夜の帳が下りた研究所は、もはや叫喚地獄と化していた。
研究員の話し声や機器音は、もはや存在しない。あるのは悲鳴、狂叫、断末魔ーーそして、ヒトの肉体が壊れる音だけだった。
「ひ、ひぃっ……! 誰か早くヤツを──あがァッ!?」
また1人、悲鳴は鋭い打撃音によって遮られた。そこに魔法の介在はない。ただ、指で突いただけだ。しかし、その指先は音速を凌ぐ速度で放たれ、ライフル弾すら防ぐフルアーマーを紙細工の如く簡単に貫き、男の喉に綺麗な穴を開けた。
六式・【
返り血を浴び、一人の男が歩を進める。男の名は、七草弘一。後に世界最強の一角と謳われる男の右目は、敵の奇襲によって潰され、溢れ出す鮮血が頬を赤く染めていた。だが、残された左目に宿る猛烈な怒りは、恐怖で硬直した敵兵たちを容赦なく射貫く。
「彼女は……真夜さんは、どこだ」
地を這うような低音。その声は、死の宣告に等しい威圧感を伴っていた。十数人の敵兵が彼を包囲し、一斉に起動式を展開する。だが、弘一がわずかに前傾姿勢をとった瞬間、彼の姿が消え、爆音と共に床が砕けた。
六式・【
「彼女はどこだと、聞いている」
背後から響く死神の囁きに振り返る暇さえ与えず、弘一の脚が真空を切り裂いた。
六式・【
目視不能の真空波が吹き荒れ、遮蔽物ごと敵の身体を両断する。魔法演算を介さない、純粋な肉体の神秘。物理法則を暴力でねじ伏せるその体術を前に、敵兵たちは術式を編むことすら許されず、次々と物言わぬ肉塊へと変わっていった。
見敵必殺の進撃を続け1時間。研究所最奥の重厚な扉を蹴破った先で、鎖に繋がれた四葉真夜を見つけ出した。
「……弘一、さん……?」
「やっと……やっと、見つけました」
実験体として尊厳を奪われる寸前の絶望の淵で、彼女の瞳に飛び込んできたのは、右目を失い、血塗れになりながらも自分を救いに来た
「その傷……。それに、右目が」
「この程度の傷、あなたを救えた代償としては安いものです」
弘一がその細い肩を抱き寄せると、真夜は縋り付くように力いっぱい抱き締め返した。
「遅すぎた自分を許してくれとは言いません。あとでいくらでも叱責は受けましょう」
でもと続け、弘一はそっと体を離すと、真夜の両肩に手を添えて、愛おしむようにその顔をじっと見つめた。
「貴方が無事で、本当に良かった」
心の底から絞り出された安堵の言葉。それを合図に、真夜の瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。彼女は子供のように声を上げ、何度も、何度も、彼の名を呼び続けた。
☆☆☆☆
☆☆☆
☆☆
──数十年後、七草邸・演習場──
「お父さん、集中が切れてるわよ」
凛とした声に、弘一は意識を現在へと引き戻した。目の前では、長女の真由美が父親譲りの鋭い構えで立っている。
「すまない。少し……昔のことを思い出していた」
かつて失われた右目を黒い眼帯で隠し、弘一は愛娘に向き直る。あの日、愛する人を救うために一国を震撼させた力は、今や家族を守るための盾となり、次世代へと受け継がれようとしていた。
「2人も見てるんだから、しっかりしないと」
「悪かった……。真由美、次は本気で来なさい。私の
「「「はい!!!」」」
「私の鉄塊が破れたら、母さんも連れて、今夜は焼肉にしよう」
「「「ぜったい打ち破ってやる!!!」」」
結果として、弘一の鉄塊が破られることはなかった。しかし、娘たちの必死な形相と、その後の悲しげな瞳に完敗した弘一は、結局上機嫌で家族全員を焼肉へ連れて行くことになるのだった。