ああ憧れの情報屋   作:毒島リコリス

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第8話 宿泊実習

 それからというもの、寮の外に出る時は必ず眼鏡だけはかけるようにした。髪のセットが面倒くさいときは帽子でごまかす。

 ミーシア嬢はまたあちこち聞き回っていたようだが、スノウ様という大きな光に隠れてこそこそしていた僕を再び候補に入れることはなく、少し安心――できなかった。

 

「宿泊実習?」

 

 週に一度のロングホームルームで配られた資料には、学校と提携している施設を使った二泊三日の校外学習を行うと書いてあった。

 学校生活に慣れてクラスメイトとも馴染んできたところで、協調性を高めることが目的らしい。

 

 場所は首都から魔導車で四半日ほど下った山間部で、宿泊場所は静養地や避暑地として使われるホテルだそうだ。

 

「……」

 

 行きの魔導車の中、僕の前にはミーシア嬢がよそ行きの澄まし顔で座っていた。

 

「ミーシア様、狭くありませんか?」

「大丈夫。お気遣いありがとう」

 

 ミーシア嬢の隣に座っているのは平民からの特待生、例の小さな木造の寮で暮らしているというジュリだ。

 背中まである黒髪を遠慮がちに彩る細いリボンがよく似合う。ミーシア嬢とは対照的と言っていい、話しているとなんとなく癒やされるおっとりとした性格の女の子だった。

 ただし、可哀想なことに隣にいる権力者のせいで、さっきから人一倍気を遣っている。

 

「ジュリこそ疲れてない? 魔導車は慣れないでしょう?」

 

 普段は穏やかなミーシア嬢は、自分のせいでジュリが緊張していることもわかっている。

 細やかな配慮こそ上に立つ者の務めだとばかりに、優雅に微笑んだ。

 

「農業用に比べたらずっと快適です」

 

 ジュリの実家は酪農を営んでいるそうだ。そこから特待生になったのだから、すごいことだと思う。

 

「それに、ハイドくんが同じ班で助かりました。あまり話したことがない人ばかりだったらどうしようかと……」

 

 木っ端の子爵家はちょっと裕福な平民とそう変わらない暮らしをしているので、貴族階級のクラスメイトよりもジュリのほうがよほど話が合う。

 貴族街の外で何が流行っているのかを教えてくれる貴重な情報源としてだけではなく、気軽に話せる友人としても助かっていた。

 

「いつも一緒にいるホラント様と同じ班なんて、ハイドくんは運がいいんですね」

「そうだね……」

 

 実はこれには裏がある。

 スノウ様に先に引かせて番号を見た後、教本で覚えた『隣の部屋の中を見る魔法』を応用してくじの箱の中を確認し、同じ番号を引くというズルをしたのだ。

 その結果がミーシア嬢と同じ班なので、悪いことはするものじゃない。

 

 人知れず反省していると、隣で静かに本を読んでいたスノウ様が顔を上げた。

 

「ハイド、少し調子が悪い?」

「え? いやあ、実は今日のことが楽しみで寝不足気味なんです」

 

 ミーシア嬢の前なので大人しくしているだけだが、うっかりバレるのではないかと心配して、ちょっとうなされたのは本当だ。

 

「そう……」

 

 スノウ様は頷くと、また本に視線を戻した。

 僕が一方的に懐いて勝手に周りで尻尾を振っているだけだと思っていたのに、案外気に掛けていてくださるのだろうか。付き人冥利に尽きる。

 

 

 

 緊迫の移動時間からようやく解放された後は、ホテル内施設の紹介や利用時間、注意事項の説明などが行われ、夕食までは自由時間となった。なんだか普通の旅行みたいだ。

 

「スノウ様、僕と同じ部屋で良かったんですか?」

 

 渡された鍵と同じ番号の部屋を探しながら、一歩後ろをついてくるスノウ様に訊ねる。もちろんスノウ様の荷物も僕が持っている。鍛えていて良かった。

 

「うん。……ハイドはよく気がつくから、一緒だと助かる」

「勿体ないお言葉です」

 

 宿泊する部屋については部屋数の都合で二人部屋なものの、さすがに防犯や快適性に配慮して、くじ引きではなく希望制だった。

 スノウ様と同じ部屋になれればいいなと思いながらわざとらしくちらちらと見ていたら、本当に指名してくれたのでとても喜んだ。

 

 一つ意外だったのは、ミーシア嬢が普段彼女の周りをうろついている取り巻きではなく、ジュリを指名したことだ。

 

「わ、私ですか!?」

「ええ。お昼と同じグループでいたほうが、話し合いもできて効率がいいでしょう?」

 

 そしてスノウ様と僕を見る。

 

「あちらもそうみたいだし」

「わかりました、ありがとうございます。失礼のないように頑張りますっ」

「こちらこそよろしく」

 

 優雅に微笑むミーシア嬢の決定に逆らえる者などいないが、取り巻きの女の子たちがジュリを睨んでいたのが少し気になった。

 

 

 

 部屋は僕が暮らす寮よりも立派だった。スノウ様が平然としているところを見ると、もしかして上級貴族の寮はホテル並みなんだろうか。

 

「僕はホテルの中を探検してきます。スノウ様はどうしますか?」

「疲れたから少し休む」

 

 そう言って服を着替えはじめた。

 ベッドの上にぽいと脱ぎ捨てられる上着やシャツを、僕はしわにならないようにすぐさまハンガーに掛ける。これは実家のメイドさんたちに習った。

 

「ハイドは元気だね……」

「体力には自信があります」

 

 なにしろ五歳の頃からほぼ毎日走っているので。

 

「体力か……」

 

 言っているそばからスノウ様がうとうとしているのが微笑ましい。

 

「夕食の時間までには戻ってきます。きちんと鍵もかけていきますから、安心してゆっくりおやすみください」

「うん……」

 

 布団を掛けると大人しく寝息を立て始めた。寝付きが良いのは素晴らしいことだ。

 

 

 

 身軽になった僕は、うきうきとホテル内の探索を始めた。やっぱり知らない場所を調べるのは楽しい。

 館内案内図が載った実習のしおりを片手に、ゆったりとしたソファが備え付けられている談話コーナーでさっそくくつろいでいる同級生の横を抜ける。

 

 館内は誰でも使えるラウンジ、ビリヤードやダーツ、ボードゲームなどが置いてある遊戯室、ホテルや近隣地域のことがわかる資料館など、堪能するには二泊三日では足りないくらい設備が充実していた。

 

 女子の部屋がある上階には、もちろん男子は行ってはいけない。

 客室フロアの間取りは大体同じのようなので実地調査は諦め、さて次は外だと非常階段を気持ちだけ元気に、しかし静かに開けた時だった。

 

「ジュリさん。あなたまさか、平民の分際でミーシア様に取り入ろうなんて考えていませんよね?」

「えっ、まさか、そんなこと考えていません」

 

 ほら来た。

 二つ上の階の非常階段から聞き覚えのある声がする。怯えている一人がジュリなのは間違いないとして、他に二人、いや三人か。

 耳を強化して足音と声を確認すると、ミーシア嬢の取り巻きの中の三人だとわかった。

 スノウ様には黄色い声を上げても僕には挨拶も返さない、いつもつるんでいる三人組だ。

 

「じゃあ、ミーシア様の同室を辞退してくださらない?」

「そうよ、作法も知らない平民と同じ部屋では可哀想ですもの」

 

 何を言っているんだ彼女たちは。可哀想も何も、ジュリを選んだのはミーシア嬢なのに。

 

「ミーシア様はお優しいから我慢していらっしゃるのです。あなたの方から離れなさい」

 

 どうしよう。彼女たちよりも僕のほうが格下なので、割って入ったところで大した効力はない。

 むしろ禁止されている女子の階に行ったと言いがかりをつけられでもしたら、僕のほうが罰せられてしまう。

 

 女子同士の争いは女子同士で解決するのが一番だし、見なかったふりをして――

 

「そうだ。体調が悪くなったとでも言って、個室を用意してもらいなさいよ」

「ええ、平民がこのホテルを個室で使えるなんて、またとない機会でしょう?」

 

 やっぱり気になる。あのおっとりとしたジュリのことだ、こんなに強く当たられたら泣いてしまうかもしれない。

 一人でやきもきしている僕をよそに、

 

「せっかくお声をかけてくださったミーシア様に、嘘はつきたくありません」

 

 ジュリは落ち着いた声できっぱりと言い切った。

 

「明日の予定を話さなくてはいけませんので、失礼いたします」

 

 僕はジュリのことを誤解していたのかもしれない。

 気が弱そうだと思っていたが、きっと貴族ばかりの学校に特待生として入学した時点で覚悟を決めているのだ。

 

「ちょっと、待ちなさい!」

 

 いよいよ助け船は必要ないかとその場を立ち去ろうとした時だった。

 

「嘘が嫌なら、本当に体調が悪くなればいいのよ!」

 

 この感じはダメだ。

 僕は走るとずれて邪魔になる眼鏡を外して胸ポケットに仕舞いながら、急いで階段を駆け上がった。

 

「やめてください、何するんですか!?」

 

 彼女たちが見える踊り場に辿り着いた時、

 

「あっ」

 

 取り巻きの一人が、ジュリを階段の上から突き飛ばした。

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