ウマ娘競バ史   作:geko

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第62話:轟く雷鳴、女王の帰還 ※南部杯

 10月2週。

 秋の深まりと共に、岩手・盛岡レース場は冷涼な空気に包まれていた。

 この地で行われるダート界の大一番、マイルチャンピオンシップ南部杯。

 

 夏の間、たっぷりと休養を取ったオーナーズタイフウが、ここを秋の始動戦に選んだ。

 パドックに現れた彼女は、春よりも一回りビルドアップされた鋼のような肉体を誇示するように、堂々と周回している。

 

 芝を走るグリーンやローリンのようなしなやかさとは違う。

 重い砂を蹴散らすための、密度の高い筋肉。勝負服の上からでも分かる体幹の分厚さと、大地を踏みしめる脚の力強さ。

 それは、短距離を制圧するために無駄を削ぎ落とし、必要な鎧だけを纏った戦闘マシンのような機能美だった。

 

 だが、今回のメンバーは一筋縄ではいかない。

 新聞のコメントには「逃げウマ娘多数」「激流必至」の文字が踊る。

 特に、8番人気のマイネルメドウは、あの大逃げで何度も場をかき乱してきた古豪だ。

 

「……おいおい、どいつもこいつも『前に行く』って顔してやがるな」

 

 タイフウは鼻を鳴らし、鬱陶しそうに周りを見渡した。

 

「ああ。マイネルメドウを筆頭に、逃げ・先行勢が揃った。普通なら控えて展開を待つのがセオリーだが……」

 

「ハッ! 冗談言うねぇ」

 

 彼女は不敵に笑い、俺の言葉を遮った。

 

「あたしの前を走ろうなんて、100年早いんだよ。……全員、まとめてねじ伏せてやる」

 

 作戦は逃げ。譲るつもりは微塵もない。

 

◆マイルチャンピオンシップ南部杯(JpnⅠ・盛岡ダ1600m)

 

 ファンファーレが鳴り響き、ゲートが開いた。

 瞬間、タイフウが弾丸のように飛び出す。

 外からマイネルメドウがハナを主張しようと体を寄せてくるが、彼女は一瞥もしない。

 肩が触れそうな距離。だが彼女は減速せず、堂々と先手を主張して内へ入った。

 

「――どきな」

 

 進路を奪ったのではない。譲らせたのだ。

 その気迫に気圧され、マイネルメドウが一瞬ひるんで下がる。

 

 盛岡名物、スタートから長く続く上り坂のアプローチ。

 ワンターンの高速戦。直線の長い助走を、彼女は最初から支配する。

 マイネルメドウも、その他の先行勢も、タイフウが作る嵐のようなプレッシャーに晒され、追走だけでスタミナを削られていく。

 

 勝負の第3コーナーから第4コーナー。

 ――ここからが、本当の地獄だ。

 他のウマ娘たちがカーブで息を入れようとした瞬間、タイフウは逆に加速する。

 息を入れる場所で、あいつは息を奪いにくる。

 直線を向いた時点で、後続との差は5バ身近くまで開いていた。

 

 独走。

 砂を蹴る音だけが、やけに近くに聞こえた。

 砂塵を巻き上げながら、彼女はただ一人、別の次元を走っている。

 

「行けぇぇぇ! タイフウ!!」

 

 残り200メートル。

 外から2番人気のオオトリグランディが猛烈な末脚で追い込んでくる。

 だが、女王の背中はあまりに遠い。

 

 彼女は最後まで危なげなく、悠々とゴール板を駆け抜けた。

 タイムは1分36秒9。

 結果は4バ身差の圧勝。

 激流を作って、そのまま飲み込んだ。

 ライバルのマイネルメドウは、暴風に巻き込まれたかのように3着に沈んでいた。

 

◆アンタッチャブル

 

 レース後。

 激走した後だというのに、涼しい顔で戻ってきたタイフウは、俺を見るなりニヤリと口角を上げた。

 

「へっ。……どうだよ、あすかさん」

 

 彼女は遥か後方で入線したライバルたちへ、顎をしゃくってみせた。

 

「短距離とマイルじゃ、もうあたしの相手になる奴はいねえんじゃねえの?」

 

「……ああ。間違いなく、お前が最強だ」

 

 俺は降参するように両手を上げた。

 春のフェブラリーS、さきたま杯、そしてこの南部杯。

 ダート短距離・マイル路線において、彼女はまさしく「アンタッチャブル(触れられざる者)」の領域に達していた。

 

 秋の初陣を、これ以上ない形で飾ったオーナーズタイフウ。

 絶対女王の進撃は、まだ止まりそうにない。

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