攫われた。
金属質な、硬い地面に転がされていることに気づいて、すぐに舌打ちが漏れた。
ただ、斥候のルフィ達を待っているだけで良かったというのに、敵は既にこちらを感知していたらしい。
睡眠ガスを吸い過ぎたと理解した時にはもう、遅かった。
まだぐらつく視界と思考の中、全身スーツを着た奴らへ舌打ちをこぼす。
無機質な密室を蹴り付けるが、こじ開けるには威力が足りない。
床には、一緒に甲板で待っていたナミさんやチョッパー、フランキーがまだ寝入っていた。
ナミさんの身体に外傷が無いことを目視で確認し、思いっきり壁を蹴り付ける。渾身のシュートも、衝撃は吸収されてしまうばかりだ。
「クソッ……!」
「ニャーオ」
「あ、お前は……」
何をするにしても、まずはここにいる奴らの薬が切れるのを待ったほうがいいか……と冷静になろうとした時、ふとフランキーの影から鳴き声がした。
巨体に隠れていて気づかなかったが、カイロスちゃんの連れているネコ……ジョーシーも攫われていたらしい。
ブルックとカイロスちゃんは、ここにはいない。
何らかの方法で逃れたのか、他の部屋にいるのかはわからない。けれど、いつも彼女と一緒にいるジョーシーが、ここでポツンと鳴いてるのは可哀想な光景だった。
ジョーシーは、乱れた毛並みを整えつつ、どこかおれより落ち着いて、現状を理解しているように感じる。魚人島や、最初にサニーに乗っていた時も感じたが、なかなかに度胸のあるネコらしい。
「ニャオン」
ジョーシーは、周りを見渡したあと寝転がっているチョッパーに向かった。
この灰色のネコは、いつもカイロスちゃんと一緒にいた。見てる方が不安になるほど優しく穏やかな彼女は、おれも友達と思ってくれていたが、最初に仲良くなったのはチョッパーだとおれは思い出す。
あの子が持つ治癒能力は医学の範疇を超えているが、治す者としてシンパシーがあるのか、チョッパーの近くに立っていることや、雑談をしている姿がよく目に留まっている。
だからだろうか?
そしてジョーシーはチョッパーのすぐ近くに来ると……
「ンブェッ!?」
思いっきり鼻に向かって前脚を叩きつけた。
ポン、なんて優しいモンじゃない。ドスッとした重みと勢いを感じる効果音が鳴っていた。確実に。
チョッパーは問答無用の容赦無い叩きつけに、思わず意識を覚ました。
「な、なんだぁ!?」
「ンニャーオ。ニャアニャア」
「ええっ!? おれ達攫われちまったのか!?」
飛び起きたチョッパーは、ジョーシーから現状を知ったらしい。そういえば、チョッパーがジョーシーの言葉に反応するのはこれが初めてな気がする。
いつもはカイロスちゃんのポケットの中でおとなしくしているもんな。
「ニャーア、ナァオ」
「ふむふむ、全身スーツの奴らが、催眠ガスで襲ってきて……カイロスはジョーシーが囮になって気づかれなかったのか!」
「ジョーシー、お前身を挺してカイロスを守ったのか」
カイロスちゃんがいなかったのは、ジョーシーがスーツの奴らの気を引いて気づかせなかったからと聞き、驚く。
このキャットレディ、かなり頭が良いネコなんじゃないか? サニーに一人か、ブルックと一緒に残されているとしたら、居場所はなんとなくアタリがつくかもしれない。
ブルックと一緒にいたとしたら、怪我はしないだろうし。
「んん……」
「あっナミさん! 大丈夫か、怪我は!?」
「ふぁ……大丈夫よサンジくん、でも、ここ……何処?」
「わからねぇが、密室だ。攫われて閉じ込められたらしい」
「お、おれ達売られちまうのかなぁ〜!?」
チョッパーが気弱に泣き出したが、その叫びにジョーシーが迷惑そうに耳をピコピコさせて、ナミさんに河岸を変えた。
「ンナ」
「ジョーシー! カイロスちゃんは──」
「離れ離れになっちまったんだ〜! こっから出られないし、どうしようおれ達ィ〜!」
「しっかりして、ブルックは?」
「人攫いだとしたら、骨は関係ないんじゃないか?」
「いや、オメェも人とは言えねぇだろ」
「お前もだよフランキー! 起きたんだなッ!!」
ジョーシーを撫でて少し落ち着いたらしいナミさんは、部屋全体を見渡す。ネコを撫でるナミさんは愛らしさがこの密室の天井さえ突破してしまいそうだが、フランキーが起きた今も状況は動かない。
「ニャ」
「ジョーシー?」
されるがままに撫でられていたジョーシーが、ふと首を上げ、自分の首に前脚を当てた。
ジョーシーには首輪が付けてある。カイロスちゃんを思わせるパステルイエローグリーンが、ふたりの仲の良さを感じられて微笑ましいものだ。
首輪には飾りか金の丸いモチーフが付いている。本物の金ではなく、金色に塗装されているだけらしい。コインほどの大きさのそれには、中央に透明な半球が埋め込まれている。
それを、ジョーシーは脚でタシタシとアピールした。なにか、その飾りにして欲しいことがあるのだろうか。
チョッパーに視線を向ければ、慣れたようにジョーシーの鳴き声を聞き取り、おれ達に通訳する。
「この、中央のボタンを押してほしいらしいぞ!」
「ボタン? これ、なんかのギミックでも仕込まれてたのか」
「小型の機械技術たァ、ここまで小さくしたのは見事なもんだな」
技術者目線のフランキー曰く、機械の小型化は通常の機械や兵器開発とは別の技術を要求されるらしい。
コース料理をより手軽に安く、そして本来の味を落とさず調理するようなものと言われて納得した。そりゃ、普通の料理人の範疇ではない。
「押せばいいのね?」
「ニャオン」
「二回、一回、三回の順で押すらしいぞ」
正直ただの飾りにしか見えていなかった金のボタンが、その通りに押される。
すると、ボタン部分である透明な半球が赤く光り、内部から微かに機械の駆動音が聞こえた。
「“パッチワークのハートがあるクマ”との分断を確認。これより、相互通信による合流補助を開始します。現在、半径5km圏内に反応はありません」
抑揚の無い、機械的な女性の音声がボタンから流れた。
それは、どうやらカイロスちゃんが近くにいると反応する迷子防止機能らしい。こんなにも小さい機械が、この新世界で電波を正しく受け取っているらしい事に思わず口を開ける。
新世界の中でも、ここは荒れに荒れた火の海だった土地だ。どういう技術かは知らないが、正しく機能しているらしいそれにフランキーの熱視線が向けられる。
ジョーシーは無視しているが。
どうやら半径5km……近くにはカイロスちゃんは居ないらしい。
さてどうするか、と手詰まりになった頃、密室の隅から聞き慣れない男の声がした。
「おぬし達『判じ物』は好きか? 異国語で“パズル”!」
「え? だ、誰だ!?」
床に、なにやらよくわからない物体がいくつか転がっている。どうやらコレが喋ったらしいが、いったい何なのか正体がわからない。
しかし、まぁこのままではモヤモヤするしで組み立ててみる事にした。
パーツとして切り分けられてしまった頭をアレやこれやと繋げて組み立ててみれば、確かに人の頭をしている。
おそらく能力者にやられたのだと思うが……。
ナミさんに色目を使ったので一発蹴っておいた。
言葉遣いや、髪型に正体を察しつつも、ナミさんの慧眼によって島が「炎」と「氷」で分かれていることを知る。
島から出ていないのなら、合流の兆しはあるだろう。
「ニャオ?」
「むっ!? な、なんだこの猫は! 妖か!?」
「ナーオ」
「それとも拙者のように切られたのか!?」
「ミャ」
ジョーシーが不意に近づいた。
カイロスちゃんが居ないからか、随分と行動的になっている気がする。いつもは彼女のエプロンポケットやバスケットで丸くなっているが、ジョーシーなりに危機感を感じているのだろうか?
「ふ、ふん! 畜生に臆する拙者ではない!」
「ナーゴナーゴ」
「グェェ!?」
身体が半分だけのネコと頭だけのサムライが戯れているのは奇妙な光景だが、ジョーシーは何が気に入ったのかサムライの頭をヒョイと持ち上げ、毛玉を回すように脚で弄び始めた。
「拙者は猫畜生の玩具ではない! ええい下せ!!」
「ナーオ♪」
ジョーシーが楽しげにしているから一旦無視しよう。
「兎にも角にも脱出しなくちゃ、何もわからないわね」
「オウ! どいてろコーラは満タンだ!!」
ガコン、とフランキーが構える。
「“フランキー……ラディカルビ〜〜ム!!”」
燃料がコーラとは思えない火力により、壁に大穴が開く。
ビームたぁまた派手なモンを使ったものだ。変態のサイボーグはダテじゃないってことか。
脱出はできるようになったが、今の轟音破壊音で敵に気付かれているだろうし、さっさと抜けてしまおう。
「ん? なんだジョーシー、
「それではない!! おのれ猫畜生め……!!」
「ンニャ」
ジョーシーがサムライのチョンマゲ部分を咥えている。気に入ったらしい。
マ、海賊嫌いとはいえこのまま生首ここに一つでもどうしようもないだろうしな。本当は出たかったんじゃねぇか? 変に強がるのはなんの意地なんだ。
「持ってくのはいいが……ジョーシーを傷つけるなよ。人斬り侍」
「ええっ!? そいつサムライなのか!? サンジ!!」
「ああ、ジョーシーが咥えてる部分は侍の特徴だ」
「へぇ、不思議な顎ヒゲ? だな?」
「いや、本来はあの部分は髪型だ」
ジョーシーが離そうとしないので直せない。別に困ってないしいいか。
だが、おれの言葉に侍はかなり機嫌を悪くしたらしい。鬼気迫る顔でこちらを睨んできた。
「拙者……己を恥じるような人斬りはせぬ!!」
遠くで敵勢力が異常を叫ぶ声が聞こえる。
「この島に、息子を助けに来た!! 邪魔する者は、何万人でも斬る!!!」
覚悟のこもった叫びに、ただ視線のみを送る。
その言葉は、いつかのおれが本当に欲しかった言葉だったか。
それを思い出すには、もう記憶を重ね過ぎてしまっていた。
「ニャオーン」
感情の読めない平坦な鳴き声は、強がるおれを皮肉っているのだろう。