~サイ、その2~
昨日の夜と同じだ。
サイはひとりで夜道を走る。
エヴァに大見得を切ったのもあるが、何より不安でじっとしていられなかった。
ネギは恐らく助けを直接は求めてこないだろう。
ネギは自分が傷ついたとしてもサイを傷つけたくないと考えている。
それがサイにも分かってしまっていた。
ネギの気持ちが理解できるからこそ、自分の助けが彼の重荷になってしまうのではと思うとさっきロフトで声がかけられなかった。
「今は少しでも敵を知らないと」
魔法の本を取りに来た時と同じように図書館島に入る。
以前に図書館島で書庫の整理を行った時に吸血鬼という文字見た気がしたのでやって来てみたのだ。
しかし、探せど探せど吸血鬼のきの字も出てこない。
思い違いだったのかと肩を落とす。
ふと辺りを見渡すとずいぶん奥まで来てしまっていることに気付いた。
もう諦めて帰ることに決めたサイは道を引き返そうとするが、すぐに困ってしまう。
「しまった……探すのに夢中で来た道を覚えてない」
広い図書館島では、そもそも一人だけで行動することが原則として禁止されている。
理由は単純明解で、道に迷った時にどうしようもないからである。
本来なら図書委員や探検部等のしかるべきガイドが引率するか、数人で地図を見ながら来るのが当然であった。
しかし、サイは考えるのに必死でどちらもわすれてしまっていた。
「仕方ない。もう夜だし、誰もいないことを願って」
そう言って、ポケットから箒を取り出し魔力をこめ、あっという間に飛び立つ。
いくら、迷いやすいといっても上に上がり続ければ抜け出せるのは必定である。
「持ち歩いててよかった」
箒に跨がり本棚山々を越えると小さな滝が見えてきた。
島が丸ごと図書館で、地下に広がっているここでは周りの湖から染み出した水が滝となり落ちているのはさほど珍しくはない。
サイがそのまま滝を飛び越そうとしたときに、滝壺に人影を見つけた。
もしかしたら、同じように迷ってしまった子かもしれない。
見つからないように、少し遠くに降りてから歩いて近づく。
しかしあと一つ角を曲がればというところで、
「誰だっ!」
背後から鋭い声がする。
しかし、その声の主をサイは知っていた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ刹那さん! 僕です!僕ですよ、近衛サイです!」
振り返ると3-Aの生徒の一人、出席番号15番桜咲刹那がそこに居た。
◇◇◇◇
「先程はすみませんでした。サイ先生とは知らずに無礼な真似をしてしまいました」
「いやいや刹那さんが謝る必要ないですよ」
「いえ、木乃香お嬢様の弟を脅かしたとなれば謝らずにはおられません」
片方に纏めた髪を揺らしながら何度も頭を下げる彼女は桜咲刹那である。
桜咲刹那は京都神鳴流という剣術を受け継ぐ家系に生まれた娘。
幼い頃より、剣の腕を磨き続けていた彼女にはたった一つ、しかし何があっても守り通さねばならない誓いがある。
『近衛木乃香を守ること』
それが彼女の誓いであると、サイが聞かされたのが二年前になる。
木乃香が麻帆良に入学すると同時に刹那も上京し、麻帆良に入学した。
その時、木乃香は既にサイを弟として可愛がっていた。
その事に刹那は大層驚いた。なにせ近衛家と桜咲家は京都で少なからず関わりがあった。
けれど、木乃香に弟がいるなど聞いたこともなければ、子供の頃近衛家に赴いた時も見たことすらなかった。
しかし、麻帆良に来てみるとサイという弟がいて、しかも木乃香が可愛がっているではないか。
サイは木乃香を脅かす組織の差し金ではと勘ぐりもしたが、信じがたい刹那は一人でいるサイを拉致し、事情を聞き出した。
そして、サイが血は繋がっていないとはいえ本当に近衛家の人間であることが判明すると、
「申し訳ないっ」
と、サイが恐縮する程の平謝りへと移行した。
そういった経緯から刹那の事情をある程度サイは知っていたし、時たま
「お嬢様は元気か?」
とか、
「何か変わったことはないか?」
などなど…刹那から質問されている。
きかれるたびに、
「木乃香姉さんに直接きいたらどうですか?」
と言っているのだが何故だか聞き入れてもらえない。でも、
「姉さんも話したがってますよ」
と言うとまんざらでもなさそうな顔をするので、少し可笑しいとも思う。
そんな訳で、サイと刹那は面識があった。
「刹那さんはどうしてここに?」
「修行の為に滝に打たれに来ていました。麻帆良ではここが手っ取り早くて、人目も殆ど無いので……って先生に見つかってしまいましたが」
ばつが悪そうにする刹那。
帰り道は覚えているらしいのでついて行く事にする。
「いつも修行してるんですか?」
先を歩く刹那にサイが尋ねる。
「当然です。お嬢様を守るためには必要な事です」
刹那の返答には淀みがなく、信念の強さが垣間見られた。
「辛くないですか?」
「……どうしてですか?」
「だ、だって刹那さんは木乃香姉さんに『守って欲しい』なんて言われてないですよね!なのに、どうしてそんな風にしてられるんですか――」
サイの声が大きくなる。
「――先生」
刹那が声をあげる。
いつのまにか2人とも足を止めて向き合っていた。
辺りは静まりかえり水が落ちる音ばかりが聞こえてくる。
「サイ先生、あなたは誤解しています。私が木乃ちゃん――ではなく、木乃香お嬢様をお守りするのは私のわがままなのです」
少し照れながら、刹那はサイに微笑む。
「別に私はお嬢様に頼まれたわけでも、強制されているわけでもないんです」
「それじゃどうして……」
「言ったでしょう? これは私のわがままなんですよ。私は私自身の意志で守りたい人を守っているだけです」
「もし私がお嬢様を守れず傷つけてしまったとしたら、その傷は自分の身を切られることよりもつらいものなんです」
「それに耐えられないから、なにより大切な人に傷ついてほしくないから――――私はお嬢様をお守りいたします」
刹那の言葉はサイの心の染み込んでいく。
サイはさらに問う。
「もし、守ることが相手を苦しめる事だったら?」
そう、今のサイとネギのように。
うーん、と考えた後刹那は答える。
「だったら、その人が苦しむことからも守ります。その人を傷つけないようにあらゆる苦しみから守ってみせます」
刹那は続ける。
「それが『守る』ということですから」
その言葉は行き場のなかったサイの気持ちに一条の光となり、サイのなすべき事を照らし出した。
「―――ありがとうございます刹那さん!」
気づいたらお礼を言っていた。
頭を下げお礼を言い終わったサイにもはや不安は無かった。
その後は、帰る道すがら木乃香の話しで持ち切りだった。
もっとも、刹那の質問にサイが答えていただけなのだが。
図書館島のエントランスホールまで戻って来た2人は受け付けに向かう。
「入島許可証をお返しください」
受け付けの職員に促され、刹那はスカートのポケットから許可証を取り出す。
「あの……そっちの僕は?」
「はい、どうぞ」
裏口から入ったサイは当然許可証なんてものは持って無いので代わりに、
「えっ!? あ、先生でしたか。これはどうも」
麻帆良での身分証明書。つまりサイが正式な教師であることを示したカードを出した。
「ふふっ、受け付けの人びっくりしてましたね」
「ははは、やっぱり先生に見えませんよね」
「これからですよ!」
図書館島に来たのは正解だった。情報よりもずっと大切なものを見つけることができたのだから。
◇◇◇◇
明けて翌日、サイは学園中を走り回った。
吸血鬼の情報を手に入れるため、学園中の本棚を調べる勢いで図書館を巡る。
かと思えば、オカルト研究会にまで足を運び、可能性のありそうな所をひたすらに訪ねた。
日が暮れ寮に帰り着く頃には足が棒になってしまった。
「ただいま~」
「おかえり、サイ君」
ドアを開けると、エプロン姿の木乃香が迎えてくれる。
サイは木乃香が出迎えの時に見せる笑顔が一番好きだった。
「サイ君ご飯作るの手伝って~、アスナ達には任せられへん」
「わかりました! 今行きます」
ロフトに荷物を放り上げる。
横をちらりと見ると二段ベッドの上側で明日菜とネギがカモから何か聞いている。
「(アスナ姉さんが怒ってるように見えるのは気のせい……?)」
「サイくぅ~んはよはよ」
「あっはーい!」
急いでキッチンに入ると美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
今日はカレーだ。
「棚からお皿出して、盛りつけてな」
「まかせてよ」
指示を受けていそいそと皿を取り出していると、ふいに後ろから木乃香が抱きついてきた。
「姉さん!? どうしたんですか?」
「ううん、なんでも。ただ最近元気あらへんかったやん? うち、心配しとったんよ」
そういえば、エヴァの一件から木乃香とはほとんど喋っていなかった。
少し申し訳なくおもうサイ。
サイがネギを心配するように、サイを心配する人もいるのだ。
「ごめんなさい。ちょっと悩んでて……でももう大丈夫です!」
「そう、良かった! 今日のカレーは自信作なんえ。いっぱい食べてな」
木乃香とのやり取りで1日の疲れが和らいだ気がした。
もちろん、カレーもとっても美味しかった。
◇◇◇◇
更に次の日、文献や噂からはなかなか情報が集まらないので思い切って直接エヴァを観察する事にした。
「―――エヴァさん達茶道部だったんだ」
現在、サイは放課後に茶道部が使う庵を囲む竹林に身を潜めている。
しばらくして、他の茶道部員の生徒と一緒にエヴァと茶々丸もでてくる。
彼女らを見失わないギリギリの距離から尾行する。
「(目はいい方だからね――――ん? あれは……)」
「おーい、エヴァ」
「げぇ、タカミチ」
「こんにちは高畑先生」
茶々丸が丁寧にお辞儀をする。
「やあ、こんにちは茶々丸君」
タカミチも手を上げ返す。
「おい茶々丸! こんな奴に挨拶などしないでいいぞ」
エヴァがいかにも面倒ですといった顔をする。
「おいおい、ひどいな。これでも君の元担任なんだけどなあ」
「フン、今のサウザンドマスターの息子の方がよっぽどましだな。……それで何か用か?」
「学園長がお呼びだ。一人きりで来いってさ」
「チッ―――面倒な、わかったよ。茶々丸、すぐ戻るから先に行っていいぞ」
「はい、マスター。どうかお気をつけて」
そうして、エヴァはタカミチと連れ立って学園に向かう。
「(タカミチがエヴァさんと一緒に……どうしよう? どっちについて行こう)」
ここはエヴァについて行きたいところだが、茶々丸の方も気になる。
何とも決めあぐねていると、去っていく茶々丸をつけている2人と一匹に気づく。
「(ネギとアスナ姉さん! それにカモ君も。ちょうどいいや、みんなが向こう行くなら僕はエヴァさん達についていこう)」
今思えば、昨日のベッドの上でこのための作戦会議でもしていたのかもしれない。
予想外の展開だったが、期せずして渡りに船だ。
サイはエヴァの方に狙いを定めて尾行を再開する。
しかし、サイが思った以上に尾行はハードだった。
何故だか、エヴァが何度も振り返ってきたからだ。
距離は離していたはずなのに、突然後ろを振り向き辺りを見回す。
「おいタカミチ、何か感じないか?」
「いやぁ……僕は特になにも」
タカミチはタバコをふかしてのんびり歩いている。
「そうか……気のせいか」
「(うぅ~~ドキドキする)」
そんなやり取りを続けながら、ようやく、エヴァとタカミチは学園長室に入っていく。
サイも学園長室の前まで来て、ドアに耳を当て聞き耳を立てる。
『なんだジジィ、わざわざ呼び出して?』
『フォフォ、じじいとはずいぶんな言いぐさじゃのぉ。年上はそちらじゃろう』
――バンッ と音がする。
『うるさいぞ!! そんな無駄話をするために私を呼んだのか』
『……何も頭を叩かなくてもよかろうに。いやいや、近頃桜通りに吸血鬼が出るなんて言う噂が広まってるそうじゃ。何か知らんかのう、と思っての』
『うっ…………私は何も知らん』
『そうかならいいんじゃが……』
『用はすんだか? では帰らせてもらうよ。今は忙しいからな』
『おや、もう行ってしまうのか? せっかくじゃからお茶でもどうじゃ?』
『遠慮させてもらうよ。ジジィと飲むお茶は不味いんでね』
会話を聞く限り、どうやら学園長ともエヴァは知り合いのようだ。
「(エヴァさんが『真祖』と知っていたから、釘を刺してるんだ)」
なるほどと思っていると、
「おい! 貴様なぜここにいる?」
既に学園長室の扉が開かれている。
「あの、これは、そのですね……うわっ!!」
グワッと学園長室に引きずり込まれる。
「おっ! やっぱりサイ君だったか」
タカミチが納得した顔をする。
「何がやっぱりだタカミチ、お前も気づいていたな! よくも知らんぷりしてくれたな」
エヴァがタカミチをキッと睨む。
ハハハとタカミチは笑っている。
「それよりもサイ先生……生徒を尾行するとはどういう了見、だっ!!」
そう言ってエヴァがサイの足を払う。
不意を突かれたサイはその場で尻もちをついてしまう。
「あうっ……」
そのままエヴァはサイを組み伏せ馬乗りになる。
「さあ~どうしてこんな事をしたか洗いざらいはいてもらおうか!」
エヴァの両手がサイにのびる。
このまま魔の手にかかるかと思われたサイに助け舟が出される。
「こらこら、学園長室でいちゃつくのはやめてほしいのじゃが。のぉ、タカミチ」
「全くですね、学園長」
それを聞いてエヴァが顔を赤くする。
「どこをどう見たらイチャイチャしてるように見えるんだこのバカ共!!」
ゴンと音がなるようなげんこつをサイ(とついでに学園長)にくらわして部屋を後にするエヴァ。
「なんじゃ、ちょっとからかったくらいで」
なぐられた頭を抑えながら学園長は愚痴をこぼす。
なんとか助かったサイにタカミチが手を差し出す。
「大丈夫かいサイ君?」
「うん、ありがとうタカミチ」
「どういたしまして。それで何があったんだい?」
「えっとね――――」
サイはタカミチに事の始まりからエヴァがネギの血を狙っている事までを話す。
「なるほど、エヴァの奴そんな事を……」
「それで僕はネギを助けるために情報を集めようとしてたんだ」
「まぁ安心してくれ。エヴァもまさか殺すようなまねはしないだろう。それに……」
「それに?」
「サイ君がついてるだろう?」
タカミチがサイの肩に手をおく。
「君は僕が思った通り、ネギ君の良き友達になってくれた。こうしてネギ君のために動いている事が何よりもそれを示しているよ。ありがとう」
「そんな……僕が勝手にやってるんだよ。役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。だけど、手をこまねいてたくはないんだ」
「そうか。なら頑張りたまえ近衛サイ君」
背中をそっと押してタカミチはサイを送り出す。
彼を麻帆良学園の教師に誘った時にも感じた思いが込み上げてくる。
サイは本当にまっすぐ育ってくれたと。
サイがネギの友達になってくれたと。
タカミチにはそれがとても嬉しかった。
「ネギ先生たちはうまくやれるのかのう?」
口髭をしごきながら学園長は言う。
「ええ、彼らならきっと」
タカミチの心は不安に覆われてはいなかった。
むしろ、晴れやかな気持ちに包まれていた。