「へぇ、じゃあ二人は今日初めて会ったのね」
街灯が照らす夜道にてたきなと沙保里は並んで歩く。
「ええ、優秀な人らしいですが、見えませんよね」
沙保里の質問にそう返しつつたきなは今日を振り返る。
保育園、日本語学校に、組事務所、警察署。一日千束の仕事に付き合った感想は、このようなことをして意味されるのだろうかというものである。本来、国のために動くべきリコリスらしくない個人のためのリコリス。千束曰く、困っている人を助ける仕事だというが、楠木から聞いた評判による千束への期待感は、もうすでに薄れていた。
「そんで、前のバイトに戻りたいと。嫌なことがあったからやめたんじゃないの?」
「いえ、少し誤解があっただけです」
そう、これは誤解なのだ。銃取引の際、人質にされた仲間を助けるためにはこれしかなかった。たきなは今でもそう考えている。
「そんなに戻りたいの?」
「戻りたいです」
たきなは食い気味に答える。
会話の最中、ふとカーブミラーが目に入る。そこには自分たちをつけてくる白い車が映っている。
「そっか、私も協力するよ! こうみえてバイト経験豊富なお姉さんだからね!」
胸を張る沙保里に一瞥もせず、たきなは切り出した。
「早速ですが、いいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます。では先に行っててください。すぐに戻りますから!」
「え? あ、うん」
惚けたような返事をする沙保里をおいて、走って夜の闇に抜けていくたきな。そのまま彼女は路地の角に身を隠した。彼女の予想ではこのあと、一人になった標的を見て犯人は動きを見せるだろう。たきなはいつでも引き金を引けるように愛銃であるのS&W M&P99Lの安全装置を解除し、その瞬間を待つ。
それは依頼人を危険にさらす行為。しかしながら、仕立て人を捕まえるもっとも手っ取り早い方法であり、たきなはそれをこなす自信があった。
さて、たきなの予想は的中する。物音に目を向けるとそこには、依頼人を袋に詰め、誘拐しようとしている男の姿があった。まだ、動かない。たきなはそこから目を逸らさずにじっと機を待つ。
沙保里が車の中に連れ込まれ、仕立て人も全員乗車した瞬間、たきなは動く。車が動き出す前に正面に立ち、ライトが付いた瞬間、発砲。
真っ先にライトを打ち抜き、タイヤをパンクさせて機動力を奪い、車内へ次々と発砲。
車内からは悲鳴が聞こえるが、お構いなし。たきなは「取引した銃の名前を言いなさい!」と威嚇射撃を続ける。
「めちゃくちゃ撃ってくるぞ!」
「なんで取引のこと知ってんだ!」
「武器商人を皆殺しにしたやつらじゃないですか」
身を屈め、銃撃をやり過ごそうとする男たち。未だに車内は混乱していた。
――ここで畳みかける。たきなは撃ち尽くした弾倉を即座に交換し、引き金を引こうとしたその瞬間、銃を止める手。目を向けるとそこには、お泊りセットを取って帰ってきた千束がいた。
「なにしてんの!?」
と千束はたきなに言いながら、彼女を物陰に連れ出す。
「尾行されていたので、おびき出しました。彼らが銃の所在を知っているはず」
たきながもう一度飛び出そうとするのを、「ちょーちょちょ」と制止し、千束は護衛対象の所在を問う。
「沙保里さんは?」
「車の中です」
「護衛対象をおとりにしたの!?」
その行動に驚愕した千束に対し、たきなは言う。
「彼らの目的はスマホの画像データです。沙保里さんを殺す意図はないと思います」
「人質になっちゃうでしょ!!」
千束の予想道りというべきか、二人が言い合っている中、人質がどうなっていいのかと犯人からの声が聞こえてくる。
車を盾にしながら降りてくる男たちを、影に体を隠し話しながら注視する二人。この事態になってもなお、それでもなお、口論は止まらないようだ。
「――この距離からでも射殺できます」
「命大事にだってば。……射撃に自信があるんだったら、七時方向でこっち見てるドローン撃ってくれる? あ、音出してね」
口論が一段落ついたとき、千束はたきなに頼みごとをする。その言葉を聞いたたきなが目線のみその方向へ飛ばすと、黄色のドローンが一台こちらを監視するように滞空していた。
車の方からも男の怒鳴り声が聞こえる。限界を悟ったたきなは銃を構え、振り向きざまに、銃撃。光の線が見事にドローンを打ち落とすと同時に千束は飛び出した。
たきなから否、誰から見ても、その戦闘は一方的であった。
まるで射撃を見えているかのように躱し、非殺傷弾で相手を殺さずに制圧していく千束にたきなの援護なんて必要なかった。なんなら、相手の負傷者をも治療していく余裕すら千束にはある。実際、たきなの乱射で負傷していた運転手を治療していた。
「たきな、沙保里さんを」
千束の支持に従い依頼主を救助しながら、たきなは呆れる。命大事にとは敵も含まれるのかと。
そんな小言を言おうとしたとき、後ろに気配を感じた。
しまった。まだ残りがいたか。即座に銃を構え振り向くと、そこには最初に倒したはずのパーマの男が立っている。
「そこを動くな。少しでも動いたら撃つ」
仲間は全員やられて、数の利もなく絶体絶命の状況、ここからはなにもできないはず。そのはずだが、銃を突きつけられても男はにやりと笑うのみである。
「撃ってみろよ。そんなもん効かねぇ」
ぞくり、とたきなの背筋に寒気が走る。過去の任務中、幾度となく感じた、命に手がかかる、まさしくその感覚。
嫌な予感に従い、たきなは反射的に引き金を引く。
男の体を銃弾が貫く、その刹那、変化。
男の命を奪うはずの銃弾が、その固い皮膚に全て弾かれる。
その驚愕を声に出す間もなく、たきなは背中から強い衝撃を受けた。
「かはっ――」
遅れて、自分が吹き飛ばされていたことに気づく。幸いにも、車がクッションとなり、大したけがはない、がこんなことは人間の力の範疇を遥かに超えている。たきなは半分混乱したまま、この事態を引き起こした相手に目をやる。
そしてようやく相手の姿を認識する。
人間の丸みとはかけ離れた、彫像のごとく角ばった、無機質な体。それでいて、どこか生物の意匠を取り入れているような体。極めつけはその灰色。目の前に現れた怪人は、まるで遺灰のような色彩のない何かだった。
「――たきな!」
たきなのもとに駆け寄ろうとする千束を目で制止させる。こちらに近づいては無為に被害を増やしかねない。
正体不明の怪物をにらみつける。先ほど確かに見た。男がその姿を変え、銃弾を弾いたのを。
人型からの変貌。人知を超えた力。そして灰色の体。たきなの脳裏に一つの噂話がよぎる。
リコリスの間でささやかれている話だ。曰く、普段は人間の姿で過ごしており、自らの身に危険が及ぶとその体を異形へと変貌させる。その力は人間のそれをはるかに超え、気質は暴虐そのもの。そんな眉唾物の都市伝説。その怪物の名は。
「……オルフェノク」
灰の怪人を前にして、無意識にその名が口に出る。無論、たきなはそのような真偽不明の話を信じているわけではない。しかしながら、そんないい加減な予想が的中したようだ。
「お前、俺たちを知ってんのか。なおさら、殺す理由が増えたな」
怪人――オルフェノクは一歩一歩こちらに近づいてくる。その行動に対し、たきなは銃を撃つ。頭に三発、胸部に三発。精密にに放たれた六発の弾丸。それはオルフェノクの命を刈り取ることもなく、その体に弾かれていった。
「くっ……」
先ほどの焼き直しかのような光景を見た、たきなはすぐさま距離を取ろうとするが、遅い。瞬間的にオルフェノクがたきなへと接近し、銃を払い落とした。
「なっ……」
たきなの驚きの束の間、オルフェノクはたきなの首をつかみ上げる。たきなは抵抗するが、オルフェノクの強大な力は微動だにしない。
「たきなっ!!」
たきなはもがきながら、突進した千束が、片手で薙ぎ払われ、吹き飛ばされたのを見た。
絶望、これは人間が敵う相手ではない。たきなは自らの死を予感し、それでもあがくことをやめなかった。
「まずは一人」
オルフェノクの異形の手が、たきなの細い首を折る、その瞬間たきなの耳にはエンジン音が聞こえた。
気がつけばたきなは地面を転がっていた。
――いったい何が。
直前まで自分たちがいた場所に目を向けると、そこにはたきなと同じように地面に転がっているオルフェノクと、バイクにまたがった男がいた。
おそらく、オルフェノクははね飛ばされたのであろう。無傷の怪物は怒りをあらわにして立ち上がる。
対して、男はバイクから降り、ヘルメットを脱ぐ。
年は若い、おそらくたきなともそう離れていないはずだ。茶色の長髪を前分けにしており、なによりも人相の悪い顔。不愛想にむすっとしている。
そんな青年が、たきなを窮地から救い、オルフェノクと相対している。
「逃げてください!!」
せき込みながら、たきなは叫ぶ。銃さえ効かない怪物に勝てるはずがない。自殺行為である。
しかし、青年はこちらの願いもお構いなしに一切動こうとしない。それどころかこちらをかばうような動きまでする。
正気か。たきなは怪物に立ち向かおうとする青年の行動を疑った。
「下がってろ」
青年はそんな言葉をぶっきらぼうに吐き捨て、懐からものを取り出す。
それは、スマホに取って代わられ、きょうび見ないような旧型のガラパゴス携帯。
そんなもので一体何をするのか。たきなの疑念を背に、青年は三回ダイヤルキーを押す。
――Standing by
勢いよく掲げられた右手に握られた、携帯。それをベルトに差し込む。
「変身!」
Complete
その電子音とともに仮面の騎士は降臨した。
たきなとたっくんって相性よさそう。