薔薇十字に恋焦がれて   作:魔術素人君

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プロローグ

 

 師匠の授業は為になる。

 そんな安っぽい月並みな感想にはなってしまうが、この教室で授業を受け始めてまだ数ヶ月程度だというのにも関わらず、するすると脳に入っていく。

 それまで魔術については必要最低限度以下の物しか教わっておらず、お世辞にも魔術師として魔の文字すら知らない自分。それでもわかる、理解できるという実感が得られるのだからそんな感想になってしまうのも無理はない。

 

「形の似たもの同士はお互いに影響し合うという発想がある。次第にそれは姿や役割が似ている物は、性質をはじめ能力や状態が似てくるという概念になった。結果魔術ではその概念が広く普及し、現代魔術問わず魔術の基礎として扱われている。生物として当てはめるならば収斂進化(しゅうれんしんか)とも言えるだろう」

 

 その日もいつも通り、エルメロイ教室の講義が開かれる。

 現代魔術科が所有する講義用の教室――他の講堂と比べてもとりわけ古い――は扇状に広がる階段教室になっており、その席のほとんどは埋まっていた。

 このいけすかない師匠曰く、元は十数人で行う少数授業が主だったそうだが今では人気の甲斐もあって三倍増しで生徒が殺到しているらしい。自慢話か、いやきっと苦労話なのだろう。

 

「簡単に表すならば、我々が英霊の持つ武具を模した武器を作ったとしよう。しかしそれはあくまでレプリカであり、形式以上の意味を持たない。そこに神秘が宿ることはなく、したがって何らかの効果を得る事も無い。だがそれが宝具とまったく同じ材質と手順で作られたのなら、或いは寸分たがわず似た姿なら、もしかしたら似たような性質を千分の一くらいは持つのかもしれない。……そんな類似品や模造品と本物は同じような挙動をさせる魔術を類感魔術、逆説的にオリジナルへの接続を偶像の理論という」

 

 この講堂が存在する場所は英国ロンドン、時計塔という魔術師たちの総本山にある。

 現代魔術科で行われる講義は、名前の通り現代魔術を手広く浅く行う事が多い。更に、特殊な立ち位置である生徒の事を加味してか初歩から始める時もある。今行っているのはまさにそうだ。

 そんな益体もない考えを浮かべながら淡々と進められる講義に耳を傾ける。心地の良い日が差し込む静まり返った講堂に、ある意味で似合っている声が聞こえた。

 

「ふぁあぁ……あぁ」

 

 前方の席。前から二番目辺り、教授側から見て左側の列に彼はいた。

 

 見るからに高そうな黒のオーダーメイドのスーツとブランド物のネクタイを身に着けた黒髪の青年。

 そんな彼は大胆にも大きな生あくびを師匠の前で行った。

 当然、それを気づかないような人ではない――むしろそういった類の人が嫌い――ので顔を顰めたように彼を指した。

 

「ウィリアム? 私の講義はバカらしくて聞いていられないかね?」

「あ、い、いえ。そんなことは……」

 

 しまった、とばかりにばつを悪くする青年――ウィリアム。

 眉をひそめ、明らかに自分の嫌いなタイプと言わんばかりな師匠であるロード・エルメロイⅡ世。

 薄い経験則からして、彼が白旗をあげても追撃を辞めないと容易に想像できる。

 

「一応は弁明を聞いてやろう」

「えっと、その。昨晩は強情な同居人に絡まれてしまいまして、睡眠が取れなかったと言うか、何と言うか……」

「ほお、弁明で他責とは」

「あ、えっと、はい……すんません」

 

 よくよく観察するとウィリアムの目の下には隈があるところを見るに、恐らくは講義に飽きたのではなく単なる寝不足、先ほどの弁明は本当の事だろう。他の講師であれば生徒にそこまで興味がないので見逃すだろうが、気難しい師匠の事だからそんな事分かりつつも皮肉を言っているに違いない。

 推測するに彼にとって最悪のタイミングで眠気が襲ってきた事になる。

 

「さしもの近代西洋魔術期待の新人には少々退屈過ぎたか。失敬、今度から気をつけよう。いやはや、私もまだまだ未熟と言ったところだな」

「ろ、ロード・エルメロイ? 謝るのでそこら辺で勘弁していただけませんか? 自分はまだ三流以下でありまして……」

「ならば、まずはⅡ世をつけて貰おうか」

 

 必死の弁明も焼け石に水なようで、より一層眉をひそめた。

 そんな様を見てウィリアムは慌てたように「訂正します、ロード・エルメロイⅡ世先生」と言った。

 次第に呆れたように、その堅牢な眉を元に戻して師匠は溜息を一つ。

 

「……では答えてもらおうか。その類感魔術という単語を生んだ本の名前とそれについて補足しろ」

「はい。……えーと、初出は別ですが、概念として提唱したのはジェームズ・フレイザー著の『金枝篇(きんしへん)』です。魔術書という位置づけではなく、文化人類学の名目で出版されたこの本は魔術師、一般市民問わず多大な影響を与えたいわば神話や呪術と言ったオカルト百科事典の書籍です。ある意味、まとまりがなかった分野を一つにして共通点を洗い出した先進的な本でした」

「そうだ。この本は分かりやすいまでに広まった。活版印刷による大量生産と時代背景的にも好まれていたオカルト文化という事でな。これがもう少し前か後ならば、ここまでの歴史的影響は無かったと言えよう」

 

 コツコツ、と。

 師匠が壇上で軽快な足音を鳴らし、ウィリアムを見据える。

 

「と、補足はこれで十分かな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()君?」

「……やめてくださいよ。自分の様な未熟者には、その名前はいささか重荷過ぎる」

 

 辟易したように白旗をあげたウィリアム。

 どうやらこのやり取りもねっちっこい師匠の意地悪の一環だったようだ。

 ウィリアム・ウェン・ウェストコット。その名前に思い当たりがあるような、ないような。少なくとも今の自分には彼らのやり取りは理解できない物だった。

 

「まあいい。続きから始める」

 

 ウィリアムは同学年のフラットやスヴィンと言った教室の中心メンバーから外れた人物だった。

 彼は特段他人を排斥しているようには見えないが、どこか壁のような隔たりを感じる。と少し前にスヴィンは言っていたかなと、思い出す。

 どちらにしても自分のような隅っこで縮こまっているような人間とはあまり関わり合いにならないため実際の所は知らない。

 

 だが自分から見れば、そんな事をするようには見えない好青年であるが、ここは師匠の教室以前に魔術師の学び舎エルメロイ教室。

 どんな物を腹に抱えていてもおかしくはない、と同じくエルメロイ教室のイヴェットは自分がスパイであることを高らかに宣言しながら言っていた。

 

 ……ああ、そういえば、と彼について思い出す事もある。

 

「(今日はあの霊、ついて来ていないんですね)」

 

 いつもウィリアムの横で、何が面白いのか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の姿を思い出した。

 

 半透明で、他の教室生徒は反応を示さない事から霊の類だと判断を下した彼女。その彼女はウィリアムを気に入っているのか、いつも一緒にいる事が多い。それこそ四六時中べったりと言うほどに。

 一度だけこちらを見返してきた事もあったが、その時は慌てて見ていなかったフリをした覚えがある。きっとあれは、ろくでもない何かだと頭の中で警鐘が鳴った。身の毛のよだつような嫌悪感が体中を駆け巡った事も覚えている。

 

 それに付きまとわれている本人は気付いているのだろうか。それとも……。

 と、そこまで考えて首を振った。

 

 師匠の眉間に寄った皺と黒板に記された文字を交互に見ながら、講義に耳を傾ける。

 これ以上、他のことに気を取られていると今度は自分が師匠の標的になってしまう。

 

 

 

 *

 

 

 

 学術棟の外に出てみると今日は雲一つない清々しい快晴だった。

 心地の良い風が頬を撫でる。

 いくら霧の街ロンドンと言えど今日のように晴れる日は晴れる。

 

 隣に立つ師匠はいつも通りのしかめっ面で何かを考え込んでいた。

 借金について考えを巡らせているのか、はたまた次の講義について考えているのか。師匠の小難しい表情だけで作られるポーカーフェイスから考えを当てるのは不可能に近いだろう。

 

 この際だから、彼について聞いてみるのも良い機会だろう。

 

「師匠、ウィリアムさんのフルネーム、ウィリアム・ウェン・ウェストコットについてお聞きしても? やけに拘りがあったように見えましたが」

「ん? ああ、そのことか。いや、なに。私のような現代魔術を扱う者からすれば彼らを疎ましく思う者など居ない。それに彼の境遇はかなり特異だからな。少し教鞭に熱が入ってしまった」

 

 顎を撫でながら師匠が言葉を紡ぐ。

 

「現在時点で、かの魔術結社『薔薇十字団(ローゼンクロイツァー)』の窓口役であるアンナ・シュプレンゲル嬢が存在したと証明できる唯一の存在。それがウィリアムだ」

「……シュプレンゲル嬢?」

 

 それどころか、薔薇十字すらも少し怪しかった。

 西洋魔術にとって大きな存在であるのは知っているが、実際の所はあまりわかっていない。

 

「アンナ・シュプレンゲル嬢は架空の人物とされた魔術の達人。それが通説だ、通説だった。ウィリアムがこの時計塔の門を叩くまでは」

 

 アンナ・シュプレンゲル嬢。

 歴史を紐解けば、その存在はいささか薄いと言わざるをえない。なにせ彼女の名前が語られたのは黄金夜明け創設メンバーの一人の周りで語られたのみ。それも手紙のやり取り相手として。

 それ以外の場所で彼女の登場は黄金夜明け創設以降の年代でしかなく、さらに黄金夜明けの影響を受けた者の周りだけ。その他にも大小様々な矛盾点やモデルとされる人物の発見等、辻褄が合わない問題。故に後世では「アンナ・シュプレンゲルは架空の人物である」というのが通説だった。

 

 そう、師匠は補足して言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。まさか、かの魔術師の名前を持つ奴が奇しくもアンナ・シュプレンゲルと会話する、か。何とも運命のいたずらを感じるな」

「それって……?」

「……グレイは『黄金夜明け団(G.D.)』という魔術結社について知っているかな?」

「はい師匠。近代西洋魔術の礎を築いた伝説的な魔術師たちが所属していた魔術結社です」

 

 いくら魔術に疎い自分であっても、その言葉の意味ぐらいは知っていた。

 

 黄金夜明けのもたらした影響は計り知れない。

 それこそ「昔ながらの魔術」と謳いながらもその根幹には黄金夜明けの提唱した理論が使われている事なんてざらにある。そもそも近代魔術科に属する人間でなくとも、ほとんどがその亜流としてカウントしても良い程には影響を受けているぐらいには魔術という枠組みに大きな変革をもたらした。

 まさしく魔術師黄金時代とも呼べる一時代を切り開いた魔術結社こそが黄金夜明けであった。

 

「ダイアン・フォーチュン、イスラエル・リガルディ、エドワード・ウェイト、アラン・ベネット、そしてアレイスター・クロウリー……。どいつもこいつも魔術界内外問わず多大な影響を残した化け物共だ」

 

 一部しか聞き覚えは無いが、師匠がそう言う以上はよほどな人物たちなのだろう。

 師匠はどこか楽し気に言葉を紡ぐ。どうにも師匠の興味の範疇に被さってしまったようだ。

 

「であれば、三人の創設者について知っているか?」

「えっと……」

「イッヒッヒ。こいつがそんな高尚な事知ってるわけないだろ? いつも講義を右から左に流してんだからよ!」

 

 陽気な声が響いた。

 勿論、この場には自分と師匠しかいない。確かに少し離れた位置には生徒の一人ぐらいは居るだろうが、どちらにしてもこんな大声を響かせる存在は近くには居ない。

 だが、何も心配する必要はない。この声が何なのかはとうに知っている。だからこそ、この声を無視して釈明しようとする。

 

「それは! その、えっと……」

 

 と結局言い淀んでしまう。きっぱりと否定できない自分が恨めしいとさえ思った。

 

「いや、構わない。これはまだ講義で行っていないのだからな」と拙を珍しく励ました師匠は続けて言った。「……マクレガー・メイザース、ロバート・ウッドマン、あと一人いる」

 

 まさか、と過る考えに師匠は言った。

 

「――ウィリアム・ウェン・ウェストコット。スコットランドヤードの検視官にして件の文書偽造を行った発起人。黄金夜明けを形作った存在。そして真偽はともかくそのアンナ・シュプレンゲル嬢から魔術結社設立の許可を頂いた人物だ」

 

 その言葉に驚いた。驚かざるをえなかった。

 ともすれば。

 

「では彼は拙と同じ……」

「いいや、別にそこまで珍しい話ではない。言ってしまえばただの同姓同名だ。それこそ偶然の被りか、あるいは子供に偉人のように育ってほしいと願いを込めたものか。まあ、今回の人物は後者に当てはまらないだろう。後世から見た黄金夜明けにおいてはマクレガー・メイザースと共に汚点として語られる人物でもあるのだからな」

 

 黄金夜明けを解体に追い込んだ原因の一つ、とでも言えば分かるかな。と師匠は言った。

 

「だから言おうか。ウィリアムは二代目だ。数十世代前に遡ればそれなりの魔術師との血縁もあるだろうが、まず間違いなく歴史の浅い魔術家系。そして歴史上のウェストコットとは血縁どころか何の関係もないことは確認が取れている」

「その彼がどうしてアンナ・シュプレンゲルと言う人物を証明できるのですか?」

 

 最初の方に師匠が言った言葉。「アンナ・シュプレンゲル嬢が存在したと証明できる唯一の存在」と確かに言っていた。

 

「彼は入学の際、時計塔の上層部に一枚の手紙を提出した」

「手紙、ですか?」

「ウィリアムの入学推薦状と銘打たれたアンナ・シュプレンゲル嬢の手書きの書簡、それも羊皮紙に書かれた魔術的に意味のある代物だった。最初こそ質の悪い悪戯だと思われたが、その後も彼は本物のシュプレンゲル嬢の書簡を提出し続けた。本来は存在しないはずの人物から続々と届くその狂気じみた状況から彼は『薔薇十字の申し子』、あるいは『近代西洋魔術期待の新人』と呼ばれるようになった。まさか宛名を辿っても何処でいつ書かれたかすらも分からない手紙が本物だと魔術師としての経験がそう判断させるんだ。狂気以外の何物でもない。無論、私もつい最近本物をその目で見るまでは半信半疑だったさ」

「何処でいつ書かれたかすらも分からない?」

「ああ、配達員を時計塔の魔術師にすり替えてみても、気が付くと返信の手紙が紛れ込んでいたらしい。しかもウィリアム以外の手紙では返事が返ってこなかったそうだ」

 

 ちょっぴりホラーチックだった。

 確かに気がついたら紛れ込んでいる手紙なんて恐怖以外の何物でもないだろう。

 

「なるほど、確かに師匠好みなお方ですね」

「……これは否定した方が良いのかな?」

「?」

 

 師匠――ロード・エルメロイⅡ世は、何とも言えないような顔で拙に言ったのだった。

 




魔術ガチ勢の方からすると甘すぎるかもしれないですが、勘弁してください。
もう素人質問されたら死にます。崖から飛び降ります。
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