ウマ娘競バ史   作:geko

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第36話:ルミナスの祝杯、託されるバトン

 10月5週の狂乱から数日。

 秋の夜長、トレセン学園栗東校近くにある馴染みの洋食屋には、デミグラスソースの香ばしい匂いと、賑やかな笑い声が満ちていた。

 貸し切りの店内。俺たちは、ささやかながらも盛大な祝勝会を開いていた。

 

「……改めて。タイフウ、JBCスプリント優勝おめでとう。そしてグリーン、ローリン。完璧な一週間をありがとう。乾杯!」

 

 俺の音頭に合わせて、三人のジョッキ(中身はオレンジジュースだが)が高らかに鳴り響く。

 

「ハッ! 当たり前だろ。あの程度の雑魚ども……あたしの背中すら、見せるまでもなかったね」

 

 主役のタイフウは、相変わらず行儀悪く椅子にふんぞり返り、不敵な笑みを浮かべてハンバーグを突き刺した。

 大井の泥にまみれた蒼い勝負服は洗濯に出され、今はラフな私服姿だが、その全身から発せられる「あたしが最強」というオーラは、JpnⅠを獲ってさらに膨れ上がっているようだった。

 

◆三者三様の「一番」

 

「アタシも、アタシも! タイフウ先輩の走り、ラジオで聞いてて鳥肌たっちゃった! だからアタシも『絶対負けない!』って思って走ったんだよ」

 

 グリーンが興奮気味に身を乗り出すと、タイフウは鬱陶しそうに、けれど満更でもない顔で鼻を鳴らした。

 

「ケッ。影響されやすい奴だな。ま、あたしに付いてこようって気概だけは認めてやるよ」

「……ふふ。グリーンちゃん、落ち着いて。……でも、本当にそうですね。タイフウさんが大きな風穴を開けてくれたから、私たちも迷わずに走れました」

 

 ローリンが穏やかに微笑みながらサラダを取り分ける。

 カシオペアSで見せたあの烈火のような独走が嘘のように、今の彼女は静かな真珠の輝きに戻っていた。

 

「……あすかさん。私、約束……嬉しかったです」

 

 不意に隣に座るローリンが、俺の袖をちょいと引っ張り、囁いた。

 誰にも気づかれない一瞬の合図。それだけで、あの京都の夕暮れの手の温もりが蘇る。

 

◆旋風の休息、生意気な檄

 

 宴が中盤に差し掛かった頃、タイフウがふとグラスを置いて俺を見た。

 

「……で、あすかさん。あたしは明日から、しばらく『お休み』なんだろ?」

 

「ああ。大井の連戦で身体の芯に疲れが溜まってる。年内はしっかり休んで、年明けの復帰戦まで英気を養ってくれ」

 

 俺の言葉に、タイフウは「チェッ、退屈だな」と悪態をつきながらも、ニヤリと笑って隣の二人を睨みつけた。

 

「いいかい、二人とも。よく聞きな」

 

 彼女はフォークを二人に向け、傲岸不遜に言い放った。

 

「あたしが休んでる間、この『チーム・ルミナス』の看板を背負うのはあんたたちだ。……あたしがJpnⅠまで獲って盛り上げたチームの熱量(ボルテージ)、冷ますような無様な真似したら承知しねえぞ?」

 

「もっちろん! タイフウ先輩が上げたチームの『価値』、アタシがもっと吊り上げといてあげるから! 安心して寝ててよ」

 

「……はい。そのバトン、責任を持って繋ぎます」

 

 挑発的なグリーンの返しと、静かに闘志を燃やすローリン。

 タイフウらしい、優しさのかけらもない「脅し」のような激励。

 だがそれは、彼女なりに二人を対等な戦力として認めた証でもあった。

 由衣さんが苦笑しながら、その頼もしい光景を写真に収めている。

 

「……よし、今日は無礼講だ。好きなだけ食え。支払いは……俺のポケットマネーから出そう」

「へえ、太っ腹じゃん。じゃあ遠慮なく一番高いステーキ追加で。……稼がせてやったんだから、これくらい安いもんだろ?」

 

 悪びれもせずメニューを指差すタイフウに、俺は「お手柔らかに頼むよ」と苦笑いで頷くしかなかった。

 

 1971年、秋。

 チーム・ルミナスの最も熱い一週間は、こうして賑やかな笑い声と共に幕を閉じた。

 物語は、冷たい風が吹く12月へ。

 女王の座と、シニア級という巨大な壁が待つ、冬の戦場へと進み始める。

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