薔薇十字に恋焦がれて 作:魔術素人君
――俺が彼女の事を認識し出したのは十歳を過ぎた頃だった。
その頃は子供らしいを卒業しようと躍起になって大人ぶったり、父親に褒められたいと模範的で優秀な跡継ぎを演じていた時期だった。
真意はともかく、可愛らしい子供の背伸びと思ってもらって構わない。
だが生憎、俺の父親は筋金入りの魔術師だった。それこそ初代にしては珍しいぐらいには倫理観の欠如と思いやりという物が欠損していた。人としては失格だが魔術師としてはそれなりに大成できるタイプとでも言おうか、初代のハンデを突っぱねるほどには
そんな彼がわざわざ家系の一パーツ、それも準備期間のような時期の子供に目を向けるだろうか。……まあ、つまりはそういう事だ。
幸い母親は比較的まともだったからそこまでコンプレックスにこそなる事は無かったが、それでも父親からの愛情の欠如というのは子供の精神衛生上良くない。そのせいかイマジナリーフレンドという物に縋った時期もあるがここでは割愛する。
そんなある日の事だった。金色のエビフライみたいな見事なカールした縦ロールを何本も作ってぶら下げた髪型と、薔薇の髪飾りに赤のレオタードにロングスカートを足したようなドレスを着た女性が自分の子供部屋でニマニマと哂いながらこちらを見ていた事に気が付いた。
それであると同時に半透明で空中に漂う幽霊のような存在だった。
なぜ半透明で痴女のような恰好なのかと聞いた。
『それはわらわが
――まあ、何もわからなかった。
とりあえず「よくわからないけどすごい人」で俺から彼女に対する評価は固まった。
貴女は何処から来てなぜ俺を見ているのか、と聞いた。
その頃よりも少しばかり幼かった時に文通していた相手が興味を持ったから訪れたのだと、彼女は言った。
それはあり得ないと同時に思った。
文通、と言っても相手が実際にいた訳じゃない。幼子特有のイマジナリーフレンドとして存在していたはずの者。正確に言えばそのイマジナリーフレンドに名前なんてものは無く、人格だって無かった。確か手紙も母親が気を利かせて書いていた物だったと思う。それが自分だと言ったのだ。悪い冗談にもほどがある。
だが彼女は言った。
『本来ならばありえぬ事だけど、貴様の名前がわらわにそうさせたのよ*6』
――ちんぷんかんぷん。
後から彼女とかつて文通したと言われる同姓同名の人物のことを知ったが、結局彼女の言った言葉の真偽は定かではない。彼女を問い詰めると言うのはそれほどまでに難しいものなのだ。
彼女は自らのことを7=4位階*7にして首領達人*8である
ぶっちゃけ、当時の自分では魔術の知識なんてまだ浅く、言っている事の一割も理解できていなかったが「なんかよくわからないけどすごい人」に評価がグレードアップした。
最終的にわかった事なんて、なんかすごい魔術師であり、昔の俺の文通相手。そして俺を弟子に取るため迎えに来た存在。
てな感じのなんて些末なことだけ。
俺は半ば強制的に彼女の弟子となった。
別に拒否する理由もないし、おそらくはそれに従う事が
『仲良くしましょう? 我が王候補?』
それで今でも粘着されているのは、なんの悪い冗談だろうか。
……そういえば、申し遅れたかな。
俺の名前はウィリアム・ウェン・ウェストコット。
悪女と言ってなんら差し支えのない彼女――アンナ・シュプレンゲルの現代唯一の弟子にして、自らの悪性を抑えるストッパーである王として選ばれたエルメロイ教室所属の一介の魔術師もどきだ。
*
「おいおいおい、これは……マジか」
その日もいつものようにエルメロイ教室の講義を受けた後の事だった。
嫌な予感を感じながら
酷い話だと思うが、部屋内部は荒らされて所持品が片っ端から無くなっているのだからそう判断するしかない。
「なんでこんな事に?」
えっと、自室に帰って来て、ああいや、その帰り道で……。
……少し、待て。焦らず、一度時系列を整理しよう。
講義の後、機嫌を損ねたロード・エルメロイⅡ世によって増やされてしまった宿題に頭を悩ませつつ、予定を組み立てつつ講堂からの帰り支度。
確か時刻はちょうど昼頃。どこかのレストランででも昼食をとりつつ、ゆっくりと宿題を進めればいいかな。それよりもどこか木陰で昼寝でも……と。
いや今日は、確かこの後に傍若無人な彼女による時計塔とは無関係の講義が予定されていたかな。と思い出す。
そこで、基本は自分の後を付いて回る事の多いアンナ・シュプレンゲル――師匠が居ない事に気が付いた。
確かに彼女は飽き性であり、しょっちゅうフラフラと色んな場所に顔を出すのでこういった事は初めてではない。初めてではないが、問題事の火種が目の届かない所に居ると言うのも中々ひやひやモノだ。
次はどんな特訓が課されるのか分かったものではない。
師匠の行う特訓と言う名のストレス発散や悪戯半分の拷問は、俺が弟子になった十歳から今まで続いてきたものだ。それがどれだけ骨の折れるモノかは嫌というほど理解している。
実際、前回は珍しく俺を労いたいと言うからアメリカ旅行に行ったと思ったら、崖から突き落とされて死にかけた。その後もギャングとの抗争に放り込まれる等、何かにつけて死にかけることが多発したせいで二度と旅行なんてしないと誓ったぐらいにはトラウマになった。
その厄介事をダース単位で運んでくる悪女が居ない? ならばどれだけ恐ろしい事が進んでいるのだろうか
と、内心冷や汗をかいている時だった。
「やあやあウィリアムくん。調子はどうだい?」
短い金髪に青色の瞳の少年。
自分よりも遥かに魔術の才に富んだ彼は丸めた新聞片手にこちらへ近寄ってきた。
「エスカルドスさん、何か御用で?」
「いやだなぁ、俺と君の仲じゃないか! そんな他人行儀は不要だよ。気軽にフラットで良いさ」
気さくに声をかけてきた。それに対して「え、あ、はい」とどもってばかりの返答を返す。
碌な人間とこれまで話して来なかったツケが回ってきたせいか、所謂コミュ障というのだろうか完全にウェイ系オーラに圧倒されてしまっている。思い返してみればここ最近、絵に描いたような傍若無人な彼女か偏屈代表みたいな先生としか会話していない気がする。
「あ、でさでさ。この後、エルメロイ教室の暇人たちで集まってお昼ご飯でもどおってお誘い。と言ってもみんな断るから俺とル・シアンくんしか居ないけどね」
ル・シアンくん。スヴィン・グラシュエートの事だろう。この粒ぞろいのエルメロイ教室でも双璧との呼ばれる天才の一人。
普段ならばお誘いいただけるのなら喜んでお受けするだろうが、何せ状況が状況だ。
「えっと、その、申し訳ないが、諸事情あって少しばかり時間が……」
「ふーん、そっか。じゃあ仕方ないね」
意外とあっさり引き下がった。
「……もしかしてさ、その事情ってアンナ・シュプレンゲルについてとか?」
ひゅ、と息が止まった。
今になって思えば、俺がそれで時計塔の有名人になっているのだ。その考えに行きつくのは至極当然だろう。
だが、当時の自分からしてみればそこまで考えが行き渡らない訳で。
「い、いやあ何のことだか。じゃあ次の講義でー」
そんなこんなで、寮の自室に戻ってみればこれだ。
――寮の自室が空き巣にあっていた。
と、ここまでが現在状況になる。
「ない、ない、ない!」
派手に荒らされた自室を前に、取られたであろう物を探す。
財布は講義に持って行ったので無事。
ならば当然、携帯電話も無事。
自室に保管してあった金目の物。特に貴金属を始めとした魔術道具まで盗られていた。
印鑑は無くなっている。通帳も無い。師匠が趣味で使っているノートパソコンも無い。それどころか傍から見て金銭価値なんてまるでないはずのタロットまで無くなっている。
せいぜい残っている物なんて家具と服、生活雑貨ぐらいのものだ。
だけどそれ以上にまずいものが無くなっている。
「羊皮紙が無くなってる!!?」
師匠から頂いた羊皮紙の契約書は俺の生命線に等しい。
魔術的に意味のある物で一点もの。金庫の奥に隠し扉まで作って隠していたはずなのに、それも丸ごと無くなっていた。
「師匠に殺される……」
無くした責任を取るのではなく、特訓と称した拷問によって。
そりゃあ焦るに決まっている。
「取り返さないと……。でも、その前に警察? あ、寮の管理人さんにも報告しないと」
混乱する頭と裏腹に、失せ物探しの魔術についての記憶を掘り起こす。
古今東西、失せ物探しの魔術、あるいは呪術というのは様々な場所で散見される。それどころか占いと同様のカテゴリに含まれる事もあり、比較的人気のある物に分類される。メジャーどころで言えば、おみくじだろうか。あれは形式上一種の占いという物に分類される。その中の項目に恋愛運や健康運に並んで失せ物の項目が書かれる事が多いだろう。他にも怪しさ満点の屋台で運命占いと同列に並んでいる事もあり、東洋から西洋まで広がりを見せるカテゴリだ。
その普及した魔術だからこそ、荒らされた部屋の間取りを使って魔術を行使するのも可能だろう。
「いや、下手に弄るのは良くない、か?」
ふと、偏屈な先生――ロード・エルメロイⅡ世の言葉を思い出す。
いつぞやか、探偵のような口ぶりで「事件現場とは犯人像を映す鏡である」だと言っていたかな。
「そうだ、先生に連絡を……」
きっと力になってくれるはずだと。
そもそもこの寮自体が現代魔術科の所有する建物だ。
そのロードが居るのだから助けを求めるのは筋だろう。
思い立っては何とやら、そのまま携帯を取り出して魔術師にしては珍しく電子機器を持つ先生に電話をかけたのだった。
つまり逆光源氏計画ですかね。はた迷惑極まりない。
まあ、見初められる程度には異常なウィリアムくんが悪いとは言える