ああ憧れの情報屋   作:毒島リコリス

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第31話 公爵令嬢の弱み

 いつから待っているのだろうか。

 心配になったものの、つい悪戯心が湧いて、遠くから少し様子を見てみることにした。

 

 ミーシア嬢は僕がまた隣に座ることを想定しているのか、前の二回よりも教科書一つ分ほど端に寄って座っている。

 辺りをきょろきょろと見回した後、カバンから鏡を取り出して前髪を整えた。

 鏡を仕舞うとスカートを整えて膝に手を置き、足をそわそわと動かす。

 

 そういえば、僕のメッセージをジュリが仕込んだと思しき時間の後から、ずっと落ち着かない様子だった気がする。

 

「こんにちは、お待たせしてしまったようですね」

 

 これ以上待たせるのは良くないか。

 できる限り刺激しないようにそろりと姿を見せたのに、ミーシア嬢は妙に驚いた様子で肩を震わせ、バッと僕を見上げた。

 

「こんにちは。いいえ、そんなに待ってないから大丈夫」

 

 少なくとも五分は待っていたと思う。

 僕の顔を見た瞬間、少しだけ嬉しそうな顔をしてくれた気がしたのに、すぐにジトッと睨み付けられた。

 

「……やっぱり、あの三人の誰かと繋がってるのね?」

 

 直後ではさすがに怪しまれるかと思って一晩置いてみたものの、あと一日くらい様子を見るべきだったか。

 でも、レディーが落ち込んでいる姿に気付いているのに何日も放っておくのは、ヤンさんの教えに反する。

 

「新聞部が聞き込みをしている誰かかもしれませんよ。情報屋ですから、耳は早いんです」

 

 ああ、本日も目力が強くていらっしゃる。僕は微笑みを崩さず、失礼しますと言って隣に腰掛けた。

 

「僕にご用事だとか。どうなさったんですか?」

「そっ、そうだった。ええと……」

 

 何やら言い出しづらそうだ。やっぱり愚痴を零したいだけだろうか。

 

「飲み物でも買ってきましょうか」

 

 話が長くなるなら喉が渇くだろうと、僕は再び腰を浮かせた。と、

 

「待って!」

 

 ミーシア嬢が僕の上着の端を掴んだ。

 驚いて振り向くと、一瞬泣きそうな顔をしているように見えた。それからしまった、という顔をしてパッと離す。

 

「ちゃんと戻ってきますよ」

 

 これを口実に逃げると思われたかもしれないと、僕は苦笑しながら頭を掻いた。

 するとミーシア嬢は、少しだけ耳を赤くして俯いた。

 

「ごめんなさい。あなただって生徒だもの、この時期は忙しいのよね」

「ああ、いえ。話を急かすつもりはありませんでした。こちらこそ申し訳ございません」

 

 僕が早く切り上げようとしていると誤解させてしまったようだ。コミュニケーションは難しい。

 再度座り直して待つことしばし、ミーシア嬢は手をもじもじと擦り合わせた後、小さな声で呟いた。

 

「……探し物を頼みたいの」

「探し物? まさかエーレンベルク様も何か盗まれたのですか?」

「『も』ってことは、やっぱり新聞部が調べてる件は、誰かの仕業なのね。……ええ、関連があるかも。盗まれたのは指輪だから」

「指輪ですか。そんなもの、お持ちでしたっけ」

 

 生徒の中には単純にファッションの一つとして、また魔法の増幅器として杖と同じ効果を持たせた指輪を着けている者がいる。

 しかし記憶にある限り、ミーシア嬢が校内でアクセサリーの類いを身につけていたことはない。せいぜい髪を結うリボンくらいだ。

 

「鎖に通して、首から提げていたの。一昨日の午後、更衣室で外して……。練習が終わって戻ってきたら見当たらなくて」

 

 ぼそぼそと話す横顔を静かに見ているうちに、その目尻がじわりと赤くなった。

 

「……いつもなら、運動中もポケットに仕舞っておくのに、あの日に限って。最近、あちこちで物がなくなってるって話は聞いてたのに、本当にうっかりしてた……」

 

 どんなに優秀な人間でも過ちはある。きっと連日の練習で疲れていたのだ。

 そんな安い慰めの言葉を口にするには、彼女の落ち込み方は尋常ではなかった。よくもまあ、この数日気丈に振る舞っていたものだ。

 

「大切なもの、ですか?」

「……母の形見。宝飾品としても魔道具としても価値は高いから、売ればちょっとしたものでしょうね」

 

 ふ、と半ば諦めたような顔で自嘲気味に微笑んだ。

 

「そんなものを軽率に持ち歩いてなくしたなんて、人には言えないじゃない?」

 

 僕のようなプライドも外聞も気にする必要がない身分なら、学校にも警察にも届けを出して、周りに泣きついて大騒ぎしながら探し回ることもできる。

 しかしエーレンベルク家は全ての貴族の規範となる立場だ。本来なら百パーセント被害者だという状況でも、『何かを奪われた』ということ自体があってはならないこと、汚点になってしまう。

 

「私、本当にダメね。公爵家の跡継ぎなのに」

 

 噂で聞いたことがある。ミーシア嬢の母親は彼女が幼い頃に亡くなっていて、きょうだいはいない。

 しかも、その後エーレンベルク公爵は後妻を取っていない。つまりミーシア嬢が公爵家唯一の子どもだ。

 

 と言っても、場合によっては分家の子を養子にして継がせることもある。

 実際、あまり歳の変わらない従兄弟だかがいて、そちらに継がせるべきではという派閥もあるのだとか。

 

 つまりミーシア嬢が少しでも隙を見せると、嫡子としての立場が危うくなる。身内にも相談できなかったわけだ。

 

「ありがとうございます、話してくださって」

「え?」

「僕を信用してくださったということでしょう?」

「あ……」

 

 微笑んだ僕を見て、ミーシア嬢は涙の滲んだ目を丸くした。

 

 僕からすれば同じクラスで毎日一緒に過ごしているとはいえ、彼女にとっては数回話をしただけで、名前も知らない相手なのに。

 ――持ち歩かない方がいいとわかっていても肌身離さず身につけておきたかった、本当に大切なものをなくしたというのに、僕のような奴にしか相談できない環境なんて、あまりにも過酷だ。

 

「ご期待に添えるよう、できる限りのことをしてみます」

 

 僕たちが調べはじめてから遺失物届が減ったという話だったが、呪物研に続いて公爵家の指輪と、今度は紛失を公にしづらい品物が立て続けだ。

 そこで一つ思い当たることがあったものの、まだ仮説の段階なので新聞部にも言えない。

 

 それから僕は、ミーシア嬢に指輪の特徴や性能、なくなった時の詳しい状況などを訊ねた。

 素直に答える声はずっとしおらしいままで、なんだか調子が狂う。

 

「……引き受けてくれてありがとう。お願いね」

 

 ひととおり聞き取りを終えて立ち上がった僕を、ミーシア嬢はしゅんとした顔のまま見上げた。

 元気づけるには足りないが、僕は明るく言う。

 

「レディーの笑顔を取り戻すためですから。と言っても、僕は睨まれてばかりですが」

「それは、あなたが変なことばかりするから……!」

 

 手の甲のキスを思い出したのか、座ったままだとまた逃げられると思ったのか、ミーシア嬢は慌てて立ち上がって、さっそく睨み付けてきた。

 よし、語気に力が戻ってきた。やっぱりミーシア嬢は強気なほうがいい。

 

「変なことって、こういうことですか?」

 

 手を取って腰に軽く手を添え、ダンスの要領で引き寄せる。ここのところ毎日パフォーマンスの練習で踊っているせいか、不意に思いついてしまった悪戯だった。

 

「ちょっ」

 

 顔が一瞬だけ近づいて、ピンクブロンドの髪からいい香りがした。目撃者がいたら怖いのですぐに離れる。

 

「なん、ええっ!?」

 

 くるんと一回転させてふらついたところをエスコートして、そのままベンチに着席していただく。

 

「それでは、何かわかり次第また連絡します!」

 

 呆気に取られているミーシア嬢にひらりと手を振って、売店街の人混みに紛れるべく走った。ついでに夜食でも買って帰ろう。

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