ああ憧れの情報屋   作:毒島リコリス

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第20話 公爵令嬢の悩み

 学校に戻ってからしばらく経っても、ミーシア嬢はどことなく元気がなかった。

 もちろんクラスメイトと話している時には、今までどおりにこやかに愛想良く過ごしている。

 でも、ふとした拍子に表情が陰る。

 

 彼女なりの悩みがあるのだろうと思って触れないつもりでいたら、本人ではなく、実習以来よく一緒に行動するようになったジュリから相談された。

 

「どうなさったのか、ミーシア様にさり気なく聞いてもらえませんか?」

「え? 僕が?」

 

 ジュリにも話せないことを僕なんかに話してくれるわけが、と思ったら、

 

「そういうの聞き出すの、ハイドくん得意みたいじゃないですか」

 

 あちこちから教師や有名な生徒の情報を集めていることを言っているらしい。

 それはまあ、情報屋を目指すための必須スキルとして日々磨いてはいるけども。

 

「それに『魔法が得意な男子』のこと、まだ探してるみたいなんです。また会えたら、少しは元気になるかもしれません」

 

 それはわざと憎まれに行けということでは。

 

「なんか、不本意だなあ」

 

 こちらから接触するのは気が進まないが、ミーシア嬢の様子がおかしいのは僕としても気になる。

 しばらく悩んだものの、僕は結局ジュリの頼みを引き受けることにした。

 

 

 

 実はミーシア嬢に売店街で絡まれた後、『ミーシア様と口論をしていた男がいた』と噂になっていたのを聞いた。

 そのため、できる限りミーシア嬢が一人の時を狙って接触する必要があった。

 

 幸いにも、最近ミーシア嬢が放課後によくいる場所なら掴んでいる。

 というより、

 

「レディーが一人で人気のないところにいるのは、あまりおすすめしませんよ」

 

 いつかのベンチでぼんやりしていることが多いのだ。

 おかげで僕の休憩スポットの一つが使えなくなってしまった。

 

「……大丈夫よ。校内だもの」

 

 睨み付けてくる視線にもやっぱり元気がない。

 僕が微笑みを崩さずにいると、ミーシア嬢の方から視線を逸らして小さくため息をついた。

 

「探してる時にはどこにもいないのに、探さないとそっちから来るのね」

 

 基礎教科ではいつも同じ教室にいますが。

 

「神出鬼没が売りでして」

 

 今考えた設定だ。再びジトッと睨まれた。

 

「私に何か用?」

「ええ、少しだけ」

「……隣に座りなさい。正面に立たれると居心地が悪いから」

「ありがとうございます。失礼いたします」

 

 機嫌が悪いからどこかに行けと突っぱねられるかと思いきや、意外とあっさり存在を許された。

 いつかのように、もう一人座れるくらい間隔を空けて静かに腰を下ろす。

 ミーシア嬢の性格がわかってきたので以前ほど緊張はしないが、油断すると僕だとバレそうで、別の緊張感があった。

 

「実は、とある方から依頼を受けまして」

 

 ただの友人からのお願いだが、せっかくなので大げさに言ってみた。

 

「依頼?」

「エーレンベルク様の元気がないので、理由を聞いてきてほしいと」

 

 変に機嫌を取りながら探りを入れるよりも、気に掛けている人間がいることを正直に伝えたほうがいいと思った。

 それを聞いたミーシア嬢は目を丸くした後少し考えて、フンと鼻を鳴らした。

 

「私の弱みを探りにきたってこと?」

「まさか。心配しているんですよ」

「それなら自分で聞きにくればいいじゃない」

「直接聞いたら、教えてくださいますか?」

 

 すると案の定、ミーシア嬢は言葉に詰まってうろうろと視線を泳がせた。

 普段、他人に隙を見せず優雅に振る舞い続けている彼女は、他人に弱音を吐いたり愚痴をこぼしたりしない。身近な相手なら尚更だ。

 

「……親しい相手にも話さないことを、名前も知らないあなたに話すと思って?」

「よく知らない相手の方が話しやすいこともあるじゃないですか」

 

 何言ってんだコイツと言わんばかりの、ジトッとした視線が沁みる。

 

「その依頼人とやらに言わないのなら、聞かせてあげてもよくってよ」

「それでは僕の依頼が達成できません」

「適当にでっち上げればいいじゃない。そういうの得意そうだもの」

 

 親切心で来たのに酷い言われようだ。

 とはいえ、さっきから出任せばかり言っているので否定はできない。

 

「ま、好きにしなさい。大した話でもないから、きっと言う気にもならないと思うし」

 

 再度ため息をつくと、腕組みをして指をトントンと動かした。どう話すべきか迷っているようだ。

 僕は静かに待った。『女性の悩みを聞く時は急かしてはいけない』とヤンさんが言っていた。

 

 一度強い風が吹いて、濃くなり始めた木々がざわざわと揺れても、僕はミーシア嬢の横顔をじっと見ていた。

 

 時間にしてみれば数分もなかったと思う。ミーシア嬢は突然ぼそりと呟いた。

 

「……自分が不甲斐なくて、自己嫌悪していただけよ」

「自己嫌悪、ですか?」

 

 誰もが羨む地位と能力、容姿を兼ね備えていながら、何を嫌悪することがあるのだろう。僕は首を傾げた。

 

「宿泊実習で私、何の役にも立たなかったの。ジュリもスノウも、自分の得意なことをきちんとやって、きちんと評価されたのに」

 

 ベンチの前の石畳に落ちている葉をぼんやりと眺め、長いまつげが何度か瞬きする。

 

「教科書どおりの魔法しか使えなくて。保身に走った挙げ句にハズレを引いて。……ハンマーイーグルに出くわした時だってそう。小屋に隠れていることしかできなかった」

「それが普通では?」

 

 僕だって、自分にできないことは人に任せて後は見ているだけだった。

 実戦経験がないのだから、突然災害級の魔獣を前にしても何もできなくて当たり前だ。しかし

 

「普通じゃダメなのよ!」

 

 ミーシア嬢は、急にぐるんと頭を回して僕を睨み付けた。

 

「私はエーレンベルク家の人間なんだから、できて当然なの。一番じゃなくちゃいけないのに……」

 

 組んでいた腕を解き、膝の上で拳を強く握りしめる。

 完璧を強いられてきたが故の悩みだった。何か一つでも平均以上であれば褒められるミスティコ家とは、理想の高さが違う。

 

「入試でも、一番得意でなくちゃいけない魔法であなたに負けて! 総合で一位になったって素直に喜べない! 何なのよもう!」

「もしかして、僕が毎回睨まれるのは八つ当たりですか?」

「そうよ!」

 

 認めた。取り乱してしまったのが恥ずかしくなったのか、髪を手櫛で整えながら前を向く。

 

「ね? つまらない話でしょう。自分でも何がダメなのかはわかってるの。失敗しちゃいけないと思って、無難で確実な道しか選べなくなってる」

 

 スノウ様はジュリに『練習なんだから失敗してもいい』と言っていたが、それはジュリが平民の出身だと誰もが知っているからだ。

 エーレンベルク公爵家の人間に、ジュリと同じ失敗は許されない。周りが許しても、本人が許さない。

 

「こんなんじゃ、ハイドくんのほうがよっぽど優秀よ。……知ってる? ハイド・ミスティコ」

「ええ。僕と似た髪色の彼ですよね。エーレンベルク様と同じ班だった」

 

 急に名前を呼ばれて心臓が口から出るかと思ったが、おくびにも動揺を見せてはいけない。

 あくまで似ているだけだと強調するために、自分から特徴を挙げてみた。

 

「最初はあなたかもしれないって、疑ったこともあった」

「そうでしたか」

 

 やっぱり疑われていた。しかしこうして話題にしたということは、今は別人だと思ってくれているようだ。

 いや、鎌をかけているのかもしれない。僕はいっそう気を引き締めた。

 

「いつもスノウの周りをちょろちょろしてて、全然パッとしないの」

 

 狙いどおりの評価だ。毎朝髪のセットを頑張っている甲斐があったと、僕は本心からの笑顔で頷いた。

 ところがだ。

 

「同じ班になるまで話したこともなかったんだけど……。変な子なのよ」

「変、ですか」

 

 それは聞き捨てならない。

 

「例えば?」

「……よくわからないの。でも彼が動き始めると、いつの間にかスノウにとって(・・・・・・・)良い方向に向かうのよ」

 

 買い被りすぎじゃないだろうか。僕はスノウ様の能力を信じているだけだ。

 

「機転が利くし、緊急事態でも落ち着いているし、頭の回転も速い。でも子爵家ってだけで、誰も見向きもしないの」

 

 妙に高く買われているのがくすぐったい。見向きもされないのは願ったり叶ったりなのだが。

 

「……きっと私も、公爵家じゃなかったら誰にも気付かれないのでしょうね」

 

 まただ。時々不意に見せる、陰った表情。

 僕の手に負えない根深そうな悩みの気配がしたので、わざと茶化すことにした。

 

「少なくとも、町ですれ違ったら二度見する容姿かとは思いますが」

「……」

 

 よし、睨みに力強さが戻ってきた。

 

「それに、僕の依頼人はエーレンベルク様が町娘のミーシアだったとしても、同じように心配しますよ。僕が保証します」

 

 ジュリは公爵家に取り入ろうなんて考えていない。学友の身を案じているだけだ。

 

「あなたに保証されてもねえ。というか依頼人って、あなた何なのよ。いい加減名前くらい教えなさい」

 

 とうとう来た。さすがにもうはぐらかすことはできない。

 適当な偽名を名乗ることも考えたが、こういう時無駄に格好つけたくなるのが僕の悪いクセだ。

 

「わかったら答え合わせしましょうって、言ったじゃないですか。そうですね、呼び名がないと困るということでしたら、情報屋と呼んでください」

「情報屋?」

「はい。依頼人が必要としている情報を調べます」

 

 これ以上即興で設定を付け加えるのはやめたい。長居は不要だ。僕は急いで立ち上がった。

 

「また逃げる気ね! この――」

 

 激昂するミーシア嬢の前に膝をついて手を取り、その甲にキスする。騎士が忠誠を誓う時の仕草だとヤンさんが言っていた。

 

「エーレンベルク様も、良かったら今後ご贔屓に」

「なんっ」

 

 上目遣いで微笑むと、耳から頬へ向かって一気に赤みが差した。

 社交の場にもよく出るだろうから、これくらい慣れていると思ったのに、新鮮な反応だ。

 

「それじゃ、またどこかで!」

 

 何にせよ、ミーシア嬢の動揺を誘えたのなら結果オーライだ。

 次の言葉が言えなくなっている間に、僕は全力で逃走した。

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