ウマ娘競バ史   作:geko

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第56話:浦和に吹く暴風 ※さきたま杯

 6月3週。

 先週の宝塚記念。オペラローリンは8着に敗れたものの、戻ってきた彼女の顔には、大舞台を走りきった充実感と、次なる目標を見据えた清々しさがあった。

 チームに悲壮感はない。むしろ「秋こそは」という熱気が満ちている。

 

 そんな前向きな空気を背に、ダートの「絶対女王」が地方・浦和競バ場へ乗り込んだ。

 ダートグレード競走、さきたま杯。

 中央・地方の砂の強豪が集うこの決戦の地に、今、絶対的な「女王」が降り立った。

 

 パドックには、梅雨の晴れ間の強い日差しが降り注ぐ。

 その中心で、オーナーズタイフウは静かに周回していた。出走表を見渡しても、宿敵マイネルメドウやリュウトキツの姿はない。

 彼女の瞳は獲物を狙う猛獣のように鋭く、全身から放たれるオーラだけで、周囲のウマ娘たちを威圧していた。

 

「……おいおい。あたしを舐めてんのかね?」

 

 彼女は鼻を鳴らし、俺に向かってニヤリと笑った。

 

「逃げはあたしだけ。競りかけてきそうな骨のある奴もいない。……こりゃあ、楽に勝たせてもらうよ?」

 

「ああ。でも油断だけはするなよ?」

 

「任せな。格の違いってやつを教えてやるよ」

 

 それはレースというより、女王による「公開調教」に近い空気を纏っていた。

 

◆さきたま杯(JpnⅠ・浦和ダ1400m)

 

 ファンファーレが鳴り響き、スタンドの歓声が最高潮に達する。

 そしてゲートが開かれた瞬間、そのレースは「競技」であることをやめた。

 

 好スタートを切ったタイフウが、迷いなく先頭を奪う。

 1コーナーへの進入。そのスピードは、逃げというにはあまりに速く、しかし彼女にとってはあまりに自然な巡航速度だった。

 

 向こう正面。

 他のウマ娘たちも必死に食らいつこうとする。GⅠ級タイトルの栄誉を求めて、死力を尽くして追走する。

 だが、その差は縮まるどころか、残酷なまでに開いていく。

 

「……強い! 強すぎる……!」

 実況の声が上擦る。

 

 第3コーナー、第4コーナー。

 浦和のきついカーブを、タイフウは減速することなく、まるで遠心力さえ味方につけたかのように駆け抜ける。

 

 最後の直線。

 そこに広がっていたのは、絶望的なまでの「空白」だった。

 

 先頭を行くタイフウの背中と、後続の集団の間には、数十メートルもの空間が空いている。

 競り合いも、駆け引きもない。砂を蹴る音さえ、彼女の周りだけは静寂に包まれているようだった。

 後続の少女たちが必死の形相で腕を振り、泥にまみれてスパートをかけようともがく中、タイフウだけが涼しい顔のまま、流すようにゴール板へ向かって突き進む。

 

「――これは、女王の独壇場だ!」

 

 彼女がゴールを駆け抜けた瞬間、あまりの大差に歓声が一瞬遅れた。

 どよめき、悲鳴、そして爆発的な称賛。

 

 結果は大差勝ち。タイムは1分23秒1。2着のブリューダイナが画面に見切れることさえない、歴史的な圧勝劇だった。

 

◆ 春の完結

 

 ウイニングラン。

 悠々と手を振る彼女に対し、観客は惜しみない拍手を送る。それは勝者への祝福というより、圧倒的な「力」そのものへのひれ伏しに近かった。

 

「……ふぅ。ま、こんなもんだろ」

 

 戻ってきたタイフウは、汗ひとつかいていない涼しい顔で、しかし満足げに笑った。

 

「JpnIのタイトル、ありがたく頂いていくよ。……文句のある奴は、秋にまとめて相手してやるからさ」

 

 彼女は北の空――次なる戦場、盛岡を見据えた。

 次の目標、マイルチャンピオンシップ南部杯。

 そこでもまた、この暴風が吹き荒れることになるのだろう。

 圧倒的な力を見せつけた砂の女王は、秋の決戦に向け、8週間の休養へと入る。

 

 こうしてチーム・ルミナスの春シーズンは、四つのGⅠ級タイトルを総なめにするという、驚異的な戦果と共に幕を閉じた。

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