「はい、上陸! では装備品の説明をしまーす」
真っ青な空と、どこまでも続く水平線。
潮風が吹き抜け、カメラマンが砂浜に機材を下ろす音が聞こえる。
スタッフが並べたのは、およそアイドルには似つかわしくない無骨な道具たちだった。
バケツ、釣竿、銛。ダイビング服に、大判のビニールシートと紐、ナイフ。
あとは調味料と、心許ない量の飲料水。
「飲料水は五日間持ちませんので、各自で確保してくださいね。ただし、アイドルの皆さんなので」
スタッフが少し離れた場所を指差す。
「あっちに仮設トイレと、衝立付きのドラム缶風呂は用意してあります!」
レオナは無言で装備品を眺め、ヒカルは少し緊張した顔で頷いている。
ユイは「わあ、銛だ」と興味深そうに覗き込み、ヨシノは背筋を伸ばしたまま微動だにしない。
常より冷めた声で、ミウがぼやいた。
「……そもそもアイドルがやる仕事じゃなくない?」
「それでは、頑張ってくださいね!」
メインスタッフを乗せた船が離れていく。
島には撮影クルーが残っているが、彼らは少し離れた場所で待機していて、基本的には介入しない。
砂浜に、五人だけが残された——ように見えた。
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そんな中。
戌井レオナは、すでに砂浜の感触を確かめるように一歩踏み出していた。
視線を左右に動かし、木陰の位置、風向き、水場までの距離を測るように見渡す。
数秒の沈黙の後、レオナが指を差した。
「……あっち。木陰がある。風も通る。拠点はあそこに作ろう」
迷いのない指示。
ヒカルが「わかった」と頷き、ユイが「じゃあ荷物運ぼう」と動き出す。
サバイバルの獅子が、静かに目を覚ました。
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レオナの指示は的確だった。
「ヒカル、あの太い流木。運んで」
「了解」
「ビニールシートは四隅を固定。石で押さえる」
ヒカルが汗を拭いながら流木を運び、レオナが手際よくビニールシートを張っていく。
紐を結び、骨組みを作り、屋根を固定する。
徐々に形になっていく拠点。
その傍らで、ユイは一人、黙々とバケツを持って波打ち際を歩いていた。
「あ、これ大きいな」
しゃがみ込んで、食用の貝を拾う。
時折、波に洗われた綺麗な貝殻を見つけると、そっと別のポケットに仕舞う。
「これ、お姉ちゃんにあげよう。こっちはアクアリウム用にしよっかな♪」
彼女は一人でも平気な、コツコツとした働き者だった。
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一方、海辺の岩場では。
ヨシノが慣れない手つきで釣竿を構えていた。
背筋を伸ばし、膝を揃えて座っている。
お嬢様の姿勢は、ゴツゴツした岩の上でも崩れない。
横には、大きな葉っぱを団扇代わりにして仰いでいるミウ。
「ヨシノさま、釣れる〜?」
「……今のところ、海の皆さんはお忙しいようですわ」
竿先はピクリとも動かない。
波の音だけが、穏やかに響いている。
業を煮やしたミウが、足元の缶から餌の虫を摘み上げた。
「ほら、これくらいガッツリつけないと。はい、貸して♡」
ミウが横から手を伸ばす。
竿を持つヨシノの手に、ミウの指が一瞬だけ重なった。
その瞬間。
ヨシノの動きが、ピタッと止まった。
瞬きさえせず、ただ前方の一点を見つめている。
呼吸も、止まっているように見える。
「……ヨシノさま? どうしたの、魚来た?」
ミウの声に、ヨシノがハッとする。
「…………いいえ。失礼、少し考え事をしておりましたわ」
数秒のラグを置いて、ヨシノは極めて緩慢な動作で竿を握り直した。
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拠点が出来上がった頃。
ヨシノは、まだ岩場で釣竿を構えていた。
竿先は、相変わらずピクリとも動かない。
レオナがその様子を見て、無言で銛を手に取った。
「レオナ?」
ヒカルが声をかけるが、レオナは答えない。
ゴーグルとダイビング服を身につけ、そのまま海に飛び込んだ。
数分後。
レオナが戻ってきた。
手には、銛に刺さった魚が三匹。
「……すごい」
ヒカルが呟いた。
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ユイがバケツいっぱいの貝を持って戻ってきた。
「獲れたよ!」
スタッフが手を叩いた。
「皆さん、これから夕食の準備をしてもらいますが、火を起こす必要がありますね。その前にミニゲームです!『仲間のことどれだけ知ってるかクイズ』!」
五人が顔を見合わせる。
「各メンバーについてのクイズを1問ずつ出題します。出題されたメンバー以外の4人で相談して答えてください」
スタッフがフリップを掲げる。
「5問全問正解で、着火ライター。4問正解でマッチ。3問正解で火打ち石。2問以下は……弓錐です」
「え、弓錐!?」
「それでは、第1問!」
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「レオナさんの好物は何でしょう?」
ヒカルがすぐに答えた。
「大判焼きだろうね」
ヨシノが頷く。
「そうですわね」
ユイも同意。
「うん、いつも美味しそうに食べてるもんね」
ミウが呆れたように呟いた。
「飽きないの? ってレベル」
満場一致、疑う余地なし。
「大判焼きで!」
「正解です!」
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「第2問、ヒカルさんの特技は?」
「家事でしょ? 下の子の面倒みてるっぽいし」
ミウが即答。
「……クッキー、美味しかった」
レオナも頷く。
「手提げ鞄も、縫ってあげてたもんね」
ユイが補足。
「素敵ですわね」
ヨシノが穏やかに褒めた。
「……」
ヒカルは少し照れている。
もうその反応が答えである。
「家事で!」
「正解です!」
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「第3問、ユイさんが飼っている魚の種類を一種類答えてください」
数瞬、場が沈黙。
レオナが最初に答える。
「……ネオンテトラ」
ヒカルが首を傾げて続ける。
「グッピー?」
ミウが適当に言う。
「金魚じゃないの?」
ヨシノが小さく呟く。
「メダカ……でしょうか」
自信なさそうに顔を見合わせて。
「じゃあ、ネオンテトラで」
「不正解です」
「あはは、コリドラスとプラティとラスボラなんだけど……難しかったね」
ユイが申し訳なさそうに笑った。
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「第4問、ミウさんの好物は?」
「パフェ?」
ヒカルが答える。
「……ケーキ」
レオナが続ける。
「クレープとか?」
ユイが言う。
3人とも、あざといミウのイメージから思いつく映える食べ物を列挙しているだけだ。
ヨシノは、黙っている。
「じゃあ、パフェで!」
「不正解です」
「正解はー……内緒♡」
ミウが舌を出した。
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「第5問、ヨシノさんは何人兄妹でしょう?」
ヒカルが口を開く。
「えっと……三人兄妹?」
レオナも続ける。
「……ひとりっ子」
ユイが首を傾げる。
「うーん、二人?」
みんな自分の家族構成をそのまま言っているだけだ。
ミウが答える。
「四人じゃない? 家族の話してる時、上にいっぱいいるっぽかったし」
四人で顔を見合わせる。
「じゃあ……四人兄妹で」
「不正解です」
「上に五人おりまして、わたくしは末っ子ですの」
「六人兄妹!?」
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「3問正解、2問不正解!火打ち石です!」
スタッフが火打ち石を差し出す。
レオナが淡々と受け取った。
「……これで十分」
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夕食の準備が始まった。
レオナが薪を組み、火打ち石を打つ。
一発で火花が飛び、薪に火がついた。
「……ほんとにすごいな」
ヒカルが感心しきった声で呟く。
レオナが捕ってきた魚と、ユイが採ってきた貝。
ヒカルが鍋とフライパンを使って、料理を担当する。
魚と貝が焼ける香ばしい匂いが漂う。
「あ、箸がない」
ヒカルがナイフを手に取る。
流木を削って、箸を作ろうとしている。
でも、手つきが怪しい。
「あぶなっ」
ミウが手を伸ばして、ナイフをひょいと奪い取った。
「代わって。見てらんない」
座り込み、枝を器用に削り始めるミウ。
ヨシノは、その横顔を黙って見つめていた。
サクサクと、軽快な音。
あっという間に、数本の箸が出来上がった。
「はい、できた。……ヨシノさま、これ」
ミウが差し出したのは、数本の中でも一番滑らかに削られた、形の良い一膳だった。
「ヨシノさまには、綺麗なの使って欲しいから♡」
ヨシノは箸を受け取ったまま、三秒ほど、その木肌を凝視した。
「……ヨシノさま? ささくれ、まだあった?」
「……いいえ。非常に、手に馴染みますわ」
ヨシノは、その箸を一度胸元に引き寄せた。
それから一口食べるごとに、指先でその削り跡をなぞるように確かめていた。
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2日目。
レオナが海水蒸留装置を作り始めた。
大判のビニールシートと、鍋と、バケツを使って。
「これで、飲料水を確保できる」
淡々と説明しながら、装置を組み立てていく。
ヒカルが手伝いながら、ふと尋ねた。
「レオナ、すごいね。どこでこんな知識……」
レオナが少し考えて、答えた。
「……おねえさんと一緒にやってた」
ミウが首を傾げる。
「なんでそんなこと?」
「やってみないとうまく書けないって言うから」
「え、いやそれ言っていいやつ?」
レオナが不思議そうに見返す。
「……?」
ミウが小さく笑って、手を振った。
「あー、うん、わかった」
それ以上、誰も突っ込まなかった。
藪蛇っぽいから。
みんなで手伝う。
ミウはサボり気味だったけれど。
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役割が、自然と決まっていった。
レオナは、火おこし、魚捕獲、リーダー。
ヒカルは、料理と力仕事。
ユイは、貝採りや薪の整理。
ミウは、箸を作った後はサボり気味。
そしてヨシノは——
釣りも上手くいかない。
火起こしもできない。
恵まれた身分で料理は使用人が行うのが当たり前、経験があるはずもない。
申し訳なさそうに、頑張ろうとはしていた。
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3日目の朝。
レオナが、砂浜にしゃがんでいた。
木の枝で、砂に絵を描いている。
眼鏡の女性。
描き終わる。
じっと見つめる。
波が来て、消える。
また描く。
眼鏡の女性。
また消える。
また描く。
消える前に、書き連ねる。
量産されていく。
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「レオナちゃん、何してるの?」
恐る恐るユイが声をかける。
レオナは答えない。
砂浜に、眼鏡の女性の似顔絵。
「……これ、誰?」
「……おねえさん」
「お隣の?」
「……会いたい」
レオナが、また描き始める。
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「レオナちゃん、ちょっと〜、今そんなことしてる場合じゃないんだけど〜♡」
ミウが困惑と嫌味の混じった声で言う。
ヨシノが穏やかに微笑んだ。
「まあ、お姉様が恋しいのですわね」
レオナは答えず、また絵を描き続ける。
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レオナが役立たなくなった。
眼鏡の女性お絵描きマシーンと化している。
火おこしも、水汲みも、魚捕獲も、全部ヒカルがカバーした。
汗を拭いながら薪を運び、海に飛び込む。
「レオナは今まで頑張ってたもんね。今度はボクがもっと頑張らなきゃ」
ヒカルが笑って言う。
レオナがいれば火打ち石で簡単に火をつけられるが、ヒカルや他のメンバーには難しい。
だから、一度起こした火を絶やさないように、誰かが見張ることになった。
火の番はヨシノが引き受けた。
薪を足すだけなら、できる。
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夕方。
ヒカルが銛で魚を捕って戻ってきた。
息を切らして、砂浜に座り込む。
「獲れた……よ」
ヨシノが駆け寄って、魚を受け取る。
「ヒカルさん、大丈夫ですか?」
「平気、平気。じゃあ料理するね」
立ち上がろうとするヒカルを見て、ミウがヨシノから魚を受け取った。
「……仕方ないかあ」
ナイフで手際よく捌いていく。
「ヒカルくん、休んでて♡ 料理はあたしがやる」
「え、でも……」
「魚獲ってヘトヘトなのに料理させるのは、ちょっとね」
フライパンを振り、味見をして、手際よく調理を進めていく。
夕食ができあがった。
ミウが作った魚料理と、ユイが採ってきた貝、海藻の味噌汁(※番組スタッフが安全確認済み)。
「いただきます」
ヒカルが一口食べて、目を丸くした。
「……美味しい」
「まあね♡」
ミウが得意げに笑う。
ヨシノが魚を一口、箸で口に運ぶ。
「……美味しいですわ」
小さく呟いて、それ以上は何も言わず、ただ食べることに集中している。
普段より、箸を運ぶペースが早い。
「ミウちゃん、すごいね!」
ユイも嬉しそうに言った。
レオナは、いつの間にか砂浜から戻ってきていた。
黙々と魚を食べ、貝を食べ、また魚を食べる。
お椀を空にして、おかわりを求める。
……コイツ。
波の音だけが、静かに響いている。
夜が、ゆっくりと島を包んでいく。