ポーカーフェイスを練習するウインバリアシオンのお話です。
とある休養日、前触れもなくトレーナー室へとやってきたシオン。にらめっこにババ抜きと、次々にトレーナーにゲームをもちかけてくる。彼女が抱える本心はいかに。

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第1話

 

【1】

 

 整った顔立ちをしているなと、改めてそう思った。

 

「ぷくー」

 

 トレーニングの予定されていないある日の午後。

 それにも関わらずトレーナー室へ足を運んでくれたウインバリアシオンと、自分は何も言わないまま正面から顔を突き合わせていた。

 

「…………」

 

 控えめに揺れる長めの前髪。艶がかった明るい赤毛の内側からは、深く落ち着いた翠の輝きが覗いている。相手を笑わせるような変顔と聞いて、ただ懸命に頬を膨らませるだけというのが何とも彼女らしかった。

 そうしているとふと思う。

 カワイイ系か、カッコいい系か。彼女の魅力を語るとしたら、それはどちらになるだろうと。

 いつか同じようなことを考えたことがあったが、確かその時は結論が出せなかった。

 これほど間近で彼女を見られる機会も珍しい。案外、今日こそは納得のいく分析のうえで答えに辿り着くのかもしれない。

 

 

 

 

 ……バカなことを。

 

 目の前のことからひたすら気を逸らすのも、なかなか大変なものだ。

 やがてシオンの顔がぷるぷると震え始めたので、そろそろ決着の時が近いことを悟る。

 

「──ぶはっ……!」

 

 その様子は、まるで長く潜っていた水中から顔を出した時のようだった。

 肺の圧迫を解いて咳き込むシオンは、しばらくソファの上に丸まって息を整えている。

 

「……何も息まで止めなくても」

「す、すいません……笑っちゃダメって思うと、つい……」

 

 結構長く耐えていたし、こうなるのも仕方がないだろう。自分の表情筋がもっとバリエーション豊かであったなら、あるいは必殺の面白顔でも披露して、すぐに解放してあげることも出来たかもしれないが。

 まあ、それはさておき。

 彼女の突然の申し出から始まったこの睨めっこについては、とりあえずこちらの勝ちということでいいのだろう。

 

「ふぅ…………でも、トレーナーさん本当にすごいっすね。睨めっこでそこまで無表情でいられる人なんて、あたしの周りにもなかなかいませんよ」

「おかしな特技だよなぁ」

 

 表情に乏しいのは生まれつきだが、まさかこんな形で活かせようとは。

 子供の頃なら胸を張れていたかもしれない。今は……うん、何となく悲しくなってきそうだ。

 

「やっぱりトレーナーさんに頼んで正解だったかも……次、ババ抜きでお願いできますか!」

「今日は遊びに来てくれたのか?」

「いえ、特訓っす!」

 

 物凄く真剣な目で言い切られてしまう。……これは何かあったな。

 ちょうど仕事も一段落したところだ。とにかく彼女の意図が分かるまでの間は、しばらくそのまま遊戯に興じることにした。

 

 

 ──────────

 

 

 とはいえ、二人でやるババ抜きなんてあっという間では?

 揃っている数字のペアを除いていけば、最初の時点で手札は数枚程度。これが互いに番が回る度にほぼ確定で減っていくのだから、もはやちょっとした作業とも言えるかもしれない。

 

「うぅ……また負けたっす」

 

 分かりやすく肩を落とすシオン。これで開幕から四連敗だ。

 ……さすがに心が痛んできた。

 もし観客がいれば、わざと負けてやれないのか、大人げないなどとヤジが飛んできそうな頃合いだ。ゲーム中とは思えないほどに悲痛なその面持ちにもなかなかくるものがある。

 彼女が手を抜かれても気にしない性分なら、もう少しは簡単な話なのだが。

 

「……もう一回やるか?」

「! はい、お願いしますっ!」

 

 きわめていい返事が返ってくる。

 まだ事情は分からないまま。だが特訓と銘打っているくらいだ。やはり下手な加減は望まないだろう。

 その目にまた闘志が戻る。こんな場面でも彼女のたくましさが垣間見えた気がした。

 

「……」

 

 机に散らばったカードを纏めてシャッフル、互いの手元に一枚ずつ配っていく。

 そうして揃った手札を互いに整理していけば……何と開始の時点でこちらは一枚、シオンの側には二枚のカードのみが残った。最初からクライマックスと言ったところだろう。

 どちらがババを持っているかは一目瞭然。

 先行でカードを引く自分からすれば、まるで二択問題のような場面だった。

 

「ど、どうぞっす……!」

 

 シオンも燃えている様子だ。こういうヒリついた駆け引きももう何度目かであり、きっとリベンジがしたくてウズウズしているのだろう。

 構えられた二枚の手札。まずは自分から見て左に手を伸ばす。

 

「あっ」

 

 シオンの眉がぴくりと動く。心なしかすでに表情が険しい。

 ……何も言わず、そのまま手を右へ。

 

「……ふー」

 

 すると途端に安堵の息を吐く。駆け引きとは一体。

 ……念のため。

 そのまままた左──この世の終わりかのような落ち込み顔。

 もう一度右──再びホッと胸を撫で下ろす。

 左、右、右と見せかけて左、左から左、左。

 

「と、トレーナーさん……?」

「……ごめん、つい」

 

 もはや泣きそうな目で見つめられる。……いけない、ついやりすぎた。

 一拍おいて、素直に左側のカードを引く。自らの手中に迎え入れたそれが仮にババだったなら、さしもの自分も膝を打って感心したところだったが。

 そんなこともなく、机上のカードの山に最後の二枚が添えられる。

 

「……」

「……」

 

 幕引きは呆気なく、ひたすら悲壮感に満ちた静寂だけが、トレーナー室を包み込んでいた。

 

 

【2】

 

「そろそろ、事情を聞いてもいいか?」

 

 ババ抜きの回数が十戦目を超えた頃。未だシオンに白星はない。

 時間的な制約は特にないが、さすがにもういいかと思い、彼女に事の経緯を尋ねることにした。

 

「じ、事情っすか?」

「話したくないならいいけど……もし何か困ってるなら、そうしてもらった方が力になれるかもしれない」

「……」

 

 物凄く話しづらそうにしている。すぐに口を割りそうにはなかったので、彼女の整理がつくまで、またカードを配り直しながら待つことにした。

 

「……ぽ、ぽーかー」

「?」

「ポーカーフェイスの、練習がしたかったんです」

 

 やがて、シオンが絞り出すように打ち明けてくれた。

 ポーカーフェイスというとあれか。感情を表に出さないようにして無表情を装うという、あの。

 

「何でまたそんなことを」

「……この間のレースのこと、覚えてますか?」

 

 一瞬、手が止まる。

 それは二週間ほど前に出走したとあるレースのこと。健闘ながら惜しくも白星を逃してしまったその一戦は、重賞というだけあり、かの暴君をはじめ有力な選手が出そろっていた。

 

「レース前のパドック、みんなすごく堂々としてて……まあ、あの人はいつものことっすけど。あたしはすっかり緊張しちゃって、表には出さないように頑張ってみても、全然ダメで」

「……」

「自分がそういうの向いてないって、そんなのは分かってるっす。でも、もしそういう精神的な強さを身につけられたら、少しでも勝利に近づけるんじゃないかって」

 

 そんなことを考えていたのか。

 確かに、表情を変えないことは有効な戦術の一つだと思う。仕掛けるタイミングを悟らせないだけじゃなく、常に堂々とした態度を崩さないことは、それだけで相手にプレッシャーを与えることにも繋がる。

 意識的にできるならそれに越したことはない。感情が表に出やすいシオンにとっては、それは尚更だろう。

 

 ……だからって、そんな暗い顔をすることでもないと思うけど。

 

「そっか。じゃあ、少しずつ練習していかないとだな」

「……! はいっす」

 

 互いにカードを掲げて、ゲームを再開する。

 今度はこちらの手札が二枚、一方のシオンは一枚──先行はもちろん彼女だ。

 

「…………」

 

 神妙な面持ちで手を伸ばす。

 指は左のカードに触れる寸前で止まり、逡巡するように右へ揺れ動く。

 

「っ……」

 

 こちらの反応を窺っているのだろう。その緊張が小さな溜め息となってこぼれ落ちる。

 様々な思考を巡らせているのは、表情を見ればすぐに分かった。戸惑いも、それを振り払おうとする懸命さもはっきりと。

 

 そこでつい、一瞬だけ表情が緩む。

 

「──こっち!」

 

 決心の声とともに、一枚のカードが彼女の手に渡った。

 

「!! っ~~~」

 

 こちらに残された最後の一枚(ジョーカー)が、彼女の勝利を明確に示していた。

 パッと笑顔が咲く。心から嬉しそうにしているその手中には、絵柄の揃った二枚のカードが誇らしげに表向けられている。

 

「おめでとう。君の勝ちだな、シオン」

「はいっ……!」

 

 本心から彼女をたたえる。本当はもっと悔しがって見せた方がよかったのかもしれないが。

 今のシオンを見ていると、こちらもすっかり胸が温かくなっていた。

 

「その方がずっと君らしいよ」

「?」

 

 先んじて零れた言葉。それを誤魔化すように、小さく咳払いをする。

 

「ポーカーフェイスの訓練については、今後のトレーニングにも組み込めないか考えてみる。君の気付きを無駄にしたりはしない……でも」

 

 さっきまでのことを思い出す。

 ちょっとしたゲームの中でも、はっきり悔しがったり喜んだり、ずっと全力のシオンを見てきた。普段のトレーニング、何気ない会話の時だってそうだ。

 せっかく、こんなにも色とりどりに移り変わる表情があるのに。

 

「あんまり気負わなくていいと思う。向き不向きだって個性なんだから、無理に感情を抑えようとしなくたっていいんだ」

「……ありがとうございます。だけど」

 

 気持ちは分かる。重ねた敗北の分だけ、何かしなければと焦ってしまうのは。

 それでも彼女にだって、ここまで積み上げてきたものがちゃんとある。

 

「困った時は、さっきみたいに思いきり笑おう」

「え?」

「今まで君が歩んできた道のりを思って、誰よりも堂々と胸を張って、そこに立っていればいい」

 

 そうするだけの資格がある。主役として舞台に立てるだけの努力を続けてきたことを、誰よりも自分が知っている。

 ……だから、あとは俺が。

 

「──」

 

 逸りかける気持ちを抑える。

 真っ直ぐシオンに向き合って、今は本当に伝えたい言葉だけを告げた。

 

「明るく笑っている時のシオンが、俺は一番好きだな」

「……!!」

 

 ────ボンッ

 

 一瞬の間。

 その直後、シオンの顔が爆発するように赤くなっていた。

 

「ど、どうした……?」

「だって……トレーナーさんが、急に変なことを言うから……」

 

 不満そうに言いながら目を逸らされる。

 そうして、まるで横顔を隠すようにこちらに掌を向けながら、

 

「……しばらく、こっち見るの禁止っす」

「え、何で」

「何ででもっす!」

 

 なぜだか急に不機嫌になってしまったシオンに、こちらはただ首を傾げていることしかできないのだった。

 

 

 ──────────

 

 

「……」

 

 ふと積み上げられたカードの山に視線が移る。偶然か、その頂上にはキングのカードが鎮座していた。

 束の間の休息、遊戯の午後。

 まだちょっと怒っているシオンを宥める傍ら、自分の頭の中では、次のトレーニングメニューが組み上がりつつあった。


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