ああ憧れの情報屋   作:毒島リコリス

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第11話 実習開始

 慌ただしかった一日目がようやく終わり、翌朝早い時間に起きた僕は、首都にいる時と変わらずホテルの敷地内を走っていた。

 街よりも標高が高い山の中は少し肌寒いが、適度に人の手が加えられている道は走りやすく、鳥の鳴き声や葉擦れの音が清々しい。

 

 他にも外で日課の鍛錬を行っている生徒をちらほら見かけ、その中にはミーシア嬢とジュリもいた。

 

「ジュリ、武術は誰に習ったの?」

「お父さんです。今は田舎の酪農家ですけど、怪我をする前は騎士だったんだそうです」

「へえ、腕の立つ騎士だったのでしょうね」

 

 挨拶でもと思ったが、邪魔しない方がよさそうだ。そっと離れて部屋に戻った。

 

 

 

「おはよう……。早起きだね……」

「おはようございます、スノウ様」

 

 今起きましたという言葉を全身で表している寝癖のついたスノウ様が、油断するとまた寝そうな顔で迎えてくれた。

 朝が弱いことには薄々気付いていたので、のろのろと動き出すのを支えて着替えを手伝うことにする。

 

「ありがとう。ハイドは何でもできるね」

「恐縮です。寮ではお手伝いされる方がいるんですか?」

「うん。従者を一人付けていいことになってるから」

 

 この宿泊実習は自立を促す訓練も兼ねているとのことで、従者は連れてこられない。

 ――僕が支度を手伝ったら訓練にならないのではと思ったものの、気付かなかったことにした。

 

「ミスティコ家は子ども一人ひとりに従者を付ける財力はありませんから、服のボタンの留め方からネクタイの締め方まで、七歳までに全部覚えさせられましたよ」

「そっか……」

 

 ホテルに備えられている櫛を借りて、スノウ様の髪を整える。

 まっすぐな銀色の髪は、寝癖がついていても水ですぐに直るので楽だ。

 

「上級貴族の寮は設備も良いんでしょうね。一度見学してみたいです」

 

 梳いているそばからまたうとうとしているので、僕は積極的に話しかけて寝るのを防ぐことに努めた。

 

「今度招待するよ。いつも世話になってるし」

「本当ですか! 楽しみにしてます」

 

 やったぜ、とうとう上級貴族寮を探検できるかもしれない。

 

***

 

 朝食を済ませたら、汚れても大丈夫な運動着に着替えて外に集合だ。いよいよこの宿泊実習のメインイベントが始まる。

 生徒たちの表情は、やる気に満ちている者が半分、嫌そうな顔をしている者が半分といったところだった。

 

「貴族の皆さんが山の中で訓練をするなんて、ちょっと意外です」

 

 朝の鍛錬で見かけた時同様に髪を簡単にまとめたジュリが、辺りをきょろきょろと見ながら小さく呟く。

 

「そうでもないのよ。大昔からの伝統で毎年秋に王家主催の狩猟祭があるから、成人までに山や森に慣れておくのは必須なの」

 

 ミーシア嬢も美しい髪が枝に引っかからないよう、後頭部でコンパクトにまとめていた。

 

「狩猟祭でいい成績を残せば、下級貴族でも大出世できることがあるんだって」

「へえ……」

 

 領地を持っている貴族は、領地内に訓練用のちょっとした森や山を必ずといっていいほど持っているそうだ。少し羨ましい。

 逆に言えば、領地を持たない弱小貴族がなかなか出世できない理由もそこにある。世知辛い世の中だ。

 

 

 

 実習のルールはシンプルなものだった。

 決められたチェックポイントを必ず通りつつ、途中で課題をいくつかこなして戻ってくるだけ。ルートやペース配分は自分たちで考えなければならない。

 既に出発した班もあるが、僕たちは出発する前にまず円になって話し合うことにする。

 

「やるからには一番が取りたいのよ。効率のいいルートがあればいいのだけど」

 

 課題としては夕方までに帰還すればいいことになっているが、順位に応じて加点もあるそうだ。

 やる気を見せている方の貴族筆頭、ミーシア嬢は地図を広げて真剣な表情をしている。

 

「せっかく学年主席と次席が揃ってますもんね。足を引っ張らないように頑張ります」

 

 そう言うジュリだって特待生だ。僕はズルをしたとはいえ、考えてみればくじ引きだというのによく優秀なメンバーが揃ったものだと思う。

 ――僕も情報屋としての腕の見せ所だ。

 

「実は僕、兄姉にこの実習の話を聞いてきたんです」

「あら、いいじゃない。聞きましょう」

 

 普段のミーシア嬢はこのように、下々の話にもきちんと耳を傾けてくれる良き権力者だ。

 どうして僕の素顔を見た時だけ、あんな手負いの獣のようになってしまうのだろう。

 

「大きく分けるとルートは二つだそうです。歩きやすいけどその分迂回が多い道がこう、勾配がきついけど距離が短い道がこう」

 

 全員が地図を覗き込む中、僕は指で道をなぞる。

 

「二つ目のルートは、特にこの辺りが崖になっていて危ないそうです。おすすめはしないと言っていました」

「でも、気をつけて進めば一つ目よりも早い?」

 

 聞いたのは意外にもスノウ様だった。

 

「はい。掛かる時間は三分の二くらいかと。疲れを考慮しなければですが」

 

 するとミーシア嬢は少し考えた後、

 

「どちらの道でもチェックポイントは通るのよね。なら、ひとまず二つ目のルートを通って、チェックポイントごとに四人の状態を確認しながら次の道を選ぶのはどうかしら?」

 

 意見が出なければ僕が提案しようと思っていたことを先に言ってくれた。さすがだ。

 

「賛成です」

 

 ジュリがまず頷いた。

 

「俺も賛成です」

 

 スノウ様も短く同意する。

 

「皆さんの決定に従います」

 

 最後に僕が頷くと、ミーシア嬢はそれぞれの顔を見て訊ねた。

 

「みんな、得意な魔法と、逆に苦手な魔法はある?」

「火の魔法は少し苦手です……。あ、でも、治癒魔法がちょっとだけ使えます」

 

 とジュリは言うが、特待生なので一定水準には達しているはずだ。治癒魔法は適性が必要らしく、少し使えるだけでも重宝される。

 

「……水、氷。俺も火の魔法は苦手」

 

 ホラント伯爵家は代々氷魔法の使い手として知られている。

 普段は文官として働いているが、有事には戦争でも活躍してきた文武両道の家系だ。

 

「僕は、特筆して得意も不得意もありません。治癒魔法は、擦り傷程度なら」

「意外と優秀じゃない。あなた、入試は何位だったの?」

「七位です」

 

 急に視界に入れられて動揺したせいで、少し食い気味に答えてしまった。

 まだ修業が足りないと反省しながら、誤魔化すために話を戻す。

 

「それよりも、もう一つ注意があると姉が言ってました」

「何?」

 

 ルートについては地図が読めればある程度想像がつくが、これはたぶん上級生から話を聞かない限りは手に入らない情報だ。

 

「……道中に先生がたが罠を仕掛けているそうです」

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