ウマ娘競バ史   作:geko

47 / 89
第47話:届かぬ頂 ※大阪杯

 4月1週、阪神レース場。

 桜の花びらが舞う中、チーム・ルミナスにとって春のGⅠ連戦の初陣となる大阪杯の幕が上がった。

 先週の金鯱賞で見せた執念の逆転劇。15戦目にしてようやく重賞の扉をこじ開けたオペラローリンは、4番人気という期待を背負い、落ち着いた足取りでパドックを回っていた。

 

「ローリン、調子はどうだ?」

 

 パドック前の控室。俺が声をかけると、彼女は真珠のような瞳を真っ直ぐに俺へと向けた。

 

「はい、あすかさん。金鯱賞の疲れもありません。……ただ、この12番という枠だけが、少し気になりますね」

 

「ああ。阪神2000の内回りは、スタートから第1コーナーまでが短い。外枠だとどうしても外へ振られる」

 

 俺はコース図を頭に描きながら、彼女の不安を肯定し、対策を授ける。

 

「だが、今の君のスタミナならカバーできるはずだ。多少のロスは覚悟で、長くいい脚を使おう」

 

 俺の目には、彼女から溢れる光が、強豪ひしめくGⅠの重圧に飲まれまいと、懸命に輝きを維持しているのが見えていた。

 

◆大阪杯(GⅠ・阪神芝2000m)

 

 ファンファーレが鳴り響き、一瞬の静寂。

 ゲートが開く。16人の鼓動が、阪神の芝を叩いた。

 

 作戦は好位に立っての積極策。だが、やはり12番という外枠、そしてコーナーまでの短さが彼女の足を引っ張った。

 

「……っ、ローリン! 入れないか!」

 

 好スタートを切ったものの、内側の強豪たちが壁を作り、潜り込む隙間がない。

 GⅠの流れは緩まない。待てば待つほど、遠心力で外へ外へと振られていく。

 進路を確保しようともがくうちに、位置取りは想定よりも後ろへ。

 第3、第4コーナーと大きく外を回らされ、他の子よりも数メートル分、余計な体力を削られていく。

 

「あすかさん、ローリンちゃんが……!」

 

 隣で由衣さんが声を上げる。俺は奥歯を噛み締めた。

 シニア級のGⅠともなれば、一瞬の判断の遅れや枠順の不利が、そのまま致命傷になる。

 

 最後の直線。

 内から力強く抜け出した2番人気のベルワイドが、一気に独走態勢を築く。

 ローリンも外から必死に脚を伸ばした。

 不利な展開でも、泥にまみれた金鯱賞の時と同じ執念で――ただ前だけを追う。

 だが、差は詰まらない。――むしろ、遠ざかる。

 

(……強い……ッ!)

 

 優雅さなど欠片もない。まるで重戦車のようなベルワイドの走りが、坂を力任せに踏み潰していく。

 これが、シニア級の頂点に立つ者の領域。

 

「……届かない……のか」

 

 ゴール板を駆け抜けた。

 5着。

 掲示板は確保した。

 だが、初の重賞制覇の勢いそのままに挑んだこの舞台で、彼女は初めて“格”の違いに正面から跳ね返されたのだ。

 

 

 検量室前。

 白い吐息をこぼしながら戻ってきたローリンは、悔しさに唇を噛んでいた。だが、俺の姿を見つけると静かに頭を下げる。

 

「……申し訳ありません、あすかさん。狙った形に……できませんでした」

 

「いや、あの展開で5着まで持ってきたのは立派だ。……枠順の不利をカバーしきれなかったのは、俺の責任だよ」

 

 俺が謝ると、彼女は首を横に振った。その視線は、ウイニングランを行うベルワイドの背中に注がれている。

 

「……あすかさん。私、分かりました。今の自分に足りないものが」

 

「足りないもの?」

 

「はい。……GⅠという舞台で勝ち切るための、絶対的な武器。今のままでは、あの背中には届きません」

 

 真珠色の瞳は、敗北に曇ることがない。

 むしろ――熱を増して、次なる可能性を見据えていた。

 

「ああ。……一度、立て直そう。お前の適性、そして輝ける場所。もう一度作戦を練り直して、必ずリベンジするぞ」

 

「はい。……次は、負けません」

 

 1972年、春。

 届かなかった大阪の頂。

 けれど、チーム・ルミナスの真珠は、その痛みを糧に――まだ見ぬ「正解」を求めて、再び歩き出すことを誓った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。