ウマ娘競バ史   作:geko

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第32話:秋の嵐、それぞれの咆哮

 10月5週。チーム・ルミナスのトレーナー室は、これまでにない緊張感と、火傷しそうなほどの熱気に包まれていた。

 壁の掲示板には、大井と京都、二つの開催地へ向かう三枚の出走表が並んでいる。

 JBCスプリント。ファンタジーステークス。カシオペアステークス。

 

 由衣さんが淹れてくれるお茶の湯気が、やけに細く立ち上って見えた。

 

「……まさに『秋の嵐』ですね、あすかさん。睡眠、削れますよ?」

 

 スケジュール帳を確認しながら、由衣さんが苦笑する。

 大井への遠征から、週末の京都連戦。移動、書類、メディア対応……トレーナーである俺にとっても、物理的・精神的に極限の週になる。

 だが、俺の唇は自然と吊り上がっていた。

 

「望むところだ。……全員が『勝負』の舞台に立てるんだ。これ以上の贅沢はない」

 

◆旋風、本来の距離へ

 

 まず先陣を切るのは、大井へ乗り込むオーナーズタイフウだ。

 前走、一生に一度のクラシックを求め挑んだJDCでは、距離の壁と戦い、泥にまみれて4着をもぎ取った。

 だが、今度は違う。

 JBCスプリント。砂の短距離、その頂点を決めるJpnⅠ。

 ここは彼女が「挑戦者」ではなく、堂々とその座を“獲りに行く”舞台だ。

 

「……ハッ、ようやくあたしの時間だ。2000メートルなんていう長旅はもうこりごりだよ」

 

 最終調整で1200メートルのラップを刻む彼女の「気配」は、以前よりも鋭く、触れれば切れるような殺気を放っていた。

 鬱憤も、我慢も、もう必要ない。

 彼女の持つ圧倒的な「旋風」を、ただ真っ直ぐにゴールまで叩きつけるだけだ。

 

「あすかさん、見てな。あたしが本当の意味で『最速』だってことを、大井の夜に刻んでやるからよ!」

 

◆新緑、風と遊ぶ

 

 週末、京都ではキョウエイグリーンが重賞・ファンタジーステークスに挑む。

 前走の野路菊Sでは、逃げながらも自らペースを制御し、後続を“手のひらで転がす”という驚異的な進化を見せた。

 今回は1400メートルへの短縮。距離が短くなる分、スピードの絶対値が問われるが、今の彼女に不安はない。

 

「トレーナーさん、アタシ、今度はもっと上手に風と遊べると思うんだ!」

 

 最終確認を行う彼女の表情には、デビュー当時の危うさはもうない。

 「速さ」を武器ではなく、“遊び”に変えてしまう。進化した新緑の閃光が、京都の直線を鮮やかに染め抜こうとしていた。

 

◆真珠、約束の輝き

 

 そして、オペラローリン。

 ポートアイランドSでのマイル克服を経て、彼女が向かうのは1800メートルのカシオペアステークス。

 この距離は、彼女が最も自分らしく輝ける「真珠」の絶対領域。

 

「……あすかさん。約束、覚えていますか?」

 

 出発前、彼女は俺だけに聞こえる声で囁いた。

 海辺で交わした、小さな「わがまま」の約束。それを叶えるためには、誰よりも美しく、誰よりも速く駆け抜けなければならない。

 

「ああ。……忘れるなよ、ローリン。迷ったら外だ。約束は、ゴールのあとに取っておけ」

 

 俺が短く返すと、彼女は頬を染めて、深く頷いた。

 

◆重なり合う三つの鼓動

 

 10月5週。

 俺の目には、三者三様の光が、爆発寸前の状態で見えていた。

 

 砂塵を切り裂く、荒ぶる蒼。

 風を支配する、無邪気な緑。

 そして、静かに、けれど激しく燃える真珠。

 

「……由衣さん。行こう。俺たちの『ルミナス』が、この秋の主役だ」

 

 三つの咆哮が、秋の空へと響き渡る。

 チーム・ルミナス、史上最大の戦い。

 振り返ると、掲示板の紙が、風もないのに小さく鳴った気がした。

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