#0 召喚 (カグヤ視点)
それはまるで、交通事故か天災のように。
何の前触れも無く、避ける暇も考える暇も与えられないまま、私の身に訪れた。
「おお……成功だ!」
「何と、まさか本当に召喚するとは……」
「奇跡だ……」
取り囲み、湧き立つ人々の顔の中に、どれ一つとして見覚えがあるものは無い。
それどころか、彼らの容姿は明らかに日本人のそれではなく、服装さえも現代離れしたもの。
まるで中世の西洋貴族を想わせる出で立ちで、喋っている言語も明らかに日本語ではないのだが、不思議なことにその意味は明瞭に理解できる。
「えっ……」
妙に肌寒いと思って体を見ると、拘置所で着ていたはずの地味なスウェットは無く、あろうことかヘアゴムや使い古した靴下、更には下着すら着けていない。
つまり、今の私は生まれたままの姿──全裸だった。
「な、何が起きたの……ッ!?」
生の執着を失った私でも性の
実に静かな真夜中だった。
先刻までは、昨日や一昨日と何ら変わりの無い、閉ざされた日常の延長。
他に誰も居ない暗闇の中で、私は不意に目を覚ました。
畳に敷かれた質素な布団から出て、鉄の格子と強化ガラスに
朝から降り続いていた雨はいつの間にか止んでおり、雲のカーテンから覗いた真円の月が、濡れた大地を緩やかに照らし出していた。
この拘置所に入れられてどのくらいの月日が経ったのか、寝起き直後で思い出せないが、窮屈な独房生活にも慣れてきた。
そもそも二十年の人生の中で、私が真に「自由」を手にした時期が一度でもあっただろうか。
裁判が行われて刑が確定するのはまだ先の話だが、恐らくこれまでの人生と同じかそれ以上の歳月を、私は刑務所で送ることになるのだろう。
月が日によって位相と名が変わり、怪我や病気が治れば患者は健常者になるが、刑期を終えても犯罪者は依然、犯罪者として白い目を向けられる。
万引き程度の軽犯罪ならともかく、「殺人者」となれば猶更だ。
死んだ者は生き返らない。
故にその罪も汚名も消えない。
月と違って、遺族の心も私の人生も、再び満ちる時は来ない。
それを意識する度に、私は一体何のために生まれてきたのだろう、私の人生に何の意味があったのだろう、と自問してきた。
面会に訪れるのは弁護士や警察、マスコミ関係者がほとんどで、後は取材目的の作家だったり、私を「英雄」などと讃える被害者団体の人間など、いずれも私とは無縁の人々ばかり。
私には、過去も現在も未来も無い。
太陽も月も星々も消えた宇宙の如き闇一色、永劫の虚無だけが漠然と広がっているのだから。
また虚しくなった私はそれ以上の思考を棄て、寝床に戻ろうとする。
しかし、どんなに深い眠りに堕ちようが、どんなに安らかな夢を見ようが、私の明日は今日と何一つ変わりの無いものになる。
──なるはずだった。
「え……?」
足元から立ち昇る奇妙な光に気付き、私は動きを止めた。
何故畳が光っているのか──という当然の疑問を抱く暇も無く、掃除機に吸い込まれる小石のように、ヒュン、と私はその中に落ちた。
後はもう、伸ばした腕の先が見えなくなるような暗闇の中を、ただただ真っ逆様に下るだけ。
どのくらいの距離、どのくらいの時間を落ちただろうか。
何十キロか、何百キロか、あるいは何千キロか。
一時間か、五時間か、それとも丸一日か。
地球の中心まで落ちて行っているのではないかと思うほど、途方も無く長い落下だった。
初めこそ、これは一体何なのか、夢なのか、それとも幻なのかと戸惑ったが、時間が経つとどうでも良くなった。
今度こそ、ようやく、私の命は終わるのか──。
そんな風に諦め、この非現実を受け入れた頃、意識が私の元を去った。
そして──
「な、何が起きたの……ッ!?」
──時は現在に至る。
落下開始からどのくらいの時間が経ったのか、気付けば私は倒れていた。
衝撃や感触は一切無かった。
目覚めた時には、明らかに拘置所の独房ではない、高校の体育館を想わせる広々とした空間の中央に横たわっていた。
石で出来た地面は畳と違ってひんやりと冷たく、私を囲むように描かれた奇妙な紋様が、蛍光塗料にも似たぼんやりとした光を放っている。
どうやら私が居るのは相撲の土俵のように大きな壇の上らしく、その下の外周からは、先程の貴族のような者たちの視線が注がれていた。
壇上の私をぐるりと取り囲む形で、一糸纏わぬ姿を、大勢が好奇の眼差しで眺めているというのは、例え夢や幻だったとしても良い気分ではない。
「な、何よここ……私、渋谷に居たはずなのに……って、きゃあッ!? 何なのよこれぇ!?」
何が起きたか分からず、辺りを見回してから衣服が無くなっていることに気付いて恥じらう声が、私の背後から上がった。
聞き覚えのある、どこか懐かしく感じられる声。
まさか、と思ってそちらを見遣ると──彼女と眼が合った。
「あなたは……
「
私たちは互いの名を呼び合う。
全く同じ顔、同じ表情で。
思いがけない再会に言葉を失った私たちの元へ、誰かがやって来た。
教会の
ただし──私ではなく、
まるで私たちが全裸にされてこの場所へ現れることが最初から分かっていたような準備の良さだが、用意されていたのが「一人分」という点が気になる。
そしてまた一人、登壇してくる人物。
「お初にお目に掛かります。私は
教皇と名乗ったこの老人も、当然ながら初対面。
栄耀教会などという名称にも全く憶えなど無い。
ここはどこなのか。
彼らは何者なのか。
一体何が起きたのか。
私たちが当然の疑問を投げ掛けるより先に、教皇の方が尋ねた。
「失礼ですが、どちらが『聖女』様でいらっしゃいますかな……?」
理解の及ばない出来事が次々に起きて、頭がパニックに陥っていた私だったが、一つだけ確信できたことがあった。
虚ろな闇のまま終わるはずだった私──