ウマ娘競バ史   作:geko

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第37話:冬の洗礼 ※鳴尾記念

 12月1週、阪神レース場。

 六甲おろしが冷たく吹き抜けるターフには、先月までの祝勝ムードを凍らせるような、張り詰めた緊張感が漂っていた。

 チーム・ルミナスの「真珠」ことオペラローリンが挑むのは、初のシニア級との混合重賞。

 若き才能の前に、経験という名の分厚い壁が立ちはだかる。

 

 阪神レース場、第11レース。鳴尾記念。

 パドックの隅で、俺は出走直前のオペラローリンと向き合っていた。

 

「ローリン。相手はみんな、修羅場を潜り抜けてきたベテランばかりだ。今までのような『綺麗なレース』はさせてもらえないぞ」

 

 俺の言葉に、ローリンは真珠色の髪を揺らし、少しだけ硬い表情で頷いた。

 俺の目には、彼女の中に宿る高潔な輝きは健在なものの、周囲を取り囲むシニア級たちの放つ、鉛のように重いプレッシャーが見えていた。

 

「……はい。でも、引きません。私たちが積み上げてきたものが、上の世代にどこまで通じるか……試してきます」

 

 彼女は自分に言い聞かせるように呟くと、今回は念願だった内枠――3番ゲートへと向かっていった。

 

◆鳴尾記念(GⅢ・阪神芝1800m)

 

 ファンファーレ。一瞬の静寂の後にゲートが跳ね上がる。

 ローリンは好スタートを切り、セオリー通りに内側の経済コースを確保した。

 ずっと欲しかった内枠。得意の1800メートル。

 だが、それが罠だった。

 

「……囲まれた!?」

 

 1コーナーを回った瞬間、俺は思わず手すりを叩いた。

 外からホウウン、前にはゼンマツ。

 歴戦のシニア級たちが、示し合わせたようにローリンを包囲し、壁を作ったのだ。

 3連勝中の若き新星。その芽を摘むために、ベテランたちは「進路を消す」という老獪な戦術をとった。

 

 ペースが落ちる。イライラと頭を上げるローリン。

 出たくても出られない。

 前走のカシオペアSと同じ距離なのに、あの時の「自由な独走」とは真逆の、息の詰まるような鳥籠の中。

 得意のはずの1800メートルが、永遠のように長く感じられた。

 

 第4コーナーを回っても、ローリンはまだバ群の中にいた。

 体力は残っているのに、踏み込む場所がない。

 

「ローリン、こじ開けろ! お行儀よく待ってる必要はない!」

 

 俺の叫びが届いたのか。

 残り200メートル、疲弊した先行集団が一瞬だけ、ほんの僅かにバラけた。

 ローリンは迷わず、その狭い隙間に身体をねじ込んだ。

 優雅さなんてかなぐり捨てた、泥臭い突撃。

 シニア級の身体とぶつかり合い、弾き返されそうになりながらも、彼女は意地で脚を伸ばした。

 

 前を行くウマ娘には届かない。

 それでも彼女は、最後の一歩まで諦めず、必死の形相でゴール板へとなだれ込んだ。

 

◆高価な授業料

 

 結果は5着。

 掲示板確保。初のシニア相手の包囲網を考えれば、大健闘と言える数字だ。

 だが、検量室の前に戻ってきたローリンは、悔しさで唇を噛み締め、肩を激しく揺らしていた。

 美しい真珠色の髪は乱れ、シニア級たちと競り合った際の土埃が、その白い肌を汚している。

 

「……あすかさん。私……自分の走りが、何もできませんでした……っ」

「……ああ。苦しかったな。これが、シニア級の洗礼だ」

 

 俺が彼女の頭をそっと撫でると、ローリンは俺の胸に額を預けるようにして、小さく吐息を漏らした。

 綺麗に勝つことだけが強さじゃない。

 泥にまみれ、思い通りにいかない中で、それでも掲示板を死守したこの経験。

 

「よく耐えたよ。今日お前がこじ開けたあの隙間は、間違いなく来年の『春』に繋がっている」

「……はい。次は、負けません。力ずくでも、私の場所を奪い取ってみせます」

 

 涙は見せない。

 彼女の瞳には、ただ静かな闘志だけが燃えていた。

 連勝は止まった。けれど、この「5着」は、彼女が少女から戦士へと変わるための、必要な痛みだったのかもしれない。

 

 鳴尾記念の苦い経験を胸に、物語はいよいよ12月最大の激戦へ。

 新緑の天才少女・キョウエイグリーンが挑む、ジュニア女王決定戦『阪神ジュベナイルフィリーズ』へと加速していく。

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