ウマ娘競バ史   作:geko

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第35話:真珠の軌跡 ※カシオペアステークス

 10月5週、日曜日。

 秋の京都レース場は、昨日の歓声がまだ残っているみたいだった。

 平日には大井でタイフウが砂の頂点に立ち、昨日はグリーンが女王への階段を上った。

 そして今日、チーム・ルミナスの「一週間全勝」を現実にするために、オペラローリンがターフに立つ。

 

 曇天の京都レース場、第10レース。

 カシオペアステークス。

 管理室で出走表を広げた俺は、そこに刻まれた数字を見て、天を仰いだ。

 

「……18番。大外枠か」

 

 ため息が漏れる。

 今年、彼女が挑んだ大舞台――皐月賞、そして前走のポートアイランドS。ことごとく、彼女は試練のような外枠を引き当ててきた。

 1800メートルの大外。最初のコーナーまでが短いこのコースでは、致命傷になりかねない。

 

 パドックへ向かう通路。

 俺は声をかけようとして――彼女の顔を見て、言葉を飲み込んだ。

 「どうする?」なんて聞く必要はなかった。

 

「……いい顔だ。もう、枠順なんて気にしていないな?」

 

 俺の問いに、ローリンは真珠色の髪を揺らし、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「はい。あすかさん、私……今日は『誰の後ろ』も走りたくない気分なんです」

 

 その瞳には、かつて外枠に怯えていた少女の面影は微塵もなかった。

 あるのは、プリマドンナの静かな覇気だけだった。

 

◆カシオペアステークス(L・京都芝1800m)

 

 ファンファーレが鳴り響き、18枚のゲートが跳ね上がった。

 大外枠、18番のオペラローリンは、驚くほど鋭い出足を見せた。

 

「……ローリン!?」

 

 俺の予想を裏切り、彼女は迷いなく先頭を伺う。

 メンバーを見渡せば、強力な逃げウマ娘は不在。

 ならば、誰かのペースに合わせる必要はない。自分が一番前で、一番美しいラインを描けばいい。

 彼女が選んだのは、これまで見せてこなかった「逃げ」――いや、「独唱」のスタイルだった。

 

 第1コーナーの出口で、彼女はもう一人になっていた。

 そこからは、まさに「真珠」の独壇場だった。

 俺の目には、彼女が京都の平坦な芝を愛でるように、完璧なリズムを刻んでいるのが見えた。

 追随する後続を、背中でコントロールするような優雅な走り。

 

 第4コーナー。

 後続が差を詰めようと動き出すが、先頭のローリンはまだ余力を残している。

 

「行け、ローリン! お前だけの軌跡を描け!」

 

 直線に入った瞬間、彼女の指揮棒が振り下ろされた。

 再加速。

 最初から最後まで、誰にも影を踏ませない。1800メートルという彼女の「絶対領域」で、真珠色の閃光が、他を圧倒するスピードで駆け抜けていく。

 

 2着のシュンサクリュウを4バ身という決定的な差で突き放し、彼女は悠々とゴール板を駆け抜けた。

 

◆約束、そして伝説の完結

 

 1分47秒3。

 大外枠からの逃げ切り。それは、不利な枠さえも「誰にも邪魔されない特等席」に変えてしまう、圧倒的な実力の証明だった。

 

 検量室前。

 戻ってきたローリンは、息を切らしながらも、最高に誇らしげな顔で俺を見た。

 

「あすかさん……! 私、誰もいない景色を……一番前で見てきました!」

「……ああ。最高の『正解』だったよ。世界で一番綺麗な独走を見せてもらった」

 

 俺たちは、自然に手が届く距離にいた。タ

 イフウ、グリーン、そしてローリン。三者三様の勝利。この一週間、チーム・ルミナスは負け知らずのまま、伝説を完成させた。

 

「……あすかさん。私、勝ちましたよ」

 

 ローリンが、海辺での約束を慈しむように、そっと右手を差し出してきた。

 周囲には関係者もいる。派手なことはできない。

 俺は、握手を交わすふりをして――熱を持った彼女の小さな手を、両手で包み込むように、力強く握り締めた。

 

「……おめでとう、ローリン。約束通りだ」

 

 一瞬だけ力を込める。それだけで、言葉以上の熱が伝わる。

 ローリンは頬を桜色に染め、繋がった手を愛おしそうに見つめてから、深く頷いた。

 

「……はい!」

 

 繋いだ手から伝わってくる、彼女の心地よい体温。

 秋の京都の夕暮れ。

 俺たちのルミナスは、今、最高潮の輝きを放っていた。

 そして物語は――すべてのウマ娘が憧れる、年末のGⅠ戦線へと加速していく。

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