ウマ娘競バ史   作:geko

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第48話:満開の桜冠 ※桜花賞

 4月2週、阪神レース場。

 先週の大阪杯から続くGⅠ連戦。

 満開を過ぎ、名残惜しそうに舞い散る桜吹雪の中、ティアラ三冠の初戦・桜花賞の幕が上がろうとしていた。

 

 しかし、俺の心境は春めいた景色とは裏腹に、重い懸念に包まれていた。

 

「……17番。また、外枠か」

 

 出走表に記された数字。

 先週の大阪杯でローリンが外を回らされ、涙を飲んだ記憶が脳裏をよぎる。

 阪神マイルの外枠。

 無理にハナを奪いに行けば、脚を使わされる。

 かといって控えれば、自分の形を見失う。

 ――どちらを選んでも、GⅠでは致命傷になり得る。

 

 指示を決めきれず、俺が唇を噛んだ、そのとき。

 準備を終えたグリーンが、いつもの屈託のない笑みで俺の背中を叩いた。

 

「あはは! ついてないね、トレーナーさん。でもなんとかなるでしょ!」

 

「グリーン、お前な……。これはGⅠなんだぞ」

 

「分かってるよ。でも、アタシが一番速いってことは変わらないもん。外だろうがどこだろうが、アタシが一番前でゴールすれば、それが『正解』でしょ?」

 

 新緑の瞳は、プレッシャーなんて最初から存在しないみたいに澄んでいた。

 俺は――吹っ切れたように頷き、その背中をターフへ送り出した。

 

◆桜花賞(GⅠ・阪神芝1600m)

 

 ファンファーレが鳴り響き、18枚のゲートが跳ね上がった。

 グリーンは抜群のスタートを決める。

 だが、内の先行勢も譲らない。壁が厚く、インコースに入れない。

 彼女は――コースの外々、砂の浮いた荒れた部分を走らされ続けた。

 

「あすかさん、グリーンちゃんが……ずっと外です!」

 

 由衣さんの悲鳴に近い声。

 距離ロスは数バ身に及ぶ。常識的に考えれば、スタミナが尽きて沈むパターンだ。

 

 ――だが、第4コーナー。絶望が歓喜に変わる。

 内の娘たちが進路を探り合った、その一瞬の隙。

 グリーンは誰よりも早く、外から鋭い弧を描いて加速を開始した。

 

 外を回っているのに、差が詰まる。

 いや、むしろ加速している。

 一完歩ごとに前が近づき、コーナーだけで何人も飲み込んでいく。

 

「行け、グリーン! 全部ねじ伏せろ!」

 

 直線を向いた瞬間、彼女はすでに先頭に立っていた。

 そこからさらに突き放す。

 背後からは、3番人気のタケフブキが、その名の通り猛吹雪のような末脚で追いすがってくる。

 だが、春の嵐は止まらない。

 一完歩ごとに桜を散らし、新緑の閃光が阪神の坂を駆け上がる。

 

 1バ身のリード。

 タケフブキの追撃をしのぎ切り、グリーンは桜の女王へと上り詰めた。

 

◆桜吹雪のタックル

 

 検量室前。

 汗を流し、白い吐息を弾ませながら戻ってきたグリーンの姿を見つけた瞬間、俺は言葉を失った。

 

「トレーナー! 桜の女王、獲ったよ!」

 

 彼女は満面の笑みで、弾けるように俺の胸に飛び込んできた。

 抱擁というよりは、歓喜のタックルだ。

 受け止めた俺がよろめくほど、彼女の全身から「やったぞ!」というエネルギーが溢れている。

 

「ああ、おめでとう、グリーン。……最高の走りだった」

 

「えへへ、見てた? アタシが一番綺麗だったでしょ? 先週の悔しさ、ちゃんと晴らしたからね!」

 

 俺の腕の中で、グリーンは誇らしげに鼻を鳴らした。

 1分35秒6。

 外枠の不利を力と意志でねじ伏せた、歴史に残る桜花賞。

 

 新緑の女王は、その冠にふさわしい輝きを纏っていた。

 

 だが――俺の視線は、無邪気な彼女の笑顔の向こうにある「次」の選択肢を見据えていた。

 次は、樫の女王決定戦、オークス。距離は2400メートル。

 短距離適性の彼女にとって、それはあまりに過酷な道のりだ。

 だが、もう一つの道がある。

 府中の1600メートル。スピード自慢たちが集う、マイルの頂点。

 

(……行くぞ、グリーン。オークスじゃない)

 

 俺たちが目指すのは、伝統の二冠じゃない。

 桜花賞と、NHKマイルカップ。

 誰も成し遂げたことのない、新時代の「変則二冠」だ。

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