えることで本来の目的も達成され──」

 

 気づけば鼓の胸ぐらを掴んでいた。

 

「ふざけんなよてめぇ」

 

『──睦樹は頭が良すぎてな。親としては鼻が高いが、残していくには危険だった』

 

 頭の中で、聞こえるはずのないの声が響く。ふざけんな。黙れ。

 

『──だから殺した。仲が良かったのは知っている。お前も睦樹の元へ行くといい』

 

 黙ってろカス! なおも響く声を押し流すように俺は叫んでいた。

 

「カス共の都合で生まれて! カス共の都合で殺されて! ああ良かった元通り? んなわけねぇだろうが!」

 

 もう何もしゃべるなクソ野郎! お前は始末しただろうが! 地獄に帰りやがれ! 

 

「あいつらが無かったことになんだぞ! それで良いのかよ! 睦樹は──」

 

「睦樹……?」

 

 口走ったその名の反復にハッとして、鼓から手を離した。余計な事を言った。急激に冷めていく心に、舌打ちが漏れる。

 

「リリオ。私は、私たちは、それでも良かったんですよ」

 

「あァ!? お前まだ──」

 

 言いかけた俺を鼓が手で制した。あやすような眼差しで微笑んではいるが、目の奥に寂しさを見せる。

 

「でも、そうですね。みんなの意思を知っていても、その命を軽んじていいはずがありませんでした。ごめんなさい」

 

 鼓は俺から足元へと視線を移し、今度は偽物の水平線を眺めた。つられて俺もさざ波に目をやる。

 

「私たちの命を思ってくれて、ありがとう。リリオ」

 

「……わかりゃあいいんだよ」

 

 そう素直に言われると、何ともバツが悪い。こんな話をするつもりは無かったが、まぁ今後のことを考えれば、重要な事ではある。こいつの心構えとして。

 

「私、消える前に夢を見たんです」

 

「夢?」

 

「一人で砂浜に立って、海を眺めているだけの夢ですよ」

 

「ああ、それでか。心象風景(ここ)が海なのは」

 

「やはりこれは、私に起因する景色だったんですね」

 

「海が見たかったのか?」

 

「未練だったのかもしれません」

 

「これから何度でも見られる」

 

「ふふ、私は別に、海が見たかったわけじゃないんですよ」

 

「は?」

 

 一瞬、意味が分からなかったが、思い出した。確か言っていたな、夏にマスターと海に行く約束をしたと。

 

 海じゃなくてもよかったんだろう。一緒に行ければどこでも。それが鼓の最初で最後の旅行になることを、あのオーナー(役立たず)は知らなかっただろうけどな。

 

 だが計画の完了が早まり、それは叶わなかった。

 

「私、未来の話をするのが好きなんです」

 

「どういう意味だ」 

 

「そのままの意味です」

 

「……自分がいつ死ぬか知ってただろ」

 

「それでも、です」

 

 何を言ってるのかわからねぇ。そんな俺をチラと見て、なにがおかしいのか、鼓はクスクスと笑っていた。

 

「あの時、私はすぐにでも消えてしまうようなあやふやな存在でした。だから、世界に等しく訪れる確かな未来に、いないかもしれない私を繋げられるのが楽しかったんだと、今なら思います」

 

「気持ちは理解できねぇが……。まぁそれこそ夢を見てるみてぇな話だな」

 

「そうですね、楽しい夢でした。それにこの景色は私だけの夢ではなくて、大切な人との──」

 

 そう言って鼓は言葉を止めた。口元に指を当て、そこにあるはずのない何かを、空中に視線を這わせて探しているようだった。

 

「どうした?」

 

「いえ、なんだか……誰か……大切な人と……海へ行く約束をしていたような気がしたんですが……」

 

 首を傾げて眉をひそめている。俺は黙って続きを待った。

 

「……うーん。やはり気のせいでしょうか」

 

 苦笑いのような困ったような顔でこちらを見てきた。その瞳から逃げるように、俺はつい視線を落としてしまった。

 

 その在り方から、自分自身にまつわる事だけは干渉できないが、それ以外は客観的に、意図的に操作が可能だった。

 

 オーナーの記録の一切を消去する。それもお前らの意思だった。

 

 自分が消えても、もしかしたら記録の残滓が体に残るかもしれない。体の本来の持ち主への影響を鑑みてのことでもあったが、何より、オーナーとの思い出を誰かに消されるのを嫌ってのことだった。

 

 蘇生をするにしても、その記録を『消去した状態の魂』を呼び起こすことになる。現世においては、いわば存在への上書きだ。だからもう、それを思い出すことは出来ない。

 

 いざ目の当たりにすると溜息が漏れた。って、なんで俺がショックを受けなきゃならねぇんだ。

 

「リリオ?」

 

「ったくよォ」

 

 鼓の頭を、ノックするように軽く小突いた。それを身をすくめて受け入れた鼓は、頭をさすっている。

 

「そりゃ俺だ」

 

「え? そうでしたっけ?」

 

「大切な人だろうが。忘れてんじゃねぇよ」

 

「自分で言います? それ」

 

 舌打ちで返事をすると、サッと頭を守る体勢に入った。なんで俺がフォロー入れなきゃなんねぇんだ。とはいえ、これも義務か。カスはカスなりに責任取ってやるよ。

 

「まぁいつかは付き合ってやる」

 

「ありがとうございます」

 

「ハァ。それじゃあ本題だ」

 

「本題?」

 

「悪いがこのままだとお前は、いつかまた消える」

 

「ええっ!? もう、一回も二回も変わらないだろとか思ってません?」

 

「なわけねぇだろ。俺だって今日聞いたんだ。ったくアイツラ肝心なことを……」

 

 鼓はコアの余波で生まれた人格であり、コアそのものは別人だ。だから魂が生まれたこと自体が奇跡であり、それゆえその魂も完全ではない。むしろ完全ではないのが完全だ。

 

 だから今の体に──というよりはこの世に──魂を繋ぎ止めるためにやる事がある。自ら湧き出る、この世に残りたいという強い意志。すなわち未練や執着を作る必要がある。『らしい』と付け加えて、現状を鼓に伝えた。

 

「へぇ。なんだか幽霊みたいですね」

 

「あぁ、まぁイメージはな。で、生きてぇとか死にたくねぇとか漠然としたもんじゃなくて、これのためにこの世に残りてぇっつー具体的なもんが要るんだと」

 

「死にたくないじゃあ駄目なんですか?」

 

「死にたくねぇは基礎の基礎だからな。お前の場合はその上で未練や執着、まぁ平たく言やぁ、好きなもんをいっぱい作れって話だ」

 

「……好きなもの、なるほど」

 

「一つ一つは弱くても、それがお前を繋ぐ命綱になる」

 

 とはいえコイツ、死ぬ事を良しとしてたからなァ。まぁさっきキレてやったから、生死を選ぶ状況が来ても、ある程度は踏みとどまってくれる──と、信じるしかない。

 

「リリオ」

 

「あァ?」

 

「あなたは私の『好き』ですよ」

 

「ウッ……クッ……そうか……ありがとよ」

 

「そういえば聞いてませんでしたね」

 

「何を」

 

「どうして私を生き返らせたのか」

 

「それは──」

 

 端的に伝えられる言葉が見つからない。同情、復讐、贖罪。どれもが繋がっているし、どれとは言い難い。それに知れば必ず危険が及ぶ情報も絡んでいる。

 

 以前の鼓の件には、単純な損得で動いていないか、その影響を受けない奴らが関わっている。

 

 一枚噛んでいた蒼静公司(ウチ)が潰されていないことがその証明だ。おかげで何が地雷なのかもわからないが。

 

 俺が魔響教団に話を持ちかけたのは、毒には毒をという算段もあってのことだ。

 

 教団については俺でも知ろうと思えばある程度は知ることができる。裏の世界にも名を響かせている。得体のしれない、今だ見せていない姿があることも知っている。

 

 俺の話に応じたということは、その暗部から見て、この件は教団に圧力がかからないと判断した、もしくは意に返さないということ。

 

 教団が鼓の後ろ盾になってくれりゃ万々歳だが、後先考えない馬鹿の集団だったら笑えない。その点はお前を生かすと決めた教団を信じるしかない。

 

 だからまだ、知らなくていいことは知らないままの方が安牌だ。

 

「長考しますね」

 

 黙ったままの俺に、見かねた鼓が声をかけてきた。

 

「あぁ、いや、なんつーか」

 

「そんなに難しい話ですか?」

 

「……悪ぃな」

 

「いいんですよ。きっとリリオは私のことを考えてくれています」

 

「いや、俺は──」

 

「リリオ、言ったはずですよ。私は未来の話をするのが好きなんです」

 

 未来。過去ではなく未来か。なるほどな。過去のしがらみのあれこれを語る必要はないってか。語るのはその先。それじゃあ、一つしかねぇな。

 

「なんで生き返らせたか」

 

「はい」

 

「決まってんだろ」

 

「はい」

 

「俺はお前に『生きて欲しい』。それだけだ」

 

 鼓はゆっくりと口角を上げていく。ウフフフフと気味の悪い声を漏らしながら、波打ち際に駆けていった。

 

 おっまえコラ、こっ恥ずかしぃこと言わせといて逃げんなよ。オイ。

 

 口元を押さえていた手を後ろに回して、鼓は今日一番の笑顔で返事を響かせた。

 

「はい!」

  

 

 

 

還り、帰る。:了

 


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