ウマ娘競バ史   作:geko

69 / 89
第69話:ブルーグラスの洗礼 ※ミセスリヴィアステークス

 12月1週。

 ケンタッキー州、チャーチルダウンズレース場は、冬の澄んだ青空の下にあった。

 ミセスリヴィアステークス。

 

 パドックでは、現地の観客たちが好奇と懐疑の入り混じった視線を送っていた。

 彼らの視線の先には、小柄な日本のウマ娘――キョウエイグリーンがいる。

 

「おい見ろよ、あの子が日本から来た『グリーン』か?」

「ちっちゃいな! このタフなアメリカの芝で走れるのか?」

「長旅の直後らしいぜ。時差ボケでフラフラなんじゃないか?」

 

 英語での容赦ない品定め。

 だが、グリーンは動じない。

 言葉は分からない。けれど、笑いのタイミングと、値踏みする視線と、わざとらしい肩すくめ――その全部が「歓迎していない」と伝えていた。

 

 彼女は鼻で笑い、不敵に言い放つ。

 

「へぇ、言いたい放題だね。……あすかさん、見ててよ。レースが終わったら、全員サインねだりに並ばせちゃうんだから」

 

「頼もしいな。……だが油断するなよ。アメリカのウマ娘はフィジカルが強い。当たり負けするなよ」

 

 俺の忠告に、彼女は「りょーかい!」と軽く手を振って応え、ゲートへと向かった。

 

◆ミセスリヴィアステークス(GⅡ・チャーチルダウンズ芝1700)

 

 ゲートが開いた瞬間、俺の懸念が現実となった。

 

 ――ガッ!

 

「……っ!?」

 

 スタート直後、外枠のウマ娘たちが、強引にインコースを取りに来たのだ。

 日本のレースのような譲り合いはない。肩をぶつけ、進路をこじ開けるラフなポジショニング争い。

 さらに、足元の芝が違う。

 ケンタッキー名物「ブルーグラス」。日本の芝より丈が長く、粘り気のある重い芝が、グリーンの華奢な脚に絡みつく。

 

 重い。そして、痛い。

 小柄なグリーンは、大柄なアメリカのウマ娘たちに挟まれ、一瞬バランスを崩しかけた。

 

(何食べたらこんなにデカなんのよ……怪獣かよっ!)

 

 隣の選手が、体当たりと共にニヤリと笑って何かを囁く。

 言葉は分からない。だが、わざとゆっくり言い直す口の動きと、目だけ笑わない顔――それが“からかい”だということは、痛いほど分かった。

 

 押し込まれ、包まれる恐怖。

 スタンドからは野次が飛ぶ。このままフィジカルの差でバ群に沈むかと思われた、その時。

 グリーンの思考が、一瞬で最適解を弾き出した。

 

(――あーもう、鬱陶しいなぁ! ぶつかり合いで勝てないなら……)

 

 彼女は接触を避けるのではなく、さらに前へと加速した。

 

(誰もいない先頭を走れば、ぶつかることもないじゃん!)

 

 その加速は、現地の常識を逸脱していた。

 競り合いから脱出するための加速ではない。レースそのものを終わらせるような、ロケットスタート。

 絡みつく芝ごと地面を蹴り飛ばし、一瞬でバ群から抜け出した彼女は、そのまま単独先頭に立った。

 

 第3コーナー、第4コーナー。

 後続との差が開いていく。

 触れさせない。近づかせない。

 彼女が通り過ぎた後に残るのは、風だけだ。

 

 先ほどまで野次を飛ばしていた観客たちが、口をポカンと開けて静まり返る。

 ポップコーンを咀嚼する音すら止まり、誰もがその「ニンジャ・スピード」に見入っていた。

 

 その静寂を切り裂くように、グリーンは最後の直線を駆け抜けた。

 タイムは1分42秒9。

 2着のグラウンディドクォドラティックに4バ身差をつける圧勝だった。

 

◆手のひら返し

 

 ゴール板を過ぎ、息ひとつ切らさずに戻ってきたグリーン。

 その瞬間、スタンドから割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。

 

「Unbelievable!!」

「なんて速さだ! 彼女はニンジャか!?」

「Hey! こっち向いてくれグリーン!」

 

 先ほどまでの懐疑的な空気は消え失せ、そこには新たなスターを称える熱狂だけがあった。

 

「……ふふん。どう? あすかさん」

 

 グリーンはウインクをして、熱狂する観客席を親指で指した。

 

「最初はちょっとムカついたけどさ。先頭走っちゃえば、フィジカルとか関係ないね! 誰もアタシに触れないんだから!」

 

「ああ、お見事だ。……有言実行だな、この愛すべきひねくれ者め」

 

 俺は彼女の頭をポンポンと撫でた。

 時差ボケも、重い芝も、フィジカルの差も、全てスピードで解決して見せたキョウエイグリーン。

 アメリカ初戦、これ以上ない形でのロケットスタートだ。

 

 ケンタッキーの風は掴んだ。

 次はいよいよ西海岸へ。

 本番、アメリカンオークスが待っている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。