東海ステークスでのレコード勝利から数日。中京の砂塵を洗い落とした俺たちは、栗東校にある自チームのトレーナー室に集まっていた。
勝利の余熱はまだ身体に残っているのに、部屋の空気だけはいつも通り静かだった。
窓から差し込む夏の午後の光が、由衣さんの淹れた麦茶のグラスを透かして、テーブルの上に小さな虹を作っている。
「……ねえ、神楽坂トレーナー」
ふいに、書類を整理していた由衣さんが、一枚の紙をテーブルに滑らせた。
『チーム名登録申請書』。
すでに項目はすべて埋まっていて、あとは「チーム名」の欄だけが空白になっている。
「いつまでも『神楽坂チーム』という仮称のままでは、ちょっと締まりがないと思いません? 応援してくれるファンも増えてきましたし、そろそろ彼女たちが背負う『名前』——冠を決めてあげてもいい頃です」
その言葉に、真っ先に反応したのはキョウエイグリーンだった。
「名前! かっこいいの! 走ってるとき、風がビューってなるやつ!」
「フン、風ならあたしの『旋風』で十分だろ。……まあ、いつまでも若造の名前で呼ばれるのも癪だしな。悪くない提案だ」
オーナーズタイフウが不敵に笑うと、オペラローリンも控えめに、けれど期待に満ちた瞳で俺を見つめた。
「……あすかさんが決めてくれる名前。私、それがいいです」
◆たった一人の「目」と、一つの願い
三人の視線が俺に集まる。
その瞬間、俺の「目」は、色の奔流に射抜かれていた。
ローリンが纏う、月光のような真珠色の輝き。
タイフウが放つ、熱砂を焦がすような赤い情熱。
グリーンが駆け抜ける、瑞々しい新緑の閃光。
白、赤、緑。
バラバラだったはずの三つの色が、今は一つの部屋で混じり合い、目が眩むほどの「光」となって俺を照らしている。
俺がこの不思議な力を持っていることは、誰にも話していない。
けれど、この「目」が見ている真実を、偽らざる願いとして名前に込めたい。
「……『ルミナス』。チーム・ルミナス(Luminous)、というのはどうだ」
「ルミナス……?」
由衣さんが、その言葉を味わうように繰り返す。
「『光り輝く』という意味だ。お前たちは、いつだって眩しい。――その光で、前を照らしたい」
もちろん、「俺の目にお前たちの光が見えているから」という本当の理由は伏せた。けれど、俺の言葉に嘘はなかった。
「……ルミナス。光……。私、好きです」
ローリンが、嬉しそうに微笑む。自分自身が輝くもの(真珠)である彼女に、これほど相応しい名はなかった。
「ケッ、光かよ。まぶしすぎて、周りの連中の目を焼いちまうような走りをしろってことだな?」
「いい! アタシ、光よりも速く走ってやるんだから!」
三人の少女たちが、新しい自分たちの名前に満足そうに笑い合う。
由衣さんも「いい名前ですね」と満足げに頷き、棚から新品のホワイトボードと、太いマジックペンを取り出した。
「決まったなら、すぐ形にしましょう。……私、こういうレタリング得意なんです」
キュッ、キュッ。
迷いのない手つき。定規も使わず、彼女はフリーハンドで美しい飾り文字を描き上げていく。
右肩上がりの流麗な筆記体で描かれた『Team Luminous』の文字は、これからの俺たちの飛躍を予感させるように、ホワイトボードの上で踊っていた。
◆チーム・ルミナス、始動
1971年、夏。
「神楽坂チーム」は、「チーム・ルミナス」へと生まれ変わった。
誰にも知られることのない俺の「目」が捉えた光。それを自分たちの誇りとして掲げ、彼女たちはさらなる激戦へと身を投じていく。
「さあ、チーム・ルミナスの初陣だ。……ローリン、中京記念に向けて最終調整に入るぞ」
「はい、トレーナーさん!」
真珠色の少女が、決意を秘めた瞳で返事をする。
新生ルミナスの名を世に知らしめるための、過酷な夏はまだ中盤を過ぎたばかりだ。
次は、8月3週。真夏の伝統重賞、中京記念。
輝きを増した真珠が、シニアの古豪たちに挑む。