きみのためならなんでもできる!   作:鬼灯@東方愛!

7 / 10
熊の背中と、帽子と

 戌井レオナは、自室の棚を見上げた。

 

 縁のほつれた麦わら帽子。

 動物園のロゴ。

 安物。

 

 ルームツアーのVTR。

 床に転がる鉄アレイを見て、スタッフが「女子の部屋、だよね?」と笑った。

 棚の上のそれに、一瞥をくれる者など誰もいなかった。

 

「……」

 

 指先で、ざらついた感触をなぞる。

 レオナにとっては、あの日から始まった、大切な誓いだった。

 

 

--------------------

 

 

 春休みの陽射し。

 動物園。

 咲姫とレオナは並んで歩く。

 

咲姫から 「中学入学のお祝いだから」と誘われた。

 レオナはそれだけで、足取りが軽かった。

 

 売店の前。

 咲姫が立ち止まる。

 

 「レオちゃん……いる?」

 

 指差したのは、去年の売れ残り。

 縁が少しほつれた、安い麦わら帽子。

 レオナは少し考えてから、頷いた。

 

 「うん」

 

 咲姫がレジでお金を支払い、帽子をレオナの頭に被せる。

 

 「ありがとう」

 

 レオナは帽子を軽く押さえた。

 

 ――熊コーナー。

 深い堀の底。

 大きな熊が一頭。

 レオナは咲姫の横に立ち、熊を見下ろす。

 

 強い風が吹いた。

 麦わら帽子が浮く。

 手すりを越え、堀の中へ。

 ――熊の頭に、ぱさりと乗った。

 

 観客がどよめく。

 咲姫も、はっと息を呑む。

 

 次の瞬間、レオナは動いていた。

 手すりを乗り越え、堀へ飛び降りる。

 

 「レ、レオちゃん!?」

 咲姫の絶叫。

 

 着地。

 すぐに熊の背後に回り込む。

 背中によじ登る。

 帽子を、引き剥がす。

 胸に抱えた。

 熊が混乱し、立ち上がる。

 威嚇の唸り声。

 レオナは落ちない。

 熊が走り出す。

 ドスドスと駆け回る。

 レオナの体が、上下に揺さぶられる。

 金髪が乱れる。

 

「え、何あれ!?」

「子供が乗ってる!」

「ロデオじゃん!」

 

 観客のどよめき。

 

 熊が急旋回。

 体が横に振られる。

 足を脇腹に絡め、固定。

 砂埃が舞う。

 咲姫は手すりにしがみつき、真っ青な顔で叫び続けている。

 

 「だ、だめえええ!! と、と止めてー!!」

 

 熊がさらに暴れる。

 背中を振るう。

 レオナは表情を変えず、帽子を胸に押しつけた。

 

 

 ――職員が駆けつけた。

 熊が急停止。

 レオナは投げ出される。

 受け身、転がる。

 立ち上がる。

 

 無傷。

 

 職員が顔を真っ赤にして怒鳴る。

「嬢ちゃん、何考えてんだ!」

 

 レオナは帽子を抱えたまま、答える。

「空手やってるから、平気」

 

 職員の顔がさらに険しくなる。

「はあ!? 警察呼ぶからな!」

 

 唾を飛び散らせながら怒号をあげた、その時。

 

「……いやあ。派手だねえ」

 

 空気を読まない、軽薄な声。

 派手なシャツの男が、にやにやしながら近づいてきた。

 

「まあまあ――騒がねえ方がお互いの為だと思うぜ? ……このチビの無茶も悪いが、こんな簡単に人が入れるのも問題だろうが、ああ?」

 

 男――小さな芸能事務所の社長は、サングラスの向こうの目を細めながら職員の管理責任を突きつける。

 職員が気圧されて黙り込むのを横目に、背後から咲姫が駆け寄ってきた。

 

「れ、レオちゃん……!」

 

 咲姫はレオナを強く抱きしめた。

 震える腕。真っ青な顔。

 

「も、もう……! びっくりしたんだから……! あんなことしたら、レオちゃんが死んじゃうと思った……!」

 

 叱りながら、咲姫の目から涙が溢れる。

レオナはされるがままに、短く謝った。

 

「……ごめん」

 

 

--------------------

 

 

「おい、チビ」

 レオナは振り返る。

 

 隣では、咲姫がレオナの腕を掴んだまま震えている。

 社長はサングラスを少し上げ、目を細めた。

 

「さっきの見てたぜ! ただ者じゃねえな、おまえ」

 値踏みするような視線。

 

「名前は?」

「戌井レオナ」

 

 短く答えると、男は面白そうに口角を上げた。

 

「へえ。レオナね」

 

 社長はにやりと笑う。

 

「芸能界、興味ねえか?」

 

 レオナは即答した。

「ない」

 

「即答か。理由は?」

 

 社長の問いに、レオナは少しだけ視線を上げた。

 隣の咲姫は、寄り添うように立ち尽くしている。

 

「……咲姫の小説が、連載されることになった」

 

 レオナの言葉に、社長の眉がぴくりと動く。

 

「わたしが止めないと、集中しすぎて倒れる」

 

 掴まれた腕を解き、手を握る。

 微かに力を込めた。

 

「一緒にいないといけない」

 

 社長は、サングラスを直しながら視線を咲姫に移す。

「……お?」

 

 興味深げな光がその瞳に宿った。

「そっちの姉ちゃん、もしかして小説家の小鳥遊咲姫先生か?」

 

 たたみかけるように言葉を繋ぐ。

 

「高校生デビューしたっていう」

 

 咲姫は戸惑い、レオナの陰に隠れるように言い淀んだ。

 レオナが代わりに頷く。

 

「そう」

 

 社長は満足げに口元を緩めた。

「チビ」

 

 レオナを呼び止める。

 

「お姉さんの小説、好きか?」

 

 レオナは、迷いなく答える。

 

「好き」

「即答だな」

 

 社長は少し間を置いて、続けた。

「じゃあよ」

 一歩、距離を詰めてくる。

 

「いつか実写映画になった時、おまえが主演、やりたくねえか?」

 

 レオナは答えず、ただ咲姫の手を握る力を強める。

 

「主題歌ってのも、ありだよな」

 

 社長の言葉が、レオナの思考に深く入り込む。

 

「そのためにも、芸能界に、いねえとな?」

 

 

--------------------

 

 

「……」

 

 レオナは棚から帽子を降ろした。

 縁のほつれたそれを、自分の頭に被る。

 部屋を出て、隣家へ。

 いつものように階段を上がり、襖を開ける。

 パソコンの前に座る、咲姫の背中。レオナは、その肩を叩いた。

 

「咲姫」

「ひゃっ!? れ、レオちゃん……もう、びっくりさせないでよ」

 

 咲姫が椅子の上で跳ね、眼鏡を直しながら振り返る。

 麦わら帽子に気がついて、少し笑った。

 

「珍しいね、その帽子被るの」

 

 レオナは、咲姫の顔をじっと見つめて言った。

 

「……動物園、行こ」

 

 ――あの熊は、まだいるだろうか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。