ウマ娘競バ史   作:geko

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第42話:春を待つ淀 ※京都記念

 2月3週。

 京都でタイフウが砂塵を巻き上げた熱狂から3週間、俺は再び、淀の地にいた。

 伝統の重賞、京都記念。

 休養明けの始動戦として選んだこの芝2200メートルの舞台は、オペラローリンの大目標、大阪杯制覇への重要な試金石だった。

 

「……ローリン、体調はどうだ?」

 

 パドック前の控室。

 最終チェックを終えた俺が尋ねると、彼女は穏やかに、けれど意志の強い瞳で俺を見つめ返した。

 

「ふふ、バッチリですよ。身体の奥から力が湧いてきて……早く走りたくて仕方ないんです。……今日は、どう走ればいいですか?」

 

「ああ。今日は真っ向勝負だ。大阪杯の前に、今のローリンの力がシニア級相手にどこまで通じるか――現在地を見よう」

 

 俺の目には、彼女から溢れる真珠のような光が、冬の冷たい空気の中で一層透明度を増し、静かに凪いでいるのが見えていた。

 

◆京都記念(GⅡ・京都芝2200m)

 

 ファンファーレが鳴り、18のゲートが開いた。

 好スタート。だが、外枠のメジロウィンザーが猛然と切り込んでハナを奪いに行く。

 玉突き事故のようにバ群が凝縮し、ローリンは外から被せられ、一列後ろへ下がらざるを得なかった。

 

「あすかさん、ローリンちゃんが……また囲まれて……!」

 

 由衣さんが不安げに声を上げる。あの鳴尾記念の悪夢――シニア級の厚い壁が脳裏をよぎる。

 だが、双眼鏡を覗く俺の手は震えていなかった。

 

 バ群の中で、ローリンは慌てていない。

 以前ならイライラしていた場面だが、今日の彼女は小さく息を吐き、前のウマ娘のリズムに合わせて力を溜めている。

 

「……大丈夫だ。今の彼女は、もうあの頃の『お嬢様』じゃない」

 

 彼女は淀の坂を前に、じっと息を潜め――爆発の瞬間だけを待っていた。

 

 第4コーナーを回り、淀の長い直線。

 早めに抜け出した3番人気のミスアリシドンが、ベテランらしい二の脚で独走態勢に入る。

 

「今だ、ローリン! その壁を突き破れ!」

 

 俺の叫びに応えるように、ローリンが外へ持ち出した。

 溜めていたエネルギーが一気に開放される。

 一完歩ごとに前の子たちを飲み込んでいく猛追。

 俺の目には、彼女が踏み出すたび、淀の芝が銀色の火花を散らす幻想が見えていた。

 

 逃げる粘り腰のミスアリシドン。

 追う真珠の閃光、オペラローリン。

 ゴール板の直前、二人の影が重なりかけたが――

 

「……あと、少し……!」

 

 1バ身。

 最後の一伸びで見事に1番人気のドージングテリオスをかわし、2着を確保したものの、先頭の背中を捉え切る前に――ゴールの瞬間は訪れた。

 

◆敗北の先の「正解」

 

 検量室前。

 白い吐息をこぼしながら戻ってきたローリンは、悔しそうに一度唇を噛んだ。だが、俺の姿を見つけると穏やかな笑みを浮かべた。

 

「……あすかさん。届きませんでした。……でも」

 

「ああ、分かっている。以前なら崩れていた展開だ。それを我慢して、最後にあの脚を使えた。……ローリン、君は確実に強くなっている」

 

 俺の言葉に、彼女は真珠のような瞳を潤ませて頷いた。

 2200メートルは彼女には少し長い。あと200メートル短ければ――つまり、次走の舞台なら、間違いなく捕らえていた。

 この「2着」は、敗北ではない。勝利へのカウントダウンだ。

 

「はい。……次は、負けません。私の舞台で――必ず最高の結果を捧げます」

 

 2着という結果の中に、俺たちは揺るぎない確信を得た。

 真珠の輝きは、春の暖かな日差しの中で、よりいっそう眩いものになろうとしていた。

 

 次はいよいよ3月。

 桜の女王を目指す、キョウエイグリーンの始動戦が迫っている。

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