ウマ娘競バ史   作:geko

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第72話:カリフォルニア・ドリーミング

 ミセスリヴァSの勝利から数日後。

 俺たちはケンタッキーの寒空を後にし、国内線を乗り継いで決戦の地、カリフォルニア州・ロサンゼルスへと降り立った。

 12月の西海岸は、日本人の感覚からすれば、陽射しだけなら常夏だ。

 突き抜けるような青空。道路脇に並ぶパームツリー。

 

「……あすかさん、ちょっと眩しいんだけど!」

 

 助手席のグリーンが、顔の半分ほどもある大きなサングラスをかけて文句を言う。

 俺たちが借りたレンタカーは、この時代のアメリカを象徴するような、真っ赤なオープンのキャデラックだ。

 ラジオからは、今年デビューしたばかりのイーグルスの『Take It Easy』が軽快に流れている。

 

「我慢しろ。こっちのレンタカーはこれしかなかったんだ」

 

「ふーん。……ま、風は気持ちいいけどさ」

 

 彼女は窓枠に肘をつき、隣を並走する巨大なトレーラーを見上げた。

 何もかもがデカイ。車も、道路も、看板も。

 小柄な彼女にとって、ここは巨人の国に迷い込んだようなものだろう。

 

◆ダイナーの洗礼

 

 練習の合間のランチタイム。  俺たちは近くのダイナー(大衆食堂)に入った。

 ガムを噛んだ派手なウェイトレスに、俺はハンバーガーとコーラを注文した。

 

 数分後。

 

「……ねえ。これ、何人前?」

 

 グリーンの目の前に、彼女の顔よりも巨大なハンバーガーと、バケツのようなコーラがドンと置かれた。

 ケチャップとマスタードの香りが強烈に鼻を突く。

 

「こっちの『レギュラーサイズ』だそうだ」

 

「嘘でしょ……。日本ならパーティサイズだってば」

 

 彼女は呆れつつも、ナイフとフォークを使って格闘を始めた。

 最初は文句を言っていたが、一口食べると「……ん、意外と悪くないかも」と目を丸くする。肉の味が濃いのが気に入ったらしい。

 

「でもさ、こんなのばっかり食べてるから、あんな怪獣みたいに育つわけだよね」

 

 彼女は窓の外、街を歩く大柄な人々を見て呟いた。

 その言葉の端に、ほんの一瞬だけ弱さが混じった。

 

◆「ニンジャ・ガール」の噂

 

 午後、ハリウッドパークレース場での練習。

 前哨戦での圧勝劇は、既に西海岸の記者や関係者にも知れ渡っていた。

 俺たちがコースに姿を現すと、ラチ沿いに黒山の人だかりができている。

 容赦ないフラッシュの嵐。カメラの光量が強く、煙たい。

 

「Hey! Are you "Ninja"?」

「その小さな身体のどこにエンジンがあるんだ?」

 

 記者たちが無遠慮にマイクを突きつけてくる。

 現地のウマ娘たちも、遠巻きにこちらを睨んでいた。

 彼女たちの身体は筋肉の鎧のようだ。それに比べると、グリーンはあまりに華奢に見える。

 

「……なんか、動物園のパンダ扱いじゃない?」

 

 グリーンは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、コースに入った。

 

「あすかさん、軽く流すよ。……ちょっと目にもの見せてあげる」

 

 彼女が走り出した瞬間、周囲のざわめきが消えた。

 芝の上を滑るようなフットワーク。

 アメリカのパワー重視の走りとは根本的に違う、無駄を削ぎ落とした技術の結晶のようなフォーム。

 足音がしない。

 軽く流しているはずなのに、ストップウォッチを持った現地のトラックマンたちが、信じられないという顔で時計を二度見している。

 

「……速い」

「足音が聞こえないぞ……」

 

 好奇の視線が、畏敬の念へと変わっていく。

 グリーンはコースを一周して戻ってくると、呆然とする記者たちに向かって、サングラス越しにニヤリと笑った。

 

「No. Just "Green".」

 

 彼女は人差し指を立てて、唇に「シーッ」と当ててみせた。

 俺が教えたばかりの拙い英語。

 けれど、その堂々たる態度は、既に女王のそれだった。

 

◆異国の星空、友の敗北

 

 夜。モーテルの駐車場。

 空には、日本とは違う配置の星が輝いている。

 明日はクリスマスイブ。そして、その次は決戦のアメリカンオークスだ。

 

「……ねえ、あすかさん」

 

 自販機で買ったドクターペッパー(彼女は「薬みたいな味!」と言いつつハマっていた)を飲みながら、グリーンが空を見上げる。

 

「日本のみんな、今頃何してるかな。……チャンピオンズカップ、どうだったの?」

 

 その問いに、俺は少し言い淀んでから、正直に答えた。

 

「……負けたよ。タイフウは2着だった」

 

「え!? あのタイフウ先輩が?」

 

 グリーンが目を見開く。彼女の中で、タイフウが負けるイメージなど無かったのだろう。

 

「出遅れが響いた。……勝ったのは、アメリカから来た招待ウマ娘、サドだ。ハナ差で逃げ切られたらしい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、グリーンの手の中で空き缶がベコッと音を立てて潰れた。

 

「……ふーん。アメリカのウマ娘に、負けちゃったんだ」

 

 彼女の声のトーンが、スッと低くなる。

 ホームシックの寂しさなど、一瞬で消し飛んでいた。そこにあるのは、純粋な怒りと、静かに燃える闘志だ。

 

「ふーん……。わざわざ日本まで行って、タイフウ先輩に土つけたんだ。……向こうの連中、それでいい気になっちゃってる感じ?」

 

「ああ。向こうのダート馬はタフだ。……明日の相手も、同じように手強いぞ」

 

「……あーあ。なんか、ムカついてきちゃった」

 

 彼女は潰れた空き缶をゴミ箱に投げ捨てると、ギラついた目で俺を見た。

 

「あすかさん。予定変更!」

 

「変更?」

 

「うん。ただ勝つだけじゃ足りない。……これは『教育』が必要だね」

 

 彼女は夜空に向かって、見えない敵を睨みつけた。

 

「日本の借りは、このアタシが倍にして返してあげる。チーム・ルミナスの看板、そんな安くないってね」

 

「……頼もしいな。倍返しといこうか」

 

「当たり前じゃん! ウチのチームに泥塗ったこと、世界中の前で後悔させてやるんだから!」

 

 西海岸の乾いた風が吹く。

 異国での生活と、戦友の敗北が、彼女をまた一つ強くしていた。

 準備は整った。

 これは単なる遠征ではない。誇り高き小悪魔による、痛烈なリベンジ・マッチだ。

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